2017年11月14日 (火)

余命1年日記 -99- 私はどうやって静脈瘤を破ったか     2017年11月第3週(2017.11. 14)

最近の記録

 

10月31日    血液検査 退院

11月08日    吐血、下血

                        六甲アイランド病院入院

11月14日       (いまここ)

 

 

最近は、うちにいても寝てばかりいます。

そとに出掛けることもありません。

ハシビロコウの中の少し元気な奴の方が

はるかに積極的だろう。

 

毎日満員電車で通勤することもなく、

面倒な仕事も 残業もなく、嫌な上司もおらず

不機嫌な嫁も ばかなガキもおらず、

いつも毎日遊んでいる。

そういう人にわたしはなりたい。と

みんな思っているだろう。

わたしだってサラリーマン時代には

そう思ってたさ。

嫁も子供もいないけどな。

 

しかしいざ、そういう境遇になってみても

ちっともうれしくない。

だからどこにも行かない。

コンビニに行くくらいだ。そうして8日の昼前

食事を買いにいったコンビニの帰りに

吐き気がきた。

 

帰り道にあるマンションの公開空地にある

ベンチに座ったら濃茶色の血を吐いた。

ごめんOさん、

でも雨が降ってたからすぐ流れたよ。

 

何が起きたかはすぐ理解できた。

静脈瘤破裂だ。

 

だから、帰ってから寝た。

いや医者行けよ、と思うだろう。

膝小僧をすりむいた訳じゃない。

血管に穴が開いたのが自然に治るわけはない。

しかも肝臓が悪くなってきて

血小板が少なくなっているのだ。

ほっとく馬鹿がおるか。 

 

もちろんわかっている。

わたしが静脈瘤破裂を起こすのは生涯3度目。

去年の6月、今年の3月に続いてのこと。

しかも前回の破裂の時は将来の静脈瘤の破裂と

大量出血を回避するために

その時破裂した静脈瘤だけではなく、

『危なそうな箇所』5箇所を事前に縛るという

予防的な処置を行ったはずである。

となると 、あの時『まだよかろう』と

見逃された静脈瘤が急成長したんだろうか。

わたしはいま『日本で一番破れやすい血管』を

もっている男である。『日本で一番』が

言い過ぎなら『本山南町で一番』でもいい。

そんな意味のないことを考える。

 

寝ているとまだ体が楽だし、正直、この事態を

真面目に考えたくない。

しかし夕方また吐血し更に派手に血便が出た。

真っ黒に。

 

すごいな、本気の血便って。

いままでも検便で『潜血がある』って言われた

ことはあったけど『まあ、痔だろう』と思って

それは正しかったのだが8日のは真っ黒。

怖い。

ほとんど水状の真っ黒い液体が

尻から何回も出た。

『イカみたい』と、ふざける気すら起きない。

しかも今回は吐血と血便が

上下から同時にきた。

黒い液体が 消化管上端の喉と

末端の肛門から出る。

こんなことを夕方から数時間続けた。

 

催してもベッドから便器までの数歩が遠い。

からだが重くて動けない。

寝ていて軽く咳をしたら急にえづいてベッドの

上で吐いた。もう間に合わないので部屋の

プラスチックのごみ箱を抱えてそこに吐いた。

 

さすがにまずい、と思って

苦しんでいる息子を無視してすやすや寝ている

薄情な親父を叩き起こして救急車を呼んだ。

まだ9時なのに。

かばんに携帯の充電ケーブルだけねじこんで

救急隊のストレッチャーに乗せてもらう。

 

夜のマンションの廊下をがらがらと移動する

ストレッチャーの音を聴きながら近所の数百の

好奇の耳のことを、ほんのほんのちょっと

考える。搬送先の病院を探していた

救急隊の人が『いつも行っているK病院は

六甲アイランドのK病院と救急の当番制を

敷いていて消化器内科の急患は偶数日は

六甲アイランドに行ってくれ、だそうです。

いいですか?』と、聞く。

急患にそんな混みいったこと聞かないでくれ。

しんどいから。

 

