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2008年7月の投稿

2008年7月29日 (火)

さっぱりご飯

去年、こういうレシピを載せて

意外に好評だったので

リンクを張ってみました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

ポイントは大根おろし。

ひたすらするべし。

 

 

  

とにかく量が大事。

たくさんすってねぎとあわせて

ジャブジャブ酢をかければ最高に涼しい。

大葉、一味などはお好みの彩りで

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

っていうのを今日やりました。

 

 

 

 

 

 

一年ぶりだね。 

 

 

うまいです。

 

 

 

 

 

ぜひ一度。

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

YOU TUBEで伊勢正三の曲を

たくさん聴いているので

いま守備力が落ちてます。

 

 

 

 

『海岸通』も『なごり雪』も『22歳の別れ』も

『ほんの短い夏』もこの人の曲なのだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

守備力が弱いのでだあだあ涙が出ます。

 

 

 

ではまた

 

  

 

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2008年7月28日 (月)

たっぷり角煮

昨日、おとといと

『一級建築士試験』について触れたら

アクセスがものすごく増えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

狙ったわけでないことは

あの記事を読んで頂ければわかるが

キーワード検索をしてあの記事にたどり着いた人たちが

どんな反応を示したかは次の結果が

はっきり示している。

 

 

 

 

『昨日のコメント0』

(アクセスは1000近くあるのに。) 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うわぁ。ひでえ。

よっぽど腹が立ったんだろうな

すいません。

 

 

 

 

 

 

 

 

試験の様子がどうだったのか。

試験後にどうするべきか。

みなさんが興味があることについて

見事に答えてない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これがこの日記の持ち味なんだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて今日は、その反省を踏まえて

リアルで経験している

『豚の角煮』について

natsuおじさんのワンポイントアドバイス。

 

 

 

 

 

 

 

使うのは豚バラブロックがいいです。

ヒレだと脂が少ない。

 

 

 

 

 

 

今日は6人もいるので500gのを二つ買ってきた。

ただし、少し細かく切りすぎて

『角煮』というより『厚切り肉煮付け』になってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

肉は煮ると繊維方向に縮むので

少し大きいかな、と思うくらいがいいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4cm×5cmくらいの肉をまずは炒めて

脂を落とします。

 

 

 

 

 

 

次にこれを1時間半ほど下茹でします。

 

 

 

 

下湯でした湯は捨て

新たに、白だしを張ったたっぷりの湯に

肉をいれ、酒をいれ

一煮立ちさせたら、砂糖をいれ

1時間煮込んでしょうゆで味を調え

後は肉が柔らかくなるまで煮るべし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何回かの失敗の結果からみて

下茹での時間込みで6時間くらいが

ベストではなかろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

(それ以上だとぱさぱさになる)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼から調理にかかっていま、もうほろほろよ。

うまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2次試験がんばってください。 

 

 

 

 

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2008年7月27日 (日)

一級建築士試験その後

今日は一級建築士学科試験。

受験生のみなさん、ご苦労様。

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学科試験の合格者発表は

9月に入ってからなので

10月の製図試験にぎりぎりである。

 

 

 

 

 

 

 

そこで、自分で答案を持ち帰って

○建学園とか○合資格学院とかに

採点してもらう、というシステムが昔からあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なにしろ1級建築士試験の製図試験は

難関でたいていの人が予備校に通う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

予備校に通わないとたいてい落ちて

(これはデザイン力とは関係ない。

ルールに従った書き込みがちゃんとできるかどうかが

審査される。そして学校に通わないと落ちるのだ。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の周辺にも

『学科は解けたけど製図で落ちた』という連中がいた。

製図(2次)試験を受けるには

学科が合格していないといけなかったのだが。

学科試験合格の効力は1年で

2年続けて製図を落とすと

振り出しに戻ってしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

したがって、そういった製図1回落第組は

『カド番設計士』として

去就が注目されていた。

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とにかくは一次突破が大事。

そして理想的にはすぐ2次の製図に

備えなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

  

したがって今日の受験生も

受験票とかに自分の解答を写し取っているはずだ。

 

 

 

 

 

受験会場の周辺には

資格予備校のバイトが山ほどいて

アンケート用紙を配っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それに今日の回答を記入して

FAXしたら合格してるかどうか教えてくれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これが面白い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さっきも言った様に合格しそうな人は

ほぼ確実に資格学校に通う。

これが7週間のコースで30万円とか

結構根性の要る金額なので

この合否判定もすごく熱が入っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

合格圏以下の人はまったく相手にされない。

『残念でしたね。来年の講義のご案内はこちら』というくらいに

冷たい。

 

 

 

 

 

 

 

 

1次が確実だと『製図の講義』を

取ろうとしてとたんに電話攻勢が

かかってくるのだが。

 

