« オリンピック解説者にはこんな人こそ | トップページ | 右側通行と左側通行 »

2012年7月31日 (火)

少年ライフル魔事件の日

7月29日は『少年ライフル魔事件の日。』 

(Wikipediaの記事へのリンク)













1965年のこの日、当時18歳だった片桐操という男が

神奈川県座間市の、射撃場でもない、ごく普通の雑木林で

空気銃を使って雀を撃っていた。



『こどもが銃を撃っている。』
と通報されて駆けつけた警官が

『なにをやっている。手に持っているものを見せろ。』と言うと

『その態度が気に食わなかった』という理由で

至近距離から発砲。一人を殺害、一人に重傷を負わせた。





ここまででも相当に変な奴だが

こいつは警官の服やピストル等の装備を奪って

街に降り、『発砲事件があった。協力してくれ。』と

一般の車に飛び乗り、その後、自分が追われていることを知ると

さらに車を乗り換えて神奈川から渋谷に行く。





渋谷区北谷町にあった『ロイヤル銃砲火薬店』に

店長と家族、店員の4人を人質に立てこもる。

そうして、ビールを煽りながら、百発以上を乱射し、

十数人を負傷させたあげく取り押さえられた。















北谷町、というのは現在の渋谷区神南1丁目。

神南だからNHKのすぐ傍で渋谷消防署の向かいだ。



ロイヤル銃砲店は現在はなく、雑居ビルになっているが、

渋谷消防署の建物は当時のものである。



数年前に改修工事が行われたが、

それまでは当時の弾痕が外からも見えたという。




へー。 












こいつが殺したのは、結果的には一人で

未成年でもあったことから一審では無期懲役になる。




しかし、犯行の様態があまりにも悪質であったことと

法廷で『銃への魅力は今なお尽きない。

再び多くの人に迷惑をかけないように死刑にしてほしい』

とうそぶいたために、『こいつには矯正の余地がない。』

として死刑にされた。 






享年25。





















で、ちょっと調べただけでも、

こいつも変だが家族が相当に変なのである。

ついでに社会そのものが変だった。 






1947年に生まれた片桐は

幼い頃から銃がすきであった。

それだけなら、まだ変な奴じゃないが

中学3年の時に、息子の銃器好きを知っていた父親が

4000円も出して玩具の銃を買い与えている。



昭和36年の4000円だからたいしたもので

裁判記録が『玩具の銃』としか書いていないから

詳しくはわからないのだが、おそらく空気銃だろう。 









私がこどもの頃、昭和4、50年代でも

空気銃というのは割と気軽に買えた。

しかも強力だった。




ハンダで『銃弾』を整形して空き缶をぶち抜いて遊ぶガキ

とかが新聞に載ったりした。 

片桐が雀を撃っていた『空気銃』にしたところで

現実に人を殺傷する能力があったわけだから

なに考えてるんだ?







さらに、こいつには姉がいたのだが

この人も変な奴で、片桐の中学卒業を前に

40000円のライフル銃と照準器を買い与えている。



昭和37年の40000円だから たいしたもので

軽く大卒初任給を上回っていたはずだが

なに考えてるんだ?






さすがに15歳が実銃を持つ事は

当時でも違法だったのだが、あろう事か、

この馬鹿姉は自分の名前で所持許可証を取った。

だからなに考えてるんだ?






しかも片桐は、姉の名義のライフル銃を持って射撃場に出かけ

射撃を楽しんでいたという。

明らかに中坊が、女の名義の銃を持ってくるのだ。 

怪しまれないのか?




しかもこいつは、実銃を撃ったスコア

(当時はレーザー銃なんかないから

標的に弾痕を打ち込んだ紙)を持ち帰り

父親に批評してもらっていた、という。

だから、なに考えてるんだ?







