余命1年日記

2017年9月 1日 (金)

余命1年日記 -89- 鼻が折れた          2017年9月第1週(2017.9. 1)

最近の記録

 

8月25日    一時外出

   26日    転倒 救急搬送

   30日       K病院内科退院

   31日    六甲アイランドK病院 

         形成外科受診 入院

9月  1日   (いまここ)

 

この記録を見るだけだと、何が起きたか

わからないと思う。

自分でもよくわかっていないので

整理してみます。

 

 

25日は外出した。

F先生が千葉ロッテの試合を見るため、

東京に行ってしまったので暇なのである。

ちなみにK病院での私の『外出』は、同時に

『外泊』を意味する。

つまり、昼前に外出して一泊して翌日の午後に

帰ってくるのだ。

去年K氏のマンションの仕事でテンパってた時

入院と図面描きを両立するために編み出した。

暇になった今もやっている。

 

ところが26日の早朝、

コンビニからの帰り道で転倒した。

原因はわからないが歩いていて

目の前が急に暗くなった。

結構派手に転んだ。

手のひらに、身体が倒れるのを受けようとした

防御創がまったくなかったから、

ほんとうに顔から突っ込んだらしい。

頬と顎に擦り傷ができ、

額に三針縫う傷ができ、

両目の回りが赤く腫れて、鼻が折れた。

さんざんである。

 

救急搬送されてK病院に戻った。

私の目が覚めたのが27日。

救急の当直で私を診てくれた整形外科の

元気な先生が外傷について説明してくれた。

 

曰く、外傷は派手だが折れた鼻の骨以外は

大したことはない。頭部の外傷は形成外科の

守備範囲なので、整形外科としてはもう

やることはないんですよ、という。

なんかずるい。

『入院が延びたりしませんか?』と訊いたら、

不思議そうな顔で『なんで?』といわれた。

この先生に退院の日に傷を見てもらって、

ガーゼを替えてもらうと、

『はい。これで整形外科の治療は終わりです。

外来の必要もありません』と言ってくれた。

気持ちいい。

 

 

しかし問題は鼻だ。

29日に形成外科に行った。

Sという女の先生が、私が救急搬送された時に

撮ったCT画像を見せながら説明してくれる。

はー、いまCT ってこんなに鮮明な画像が

撮れるのか。

なんかすっかり田舎のじいちゃんのような

気持ちになって眺めてみると

確かに鼻の骨の先端が折れて、

鼻骨の1/3くらいが浮いているし、

鼻の骨格の右側の根元がこれも折れて、

鼻全体が右に向けて傾きながら陥没している。

そのために左右の鼻の孔を分ける隔壁が歪んで

右の鼻の孔がほぼ、塞がっている。

 

実を言うと、鼻の骨が折れたとは聞いていたが

痛くないし鼻も通るし大したことはないだろう

と、舐めていた。治療は最小限でよかろうと。

入院続きでお金もないし。

でもごめん。重症です。

いやー、この画像は百万言の説明に勝るわ。

 

 

『どうするんですか?』と訊くと、

『手術するしかないですね』という。

しかも、全麻。

鼻の孔からクリップを突っ込んで、ぐりぐりと

骨の位置を直していくんだと。まじかよ。

全麻にびびっていると、

『昔は麻酔なしでやってました。

田舎の病院ではいまでもやっている所がある。

患者が悶絶してました』

女でも外科の先生は、おっかないこと言うな。

でも、手術自体は一泊二日くらいのもんだし

保険は効くし大したことないですよ。という。

まあ、大した手術であろうとなかろうと 

任せるしかないんだけどね。

 

しかしK病院には本来、形成外科の治療をする

体制が出来ていない。

S先生にしてからが、K病院の系列である

六甲アイランドK病院から、週に一度外来の

診察をしに来ている。

『だから六甲アイランドK病院に来てくれ』

というから、いまこうして来ているわけです。

 

来てみると、小柄なS先生が背の高い研修医

みたいなのを二人も従えて回診しているので

驚いた。   

偉いんだな。

 

 

『六甲アイランドK病院』という

ふざけたイニシャルトークには、

もはやなんの意味もないのだが、

遊んでるんだと思ってください。

 

 

30日にK病院を退院して、31日に

六甲アイランドに来た。

31日は診察だけのはずだったのだが、

例によって体調が悪くて、 

とにかく横になりたくて、

そのまま入院させて貰った。

 

そんなわけで六甲アイランドK病院、

二日目であります。

 

 

 

今後の予定

 

9月  1日   (いまここ)

        5日    手術

     6日    六甲アイランドK病院 退院

     7日     K病院 内科受診

 

ふわあ、忙しい。

入院生活を始めて久しく使ってなかったが、

『忙しい』

手術翌日に退院だと?