 

 

 

 

 

 

私の場合、

どこからも勧誘の電話がかかってこなかった。

よほど合格しないと

当日採点で思われていたらしい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

製図試験の準備は

結局

予備校に自分で申し込みました。

 

 

 

  

 

いまは笑い話だけど。 

今日の試験を受けても

確実に受からないね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まだ試験は終わってないぞ。

製図試験までがんばってください。

 

 

 

 

 

 

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2008年7月26日 (土)

1級建築士試験

明日、7月27日は1級建築士の

学科試験である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

むー

 

 

 

なつかしい。

そんな季節か。

 

 

 

 

 

 

 

 

私らが受けていた頃は

『8月の第1週』だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でもまあ日本が

一番暑い時期であることは間違いなく

 

 

 

 

こういう各種試験の試験場は

大学や高校の教室が当てられることが多く

私立の学校では空調が入っていたことも

当時でもあったと思うのだが

公平を期するためか

どの試験場でもクーラーは入れてくれなかった。

(今は違うと思うが)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

したがって

法令集と汗を拭くタオル

必携品であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が受かった年

台風の影響で日は射さず

風は強くて、

大変涼しく、すごしやすかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当時建設会社に勤めていて

同世代で1級浪人しているやつはたくさんいて

したがって、試験が終わった後で

課長からこういう質問が出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今年、どやった?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

『大変涼しくて過ごし易かったです。』

『そんなこと聞いてるんとちがう』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『来年もこうだとええんですけどなあ』

『おまえ、来年も受けるつもりか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『毎年こうだといいんですけどねえ』

『わしゃ試験が出来たかどうか

聞いてるんじゃ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

受験生のみなさんがんばれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仕事相手の今年の受験生が

いきなりメールで

『データをお送りします。

(分担を約束していた)作業については

まったく着手していません

あとはよろしくお願いします』

と、送ってくるのは相当てんぱってたのだろう、

と思うわけだが

 

 

 

 

仲良く仕事しましょう。

 

 

 

 

 

まだつづくよ

 

 

 

 

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2008年7月17日 (木)

がんばれ千葉城2

前々回千葉城について触れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふざけた施設だけど憎めない。

という

私の本意が伝わってないんじゃないかと思って

続編を書きます。

 

 

 

 

 

 

 

たぶん今回でも伝えきれないと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まず許せるポイント。から

この建物の竣工は昭和40年で

学年で言えば私と『タメ』なのである。

 

 

 

したがって子供時代は

大のお気に入りスポットだった。

 

 

 

 

 

 

 

なにしろ子供入館料30円とかだったので

気楽に入れたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

開館10年くらいは

気合の抜けた展示だが

惰性でもきちんとやっていて

それなりに見ごたえがあったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1階には映画館と近世産業都市千葉の展示があり

2.3階には歴史的資料展示があり、

4.5階には『城になぜ?』というプラネタリウムがあり

屋上には展望台と売店があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1階の映画館で上映される手塚アニメは

当時でも時代物の白黒の『ジャングル大帝』で

フィルムの傷で大雨が降っているような代物だったが

楽しめたし、

プラネタリウムには別料金が必要なのだが

冷房も効いていて、

『導入当時東洋一』というよく考えると訳わかんない機械の

すばらしい演出に思わず寝込んで

入れ替えを無視して2回見たりして

子供が遊ぶ分にはとにかく一日楽しめた。

屋上展望室には売店があっておばちゃんが品物に埋もれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホームページを見るとすっかり改装されたらしいが

10年前、最後に訪れたときのがっかり感は

わすれられない。

 

 

 

 

 

 

 

嫁を初めて千葉に連れて行ったのだが

千葉城の『がっかり感』は予想以上だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

観覧料、大人100円。

公共博物館としては破格の安さだと思えるのだが

それを払ったことが腹立たしいと思える展示内容。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当時1階はすべて閉鎖され

郷土資料の展示は2階の半分

プラネタリウムは休止中で

展望室の売店もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無言だったよ。

新婚の二人が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デザインのうそつき

については触れたな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鎌倉時代の城に白亜の天守閣を建てる滑稽さ。

笑ってやってください。

 

 

 

 

 

ここで『城トリビア』

1.天守閣が出来るのは信長以降。

2.秀吉時代までの天守閣は『黒い』

3.徳川時代以降の天守閣は『白い』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これを知っておくとちょっと酒場でうんちくを垂れられます。

『近世城下町の研究』でなぜか工学修士号を

もらっちゃった私が言うので間違いは、いっぱいあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

1.天守閣の起源については諸説ありますが

信長の安土城が決定的なインパクトを与えたのは事実。

 

 

