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2012年3月15日 (木)

フランスの原発依存率は何故高いのか? -3-

『フランスの原発依存率が3/4以上もあるのはどうしてだ?』

という話、第3回。 







 0000_denki2008     
フランスは3/4以上が原発なんだ…
 

(クリックで大きくなるよ。)




    

 

 

 

     

たぶん、この回が最後になると思います。

 

 

 

 

 

  

3回も引っ張るつもりはなかったんだけど、

金も入らない文章なのに、

あちこちの統計を調べたりして結構大変なのである。









とっとと結論に行きましょう。 

    

 

 

 

 

 

 

 

   
 

戦後のフランスは、

『世界から孤立して安全保障を図る。』

という決断をとった、ということだと思う。

 

 

 

     

フランスでは、石炭も石油も天然ガスも取れない。

ウランもそれほどとれる訳じゃないんだけど、

政治で左右される石油と比べれば、遙かにいい。

 

 

 
 

フランスは、フクシマの時に唐突に日本のテレビに出てきた

アレヴァ社を国策企業として育てて、

地球上のウランを集める体制を作った。

               
    

しかし、そこまで『独自』である理由はなんだったのか?

そこに、フランスの原発依存率が高い理由がある。 

 

  

そして、誰から『独立』したかったのか?

    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     

話は、第二次大戦にさかのぼる。

第二次大戦でのフランスは、実にあっさり負けた。

国民はもとより、フランス軍や政府の中枢の当事者が

びっくりするくらいあっさりと負けた。
    

 

      
 

イギリスとの打ち合わせのために、

ド・ゴール少将をロンドンに遣わすのだが、

彼が『さて。』と腰を上げたところで本国が負けた。

 

 

 

 

 
 

負けただけじゃなく、ヴィシーという田舎町に引き込んで

植民地の管理だけする、という。

         
 

ド・ゴールは誇り高い男であった。

彼は激怒した。

         
     
   

00000_de_gaulle_2

ド・ゴールのドってのは

貴族の印。

フォンならブラウン

ファンならメ-ヘレン



 

         

        

『俺がフランスを救う。』と亡命する。

              
       
     


亡命政府を名乗るのは、さすがに正当性がないので

『自由フランス軍』なる組織を作って

全世界のフランス植民地に『俺と戦わないか?』と

呼びかけて、実際にナチスと戦った。

 
        

     
       
ただし、呼応したのは西アフリカの植民地だけ。

彼の『自由フランス軍』に呼応した中には、

フランス人だけではなく、植民地の現地人もいた。

 

 

 

 

 

          

戦後のヨーロッパの凋落を恐れた

チャーチルは面白がって応援したが、

ルーズベルトは、ド・ゴールを嫌い

ノルマンジー上陸作戦から彼の『自由フランス軍』を

仲間はずれにしようとした。

         

激怒したド・ゴールは『パリ解放』の際に

連合軍の指揮官であるアイゼンハワーに無断で進軍する。 

結果オーライだったがアイゼンハワーにも嫌われた。

 
       
       

とにかく、ド・ゴールはアメリカが大嫌いになった。

 

 

 

 
       
    

    
    
      
    
    

一国の戦略、政策の起源を個人の個性や恨みつらみに

帰してしまうことは結論を小さくしてしまう。

                                  
        
                 
でも、フランスの戦後史は、この人とゴーリストと呼ばれる

彼の信奉者の個性を無視すると、

個人的にはもう、訳がわからないのだ。

(ゴーリストとは、ド・ゴール主義者のこと。

「東大一直線」のへたくそな漫画家とは関係はない。)

    
     
       

 

 

 

 

 

         
    
     

    
     
    
    
    
    
 

戦争が終わってもフランスは大変であった。

なにしろ本土が戦場になったのだ。

 
          

           
      

ナチスの進入から追い出しまで、

激戦の最前線が国土を往復した。


     
      

      
      
    

