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2012年6月 1日 (金)

たこフェリー廃止

たこフェリー復活断念、というニュース。(読売の記事)

 

 

Tako_2

 

 

ほら、いったとおりじゃん。










たこフェリーというのは淡路島と明石を結ぶフェリー。

明石のイメージがたこ、だからそういう名前をつけた。

観光客を集めようとしたが東京の人間が注目したのは休止直前。

同情してもお金はくれないので休止された。

地元の人間からしたら苦々しいことだ。


   

需要がなかったのか?というとそうでもない。

実際このフェリーを使って、

岩屋あたりから通学してくる高校生がいた。

洲本から通勤してくる人もいた。


  

『今日は海が荒れているから休みます。』

なんていう連絡が入ると、かっこいいと思った。   















        

それでも、高速料金が高かった頃には、

まだがんばっていたのだが

末期自民党が『高速1000円』を導入して大ピンチ。



民主党になったら、解除してくれるのかと思いきや

こんな票が取れるところでは

1000円高速をやめるわけにはいかない。


   

原口総務大臣(当時)が関西ローカルの番組で

『淡路島はシンガポールと同じ面積です。

僕はあの島をシンガポールにしようとしたんです。

淡路がシンガポールなら、廃止なんていう話になりましたか?』

とか。こいつに脳みそはあるのか?という

すっとこどっこいなことを言っていた。







   

否定するなら許さない。





       

こういう無責任な奴が大臣をやって、しかもケツをふかない、

しかも地震の後、たこフェリーが駄目になったあとになって

1000円高速もやめた。









  

誰のための政治だ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それはともかく、並行する明石大橋が1000円で通れるなら、

普通車を運ぶのに倍の時間がかかるうえに

それ以上の値段がかかるフェリーに勝ち目はない。


  

もちろん車じゃなくて、人間だけなら200円とか安かったのだが

淡路島の北の果てに置いて行かれて、どうする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そもそも、神戸・明石から淡路島、徳島、というのは

物流における阪神-四国間のメインルートだった。


   

四国-本州の間は、宇高連絡船というのがあって、

もともとはこれが輸送のメインだった。


  

もうひとつ、仁堀航路というのもあったし、

国鉄以外ならいまでも連絡航路はある。


   

ただし、岡山の宇部経由ではあまりに遠い。

寝台車で運ばれる旅客はともかく、

阪神間に四国の魚や野菜なんかの

生鮮食品を運ぶには淡路島経由じゃないか?

という声が多く、神戸ー淡路島間のフェリーは

国道28号線の海上区間として整備された。












   

国道にも『格』があって番号が少ないと偉い。

特に一桁、二桁というと偉い。


 

国道1号線は東海道で2号線は山陽道。

山陰道ですら9号線で、ぎりぎり一桁だ。


   

だから、『20番台』というと立派なもので

国道20号線は甲州街道、国道25号線というと御堂筋だ。


   

そんなわけで国道28号線は偉い。

日本にはほかにもたくさん『海上国道』というのがあるが

そんなのとは比べものにならない重要さだ。










国鉄の貨物輸送は、ストの頻発で

1960年代から荷主にそっぽを向かれ

1975年のスト権ストで壊滅した。

  

貨物輸送のモーダルシフトの理由を、トラックの方が便利だから、

とか眠たい解説をする馬鹿がいるが

1970年代の日本の道路なんか、

高速はないわ、穴だらけで舗装もないわ

それはもう酷いものだった。


 

それでも国鉄なんか嫌だ、

ということで発展したのがトラック。


トラックのいいところは道路だけじゃなく

フェリーなんかが使えるところ。

高速道路が不十分な時代には大事なことだった。


 

実際、四国に高速道路ができ始めたのは

ほんの20年前くらいからである。

 

 

たこフェリーもそういう時代の中で発展した。 

何しろ24時間運航だった。













 

漁港としての明石港は鉄道駅から少し西側にある。

対してフェリー乗り場の方は駅からまっすぐ海に降りたところにある。


   

もちろんこれは表現が逆で

城下町と港が先で、それにあわせて駅ができた。

むしろフェリー乗り場は

当時の繁華街を避けた位置にできているのだが

車でアクセスするにはとても便利だった。


   

そこに広大な駐車場があり、車は並んで待つ。

駐車場には巨大なカウンターがあって時間を示しているのだが、

数字は二桁だ。

待ち時間を示す。


  

深夜でも、一時間おきの発着だったから、

分数が二桁を超えることはないのだ。



デジタルである。





 

天気が悪くて運航が遅れたりしたらどうするか、というと

係員の人がいちいち車のところに来て

待合室に案内してくれる。

アナログである。

 

 

 

 

 

 

 

 






フェリーから橋へ、というきっかけになったのは、

宇高連絡船の紫雲丸事故。

小学生を中心に死者168名を出したこの事故は

確かに悲惨だが、事故がなくても四国に橋は架かっただろう。


   

何しろ本州ー四国には三本の架橋ルートがある。

1988年の瀬戸大橋、1998年の明石大橋、1999年のしまなみ海道

の開通で三本そろった。


 

 

 

 

 

 

人やチャリンコも通れて比較的、地域交通的な性格が強い

しまなみ海道は、『島をつないだら四国に届いちゃった。』

という雰囲気が強いが、

瀬戸大橋と明石大橋は、

『四国へのメインルートの座』を争った。


   

神戸ー鳴門ルートのうち、最初に開通した大鳴門橋は

実は鉄道併用橋だ。


  

瀬戸大橋と同じく、道路桁の下に鉄道が通せる。

もちろん新幹線規格だ。






   

明石大橋も、道路の下にスペースがあって、

一部が観光客に解放されていて、

アベックが『うひゃあこわい』とか言ってるのを見ると

そのまま海に蹴り飛ばしてやろうかと

思うが、あそこは鉄道は通れない。



  

原設計では通すはずだったが、途中で変更された。



  

『四国新幹線』をあきらめたからである。

このあたりの大人の事情を書き始めると、

あと3日くらいかかりそうなので勘弁してください。


  

しかし、倉敷ー坂出の瀬戸大橋ルートと、

明石大橋ルートは、結構うまく棲み分けているような気はする。


 

もちろん四国の人の意見は違うかも知れない。

特に、『宇高連絡線』というはしごをはずされた

香川の人は『うどん県』を名乗ったりしてたいへんだ。






 

 

 

 

 

 

でまあ、たこフェリーだ。

原口以下の民主党の馬鹿どものおかげで、

予定外に早い廃業となった。


  

『別にカーフェリーじゃなくても良かろう。』という検討も

行われていたらしいのだが、

『それなら金は出せないなあ。』とか堅いことを

明石市が言い出したおかげで駄目になった。


 

 

 

 

 

むう。










それこそ『交通弱者』のために、

小型旅客船を造っても良かったとおもう。

そんなのがあっても良かった。


 

ロケーションは最高なんだ。

目の前に明石大橋があって神戸まで1時間で行ける。

以前も書いたがナイトクルーズでもやらないかなあ。


   

物流ルートとしての時代の要請は

終わったのかも知れないが

地域交通としての役割は、まだある。



 

そうして、観光船としてなら

まだ十分に喰っていけそうなのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 













では、『今日の二枚。』




 

 

 

 

 

 

 

 

本州ー四国間の輸送をになったのは

宇高連絡船だけではない。


  

呉線の仁方駅から予讃線の堀江駅を結ぶ

仁堀航路、というのもあった。

 

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仁方駅

(桟橋駅)












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堀江駅












 

 

 

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