 

診てくれるのが形成外科の先生だから、

内科に関しては基本的にはなにもしない。

K病院と同じ薬を処方されておしっこの量を 

量って利尿剤の効き目を見るばかりである。

 

 

 

 

 

しかも形成外科も、処置や検査がないから、

手術までは暇である。

せっかくだから、初めて入院するこの病院を

じっくり探検してみるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

残り- 35

  

 

 

また肝臓と関係ないことで入院してるな

 

 

 

 

 

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2017年8月26日 (土)

余命1年日記 -88- 大浴場   2017年8月第4週(2017.8. 25)

最近の記録

 

8月22日   血液検査

   24日    F先生診察

   25日      (いまここ)

 

8畳ほどの浅くてぬるい湯の中でのびのびと

足を伸ばす。

大浴場、という名前だが5人も入ると一杯に

なるこの風呂はいつも空いている。

べつに風呂のために階高を上げたりしないので

病室と変わらないスラブの下に、バスリブの

天井が張ってあって立って歩くと天井は低い。

それでも浴槽の水面に顔をつけるようにして

見上げると、強い傾斜の天井の

てっぺんにある、換気窓から

疲れたような午後の陽が差してくる。

地下2階なのに。

 

退院が延びた。

22日に血液検査をした。

腹水はなくなった訳ではないが大分改善した。

利尿剤をたくさん服んでいたので心配していた

腎機能はそんなに悪くなかった。

もちろん、良くもなかった。

肝臓はわずかながら改善。

しかし14日の検査で13点だった、

Child - Pugh スコアは10点に改善。

こりゃあ今週中に退院できるかな、と思った。

しかし結果を知らせてくれたあと、一度医局に

帰ったF先生が渋い顔で戻ってきて、

『natsu さん,来週一杯退院を伸ばしましょう』

 

なに?

 

『今回はいつにもより回復が遅いし心配です』

『肝臓が改善した、Child - Pugh スコアが10点

になったって言ってもまだCランクですから』

 

むう。

そんな訳で、さらにまだ入院しています。

 

しかし以前も書いたが、私の今の状態では

積極的な治療はできない。

薬を服んで、食事を摂って、

あとは寝てるだけである。

 

ひま。

 

F先生もさすがに気の毒に思ったか、

『自由に外出出来るようにしておきますよ』

という。

無条件の外泊許可である。

もう『入院』じゃねえな。

それに『・・・しておきますよ』とはなんだ?

 

そうだよ。あんた半月遅れの夏休みとかで

今これを書いている25日から

旅行に行っちゃうじゃん。

『東京で千葉ロッテの試合を見る』んだって。

やっぱりこの人の事がよくわからない。

 

 

 

 

 

そんなわけで、まだ入院しています。

生活に変化をつけるために、

毎日風呂に入るようにしています。

いまいる病室が午前中に限って陽が差し込んで

空調の効き目がないからでもある。

暑い。

 

やっと冒頭の話に戻ってきた。

 

ところがこの風呂に関して不思議なことがある

K病院には、やたらと小さな風呂があるのだ。

 

部屋に個別に風呂があってたくさんある、と

いうのではない。

規模が小さな共用の風呂が、種類も数も

たくさんあるのだ。

たとえば自力で風呂に入れない人のために、

座位のまま機械がお湯に浸けたり、

仰向けのままお湯に浸けたりしたうえで、

看護師が介助して入浴させる介助浴室がある。

その一方、銭湯と変わらないようなごく普通の

風呂もある。さらに

浴槽がなく、シャワーだけの風呂がある。

 

そしてこれらが実に無計画に、取って付けた

ように建物のあちこちに突っこんである。

たとえば本館2階の介助浴室は、地域医療室や

栄養指導室や研修医詰所などが並ぶエリアに

唐突に一床分だけある。

 

事務室ばかり並んでいるエリアに後付けで

風呂を作っている訳で、恐るべき無駄な手間が

かかっている。

つまり、その部屋のためだけに

給水、給湯、換気、排煙の設備を別に作り、

床と壁に溶かしたアスファルトを敷いて

防水してタイルと天井を新たに貼り、

そうして機械浴の装置をいれる。

更にストレッチャーが入れるように

従来の木製建具を撤去したうえで

壁のコンクリートをはつって開口を拡げて、

引き戸のエンジンドアにするために、扉の枠も

取り替える。

そうしてその他の備品をつけてやっとできる。

というくらいの手間がかかる。

 

そうやって作った風呂の隣では、研修医の

皆さんが4人くらい、大きな身体を丸めて

パソコンと睨めっこしているのだ。

 

 

無茶な場所に風呂がある、というのは

今日、私が入った大浴場も同じ。

『地下2階なのに陽が差してくる』というのは

この建物が無茶苦茶な斜面に建っているために

階数が実態とかけ離れている。ということも

あるが、大浴場がある『東館地下2階』

というのが、風呂など配置するべき場所では

ないということもある。

このフロアはCT室とかMRIとかがあり、

周辺にはそのための機械室がある。

大浴場の隣は電気室だったりするので、

おおこわい。

ここも後付けっぽい気がするが、

いくら5人しか入れないとはいえ、ボイラーや

お湯の循環、濾過の設備を考えたら大浴場を

あとから作るのは簡単なことではない。

しかし、いずれにしても場違いではある。

 

 

 

結局、K病院の380床のベッドに対して、

浴室で身体を洗うのに使うカランの数が

少なすぎるのだ。

 

しかし、これにしても380床といったところで

私が入っている一般病棟は、各部屋共同の風呂

しか使えないが、このエリアは7割ちょっとで

残りは療養病床という

一般病床とはちょっと違う性格が与えられた

ベッドで構成された病棟になっている。

医療や看護の違いについては門外漢だから

触れないが、建築についてもそれぞれ必要な

施設があげられ、一人当たりの病室面積や

機能訓練室や食堂の面積、廊下の幅員などが

結構細かく決まっている。

廊下の幅員2.7mなんてのはストレッチャーが

すれ違うためには広い方がいいんだろうけど

広すぎると思う。

こんだけ広いと廊下の排煙窓を確保するのが

大変なんだよ。排煙の計算なんて一年生に

やらせたらいいじゃねえか。

 

ふう

 

