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2011年12月 3日 (土)

ラッキー・タワー

『ニイタカヤマノボレ』を送信した、とも言われる

佐世保市針尾島の、旧海軍送信所の通信塔が

恋愛成就のパワースポットになっている、というニュース。

(読売新聞の記事へのリンク)

















『ニイタカヤマノボレ』は、

真珠湾攻撃を指令する暗号電文。

針尾島には海軍の通信所があった。



いまでも、その当時の巨大な通信塔が3本残っており

見る位置によって2本に見えたりする。



千住火力発電所の『お化け煙突』みたいなものだが

そこで祈ると、恋が叶う、というお話。



なんで通信塔が恋のパワースポットなのか?

脳みそが痒くなるような、話のつながりのなさだが

この通信塔は高さ140m。しかも3本。











いったい何故、こんなものが残っているのだろう。







残そうと思って残っている『廃墟』はない。




壊されないから、あるいは 

壊す金がないから残っているだけ。



歴史の偶然だ。 









たとえば、エジプトのピラミッドのてっぺんには

金箔を貼ったキーストーンがあったのだが

王朝が滅びると、あっさりと盗まれて、いまはない。 



ピラミッド本体の石も、だいぶ盗まれちゃって、

跡形もなくなっている奴がいくつもある。

クフ王のピラミッドが残っているのは、でかすぎたからだ。




軍艦島でも、碓氷峠の煉瓦橋でも、

残されたのは、貧乏と気まぐれと、ものぐさのおかげ。

後になってから、その価値に気がついただけ。















この、
針尾送信所は1922年に竣工した。



海軍の通信というのは、水平線の彼方まで

飛ばさねばならないので、電波は長波を用いる。

針尾島では高さ140mの通信塔を

1辺300mの正三角形状に3本建てて、間に架線をかけた。 


3本でひとつの通信施設なわけで、

こういう巨大送信所は、ほかにもある。







例えば船橋送信所

0000hunabashi_soushinjo




丸い道路が送信所の跡














ただ、船橋送信所の通信塔は、鉄塔であったために

用が済むと、とっとと解体されてしまった。

いまは、地図を見て、『この丸い道路はなんだろう』と思うだけ。

中山競馬場に行くひとで、ここを偲ぶ人は、まずいない。















針尾島の送信所は、鉄筋コンクリート造だから

『めんどくせえや。』と、壊されなかった。 

現在も、海保の送信所として所管されているのは事実だが

衛星通信が実用化されて以降、基本的にただの筒だった。




地元の人には、『変な煙突』くらいに思われていたらしい。

ただし、びっくりするくらい巨大なので目立つ。

パワースポットにされてしまったのも、

そういった理由なのだろう。











ところが、こいつの竣工年の1922年というのは

関東大震災よりも前で、その時代に

これだけ巨大なコンクリート構造物があったというのは

ちょっと、海軍の心意気を感じる。






鉄で作る自信がなかったんだな、とも思う。






そうは言っても、海風にさらされて築90年なわけで、

中の鉄筋は錆び尽くしているだろう、と調べたら意外に頑丈で、

保存も容易。観光にも耐える。

0000hario




90年前のコンクリートとは思えない













現在では、

構造物としてはもとより、そんな歴史的な価値も認められて

来年をメドに、めでたく重要文化財に指定されるらしい。







恋愛スポット、うんぬんはどうでもいいけど

数奇な運命の塔だなあ、と思うのであります。




そして幸せな筒だ。



恋はどうでもいいが、願いは叶うかも知れない。


























では、『今日の新高山。』













ちなみに『新高山』というのは、現在の台湾の玉山

標高3952mのこの山は、戦前では富士山より高い

『日本一の山』だった。


0000yuisyann

富士山みたいに 

火山なのかと思ったら 

岩山だった。








そういえば台湾は 大理石の名産地でもある。













玉山は、台湾でも人気の観光地。

手軽に見物に行くには、阿里山鉄道が便利。 

これを敷いたのは戦前の日本で、木材を運ぶためだった。




戦後廃線になってもおかしくなかったのだが

玉山観光のおかげで生き残った。


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日本領時代に使われていた 

シェ―型機関車。 

釜が偏った不思議な汽車 






険しい山を登るために、スイッチバックに三重ループ線、という

鉄ちゃんならずとも、一度は乗ってみたい、この鉄道は、

険しいが故に、台風で木が倒れて、土砂崩れで路盤が埋もれて

2011年現在、運休している。

さらに、山岳道路の開通で復活できるかどうかも怪しいらしい。



滅びそうだとなると、いとおしいな。

がんばって欲しい。



この鉄道が、

玉山観光の唯一の手段だった時代については

宮脇俊三の『台湾鉄路千公里』が、たのしいです。








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そんな時代もあったよね」カテゴリの記事

コメント

淡路島にある恥ずかしい観音様、
誰もありがたがるどころか、
撤去以前に維持費もないとか…

これもいつか、
若者のデートスポットになったりして…

投稿: FREUDE | 2011年12月 3日 (土) 22時06分

FREUDEさん ありがとうございます。
あの観音様は、どうしたもんでしょうね。
パラダイスも巨大になると
小枝の範囲を超えるという事ですな。
 
実際危険らしいし…
 

投稿: natsu | 2011年12月 8日 (木) 11時19分

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