本国は疲弊し尽くしている。

そして、かつてイギリスと覇権を競いながら拡げた

世界各地のフランス植民地も大変だった。

 
       
     

『自由フランス軍』に参加したのは地理的に近い

西アフリカの地域だけでしかない。 

ほかの地域は、応援したくとも輸送手段を持たない。 

                               
      

ベトナム、カンボジア、ラオスのように

日本が占領した上で独立させてしまった地域もあった。

 

 

 

       

          
     
      

        
戦後
のフランスは、『植民地帝国』の崩壊を防ぐために戦う。 

            
        

        
インドシナ紛争、スエズ動乱、アルジェリア戦争。

『帝国の崩壊』を防ぐ戦いは20年に及ぶが

        
結果として、

フランスはそのすべてに敗れる。
     
    
       
     
       
     
       
   

 

 

インドネシア紛争とは、ベトナム戦争の第一段階。 

アルジェリア戦争というのは、地中海を挟んで

フランスの対岸にあるアルジェリアの独立を巡る戦争。

 

 

 

 

        
     
       

       
    
      

そして、

植民地帝国としての英仏の敗北を決定づけたのがスエズ動乱。

 

 

 
       

      
     
       
スエズ動乱、というのは

スエズ運河を巡るエジプトとの紛争。

   

     
     
      
スエズ運河を掘ったのはフランス人、レセップス。

イギリスはエジプト王をだまくらかして

残りの半分の権利を奪う。
               

          

       
       
運河と、その両側の『運河地帯』は99年の期限で

エジプトから借りているのだが、それが1968年に切れる。

       
       
        
エジプト大統領、ナセルが『そろそろ打ち合わせをしようぜ。』

言い出しても、英仏は『租借期限を延長しようよ。』

動かない。

 

 

 

ナセルも短気な男で、

エジプト本国で、政変が起きると

イギリスを牽制するためにソ連に接近した。

         

怒ったイギリスは、アスワンハイダムへの

援助を取りやめてしまった。

 

 

 

激怒したナセルは1956年7月に

『スエズ運河国有化』を宣言して接収してしまう。  
                
           

英仏も激怒して、何とか取り戻そうとするのだが、

まさか19世紀じゃあるまいし、直接軍隊を出すのはまずい。
            

 

                  

そこで、イスラエルをそそのかしてエジプトに戦争を仕掛けた。
       

だから、この動乱のことを『第二次中東戦争』ともいう。

英仏も海空から参戦した。 

 

                   
    

     
     
     
     
     
中東戦争というのは大きなものだけで4回あるのだが、

軍事的にはすべてイスラエルの勝ち。

       
この時も勝ち進んで、イスラエル軍は運河地帯の手前まで行く。 

 

           

    
    
    
     
ここで英仏が、

『まあまあ、イスラエルさんもエジプトさんもお待ちなさい』

と仲裁のふりをした勧告をする。
              

            
『運河から離れなさい。

そこに国際監視団という名前の英仏軍が入る。』と。
     
     

    
             

 

 

 

 

             
     

     
ナセルは拒絶した。
       
      

      
      
       
            

 

 

 

              
そこでイギリスは、運河の出口であるポートサイドに

空挺部隊を投入する。

 

      
根性だけで支えていたエジプト軍は総崩れになるのだが

ここまでの事態の推移にアイゼンハワーが激怒した。

 

 

 

      
       

      
      
どうも怒りっぽい人が多くて困るが

アメリカはこの戦争について、英仏イスラエルのどの国からも

説明を受けていなかった、という。

 

                 
       
      
       
イスラエル建国で、

ただでさえアラブ人の反米感情が強まっている。

ソ連が中東に影響力を持ったらどうなる。

1956年は俺の大統領選挙だぞ。と
      
       

 

 

 

 

          
しゅんとなった英仏はスエズから撤退。

スエズ運河はめでたくエジプトのものとなって、

ナセルはエジプトはもとより

第三世界のヒーローになった。
       
      
       