風呂については『必要なだけ確保せよ』とある

だけで、大浴場にしろとも個別に設けよとも

書いていないが、いまのK病院の場合、

病室にシャワーユニットをおいて対応すること

にして、療養病棟に大浴場を作ったりは

していないようである

 

さらに一般病棟に放り込まれるようなやつは

入院患者を養う社会的負担を軽減するため

出来るだけ急速に治して社会に返そう

というのがいまのお国の絶対方針である。

その一方、治療のために

全身が管に繋がれていたり、

ギプスで固められていたり、

穿刺や手術など外傷を伴う治療が

行われているやつがごろごろいる。

当然、風呂に入れない。

そもそも入院直後はそんな元気はない。

 

 

だから『それなら、この病院のカランの数の

適正値は?』と聞かれてもわからないのだが、

足りないから82年間の間で足してきたんだろう

K病院のいいところは古いことだが、

悪いところも古いことで、風呂などの設備は

決定的に古い。

もちろん何度も改修の手が入っているらしいが

それももう古い。 そんなことを ここだけは

強力にクーラーが効いている脱衣室に裸のまま

座って、皮膚科に貰った薬をゆっくりと丁寧に

塗り込みながら考える。

『地下2階の太陽』が、

物憂げに脱衣室にも差し込んでくる。

 

平和だ。

 

多分30年くらい前にいた患者も、

おなじように風呂上がりの時間を

過ごしていただろう。

 

 

 

実をいうとK病院は現在、大規模な改築,増築の

工事が行われており、今回入院している本館は

除却したうえで建て替えをすることに

なっている。

大浴場のある東館は、建物としては生き残るが

管理棟になって患者が立ち入れなくなるから

風呂はなくなってしまうだろう。

新しい病院に大浴場ができるかどうかは

知らない。

多分できないだろう。

 

昭和9年竣工。82年の歴史をもつこの病院を

建て替えるという話をF先生から聞いたときは

真底驚いた。

いま現地では、再来年オープン予定の

本館Ⅰ期の増築部分を建てるための

タワークレーンがすすでに立ち上がっている。

 

F先生とは、回診の後の雑談などで、

この建て替えの話が出るようになった。

F先生も最初は

『この建物を無くしちゃいかんですよね』と

言ってたのに、建て替え工事の内容が、

患者にも漠然とわかる段階になり、

今は病棟だけの東館が『管理棟』ということに

なるのだと教えてあげると、いまはプレハブの

小屋の中にある医局が建物の中に入れて

暑くて寒くてうるさいプレハブ生活から

脱出できるようになる、と喜んでやがる。

 

2020年のグランドオープンを見るのも、

2018年のⅠ期オープンを見るのさえ怪しいから

要望めいたことを言うのは、二重三重に意味は

ないが、やっぱり湯に入って、あるいは

湯上がりに呆然とできる

こういったスペースは欲しい。

 

いまは、病院の写真を撮ったり、敷地の中を

歩いたりして、

本館の『最期から2番目くらいの夏』を

記録しております。

 

建物の中にかっこいいパーツが

たくさんあるんだよな。

 

欲しい。

 

たとえば『内科処置室』と旧字体で書いてある

ガラスの銘版。

 

これはF先生に言って、T中工務店の監督に

取り置いて貰えるようにしよう。

 

 

 

はあ、疲れた。

 

血液検査があると緊張し、最近の結果は

入院しても、まあ絶望的な数値だ。

 

 

最近はよく寝る。

あと、ベッドが窓際で午前中は日が射すので

めちゃめちゃ暑い。

 

だから風呂に入って涼む。

新しい建物に、心が動かなくなったら

なんかもう、ずいぶん負けだ。

 

 

 

 

 

 

残り- 28

  

 

 

明日は、外出。

 

 

 

 

 

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2017年8月22日 (火)

余命1年日記 -87- まだ入院中   2017年8月第4週(2017.8. 21)

8月14日    血液検査

   |      寝る

   17日    K君見舞い

   19日       外泊

    20日   帰院

    21日      (いまここ)

 

前回10日の13点のC判定に堕ちていた

Child - Pugh スコアは14日の検査でも

13点のCランクのまま。

肝臓の機能を示す数値の回復が遅いのだそうだ

大分弱ってるらしい。

 

ふう。

 

だから今やっていることは『待つこと』である

くすりを服んで、食事を摂って、安静にして

とにかく肝臓の回復を『待つこと』である。

 

ひま

 

『肝臓の回復を待つ』という意味のある休み

なのだ、と無理に思おうとしてはいるが

どう見ても一日中寝ているだけである。ひま。

 

命の無駄遣いだよなあ。

 

最近はよく寝る。

あと、ベッドが窓際で午前中は日が射すので

めちゃめちゃ暑い。

誰も入っていない大浴場に通うのが

日課になった。

 

危機感がないな

 

暇なので4.5日おきに自宅に帰って一泊させて

もらえるようにした。

こうなると、ますます入院してるんだか

してないんだかわからない。

暑いから昼間は外に出ず、

明け方 明るくなっていく涼しい街を歩くのは

気持ちいい。

 

さらに2ヶ月くらい髪を切っていなかったので

床屋にいった。

ただ、散髪中に寝てしまい、起きたら前髪が

ぱっつんぱっつんに切り詰められて

モンチッチみたいにされてしまっていた。

病院に帰ると私の顔を見た看護師、ドクターが

もれなく笑う。

くそ

 

