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2012年7月22日 (日)

月面第一声

7月21日(日本時間だと20日)は月着陸の日。 

(Wikipediaの記事へのリンク)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アポロ11号の月着陸船イーグルが、

月に到達したのが1969年の、この日。

 

 

 

 

 

 

 

その時の様子がこちら 

 

 

 

さすがに1969年なのでリアルタイムには覚えていない。

 

 

 

 

しかし、この時アームストロング船長が発した台詞は

有名である。

 

 

『I'm, ah... at the foot of the ladder.

The LM footpads are only, ah... ah... depressed in the surface

about, ah.... 1 or 2 inches,

although the surface appears to be, ah... very, very fine grained,

as you get close to it. I

t's almost like a powder.

(The) ground mass, ah... is

very fine.I'm going to step off the LM now.』

 

 

(あー、いま梯子から降りるとこ。

着陸船はちょ-っと砂に沈んでるかなー。

月の砂ってば、超粉みたい。いいかんじよー。

じゃあ、ちょっと降りてくるね。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この後、この有名な台詞が言われる。

 

That's one small step for (a) man,

one giant leap for mankind. 

 

『これは一個の人間にとっては小さな一歩だが

人類にとっては大きな一歩だ。』

 

 

 

 

 

 

 

 

頭の悪い翻訳文に関しては責任をとるが

録画を見ると、割と事務的というかあっさりしゃべっている。

 

『That's …one giant leap for mankind.』

 

なんていう台詞は、月面に降り立って

地球を見晴るかして、うんと見得を切ってから

思い入れたっぷりに言っても良さそうな

ものだと思うのだが

ずいぶんそそくさとしている。

 

 

 

 

 

この台詞について、アームストロング船長本人は

『その場でとっさに浮かんできたもの』と言っているが

嘘だろう。

 

 

 

あまりに急いだために、『 a 』を抜かして

『man』は『人類』なのか?『人間』なのか?。いやいや、

あれにはアームストロングの深い意図があったんだ、と

いまでもあれこれ推察されている。

 

 

 

 

本人に聞けよ。

まだ生きてるんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうも作文くさいと思いませんか?

 

 

 

 

 

 

中学校の頃、、英語の先生が

われわれにこのアームストロング船長の台詞を

プリントで教えてくれた。

 

アルファベットも怪しいガキに教えても意味はないのだが

『That's …one giant leap for mankind.』

という台詞は印象的だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界初の宇宙飛行を果たしたガガーリンのひと言は

『地球は青かった。』だった。

 

 

もっともこれは宇宙空間で発せられたものではなく、

地上に帰還してからのものだという。

何種類かの翻訳が伝わっているが、

全て過去形なのでおそらくそうだろう。

 

 

しかし、これも素直に出る台詞だろうか? 

 

 

 

 

  

『うわー超すげー、きれーきれー。』

  

とかじゃなくて

『地球はみずみずしい色調にあふれて美しく…』とか

『これはマンカインドにおいて偉大なる…』とか

そんな台詞がいえるもんかなあ。

 

 

なんか二人とも嫌な奴だ。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ビームストロング船長。これ、ご依頼の脚本です。』

 

『おお、今度の火星有人探査。

着陸の際の際のセリフだな?』

  

『セリフだけじゃありません、

仕草まで仕切った演出のト書き付きです。』

 

『世界史の教科書に残るんだぞ?』

  

『そりゃ感動間違いなしです。』

 

『よし…えーとまず着陸船のハッチから夕日に浮かぶ

オリンポス山を見ながら見得を切って、「絶景かな…」?』

  

『ここでちょ-んと拍子木が、入ります。』

 

『拍子木?』

  

『副船長のレディ・ガガーリンが拍子木を持って行くんです。

薄いとはいえ大気はありますから

うちの局のマイクなら拾いますよ?』

 

『ハッチから飛び出すと、高く舞い上がり

「前方抱え込みひねり3回転半で着地。」って…のは?』

  

『火星の重力は地球の半分以下です。』

 

『それを俺にやれ、と?』

  

『その後にセリフです。』

 

『うん。』

  

『火星は朱い。人類は偉大な一歩を刻んだ。』

 

『パクリじゃん…』

  

『なお、この中継はコカ・コーラ、マクドナルド…』

 

『あ、提供クレジット?』

  

『サムスン、ヒュンダイ、LG…』

 

『ああ、そういう時代なのか…』

  

『この生中継の模様はTwitterでもリアルタイム更新中…』

 

『火星から地球まで電波が届くのか?』 

  

『さっき僕つぶやきましたもん。

届いてませんか?』

 

『地球まで片道5分かかるからなあ…』

  

『あ、来ました来ました。』

 

『火星なう?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もっともこの時代は、アメリカとソ連が

宇宙開発を競い合った時代だった。 

 

 

 

『次の10年が終わるまでに、俺たちは人類を月に送って

安全に連れて帰るぜ。』という

1961年のケネディの演説。

  

この時から開始されたアポロ計画は7回の月着陸を

成功させている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ソ連が月探査をあきらめたわけではなく

有人探査機を打ち上げるN-1ロケットを開発する。

  

220px2_n1_on_pad    

 

 

裾が広いのは

ソ連のロケットの特徴

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに、アポロを打ち上げたアメリカのサターンⅤ。

 

220pxksc69pc442    

 

 

ほらね

 

 

 

 

ただし、N-1シリーズは4回の実験が全て失敗。

金がかかりすぎるので、ソ連は有人月探査をやめた。

(無人探査機はいくつか成功させている。)

 

 

アメリカにしたところで1972年のアポロ17号が最期で

それから40年、月に人間を送っていない。

 

 

 

 

結局、国家の面子でしかなかったのか?

  

面子であればこそ、

あんなかっこいい台詞が言えたのか?

  

 

ロケットまで作るくらいだから、ソ連にも

『予定された月着陸船の船長』

というのがいたはずで、

彼は(彼女かも知れないが)、

『月面第一声』について、あれこれ悩んでいたはずである。

 

 

 

  

なんていう台詞だったんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

では、『今日の一枚。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本人で初めて宇宙にいったのは、毛利さんではなく

ソ連と『宇宙ステーション訪問』の協定を取り付けたTBSの

社員だった秋山豊寛という人。

 

 

 

 

 

 

 

この人の宇宙第一声がこれだ。 

 

 

0000_aikiyama    

地球との交信中に 

不意に入ってきた 

東京からの中継。 

日本語に反応してしまったらしい

 

 

 

 

     

まあ、テレビマンらしい、というかなんというか。

 

 

そうしてこうやって、

その台詞をネタにして本にしちゃうあたり

マスコミって怖い。

 

 

 

 

 

 

 

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おまけ 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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コメント

秋山さんの第一声、気に入りました! 

アメリカとソ連が演じた宇宙開発競争はつまるところ、第二次世界大戦中、ミサイル開発をさせられていたドイツの科学者たちの闘いだったと聞きます。ソ連の科学者もアメリカの科学者もそれぞれ、ドイツから来た科学者たちの技術と知識には太刀打ちできなかったそうです。あ、昨日の記事とつながりましたね! 

投稿: fullpot | 2012年7月22日 (日) 18時54分

fullpotさん ありがとうございます。
ミサイル競争は
軍事ミサイルの延長にありました。
サターンⅤを開発した
フォン・ブラウンがナチスのV2号
ロケットとの開発者であり、
ソ連も300人近い技術者を
連れて行った、ということは事実です。
 

投稿: natsu | 2012年7月23日 (月) 20時15分

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