タコマブリッジの日
11月7日は『タコマブリッジ落橋の日。』
土木、建築の学生なら、かならず知っている。
学生の頃、この映像を見せられた記憶がある。
1940年に作られたこの橋は
スパン850m、全長1600mと横浜ベイブリッジの2倍もある。
世界3位の長さと、世界最高の強度を誇っていたのだが
冒頭の動画の通り、あっさりと落ちた。
ただし、この橋にしても明石大橋の1/4しかないので
ベイブリッジをありがたがっている
関東の人間は田舎者だなあ。
落橋の原因は風。
当日も大した風ではなく、
そもそも風に煽られる応力くらい
十分に想定していたんだけど、フラッター現象といって、
ばたばたばたって震動が起こったから
こんなふうになった。
アスファルトって、あんなふうにゆがむものなのか…
こんなふうに映像が残されているのは
『これはやばい。』と撮影したひとがいたから。
『なんだか妙に揺れる橋だ。』とは竣工当時から有名で
この日に関しては、
『さすがにまずい。』とみんな逃げた。
撮影クルーが来ちゃうくらいに時間もあった。
動画の中に車が一台映っているが
乗員はみんな逃げている。
ただ、不思議なことに犬が一頭遺されていて
この彼が、唯一の『犠牲者』。
この橋の設計者はこの事故の直後
自殺してしまった、という話を聞いた記憶があるのだが
調べたら事故の3年後まで生きている。
でも、あんまり幸せな老後じゃなさそうだ。
『heart attack』って『心筋梗塞』とかだろうか?
で、まあ。この話から賢しらに教訓を拾う気はしない。
こういう話から、『いまの○○安全は…』とか
リキリキと論じたてる馬鹿がいて、
それはほんとうに朝日とか読売とかの馬鹿なので許すな。
風ってすごいね。
ただ、この映像は大変にショックだった。
事故の映像なんて、みんなショックなんだけど、
こんなふうに文字通り、
『最新のものが弄ばれる姿』を見るとなんだか、悲しくなってしまう。
技術の無力、を見るのは、とてもかなしい。
では『今日の一枚。』
11月6日は『北陸トンネル火災事故』の日でもある。
14kmもある、北陸トンネルを通過中の、
急行『きたぐに』の食堂車から出火。
死傷者1000人を出す大事故となった。
火事が出たら、とっととトンネルから出ればいいのに、
というのはいまだからいえること。
この時の車掌は当時のマニュアルに従って
列車を停止させ、消火に当たった。
それで、必要な手当をしたあとで
客車を移動させようとしたところで
変電所が架線の電気を落とした。
この列車には『指導機関士』という
いわゆる先生役の人が乗っていたのだが、
彼は、『電源を再投入してくれ』と叫びながら、
非常電話にとりついて死亡したそうである。
なんともやりきれない。
そして、事故なんて完璧には防げないんだ。
我々に出来ることは、
教訓を拾うことだけ。
せめて同じことは繰り返さないないようにしよう。
ちなみに、
冒頭の動画で驚くべきところはもうひとつあってカラーフィルムなのだ。
1940年って昭和15年ですぞ?
徳川夢声が、慰問団の一員として訪れたシンガポールで
アメリカから接収したカラー映画を見て
『こんな国と戦争したら負けるわ。』と思ったのが1942年。
負けたのが1945年。
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コメント
私も建築の学生でしたが、この映像は初めて見ました。テレビで見たことはあるような気がします。
ユラユラしますしね。
超高層ビルもちょっと強い風が吹くとミシミシ、80キロぐらいの人が走っても床が
技術の過信は危険です。
投稿: ぷく | 2011年11月 7日 (月) 21時29分
私も昔、鉄骨造の2階に卓球場を作って、人間が動くときの力ってハンパねーなと実感したことがあります。
投稿: 六郎 | 2011年11月 8日 (火) 15時15分
ぷくさん ありがとうございます。
この映像はショックでしたよね。
私も、どの時点で見たのか
自信がないのです。
しかし、3.11といい、
長周期・予想外の地震が起きるんだな
ということは、
もうわかったから…。
六郎さん ありがとうございます。
意外なところで
意外なメンバーを言われることがあります。
『そんな壁厚、原発だけじゃん。』
といっていたら、壊れました。
ごめん。
いや、まあ原発じゃないけど。
投稿: natsu | 2011年11月11日 (金) 17時47分