こいつの家には、高校に進学できる程度の

経済環境はあったらしいのだが

銃を撃ちたいがために自衛隊を受験する。



そして、落ちた。


相当にショックだったらしい。

しかし、犯行前後、特に犯行時の行動を考えると

あきらかに精神の平衡を失った人で、

60年安保直後で人手不足の自衛隊が

こいつを落としたのは、まこと慧眼といえる。








こいつには、父のほかに義母、兄と二人の姉がいた。

長姉と父が変な奴だったのはすでに述べたとおりだが

兄も父と一緒に『酒くらいつきあえ。』と誘ったそうだ。


15歳に。


片桐は『酒やタバコは、成長の害になる。』

といって口にしなかったそうだ。

それなのにこいつは、ロイヤル銃砲器店に立てこもるや

店員にビールを持ってこさせて、

それを煽りながら銃を乱射した。




成長の限界、である。








自衛隊に落ちた後、自動車修理工を経て

国内貨物船の住み込みコック(見習い)になる。



自動操船で船員がいなくなり、

そもそも国内タンカーという存在がなくなっているので

いまはこういう仕事はないと思うのでそれも不思議だが

月給は2万円だった。

大卒初任給が3万円だった時代だ。

見習の給料としては多かったと思うのだが、どうだろう。


それはともかく63年11月に就職した彼は

翌年4月、18歳の誕生日に40日の有給休暇を取った。






これもわからない。




こんにち、就職しても40日の有休を取ろうと思ったら

数年以上の勤続年数が必要なはずだ。





よほど、人手が足りなかったらしい。 






しかし、こいつは休暇中、銃の試射と手入れに明けくれ

結局は復職せずに冒頭の犯罪に及ぶ。













だからといって、

『殺人者を育てたのは社会と家庭だ。』

というつもりは決してない。






むしろ、そういうことで犯罪を免責してはいけない

というつもりでこの文章を書いている。











その一方、

昨今騒がれている『いじめ事件』にしても

それが表に出ないのは学校や教委の保身の体質だけではなく

間違いなく『地域の力。』がある。



加害者家族が直接に加える影響力もあるだろうが

地域社会が

『こどものやんちゃくらいで、街の名前に泥を塗るなよ』と

有形無形の圧力を加えていることも事実なのだ。




だから、大津市民を見たらうんこぶつけていい。




加害者が誰であるかは、地域の中では

間違いなく明らかになっているはずなのだが

こんなことをしていたら間違いなく『次』が起きるぞ。















そうはいっても、

なによりも責められるべきは犯人で

この事件であれば、片桐だ。


そこを曖昧にしてはいけない。







こんな馬鹿が出るおかげで、モデルガンに規制が加えられ

サバイバルゲームが白い目で見られるようになるのだ。




そして、この馬鹿は、やっぱり個性として

なにか根幹的な部分が決定的に欠けていたようにも思う。

















彼が教誨師に託した遺書の末尾にあった辞世の句(?)

 

『天気晴朗なれど心波高し。』









あほや。




















では、『今日のライフル魔実況中継。』



















片桐の立てこもりと、逮捕の際の映像。

 

 

逮捕後のふてぶてしい表情が憎らしい。

18歳がタバコ吸うなよ。








にほんブログ村 その他日記ブログへ 

 

 

今日の反省。

いつも以上に主題がわかりにくいですね。

 

 

 

|

« オリンピック解説者にはこんな人こそ | トップページ | 右側通行と左側通行 »

そんな時代もあったよね」カテゴリの記事

コメント

「こいつ」呼ばわりはねえだろ。偉そうに・・・

投稿: 九蘇 | 2013年8月19日 (月) 18時45分

じゃあ、なんて呼べばいいんだよ。
くだらねえ
この馬鹿を擁護するつもりがあるなら
かかってこい。
   
馬鹿野郎。

投稿: natsu | 2013年8月19日 (月) 19時17分

くっさ

投稿: | 2013年12月12日 (木) 15時38分

2013年12月12日 さん
コメントをありがとう。
  
じゃあ、君たち疑似左翼の間で
この馬鹿はどう評価されていたのか?


馬鹿は馬鹿としてきちんと総括しろ。
『総括』がなによりも好きなのはお前だろう。
こいつはどういう立場で総括されたのか?


そういうことは知りたくもないが
単に渋谷で殺されただけか?

地上の知性を把握するための最低の無能。
悔しければロイヤル銃砲器店であおう。

俺は、お前が大嫌いだ。

投稿: natsu | 2013年12月12日 (木) 16時43分

犯罪者を作らない為には、まず親が恐い存在でないとダメなのでは?今時の親は、子供にペコペコしているし、例え生活保護であっても、子供にスマホを買い与えるし、ディズニーランドにも連れて行ってる。私が中学時代にも「なに考えてるんだ」親子がいた。昭和40年代生まれ。母子家庭なのだが、母親は鍵っ子の娘に月1万円の小遣いを与え、外食で使い切ってしまったら、また与える。娘がタレントになりたい、オーディション受けたいと言えばお金を出す。娘は高校受験に失敗して、10代ででき婚。勿論出産費用は出す。結局離婚して、母親の元に帰ってきた。赤ちゃんが幼稚園に上がるまで、母親は娘と孫を養う。現在、その家族はどうなっているか?母親は70過ぎても働き、娘も工場で働き、孫はニートです。私は、娘と同級生でしたが、その娘はいじめ加害者で、私は被害者でした。親が恐い存在でなかった結果がこれですが、私はいじめたことに対しての、天罰も含まれていると思います。

投稿: 今時の親が心配だ | 2014年4月 8日 (火) 18時11分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/453502/46505329

この記事へのトラックバック一覧です: 少年ライフル魔事件の日:

« オリンピック解説者にはこんな人こそ | トップページ | 右側通行と左側通行 »