ただ、14日の血液検査では、

肝臓の回復は鈍かったが、腎臓は順調に

回復していた。

だからF先生も のびのびと利尿剤を

増やすことができ、

おかげで腹水は、ほぼ気にならないくらいに

減った。

そうはいっても、先週の段階では肝臓の数字が

悪かったので、体調はよくはなかった。

今週はだいぶ回復しているので、

検査が楽しみだ。

 

 

17日、高校の友人のK君が見舞いに来てくれた

夕方、食堂で少し話をした。

彼と一緒に写真を撮った。

他の友人に配ってくれるという。

写真を撮るなんて何十年ぶりだろう。

楽しかった。ありがとう。

 

 

 

 

夜明けが遅くなったな・・・

 

 

 

 

 

残り- 24

  

 

 

今週退院できるかな。

 

 

 

 

 

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2017年7月20日 (木)

余命1年日記 -83- いつのまにか最終段階     2017年7月第4週(2017.7.20)

前回の日記に書いた Child - Pugh スコア。

3段階で評価し、わたしはその最低のCランクである、

と書いた。

正直、病気を評価するたくさんの指標のひとつで

『悪いから注意しとけよ』くらいの

軽い意味合いだと思っていた。

ところが実はこの指標の示す意味というのは、

おそろしいものなのであった。

(「Child - Pugh 値」の検索結果)

 

 

 

Child - Pugh スコア(チャイルドピュー スコア)

というのは、『血液検査等の値に応じた点数による

国際的な肝臓機能障害の重症度分類』であり、

軽い順にA・B・Cの3段階であらわす。

それぞれ意味するところは以下の通りである。

 

 

<肝臓機能の評価>

肝機能の評価の指標には肝障害度またはChild-Pugh分類が用いられます。
肝障害度及びChild-Pugh分類ともA、B、Cの3段階に分けられます。
Aが最も肝機能が良好であり、Cが最も不良であることを示します。

肝障害度及びChild-Pugh分類における肝機能はおおよそ次のような状態を表します。

肝障害度A
Child-Pugh A

ほぼ通常の肝機能を保っており、自覚症状がない

肝障害度B
Child-Pugh B

肝機能は低下しており、肝障害の症状を時々自覚する

肝障害度C
Child-Pugh C

肝障害が重く、いつも自覚症状がある

 

 

ABCの評価は以下の表の5つの数値から総合して

判断する。

AからCの順序で、肝障害の程度が強いことを表す。

肝障害度分類では、下表のそれぞれの項目別に

重症度を求め、そのうち2項目以上が

当てはまる肝障害度に分類される。

例えば、肝障害度Bの項目が3項目該当して

いても、Cが2項目あれば肝障害度Cになる。

評価項目と配点は以下の通り。

 

 

ポイント(Child-Pugh分類) 1点 2点 3点
項目 脳症 ない 軽度 ときどき昏睡
腹水 ない 少量 中等量
血清ビリルビン値(mg/dL) 2.0未満 2.0~3.0 3.0超
血清アルブミン値(g/dL) 3.5超 2.8~3.5 2.8未満
プロトロンビン活性値(%) 70超 40~70 40未満

 

 

この表の評価項目を素人が理解する必要はないと思う。

少なくとも私は理解しようと思わない。

時間がないんだ。

この表に基づいて私自身の評点をF先生につけて貰った。

それがこれ。(赤丸の数値、程度)

(「Child - Pugh スコア  診療カリキュレータ」)

 

肝性脳症
  • ない
  • 軽度
    (1~2度)
  • 重度  
    (3~4度)
腹水
  • なし
  • 軽度
    (コントロール可能)
  • 中等量以上   
    (コントロール困難)
血清ビリルビン濃度(mg/dL)
  • <2.0
  • 2.0~3.0
  • >3.0○   
血清アルブミン濃度(g/dL)
  • >3.5
  • 2.8~3.5
  • <2.8 ○  
プロトロンビン時間延長(秒)又は PT-INR
  • <4
  • 4~6
  • >6  
  • <1.7
  • 1.8~2.3
  • >2.3  

 

 

これで計算すると、 

わたしのChild -pughスコアは10点。

堂々最低のCランクである。

 

 

で、

 

 

このCランクになったらどうなるかというと、

こんなことになるらしい。 

 

 

(肝臓機能障害 検討会報告書  厚生労働省)

『Child-Pugh分類C患者の3年目の累積生存率は

30.7%と低く、本基準の対象者の約7割が

3年以内に死亡していた。

・Child-Pugh分類Bの患者の51.3%は、

3年後に死亡またはChild-Pugh分類Cに

移行するなどして、悪化していた。』

 

『(分類Bの患者の3年後病態)

B→死亡:30.8%、B→C:20.5%、

B→B:35.9%、B→A:12.8%』

 

 

 (研修医マニュアル)

スコアが8~9点の場合には1年以内に死亡する

例が多く、

10点以上になるとその予後は約6ヶ月となります。

 

 

(肝臓機能障害  検討会報告書  厚生労働省)

『肝臓機能障害者の身体障害者手帳の交付から

死亡までの平均期間は、

肝臓移植を受けていない者は約 300~500 日。

また、平成 22年度から平成26年度までで、

肝臓移植を受けていない者の死亡割合は、

認定等級に関わらず、約 60%であった。』

 

『Child-Pugh 分類Bの患者は同分類Cの患者と

同様に、その病態が基本的に不可逆的であり、

Child-Pugh 分類Aにまで改善する例は

少ないことから、長期の療養を要すると考えられる。』

 

 

(ガン情報サイト オンコロ)

