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2012年9月の投稿

2012年9月30日 (日)

尖閣アドバルーン

尖閣諸島に中国が無人偵察機を投入。というニュース。

(朝鮮日報の記事へのリンク)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『生意気だなー。』

   

『まったくです…』

 

『実際は工作船なのに、「漁民の権利」とか言って

漁船を称しているのは「民間船」という

建前にしたいからだろう。』

   

『ええ…』

 

『無人とはいえ、軍籍にある偵察機なら

撃墜したって文句は言えないよな?』

   

『たたき落としてU-2事件みたいにしてやりましょう。』

 

『あ、でも偵察機だったら亜成層圏を超高速で

飛ぶような飛行機なのか?』

   

『今回中共が飛ばそうとしてるのは

こんな飛行機らしいです。』

 

 

0000senkaku_2       

 

ラジコンじゃねえか。

 

 

 

 

 

  

『こ、これ?』

   

『ええ。』

 

『無人偵察機っていったら、せめてこんなんじゃないのか?』

 

 

300pxglobal_hawk_1    

 

米軍のRQ-4

 

 

 

 

 

『でも。これからは無人機が主流になるってのは

以前も書きましたけど、RQ4みたいなハイスペック機と

ラジコンヘリに毛が生えたようなローテク機は

混在してるんですよ。』

 

『ハイ・ロ-ミックスって奴か?』

   

『運用目的が違うから、調達費の節約だけじゃないと思いますが』

 

『日本の陸自でも偵察や着弾観測のために

FFOSというシステムを持っている。』

 

   

1       

 

ラジコンなんだけど 

搭載している

観測機器はすごいよ

 

 

  

『しかし、中国の偵察機が領空を侵犯してきたら

叩きのめして構わないわけですよね。』

 

『そこだよ。』

   

『なんです?』

 

『いまの日本には、尖閣上空に侵入した

軍用機を落とそうと思ったら、自衛隊を使うしかない。』

   

『使えばいいじゃないですか。』

 

『いまの民主党政権に、

そんな度胸があると思うか?』

   

『じゃあ、海保の巡視船から撃つ。』

 

 

                

『巡視船で対空兵装を持ってるのは、

世界最大の沿岸警備船「しきしま」くらいだ。

「しきしま」は尖閣周辺の警備にもいっているが

そもそも一隻しかないし、機関砲を撃つのもなあ…』

   

『そこで遠慮しちゃいかんでしょう…』

   

Japancoastguard_shikishima        

 

海上保安庁巡視船、

「しきしま」 6500t

艦首の35mm

連装機関砲がすてき。  

 

 

 

『そこでな?』

   

『あ、ろくでもないことだ。』

 

『尖閣諸島に気球を浮かべよう。』

  

『はい?』

 

『だから今回中国が使おうとしている、ちゃちなリモコン機は、

もともとは日本製の「農薬散布機」だ。』

   

『そうなんですか?』

 

『以前、ヤマハ発動機がそういったラジコンヘリを中国に

輸出しようとして怒られたことがある。』

   

『この事件ですね。』

 

『だから、そんなヘリの到達高度もスピードも知れている。

気球を浮かべて防いじまえ。』

   

『えー?』

 

『馬鹿野郎っ。』

   

『ひっ。』

 

『「気球で飛行機を防ぐ」ってのは、「阻塞気球」といって、

第二次大戦の頃には実戦に使われていたんだ。』

   

『役にたったんですか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『真珠湾攻撃に先立つ一年前の1940年11月、地中海で

オペレーション・ジャッジメントという作戦が行われた。』

   

『はあ。』

 

『イギリス海軍はイタリアの軍港タラントに在泊している

戦艦6隻、巡洋艦9隻を基幹とするイタリアの主力艦隊に

空母イラストリアスから、20機の雷撃機を送った。』

   

『はあ。』

 

『事前の偵察では、タラント軍港の周辺には100個近くの

阻塞気球が上がっている。』

   

『……』

 

