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2012年7月15日 (日)

キプロス紛争の日

7月15日は第2次キプロス紛争が起きた日。

(Wikipediaの記事へのリンク)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      

 

キプロス、というのは東地中海の島国でこんな場所にある。

 

 

0000kyplos   

 

東地中海の島国

北にトルコとギリシア 

 

 

 

 

    

日本だって島国だ。

  

広い順にいうと、本州、北海道、九州、四国となっていて

ここまでは日本人なら全員正解だろうが

5位と6位はちょっと難問。

5位が択捉島で6位は国後島なのだ。

へー、沖縄だと思ってた。 

        

7位に沖縄本島、8位佐渡島、9位奄美大島、10位対馬

となって、へー淡路島はトップ10に入れないのかー。

(Wikipedia 日本の島一覧) 

 

 

 

 

 

キプロスの面積は9250平方キロで

四国の半分。

  

面積でいえばキプロスより小さな国はいくつかあるのだが

この国は朝鮮半島のように『分断国家』なのだ。

       

かつては南北ベトナムや東西ドイツのように

分断国家はいくつもあったのだが、

いまやここと朝鮮半島と中国くらい。

そういった国のなかでもキプロスは群を抜いて小さい。

         

日本が認めているのは南の方のキプロス共和国

  

こんな、といっては失礼だろうが

正直こんな小さな国が何故?

というのが今日のお話。

 

 

 

 

 

 

  

で、場所を見てもらえればわかると思うが、

古代は、この島はギリシア文明圏であった。

  

ギリシアが衰えるとローマ帝国が支配。

ローマは衰えた後、しばらくごたごたするのが

近世までオスマントルコが支配にはいる。

        

そういう歴史を経たおかげで、近世の住民比率は

ギリシア:トルコが3:1である。

  

今も変わらない。

 

 

 

 

 

 

 

    

近世にはいってこの島に目をつけたのがイギリスだ。

エジプトやスエズ運河、さらにインド、アジアにつながっていく

東地中海はイギリスにとって死活的な戦略的重要性をもった。

  

イギリスは地中海の支配に熱心で

1713年のユトレヒト条約で地中海の出口ジブラルタルを確保。

ナポレオン戦争直後の19世紀には

これも地中海の要衝。マルタを支配する。

     

イギリスによる

キプロスの領有は1914年のベルサイユ条約。

 

むしろ遅い、と言えるのだが

早いうちから目はつけていた。

  

イギリスが支配したいのだが19世紀まで宗主国はトルコだ。

だからこの時点で多数のトルコ人がいる。

人口でいうとギリシア系よりも少なかったのだが

19世紀までは支配者だった。

        

ところが第一次大戦でトルコは負けてしまった。

イギリスはこの島を割譲するように要求して自国領にする。

 

今でもキプロス島には、イギリス軍の基地と発電所があるのだが、

そこはイギリス領。

  

日本の米軍基地は、あくまでも日本での借地であるので

アメ公が生意気なことをしたら、日本警察は

銃殺してでも鎮圧してかまわないのだがキプロスは違う。 

 

 

 

 

 

 

 

 

    

イギリスが行ったのが、ギリシア人とトルコ人の分割統治。

       

イギリス人の憎らしいところは植民地を支配するにあたって

現地人の違いをことさらに取り上げて差別をつけたこと。

  

こういうことを世界中でやったんだ。

こいつらは。

許すか?

だからイギリス人と大津市民を見たらうんこ投げていい。

        

そうやって、現地人同士の仲を悪くさせれば

イギリスへの不満が集中することはなかろう、と。

 

 

 

  

人口比でいうと少数のトルコ系に対して

優遇政策を行った。

  

奴らが世界中でやったのと同じことで

宗教や民族の異なる集団を離隔して差別を煽った。

       

多数派に所属させることが正義だとは言わないが、

こいつらは民族教育なんて何も考えてはいないのだ。

 

 

    

どの国、どの国と

いちいちあげるのも馬鹿らしいので世界中だ。

 

 

 

 

 

インドでは、ヒンズー教徒とイスラム教徒の対立を煽ったために

インドとパキスタンは分裂。

今でも、お互い核ミサイルを持って対立するくらいに仲が悪い。

 

 

  