救急車のなかでも血を吐きそうになって、

あわてた救急隊員からもらったビニール袋を

抱いて、そこに吐きながら病院に着く。

鼻を折って形成外科に来たとき以来だ。

すぐ検査。

どうせ静脈瘤破裂に決まってるんだから

すぐに内視鏡を突っ込んで破裂した静脈瘤を

縛ってくれたらいいのに、

検温、血圧、採血、レントゲン、CT、そして

何人もの先生からの問診、『どういう経緯だ』

『病歴は』『酒飲んだのか』『カツ丼喰うか』

『気分はどうだ』

 

悪いわっ

 

一通り処置が終わり、

血を抜いたり、輸血したり、注射されたり

身体中に穴が開けられ、輸血とか点滴とかの

心電図 とか、いろんなもんに繋がれて

ナースステーション横のHCUに入った時はもう

日付が変わっていた。

 

入院後2日間は、ひたすら気持ち悪くて唸って

ばかりいた。

腹の中に残っていた出血の残りの血が出て、

吐血して黒い便を出した。

やはり2日間は絶食絶飲。

当然 絶対安静。

大も小もベッドの上でやって降りてはいけない

 

 

つかれた

 

 

いまは、気持ちが悪いことは悪いが

吐くほどではなく、うんこの色の黒みが消え

絶食が外れて重湯から三分粥。(点滴はある) 

ベッドから降りて介助つきでトイレに

行けるようになり、いまはひとりでいける。

ベッドの上だけだった行動範囲も、

病室内、病棟内と拡がり、いまは『病院内』。

つまり無断外出しなければ病院の中はなら

どこに行ってもいい。

と、一歩ずつ人間に戻りつつあります。

 

15日に内視鏡を入れて異常がないかを確認し

食事がいまの三分粥から五分、七分、普通めし

と戻っていけば退院。

おそらく来週にはシャバに戻れるでしょう。

 

 

 

退院してもまた、ハシビロコウ以下の生活に

なったら意味がないんだけどな・・・

 

 

 

 

 

残り- 112

  

早く人間になりたい

 

 

 

 

 

 

 

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2017年11月10日 (金)

余命1年日記 -98- また静脈瘤破裂       2017年11月第2週(2017.11. 10)

最近の記録

 

10月31日     血液検査 退院

11月08日    吐血、下血

                       六甲アイランド R病院入院

11月10日       (いまここ)

 

 

入院しました。

まだしんどいので寝てます。

 

 

残り- 108

  

病室の窓から見える今日の空が凄まじく青い

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余命1年日記 -97- 病床のトリックオアトリート     2017年10月第5週(2017.10. 31)

ハロウィンである。

 

しかし、ハロウィンだからといって

病棟の雰囲気が変わるわけではない。

真夜中に黒いマントを着た看護師がかぼちゃの

ランタンを持って病室のベッドを巡回したり、

F先生が白衣に血糊をつけ、ゾンビメイクを

して、『トリックオアトリート』と言ったりは

しないのである。

 

 

 

お前、全然懲りてないだろう。 

 

 

まあ、病院ってのは世間的なお祭りと

無縁ではあるな。

健康でシャバにいて孫でもいれば、

パーティーでリアルなゾンビの仮装をして

孫やその友達を散々にびびらせて、

泣かせていただろうが、

実際は健康でもなければ孫もいない。

もう一生ハロウィンで遊ぶことはないのだな。

 

しかしハロウィンが無縁である、ということに

関して言えばここの内科病棟のほうがひどい。

なにしろ、じいさんとばあさんばっかりだ。

若い奴だってこんなにハロウィンで盛り上がる

ようになったのは、まだほんの5、6年だと

思うが、いまや台風が来て嵐のなかでも渋谷で

仮装するんだから、日本人おかしい。

 

せっかくだから10月31日、ハロウィンの日の

K病院のランチメニューを書いておこう。

 

