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2011年10月18日 (火)

お姫様とギロチン

10月16日は

マリー・アントワネット処刑の日。

(Wikipedeiaの記事へのリンク) 

 

 

 

 

 

 

 

 

マリーアントワネットというひとについては

『ベルばら』のおかげで日本人のほうが

詳しかったりするらしい。

 

 

世界一、悪名の高い王妃で、

フランス革命の直前、飢餓に苦しむ農民に

『パンがなければケーキを食べればいいじゃない』

と言い放ってギロチンにかけられた人である 

 

 

しかし、いまで『それは言い過ぎだ』と言う

ひとがいる。 

それどころか、マリーは良い奴だったと

言い出す始末である。

 

『ケーキを食べれば…』という台詞は

彼女のものではない。

後世に無茶苦茶にいわれるような贅沢も

していない。旦那が構ってくんないから、

ほんの少しギャンブルにおぼれちゃったけど

そのくらい、いいじゃない。 

死刑になるまで、1年以上幽閉されたけれど

そこでの彼女は、こどもの世話に熱心で

音楽なども楽しみ

とても高慢な雰囲気はなかったですよ、と  

 

TVではそんないうふうに言われたりする。 

 

 

 

 

 

 

しかしさすがに『善人』というのは言い過ぎだ

 

王宮のサロンに気に入らない貴婦人がいると

『みんな、あのおばさん無視ね―』なんていう

小学生みたいないじめもやっている。

 

嫉妬深くて、密告とうわさ話が大好きで、

見栄っ張りで、

話題の中心に自分がいないとへそを曲げる。

同時代の評価はいまよりもずっと低くて

彼女の名前を騙った大がかりな詐欺事件まで

あった。

 

そしてこまった事に、

王室を滅ぼすほど敵を作ったのに、

本人がちっとも堪えていないこと。

少なくとも最期まで、弱った素振りを

見せなかった、という意味では、

見上げたおばさんではある。

 

 

 

 

 

この人はお姫様だ。 

 

オーストリアの皇帝家に産まれて、

15才でフランス王に嫁ぐ。 

この辺りの感覚が、日本人には

よく理解できないのだが、

ヨーロッパの王族はみんな親戚だ。

 

神聖ローマ皇帝がイタリア生まれでドイツ語が

話せなかったり、

スペインの王様がポルトガル王を兼任して

地球を支配したり、イギリスの王様が。

『俺ってフランス王になってもいんじゃね?』

といって百年戦争を起こしたりする。

 

万世一系の天皇家を戴く日本国民としては

どうにも皮膚感覚として、ヨーロッパ中世史が

理解できない。

以前も書いたが、ヨーロッパ人の国家観

というのは日本人と、なんか違う。

 

まして彼女はオーストリア生まれの

フランス王妃。

 

 

コスモポリタンである。

 

それは別に構わないのだが

ちょっとだけ馬鹿だった

 

 

そして、そいつが影響力を持つととても迷惑。

 

 

 

 

 

 

 

『パンがなければ…』の発言は、

彼女の物ではないという説を

リキリキとWikipediaで書き立てている馬鹿が

いるがどうだっていい。 

 

言った言わないはともかく、

マリーも同じ気持ちだったろう。

 

 

『あら、パンがないの?それならほかに

食べるものがあるんじゃない?』

 

と、政治経済、そして自分が置かれた環境

その他を一切考えずに

脊髄反射でしゃべっているだけだ。

彼女に悪意はない。

馬鹿なだけだ。 

 

 

 

 

 

 

マリーアントワネットが、農民を嫌悪していた

わけではない。

 

証拠がある。

彼女は、宮殿の敷地の一角に田舎家を模した

別荘を建て、

そこで農民風の衣装を着て過ごした

 

 

コスプレである。

農民の福祉経済衛生教育に思いを致すことは

なく『あら、あたしかわいー』って。 

 

18世紀のフランス宮廷では

そういうコスプレがはやったらしいのだ。

 

イデオロギーで解釈したら、

こんな嫌味な女はいないと思うのだが

これも、おそらく彼女に悪意はない。

 

『えー、農民かわいー。』くらいの脳みそだ。

 

 

 

 

 

彼女の旦那はルイ16世。

真性包茎で役に立たなかったという話が

あるくらい魅力のないおっさんだったらしいが

さすがに革命迫る時期には危機感を抱いて

財政改革を行う。

宮廷費の圧縮を行ったのもこいつ。

 

1789年7月14日パリ市民の蜂起が起こった夜に

家臣から報告を受けるのだが、しかし

その日の彼の日記にはこう書かれていた。

 

『Rien』(なにもなし。)

 

 

 

 

 

 

 

 

マリーアントワネットとルイ16世は、

すぐに殺されたわけではない。

反革命派の巣窟と見られたベルサイユからは

引き離されたが、

パリでの宮殿暮らしを許された

 

 

しかし、マリーは愛人を頼って

フランス国外に逃げようとしてしまう。

 

ところが、さすがはお姫様で

8頭立ての大型馬車に家族と寵臣、

ワインと着替えをごっそり積んだうえに

あちこちに寄り道したために、警護と

はぐれてしまい、全然逃避行にならず、

あっさりと捕まってしまう。

(ヴァレンヌ事件)

 

 

 

フランス革命、というと

有無を言わさずギロチン、というイメージが

あるが、ルイ16世とマリーアントワネットに

対して、フランス国民は

ぎりぎりまで、寛容を保とうとした。

 