イギリスはパレスチナ(当時の植民地名)でも

ユダヤ人に対して独立を認める

『バルフォア宣言』を発する一方

アラブ人国家の独立を認める

『フセイン・マクマホン協定』

フランスとの勢力分割を定めた

『サイクス・ピコ協定。』という

全ての民族にいい顔をしようとして

内容がすべて矛盾するという、

世界外交史に残る恥辱を犯している。

 

 

Wikipediaには生意気な言い訳が書いてあるが

ホロコーストの恐怖から解放されて、移民制限を無視して、

あふれるように移住してきたユダヤ人の波に

パレスチナの維持ができなくなって、イギリスが撤退したのは

第二次大戦終戦のたった2年後の1947年である。

         

イスラエル独立をめぐる、嘘をつき続けたために

今でもこの地域は世界のホットスポットだ。

  

てめえこの始末。どう付けるんだよ。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キプロスでも、

トルコ系とギリシア系の対立を煽ってぬくぬくと支配する。

          

そこに起こったのが、1956年の『スエズ動乱。』

エジプトのナセルが「スエズ運河国有化」を宣言するや、

運河に重大な利益をもっていたイギリスとフランスが

イスラエルを誘って出兵。

  

世界中から批判を浴び、

アメリカからも見放されて、ほうほうの体で逃げ果てる。

      

インドは独立しちゃったし、

パレスチナも手に負えない。

ギリシア、トルコへの軍事援助をやめるのが1947年。

  

イギリスにとってキプロスの戦略的価値はなくなっていた。 

キプロスの住民はどうか、というと

イギリスの『分断統治』のおかげでギリシア・トルコ両民族は

民族意識に目覚める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギリシア人は、ギリシア本土への併合(エノシス)を訴え

トルコ人は、ギリシア系からの分離・独立(タクシム)を訴える。

  

ギリシア系の一部が武装すると、

トルコ政府は国内のギリシア人を弾圧。

1954年9月、イスタンブールのギリシア人街が襲われた。

 

 

 

 

 

  

隣国どうしが仲が悪い。というのは

日本の場合を見ても韓国中国台湾と

あまり褒められたものではないのだが 

ギリシャとトルコの仲の悪さは特筆すべきものがあって

この国の近現代史は、ほぼ、お互いの国との喧嘩だ。

         

もう、はっきりいって、この紛争の経緯を追うのは

大変なのだが1964年に入ると、

キプロス全土が内戦状態になる。

これが第一次キプロス紛争。

  

ただし50年代から抗争はあった。

だからスエズ動乱に敗れると

イギリスはさっさとキプロスをあきらめる。

キプロスの独立したのが1960年8月である。

 

 

 

 

 

 

 

 

  

独立はしたものの内戦を押さえらえないので

『自国ではキプロスの治安が維持できない。』として

PKF(UNFICYP)の派遣を国連に要請する

       

現在もいる。

もう50年だ。

 

 

 

 

あまり乗り気ではなかったらしいのだが

 

初代大統領に任じられたマカリオス3世は

ギリシア正教会の大主教。 

         

なぜ坊主で3世なのか?

坊主のくせに世俗権力の最高位の大統領なのか?

というのは、この事件の本質にもつながるのだが

あんまり本筋と外れるからやめとこう。

 

  

マカリオス3世は就任当初は

トルコ系住民に対して宥和政策を取った。

         

人口比以上に国会議員や役人を配分したりしようとした。

ところがそんな人為的な操作が定着するわけはなくて

すぐにトルコ人優遇政策を修正。

たちまち抜き差しならない民族対立に陥る。

  

そればかりか、ギリシア本国では

軍事独裁政権が成立。

東地中海の安定を重視する米英は、これを支援した。

 

 

 

 

 

マカリオスは面白くなかった。

民族対立の中でなんとかエノシスの主張を押えていたのだ。

 

 

 

それなのに本国の独裁政権を許すのか?