・海老とかぼちゃの炊き合わせ

・おひたし

・豆腐

・にゅうめん

・めし

 

 

 

 

 

 

残り- 98

  

1mmもハロウィン関係ねえ

 

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2017年10月28日 (土)

余命1年日記 -95- 純粋休日           2017年10月第4週(2017.10. 27)

最近の記録

 

10月19日    入院

         27日    一時外出

                       (いまここ)

 

 

 

ひまです。

24日の血液検査で、例によって数字が悪く、

今回は回復がさらに遅く、寝てばかりいます。

 

こんな生活をしているから、

いまは仕事を入れていません。

ごめんなさい、嘘ついてました。

『入れてません』なんて偉そうに言うほど

仕事、来やしません。

こんな体だから仕事が受けられません。

『自分の作品』を作れないのはもとより

食い扶持も稼げません。

 

以前も書いたように、

肝臓が弱りすぎているから、腹水に関する

積極的な治療ができません。

肝臓移植のあてがないから、肝硬変の根本的な

治療はなにひとつ出来ません。

根治治療はもちろん、

対症療法もまともに出来ません。

 

体力がないから旅行にいくことが出来ません。

家族も恋人もいないから、最期の刻を誰かと

一緒に過ごすことが出来ません。

想い出なんか作れやしません。

 

 

だからいま、休んでベッドの上で寝ているのは

治療のためでも、体力を回復して鋭気を養い

最期を有意義に過ごすためでもなく、

『寝るために寝ている。』

休日も

『休むために休んでいる』

 

寝ること、休日を取ることが

自己目的化している。

 

純粋休日である。

 

 

 

 

 

 

あせるな。

なんか、追いかけられているような気がする。

 

 

 

 

 

残り- 90

  

今日は歩こう

 

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2017年10月26日 (木)

余命1年日記 -94- 憂鬱な午睡        2017年10月第4週(2017.10. 25)

最近の記録

 

10月19日   K病院 入院 血液検査

         24日      血液検査

         25日       (いまここ)

 

 

入院してます。

19日の血液検査で、例によって数字が悪く、

そのまま入院しました。

3日間ケロケロ吐いて、気持ちが悪くて

眠れなくて、食事が出来なくてしんどいです。

いまは睡眠と食事は多少とれるように

なったけど、まだ気持ち悪いな。

あと、とにかく体が重い。

立ち上がる時など、どこかにつかまって

産まれたての子鹿のように

しばらくプルプルとふらつかないといけない。

 

24日にまた検査した。

ところが全然良くなっていないんだそうだ。

回復が遅いんだと。

大分弱まったかな。

 

まだ、体がしんどいんで寝てます。

体だけじゃなくて、気持ちもしんどいんですが

そっちの話は、いまはしたくありません。

 

K病院の桜も紅葉しはじめています。

はやいな。

 

 

 

 

 

 

残り- 89

  

陽の光が秋だ

 

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2017年10月21日 (土)

余命1年日記 -93- 近況報告     2017年10月第3週(2017.10. 21)

最近の記録

 

10月 5日   K病院 退院

       12日       K病院内科受診 血液検査

       19日       K病院内科受診 血液検査

          入院      

       21日   (いまここ)

 

 

入院してます。

ご報告だけ。

 

 

 

残り- 84

  

ます。

 

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2017年10月 3日 (火)

余命1年日記 -92- ホームとアウェイ     2017年10月第1週(2017.10. 01)

最近の記録

 

9月  5日    形成外科手術

      6日    R病院 形成外科退院

      7日       K病院内科受診 血液検査

      7日       K病院内科受診 血液検査

          R病院 形成外科受診

    22日    K病院外科病棟 入院 

       穿刺1.5L 

    25日    K病院内科病棟に移動

10月 1日    一時外出 帰宅

   2日  帰院   

   3日   (いまここ)

 

 