                           

政治的に敗北したイギリスでは内閣が吹っ飛んだ。

フランスは同じ年にアルジェリアでもえらい騒ぎが起きていて

収拾がつかなくなった。 
       

 

 

 

                    
    
      

この時ド・ゴールは政治の中枢にいなかった。

政変で引退していたのだが、この動乱の敗北と

アルジェリア戦争の激化によって担ぎ出され、この年に首相。
         

さらに憲法を改正して大統領権限を強化。

現在まで続く第五共和制の最初の大統領になった。

      
      
  
       
       
       

 

 

 

 

 

          
      
       
       
       
      

一連の戦いの経験から、ド・ゴールは

『独自の安全保障』を目指す。
             

 

               
      
      
        
       

具体的にいうとアメリカに頼らない。

ヨーロッパにも頼らない。

この人とその一派はNATOの前身EDCの構想をつぶしている。

      

 

 

 

 

    
       
       

そして重視したのが、『独自の核戦力の保有。』


           

 

 

            
      
     
     

     
     
     
       
フランスの原子力開発は早くて、

1952年に最初の原子炉が完成していて、

日本より10年以上早い。

             
            

           

     
       
さすがに自力での核兵器開発はためらっていたのだが、

スエズ動乱で、自分達がはっきりと

アメリカの風下にいることを自覚して

開発を加速させる。
       
       
       
       
     
               

 

                     
      
       
         
最初の原爆実験は1960年。

              

まだフランス領だったアルジェリアのサハラ砂漠で行われた。

独立を巡る内戦中の国で核実験をやる、というのは

恫喝でしかないと思う。
         

 

 

 

 

 

         
   
     

   
    
      
    
その一方、冷戦の深刻化を口実にアメリカは

ヨーロッパへの関与を強める。
        

1958年には『中距離核ミサイルのジュピターを置かせてくれ』

とNATO加盟国に打診する。

 
       
     

      
トルコなどは受け入れて、

これがキューバ危機の遠因になったりするのだが

フランスは、『置かせてやってもいいけど何くれる?』

と訊いた。  

       

 

 

         

     
『原子力潜水艦をくれてやる』とアメリカが言うとド・ゴールは

『ジュピターミサイルの「核のボタン」も欲しいなあ』と答えた。
                  
            

               
      
         
つまり、核戦争開始の権限をくれ、と。
       
     
         

         

『それは嫌だ。』と拒絶したら、あれこれ揉め事があって、

1966年にフランスはNATOの軍事機構から脱退。 

フランスがNATOに完全復帰したのはつい最近で2009年。
           

 

 

          
      
     
    
     
      
     
つまり40年以上、

独力で自国の防衛をやっていた。
    
   
     
             

 

 

                
      
外国軍に駐留してもらって、

しかもその基地をどこに置くかで右往左往している

どこかの国とは大違いである。 

      
それがいいことなのかどうかは別の問題だけど。

 

 

 

 

 

            
    

     
      
アルジェリアで原爆実験を行ったフランスは

アルジェリアが独立しちゃうと、南太平洋の

ムルロワ環礁で200回以上の核実験を行う。




       
いまやフランスは、

米ロに次ぐ世界第三位の核兵器大国である。
          

 

                 

     
      
     
フランスは、原子力空母を持っていて、

潜水艦ならともかく原子力空母というのは、

アメリカ以外ロシアもイギリスも、そのほか一切持っていない。

 

             
     

       
そして、その艦名は、『シャルル・ド・ゴール』という。

 

300pxcharles_de_gaulle_r91_underway      

 

     

ふっふっふ
        

 

 

 

             
   
         
ド・ゴールが、

アメリカに喧嘩を売ってまで手に入れた『核のスイッチ』は、

フランス大統領官邸であるエリゼ宮の地下深く

『ジュピター』と呼ばれる部屋にある…
       
      
       
       
       
       
 

 

 

            

なんだか、出来すぎた三題噺のようだ。

 

