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2011年8月 9日 (火)

日本も原爆を作ろうとした時代があったんだよ。

8月9日は長崎原爆忌。

1945年の今日、長崎市上空で炸裂した原爆は

7万人以上を殺した。

(Wikiの記述へのリンク)

 

   

 

 

 

 

 

 

広島に続く、長崎原爆の威力は衝撃を与え

さすがの日本も降伏した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本も、原爆開発をしていた、というのは、有名な話。

 

 

日本陸軍は『竹槍担いで万歳突撃』みたいなイメージがあるが

一部の科学研究に関しては、世界の最先端にいた。

そこは、もう少し評価してあげていいと思う。

 

 

 

 

 

 

 

例えば、『暗号』。

 

日本の暗号は弱かった、

真珠湾も、ミッドウェーも察知されていて結局負けた、

ということは、なんとなく通説のようになっているのだが

弱かったのは、日本でも外交暗号や海軍暗号。

 

 

陸軍暗号は意外に強くて

大戦中、完全に破られることは、ついになかった。

 

日本陸軍は、周辺国の暗号解読でも

相当にレベルが高かった。

 

それ以上に、日本陸軍の恐るべき所は

『こういう作戦を出したら、待ち伏せされてる。』

『俺たちの暗号は破られてるんじゃないか?』

ということに気がついて

日本中の数学者を集めて「暗号研究会」なる組織を作った事。

  

普通、交戦中の軍隊で、

自軍の暗号が破られているんじゃないか?とは、思わない。

そんなこと言い出す参謀がいたら

たちまち銃殺刑だ。

 

実際そんな国はいくらでもあった。

 

 

日本陸軍は、それに気がついて、

『ごめん、日本の暗号駄目じゃね?』

という会合を開いた。

 

その勇気ある研究会は

昭和19年に東京で開かれた。

日比谷の防空壕の中で。

 

 

そんなことやってるから負けちゃうんだ。

 

 

ただ、人材は超一流だった。

 

その中には「理系の学生」なら、

私程度でさえ、ご高名くらいは存じ上げている

高木貞治先生などもいらっしゃる

 

 

ただし、おこなわれたのは、

防空壕の中で

借りた計算機は日本生命のものだ。

 

 

借りるというからには、サーベル鳴らして

奪い奪いとるのかと思ったら、そんなことはなかった。

 

そればかりか、日本生命は自社が所有する

世界最高の計算機の貸し出しに対して

制限を申し渡した。 

深夜6時間、と。

 

 

戦時中の日本って

案外、自由だったような気がする。

駄目だったような気もする。

 

ちなみに日生が所有していた計算機は

日本に2台しかないという、

素晴らしい性能のものだったのだが、アメリカ製。

 

負けるわけだよ…  

 

 

 

 

 

 

 

日本の原爆開発にも

似たような所があった。

 

日本が目指したのは、ウラン爆弾で『広島型』。

割と構造は簡単で、

アメ公は、実験さえしなくて、広島に落としやがった。

 

日本の原爆開発研究の着手は、アメリカのマンハッタン計画と

ほとんど変わらない。

人材も優秀で、ノーベル賞クラスの人間をごろごろ集めた。 

 

 

 

 

 

ところが、まず日本にはウランがない。

昭和世代なら、岡山県人形峠にウラン鉱山がある、

そのほか、朝鮮半島や満州など日本支配下の地域に

たくさんウランがあることは、いまならわかっている。

 

日本帝国も、延べ数千人という

日本帝国としては破格の大調査団を送り込むのだが

ついに見つからなかった。

 

 

原爆の原理は簡単でウラン235を50kg集めればいい。

ところが、ウラン235は天然ウランの0.3%しかなく

ウラン鉱石の品位は、ごく低い。

膨大な量の原石が要る。

 

 

それが、あつまらんのよ。

 

 

 

そして、日本の技術では濃縮も出来ない。

1年かけて濃縮筒を動かしたが、ちっともたまらない。

 

 

 

 

さらに、100万歩譲って、

『日本の原爆』が出来たとしても

もはや、それを運ぶ爆撃機はない。

 

 

 

 

 

 

さすがに、陸軍も、アメリカ式の爆弾を作るんじゃなくて

20%くらいの濃縮燃料でもって

敵の上陸地点にそういう材料を入れた原子炉を作り

それを暴走させちまえ、って

考えてたらしい。

 

それって、福島?ねえ福島?

 

 

 

 

 

 

 

それはそれで、恐ろしい兵器なのだが、実現しなかった。

そして、結局日本は負けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本は原爆が作れなかった。

泥仕合にならなくてよかったなあ。

 

個人の業績や責任に矮小化してしまうのは嫌なので

そういう趣旨で読まれてしまうと、こまる。

 

湯川秀樹の戦争責任、とか言い出すひとがいるからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに、アメリカがマンハッタン計画に投じたのは

一説には20万人。

 

 

為替レートが存在しないので、

比較することに意味はないのだが

その費用は数千倍。

 

日本帝国最大の「地質調査団」は2年にわたったが

その費用は、アメリカ軍の文献調査費用にも及ばない。

 

 

 

 

日本なりの本気、なのだとしたら、

貧乏くささに泣けてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

菅さんが、原爆忌で原発依存を辞めることを

いったりしているのを聞くと

御説ごもっともだと思うが、

お前に言われたくねえよ、と思う。

 

 

 

 

もう、福島の始末はついたのか?

 

島耕作が女遊びをや、権力闘争を始めているのをみると

もう、いいんだな?

 

 

 

でも、3.11の直前、

やっぱり、島耕作が女遊びをしていたことを思うと

これは何かの啓示なのかも知れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では『今日の、はだしのゲン。』

 

 

 

 

 

 

  

ゲンは、広島が舞台だぞ、なんて百も承知だ。

少年ジャンプ時代は、リアルタイムで読んでいたんだから。

 

そして、どこの国のものであっても核兵器なんて、よくない。

 

 

 

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