入院してます。

9月は、転倒して鼻を折ってR病院に入院。

5日に手術。6日に退院。

22日また入院。K病院に戻ってきたんだけど

内科病棟がいっぱいで、25日まで外科病棟に

間借りして入院。

25日に、やっといつもの本館3階、235号室に

入りました。

 

あー、落ち着く。

という、大分間違った話をします。

 

 

 

R病院は本当に勝手が違った。

狭いのである。

もちろん12階建300床、20以上の診療科をもつ

大病院なのだが、それだけの機能を納めるには

狭いように感じる。

 

病棟も狭い。

私がいた8階病棟は6床室ばかり。

個室がない、ということは経営上あり得ない

と思うのでどこかにあるはずだが、

全体の印象はすごく混み合っている。

各階に6床室ひとつ分をとって談話室のような

ところがあるのだが、平日の昼間にいったら

満席だった。

 

エレベーターなんかも足りないような気がする

人荷用エレベーターがあるんだよな?

と思ったので、いろいろ探検しようと思ったが

『あなたは倒れて鼻を折ったんだから、

勝手にうろうろしちゃダメです』と言われて

しまった。

したがって病院探検は不完全燃焼なのだ。

ちぇー

 

というようなことを関西出張のついでに見舞に

寄ってくれたM君と話す。

この病院には車でアプローチできる1階の

エントランスと、六甲ライナーの駅から続く

デッキを歩いてアプローチできる

2階のエントランスと、

二ヶ所の入口がある。

 

そのうちの、2階のエントランスから入れる

場所に喫茶店がある。デッキからも入れる。

私が寝巻き姿なのを見て、注文を

取りに来たおばさんが

『あら、R病院の患者さんは割引なんですよ』

という。

ベッドを抜け出して、こんなところで飲み食い

しているのがばれたら、大目玉を喰らうが。

 

そして、この2階のエントランスから1階の

再診受付、会計窓口に行くルートは、

初めて来た人わかんねえぞ。

上下階の移動はEVもしくはエスカレーター

しかないのだがエスカレーターは、

私の一週間の入院期間中、常に停止していた。

 

R病院の悪口を言いたい訳じゃありません。

もっとも私はK病院贔屓だから、どうしても

そういうふうに聞こえるとおもうが、しかし

R病院は施設の配置や動線の処理にゆとりが

ないと思う。

 

エントランスロビーのすぐ隣に、病棟に直通

するエレベーターがあるK病院のおおらかさを

見倣え。(うそです。いまはやらないプランです。)

 

 

 

これが今月感じた違和感のひとつ。

 

さらに今回入院した理由が、潰れた鼻の

形成手術、ということだったので外科病棟への

入院だったのだ。

 

外科への入院ということでは、去年の秋に

できそこないのヘルニアで経験した。

あの時も違和感を感じたが、内科と外科では

スピード感が違う。どうもついていけない。

 

さらに、外科病棟にいると居候扱いである。

もちろん僻んでいるだけなのだが、

R病院では一週間の入院のうち四日間は

回診なしだった。

看護師に文句を言ったらS先生が来てくれたが

彼女からの話題はない。すぐに帰った。

 

 

患者というのは病気の理由が

自業自得のようなものであっても、

大事にしてもらいたいものなのだ。

あまったれなのである。

だからどうしてもアウェイ感が拭えなかった。

 

 

もうひとつは、今月22日からの入院。

21日の血液検査で、結果が悪化したために

入院した。

『これ以上の事態の深刻化』を防ぐため、

である。

 

しかし入院した時点では内科病棟の大部屋に

空きがなかったために、東館のやはり

外科病棟の6床室に放り込まれた。

 

