真珠湾とプロパガンダ
12月8日は真珠湾攻撃の日。
今年は70周年。
真珠湾攻撃をめぐる日米の様子。
NBCホノルル放送の、『ディスイズ…
ノードリル。リアルウォー。』
っていう淡々とした音声に実感がある。
それぞれの議会で演説する、
東条英機とルーズベルトと
どちらの演説が上手かは、いうのも残念。
日本海軍の ほぼ全力、空母6隻に艦載機350機が
アメリカ太平洋艦隊の根拠地、
ハワイの真珠湾を襲った。
これで、アメリカ太平洋艦隊の戦艦8隻は全滅。
大勝利だった。
この戦争の結果を知っているから、後世の人間は
『空母を取り逃がした。』
『石油タンクを空襲しておけば。』
『沈めたはずの戦艦だって
6隻は現役に復帰したから、あんな攻撃
無駄だった』
なんて、賢しらにいう奴がいるが
日米の生産力の差なんて、政府も
山本五十六もわかりきっていたはずで、
時間が経てば、数倍の力で復活してくることは
想定のことだった。
とりあえずアメリカを止めておけ、と。
この作戦は、とにかく勝ちは勝ち。
ただしこれから、3年8ヶ月に及ぶ、
地獄の太平洋戦争が始まる。
この攻撃は完全な奇襲で
当事者もびっくりするくらい完璧に成功したから
アメリカをうろたえさせた。
その証拠に、アメリカの太平洋艦隊司令長官
キンメルは直後に更迭されている。
しかし、一瞬うろたえたアメリカは一枚上手で
この攻撃で、勝利を確信していた。
ルーズベルトは、この攻撃のおかげで
対日参戦が出来ることにガッツポーズし
半年後に、原爆開発計画を発動する。
さらに、アメリカの恐るべき所は
日本が宣戦布告をしなかったことを取り上げて
『リメンバー・パールハーバー』の
大キャンペーンをやったこと。
これにより、モンロー主義を引きずって
参戦をためらっていた世論を
一気に第二次大戦に引き込んだ。
更に、
中国もイギリスもオランダもオーストラリアも
単独で日本と戦う力はなかったから
アメリカが、明確な戦意を示したことは
重大だった。
日本は広大な地域を占領したが、
そこでの支持を得ることも出来なかった。
『リメンバー・パールハーバー』には
『ニッポンがだまし討ちした』
という意味がある。
『ちゃんと戦ってれば、
イエロー・モンキーなんかに負けなかったんだ
からねっ。』
という、負け惜しみにしか聞こえないのだが
そう言わせてしまったのは、日本国外務省のミス。
アメリカに対する『最後通牒』を、
事前に手交出来なかったのだ。
ワシントンの日本大使館の館員が
暗号電文の解読と浄書に手間取ったから、
とされている。
真珠湾の攻撃開始から一時間後に
最後通牒を受け取った、国務長官コーデル・ハルは
それを届けた駐米大使の野村吉三郎を、
口を極めて罵った。
Wikipediaは、よほど外務省シンパの人が
投稿しているらしくて
この駐米大使館の失態に寛容だ。曰く、
『どうせ暗号は解読されていたからいいじゃん』
『宣戦布告しない戦争なんて、いまでもあるもん』
『前日にパーティーがあったことは確かだけど、
みんな酔っぱらっていた訳じゃないからね』
と、うるさい。
結果として、ルーズベルトはこんな
キャンペーンを始めた。
星条旗は逃げない。
真珠湾を忘れるな。
『外交』って、なにか交渉で成果を得ること
だけではなくて
こんなふうに敵に付け入らせたら、駄目だと思う。
駐米大使の野村は、戦後公職追放になるが、
松下幸之助に見込まれて日本ビクターの社長になり
公民権が復活すると参議院議員になった。
タイプが間に合わなかった駐米大使館員の
井口参事官や奥村書記官は、戦後、
外交官の最高位、外務次官にまで登りつめている。
井口の息子も外交官で、特命全権大使を拝命した。
本人がどう思っていたか、知りたくもないが
それぞれの戦後は栄達に包まれている。
外務省が、この時の不手際を認め、
『ごめん、ちょっと悪かった。』と、
ふて腐れながら謝ったのは、呆れたことに1994年。
舐めてんのか、お前ら?