王と王妃が国家を見捨てた、ということで

ヴァレンヌ事件以降、二人への信頼は

まるっきり失われるのだが、マリーとルイは、

この段階でもまだ命と宮殿暮らしを許される。

 

 

 

 

ところが、この夫婦は懲りなくて、

直後に起こった革命戦争で反革命の対仏大同盟

の外国軍にフランス軍の機密を流す。

 

そればかりか、マリーは

実家があるオーストリアに手紙を書いて

『フランス王家に危害を加えたら、

ただじゃ置かないぞ。』

という脅迫じみた宣言を出してもらう。

 

これにはさすがにフランス市民も愛想を尽かせ

あの夫婦を捕まえろ、

という事になって、王宮は襲撃されて

マリーと一家は、タンブル塔に囚われる。

 

王宮を捜索してみたらこいつらが外国と

密通していた証拠がごろごろ出てきた。

ルイ16世は、翌年1月に死刑となる。 

 

ただし  まだマリーは殺されない。

 

 

 

 

ここまで来ると、あえて殺す理由も

なさそうな気もするのだが

急進化した革命政府は、結局は彼女を

ギロチンにかけた。 

 

それが10月16日。

フランス革命の勃発から4年経っていた。

 

 

 

 

 

 

死刑直前のマリーアントワネットの様子。 

 

0000marie_2ギロチン前に、

市中引回しのようなことが

行われたらしくて 、これはのちに

ナポレオンの肖像画で有名になる

ダヴィッドのスケッチ。

 

 

 

いまでもフランスでは、このおばさんのことが

嫌いだ、という人がいるらしい。

ベルばらで洗脳されて、

マリーかわいそ…なんていう

らりほうな事を言うのは、日本人くらい。

 

 

 

 

実際、売国奴という意味では、

ここまで気持ちよく

国家を売った女はいない。

 

なにしろ、

2日に一着ドレスを新調し、

バラを浮かべた風呂に入り

国費の1/20を夫婦の贅沢に使い、

貧窮する国民に「ケーキ食えば?」と言い放ち、

浮気相手を頼って革命中の国家から

逃げだそうとし、そのうえ外国に、

革命をつぶすように頼み込んだのだ。 

 

 

 

 

 

伝えられている彼女の最期の台詞は 

ギロチン台に上がる時に刑吏の足を踏んで

しまった時の

『あらごめんなさい。

でも靴が汚れないでよかった。』

というもの。

 

 

 

 

天然だったんだろう。

 

 

 

 

日本人なら下手でも辞世の一句くらいひねるのに。

 

彼女の評判が悪い時のエピソードなので

信じていいものかどうかわからないのだが

事実なら、こんなに空気を読まない台詞もない。 

 

馬鹿なら黙ってたらいいのに、と

後世の人間は思ってしまうのだが、

末期の台詞だけじゃなく、

そこにまでのこのおばさんの政治活動は、

結構パワフルだ。

 

それはもう、なんとか王制を残そうとしている

連中が『邪魔』と思うくらいに熱心で

しかし王妃だから、あからさまに邪険にも

出来なくて、困ったらしい。

 

 

良くも悪くも「お姫様」だったのだ。

 

 

 

 

 

 

生まれた時から王女。

 

それなりの教育を受けたらしいが、

教養が人間を磨かない、ということもある。

 

そして、彼女の環境からすれば、

フランスもオーストリアも、そうした国境を

あんまり意識していなかったんじゃないだろうか?

 

『革命とかよくわかんなーい。

王様や貴族がいるのは当たり前じゃない

実家に手紙書いてなにがわるいのよう』

というくらいのもんだろう。 

 

 

 

 

おそらく彼女は、自分の死の意味を1/10ほど

も理解しないで、首を飛ばされたはずだ。

あの世に『発言小町』があれば、

せっせと投稿していると思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『きょうの死刑囚。』

 

 

 

 

 

 

断頭台に連行されるマリーアントワネットの

スケッチを残したダヴィッドは、ほかにも、

死の直前の革命の有名人を書き残している。

 

  

0000danton_2王の処刑を主張した急進派のボス、

ダントン

市中引回しで政敵ロベスピエールの

下宿の前で『次はお前だ』と吼えあげた。

 

 

0000rovespier_2ダントンに名指しされた

ロベスピエール。

ハンカチを巻いているのは

逮捕時の銃撃戦で顎を砕かれたから。

黒く描いてあるが実際は真っ赤だった。

 

 

 

ロベスピエールの死で

フランス第一革命は終わる。

 

しかし、目力のあるダントンや、

サインまでしているロベスピエールのスケッチ

と比べるとダヴィッド先生も、

マリーアントワネットの絵は投げやりだ。

 

 

 

実際、後世有名になったほどには、

彼女の死は注目されなかったそうである。

 

すでに恐怖政治が始まっていて、

パリだけで毎日4,5人ギロチンにかけられて

いたので、

『そんなおばさん、まだ生きてたのか?』

という程度の受け止められ方だったらしい。

 

 

恐怖と心労で、髪の毛が真っ白になっていた、

という説があるらしいが作り話だろう。

なんだか、かわいそうなひと。

という気がする。

 

そして我が身を振り返ると、

『自分の世界の射程圏の中でしか、

物事が考えられない。』という点では

こいつを笑えないな、とも思うのです。

 

 

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こんな難しいテーマもうやらない。」カテゴリの記事

コメント

マリー・アントワネットの罪状の99%は冤罪だから
ぶっちゃけギロチン刑になる理由なんてないんだよね~

投稿: 氷連 | 2013年12月 6日 (金) 19時35分

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