 

 

ああ、そうかよ。ということで

この坊主はソ連に接近した。

 

  

しかし、これは、米英の逆鱗に触れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

戦後のイギリスの落ちぶれ方というのは半端じゃなくて

スターリンに認めさせた

『イギリス90%』だったはずのギリシアでさえ

言う事を聞かない。

   

逆にトルコの方が従順で

中距離核ミサイル、「ジュピター」の配備などについては

ボスポラス以西のあらゆる国よりも協力的だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

米英は『マカリオス排除』を決めた。

  

キプロス軍のギリシア人部隊に支持を与えて

大統領官邸を襲撃させた。

  

これが1974年の7月15日。

『第二次キプロス紛争』と言われている。

     

まー、長い説明。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

        

この時クーデター軍は大統領官邸に突入するのだが

マカリオスは、間一髪で脱出。

  

キプロス島内のイギリス軍基地に逃げ込んで

自らの生存をラジオを通じて声明する。

       

クーデター軍は、この報を受けて崩壊。

 

 

 

 

 

  

さてどうなることか、と思っていると

今度はトルコ軍が上陸してきた。

  

名目は『トルコ系住民の保護』。 

これがよくわからない。

       

明らかにだれかの支援があってのことだと思う。

キプロス島にはイギリス海軍の基地があるのだ。

  

いくら落ちぶれたとはいえ、ロイヤルネイビーが

トルコ軍の上陸部隊を見逃したのはおかしいだろう?

 

 

 

 

 

 

 

      

上陸したトルコ軍は、

まるで予定されていたかのように

首都ニコシアを境にキプロス島北部の1/3を占拠した。

  

現在でもその状態にある。

 

 

 

220pxcyprus_districts_named_3

濃い赤が『トルコ軍占領地域』

薄い赤が『キプロス共和国』

緑色はイギリス領(基地ではなく領土)

 

 

      

『トルコ軍・キプロス進駐』は

かような理由でなんとなく予定調和みたいな

感じがあったのだが

ギリシア本国は緊張した。

 

  

ギリシア政府は全土に総動員令をかけた。 

トルコとの開戦も辞さず、というわけだ。

 

一応軍事政権だ。

面子もある。

  

ところが軍隊がこれに従ってくれない。

ギリシアのことだから汚職もあったが、

独裁への反発も相当にあったらしい。

どこが軍事独裁か?

  

海軍と空軍の大半が命令を拒絶したために

ギリシアでは軍事政権が崩壊している。

 

 

 

 

 

 

 

 

    

だけど、これもよくわからないのだ。

 

  

ギリシアの軍事政権が国家経営能力がなくても

米英は、地政学上の重要性を重視して

ギリシアを許してきていた。

      

1960年代には南ベトナムとかろくでもない国家があって

西側諸国の支持を得ていたのだが、その理由は、

『逆らわなかったら、いいんじゃね?』

というもの。

  

国民の幸福経済教育権利福祉といったものは

知ったこっちゃない。

独裁者がいようと国民が餓死しようと構わない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうはいっても、東地中海で

ギリシアとトルコが

戦争を始めたらたまらん。

  

という判断だったらしい。

 

 

 

 

      

この騒動は、ある意味『ギリシア一人負け』のような

経緯で今日に至る。

 

 

 

 

 

 

なんでそうなったんだろう、

というとさすがに殺されかねないのでさらっとね。

 

     

たとえば場所で言えばトルコの方がソ連に近い。

   

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ここの地政学的な意味はアメリカはもちろん、

トルコ自身がよく理解していた。

 

 

 

  

トルコという国は第二次大戦以降

西側諸国に協力的で、

NATOの最初期の加盟国だったりする。

         

トルコが、ここにアメリカの中距離核ミサイルの

ジュピターを配備した時、

フルシチョフは髪の毛が抜けるくらい

緊張した。

  

圧倒的に近いのだ。

 

    

核戦争において、敵が反撃できないうちにたたきのめす

というのは最大に重要な要素で、

トルコなんかにミサイルを置かれたら

10分でモスクワに届いてしまう。

        

これが遠因となって、キューバ危機が起こる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

イギリスの影響力の低下は

アメリカでさえ呆れたくらいで

中欧諸国は、全く維持できなかった。

  

イギリスに体力があれば

この地域の歴史も変わったかも知れないが

結局米英はギリシアを見捨てた。

 

 

 

 

  

キプロス紛争に関して、なんだか

『世界の果ての出来事』のような気がするのは

そんなことかも知れない。

 

     

ほとんど東側諸国の影響範囲外で行われていた紛争なのに

米英の反応が極端に鈍いのだ。

  

クーデター9日後の7月24日にギリシアでは文民政権が成立。

1ヶ月後の8月16日にトルコ軍は進軍を止める。

      

