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2008年1月

2008年1月31日 (木)

銭湯であった怖い人

銭湯が好きだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学生の頃から、

初めての町で見つけた銭湯に入るのが楽しみで

車には、常に『お風呂セット』があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

過去にこんな話や、こんな話を書いているが、

今日のは実話だ。

ただし学生の頃の話だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その人に出会ったのは 

新神戸にあったくたびれた銭湯だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼下がりの時間でほかに客はなく、

ひとりで体を洗っていると、

ガラス戸を乱暴に開けて人が入ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

よく見えないが、おっさんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このおっさん、かかり湯もせずに湯船にザボンと入った。

乱暴なやつだなと思いつつ

それでも無視して体を洗っていると、

たばこのにおいがする。

 

 

 

 

 

 

なに?

  

 

このおっさん、湯船に入りながら

タバコを吸っているのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さすがにこんな人は見たことがないので

初めて振り返った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おっさんは、タバコをほんの2.3服吸うと

ぽおんと洗い場に放り投げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いちいちやることが乱暴なのだが

そんなことよりも私の目はおっさんの体に

釘付けになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

背中一面に彫り物。

まあ、それだけなら驚かない。

 

 

 

 

 

銭湯めぐりをしていれば、この手合いは珍しくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それよりもこの人

背中に横一文字の刀傷があるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

脊椎カリエスの手術痕かと思ったが

絶対違う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

縫合痕がないし、

 

 

 

 

いやいやそんなことじゃなく、

大体どんな下手な医者でも

背中を横断するような傷は作らないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

これは怖い

 

 

 

 

 

 

 

 

みちゃいけないっ、と思いつつ

どうしても眼がそらせられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おっさんは、そんな私に一瞥もくれず

タバコを吸い終わると体を洗いもせず、

ざばあっと湯からあがるとそのまま出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

滞在時間1分

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神戸のことだから、

日本最大の某団体の構成員の方かもしれない。

 

 

 

 

 

 

『一仕事』終えて、汗を流しにきたとか。

 

 

 

 

 

こえー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いやいや、背中に刀傷があるってことは

逃げるところを切られた訳で

実は弱虫なんじゃないか?

 

 

 

 

 

 

 

 

いや、そんな理屈じゃどうにもできないよ、

あの怖さは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日ひさしぶりに銭湯に行ったので

銭湯についてのよもやま話をいくつか書こうかな、

と思ったけど、最初の話題が重たかったですね。

 

 

 

 

 

 

書いた本人が胸焼けしてます。

 

 

パトラッシュ、ぼくもう疲れたよ。

 

 

 

 

 

じゃ、また

  

 

 

 

 

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2008年1月30日 (水)

大きな憤り

毒入りギョーザ事件

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

農薬の成分が混入した中国製の冷凍食品を食べた子供が

重体なのだという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また中国かよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うちの母親は安い野菜や、加工食品を見ると

「どうせ中国産よ」といって馬鹿にします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私も個人的には『中国製=二流』というイメージを

持っている。

 

 

 

 

 

 

年配の人ほどこの傾向は強いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

もちろんあの国が本気を出したら恐ろしいのであって、

宇宙開発なんか日本をしのぐ技術力も持っているのだが

 

 

 

 

 

 

国が広いからいろんな奴がいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いや違うな。

安全とか、衛生とかに関する感受性というか国民性が

明らかに日本人と違う。

そういうことへの配慮の含有量が日本と比べて桁違いに少ない。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

返還前の香港に行ったことがある。

建設中のビルには足場をつくる。

 

 

日本ではスチールパイプだが中国は竹だ。

日本もつい最近まで松丸太だったんだから

これはお国柄の違いでしかない。

 

 

 

 

 