 

 

 

 

私が書くと核問題もバナナのたたき売りの台詞みたいになるな。

         

 

 

 

 

 

 

               
ともかくフランスは、独自の安全保障を求めた。
         

 

 

            

核兵器の独自開発もそうだが

原子力発電の推進も、

同じ発想のもとにある。
               

 

 

 

            

フランス本国であんまりウランが採れないことは

前回書いたとおりだが、

それならば、とアレヴァ社を育てて

世界中のウラン鉱山の権利を買った。




したたかだ。

 

 

               
         

日本のように輸入原油やLPGによる

火力に頼っていたら

イランが戦争を起こしたら一巻の終わりである。



実際フランスは、産油国が一方的に原油価格の値上げを

通告した第一次石油ショックの混乱以降、安全保障の意味から、

原発依存率を、こうやって非常識な水準にまで高めていく。

 

        

したたかである。
            

 

 

 

 

          

そして原発を持っているということは

核兵器の材料を自前で調達できる、

ということでもある。
          

 

 

         

したたかだなあ。
          

 

 

 

 

 

 

 

          
と、ここまでが私なりに解釈した

『フランスにやたらと原発が多い理由。』である。
           

           

足りない点や誤りがたくさんあると思います。

ご指摘をいただけたらありがたいです。
          

 

 

 

 

 

            
では、次回

『それなら日本はどうなんだ?

核兵器を持たないくせにこんなに原発を持っている国は

今のところ日本だけだぞ。』

で、お会いしましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日のムルロア環礁。』

 

 

 

   
         

 

0000_murroa_2  
















1971年、 大気圏内での核実験を禁じた

部分的核実験禁止条約に参加していなかったフランスが

ムルロア環礁で行った核実験のもの、とされる写真。





ここに限らず、米英仏はビキニ環礁などの南太平洋で

計算する気も起きないけど、

おそらく広島原爆数千発に相当する核実験を行っている。





『自然に存在する放射性物質』の大半が

この時代に、米ソ英仏中といった連中がおこなった

核実験で撒き散らかされていることを忘れてはいけない。





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ちなみに余談だが、ムルロア環礁は
東半球のフランス植民地としては珍しく

ド・ゴールの『自由フランス軍』に参加している。

実際の軍事行動はなにもしていない。

何か生意気なことをしたら、日本海軍がひねり潰していたからである。

 

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コメント

「金も入らない文章」に、毎回まいかいよくもまあ調べたものです。
ほんと、感心しながら読んでおりまっす。(拍手)

投稿: shiozy | 2012年3月16日 (金) 13時44分

いや~へたな歴史の教科書より、よほど勉強になります。ありがとうございます。
別のSNSで、津波を警戒して原発の電源を高所に分散配置するに否を唱える方がいらっしゃいました。高所に配置すると弾道弾ミサイル攻撃を受けたら、原発は原子力爆弾と同じになるというわけで……。なんだか頭がこんがらがってきたのですが。アメリカの力を借りるわけにいかない今後、日本はどのように自国を防衛すればいいのでしょうね。

投稿: fullpot | 2012年3月18日 (日) 21時22分

shiozyさん ありがとうございます。
返事が遅くなってすみません。
下調べは、それなりに面白いです。
Wikipediaを信じない、
ということだけでも価値があります。
 
また読んでください。
 
  
fullpotさん ありがとうございます。
返事が遅れてすみません。
 
原発にミサイルが墜ちても核爆発はしません。
そういう意味では原爆ではないです。
核物質が撒き散らかされる、という意味なら
それは正しいです。
大気圏内での核実験がおこなわれていない
現在、重大な脅威になります。
 
地下深くに原子炉を作っている国もあるので
そういう話は荒唐無稽と言い切れない
のですが、せめて正しく怯えましょう。
 
繰り返し言うけど、
ミサイルで核爆発は起きません。

投稿: natsu | 2012年3月21日 (水) 10時20分

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