『ところがっ、イギリスのフェアリー・ソードフィッシュは複葉機、

信じがたい低速と低空からの侵入で

イタリア軍の対空砲と阻害気球を突破。』

 

   

800pxswordfish_mk2_ls326_1988    

 

 

これが第二次大戦でも 

使われてたんだぜ。

 

 

 

 

 

『なんと、イタリア軍の新鋭戦艦2隻を含む5隻を撃破。

ただでさえやる気のないイタリア海軍は、

これ以降、完璧に沈黙してしまうっ。』

   

『あのーそれじゃ気球、役にたたなかったんじゃあ。』

 

『馬鹿野郎っ。』

   

『ひっ。』

 

『成功した阻塞気球もある。』 

 

 

 

 

 

 

『はあ…』

 

『バトル・オブ・ブリテンでイギリス空軍は

ロンドンに、延べ数千基の阻塞気球を上げた。』

   

『はあ…』

 

『まともな高度から爆弾を落としに来る

ドイツの爆撃機には役にたたなかったが、

ヒトラーがやけくそで放った、無人爆撃機V1には

結構効果があった。』

   

『V2には?』

 

『全く役にたたなかったっ。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『まあ、尖閣に阻塞気球を上げてもいいんですけど

いちおう「兵器」でしょう。

完全な自衛兵器だけど、そんなことしたら、

「小日本が釣魚島に兵器を配備。」とかいって

余計大騒ぎになりませんか?』

   

『馬鹿野郎っ。』

  

『ひっ。』

 

『こと、「防衛」に関して攻めてくる側の

心情なんか忖度するなっ。』

  

『まあ、そうですが…』

 

『大体、中国にしたって、札束でひっぱたいて

世界中の新聞に

「尖閣は中国の領土で、日本に奪われました。」

っていう広告を打ってるんだぞ。(読売)

 

 

 

0000_senkaku     

 

 

 

『釣魚諸島は 

中国領です。』

 

 

 

 

 

 

 

『腹立ちますねー。』

 

『だからな?』

   

『あ、まだろくでもないこと?』

 

『阻塞気球っていうことを伏せつつ

アドバルーンにしよう。』

   

『はい?』

 

『「めんそーれ・尖閣」とか書いた広告を

気球の下に吊すんだよ。』

   

『人をいらっとさせる、その絶妙な言葉の選び方は

どうでしょう…』

 

『じゃあ「祝・日中国交正常化40周年」』

   

『それはまた、中国にこびているような…』

 

『その隣の気球には

「惜・日台断交40周年」。』

   

『またそうやって喧嘩を売る。』

 

『だけどな?』

   

『はい。』

 

『お互いに存在を認めないはずの

北京と台北が

尖閣問題に関してだけは共同歩調を

取ろうとしているあたりを

思いっきり、からかってやろうぜ。』

   

『まあ…』

 

『意外にそのあたりが、

この問題の突破点になるような気がするんだ…』

   

『あ…』






































では、『今日の一枚。』


















二・二六事件の際、

反乱軍に向けて戒厳司令部があげた

アドバルーン。

 

200pxfebruary_26_incident_balloon_2    

 

 

 

『聖断下る

軍旗に手向かうな。』

 

 

 

 

 

 

  

日本軍が、阻塞気球を大規模に使った事例はないが

こうやって、反乱直後に気球を上げる程度の

能力はあったわけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

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最近、アドバルーンって見ないね。

むかしは、デパートの屋上とかにあったのに…

 

デパートが、ランドマークではなく

広告はアドバルーンじゃないってことなんだろうけど、

いまやれば逆に新鮮だと思うけどなあ。

 

 

 

 

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2012年9月29日 (土)

秘密のボタン

ホンダのハイブリッド車、CR-Zがマイナーチェンジに合わせ、

『PLUS SPORTS システム』を搭載、というニュース。

(レスポンスの記事へのリンク)