2.安土城も秀吉の大坂城も漆塗金箔押という重箱のような仕上。

小さな城では『杉板片面焼』という仕上げだった。

木の板も炭化させると延焼しにくいんだそうだ。

 

 

 

ちなみに『お富さん』で有名なあの歌

『粋な黒塀、見越しの松に、死んだはずだよお富さん』

『黒塀』とはこの焼き杉板のことである。

何で『黒塀』が『粋』なのかよくわからないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

3.徳川時代の天守閣は白。

これは家康がいかにも秀吉的な『黒に金』の

天主を嫌ったという説と

防火性能を上げるためだという説がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

家康が秀吉を嫌っていたのは確かだろう。

さらに、城が火災に弱いのも事実だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

天主は最後の砦として

文字通り最高の防御性能を

持っていなくてはならないのだが

実は雷に弱かった。

 

 

 

 

 

 

 

避雷針という概念がなかった

明治以前で城の消失原因の最大のものは

『落雷による火災』だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

防火性能向上のために

漆喰で塗りこめる『白い城』が

登場したのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

したがって城の時代判定はかなり簡単だ。

1.天主があるか?

2.黒いか?

3.白いか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さらに、この郷土資料館には

『バリアフリー』という概念がない。

 

 

 

根底からない。

 

 

 

 

車がつけるレベルから

切符販売をしているエントランスには

15mほどの階段を上らねばならず

さらにエレベーターに乗るためには

1フロア階段を上がらなければならないのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昭和40年の建設だ。

『バリアフリー』は酷じゃないか?

 

 

というあなたには同時期に竣工した

すぐ隣の千葉県文化会館を見せてあげたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大高正人氏の作品で

建築学会賞をもらった名作だ。

 

 

敷地内庭園は階段ばかりで

やさしくないが

主要な施設にはすべて車でアプローチし

施設内は自力で移動できるようスロープや

EVがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いまの千葉城(郷土博物館)は

基本設計がどうにもならないので

車椅子の人はもとより

足腰に自信のない人は

金輪際中に入れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うーん、

こんなに悪口を並べる気はなかったんだがなあ。

 

 

リニューアルした千葉城には行ったことがないので

誰か行ってみてください。

 

 

 

 

 

 

いや帰省したら絶対行くから。

 

 

 

 

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2008年7月14日 (月)

がんばれ千葉城

昨日の日記で

『千葉城』に触れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千葉に城があるってことを県外者は知らないだろう。

それ以前に千葉県出身者でも

知らないかもしれない人が多いんじゃないか? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正式名称は『千葉市郷土博物館』

地元の人は『千葉城』あるいは

『亥鼻城』(いのはなじょう)と呼ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここに城があったのは史実で

間違いがないのだが

それは11世紀から12世紀の百数十年。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いまは千葉市最大の花見の場所である。

盆踊りの場所でもある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4月になればふもとで城を見上げ、

夏になれば盆踊りの会場として利用されていたわけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四月と八月には松丸太の舞台が出来て、

迫力と近所迷惑が実現する姿を

ぜひ見ていただきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

話は戻るが

この場所に千葉氏の居館があったのは史実。

 

 

 

ただし、城砦があったのは13世紀までで

当然、千葉氏の痕跡は探すのがいまは困難なほどだ。

 

 

 

 

 

 

 

現在『城』が建っている場所は二の丸

『本丸』には公園としてブランコなんかがあって

歴史を馬鹿にしてるのか?というところ、

 

 

 

 

 

遺構としては 

土塁と空堀、があるのだが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

土塁には石垣が積まれ(しかも戦前から)

空掘りには儲からない茶屋が作られていて(これは戦後)

団子など売っていた。

 

 

 

 

 

 

千葉氏が盛んだった頃の城郭には

天守閣はおろか石垣さえないはずだ。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いまたっている天守閣風の建物は

昭和40年の鉄筋コンクリート製のもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私とほぼ同い年なので

がんばれ、という気持ちになるが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いろいろ間違っている。 

 

 

 

 

 

 

 

 

歴史無視という意味なら

この天守閣は小田原城(江戸期)

模したものだそうだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なめてんのかこら?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鎌倉時代の千葉城を再現しても華がない

っていうのはともかく

まったく関係のない小田原城を

模するのは何だ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

模擬天守閣、というのは

公立民間かかわらず

好きな人にはたまらないらしく

全国にある。

 

 

 

 

 

 

 

 

だから『千葉城』を責める気になれないのだし

あれ、には個人的な思い入れもあって

なかなか憎めないのだが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一言言わずにはいられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うそつき! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづきはまた。

 

 

 

 

 

 

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2008年7月13日 (日)

