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2012年1月 6日 (金)

トゥーリアとディスコとバブルと私

1月5日は『トゥーリア・照明器具落下事故』の日。

(Wikipediaの記事へのリンク) 

 

 

 

 

 

 

1988年のこの日、六本木のディスコ、『トゥーリア』で

名物の昇降式ペンダント型巨大照明器具が落下し

3人が死亡、14人がけがをした。 

 

0000turia       

       

この照明が墜ちた。

そりゃ、死ぬわ。

 

 

 

 

 

1988年というと、バブルもディスコも絶頂に向けて

昇っているのか墜ちていくのか、

訳のわからない熱狂の中で踊っていた頃だ。 

 

 

 

死人が出ているので、ざまあみろとは言いにくい事故なんだが

あの時代はなんだったんだろう。 

 

しかし、笑わないで欲しいが、この時代

私ですら、『ぢすこ』に行ったことがある。 

 

『なんで金を払ってこんな拷問を受けないといけないのか』

と、正直思った。

 

 

 

変な時代だったなあ。

 

 

 

 

 

 

この事故のあとも、

ディスコでは単に『踊る』という機能だけではなく

VIPルームで酒飲みながらフロアを見下ろすのが偉いとか

ジュリアナのお立ち台でセンスを持って水芸するのが偉い

という変態じみたベクトルで、滅びの道を駆け抜けていく。

 

 

 

変な時代。

 

 

 

 

 

そもそも、この事故自体が不思議な話だった。

写真にある照明器具は重量1.8tもの巨大なものだが

アメリカ製で、舞台や映画でたくさん使われていて、

ホラ、ありがたりなさいよ、という触れ込みだった。 

 

事故が起こったとき、アメリカのバリライトの社員が

すっ飛んできたそうだが、調べてみたら全然偽物。

 

 

 

腹を抱えて帰ったそうである。

 

 

 

 

 

 

 

Wikiprdiaには、この事故の原因が

『設計上の想定頻度以上で動かしたのでモーターが壊れた』

とか、眠たいことを書いているが

こんな事、工学系の人間が書く文章なら許さない。

 

何トンの照明であっても、その安全をモーターの根性と頑張りに

頼っていたような書き方だ。

 

モーターが焼けようが、停電になろうが津波をかぶろうが

器具を支えるワイヤーは絶対にロックされる、という

当然のフェールセーフが出来ていなかっただけだ。

 

ふざけんな、馬鹿。

 

 

そんな『原因分析』じゃ死んだ人も浮かばれまい。 

 

 

 

 

 

 

 

バリライト社に鼻で笑われた、トゥーリアはこの事故を機に閉店。

運営していた丸晶興産という会社も、いまはない。

『レイトンハウス』というブランドでF1にも出ていたのだが、

これもない。

 

ザ・自業自得。

 

 

 

 

 

 

そもそも、いまや、ディスコというものがない。

 

いまの若い衆に

『最近の人もデスコでフィーバーするのかい?』

なんて聞いたら、笑われてしまう。

 

聞かないけど…

 

 

 

 

 

 

クラブ、というのだ。

平板口調でアクセントを『ブ』に置く。

 

ディスコと同じように、酒を飲んで曲とともに踊るのだが、

なんと、ディスコと違って終夜営業である。

 

ディスコは、ソープと同じく風営法に引っかかるので

夜12時に閉めないといけないが、クラブはそうではない。

 

そこは、のりピーがラリってDJをやっちゃうような

無法地帯なのだそうだ。

 

おおこわい。

 

 

 

 

 

 

 

 

まあ、ディスコでも、クラブでもいいけどね。

 

曲と一緒に踊りたいというのは、

村祭りの盆踊りの頃から同じだ。 

 

若い衆は、目をつけていた娘とともに

繁みの中に消えていく、というところまで同じ。

 

 

 

 

 

しかし、バブルをリアルタイムで知っているというのは

おそらく幸福な体験ではないのだろう。

 

私自身は『バブル世代』よりも年上だし、何しろこんな性格だから

そこに入って泡まみれ、ということにはならなかったんだけど

曲を聴いて踊るのが楽しい、って気持ちは、わからなくもない。

 

酒とクスリが入って音楽と一緒に踊れば、

ナンパの一つもしたくなるだろう。

 

 

 

 

 

でも、もちろん今更クラブなんか行かない。

というか、入れてもくれないだろう。

 

昔のディスコでも、入口で『黒服』のチェックを受けて合格しないと

入店さえさせてもらえなかった。

 

トューリアというのは、そういう『高級ディスコ』だった。

 

 

 

 

 

 

どんな商売も、ある程度普及すると『差別化』という事をする。

 

ガキの頃なじみだった八百屋が

久しぶりに帰省してみたら息子が継いでいて

有機野菜とフレッシュハーブばっかり売っていて、

『あたしってば「おうちカフェ」みたいな生活をするの。』なんて、

『てめえの脳みそに虫がわいてんじゃねえのか?』

という変に気取ったおばさんを集めたりするようなものだ。

 

ビジネス用語でいうと

『クラスファイされたカスタマーをディファレンシエーションする』

というのだそうで、うるせえよ。

 

 

 

こんな文章を書いてるから社会的な成功はないのだなと思うと、ちょっと切ない。

 

 

 

 

 

従って、ディスコでもクラブでも、世代やファッションで

客を選ぶようになる。 

 

 

クラスの班分けで

『お前。入れてやんねえよ。』というガキのいじめと同じだ。 

  

余計腹立つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、結局 今日の結論は一体何だ?というと、

『私はディスコが大嫌いだ。』ということ。

 

ついでに、バブルも嫌いだ。

変な時代だったよ。あれは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の一枚。』

 

 

 

 

 

 

 

『ディスコ』という言葉が一般的になったのは

この映画からではなかろうか。

 

0000suterday_nighit_feaver_3     

 

 

1977年の映画だそうです。

そうか、そんなになるのか。

 

 

 

 

 

 

もう35年も前だってさ。

そんな昔に、千葉の街にこんな変な人はいなかった。

たぶん、ニューヨークにもいなかったと思う。

 

いま、こんな人がいても、それはそれで変な人だけど。

 

 

 

 

 

そして、その時代にみんながどんな曲で踊っていたか、というと

たとえば、こんな曲だ。 

 

    

 

 

うわあ、こんなかったるい曲だったっけ。

 

 

いや、70年代のディスコってのは行ったことはないけど、

この曲は名曲だ。

 

でも、こんな曲でよく踊れるな…

 

 

 

 

 

 

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この記事は予約投稿です。

例によってご挨拶が遅れてすいません。

 

 

 

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