『この車は「秘密のボタン」を押すと、

ばおんって急加速するそうです。』


『なんじゃそりゃ?』


『ボタンに反応して、シフトが切り替わるんですと…』


『マニュアル車だったら、ダブルクラッチして

シフトを落とせばいいだろ?』


『この辺の話、車を運転しない人にわかりますかね。』


『オートマ車だったら、めいっぱいアクセル踏み込んだら

キックダウンするだろうが。』


『えーと、CR-Zはハイブリッド車だからこのボタンを押すと

全力でモーターが動くらしいです。』


『全力?』


『モーターの出力は、15kwだそうです。』


『…馬力で言えよ…』


『エンジンの出力が88kwで、モーターが15kw

えーと、1kwが1.35馬力くらいだから…』


『めんどくせえ…』


『足すと、140馬力くらいですね。』


『…そんなにたいしたことないな。』 

















『昔のホンダ車には「チョークレバー」があったな。』


『チョークレバー?』


『キャブレターに入る空気を絞って、混合気を濃くするんだ。

2代目シビックとかは、CVCCエンジンだったから

冬になると、エンジンがかからなくってさあ。』



0000_cx



うわーん、なつかしい。







『チョークってバイクにしかないもんだと、思ってました。』


『車にもあったけど、オートチョークで

運転手が操作することはなかったよな。』


『ホンダはバイク屋さんだから…』


『ああ…』


『しかし、始動時はともかく走っている時にチョークレバーを

引いたらどうなるんです?』


『エンストする。』


『あ、やったんだ。』


『うんっ。』









『このボタンがモーターを起動させるんだとして

ひとつ問題があるんです。』


『モーターを全力運転させ続けたら電池は?…』


『えーと、「…何度も繰り返すとバッテリー容量が少なくなって

モーターアシストができなくなる…」だそうです。』


『一度ボタンを押したらしばらく待たないといけないってことか?』


『……』


『……』


『エネルギー充填120パーセントっ。』


『PLUS SPORTモード」発進。

とかいうやつがいそうですね…』


『そういう世代を狙っているのかなあ。

それに、15kw(20馬力)の追加くらいで

そんなに変わるもんか?』













『ステアリングホイールにある「PLUS SPORTボタン」を押して

アクセルを踏むとまるで「V6 3000cc」の車のような加速が

得られる、と…』


『ボタン…?』


『こんな奴らしいです。』




0000_s3_2



さて、どこでしょう









『…わからん…』


『ここらしいです。』



0000_s





わかるかい? 








『だから、わかんねえよ。』


『右下に、人差し指が見えるでしょうっ。』


『し、心霊写真?…』


『違いますよ。指が押しているのが

PLUS SPORTSボタンです。』


『わかんねー。』


『ボタンばっかりですね。』


『上にもいろいろボタンがあるな。』


『それは、「クルーズコントロール」のボタンみたいですね。』


『高速をのんきに走りたい時に使うボタンと

山道をスポーティに走りたい時のボタンが

ほとんど同じ場所にあるのか。』


『いまは、F1でもシフトチェンジは

ステアリングホイールのボタンで操作するらしいですから。』


『ヒール・アンド・トゥの練習をしていた世代からすると

信じられないねえ…』


『現代的なスポーツカーって事でしょう。』


『しかし、こんだけボタンがあったら

間違えそうな気がする…』













『あ、こんにちは…』


『あーら、梅子先生。今日はあなたがお迎え?』


『…はい、たまには保育園のお迎えにも来ないと…』


『梅ちゃーん。』


『あ、お帰り。じゃあ失礼します。』


『梅子さん。あなたどうせ歩きでしょ?