この部屋がうるさい。

六人もいるから、全体にうるさいのはあるが、

一人飛び抜けてうるさい爺さんがいたのだ。

唸る。

それも大声でうなる。

しんどかったから私も入院3日目くらいまで

呻いていたと思うが、そんなの比べ物に

ならないくらいの大声だ。

一日あの声量で唸ったら疲れるだろう。

声の大きさもさることながらその『うなり』

は単調ではない。

実に情感たっぷりに訴えてくる。

最初は単に声が出ているだけなんだと思っていたが

よく聞くと『いたい』とか『こんちくしょう』

とか言っている。

意識があるのだ。

かわいそうに。どこがいたいのか知らないが

強力な鎮痛剤でも打ってあげればいいのに、

と思ったが、忙しく立ち働く看護師は彼を

放置する。

これにも違和感を感じたが、一日経って理由が

わかった。

この人、夜寝るのだ。

何を当たり前のことを、というなかれ。

あのうなり声を昼間聞いたら、とても痛くて

寝られないよな、と思う。

それが夜になると、くーすか寝てやがる。

逆にこっちが寝られない。

詐病、とは違うのかもしれないが、

実態以上の大声を出していたわけだ。

精神的に病んでいたのかもしれない。

この人とやかましいうなり声が私の違和感を

さらに高めた。

 

 

そして25日、やっといつもの本館3階、

235号室に移ることができました。

本館3階の内科病棟の看護師の皆さんは大体

顔見知りなので顔を見ると『久しぶり』とか

言ってくれる。

声をかけなくても笑顔を返してくれる。

 

うれしい。

 

荷物を整理していると、F先生がやってきて

『事務室から連絡がありました。いつもの

部屋に放り込んどきました』って言うから

この人もあんまりだ。

 

先生が帰ってベッドに横になると、あー

ホームだなあ、と思う。

ただ寝るだけなんだけどね。

緩和ケアってこういうことなのか?

 

 

もう一週間経っちゃった。

早いな。

 

 

 

 

 

 

残り- 66

  

 

もうすぐ退院

 

 

 

 

 

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2017年9月28日 (木)

余命1年日記 -91- 手術顛末       2017年9月第5週(2017.9. 27)

最近の記録

 

9月  5日    形成外科手術

      6日    R病院 退院

      7日       K病院内科受診 血液検査

      7日       K病院内科受診 血液検査

          R病院 形成外科受診

    22日    K病院外科病棟 入院 

       穿刺1.5L 

    25日    K病院内科病棟に移動    

9月 27日   (いまここ)

 

 

間が空いてしまったので上記の出来事のうち、

陥没した鼻の形成外科の手術のことを

書いておきます。

 

潰れた鼻の骨を直す手術があったのは5日。

3時半過ぎに手術室に入った。

前室に入るときに案内した看護士に

『眼鏡をはずしてください』と言われたが

『滅多に見られるもんじゃないからもう少し

見せてくれ』というと笑った。

バレーコートくらいの前室に手術室が並んで

面していた。

 

手術そのものは3時間くらいかかった。

眼が覚めると、まだ手術室で、

ストレッチャーに乗せられて個室に運ばれた。

 

手術をしてくれたS先生が来て、

『もとに戻しました。拡げた鼻の孔が潰れない

ように脱脂綿で詰めものをしてます。来週

外来の診察の時に取りましょう。』という。

私の手術が何件目か知らないが、このS先生、

一日何件も手術をするらしいのだ。

さすがに疲れた顔をしていた。

(S先生は女性です。表現に気を使うわ。)

 

鏡を見ると、手術した鼻が特殊なテープで

固定されているほか、顔中にガーゼやらテープ

が貼られている。

 

眉毛の上まで肌色のテープで覆われているから

気合いが入りすぎて両方の眉毛を剃っちゃった

大山倍達のようである。変な顔。

これは頼み込んで貼り直してもらった。

 

これを剥がして塗る薬をもらう。

手術までの間、これを塗らないでいたら

すごく怒られたことがある。

どうもこの先生は怖いな。

(違います。言うことを守らないからです。)

 

『再診は11日』と言われて6日に退院した。

病院そばの薬局でガーゼと絆創膏を買って帰宅

帰りの六甲ライナーは混んでいた。

 

 

 

しまった。

せっかく鼻の骨を直すなら、

鼻を高くしてもらえばよかった。

 

 

 