千葉県の危機

昨日散歩しようとして外に出たら

空は晴れているのだが

六甲山だけ雲に隠れていて

まずいかなと思って歩き出したら 

見る間に雨が降ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うちからは、というか

北区、西区以外の神戸市内では

どこからでも六甲山系がみえる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

六甲山は最高部で931mもあるので

下が晴れでも六甲だけは雨だったりする。

 

 

 

 

冬はこれが雪になる。

六甲山は走り屋さんのメッカなので

雪で道が凍っていてもぶんぶん飛ばしていて

 

 

かなりこわい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は千葉県出身なので、神戸に来たとき

『いつも間近に山が見える風景』というのが

とても新鮮だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかも六甲山はふもとの地名を取った

『御影石』の名が示すように

全山岩の塊なのである。

 

 

 

 

 

 

 

だから安藤忠雄が

『六甲山をくりぬいてホールを作ろう』

なんて言い出す訳だが、

 

 

これも千葉県では考えられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは千葉県に限らないのだが

関東平野というのは厚いとこでは数十メートルもある

関東ローム層という、いわゆる赤土に

べったり覆われている。

 

 

 

 

 

うちの実家の裏には千葉城のある丘があって

幼少のみぎり

裏の山』と呼んでいたのだが、これが赤土で

『秘密基地を作ろう』と穴を掘ると

ガキの力でもさくさく掘れて大穴を作ってしまい、

おじさんにえらい怒られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なにしろ千葉県の最高峰は

安房郡にある愛宕山で408mしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

六甲山の半分以下かよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地球温暖化によって

海面上昇が進むと

 

 

真っ先に消滅する都道府県が

千葉県なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんなこと書くとまじめに危機感を持っている

ツバルの人たちに

叱られるかもしれないので

 

 

今日はこの辺で。

 

 

 

 

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2008年7月 9日 (水)

ハゲフサ理論は崩れたか?

サミットである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新聞でロシアのメドベージェフ大統領を見た。

 

 

 

 

今年から大統領になったこともあって

しみじみ顔を見たのは初めてのような気がする。

 

 

 

 

 

 

何しろこないだの日記で『ベドメージェフ』と書いたくらいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、ソビエト-ロシアの指導者は

ハゲとふさが交互に登場するという『ハゲフサ理論』

というのがある。

 

 

 

 

 

 

レーニン、フルシチョフ、アンドロポフ、

ゴルバチョフ、プーチンがハゲ。

 

 

 

スターリン、ブレジネフ、チェルネンコ、エリツィン

フサ。

 

 

 

 

 

 

 

 

初めてこれを見たのは『ぎゅわらんぶらあ自己中心派』で有名な

片山まさゆきさんのまんが。

 

 

 

 

 

 

 

ソ連の書記長になるチェルネンコを主人公にする、

という変な漫画で

就任してすぐ病気になったアンドロポフ書記長の

後任がゴルバチョフになるんじゃないかと

悩むチェルネンコに側近が

この『理論』の存在を説明し、

『今の書記長がハゲのアンドロポフである以上

次が同じハゲのゴルバチョフであるはずがない。

次の書記長はあなただ!』となぐさめる。

 

 

 

 

 

大笑いした。

 

 

 

 

 

私がソ連の歴代書記長をそらで言えるという、

自慢しにくい特技を持っているのはこの漫画のおかげである。

(タイトルを忘れたのが口惜しい)

 

 

 

 

 

 

 

新聞でも『ゴルバチョフ有利』というところがあったから

この予言が当たったときは感心した。 

 

 

 

 

 

この『理論』はだいぶ後に『トリビアの泉』でも

取り上げられたので有名だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、問題はいまの大統領メドベージェフ氏である。

Wikipediaの写真は修正しているように思えるが

新聞で見ると

実際はもっと小太りで額も後退している。

 

 

 

 

 

 

ハゲかフサかでいえばまあ、『フサ』で

『ハゲフサ理論』は守られた、とはいえる。

 

 

 

 

 

 

 

確かにプーチンさんと比べればフサで

この人に比べれば福田さんのほうがハゲだが

いまひとつすっきりしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『プーチンの院政』といわれる分

額が後退しているのだろう。

 

 

 

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2008年7月 1日 (火)

夏を感じるのはいつか?

今日から7月

むかし会社勤めしてた頃に同僚の女の子(種痘あり)

と話していてこういう話題が出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『夏を感じるのはいつか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の答えは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『スーパーやデパートにハワイアンの音楽が流れるとき』 

 

 

 

 

 

 

 

 

それに対する彼女の反応

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数秒考えてから

『田舎臭っ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わーん。おれたちの夏は

 

 

 

 

扇風機の前でひらひらする青いセロファンと

デパートのハワイアンと

そうめんの色つき麺だったの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たしかに

30年前の千葉は田舎だったけどな

 

 

 

 

 

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