『手術適応はBまでで、Cと評価されると

肝移植もしくは緩和ケアの治療対象となる』

 

 

 

なんて救いのない文章だろう。

 

 

 

特に厚労省の検討会の記録は、一般に公開する

想定をしていないらしいので、

表現に容赦がない。

 

 

ふう

 

 

これらの文章を総合すると、

Child-Pugh分類C患者の(指定後)3年目の

累積生存率はたった30.7%と低い。

しかも3年間ぬくぬくと生きられると思ったら

大間違いで、C判定を食らうと予後は6ヶ月。

肝臓移植を受けないと年間60%が死ぬ。 

 

 

実も蓋もねえ。

 

 

そんなら頑張って安静にして食事をしっかり摂って

きちんと薬を服んで、せいぜい健康を取り戻して

CからB、さらにAに成り上がってやるぜっ、と

思っても、

「 Bの患者とCの患者はその病態が不可逆で

分類Aまで改善する例は少ない」だってさ。

つまりCに墜ちたらもう、上に上がれないから

諦めろ、と。

 

 

そんならどうしたらいいのさ、と不貞腐れたら

「Cと評価されると肝移植もしくは緩和ケアの

治療対象となる」だって。

つまり肝臓移植が受けられないと緩和ケアしか

やることがない。

 

痛くないようにだけしてやるから、

おとなしく死んどけ。ということだ。

実際、肝臓が弱りすぎているから積極的な

治療をしたら、逆に死んでしまうのである。 

これが嘘ではない証拠に、前回話に出した 

PSE (部分的脾動脈塞栓術)の実施は放射線科の

H先生から、本日正式にキャンセルされた。

 

どうやら今回の入院直後の私の血液検査の結果を

よく見ていなかったらしい。 

『こんだけ悪いと、ちょっとね。まあ、

いつものパターンだと回復するんでしょ?

回復したらやりましょう。』

 

 

 

いつだよ。

 

 

 

検査結果くらい、ひとに新しい治療を薦める前

によく見といて欲しい。

 

新しい療法を薦められたら、「まだ先がある」

って勘違いするでしょう。

 

 

 

はあ

 

 

 

「1年」はなんとか越えられそうだけど・・・

 

 

 

 

 

 

 

残り19

  

 

 

気持ちの整理がつきません。

 

 

 

 

 

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余命1年日記 -82- PSE つぎのステップ    2017年7月第4週(2017.7.18)

最近また、腹水が出たりしてしんどかった。

6月7月とあわせて半月しかシャバにいない。

 

それに対して、いまやっているのが、投薬と

食事療法を組み合わせた内科的治療。

あと、時々穿刺である。 

 

これだけでは不十分ではないのか?という話。

 

 

 

腹水がでるメカニズムは、こんなことらしい。

肝硬変になると、アルブミンなどの

蛋白質を合成する機能が損なわれる。

 

血液中のアルブミンが少なくなると、

血管の中の血漿と外の体液との間での、

浸透圧の差が小さくなる。

そのため、血管の中の液体が外に出て行きやすくなり

亢進した門脈圧によって門脈から体液が

だだ漏れになっていく、というもの。

 

 

 

腹水がひどくなると腹が膨れ(水腫)

脚や手にむくみ(浮腫)ができる。

呼吸ができなくなる。歩くのが辛い。

身体中が痛くなる。動けなくなる。

 

足元が見えない。ものが拾えない。

急に振り返れない。階段がこわい。

外出ができない。

 

仰向けに寝てしまうと、起きられない。

体が屈めないから、へそが見えない。

ひとりで着替えができない。

身の回りのこともできない。

 

QOLもなにもあったもんじゃない。

(穿刺とは? なつやすみ)

 

 

そこで腹水を減らす必要が出てくる。

 

 

このうち利尿剤や穿刺は、

溜まった水を排出しようというもの。

いま採っている方法である。 

ただし、去年の夏のように腹水の発生が非常に

多い場合穿刺も利尿剤も間に合わず、利尿剤を

使いすぎると今度は腎臓が悪くなってしまう。

そもそも、穿刺では腹水は除去できるが、

腹水の発生量そのものは変わらないのだ。

 

これでは穿刺生活から脱出できんなあ、ということで

F先生とS先生が勧めてくれたのTIPS という方法。

門脈から肝臓を越えた大静脈にいたる短絡路を

建設することで、亢進した門脈圧を下げて

腹水の発生を抑制する。

(第二の見解  TIPS  なつやすみ)

 

これは結構熱心に薦められたのだが、

30-40%というかなり高い確率で肝性脳症という

おそろしい副作用を生じる危険があるという。

この副作用については私も少し味わったことがある。

(まず6月10日のこと なつやすみ)

 

今のところ腹水も深刻な状態ではないし、

そんなめんどくさい副作用があるなら

受けなくてもいいか、ということにしていた。

自由診療でお金もかかるし。

 

 

 

ところが以前、兵庫県立医大にTIPS の話を

聞きにいったH先生が今年6月からK病院に

移籍してくるのだという。さらにもうひとり

放射線科のK先生というひとが異動してくる。

K病院でTIPS などCTを見ながらカテーテルを

操作して手術するということがてわきるようになった。

そんなおっかないことようしよんなあ。

 

で、

 

前回の入院中、6月22日にH先生とK先生に

話を聞くことになった。 

最初にやはりTIPS のことを言われたが、

脳症などの副作用のために躊躇っている、と

言うとすぐに話を変えた。

 

『それならPSEという方法があります』

 

なに?

なんですぐつぎにまったく別のプランが

出てくるのか?