これでまた、毎週木曜日ごとに、K病院の

F先生のもとに通う生活にもどった。

だからさ、11日のS 先生の診察を

忘れちゃった。

12日に気がついたんだけど、来週の月曜日に

行けばいいか、と思ったら

18日は祝日でやんの。

なんの日だ?これ。

 

遅刻してK病院に行き、F先生から

『いよいよ血小板が危険な水準まで

減ってきました』なんて

悪いに決まっている血液検査の結果を聞く。

 

と、

 

『natsu さん。あなたS先生の診察、

すっぽかしたでしょう。』

あちゃ。

『メッセージを預かっています。』

『・・・はあ、なんて』

『来い、と。』

うわー。

 

結局、『山のK病院』から『海のK病院』まで

タクシーを飛ばして急いだ。

指定された救急受付に行くと、ふらついて

立ち上がれなかったので車椅子を借りた。

夜間受付の警備員に車椅子を押してもらって

受付をすると、

『S先生はオペ中だからここで待て』といって

救急の診察室の前で待たされた。

いい加減眠くなった頃にS先生が来て、

診察日に行かなかったことを怒られた。

『鼻の中の綿を取らないと癒着しますよ』と。

怖いな。(違います。診察をすっぽかすからです。)

診察室に入って綿を抜かれる。

『骨がついたかどうか確認するからCTを

撮ってきて』といわれる。

 

今度は看護師に車椅子を押してもらって

CT を撮る。

その画像をプリントしたものを見ながら

S先生が説明してくれる。

うまくついた、と。

『まだ固まりきっていないから、

外から鼻に力を加えないで下さい。』 という

非常にアバウトな注意をもらう。

『せっかく直したのに鼻が曲がったら嫌でしょ』

と言われて形成外科の治療は完了した。

 

 

 

 

 

ちなみに余談 

 

救急窓口まで車椅子を押してもらった。

押してくれた看護師さんの名札を見たら、

『トランプ有里子』と書いてあった。

 

それだけ。

 

 

 

 

 

残り- 61

  

 

9月の話、もう少し続きます

 

 

たぶん

 

 

 

 

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2017年9月23日 (土)

余命1年日記 -90- 入院してます      2017年9月第4週(2017.9. 23)

最近の記録

 

9月  5日    形成外科手術

      6日    六甲アイランドK病院 退院

      7日       K病院内科受診 血液検査

    14日    K病院内科受診 血液検査 

    21日    K病院内科受診 血液検査 

    22日    K病院入院 穿刺1.5L       

9月 23日   (いまここ)

 

 

 

入院してます。

腹水が溜まって、検査の結果が悪いです。

 

しんどいけど、まだ大丈夫。

すごく間が空いてしまったので報告です。

 

 

 

 

残り- 57

  

 

寝ます

 

 

 

 

 

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2017年9月 1日 (金)

余命1年日記 -89- 鼻が折れた          2017年9月第1週(2017.9. 1)

最近の記録

 

8月25日    一時外出

   26日    転倒 救急搬送

   30日       K病院内科退院

   31日    R病院 形成外科受診 入院

9月  1日   (いまここ)

 

この記録を見るだけだと、何が起きたか

わからないと思う。

自分でもよくわかっていないので

整理してみます。

 

 

25日は外出した。

F先生が千葉ロッテの試合を見るため、

東京に行ってしまったので暇なのである。

ちなみにK病院での私の『外出』は、同時に

『外泊』を意味する。

つまり、昼前に外出して一泊して翌日の午後に

帰ってくるのだ。

去年K氏のマンションの仕事でテンパってた時

入院と図面描きを両立するために編み出した。

暇になった今もやっている。

 

ところが26日の早朝、

コンビニからの帰り道で転倒した。

原因はわからないが歩いていて

目の前が急に暗くなった。

結構派手に転んだ。

手のひらに、身体が倒れるのを受けようとした

防御創がまったくなかったから、

ほんとうに顔から突っ込んだらしい。

頬と顎に擦り傷ができ、

額に三針縫う傷ができ、

両目の回りが赤く腫れて、鼻が折れた。

さんざんである。

 