しかし、中国の足場は上の階に行くほど

敷地の境界線など無視して周りにせり出していくのだ。

だから、道に面したビルの足場は

歩道はおろか車道にせり出さんばかりに 

はみ出ている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何か落としたらどうするつもりだろう。

ボルト一本でも大事故だぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのせり出しまくりの足場の下を

人も犬も平然と通る。

屋台も営業していて

足場の下でそばとか食ってる人がいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さらに、足場の上で作業している人が命綱をしていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本の労働基準監督署の人が見たら

貧血を起こしそうな『現場』がたくさんあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の件も、製造ラインのすぐ横に消毒薬を置いとくとか

そんなずさんなことをやっていたんじゃないのか。

 

 

 

 

 

 

ネズミ捕りに使う薬らしいので

まさか、工場内にねずみが出たんじゃないだろうな。

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ニュースの論調も全体に強い調子なのだが、

 

 

 

 

 

 

 

 

『本誌記者も食べていた!毒入り餃子に強い憤り』

という産経新聞の記事が、

周りから1ランクずれて

ひょっとこな感じがしてよかったです。

 

 

 

 

 

 

 

『「ギョーザで一杯」という小さな喜びさえ不安にさせる

いい加減な中国の製品に、強い憤りを覚える。』って

 

 

 

 

 

 

それ小さな憤りだよね。

 

 

 

 

 

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2008年1月28日 (月)

若さがまぶしいぜ

橋下氏 府知事選当選。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

過半数を制しての圧勝というのはちょっと予想外。

 

 

『タレントに弱い大阪人』のイメージを

全国的にまたまたさらしたわけだ。

ノックさんで懲りてなかったってことですな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5兆円とも言われる巨額の財政赤字の解消をはじめ

たいへんなこってす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしこの人38歳だってよ。

現職では最年少。歴代でもタイ記録なんだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

38じゃあ、局長級の人の中には

親子ほど年の離れてる人がいるだろう。

 

 

 

 

 

あのキャラクターでがーっと言われたら

腹立つだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大阪では95年のノックさん以来、

副知事から知事になったという人はいない。

 

 

外部からの風が入るということでいいことなのだが

 

 

『よそから来たのにでかい面しやがって、

ちょっとTVに出てるからって有名人ぶりやがって、

行政のことなんか何にも知らないくせに、

しかも俺より年下じゃねえか

 

 

 

 

 

 

 

という反感は強いぞ。

 

 

 

 

 

私が府庁の役人だったらそう思う。

私の心は、ゴルゴ13の額よりせまいぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それにしても、昨日は若さがまぶしいと思ったよ。

 

 

 

白鳳22歳、朝青龍27歳だってよ。

 

 

 

 

 

スポーツ選手がもはや私より年下なのは

驚かないが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まぶしい。

 

 

 

 

 

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2008年1月26日 (土)

世間って広いわ!

この日記を『昆布風呂 業務用』で検索して

見に来てくださった方がいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんちゅうキーワードで検索しよるんか。

 

 

そんなもんに興味があるのか、

とおもって『昆布風呂』で検索したら

でるわ、でるわ

 

 

 

 

世の中には、

『昆布風呂』の情報があふれているのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分が書いた日記が出てくるのは、ありがたい。

しかしこれは、自分の独創だと

いまの今まで思っていたのだが

 

 

 

検索すると 

『昆布風呂』用の昆布があったり

『昆布風呂』を売りにした旅館があったり、

昆布入浴法がTVで紹介されてたり、と

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もうごめんなさい、

といわせんばかりの勢いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さらに、この日記の前には

『増えるわかめを風呂に入れたら面白かろう』という日記を

書いていたのだが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やってる人がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はあ、こんなにリンク張ったの初めてだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いやあ、世の中馬鹿が多いわ

広いわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すっかり感心しましたよ。

 

 

でも、この入浴法を

『ザビエル』と結び付けて考えた人は、まだいないぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰か、

次はこれを検証する方向でお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

だから、私はザビエルじゃないってば。

 

 

 

 