あたしの車で送ってあげるわ。』


『ちょっと、竹子さん。出しゃばらないでよ。

あなたの車は国産じゃない。梅子さん、

私、松子のおベンツで送って差し上げてもよろしくてよ?』


『あ、あの、うち先週車を買ったので…』


『まー、梅子のくせに生意気だわ。』


『そうよ、松子、竹子、梅子、と来たら

松竹梅であんたなんか最下等じゃない。

なんていう車を買ったのよっ。』


『えと、あたしはよくわからないんですけど、信君が

スポーツカーが好きで、CR-Zとかいうのを。』


『竹子さん知ってる?』


『知らないわ、松子さん。』


『なんか変なボタンを押すと

すごいことになっちゃって怖いんですけど…』


『竹子さん知ってる?』


『知らないわ、松子さん。』


『…あの、診療所を開けてきているので、お先に失礼します』


『ちょっと。竹子さん。梅子の車を追うわよ。』


『当然よ、松子さん、あんな梅子の車なんか…』


『…じゃあ、失礼します。』



ぎゅろろろろろろろう゛ぁあー


『……』


『……』


『なによあれ…』


『FFのくせにホイールスピンして出て行ったわよ…』




















では、『今日のボタン。』















1964年『007 ゴールドフィンガー』で登場した

ボンドカー、アストンマーチンDB5には

ボタンで操作して煙幕が出たり、オイルが撒かれたり、

運転席が射出したりする仕掛けがあった。


日本のアニメも影響を受け

1967年のアニメ、『マッハGOGOGO』では

各種のボタンを押して車がいろんなパフォーマンスをする、

というのが売りになっている。


この、オープニング映像でも

Aボタンを押して飛び上がる、マッハ号が描かれている。



 

って、

そんな解説以前に、この動画懐かしい。


まだ、アニメのコンテンツがなかった時代、

このアニメはたぶん10年以上にわたって、

夕方に、夏休みであれば朝に放送されていた。



なつかしいなあ。



むかしはこの、オープニングテーマの曲、

すごいかっこいいと思ってたんだけど、

いま聴くと、演歌ですねえ。


かっこいいけど。








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2012年9月28日 (金)

リモート・コントロール・ゴキブリ

アメリカで『サイボーグ・ゴキブリ』が開発されている、

というニュース。 (ロイターの記事へのリンク)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いくら「毎日更新する。」ったってこの話題はないだろう。』

 

『でもですね。最初このニュース、

「ゴキブリ型のロボットを開発」だと思ったんですよ。』

 

『蛇みたいなロボットとかあるからな。』

 

『でも、よく読んだら

「生きているゴキブリの触覚に

電波を送って遠隔操作する」んだそうです。』

  

 

 

0000_cockloach

  

うえっ 

 

 

 

 

 

『で、でかいな。アメリカのゴキブリ。』

 

『横に置いてあるのは1セント硬貨で直径2cm弱ありますから

ゴキブリ自体は4cmくらいありそうですね。』

 

『…と、書いたんだけど、戴いたコメントのご指摘によると

25セント硬貨なんだそうだ。』

 

『25セント硬貨ってあんた 2.5cmくらいあるから、

この写真のゴキブリは5cmくらいになりますぞ。』

 

『う゛ぇえええええええ…』

 

『こんなの台所に出てきたら、奥さん失神しちゃいますよね』

 

『で、なんに使うのよ。これ…』

 

『えーと、「小型のカメラやマイクを搭載して、

災害現場での救助活動などに役立てたい…」ですと。』

 

『まあ、いまはカメラも小さくなってるからねえ。』

 

『マイクも…』

 

『カメラはともかく、マイクは何に使うんだろう…』

 

『もうすぐ助けが来るからがんばれ。

とか言うんじゃないですか?』

 

『お前、倒れてる被災者の耳元で

ゴキブリがそんなセリフしゃべったら

ショックで死んじゃうよ?』

 

『あ…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『で、操作できるのか?これ…』

 

『…「触覚に電極をつなげ、リモコンのボタンを押せば

電気パルスを送ることができる仕組み。

これによってゴキブリは前方に障害物があると錯覚し、

回避するように動く…」だそうです。』

 

『…錯覚…』

 

『福島原発の中とかにも入れられませんか?』

 

『でも死んじゃうよ?』

 