日本のプロパガンダがどんなものだったのか、
というと お粗末な次第。
『日本を中心としたアジア新秩序』という
大義らしきものを作って、傀儡と面従腹背の
アジア代表を集めた『大東亜会議』を開くのは
真珠湾攻撃から2年後の昭和18年末。
いいかげん、負け越してきた頃だ。
得意の絶頂、ではなく
この写真の2週間前、
学徒出陣の壮行会で
檄を飛ばしている
いくらなんでも、遅い。
戦争はよくないことだとは思うけど、
やるならやるで、もっとうまいやり方が
あったと思う。
駐米大使館の失態だけじゃなく
山本五十六はミッドウェーで、
真珠湾の成功を台無しにするような敗戦をして
その後、自殺しにいったとしか思えないような
最前線視察をやって戦死した。
軍も政府も、玉砕や特攻や住民自決までやらせて
あそこまで粘ることはなかったのに。
国中を焼かれて、
原爆を落とされるまで、負けを認めなかった。
勝っているうちは、止められない。
負けが込むと、さらに止められない。
というのはパチンコも戦争も同じだ。
そして、やっぱり日本って宣伝が下手だ。
なにも世界中と戦わなくてもよかったのに。
アジアの、どこの国も味方に出来なかった
時点で、日本に勝ちはなかったのだなあ。
では、『今日の真珠湾』
真珠湾攻撃を記録した『カラー映像』
貧乏な日本が、貴重なカラーフィルムで
映像を残したのは宣伝のため。
開戦一年目の
国策映画
この映画の特撮監督は、ゴジラシリーズの
円谷英二。
YOU TUBEの画像の一部も、この映画のもの。
どこまでが特撮かわからない、というすばらしさ。
ただし、配給まで一年もかかっていては駄目で、
昭和17年末といえば、既にミッドウェーで負け
ガタルカナルで絶望的な負け戦が始まっていた。
これも、リメンバー・パールハーバー
キャンペーンのひとつ。
戦時公債の募集ポスター。
出っ歯に眼鏡は、日本人を表す記号表現。
『平和』を掲げながら、背中からナイフを刺す
卑怯者。
何故日本人がナチスの鍵十字をつけているのかは、
えーと、悪い奴のシンボルっていう事
なんだろうなあ。
対して日本のポスター。
飛行機の油になるので
ヒマを育てよう。
ヒマってなんだ?と思ったら、
こんな草だそうです。
うん、日本負けるわ。
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コメント
いつもながら勉強になりました
ありがとうございます
そおいえば
「山本五十六」の映画がもおすぐですね
どのような描かれ方をしているか興味あります
真珠湾攻撃を記録した『カラー映像』
すごいですが
配給までの時間が確かにかかりすぎですね
それにしてもクオリティーが素晴らしいと感じました
投稿: れい | 2011年12月 8日 (木) 15時37分
真珠湾攻撃の小気味いい解説
面白く読ませていただきました。
勝っているうちは、止められない。
というのはパチンコも戦争も同じだ。
とは
パチンコとのコントラストが面白いですね。
今回は真面目なコメントですみません。
投稿: 独言 | 2011年12月 8日 (木) 20時46分
れいさん ありがとうございます。
円谷英二は天才です。
この動画で言うと、空母内の
搭乗員の日常の様子や、発艦風景は
特撮です。
それ以外は実写。
すごいです。
独言さん ありがとうございます。
少し、加筆しました。
かっていても、負け初めても
止められない、というあたりは
心理であり、真理です。
やめらんねー。
投稿: natsu | 2011年12月 9日 (金) 12時20分