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2008年1月25日 (金)

漢字って難しいね

中国で有名な検索サイト

『百度(Bai do)』が日本でのサービスを始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

動画サイトが充実していて

とりあえず正月に見逃した

あのドラマを見ておりまして、

仕事になりゃしねえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところで、

字幕が中国語なのは

どうにもならないんだろうな。

 

 

 

 

 

というか、音声は日本語のままだから困らないんだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

簡字体じゃないのは台湾製なのかな。

おかげで、漢字はわかる。

(大陸中国で使われている簡字体は

はっきり言って日本人には読めません。)

 

 

(言葉として読めないのはもちろん

漢字が判別できない。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おかげで

『先輩』=『前輩』と『学長』と二通りあるけど

どう違うんだろう、とか

『先生』=『老師』なのだなあ。

それにしても、

『幼稚園の先生』まで

『幼稚園的老師』というのはどうだろう。

 

 

とか、いろんなことを考えてしまって

気が散る。

 

 

 

 

 

 

それと、中国語字幕に隠れて

本編の日本語字幕が読めないんですけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああっ。

中国を敵に回す気はないんですっ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それにしても、何を見ているのか

ばればれですね。

 

 

 

 

 

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2008年1月24日 (木)

メタボラスイッチ

太った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

太るには原因があるだろう。

何が私のメタボラスイッチを入れたのか。 

 

 

 

考えてみた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もともと太る体質ではあった。

私の身長は173cmだが学生の頃は常時70kg以上あった。

7年間の学生生活の間徐々に太り続け

瞬間最高体重は就職前の研修の直後で

87kgを記録した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、のんきな学生生活から一転

就職するとやせ始め、1年間で25kg落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

わかりやすい体だなあとつくづく思うが

やせた原因はわかっている。

 

 

忙しかったせいもあるし、いらない神経を使ったせいもあるが

 

 

 

 

大きな原因は

酒だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は酒を飲むときほとんど食べない。

漬物があれば、一升飲める。

 

 

 

 

 

 

会社に入って

 

 

朝は食べず。昼は食べるが

夜は酒だ。

 

 

アルコールはカロリーがあるし

酔ってしまえば、食欲も減る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは痩せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

世の中には、

あふれるほどのダイエット法があるが

この、酔っ払いダイエット法を紹介したものはない。

 

 

 

 

確実に痩せられることは間違いないので

どこかで紹介しないだろうか。

道を踏み外さなければ確実に痩せられます。

 

ただし、痛風にはなりますが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前置きがすっかり長くなったが

要するに酒をやめたのである。

 

 

 

 

 

 

ついでにタバコもやめた。

 

 

 

 

 

 

 

てきめんに太った。

 

 

おおげさじゃなく、入るジーパンがなくなってきた。

 

 

 

 

 

間食はしない。

無茶食いもしていない。 

規則正しい生活はしている。

 

 

 

 

 

 

だとしたら、原因は酒にしかないではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

いや、運動してないだろ。とか

コタツにばっかり入ってんじゃねえぞ。とか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ごもっともだが

私のメタボラスイッチは酒だった。ということで、

 

 

いや、ということにさせてください。

せっかくやめたんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし痩せたい人には有効かもよ。

酔っ払いダイエット法。(略してYDH)

 

 

 

 

 

やりたい人は、気をつけて。

体に悪いことだけは間違いがないので。

 

 

 

 

 

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2008年1月23日 (水)

『あの母』について考える

船場吉兆が営業再開するそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

産地偽装や賞味期限改ざんのニュースの段階では

はっきり言って興味がなかったのだが

昨年、母子で開いた『腹話術会見』が面白すぎて

すっかり、吉兆の行方に注目するようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかも新社長は『あの母』だという。

 

 

 

 

 

 

 

止める奴はいなかったのかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それにしても、半分近くの従業員が辞め

4店舗のうち2店を閉鎖してやっていけるのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

料亭なんて行った事ないから知らないが

主要な客は、社用族だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

有名な老舗だし、

固定客をたくさん持っているのかもしれないが

今回の一件で離れていくことにならないのかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

社長になった、『あの母』

なに考えてるんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

よく知らないが、料亭では一通り料理が出た後

女将があいさつに来るのではなかったか? 