 

いやまあ、事前に検討してくれたのだとは

思うが、こうも淀みなく次善の案が出てくると

なんだかH先生が手練れのセールスマンである

かのように感じる。

『名医の条件』の中には、トークのテクニックがある、

と間違いなく思う。

 

 

 

『PSE =部分的脾動脈塞栓術』とは、脾臓が

肥大して機能が亢進して血小板や白血球を壊し始めたり

腫瘍が取りついたり、わたしのように脾動脈が

繋がった門脈圧が亢進して、腹水が止まらなくなった

やつの脾臓にカテーテルを差しこんで、

脾動脈に金属のコイルとゼラチンをぶちこんで

脾臓の2/3くらいを干し殺してしまえというもの。   

 

大命題である『腹水の減少』を実現するために

門脈圧を下げようとするならば、

門脈に流れ込む動脈のうち、比較的太い血管

である脾動脈の血を減らしたらよかろう、と

思うんだけど、そのために脾臓を小さくしよう

としたときに、じゃあ摘出するか?でも、

残せるもんなら残したいなぁ、ということで

摘出しないでカテーテルを突っ込んで、血管に

金属のコイルとゼリーをぶちこんで、脾臓の

2/3を干し殺そう、というわけだ。

 

目薬を差すために、2階を建て増すところから

始めるような面倒くささ。

ようこんなもって回った考え方出来るなあ。

 

 

ふう

 

 

これによって期待される効果は門脈圧の低減。

そして門脈圧を減らすことで、門脈を通らないで 

無茶苦茶な短絡路をつくって、そこが静脈瘤になって

破裂しやがるのを防いだり、門脈から浸みでた

腹水で身体が動かなかったりするのを防げる。

腹水の生成を止めることはできないが、

量を減らすことはできる。

腹水とのつきあいが楽になる。  

 

気になる副作用としては、

・腹部の疼痛(数日で引く) 

・胸水(すぐに引くってば)

・だるさ

などがあるという。

しかし、TIPS のように脳症などは生じない、という。

(「肝性脳症」の検索結果)

 

 

説明が雑だなあ、と思うだろう。

 

だってわかんねーもん。

 

建築屋として幸せな社会生活を過ごしてたら

PSE もTIPS も一生絶対出会わない単語だぞ。

入院中だから、ケータイでちまちまちまちま

検索して調べて書いているんだ。

頼むよ。脳症で脳みそが溶けてるんだ。

 

プロの文章をどうぞ。

(「pse  部分的脾動脈塞栓術」の検索結果)

(血管内手術を受けるかたへ 大船中央病院)

(「門脈圧亢進症」の検索結果)

 

脾臓を潰すんだったら、摘出したらどうだ?

というあなたへ

(部分脾動脈塞栓術か脾摘か)

 

この文章のなかでChild-Pugh スコアというのが

出てくるが、これが前回出てきた

『肝臓の弱り具合を調べる三段階の指標』である。

(「Child - Pugh Class」の検索結果)

 

私は堂々最低のCランク。

『CランクはPSEの適用除外』って思いきり

書いてあるんだけどいいんだろうか。

 

ちなみにこのChild-Pugh  Class-Cというのは

結構重篤な状態らしい。

『Class-Cに適応する治療=臓器移植、緩和ケア』って

移植ができなければ、痛くないようにしてやるから

死んどけっ、てことだろう。

 

 

あらま

 

 

あしたF先生に訊いてみよう。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

残り21

  

 

 

暇だから毎日こんな調べものをしてます

 

 

 

 

 

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2017年7月15日 (土)

余命1年日記 -81- 悪循環         2017年7月第3週(2017.7.14)

6月後半から7月上旬までしんどかったです。

体もつらかったが、気持ちがついて

いかなかったです。

別に深刻な病状に進んだわけでもないのに、

何を辛そうな顔をしていたんだろう。

 

しかしなにか、この

追いかけられるような心持ちがして、あまり

詳しくは言いたくないけど、

夜明けの4時頃に街を歩き回ったりした。

 

理由のひとつは、将来に対する不安だ。

 

焦っているんだろうな。

去年の夏に『あと1年』といわれて書き始めた

この日記の毎回の末尾にあるカウンターは

残り30日を切った。

 

このまま平然と『1年ライン』を踏み越えて

いくと思う。

もっとも1年前、F先生が重々しく余命宣告を

したときは、いくら穿刺しても大量に利尿剤

を投与しても腹水がすぐにたまってしまうから

F先生が泣きをいれたのだ。

いまではなんとなくこの人のキャラクターが

理解できるようになったから、

先生のあのときの気持ちがわかるが、

一般論としても、救急で入院して

2ヶ月目くらいで主治医に『あんた死にます』

って言われたらびびるぜ?

 

しかしF先生の頑張りによって、

冬くらいには腹水を薬でコントロールできる

ようになった。

春になると『1年以上いきますよ』といって 

くれるようになった。 

(2017年3月22日の日記)

 

もちろんいまでも水は出る。

今回の入院もそうだ。

そのほか肝硬変の合併症である静脈瘤破裂を

2回やっている。

数えたわけではないが、この一年間では

退院している期間より

入院している期間の方が長い。

 

しかし意外と人間、しぶといぜ?

 

だから焦るのだ。

なにかしないといけない。

しかし、仕事は去年の秋にあのK氏の屑仕事を

切ってから、ある程度継続するような仕事は 

請けていない。

そりゃそうだろう。毎月入院する男に仕事を 

依頼するやつはいない。

いまは、単発の図面修正などをするくらいだ。

 

どうしよう、おまんまが食えるのか?