救急搬送されてK病院に戻った。

私の目が覚めたのが27日。

救急の当直で私を診てくれた整形外科の

元気な先生が外傷について説明してくれた。

 

曰く、外傷は派手だが折れた鼻の骨以外は

大したことはない。頭部の外傷は形成外科の

守備範囲なので、整形外科としてはもう

やることはないんですよ、という。

なんかずるい。

『入院が延びたりしませんか?』と訊いたら、

不思議そうな顔で『なんで?』といわれた。

この先生に退院の日に傷を見てもらって、

ガーゼを替えてもらうと、

『はい。これで整形外科の治療は終わりです。

外来の必要もありません』と言ってくれた。

気持ちいい。

 

 

しかし問題は鼻だ。

29日に形成外科に行った。

Sという女の先生が、私が救急搬送された時に

撮ったCT画像を見せながら説明してくれる。

はー、いまCT ってこんなに鮮明な画像が

撮れるのか。

なんかすっかり田舎のじいちゃんのような

気持ちになって眺めてみると

確かに鼻の骨の先端が折れて、

鼻骨の1/3くらいが浮いているし、

鼻の骨格の右側の根元がこれも折れて、

鼻全体が右に向けて傾きながら陥没している。

そのために左右の鼻の孔を分ける隔壁が歪んで

右の鼻の孔がほぼ、塞がっている。

 

実を言うと、鼻の骨が折れたとは聞いていたが

痛くないし鼻も通るし大したことはないだろう

と、舐めていた。治療は最小限でよかろうと。

入院続きでお金もないし。

でもごめん。重症です。

いやー、この画像は百万言の説明に勝るわ。

 

 

『どうするんですか?』と訊くと、

『手術するしかないですね』という。

しかも、全麻。

鼻の孔からクリップを突っ込んで、ぐりぐりと

骨の位置を直していくんだと。まじかよ。

全麻にびびっていると、

『昔は麻酔なしでやってました。

田舎の病院ではいまでもやっている所がある。

患者が悶絶してました』

女でも外科の先生は、おっかないこと言うな。

でも、手術自体は一泊二日くらいのもんだし

保険は効くし大したことないですよ。という。

まあ、大した手術であろうとなかろうと 

任せるしかないんだけどね。

 

しかしK病院には本来、形成外科の治療をする

体制が出来ていない。

S先生にしてからが、K病院の系列である

六甲アイランドK病院から、週に一度外来の

診察をしに来ている。

『だから六甲アイランドK病院に来てくれ』

というから、いまこうして来ているわけです。

 

来てみると、小柄なS先生が背の高い研修医

みたいなのを二人も従えて回診しているので

驚いた。   

偉いんだな。

 

 

『R病院』という

ふざけたイニシャルトークには、

もはやなんの意味もないのだが、

遊んでるんだと思ってください。

 

 

30日にK病院を退院して、31日に

六甲アイランドに来た。

31日は診察だけのはずだったのだが、

例によって体調が悪くて、 

とにかく横になりたくて、

そのまま入院させて貰った。

 

そんなわけで六甲アイランドK病院、

二日目であります。

 

 

 

今後の予定

 

9月  1日   (いまここ)

        5日    手術

     6日    六甲アイランドK病院 退院

     7日     K病院 内科受診

 

ふわあ、忙しい。

入院生活を始めて久しく使ってなかったが、

『忙しい』

手術翌日に退院だと?

 

診てくれるのが形成外科の先生だから、

内科に関しては基本的にはなにもしない。

K病院と同じ薬を処方されておしっこの量を 

量って利尿剤の効き目を見るばかりである。

 

 

 

 

 

しかも形成外科も、処置や検査がないから、

手術までは暇である。

せっかくだから、初めて入院するこの病院を

じっくり探検してみるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

残り- 35

  

 

 

また肝臓と関係ないことで入院してるな

 

 

 

 

 

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