 

 

 

 

 

 

 

 

どのつらさげて

どんな顔して出てくるつもりだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

そういう意味では、すごく度胸のある人だ。

ひょっとしたら

一連の不祥事を一切知らされてなかったのではないか 

という気がするくらい純粋だ。

 

 

皮肉じゃなく店のことを心配してるのだろう。

ただ、それが店にとって

すごい迷惑になってることに気がついていないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

裸の大女将、である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお、女将。がんばんなさいよ」

「ありがとうございます」

「TVでみるよりお若く見える」

「賞味期限を改ざんしておりますから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あー、行ってみたいなあ、吉兆

自腹は無理なので接待の方向で

 

 

 

 

もっと無理だね

 

 

 

 

 

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2008年1月21日 (月)

雪道ドライビング

雪道ドライビングには自信がある。

涙なくしては語れない理由があるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

大阪平野の北のはずれに箕面市というところがある。

「みのお」と読む。

 

 

 

 

 

箕面は山がちで、この時期大阪市内が雨でも箕面は雪、

ということがよくある。

 

 

 

 

 

 

この箕面に紅葉で有名な「勝尾寺」というのがある。

有名な観光地なので大きな駐車場があるのだが

ここが実に日当たりが悪いのである。

 

 

 

 

 

だから降った雪がいつまでも解けない。

したがって、車で遊ぶには格好の場所だった。

 

 

 

 

 

大学生の頃、中古車を買ってうれしくて

箕面の山のヘアピン道を走り回った。

 

 

 

池田の下宿から大学に行くのにわざわざ

箕面を通って行ったりした。

 

 

 

 

 

 

 

まことに馬鹿なのであるが、

おかげで今でも、あそこの山道は暗記している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなだったから雪が降るとうれしくて

勝尾寺の駐車場にいった。

つるつる走りに行くのだ。

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし夜中に行くと、意外にもほかに車がいたりする。

 

 

 

 

 

同好の人ではなく、

当時大ヒットしたプレリュードだったりしたから

なにをしているか想像がつきますね。

エンジンもかかってるし。 

 

 

 

 

 

 

 

あれは違う種類の動物なので 

そっとしておいて

 

 

走る。

 

 

 

 

 

 

 

完全に凍りきっているから(一部雪)

ドリフトし放題だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこを

「スピンターンッ」とか

「ロックステアリリースッ」とかやるのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

技の名前を叫びながら。

 

 

 

 

 

 

 

馬鹿である。

しかし

 

 

 

 

 

楽しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

公道でやったらただの迷惑暴走車だが

ここなら周りに家もない。

寺には宿坊があると思うのだが駐車場のそばにはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなことで楽しく走り回っていたら。

ガコッといって、止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後輪のタイヤが溝にはまったのである。

 

 

雪に隠れて見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

脱出しようとするが動かない。

FFだからタイヤは回るが雪で滑って動かない。

 

 

 

 

 

 

 

困った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

JAFを呼ぼうにも電話がない。

 

 

携帯なんてない頃である。

 

 

公衆電話を探そうにも

この山の中そんなもんない。

 

 

 

 

 

観光地だからありそうなもんだと思ったが

ないもんはないのである。

 

 

山門の中にはあるのかもしれないが

当然入れない。

 

 

 

 

 

 

 

人気(ひとけ)はないかと宿坊を探したが

これが実に遠い。

 

 

 

 

 

