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2012年5月22日 (火)

八つ墓村の日

5月21日は『津山30人殺しの日。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1938年(昭和13年)のこの日、

岡山県苫田郡(現在の津山市加茂町。)で

当時21歳の都井睦男なる人物が猟銃・なた・日本刀で

30人を殺害、重軽傷者3名を出す、という

個人としては、日本犯罪史上空前の大量殺人を犯す。

 

 

 

 

 

映画、『八つ墓村』のモデルである。

 

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山崎努はともかく、はちまきに懐中電灯をさして

彼が近隣の村を襲ったのは午前1時半。

 

 

まず、養育してくれていた祖母のクビを切り飛ばし、

それから、夜明けに欠けて30人以上を襲い、

ほぼ、全員即死、というすさまじ犯罪をやってのける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この兄ちゃんは結核で、

徴兵検査で丙種(事実上不合格)になり

いまで言うヒッキーになるのだが、

家にそこそこ財産があったために働かなくても良かった。

  

 

ニートともいえるのだが、今日のニートと違うところは、

こいつは夜這いを繰り返していたのである。

ニート=童貞と思ったら大間違いである。

 

 

地主の息子でも金持ちでも

亭主持ちが夜這いを受け入れるか?と思うのだが、

戦前の岡山は、そういうところはいい加減だったらしくて、

このニートと関係を結んでいた女は

たかが200戸の集落の中で10人前後もいた。

  

もちろん、大いに噂になった。

田舎とは恐ろしいのである。

 

 

 

 

 

この殺人は、そういう事への恨みや田舎であるが故の

うわさ話のうるささに耐えかねてのことだったらしい。

 

 

一応遺言状が残っていって、

『僕はこどもの頃から賢くていい子だったのに、

肺病になって、20歳以上の西田某に童貞を奪われて、

あれこれうわさ話をされて、くそ田舎だから、

みんなが俺を見るよう。あああ、もう俺はだめだああ。』

  

と、この人は精神の平衡を失っていたのだなと思うのだが

人物関係を立体的に考える気力が起きないくらい

くだらない遺書だ。

 

 

 

 

しかし、このくらいで人は死ぬのだ。

しかも、何人かうち漏らした奴がいるらしい。

  

村人が気づき始めると林に入り、

その場でもう一通の遺書をしたため、

ブローニング猟銃を胸に当てて自殺した。

       

時刻は朝の5時。

その兇行時間は、たったの三時間半である。

 

 

  

 

それで、30人…   

 

(遺書全文が載っています。 無限回廊 津山30人殺し)

 

 

 

 

 

 

この事件は胸焼けがするな。   

八つ墓村って、こんな映画だったっけ。

 

 

大体書いても途中で飽きちゃって公開しない文章、

というのが結構ある。

それだけ厳選してこの程度かよ?

といわれると、ちょっと電信柱の影で

小石をけりに行きたくなるがまあ、この殺人事件はもういいや。

飽きちゃった。

 

 

 

 

 

 

『八つ墓村』の舞台になっている

石垣の家は『広兼邸』といって、実在の家である。 

 

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実際に上に上がってみるとそれほどの豪邸ではないのだが

山の中にあることを考えたら、

井戸を掘るだけでもとんでもない財力である。

      

天守閣でも建てられそうな石垣といい

なんでこんな立派な家が建ったか、というと

鉱山の持ち主だったのだ。

 

 

この家は、同じ岡山でもずっと西側の吹屋というところにある。

 

 

吹屋はかつて日本一の銅の産地で

副産物であるベンガラ(酸化第二銅)で

真っ赤に染め上げられている街として有名だ。

 

 

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朱くても

色街ではない。

 

 

 

 

いやまあ、色街の機能もあったと思うのだが、

吹屋というのは小さな街だ。

   

尾根筋の300mほどが街なだけ。

 

 

春をひさぐ一角もあったはずだが、

それよりも誇り高く金持ちで、

ここを基盤にした商店は後に住友財閥を作る。

 

 

 

    

 

ベンガラは、装飾だけではなく、木材の腐敗防止

金属のさび止め、陶器や絵画の絵付けの染料、と

それだけで多様な用途があり、吹屋は豊かな街であった。

    

高々とした広兼邸は、その象徴だったらしい。

しかし、足許には観光バスが10台も停まれるような平地があるのに

高々と20mも築きあげた石垣の上の家は

それほど広くない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まさにこの事件のロケ地として適当であった、か?

     

そこまで考えてなかったか?

 

 

 

 

 

    

ただし、この街は銅の産地として明治時代まで大いに栄え、

街の規模としては過分な小学校を建てた。 

  

 

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かっこいい

 

 

 

    

さすがに人口が減って今年閉校されてしまった。

まだ学校をやっている時代に何度か訪れたことがあるのだが

平然と玄関まで行けたのは、平和だったからかか?田舎だからか?

あふれ出る、品格の故か?

 

 

 

リニューアル工事をした上で2018年に郷土資料館として

再オ-プンするそうなので、是非行きたい。

 

 

  

吹屋についてはいくらでも書けるなあ。

いずれ、稿を改めてまた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の八つ墓村。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

映画『八つ墓村』予告編

 

 

寅さん以外の渥美清は新鮮だ。

 

 

 

 

 

 

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コメント

広兼亭行かれたのですね。吹屋て日本の美観地区に指定されたそうですがそんな感じの場所でしたか。

投稿: うぼで | 2015年1月28日 (水) 22時32分

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