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2009年9月 2日 (水)

一級建築士製図試験物語(ドラえもんのひと)

 

 

不思議な受験生はほかにもいる。

黒塗りの彼の横、

つまり私の右斜め前に座っていた

彼女だ。

彼女は試験が始まってから

問題用紙を一瞥しただけで

2時間近く何もしなかった。

 

 

 

 

普通の受験生は、

黒塗りはしなくても

下書き用紙に向かって

何か、じたばたするもんだ。

 

 

 

 

 

覗くつもりはなくても、(ないですよ)

これだけ何もしないと

『何だこいつは?』という気になってくる。

 

 

 

そうして、試験開始後2時間くらいして

見るともなく

すごく気になっていた彼女が

 

ついに動いた。

かばんから、なにか箱を取り出したのだ。

 

いやいや、試験中だし。

かばんを開けるってどうかなあ。

 

唖然として眺めていると

彼女はその箱を開けた。

 

 

 

 

 

 

色鉛筆だ。

え?

 

 

 

 

 

 

 

繰り返すが、課題文のどこにも

色を塗れ、とは書いていない。

 

 

彼女もあれか?

黒塗りの彼と同じく

『見栄えを良くする』ために 

色を塗るつもりなのか?

 

 

もうあれだ。はっきり言って

自分の試験のことを忘れている。

 

 

 

 

 

彼女は、箱の中から

青色鉛筆を取り出すと

まったく躊躇なく

清書用の答案用紙のど真ん中に

 

大きな丸を描いた。

 

わあっ

なにすんねん。あほお。

消えへんぞ、それ。

 

 

と思う間もなく、彼女の手は止まらない。 

青鉛筆で、すらすらと書き上げたのは

まごうことなきドラえもんであった。

 

 

 

 

さらに、色鉛筆を次々と取り出し

ドラえもんの左横にチューリップ

右横に煙突のあるおうちを描き

空に高々と太陽を赤く描き

 

 

 

おもむろに画面を眺めると

満足したように、答案用紙右下の

氏名欄に赤鉛筆で署名した。

 

 

 

 

 

 

その間、およそ10分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

よかった。

彼女が描いた、ドラえもんが線画で。

 

あれが、色鉛筆で細かく塗りこむ

3時間もかかる超大作だったら

私も受かってはいない。

 

 

 

 

 

 

うわあ、あぶないひとだ。

こわいよお。と思っていると

 

 

彼女は荷物を片付け始めた。

お?帰るのか?

 

 

 

あれか?

あまりの試験問題のいじわるさに

理性のタガがはずれかかったけど

 

 

じつは、まともな人だったんだな。

よかった。

 

 

 

 

よく見ればかわいい子じゃあないの。 

 

 

 

 

 

彼女は答案用紙を持って

大講堂正面の演壇の

試験官のところに行く。

 

 

 

 

それで、提出して出て行くのかと思ったら

なにやらもめている。

 

彼女の声は聞こえないが

試験官の声は聞こえる。

 

どうやら、ドラえもんを描いた答案用紙を

持ち帰らせて欲しいといっているらしい。

 

途中退出の例は

いくらでもあるのだろうが、

答案用紙、しかも落書きを描いたものを

持ち帰らせろ、というのは

前代未聞なのだろう。

 

 

 

 

やがて、講堂中の試験官が集まっての

鳩首会談となった。

 

 

しかしそれでも結論が出ないらしく

何人かの教官が

講堂を出て行った。

 

 

 

 

 

 

すぐ戻ってきたところを見ると、

学内に臨時に設けられた試験本部に行っていたらしい。

(受験生の救護所にもなっていたので知っていた。)

 

 

 

 

 

よかった。

これが、神戸で結論が出ずに

東京に問い合わせをして

3時間もかかるようなら

私も受かってはいない。

 

 

帰ってきた教官は、彼女に答案用紙は持ち帰れません、と

告げたらしい。

 

 

ドラえもんの彼女は、講堂中に聞こえる声で

『でも、記念に欲しいんです』と言った。

 

初めてで最後に聞く彼女の声であった。

 

 

 

そうして、5人の試験官に囲まれて

彼女は出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

てめえ、話つくってんじゃねえか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

できすぎだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、思われる方がいても当然。

 

 

しかし、あの年、流通科学大の大講堂で

受験した人は、彼女のドラえもんの絵は知らずとも

この騒動そのものは

知っているはずだ。

(ストーリーに関係なく会場のことを書いていたのには

こんな理由がありました。)

 

 

 

 

 

 

 

いや、大多数の人は試験に夢中で

気がつかなかったか?

 

 

 

 

ああっ、なんでこんな目に。

 

 

 

ちなみにこの騒動の間も

黒塗りの彼、は

ひたすらシャーペンを動かしておりまたとさ。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次号、大団円

『試験の終わり』

 

 

 

 

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