そして誰も起きてくれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あと人気がるのは

あのプレリュードだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ものすごく躊躇したが

雪の駐車場で一晩過ごすことを考えると

ほかに選択肢はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勇気を振り絞って

ドアをノックすると

窓を開けてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひょっとすると

窓も開けられない状況

なってるんじゃないかと思っていたから、よかった。

 

 

 

 

 

 

 

事情を話すと

男性が降りてきて

無言で車を押してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すごく時間が長く感じたが10分くらいだろう。

それでも、雪の中を車を押し続けているのは

大変だったはずだ。

 

 

 

 

 

 

脱出できると、

礼もそこそこに逃げ帰った。

 

 

もっときちんとお礼をすべきだったかと思うが、

とっとと帰ってくるのと、お礼するのと

どちらが人間として正しいのか

よくわからなくなってくる。

 

 

 

 

 

 

しかし、

人間としての『何か大事なもの』

捨ててきてしまったのは事実のようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、雪道ドライビングは身についたぞ。

 

 

少なくとも自信はついた。

 

 

 

 

 

ここまで読んだ皆さんには

馬鹿野郎、といわれるだろうが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だれか、私の車で雪国に行きませんか? 

 

  

 

 

  

 

 

 

 

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2008年1月20日 (日)

スジャータがはやい

徹夜した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久しぶりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

締め切りが一日早くなったからだが

文句は言うまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

若い頃はよく徹夜した。

  

 

 

 

 

 

体力もあったが、事前に遊びほうけて

締め切りに追われたり、

卒業設計みたいに、ちっとも案が浮かばなくて

締め切りに追われたり、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とにかく、時間に追われての徹夜というのは

久しぶりだった。

 

 

 

 

 

 

『スジャータのCMが早い』なんていうのは、

久しぶりに感じた。

 

 

 

 

 

 

 

FM大阪では、時報の時間に『スジャータのCM』をするのだ、

『スジャータ、スジャータ、ららららららら、ンッワー』

という、ジングルのあとに

『○○時です。』といってくれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわっ、もうスジャータか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

早いよっ!

一時間ってそんなに早いか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スジャータのCMのたびに

『あ、もう1時間』と、すごくあせった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ、徹夜すると、1時間おきのCMがスジャータだけじゃないことに、

すぐ気がつく。

 

 

 

というか、FMの番組も変わるのね。

 

 

午前2時くらいまでは、桑田ケイスケ(漢字が書けません)みたいな

大物が出る。

午前5時からは『幸福の科学』なんてのの番組をやってる、

 

 

 

 

 

 

早朝のFM番組はいろんな意味で面白いなあ。

思いました。

 

 

 

 

 

 

普段聞かないからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも明日は聞かない。

大変だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2008年1月18日 (金)

日本で一番難しい駅名

難しい地名・駅名はたくさんある。

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たとえば、私の尊敬する宮脇俊三氏は

国鉄で一番の難読駅名として、

山陰本線の『特牛駅』をあげている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鉄道マニアは『そんなの知ってらあ』と言うかもしれない。

あと地元の人も読めるな。

 

 

 

 

「こっとい」です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところが、今日大阪の地下鉄に乗っていて

それ以上の難読駅名を思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「喜連瓜破」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんだ?この地名とは思えない駅名は。

 

 

 

 

 

 

 

これも大阪の人ならみんな知っているし

もったいぶらずに正解を書くと、

「きれうりわり」です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「喜連」と「瓜破」という二つの町の中間にあるので

こういう『連合駅名』になった。

 

 

 

 

 

 

 

大阪にはこういう『連合駅名』が多い

「西中島南方」とか「野江内代」とか。

 

 

 

 

 

ちなみに、今あげた二つの駅も難しい訓みをする。

「にしなかじまみなみがた」と

「のえうちんだい」だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、群を抜いて難しいのが『喜連瓜破』で

 

 

『喜連』も『瓜破』も

単独でも難しい名前なのに

あわせちゃったもんだから、

何が出てくるのかわからない

中華料理のような名前に

なってしまったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もちろん、それぞれの地名にはきちんとした由緒があるのだろうし

