« アパッチ族の日 | トップページ | ワーテルローの日 »

2012年6月18日 (月)

ゴー・ストップ事件の日

6月17日は『ゴー・ストップ事件の日。』

(wikipediaの記事へのリンク)

 

 

 

 

 

 

 

 

なんのこっちゃというと

『ゴー・ストップ』というのは戦前で一般的だった

「交通整理のおまわりさん」のこと。

信号が少なく故障や停電が多かった時代では

普通の光景だった。

 

 

昭和8年のこの日、大阪市内、天六の交差点を

『公務ではなく』歩いていた一等兵が交通法規に違反した。

これに気づいた巡査が注意したところ、この兵隊は激昂。

  

複数のコメントが、『制服を着ていたにもかかわらず酔っ払っていた。

コイツは交通違反の常習者だった。』

ということを書いているのだが、このクソくだらない事件は

中村一等兵が軍装であったことでややこしくなった。

 

 

 

 

軍服を着ている以上軍人で、

『陛下の赤子である』と。

つまりMPである憲兵と上官には従うが

警官など知らん、と。

  

警官だって、「陛下の部下」なので、

これがのちのち大事件になるのだが

昭和8年当時は、

一等兵程度でもこんな思い上がりを持っていたらしい。

 

『帝国軍人は警官に従わなくてもいいんだ、馬鹿野郎。』と

大立ち回りをしたことで収拾がつかなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当時の警察は、今日とは違って

全国一律に内務省の管轄。

  

日本のKGB。内務省の解体は陸軍の悲願だったから

このつまんない事件は陸軍中央に使われた形跡が大きい。

結局、この事件は半年に渡る大騒ぎになる

ただ、陸軍もこの一等兵を救うつもりがあったのか疑問で

この年の11月にこの馬鹿は満期除隊になっている。

         

除隊なら民間人だよな。それなら逮捕してやらあ、

と大阪の警察が息巻いたために、

この事件は素敵に長引く。

 

 

 

 

 

結局この事件は、なんと昭和天皇が仲介して

兵庫県知事立会の元、

当事者の巡査と一等兵が握手して終わった。

 

 

もちろんそれ以外にも連隊長と警察署長と

府知事と師団長が、それぞれがそれぞれを訪れて

謝って、あー馬鹿らしい。

  

 

 

 

 

 

 

ただしこの事件以降、日本では

軍人は制服着用の場合一般犯罪を犯しても

憲兵にしか拘束されることはなくなる。

  

ついでに、当時の大阪の曽根崎警察署長は

心労のあまり死んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『させこっ。あんなスキャンダルを起こしやがって。』

  

『はいっ。サーセンっ。』

        

『お前はしばらく、博多に行ってもらうっ。』

  

『はいっ。』

 

 

 

 

 

 

 

『ちょっと待ったあー。』

  

『あんたら、九州馬鹿にしとると?』

 

 

 

(怒られたので以下自粛)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では。『今日の一枚。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Baka    

 

       

握手する中村一等兵(左)と

戸田巡査(右)

 

 

 

 

       

 

戦後になり中村政一は次のように語った(『証言・私の昭和史』2文春文庫)。

 あのときは丹波の篠山で演習を済ませて外泊もろたわけでんな。そいで親のうち(東淀川区小松町)にいんで、天六に帰ってきて、長いこと電車待ってましたんやけど、こんもんやさかい、ひょいと都島の方を向いたら電車きたんですねん。ほんで歩道を回ってね、ずうっと渡ったらええやつを、一〇間あまりはすかいに車道へ降りたわけだんな。それが結局、巡査にしたら腹が立って、エリ首ギャッとつかんで押すようにするわけだんな。ほいでやっぱり兵隊が盗人みたいにされたらかっこう悪いさかいに「離せ、逃げんさかいに離してくれ」というたんやけど離さへん。そいでそのまま交番所へいったわげだんな。
 中でしぱらくいい合いましたけど、「憲兵だけのことしか聞かん」とか、そんなこというたような覚えはないしな。今になったらなんやわからん。向こうにしたら抵抗したとか、どづいたとかいうてますけど、こっちはどづかれたから受身にはいったわけだんねん。結局、どづかれ損ちゅうことやから、そこにええところがあるちゅうて、連隊長なんかが警察に抗議したわけだんねん。

中西(旧姓戸田)忠夫は次のように語った)

 私は従来、梅田の阪急前で勤務なんですが、天六交差点に立つ係の方がたまたま病気で休まれた関係上、私があの日天六へいったわけなんです。ところが一一時半ごろ、通行していた方が「も,しもしお巡りさん」とおっしゃるんですよ。これ巡査さん、兵隊さんがあんなとこ歩いてきてあぷないじゃないか」とおっしゃるんで、ほっと振りむいたところが中村さんやったわけなんです。
 であるから、メガホンで「歩道へ上がってくれ」と数回に及んで注意したところが、やっぱり当時の軍隊意識といいましょうか、もう平気なもんですねえ。であるから、兵隊さんといえども交通規則は守っでもらわなきゃ困る。一般の市民に対して示しがつかんからと頼んだわけです。
 ところが、中村さんは「俺は憲兵のいうことは聞くが、警察のことなんかなに関係あるんや」と、こういうようなことなんですね。乱闘などは絶対ありえないんですよ。相手が五の力を出せば、私が六の力を出さなんだら、相手方を連行することはできないんですわ。乱闘というようなことは報道陣の付け加えなんですね。
 私も実際あれについては、未だにどうなっておるのか、実に不可解でかないませんがな。上層部においてですね、いろいろお考えになることであって、われわれ下級の者がですね、そげなことをどうだこうだと、あえて考える必要はないんだということになってしまったわけなんですね、これは・・・。

       

 

随分文章を脚色しているな。

兵隊がこんなに馬鹿だとも思わないが、

たかが巡査がこんなにかしこげにしゃべるとも思えない。

  

 

履歴は敢えて書かないが

ここまでの差はないように思う。

(検索すると差別用語がザクザク出てくるのでどうぞ。)

 

 

 

 

 

 

 

にほんブログ村 その他日記ブログへ

 

 

なんで最後に敵を作るんだろう、というと

そこはほら。

うーん…

 

 

 

|

« アパッチ族の日 | トップページ | ワーテルローの日 »

おこられませんように」カテゴリの記事

コメント

ビールの泡が有罪か最高裁で争うことと
同じくらいに、バカバカしい茶番ですね

中学生の頃、校区外外出時は制服着用義務でしたが
こういう意味があったのですね

ちなみに播州地方の方言、韓国語の「けんちゃなよ」、
「べっ○ょない」を仙台でお使いになりませんように…

投稿: FREUDE | 2012年6月18日 (月) 22時39分

FREUDEさんありがとうございます。
確かに学生の頃は
『制服は刻印だ。』と
息巻いていた奴がいましたが
権利の証明でもあったわけですね。
 
『ぼぼ』の件はこっぴどく怒られたので
削除しました。
だけど九州の人は怒ってないんでしょうか?
『なんだよー。ま○こさしこ…』って。

投稿: natsu | 2012年6月19日 (火) 18時14分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/453502/45692735

この記事へのトラックバック一覧です: ゴー・ストップ事件の日:

« アパッチ族の日 | トップページ | ワーテルローの日 »