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2012年6月11日 (月)

『北京の55日』と伊丹十三

6月10日は義和団事件で日本が北京に軍隊を

派遣した日。

(Wikipediaの記事)  

1900年、というから日露戦争の4年前。


















こいつ、またわけのわからん事件を持ち出して

きよったぞ。と言う前にこれを見てください。

 

 

1963年の映画『北京の55日。』














北京城に立てこもった

日米欧8カ国連合部隊500人の戦いを

描いている。

     
 

これはラストシーンの部分。

各国の救援部隊が入城して

籠城していた外国人に迎えられる場面。

 
   

日本軍部隊の指揮を執ったのは陸軍中佐、

柴五郎。

この映画で、彼の役を務めているのが若き日の

伊丹十三。

この動画では、末尾で救援に来た日本軍部隊を

迎えるシーンで、ほんのちょっと出てくる。















世界史の教科書でこんな写真を見たことがない

だろうか。

 

250pxtroops_of_the_eight_nations_al     

8カ国連合軍の兵士たち。

 

 

         

この作戦に出動した、

露・仏・米・印・独・伊・英・墺・日の

各国兵士みなさん。

明治時代というのは日本人の体格が

一番小さい時代だったとはいえ、

こんな写真は人種差別だ。
















義和団事件自体はめちゃくちゃな事件だった。

義和団、というのは初めから組織された団体

ではなく反欧米、ということで盛り上がった

民衆運動。

 
 

これに西太后が乗っかって北京駐箚の

列強公使館を襲い、宣戦を布告した。

北京城は清国軍と義和団によって

攻囲されてしまう。

        
 

退去と降伏を通告されたのに拒否したため

起きたのが冒頭の動画にある篭城戦。

『55 Days at Peking』である。

6月の籠城から8月の連合軍進駐までだから

『55days』。


















日本でも攘夷運動のあげく

薩英戦争とか下関戦争をやっているので

あんまり人のことは言えないのだが、

この戦いで敗れた清は、

その後の歴史ではもうまったく駄目だった。

        
  

しかし正規軍が信用できないからといって

暴動に身を任せた西太后は無茶である。

当然負けて、

この人は中共では未だに名誉を回復されて

いない。

 

        
 

1984年に『西太后』という映画があった。

宮中のライバルの女性の手足を切り落として

胴体と頭をでかい瓶の中にいれ、

自らの糞尿にまみれさせて、

豚とともに飼っているというシーンがあって

あれはカップルで見に行く映画じゃなかったね

 
  

もちろん、こんなふうに外国軍がつるんで介入

するあたり、

帝国主義時代の列強もひどい話である。





















この映画は1963年公開ということもあって

徹底的に、アジア人を馬鹿にした視点から

描かれていて、むしろ痛快ですらある。

 

 

      
 

この精密で巨大なセットは、当たり前だけど

毛沢東時代の中国に作られたわけではない。

スペインの荒野に組んだんだそうだ
         

 

実際の義和団事件では、

地理的に近く、政略的に不平等条約改正や

日露戦争も睨んだ日本帝国が最大の役目を

果たした。

         
 

彼が演じた柴五郎は最大の『功績者』なのだが

この映画での29歳の伊丹十三は、

全く端役の扱いである。

 

 
   

2012y06m10d_171124155大砲があるから皆殺しにしよう

という提案に反対する伊丹十三

 

 

 

伊丹十三のメジャー映画デビュー作で

この人はこの時代、ヨーロッパ滞在の経験を

もとに『ヨーロッパ退屈日記』とか、

『女たちよ!』といったエッセイを書いている

 

日本人観光客がまだ珍しかった昭和30年代に

海外に出て俳優デビューをしたし、

年齢も20、30代だったから、

いかにも「背伸びした若造」の文章である。












この役を演じた直後に、

『日本人はスパゲッティを知らない。

イタリア人は、スパゲッティを茹でる時、

「アル・デンテ」という「芯を残した」感触を

最も大事にするんだ。馬鹿野郎』

という文章を書いていたのかと思うと、

なんか切ない。 

 

    
  

2012y06m10d_182735525主役チャールトン・ヘストンに

叩き起こされる日本軍水兵。 

海軍はいなかったはずだが

 

 

 

          
皮肉ではなく、伊丹十三は私が最も尊敬する

エッセイストだ。

『小説より奇なり』に所収されている

エッセイは、脱力感に溢れているくせに、

妙な凄みがあってかっこいい。

 

 

あんな文章が書きたい。

 

  

しかし逆に、『退屈日記』のあたりの時期、

正直この時代の文章は、あまり好きになれない

この時の伊丹が、今の私よりも20くらい

若かったということもあって、なんとしても

やりきれない。












この時代の日本人を体現するかのように

背伸びしていた、

とかいうまとめ方をすると陳腐だな。

 

 

 

 

  

むう。

 

 

 

 

 

 

1960年代、民間人で海外に行けたのは

トランジスターのセールスマンか

兼高かおるくらいだった。

      
 

だから彼の文章は新鮮だったのだが

同じ時代に海外に行っても

『どくとるマンボウ航海記』を書く人もいれば

『太平洋一人ぼっち』を書く人もいる。










若干、高踏的で難解な人だった。

しかし、最高のエンターテナーだった。









































では、今日の『北京の55日』





















なによりも、この映画の精密さが素晴らしい。

ヨーロッパ中の中国人を動員した、

というのもうなずける。

 

 

そしてさらに恐ろしいこと。

最近のYou tubeは著作権に妙に厳しいのだが

この映画に関しては

こうやって全編が見られてしまうのである。







うーん…








字幕を見ると、南米あたりからの

流出品らしいが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ。






















伊丹十三。映画監督デビュー第2作

『タンポポ』の一シーン。

 
 

『最後のチャーハン。』

 

 

この印象的な演技をした女優さんは三田和代と

いって『コピーは三田』の会社のオーナーの

娘さんだそうだ。

 

 

 

 

むう。

 

 

 

 

伊丹プロダクションは映画の予告編さえ

削除して回るくらい著作権に厳しいので、

すぐに見られなくなると思います。

 

 

 

 

 

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じゃあ、リンクするなよ…

 

 

 

 

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コメント

マヨネーズは手作りに限る、と宣うた伊丹氏が
マヨのCMに出たとき、
映画ってお金がかかるんだろうな、と悟った、幼き日を思い出しました・・・

投稿: ne_san | 2012年6月13日 (水) 01時30分

ne_sanさん ありがとうございます。
 
そういえばそんなCMありましたね。
『マヨネーズを作るのは難かしい。』
というエッセイを読んだ上で依頼する
広告代理店やメーカーも意地悪だけど
それを受ける伊丹十三も食えないな…

投稿: natsu | 2012年6月13日 (水) 23時22分

チャールトン・ヘストン役は、実際は柴五郎が行った事です。
 真実の「北京の55日」を映画化してもらいたいと思います。

http://eikojuku.seesaa.net/article/284513461.html

http://jjtaro.cocolog-nifty.com/nippon/2010/12/post-eb8b.html

投稿: i_jipangu | 2013年4月22日 (月) 13時16分

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