父親だって86歳で歩くのがしんどいと 

言うんだから、最悪乱雑な部屋で

『二人で孤独死』ということがあり得るのだ。

 

悲観的に過ぎるか?

 

でも私は、自分の運の強さを

全く信じていない。

運命の神様に誉めてもらったことが

一度もない。

 

 

 

 

 

さらに、カウンターが0になること自体には

大した意味はない。

しかし、0になったからといってはつらつに

元気になるはずはない。

おそらくは、いまと同じように 

『退院しちゃあまた入院して』ということを

繰り返すはずだ。

そのサイクルは、永遠に同じ調子で

繰り返されるはずはなく、次第に弱っていく。

実際、今回の入院では肝臓や腎臓の回復に

時間がかかった。

F先生は『生き残っている肝臓の部分が

ダメージを受けて弱ってきましたかね。』とか

おっかないことを言う。  

『どのくらい生き残ってるんですか』

と訊くと

『定量的なことを調べることはできません』

というから

『じゃあどうやって』とさらに訊くと

『血液検査や肝生検なんかから3段階の指標を

出して(名前聞いたけど忘れた)

肝臓の弱り具合を評価します』だそうだ。

 

 

 

ちなみにいま状態の、私の肝臓のその指標を

出してもらったら

『最低ランク』であった。

 

 

ふう

 

 

 

 

 

 

 

残り24

  

 

 

あせる。

 

 

 

 

 

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2017年7月13日 (木)

余命1年日記 -80- 6月下旬から7月上旬の備忘録  2017年7月第3週(2017.7.13)

今週の記録。

 

6月22日   退院

   23日 再入院

      24日 退院

   29日     外来

7月   6日 外来

           入院 穿刺3L

      (いまここ)

 

 

この日付の期間、

体も気持ちもしんどかったです。

 

まだしんどいけどゆっくり書きます。

 

 

 

 

残り26

  

 

 

話すことがたくさんあります。

 

 

 

 

 

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2017年6月21日 (水)

余命1年日記 -78- 脳症予防法 TIPS      2017年6月第4週(2017.6.20)

今週の記録。

 

6月08日 外来 入院 穿刺3L

   10日 穿刺3L

      はばたき振戦 徘徊

      12日 血液検査

       脳症の件でF先生面談

   11日

   |   穿刺なし

    22日

    12日 血液検査

    16日 外出 免許更新 下剤

    17日 帰院 下剤中止

    19日 血液検査 抗生剤    

    20日 抗生剤

      (いまここ)

 

間を開けたから振り返るのも大変だ。 

2017年6月の入院中の毎日の様子。

6月08日から入院。

穿刺と血液検査を行った日付は上記この通り。

 

この間の一番のトピックは、

なんといっても10日と11日の脳症騒ぎ。

実際、腹水のほうは穿刺して安静にしたら

8日の週には、さほど辛くなくなった。

わかりやすい身体だ。

だから10日の段階では、もうしばらく安静に

したら退院だろう、と思っていた。

14日が誕生日だから、それまでに一度

外出許可をもらって免許の更新に行きたい、

とは、F先生に伝えてあった。

 

ところが外出するなら念のため、と

慎重なF先生が、わたしを真っ直ぐ立たせたり

腕と指を真っ直ぐ伸ばさせたりしたら、

俺の身体ってば、まんまと振戦しやがった。

おまけに朝方呆けて徘徊するし、呆けて

「ベッドあらしが出た」と騒ぎ立てた。

 

我ながら怖かった。

 

以前も書いたように脳症の原因は、血中の

アンモニアである。

これが増えると呆ける。

アンモニアがどのくらいの数字になったら

呆けるのか、というのは

はっきりしないらしいのだが、

原因であることは間違いない。

したがって、脳症にならないためには、

血中のアンモニアを増やさなければよい。

 

・・・?

『呆ける真の原因』に正面から取り組まずに、

派生症状であるアンモニアの発生を押さえる

だけでいいのか?

 

まあ、私はいまひとつよくわかっていないが、

体内でのアンモニアの発生を押さえる方法は、

以下の二つ。

1.腸管の中に未消化の食物滓を

 留めておかないこと。

 (処方)→下剤によって滓を流して

          アンモニアの生成を防ぐ

 (危険)→下痢をしやすくなる。

2.アンモニアを発生させる細菌を減らす

 そのため、抗生剤を服用する。

 (処方)→抗生剤によって細菌を殺して

          アンモニアの生成を防ぐ

 (危険)→下痢をしやすくなる。

 

どちらも下痢をしやすくなるのが欠点だが

16日から下剤、19日から抗生剤の

服用を始めた。

下痢の様子を見ながらまずは重ならないように

短期間ずつ行うこととした。

 

服用を始めると下痢はした。てきめんに。

とくに外出から帰ってきた17日に催して

きやがって、ちょっと漏らしちゃった。

 

実際に服用を続けるかどうかは、服用後に

血液検査を行って、アンモニアが減っているか

どうかによって判断する。

安くない薬だから効果が薄ければやめる、と。

 

現在、この段階である。

 

 

 

また以前TIPS の話を聞きにいった

兵庫県医大のH先生が、6月にK病院に

移籍してきた。

また、実際に手術を担当する放射線科の先生も

移籍してきた。TIPS をK病院で行う態勢が

整うのだという。

 

腹水で、こんなにしょっちゅう入院するなら

TIPS についてもう一度考えてみたらどうだ?