「変な中華料理みたいな名前」とか書くと

怒られそうなのでやめておくが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「読まれへんのは、お前らの勝手や」といわんばかりに

難しいままにしておくのは

まあ、大阪らしいのかもしれません。

 

 

 

 

 

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2008年1月17日 (木)

1月17日

阪神大震災から13年。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

個人的にも、あれをきっかけにいろいろあったので感慨深いのだが

今日は、あの一日を振り返ってみたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3連休が明ける日だった。

仕事が立て込んでいて、休日出勤していたのだが

16日は休んで家で飲んだくれていた

 

 

 

 

 

なかなかというかまったく寝付けず、

横になったのは午前5時くらいだった。

 

 

 

 

 

当時TVをつけっぱなしで寝る癖があったのだが

ちょっとでも寝よう、と思って画面の時刻をみると

5時45分だった

地震の起こる1分前だ。

TVでは早見優が英会話を教えていた。

 

 

 

 

 

 

 

最初の揺れは震度3か4くらいに感じた。

関西では地震が珍しかったので

「おっ、神戸にしちゃ でかい地震だねえ」

余裕こいて揺られていると

どーんと来た。

あとはもうベッドの上を跳ねまくった。

よく下に落ちなかったと思う。

 

 

 

 

 

ちなみに当時いた兵庫区は

震度7である。

 

 

 

 

 

部屋中の荷物がシャッフルされて

床に広がった。

窓の外を見ると、神戸駅の高層ビルにスパークのような

光がバチバチと走り回っていた。

 

 

 

 

 

部屋の外に出てみると、

非常照明だけでなく、なぜか全館の照明が煌々とついて

普段でもありえない明るさになっていて、

不思議な感じだった。(すぐに消えたが)

 

 

 

 

 

 

とりあえず、顔見知りにあって、互いの無事を確認すると

部屋に帰って、寝た。

 

 

 

 

 

 

1月17日の朝6時である。

真っ暗な中で右往左往しても仕方ないと思ったのだ。

 

 

 

 

 

 

変に度胸が据わっていたともいえるが、

被災地のど真ん中にいながら、

被害の大きさがさっぱりわからなかったということもある。

 

 

 

 

 

実際住んでいた建物は、

柱が折れていて危険(半壊の判定を受けた) だったのだが

知らない、ということが強いこともある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてその証拠に、午前8時になると

スーツに着替えて、会社に行こうとしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刷り込まれた日常ってすごい、っていうか

想像力があるのか、という話だ。

 

 

 

 

 

 

 

しかし創造力が無いのは私だけではない証拠に、

寮から出て駅に向かっていくと向こうから

「おーい、T君だめだよ。電車動いてないよ

といって、同じくスーツにコート姿の顔見知りの所長がやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、兵庫から元町まで大回りをして歩いていったのだが、

途中不思議な光景を見た。

 

 

 

 

 

JR神戸駅前の駐輪場に

管理人のおじさんが普通に座っていたことである。

 

 

 

 

 

 

 

電車も動いていない状況で今日に関して言えば

駅前の有料駐輪場を使う人は

こんりんざいありえない、と思うのだが

 

 

あのおじいさんも、『日常』から逃げられなかったのだろう。

 

 

誰も来ない駐輪場で座って外を眺めているおじいさんは

ちょっとシュールだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私も2時間ほど歩いてやっと、事の重大さに気づいた。

 

 

神戸を代表する石造建築の第一勧銀はぺしゃんこにつぶれており

中国銀行(※)はファサード(建物の正面部分)だけ残して崩れ、

ファサードも傾いていた。

 

 

 

 

 

※中国銀行・・・Bank of Chinaのほうではなく、

          中国は岡山に本店がある銀行 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それまでも火事や崩れた建物に驚いていたが

