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2011年11月 9日 (水)

ベルリンの壁とトラバント

11月9日は、ベルリンの壁崩壊の日。

(Wikipediaの記事へのリンク)

 

 

 

 

 

 

 

 

1980年代、東欧の社会主義国では、一斉に民主化運動が起こる。

しかし、東ドイツ政府は、反応が鈍かった。

 

おかげで、

1989年になると、ゴルビーに見放されて書記長は辞めるわ

国境を開放した周辺国経由で、国民が逃げ出すわ、と

収拾がつかなくなってくる。

 

そこで、国民へのご機嫌取り、として行おうとしたのが

外国への旅行制限の大幅緩和。

ただし、この時点では「緩和」、であって「自由化」ではない。

 

ところが、混乱した東ドイツ政府は

報道官に情報の足りない原稿を渡し、

こいつも、ちゃんと確認ししないままに 

『東ドイツ市民の出国は、完全に自由になります』

と発表してしまう。

 

しかも舞い上がった彼は

『施行の時期は?』という質問に、こう答えてしまった。

 

 

0000syapouskv 

 

『いつやるかって?

今でしょう。』

 

 

 

この会見が、テレビで生中継されていたからたまらない。

 

『ほんとかよ?』と、疑いつつも集まった

東西ベルリン市民が検問所に殺到。

びびった警備兵が検問所を開放したため

その日のうちに、こうなった。

 

 

0000berlin2  

 

銃殺覚悟でしか

登れなかった場所 

 

 

 

 

この時、東から西へ、多くの市民がやってきた。

その中には、こんな人たちもいた。

 

 

0000torabi         

 

東ドイツ市民の憧れ

トラバント (愛称トラビ)

 

 

 

 

 

 

 

 

で、まあ例によって前置きが長くてごめん。

今日はこの車のお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この車を、1989年の壁崩壊以前に、

日本国内で目にすることは、まずなかった。

 

噂は聞いていた。

 

『1958年の発売から、30年間モデルチェンジをしていない。』

『注文しても10年以上待たされる。』

『ボディのFRPに、ボール紙が混ぜ込んであるらしい。』

 

 

 

それでも10年待たされる車だ、

しかも、社会主義国だからコネが効く、

庶民から見れば、けっして安い車でもない。

 

だから、これに乗れる連中は、東ドイツのエリート

とまでは言わないが、中流以上だったはずだ。

壁の崩壊を喜びつつパレードした時は

西の市民も歓迎してくれたし、誇らしかっただろう。

しかし、時間が経つと、彼らも気がつくようになる。 

 

 

 

『俺達の車、ひどい。』

 

 

 

 

 

なにしろ西ドイツと言えば、

ワーゲン、オペルにアウディ、BMW、ポルシェ、と

綺羅星のごとく世界ブランドの車が走っている。

 

『時速100km/hで長時間走るのは無理。』というこの車が、

アウトバーンの国で生き残れるはずはなかった。

 

実際、統一後は、大量のトラビが廃車になった。

バブル真っ盛りの日本人で、これをおもしろがって

輸入する奴もいた。

 

だから、私も実車を見たことがある。

もちろん知らない人の車なので、

『ほんまにボール紙か?』と叩いてみることは出来なかった。

 

 

やっときゃよかった… 

 

 

 

ずいぶん小さな車だな、とは思った。

今なら車上荒らしと思われかねない行為だが、

思わずのぞき込んでしまった。

 

 

そして、やっぱり安っぽい、と思った。

 

 

 

0000trabi_2トラビの事故車の写真。

フェンダーの外皮が

張りぼてなのが、よくわかる。

事故直後の写真ではなく

路駐してるみたいだけど

お前、走れるのか?

 

 

 

 

ただ、トラビの名誉のためにいっておくと、

この車が発売された1958年というのは昭和33年で

当時の日本で乗用車というのは、タクシー用に

トヨタと日産が少数を作っていただけ。

 

バスやトラックの商用車メーカーはたくさんあったが、

当時の日本には、『大衆車』というカテゴリーが

まだ、存在さえしていなかったのだ。

 

『マイカー』が身近な存在になるには、

トラビの登場よりも10年後のこと。

30年後の若人は、童貞を捨てる前に免許を取り

バブルで『ハイソカー』に踊ったのだ。

 

だけど、今の若僧は、免許も取らない。

『えー、車なんてシェアリングでいいじゃん、』と

言い出す始末である。

 

 

軟弱者っ。

 

 

 

 

 

 

もうひとつ、トラビのために言っておくと

自動車のパーツに紙を使う、というのは

西側諸国でもやっていた。

 

例えば、イギリスの高級車、ジャガーEタイプ。

インテリアパネルについているグローブボックスは

「混ぜ込んである」どころではなく、100% 紙。 

 

 

0000joguer    

 

上のボール紙の箱が、

メーカー純正品。

 

 

 

 

 

結局売れちゃうから、

いけなかったんだろうなあ。

 

 

 

COMECONのおかげで、東欧諸国では、

お前の国はこれを作れ、と分担が決まっていた。

競争はないし、輸出が中心で国内は品薄。

いやでも売れるから、改良する必要もなかった。

  

そして、そのまま30年経ったから、

浦島太郎になってしまった。

ベルリンの壁が守っていたのは、

『トラバントの真実』でもあったわけです。

 

 

 

 

 

 

黙っていても売れた、という意味では、

三菱グループの課長級以上しかしか乗れない、そして

三菱グループの会社の総務部以外は、けっして買わない、

といわれた三菱デボネアに近い。 

 

0000devoner 

 

 

20年、変わらぬ品質 

 

 

 

 

 

 

かくいう私も、自分名義の車を持たなくなってだいぶになる。

だから、偉そうなことはいえない。

 

そして、トラビとデボネアを一緒にしたら、怒られそうな気もする。

            

だけど、黒塗りのデボネアにハコ乗りして、

三菱の工場が集まる、和田岬周辺を、

マフラーを外して、思いっきり走り回ってはみたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の求人広告。』

 

 

 

 

 

 

 

 

日給20000円以上…

や、やってみようかな…

0000kyuujinn2  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みんな貧乏が悪いんだ…

 

 

 

 

 

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おまけ、

 

 

 

 

『いつやるかって?今でしょう。』

 

 

この講師を見たら、

お前のところには通いたくない。 

 

 

 

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