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2011年12月21日 (水)

ロウ原紙とボールペン原紙と私。

いつのまにやら、12月も下旬だ。

 

世間は、年賀状の準備など始めているらしい。

と思ったらプリントゴッコは今年、

事業を終了してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

ふーん。

あれはあれで、味があったけどね。

 

 

 

 

 

プリントゴッコとは、ペンで描いた原画を、

ぴかっと光るフラッシュで原紙に焼き付けて

その『原紙』を印刷する、というもの。 

 

 

『焼き付けた原紙』の上にインクを置いて、

それを印刷する。 

0000printgokko 

 

 

 

 

 

 

本体の生産は、数年前に終わっていた。

しかし、今年になってインクや

フラッシュバルブ、原紙などの

消耗品の生産と供給も止められた。 

(理想科学 プリントゴッコ事業終了のお知らせ)

 

 

 

我が家のどこかにも、プリントゴッコの本体が

あるはずだが

もう使えないわけだ。

 

いまはみんな、パソコンで原図を作って

プリンターで刷るのだ。

よく考えたら、うちにだって3台も

プリンターがある。

 

 

 

仕事はないのに…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ということで、

今日は『アナログな印刷技術の思い出』を

語ろうと思う。

 

私がリアルタイムで体験した、

すごく狭い時空での

印刷への欲求を後世に伝えたい。 

 

まあ、そんな嫌な顔をせずに聞いてくれ。

 

 

 

 

 

 

 

かつて、『印刷』というと『謄写版印刷』で

『ロウ原紙』を使って『わら半紙』に刷る

という時代があった。

 

ほら、ここまででわからない単語がいくつも

出てきたでしょう。

 

 

 

 

 

まず『謄写版印刷』とはなにか、というとこちら。 

0000gari 

 

 

 

 

 

 

  

『プリントゴッコ』も 

原紙に絵を焼き付けて印刷するという意味では

同じだ。

 

だから、プリントゴッコを知っている人は

謄写版印刷が、ある程度理解できると思うのだが

それはまあ、インキ臭い代物だった。

 

 

 

 

しかし、自分の文章を一般に知って貰うためには

この手段しかない、という時代があった。

 

しかも、その時代は長かったのだ。 

 

 

 

 

 

印刷のための『ロウ原紙』に『鉄筆』でガリを切る。

 

また、わからない単語が出てきた。

『ロウ原紙』というのは

パラフィン紙などの上に油を引いたもの。

ロウかどうかは知らないが、

とにかく水も油も通さない。

 

 

 

 

これに鉄筆で文字を書いて傷をつける。

傷がついた原紙は、

その部分だけインクを通す。

 

謄写版、というのはそのための装置。

網戸より、うんと細かい網を張った木枠が

蝶番でぱたぱたする。

その網の片面に傷をつけたロウ原紙を貼り付けて、

下にわら半紙を敷き、反対側から

ローラーでインクを刷る。

 

鉄筆というのも、

もう通じない言葉だと思うのだが、鉄の筆だ。

 

針よりも危なくないけど、

ちょっと痛いからやめてよ、という程度に、

先を丸めた筆で文字を書く、ということを

『ガリを切る』といったのさ。

 

 

 

 

 

ロウ原紙を、石版の上に敷いて

その上でガリを切るのだが

その石はスレートだ。

 

ほら、またわからない。

硯に使う石で、鉄平石。

神戸の『うろこの家』に張ってある石もそうなんだと。

 

なんだか年寄りの繰り言みたくなってきたが

この上でガリを切る。

 

 

 

 

昔は、どこの学校の事務室でも、左翼の細胞でも、

同人誌を出すような惰弱な部活でも、

出版を扱う集団には

かならず『ガリ切りの名人』というのがいた。

 

たかが文字を書くのに、なにが『名人』か?というと、

まず、当然達筆でなければならない。

左翼の場合、セクトごとに書体が違っていたから

それはもう厳しかったらしい。 

 

 

 

 

 

そして、ロウ原紙というのは薄い。

 

コンドームのごとく薄いので、

少し力を入れると

『え、破けちゃったの?』という事になる。

1行目で破けるならともかく、

徹夜明けの300行目で破けたりしたら、

バイクを盗んで走り出したくなる。

 

破けなくても誤字などがあっては大変だ。 

一応修正液というものがあって、

ヨードチンキのように茶色くて

ヨードチンキみたいな匂いがして、

お前、もうヨーチンなんじゃないのか?

