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2008年11月24日 (月)

夢の跡の90周年

大阪の中ノ島公会堂(中央公会堂)が

今月90周年を迎えたそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数奇な運命の建物である。 

 

 

 

 

 

 

 

まず建主の運命が数奇だ。 

 

 

この建物が個人の寄付によるものだというのは

割と有名な話。

 

 

 

 

 

 

寄付した人は岩本栄之助氏

岩本栄之助氏は中ノ島公会堂の対岸にある北浜の

株の仲買人で日露戦争後に大儲けし

その儲けを中ノ島公会堂の建設に寄付することを決意する。

 

 

 

 

 

視察先のアメリカで「…富豪ガ公共事業ニ財産ヲ投ジテ

公衆ノ便宜ヲ謀リ又は慈善事業ニ能ク遺産ヲ分譲セル

実況ヲ目撃シテ大ニ感激シ這般寄附ノ決心ヲシテ」の

ことだそうである。 

 

 

 

本人の言うことだからどこまで信用していいもんかわからんが

寄付の発表のあと

大阪株式取引所仲買人組合の委員長を務め、

大阪電燈株式会社(現在の関西電力の前身)の

常務取締役を務めたりしているから

名前も売ったといえるだろう。

 

 

 

 

 

しかし絶頂は短かった。

設計者に明治日本を代表する辰野金吾を迎え

1915年に着工するも

当時起こっていた第一次世界大戦の影響で

市場は混乱、そのため大損害をこうむり、

1916年

建設中の公会堂の見える事務所で自殺する。

 

 

 

 

 

 

数奇な運命の人でしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

自殺するほど追い詰められていても

寄付した金を返してもらおうとしなかったあたりは、えらい。

といえるかもしれないが。 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

建物自体は1918年に完成。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後市民に親しまれる公会堂として利用されたが

戦後は米軍に接収、ダンスホールになったりした。

 

 

 

 

 

返還後は再び一般に供されるようになったが

老朽化とともに利用客も減少。

バブルの頃には真剣に取り壊しが検討されたことがあった。

 

 

 

 

 

 

しかし市民から保存運動が起こり

1999年から3年半かけて本格的な

補修、補強、免震工事が行われ2002年

リニューアルオープン。

同じ年、国の重要文化財に指定。

今はまた市民に親しまれている。

 

今年から京阪中ノ島線が開通して更に便利になった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

建物も波乱な運命を生きてきたわけですね。

 

 

 

 

 

 

 

いま心が弱っているので

この手の話に弱いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

この稿を書くに当たって岩本氏と公会堂のことを

改めて調べて、泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

それにしても取り壊しが取りざたされていた

90年代初めに公会堂で結婚式を開いた先輩がいたが

あれは渋かったなあ。

 

 

 

 

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コメント

こんばんわ。
心・・・大丈夫ですか?
私も 今ちょっとだけ弱っていますので この手の話に弱いです。
でも 最後まで読ませていただきました。

応援

投稿: ゆきりん | 2008年11月25日 (火) 21時06分

ゆきりんさんありがとうございます。
心が弱ってるときこの手の話は
効きます。
涙なくしては書けませんでした。

投稿: natsu | 2008年11月30日 (日) 20時28分

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