第一勧銀のつぶれっぷりには驚いて

自分の身長くらいある『第一勧銀のかけら』が転がる

栄町通で呆然としていると、

「T村さーん」と呼ぶ声がする。

 

 

 

 

 

 

 

事務所の女性でIさんである。

家族以外の知り合いに会えたのがうれしかったのか

私が知るはずのない、友達の消息など

涙目で語っていたのだが、ふと前を見ると初めて気がついたように

「中国銀行が、

ドリフの家みたいになってる!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1995年1月17日午前10時の神戸市中央区で

これだけナイスなボケをかましたのは彼女だけだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これから長い一日が始まるのだが、皆さんも飽きたと思うが

私も疲れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

続きがあればまた

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

あんまり長文はいかんですね。

 

 

 

 

 

 

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2008年1月16日 (水)

大人になったら

子供の頃大嫌いだったのが

「大人になったら何になりたい?」

という質問だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

運動は苦手だったので

『プロ野球の選手』という選択肢はなかった。

 

 

 

 

 

眼が悪いから

『パイロット』という選択肢もなかった。

 

 

 

 

 

かといって、『医者』や『弁護士』というと

子供らしくないと思って言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

  

 

 

 

こうしてみると

つくづく計算高い、嫌な子供ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幼稚園くらいの頃からこの質問は嫌いだった。

 

 

 

 

  

「べつに」とか答えたら、沢尻エリカかと 

『夢のない、つまらない子ね』という顔をされる。

 

 

女の子なら『お嫁さん』といえば、

「まあ、かわいらしい」とお世辞でも言ってもらえるのに。

なんとも悔しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とにかく、ほかの子が「野球選手」とか「社長」とか

無邪気なことを言ってるのを

「なれるわけねーじゃん」と思うようないやな子供だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だいたい、普通の子供って

『仕事をしている大人』というのをあまり知らないはずだ。

 

 

 

 

父親はサラリーマンだった。

インクを作る会社に行っていることは知っていたが

具体的に何をやっていたかはまったく知らない。

聞いても理解できなかっただろうが。

 

 

 

 

 

ただうちでは祖父が薬局をやっていたので

『働いているおじいちゃん』は日常的に知っていたが。

 

 

 

 

 

あと知っているのは『学校の先生』くらいだろう。

 

 

 

 

 

『母親』というのも『働いてる大人』なわけだが、

子供は母親を『職業人』としては見ていないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

お使いで買い物に行っても眼にするおっちゃんの姿は

彼の仕事のほんの一部のはずだ。

 

 

子供なんて、家と学校を往復してるだけなんだから

世の中にあふれている『仕事の多様さ』なんて知らないのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

したがって、「大人になったら何になりたい?」という質問には

TVに出てくる『プロスポーツ選手』とか『タレント』なんていう

向こう見ずな答えになるか、

私のように沈黙してしまうかどちらかのはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

一度「サラリーマン」と答えたことがあった。

質問した相手は笑ってくれたが、ものすごく困った顔をしていた。

 

 

それが正直な気持ちだったのだ。

しかしそれ以降、そういう答えはしないようにしようと決めた。

 

 

そうするといよいよ答えがなくなる。

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あるとき、先生にこの質問をされた。

「特にないです」と正直に言うと

「何かあるでしょう」といつになくしつこい。

 

 

生活指導の役に立てようとしていたのかもしれないが

引き下がってくれない。

 

 

5分くらい考えて、

平凡でなく、リアリティを失わない範囲で

飛躍した答えとして選んだのが

「政治家」という、

5分前にはまったく考えていなかったものだった。

 

 

 

 

先生は「Tくんにはちょうどいいかもね」といって

やれやれという顔をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに

その年は、ロッキード事件があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

S先生

あのときの「T君にはちょうどいいかもね」という答え。

 

 

かなり傷ついたんですけど

 

 

 

 

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2008年1月14日 (月)

