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2011年12月23日 (金)

ライト兄弟とモジャイスキー

12月17日は、ライト兄弟が初めて飛行機で空を飛んだ日。

1903年にノースカロライナで12秒飛んだ。

(Wikipedia ライト兄弟)

 

 

0000wrighit  

オービル、飛んだわ。

 

 

 

 

 

 

 

ところが、ロシア人はこれを『世界初』と認めない。

ロシア人は『飛行機の発明者はモジャイスキーである』

と信じている。

 

誰だ?その毛深そうな名前のおっさんは、というのも当然で

この人が作ろうとしたのは『蒸気飛行機』。

 

今日の技術の本流につながることはなく、

進化の枝道の、変な三葉虫みたいな存在である。

 

 

0000mojaモジャイスキーの

飛行機を記念した

ソ連の切手。

CCCPの文字が眩しい。

 

 

 

なんとなく、成功者であるライト兄弟が偉くてもじゃは誰?

という雰囲気になるのだが、今日はそのお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

動力飛行機を作ろう、というのは

ライト兄弟の独創ではない。

同時代にも、エアロドーム号のラングレー教授など

強力なライバルがいた。

 

ただし、ラングレー教授は、目新しい技術にこだわった。

このひと自身は天文学者なのに、

なんで飛行機なんか作ろうと思ったんだろう。

 

マンリーという兄ちゃんに作らせたエンジンは、

星型五気筒エンジンという、当時としては新鮮なもの。

50馬力以上が出せた。 

 

0000manley 

マンリーの『スター・エンジン』。

 

 

 

陸軍から資金をもらっていたから、

スポンサーや世間をうならせる必要もあったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

対してライト兄弟のエンジンは、

直列4気筒サイドバルブ12馬力という

仕様もスペックも貧相なもの。 

 

0000engine_2 

ザ・無骨

 

 

 

『動力』飛行機であることに歴史的な意味があったのだが

この兄弟は、あまりエンジンの出力を重視した様子がない。

 

 

 

 

 

 

Wikipediaでは、この兄弟の成功の理由を

『技術的工学的に着実な手法を取った』事としている。

 

例としてあげているのが風洞実験。

『飛行機が飛ぶ理由は翼の断面の形だ。』ということは

リリエンタールも気がついていたらしいのだが

この兄弟は、それを実験で証明しようとした。

 

風洞、というほどのこともない扇風機の前に

断面形を変えた翼を吊し

自転車屋だけあって、チャリンコのホイールと重りを使った

自作の揚力計を使って、数十種類を比較した。

 

 

 

自分の目で見たものしか信じない、というのは偉いと思う。

ラングレー教授から比べると、

はるかに保守的なエンジンを使ったのもそのせい。  

 

 

 

 

この兄弟は、相当な頑固者だったらしい。

 

すでにダイムラーさんやベンツさんが、

ガソリン自動車を作っていたから

この程度の出力の小型エンジンなら、

既製品がありそうなものなのだが、こいつらは自作にこだわった。

 

 

 

 

 

自分の目で確かめたから偉い。

信頼性があるものを使ったのが偉い。と言われると、 

そうかもしれないけど、なんか違う。と思う。 

 

それが、今日の本題。 

 

 

 

 

 

つまり。

 

保守的なのがいいんだったら、ロシア人以外が

モジャイスキーの成功を褒めないのはどうしてだ?

ということです。 

 

 

 

 

蒸気飛行機』と聞くと、今日の人間は

素っ頓狂なものに思ってしまうが、 

もじゃ先生の時代、ガソリンエンジンはようやく誕生したばかり。

信頼性という点で、蒸気機関とは比較にならなかった。

 

 

 

更に『蒸気飛行船』というものが既に空を飛んでいた。

 

売れないインディーズバンドのB面収録曲のような、

この奇妙な代物を発明したのは

ジファールというフランス人。

 

1853年の事だ。

 

気球というのは、それだけでは単に浮かんでるだけ。

プロペラつけて、行きたいところにいこうぜ。

という発想は、発明直後からあった。 

 

しかし、ジファール先生の時代には蒸気機関しかない。 

そこでそれを積んだ。

 

『空に浮かぶ蒸気機関』というのは

もじゃ先生の時代、すでに存在していた訳です。

 

 

 

 

 

 

そういう順番を踏んで眺めていくと、蒸気飛行機というのも

そんなに突拍子のないことでもない。

 

蒸気飛行船の先進国フランスでは

タンブル兄弟という人たちがやっぱり蒸気飛行機を作っていた。 

従って、フランス人は『飛行機発明の父はタンブルである。』

と思っている。

 

 

 

 

図体に比べて出力が低いのが蒸気機関。

 

世界最初の実用蒸気機関である、ニューコメンのエンジンは

100tの大きさで100馬力しか出せなかった。

 

蒸気機関の出力を上げる方法は簡単で

圧力を上げて速く動かしちまえばいい。

 

ピストンエンジンというのは往復運動をするのだが、

行きは蒸気だが帰りの圧力を大気圧に任せていた

ニューコメンエンジンはパワーがない。

しかも、いちいち水を噴射して

シリンダーを冷やしていたから、かったるい。 

行きも帰りも高圧の蒸気を吹き込めばいいんじゃね?