F先生が言うから22日に話を聞くことになった

その先生がTIPS の手術の際に必要だとして、

私の身体の血管の走行を調べたいのだという。

21日に血管に造影剤をぶちこんで、

CT撮影をする。

 

それとは別に、病状自体は安定しているで、

今週中に退院しなさい、と。

しかしこの度、K病院では週末金土日の退院が

できなくなった。22日をのがすと週明けの

26日になる。

とっとと出てけ、というわけで

若干慌ただしいが、22日に退院します。

やっぱり患者の入院期間を短くしようと

してるんかな。

 

 

 

 

残り49

  

 

 

今朝はすごい雨。

 

呆けてるから、カウンターの数字が

めちゃくちゃになってたよ。

 

 

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2017年6月11日 (日)

余命1年日記 -75- まず6月10日のこと  2017年6月第2週(2017.6.10)

昨日は、

病気についての大事な話がありました。

まずは、6月1 0日のことを取り急ぎ。

 

 8時朝食

その後ベッドでに仰向けに寝て、ケータイを

見ていたが、ベッドのブースを覗いていた

じいさんがいる。

たちまち『不審者だ』と思い

ナースコールした。

警察だ何だと騒ぎ立ててまわった。

その後、病棟の関係者に経緯を説明した。

 

 16時頃、F先生が来る。

分厚い専門書を抱えて、

暗い顔で時折これをひもといている。

穿刺は12日なのに診察だろうか。

 

『来週外出ということになると、どうしても

気になることがありましてね。』という。

そうして、片足で立ってみろ、

手のひらが指が反るくらい拡げ、水平に並べて

保持してみろ。という。

意図を図りかねていると、

『これで時間が経ったときに、

揺れて止まらなくならないかを見ています』

 

その後F先生は、言いにくそうにしながら

『脳症の検査です。』

『え?』

『手のひらが揺れて止まらなくなるようなら、脳症を発症しています』

(はばたき振戦)

 

自分はどうか、と見てみると、

右の薬指のあたりが揺れている。

 

『揺れてますかね・・・』

『・・・少し』

『脳症ですか?』

『・・・』

『・・・』

『でも最近は日々の言動でも。』

 

むう。今朝の騒ぎを思い出す。

『でも、まだ軽症ですよ』といって、

F先生はしきりに慰めてくれた。

脳症には治療法もある。とも言ってくれたが

脳症の入り口を入ったのは確からしい。

 

その後しばらく話をした後、12日に穿刺する

といって、F先生は分厚い専門書を抱えて

帰っていった。

 

脳症かあ。

まだ、実感がわかない。

そうはいってもラストステージなんだろうか。

 

F先生の専門書は分厚かったけれど、

下ろし立てのように真っさらだったのを、

心の支えにするか。

 

 

 

 

 

残り59

 

 

まだ、帰ってこれる。

 

 

 

 

 

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でも、

 



 

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2017年5月13日 (土)

余命1年日記 -72- 足踏みの日々        2017年5月第2週(2017.5.13)

今週の記録。

 

5月  8日 穿刺 4L alb

      10日 穿刺中止 

      12日 穿刺中止

       (いまここ)

 

10日の朝に行った、血液検査で腎臓に関わる

数字が悪かった。 

(ex.クレアニチン 1.3mg/dl) 

 

腹水が辛くてしようがないので、

連休前から徹底的な除去を始めた。

具体的には、利尿剤と穿刺だ。

 

ところが腹水を出すように利尿剤を用いたり、

穿刺して腹の中の水を出してやると、

その分腹の中の水が減る。

それは大変結構なのだが、そのまま定着すか、

というとそうはならない。

今回の例で言えば、4月27日から5月8日までの

10日間で、腹水(16L)16kgを抜いた。

その減少が定着したか、というとわたしは

この10日間で、たった2kgしか減らなかった。

 

わたしの腎臓は、穿刺だけで16kg、

体重減少分の2kgを差し引いても14kgもの水を

『腹水あるいは尿』として

必死で作っていたわけだ。

 

そりゃ腎臓も悪くなる。

 

腹水を減らそうと、

一週間で3万円かかる、Sという薬をはじめ、

ぎりぎりを狙って大量の利尿剤を

投入していたのだが、

ちょっと限界を越えてしまった。

 

なにしてんだか。

 

このまま穿刺すると

腹水が悪化するので中止しよう、と。

いつか聞いたような話だが・・・。 

 

 

 

しかし真面目な話、

移植など、つぎのステップに進むためにも

腹水をなんとかしないといけない。

しかし、そのためには

腎臓の回復を待たないといけない。

そうなると、

薬と穿刺のペースを落とさなければない。

要するに、ひと休みだ。

腹水が続いてまともな日常生活が送れなければ

以前話題になったTIPS についても

視野に入れて考えなければならない

 

時間がないのに。

 

先月からの不調の理由には、

まずこの腹水のつらさがある。

そのほかに、精神的に弱りきっていたことも

あります。

 

 

 

12日、穿刺しようとすると、どうも

腹水の溜まりかたがすくない。

多少は取れるけど、とても4Lなんて無理。

どうしよう。

 

エコーを撮ると、内蔵の隙間がせまい。

えい、めんどくさい。ということで

12日の穿刺もなし。

週末だから、土日はなにもなし。

 

 

どうもなんだか、足踏みばかりです。

 

 

 

 

 

残り87

  

 

 

まだ、4時間。

 

もっと簡単に、

起きたことだけでも書いていきます。

 

 

 

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