成人の日

かつては15日でした。

 

 

 

 

 

 

年がばれるが、私にとって『成人の日』で連想するのは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『共通一次』である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今、「きょうつういちじ」が一発で変換できなくて

すごく悲しかった。

 

 

 

 

 

 

当時は1月15日でした。

すごく寒かったのを覚えている。

 

 

 

 

 

 

「成人式が共通一次じゃ2浪できねえな」

と言い合っていたが、きっちり2浪した奴がいたな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いまや共通一次はワードで変換できないくらい昔のことになり、

センター試験は1月第3土、日曜日になって

『成人の日=試験』というのも昔語りになってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

成人式には出なかった。

大学から大阪に来てしまい、私は住民票を移さなかったから

連絡がなかったのだ。

 

 

 

 

 

まあ住民票を移していても

地元じゃない成人式に行く気にはならなかったろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局私は、成人式のずっと後で住民票が必要になって

市役所の人の

「え? 4年間も住民票移してなかったんですか」という質問に

馬鹿正直に「はい」と答えたために、

罰金4千円也を払うことになった。

 

 

 

 

 

 

 

生まれた町の千葉市からもらった印鑑は、いま

我が家の実印になっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二十歳の実印、ですね。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

成人の日についての徒然でした。

 

落ちはないです。

 

 

 

 

 

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2008年1月13日 (日)

アメリカまで2時間

マッハ5の飛行機のエンジンの試験が成功したそうだ。

 

 

 

 

 

すげえ

まずは、こちらの記事を見てください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかも実験に成功したのは日本のJAXA

記事によると各国で進められている

極超音速機の研究のなかでは大きなリードなのだという。

 

 

 

 

 

 

 

 

むふー

すごいじゃないか。

 

 

 

 

 

と思って読んでいたら、

実現にかかる費用は数千億円だが

完成時の定員は20人だという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんだ?

手放しでほめるんじゃなく、けちもつけとくってのは

『ちょっと気の利いた新聞記事』にしたいからか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしまあ、そんなことを言われると

実現させることもないかなあという気がする。

 

 

記事では、ジェット機は石油を消費して

CO2もたくさん出すのでけしからんが、

その点、液体水素のこの飛行機はいいぞ

みたいなことが書いてあるが

そうか?

 

 

 

 

 

 

燃料の液体水素はどうやって作るんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな単純なもんかなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界初の超音速機コンコルドが退役したのは

ほんの数年前だ。

 

 

 

 

開発直後に石油ショックがあって

燃費の悪さからちっとも売れなかった、という

かわいそうな飛行機だった

 

 

 

 

 

石油ショックがなくても、超音速機が定着したかどうかは

難しい。

騒音や、ソニックブーム(音の壁)とか

オゾン層が破壊されるとかいろいろあって

環境にはやさしくない飛行機だったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それだけではないらしい。

同時期にソ連が見栄でつくった

コンコルドそっくりのコンコルドスキー(Tu-144)も

10数機しか作られてない。

 

 

 

 

 

ソ連は石油ショックも環境問題も

大して気にしなかった国だから

よほど扱いにくい飛行機だったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マッハ5の極超音速機になっても

問題の基本は変わらない。

 

 

 

 

 

 

 

20人乗り程度の飛行機なら

環境にはやさしいかもしれないが

そんなもん、運賃が高すぎて主流になるわけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実際コンコルドの失敗で超音速機が見捨てられたあと、

旅客機は、効率化と大型化の方向に進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大型化の代表がオール2階建てのA300。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦闘機でも1970年代にはマッハ3を出せる飛行機ができたが

今の戦闘機はそんなにスピードを出せない。

 

 

 

 

 

 

あまりに燃費が悪いのと、

そんなに早く飛んでも

パイロットが耐えられないからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今のジャンボ機の巡航速度はマッハ0.7くらい。

これを超えると急速に抵抗が大