という代物なのだが

これが見事に全く穴をふさがない。

 

 

『穴が塞いだかな?』と思って刷ってみると、

一文字分まっくろにインクが漏れて、

『だから駄目だって言ったじゃない…』

という事になる。

 

 

従って、達筆で誤字がなく、適度な筆圧でけっして破かない、

という、『ガリ切りの名人』は、どこでも大変に重宝された。  

 

 

 

 

 

『ロウ原紙』は戦前からあって、

この時代は半世紀以上続いたのだが

1970年代、この『原紙界』に革命が起きる。

 

『ボールペン原紙』の登場だ。

 

ボールペンでガリが切れる。

もう、ごく普通の100円ボールペンでいいわけです。

石版も要らない。

 

  

 

 

それだけなら、どうという事もなさそうなのだが

原紙が厚くなった。 

『そんな乱暴にしたら破けちゃう…』

という事がなくなった。 

 

 

分厚くなったことは、いくつかの利点をもたらした。

 

まず、用紙の大型化だ。

ロウ原紙の頃は、B5か、大きくてもB4。 

なぜか3昔くらい前まで、日本の出版物はB版だったのだ。 

これがA3になった。 

 

 

 

 

そして、この時、修正液も長足の進化を遂げる。 

 

なんと、字が直せるのだ。 

 

えーと、あの。

穴が塞がるようになったわけです。

 

これだって大変だ。

今までの薬瓶みたいな茶色から、

濃いマリンブルーになったその液体は、

ちゃんと穴を塞いで更にその上から字が書ける。

 

うん、修正液なら当然だよね。

 

 

 

 

更に『プリントゴッコ』がそうだったように、

写真を焼付けることも原理的には可能になった。

(もっとも、とんでもない光量が必要なので

素人には難しいが。)

 

 

 

しかし、イラストくらいなら描けるようになった。 

 

字を書くのも危うい、というロウ原紙の時代には

イラストなんか描けるのは、よほど

セクトのトップの愛人にしか許されなかったから、

大変な民主化である。

 

 

 

 

 

そしてさらに画期的なこと。

 

ボールペン原紙は

印刷機にかけることができた。

 

原紙の端っこにパンチ穴の開いた厚紙があって、

これをセットすると、

小型の輪転機にかけることができる。

分厚くなったことは、原紙の耐久性を飛躍させた。

 

今はどうか知らないが、新聞を刷るのと同じように

原版が回りながら印刷する輪転機の

小型版というのがある。

もちろん、大きさは1/10以下だが…。

 

元々の用途は、タイプの転写原紙

(そういうものがあった)

の印刷用だったらしいのだが

ボールペン原紙がこの規格にあわせたために

一気にガキどもが群がるようになった。

 

まるで、猿にマスを教えたようなものである。

 

 

 

今日の文章は、いつになく下品だわ…

 

 

 

 

 

 

今まで、「ガリ切り」のことばかり言って、

印刷のことを言ってこなかったが、

謄写版印刷というのは、じつは難しい。

 

特にロウ原紙は難しい。 

ローラーにペンキをつけてごしごしするのだが

強くすると、あふれてしまう。  

下手くそがやると、黒い縁がついた、

「不幸の手紙」のようなものを量産してしまう。 

 

 

かといって、力を加減すると写らない。 

 

ガリ切りを女の子がすることもあって

それはもう、女の子の原稿だから大切に扱うのだが

そういうガリは例外なく筆圧が低いので

とても刷りにくい。

 

だからといって、強くすると

なにぶんコンドームのごとく薄いので、

破けてしまって、

それが青春だよ。

 

 

徹夜明けの朝に、破れた原稿を見られて

『え、大丈夫って言ってたのに…』

なんていわれて、いろんなところが

固くなったりする。

 

 

 

 

従って、刷るのにも名人芸がいる。

しかし、いかに『ガリ切り』と、

『刷り』の名人がいても、

一分あたり10枚がせいぜい。 

それが、この輪転機を使うと

10倍くらいになった。

 

グーテンベルグもびっくりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『量が質を担保しない。』ということは毎朝、

読売新聞を開くたびに思い知るのだが、

たくさんの人に読んで欲しい、と思うのは

なにか文章を書く以上、みんなそうだと思う。

 

 

いまでも、『ボールペン原紙』というのはあると思う。

謄写版もあると思うし、

謄写版でボールペン原紙を刷ることも可能だ。

 

むしろ、小型輪転機を自由に扱えるガキの方が

珍しくて、勝手に生徒会室入り込んで、

輪転機と、わら半紙を使ってごめんなさい。

 

もう時効だから許してね。

 

 

 

うわあ、長くなったなあ。

本当は、『活字と私。』ということで更に、

和文タイプから活版印刷、そしてワープロまでの

個人的な歴史を書こうと思ったんだけど

疲れちゃった。

 

いずれまた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の一枚。』

 

 

 

 

 

 

ロウ原紙。

0000rougenshi 

 

 

この箱が懐かしい 

 

 

 

『ロウ原紙』で検索すると、ざくざく出てくる。

こんなものに郷愁を持つ人がいるらしい。

 

これが『ボールペン原紙』だと見事に出てこない。

今でも売っている会社はあるのだが、

数でいうと、ロウ原紙の圧勝。

 

 

みんな、苦労してこなかっただろう… 

 

しなくてもいいけど…

 

 

 

 

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もうひとつ印刷について書いています。

(グーテンベルグの日)

 

 

 

 

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コメント

すごく懐かしい。
ロウ原紙、お爺ちゃん先生が使ってた気がします。
クラスの文集は多分ボールペン原紙。
みんなの分をグルグル回る機械の前で刷った記憶も。
わら半紙も懐かしいです。半分に切るときに、折り目舐めてました。舐めすぎちゃう子が切ると、端がヨレヨレで。

投稿: あー | 2011年12月24日 (土) 11時51分

あーさん ありがとうございます。
学校の先生は、必ずやってました。
文集も原紙で刷ってました。
両面刷りができないから、
袋とじが多かったような気がします。
折るのはこどもの役目でしたね(笑
 
ロウ原紙の方が好きだ、というひとも
いるみたいです。
思い出を共有してくれてうれしいです。

投稿: natsu | 2011年12月25日 (日) 10時35分

年賀状を、ボールペン原紙と謄写版で作り、今出してきました。イラスト付きです。

何十年かぶりで、大変な苦労をしました。
でも、懐かしくて大変嬉しい体験でした。
この時代に謄写版で印刷できた事実が、青春のタイムマシン体験でした。

謄写版やインク、ボールペン原紙は数年前ヤフオクで買い求めたのですが、一部バネが動かず、今年やっと動かし方が分かり、遂に印刷までいきました。
でも、インクの乾いたハガキを重ねると黒い粉が隣のハガキに移るという大変な事態に。
諦められず、画家用の定着材を吹きつけ、それでも足りず透明アクリルを買い求め、上から筆で一枚ずつ塗るという、とんでもない大騒ぎになりました。
でも、やり遂げて満足な所にこのページを見つけました。私も概ね同年代の様ですね。

次、機会を見つけてロウ原紙でやりたいです。鉄板も、鉄筆もセリ落としました。
後は良い修正液があれば良いのですが、これがなかなか見つからない。

こちらの記事によると、ロウ原紙用で書き直しがうまく効く修正液はなかったみたいですね。
仕方ない。他の原紙に正しく書き尚したロウ原紙を一部ハサミで切り、細切りしたセロテープで貼り直す荒技。間違ったらこの手を使うしかないようです。

懐かしいお話を読ませていただき、ありがとうございました。

投稿: くらげ | 2015年12月17日 (木) 17時52分

くらげさん、ありがとうございます。
返事が遅れて申し訳ありません。

大変なご苦労をされたようですね。
修正液はあの時代、苦労しました。
はがきに印刷すると、粉が飛ぶんですね。
安い紙にしか刷っていなかったので
そういう記憶はないなあ。
謄写判まで買って、という情熱が素晴らしい。

これからもがんばってください。
この日記も、またのぞいてやってください。

投稿: natsu | 2016年1月 4日 (月) 06時53分

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