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2012年6月19日 (火)

ワーテルローの日

6月18日は『ワーテルローの戦いの日。』

(Wikipediaの記事へのリンク)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かつて、ナポレオンというおっさんがいた。

ちびだ。

それはともかくこのちびはフランス革命の時には

共和派でパリの反乱を鎮圧したりして頭角を表す。

   

さらに、フランス革命というのは諸外国の王様から見たら

面白くはなく、散々な介入を受ける。

 

ナポレオンはこれに対して『革命軍』を率いて

ヨーロッパを席巻。

ついには皇帝にまで昇り詰める。

 

革命軍が皇帝?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナポレオンのフランスは、大陸ヨーロッパを制覇する。

これはフランス人にとっては栄光の記憶で

後にナポレオン3世とか勘違いした人を生み出す。

 

 

ヨーロッパを制覇したフランスだが

海ではネルソン提督率いるイギリスに勝てず

『イギリスと仲良くしたらシカトな。』

という『大陸封鎖令』なるものを出す。

ところがロシアが言う事を聞かない。

 

 

ロシアを海上封鎖しようと思ったら

デンマーク海峡とボスポラス海峡をふさげばいいはずだが

その程度の力もなかったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結果として、ナポレオンは

海峡封鎖よりもはるかにエネルギーがかかる

『ロシア遠征』に乗り出した。

 

60万人で始まったこの征伐戦は

『雪が降って寒い』という理由だけで

ほとんど実戦がないまま撤退。

5000人しか残らなかった。 

 

 

 

 

 

弱りきったナポレオンは、ライプツィヒの戦いで敗北して退位。

エルベ島に流された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

ところが跡を継いだルイ18世というのが人気がない。

ギロチンにかけられたルイ16世の弟で

マリーアントワネットの義弟なのだが人気がない。

 

この王様の大臣にタレイランという人がいて

世界中の外交官が憧れる嘘つきだ。

 

なにしろ貴族出身のくせに

フランス革命が起きると共和派に参加。

ナポレオンとともに統領政府を作る。

 

そのくせ

『フランス革命以前に生きたことのない人に、

人生の甘美さはわからぬ。 』と言い切ってしまう。

アンシャン・レジーム(旧体制)の信奉者で

ゴリゴリの身分差別主義者だった。

 

その後ナポレオンと離れて、ロシア戦での敗退後の

ルイ18世のフランスで外務大臣になって

ウィーン会議を仕切ったりするが

このおっさんは

主君であるルイ18世の悪口を

書き倒している。

 

 

 

いわく

『…極め付きの嘘つき。…』

『…私が彼にに見たものは、

エゴイズム、鈍感、享楽家、恩知らず…』

 

 

 

いやしくも『主君』に対していうセリフじゃない。

言われる主君にも問題があったんだろうが

タレイランという男は、美酒美食に関しては

世界一の伊達男、なのだそうである。

 

 

外交官なんて、人間のクズだよな…

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

とにかくそんな部下にしか恵まれなかったルイ18世の

悪評はエルベ島にまで届いた。

 

まだナポレオンは45歳。

『よっしゃー』と海を渡ったら、

逮捕に来たはずの『ルイ18世の兵隊』が続々と軍勢に加わる。

あっさりパリに入城して、ルイは逃亡。

 

 

驚いた外国軍が起こしたのがワーテルローの戦い。

英蘭普10万人がベルギーのワーテルローに向かった。

 

 

 

 

 

ナポレオンの恐ろしいところはカリスマ性で

エルベ島の脱出が2月末だったのに

6月のワーテルローで72000人の軍隊を揃えている。

 

しかし、さすがに準備不足で、

彼の主力軍は決戦場で機動軍と連絡が取れなくなり

『グルーシー将軍はどこに行った。』というセリフを

残して敗退する。

 

 

 

最期は、セント・ヘレナ島でヒ素を盛られて死んだ。

52歳。

 

 

 

まあ、痛快な52歳かなという気はする。

こんな『人生50年』なら、羨ましい気もする。

 

ただ、フランス国民にとって迷惑だったことは間違いない。

この人が皇帝として政権にいたのはたったの11年なのだが

その間のフランスの戦死者は80万人もいる。

 

19世紀初めのフランスの人口が

2750万人だった時代だ。

まあ、迷惑だよな。

  

  

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の一枚。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベートーベン、「交響曲第3番 英雄」の表紙。

Eroica_beethoven_title

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

平民出身のベートーベンは、ナポレオンを

アンシャン・レジームからの解放者として期待した。

 

 

彼のために作ったのが交響曲第3番 英雄。

 

 

ところが完成直後にナポレオンが皇帝に戴冠した

というニュースが伝わって、

『あの男も俗物だったか。』と表紙を破り捨てた。

とされているのだが、ちゃんと表紙は残っている。

 

 

Sinfonia eroicaと書いたあとに本来は

『偉大なボナパルトのために』と

書いてあったらしいのだが、

ご覧のようにグリグリと消されている。

 

腹が立ったらしい。

 

 

 

まあね。

 

 

 

 

 

  

 

せっかくなので、交響曲第3番第1楽章も貼っときましょう。

 

クラシックって飽きるわあー 

 

 

 

 

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コメント

勉強になりました!
ワーテルローで携帯があれば、グルーシー将軍も見つかったのに。
フランス前大統領のサルコジは、ナポレオンの再来と言われ、色々な意味でナポレオンと比較されましたが、大いに期待外れに終わり、歴史に足跡を残すこともなさそうです。
今後汚職問題で起訴→有罪判決を受ければ、悪い意味で足跡は残せるかもしれないけれど(笑)
結局共通点といえば、チビだったことだけ。

投稿: タヌ子 | 2012年6月19日 (火) 07時29分

たぶん第4楽章だったら、飽きないような気がします ♪

シャンベルタンの好きなナポレオンが持って行った
1912年物、オークションで安マンションが買えるような金額で
落札した時、話題になりましたね

すごすごと負けて帰ったおかげで、飲まれずに
済んだようです
きっとチャイコフスキーはそれを嘲笑したかったのでしょう
寒さ対策と冬用タイヤは必需品ですね

投稿: FREUDE | 2012年6月19日 (火) 23時27分

タヌ子さん ありがとうございます。
サルコジさんはそういう評価なんですか?
シークレットブーツを履いていたり、
縁談のしたに踏み台を置いていた
という話は聞きましたが・・・
ナポレオンはイラチだったらしいので
『圏外』とか出たら
ブチ切れていたかもしれません。
 
FREUDEさん ありがとうございます。
クラシックって、
集中して聞くもんじゃないのかも
しれません。
はー、そんな高い酒を持って戦争ですか。
まあ、ある意味羨ましいかな。
そういえばチャイコフスキーの
大序曲1812年は名曲ですね。

投稿: natsu | 2012年6月20日 (水) 23時33分

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