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2012年8月 1日 (水)

右側通行と左側通行

7月30日は『730』の日。

(Wikipediaの記事へのリンク)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

730とはなんだ、というと、1972年の沖縄返還から6年目、

1978年のこの日の深夜から早朝に沖縄の道路交通の

『左右切り替え』が行われたというもの。 

 

 

 

 

戦争中にアメリカに占領され、

戦後27年間アメリカ軍の統治下にあった沖縄は

アメリカ式に右側通行にされた。

  

戦前の沖縄にはろくに車が走ってはいなかった、

ということはあったが日本なんだから左側通行だ。

しかし、アメリカ人は軍民ともに車で移動する。

当たり前のように右側通行にされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、復帰が決まると本土と同じ左側通行にしよう、

ということになる。

     

 

ところがこれが大変だ。

   

 

標識、信号、案内標識、路面標示

あらゆるものを切り替えないといけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

もっと怖いのは運転者の意識であった。

  

私自身は右側通行の国で運転したことは1回しかないが

まっすぐな道なら、すぐに慣れるが交差点が怖い。

   

どっちの車線に入っていいかわからなくなる。

間違えたら事故になって、下手をすれば命に関わる。     

実際、730で左右が切り替えられた沖縄では

その後しばらく事故が絶えなかったという。

 

 

 

 

 

  

車の問題もある。

日本のように左側通行の国だと運転席は右側だが

左側通行の国の車はこれが逆になる。

 

 

運転する人にはわかると思うのだが

対向車線に近い方に座った方が運転が楽なのだ。

安全でもある。

 

 

ところが左ハンドルが右に変わると

ペダルは変わらないのに、手で動かす全てのもの

ウィンカーからシフトレバーまで全部逆になる。

 

 

交差点でワイパーを動かして笑われる奴、

という人はまだいるのかどうか、

とにかく、ウィンカーレバーとワイパーも逆になる。

 

 

左ハンドルなんか滅多に運転しないが

状況で運転せざるをえない時があって

そんなときは、なんだかたこ踊りをしているようだ。

 

 

  

だから、コストはともかく、

危険を伴う、この左右切り替えが行われたのは

大変な決断だったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

左側通行と右側通行は、国によって違う。

 

  

400pxcountries_driving_on_the_left_         

 

赤が右

青が左

 

  

 

 

 

そしてこれを見ると、旧宗主国と植民地が

必ずしも同じではないことがわかる。

 

 

 

 

           

日本は1945年まで朝鮮半島と台湾を植民地にしていた。

当然左側通行だった。

 

 

Tainan_eki_mae         

 

戦前の台湾。『左側通行』って書いてある 

 

 

  

北朝鮮はソ連に、韓国はアメリカに、

台湾は中華民国に占領されたから

戦後すぐに右側通行になった。

 

アメリカやソ連だったらわからなくもないのだが

蒋介石の中華民国なんて、

モータリゼーションという点では

日本以下だ。

 

  

日本は嫌われていたんだなあ。

 

 

 

 

 

 

 

       

730の左右切り替えは復帰直後から周到に準備され

当日の深夜、たった8時間で切り替えられた。

     

偉業である。 

 

 

 

 

        

しかしこれは道路だったから出来た、ともいえる。

鉄道だとこうはいかない。

 

 

 

 

 

1978年当時、沖縄には鉄道がなかった。

戦前には『沖縄県営鉄道』というのがあったのだが

沖縄戦で徹底的に破壊され、復活しなかった。

         

沖縄に『鉄道』が戻ってくるのは

2003年の『ゆいレール』である。

 

 

 

 

 

 

 

  

ところが朝鮮や台湾には日本が敷設した鉄道がある。

 

  

日本は鉄道も左側通行だ。

大阪環状線や、山手線などまあるく走る路線だと

『内回り』『外回り』という表示がしてある。

         

大阪で暮らすようになって、これがわからなかった。

しかし、『鉄道は左側通行』ということを覚えてくと

『大阪-京橋』や『渋谷-新宿』くらいなら

時計回りのほうが近いから外回りだな、とわかる。

 

 

 

  

しかし、もしも鉄道で『左右の切り替え』をやると

こうした案内から駅の施設、

信号や分岐のポイント、標識や側線、車両の構造まで

変更しないといけない設備は道路とは比較にならない。

  

なにより、

乗客の意識がついて行けない。

 

 

 

 

  

ソ連もアメリカも鉄道は右側通行なのだが

朝鮮半島も台湾も日本時代の路線と、

それに接続する路線は左側通行である。

          

しかしこれが戦後に作られたものは

そうではなくなっていくのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ソウルには9つの路線の地下鉄がある。

このうち1974年に開通した1号線は左側通行だが

それ以降の路線は右側通行なのだ。

  

1号線は郊外鉄道との相互乗り入れが計画されていたから

それに合わせた、というが

同じ街の鉄道で、路線によって右と左が違ったら

乗客は迷わないんだろうか?

 

  

日本は嫌われていたんだなあ。

 

 

 

 

 

 

 

『親日国』といわれる台湾はどうか。

  

日本時代の路線はもちろん

敷き直した台東線や、新設した南廻線

台湾新幹線などは左側通行だ。

 

 

250pxtaiwanhighspeedrail700ttestrun      

びゅーん 

 

 

 

 

 

しかし、1993年に開通した新交通システムは

右側通行なのだ。

 

 

0000taowan_mrt       

台北にも

板橋区があるんだぜ。

 

 

 

     

日本は嫌われてるんだなあ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

そういう意味で言えば、沖縄の『730左右切り替え』にしても

『本土並み』を目指す、県民の願い

があってのことだったのだろう。

 

 

 

Wikipediaには、

『一国一制度を守らないと車の輸入を認めないぞ条約』

のおかげだ、と書いてあるが嘘である。

 

 

 

 

       

『本土』だ、『沖縄だ』という表現は大嫌いなのだが

これは沖縄の人自身が使っている言葉でもある。

  

復帰から40年。

730からでも34年。

       

沖縄は『本土並み』になりましたか? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

むう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の730』

 

 

 

 

 

 

 

 

いまから10年前、復帰30年の記念番組、

後半に『730キャンペーン』とその興奮と混乱が

描かれています。

 

具志堅用高、若い

 

 

 

 

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最近、日付がずれてやしないか?と思ったあなたは愛読者さん。

ありがとう。

 

うん、間に合ってないんですね、単純に。

ごめんなさい。

 

 

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