とは、ワット先生も、もじゃ先生も気がついていた

 

そうはいっても、当時のロシアでは未熟な鉄しか作れなくて

そんな高圧エンジンなんか危なくて作れない。 

そこで外国から小型の蒸気エンジンを輸入した。

 

それでも、まだ馬力が足りない。

飛行船と違って、飛行機はプロペラで空気を足掻いて

翼で浮かばなければならない。 

エンジンの出力がないのに

燃料の石炭と釜焚きの人間を乗せないといけない。

 

『重い。どうしよう…』という問題に対しての答えは一つ。

『翼を大きくする。』

 

翼面加重を下げる、というのは間違いではないと思うけど

冒頭の切手のようにでかくなると、もはや翼は支柱から

ケーブルでつり下がっていることになる。

  

浮かび上がったら、吊り下がっているだけの翼は

空中分解するとしか思えないので

お前、飛ぶ気があったのか?

 

もじゃ先生は、どうもやることが極端だ。

そんな、やけくその過程の中で

翼は巨大化し、テニスコートくらいの広さになった。 

 

 

 

 

 

 

かといって、もじゃ先生は実証を無視した人ではない。

むしろ慎重に進めた。

 

軍から援助をもらって20年にわたって研究するのだが

国産エンジンじゃ無理。

少将にまで昇進していたのだが『そんなら一人でやってやらあ』と

借金して、個人で『蒸気飛行機』に挑戦する。

なかなか男前な決断だ。

 

『国費研究』の制約が外れると、エンジンを輸入。  

更にそれを模型飛行機に乗せ、数十回の試験を行った。

蒸気飛行機の模型飛行機ってのがよくわからないが…

 

それで、『これでいける。』と確信するや、

人間が乗れる機体の制作に乗り出し、

蒸気エンジンを4基搭載した実機を作る。 

 

 

 

 

彼の挑戦は1884年に行われた。

ライト兄弟の20年前だ。

 

プロペラで滑走するだけの出力が無かったので、

斜面に設置された木のそりの上を滑らせた。

 

ちょっとは浮いた。らしい。

その後、大きく右に反れて機体は大破。

 

結果を見れば、大失敗。

 

世界は、モジャイスキーの『実験』を無視した。

確かに、今日につながる要素は皆無なんだけど

技術を積み上げるのは悪いことなのか?

 

 

 

 

 

 

この人は、発想もプロセスも堅実だった。

蒸気機関があり、蒸気飛行船があったから、

蒸気飛行機もできるんじゃね?と思っただけで、

つまんないくらい、堅実だ。   

 

 

そして、成功者であったライト兄弟が

飛躍した発想をしていたか?というと、

「牡丹灯籠」エンジンをはじめとして、こいつらだって保守的だ。 

 

実際彼らは、その発想が固まりきっていた故に敗北する。

 

 

チャリンコ屋だけに『チェーン駆動』にこだわり

『エンジン出力』を軽視したライト兄弟の飛行機は

やがて市場で淘汰される。

 

彼らも最後の勝利者ではなかったのだ。 

 

 

 

 

うーん…

 

 

 

 

『常識』を積み上げた先に成功がある、という人がいる。

『斬新な発想』こそが栄光だ、という人がいる。 

 

ところが 

『斬新さ』にこだわったラングレー教授のエアロドーム号は、

ポトマック河に、真っ逆さまに落ちてデザイア。 

 

常識を踏み外さなかったはずの

ライト兄弟とモジャイスキーは道が分かれた。

 

 

 

モジャイスキーは、壊れた巨大飛行機を前にして途方に暮れ

『すまんが買い取ってくれんかのう。』と

皇帝にお願いするのだが、あっさり断られた。 

 

男前な決断はどこに行った?

 

 

 

ライト兄弟は、飛行機がものになるまで操縦の練習を重ね、

その後は全米やヨーロッパ中を回って

デモ飛行をおこなって売り込みを図る。

 

一時はうまく行きかけたのだが、

やがて他のメーカとの競争に敗れた。

 

 

 

 

 

 

 

発明者が落ちぶれていく様を見るのは、とても小気味がいいが

この人たちを見ていると、

成功の理由ってなんだろう、と思うわけです。

 

本屋に行くと、『ビジネスで成功する秘訣はこれ!』

みたいな本が山と積まれているのだが、

1000円くらいの本でわかるほど、

そんな簡単なもんじゃないよなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の二枚。』 

 

 

 

 

 

 

 

蒸気飛行船

0000rapyuta_2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エアロドーム号。

0000earodome1903  

 

 

 

 

 

 

どちらが飛べそうか、というと蒸気飛行船のほう。

実際、エアロドーム号は飛ばなかった。 

 

 

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