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2008年7月17日 (木)

がんばれ千葉城2

前々回千葉城について触れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふざけた施設だけど憎めない。

という

私の本意が伝わってないんじゃないかと思って

続編を書きます。

 

 

 

 

 

 

 

たぶん今回でも伝えきれないと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まず許せるポイント。から

この建物の竣工は昭和40年で

学年で言えば私と『タメ』なのである。

 

 

 

したがって子供時代は

大のお気に入りスポットだった。

 

 

 

 

 

 

 

なにしろ子供入館料30円とかだったので

気楽に入れたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

開館10年くらいは

気合の抜けた展示だが

惰性でもきちんとやっていて

それなりに見ごたえがあったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1階には映画館と近世産業都市千葉の展示があり

2.3階には歴史的資料展示があり、

4.5階には『城になぜ?』というプラネタリウムがあり

屋上には展望台と売店があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1階の映画館で上映される手塚アニメは

当時でも時代物の白黒の『ジャングル大帝』で

フィルムの傷で大雨が降っているような代物だったが

楽しめたし、

プラネタリウムには別料金が必要なのだが

冷房も効いていて、

『導入当時東洋一』というよく考えると訳わかんない機械の

すばらしい演出に思わず寝込んで

入れ替えを無視して2回見たりして

子供が遊ぶ分にはとにかく一日楽しめた。

屋上展望室には売店があっておばちゃんが品物に埋もれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホームページを見るとすっかり改装されたらしいが

10年前、最後に訪れたときのがっかり感は

わすれられない。

 

 

 

 

 

 

 

嫁を初めて千葉に連れて行ったのだが

千葉城の『がっかり感』は予想以上だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

観覧料、大人100円。

公共博物館としては破格の安さだと思えるのだが

それを払ったことが腹立たしいと思える展示内容。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当時1階はすべて閉鎖され

郷土資料の展示は2階の半分

プラネタリウムは休止中で

展望室の売店もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無言だったよ。

新婚の二人が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デザインのうそつき

については触れたな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鎌倉時代の城に白亜の天守閣を建てる滑稽さ。

笑ってやってください。

 

 

 

 

 

ここで『城トリビア』

1.天守閣が出来るのは信長以降。

2.秀吉時代までの天守閣は『黒い』

3.徳川時代以降の天守閣は『白い』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これを知っておくとちょっと酒場でうんちくを垂れられます。

『近世城下町の研究』でなぜか工学修士号を

もらっちゃった私が言うので間違いは、いっぱいあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

1.天守閣の起源については諸説ありますが

信長の安土城が決定的なインパクトを与えたのは事実。

 

 

2.安土城も秀吉の大坂城も漆塗金箔押という重箱のような仕上。

小さな城では『杉板片面焼』という仕上げだった。

木の板も炭化させると延焼しにくいんだそうだ。

 

 

 

ちなみに『お富さん』で有名なあの歌

『粋な黒塀、見越しの松に、死んだはずだよお富さん』

『黒塀』とはこの焼き杉板のことである。

何で『黒塀』が『粋』なのかよくわからないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

3.徳川時代の天守閣は白。

これは家康がいかにも秀吉的な『黒に金』の

天主を嫌ったという説と

防火性能を上げるためだという説がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

家康が秀吉を嫌っていたのは確かだろう。

さらに、城が火災に弱いのも事実だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

天主は最後の砦として

文字通り最高の防御性能を

持っていなくてはならないのだが

実は雷に弱かった。

 

 

 

 

 

 

 

避雷針という概念がなかった

明治以前で城の消失原因の最大のものは

『落雷による火災』だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

防火性能向上のために

漆喰で塗りこめる『白い城』が

登場したのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

したがって城の時代判定はかなり簡単だ。

1.天主があるか?

2.黒いか?

3.白いか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さらに、この郷土資料館には

『バリアフリー』という概念がない。

 

 

 

根底からない。

 

 

 

 

車がつけるレベルから

切符販売をしているエントランスには

15mほどの階段を上らねばならず

さらにエレベーターに乗るためには

1フロア階段を上がらなければならないのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昭和40年の建設だ。

『バリアフリー』は酷じゃないか?

 

 

というあなたには同時期に竣工した

すぐ隣の千葉県文化会館を見せてあげたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大高正人氏の作品で

建築学会賞をもらった名作だ。

 

 

敷地内庭園は階段ばかりで

やさしくないが

主要な施設にはすべて車でアプローチし

施設内は自力で移動できるようスロープや

EVがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いまの千葉城(郷土博物館)は

基本設計がどうにもならないので

車椅子の人はもとより

足腰に自信のない人は

金輪際中に入れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うーん、

こんなに悪口を並べる気はなかったんだがなあ。

 

 

リニューアルした千葉城には行ったことがないので

誰か行ってみてください。

 

 

 

 

 

 

いや帰省したら絶対行くから。

 

 

 

 

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千葉のこと」カテゴリの記事

コメント

コメントありがとうございましたshine
千葉城見たことないので、色んな想像が膨らみます(笑)

投稿: キキララ | 2008年7月17日 (木) 22時04分

花見をしたことがあっても
お城に入った記憶が無いキクチですご無沙汰しとります。

プラネタリウムは、最近までやっていた模様です。
→去年か一昨年、息子が学校の遠足で行った。
今は、かの「扇屋ジャスコ」跡地にできた「きぼーる」なるものの中にあるみたいです。

夏休みの宿題ができました。
→現在の千葉城に行きレポートする。

・・・できなかったらゴメンなさい。

投稿: キクチ | 2008年7月21日 (月) 00時25分

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