キプロス島北部は『独立』して『北キプロス・トルコ共和国』

という国家を僭称している。

世界中で、この『国家』を承認しているのはトルコだけだ。 

         

もちろんこれでいいとは、誰も思っていなくて

統合を目指すキプロスと分離を目指す『トルコ占領地域』は

統一選挙の実施などを探っているのだが実現していない。

            

その一方、『トルコ占領地域』とキプロス共和国

の間では『住民交換』が行われていて、

第2次キプロス紛争以前は混ぜ混ぜに住んでいた

ギリシア・トルコ両民族はほぼ地域的に純化されている。

 

 

 

 

 

  

大人って汚い。

 

 

 

 

 

 

 

さて、

長々と書いてきたが、

ここまでの話を踏まえて考えて欲しい。

  

『キプロスはヨーロッパだろうか?』

そして、

『トルコはヨーロッパだろうか。』

 

 

 

 

 

 

  

ここまで書いたところで、日本共産党西宮支部の杉山君は

『なんで自分に喧嘩をふっかけてくるおっさんがいるのだろう。』

という理由に気がつくかどうか?

お前さんはこの問題についてなにも理解していない。

 

 

 

 

 

          

馬鹿なら馬鹿で黙ってろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トルコの宿願は

『ヨーロッパになること』だ。

NATOが出来るとまっさきに加盟した。

  

クルド人問題を抱えるトルコは

ソ連と対立したくなかったはずだが

それでもアメリカの核ミサイルを置いた。

  

ECが出来EUが出来ると

トルコは加盟申請を出し続けるのだが

それを許さなかったのがギリシアとキプロスである。

 

 

     

まあね。

 

 

  

この2ヶ国はすでにEU加盟国だったのだ。

当然トルコを許さない。

 

 

 

 

 

 

トルコのイスタンブールは2020年の夏のオリンピックに

立候補しているらしいが、無理だろう。

聖火を採るのにチャッカマンを使われそうな気がする。

  

そうはいっても財政危機でユーロが怪しくなって

ギリシアはへろへろだから

トルコのヨーロッパ加盟は実現するんじゃないか?

という人がいる。

 

        

無理だろう。

  

EU加盟=ユーロ導入でもないし

ユーロが弱くなっているのに

あえて弱い国を加えるメリットはない。

 

 

 

 

 

 

さらに、ヨーロッパでは

排他主義を主張する政党が勢力を得ている。

具体的には『イスラムいやだ。』ということ。

        

EU加盟=国境の自由でもないのだが

トルコがシェンゲン協定に加盟したら

イスラムの労務者が山ほど入ってくるぞ

という人がいる。

 

 

 

 

 

  

別にそれでも構わないじゃないか、と思うのだが

いやだという人はいる。

         

とりあえず2020年のオリンピックで

石原『どうせもう勃たねえよ』慎太郎。

を破ってくれたらうれしい。

  

あいつが、眼をしばしばさせて

『え?落ちたの?』といったら

すごくうれしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

       

『え?そこ?』という結論なのだが、

なんとしても重たいのだよ。

 

 

 

 

       

そこら辺、日本共産党西宮市議会議員、杉山某が

まるっきり理解していなくて、

貴様それでも政治家か?と襟首を

ねじ上げてやろうかと思う。

  

勉強しろ、杉山。

 

 

 

 

 

 

 

 

    

 

では、『今日の二枚。』

 

 

 

 

 

 

      

ニコシアの壁

 

00000000000000nikocia     

 

 

 

 

 

 

 

 

キプロスの首都、ニコシア

(現地名はレフコシャ)には

かつてのベルリンのように壁がある。

(写っているのは非武装地帯との間の壁) 

         

70年代には、越境しようとすると銃殺されるという

結構本気の壁だったらしいのだが

いまでは交通も自由で、

象徴のようになっているそうです。

 

 

 

 

 

 

  

だから日本人もたくさん旅行していて

旅行記が読めてありがたい。

  

トルコ支配地域の北部ニコシア市街にあるという表示。

 

0000eirocypros     

 

表記がトルコ語なので

見事に読めないが

レストランや教会では

ユーロが使えますよ

ということらしい。

 

 

         

EVKAFというのはキプロスにあるイスラム系の銀行。  

 

 

 

 

 

 

 

 

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