『で、動物愛護団体の中には

「生き物を道具として使うのは倫理的にどうか」

とか言ってるらしいです。』

 

『……』

 

『……』

 

『アメリカ人だねえ…』

 

『そんなら、地雷探知犬はどうなんだ。

っていう話ですよね。』

 

『麻薬探知犬とかもな。』

 

『麻薬って匂いでも効くんですか?』

 

『さあ…』

 

 

 

 

0000norip_3

   

 

ダメ、吸わなきゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あ、それじゃあ。

このゴキブリを尖閣諸島に「配備」しておいて

上陸してくる連中がいたら

うぞぞぞぞーと、襲わせたら…』

 

 

『却下ですっ。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の二枚。』

 

 

 

 

 

 

 

2場所連続優勝で横綱昇進を決めた

大関 日馬富士に不知火型の稽古を付ける、伊勢ヶ浜親方。

 

0000_sisyo2

 

 

もっと、手を広げて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まっさらな『綱』を締めた日馬富士関はともかく

親方は、いやにラフな恰好だな、と思ったら

Tシャツはこんなことになっていた。 

 

0000_sisyo_2

 

 

 

 

 

師匠

 

 

 

 

  

 

実をいうと、このTシャツはWebでも買える。

安倍さんや野田さんや橋下さんがこんなTシャツを着てることを

想像してもらったらわかると思うが

こんなの着ている親方、嫌だ。

 

 

 

 

しかも、『綱披露』っていう

マスコミ注目の日に

こんなTシャツ着るなよな…

 

 

 

 

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(28日 追記)

コメントで『写真のコインは25セントだよ。』というご指摘を戴きました。

ひゃー、はずかしい。訂正しました。ありがとうございます。

 

 

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2012年9月27日 (木)

王様選挙

自民党の総裁選が行われた。

ご存じの通り、安倍さんが当選。

(一応リンクしとこう。 読売) 













政権党じゃない政党の総裁選がこれだけ注目されたのは

いまの民主党が負けるから。

 

次の総選挙がいつになるのか知らないが

民主党は必ず負ける。






 

自民党も過半数は無理だろうが、

比較第一党になる可能性は高い。

そうなると『憲政の常道』として、

自民党総裁は総理大臣になれるかも知れない。

だから注目された。


 

個人的には石破さんが総裁になった方が

国益はともかく面白そうだな。

と思っていたのだが、残念だ。













いま、日本中のマスコミが、

第一回、第二回の議員票の動向を調べて

分析しているんだろうが

そんな作業、犬の糞よりつまらない。





 

『あの人はあの派閥だから。』

『あの人が投票行動を換えたのは実は…』



 

なんていう風に、

政治をスキャンダルの次元に落としてきたから

日本のマスコミは駄目なのだ。



いま、かつての政治記者が

あれこれ『秘話』を執筆しているらしいが

笑止である。



お前らが、政治を腐らせた。 

何故反省しない。
















しかし、少なくとも自民党の場合、

『総理になろう。』という気概があるのは評価してやる。


日本の政党には、老舗から新米まで

明らかに『3位狙い』『4位狙い』という政党がいる。

生意気に『キャスティング・ボート』とか言っていたのに、

いまや、

「アジェンダ」の人はひとりぼっちだ。



ざまあ。



『総裁にしてくれるんなら自民党に入りますよ。』とか

憎体なことを言っていた、そのまんま・イーストは維新に転身し、

『総理になって欲しい男、No1』だった、

桝添さんはどこに行った?








安倍さんがもしも総理になれば、

『改造内閣』とかではなく、ブランクのある総理大臣の再任としては

吉田茂以来なのだという。





腹壊すなよ。




しかし、自民党もどうせ過半数は取れない。

維新も、選挙前には組むのは嫌みたいだから

民主党と組んで

『総理経験者ばっかりの内閣』

とか作ったらどうだろう。



総理が安倍さんだとして、民主党にも

野田、管、鳩山、羽田、と四人も元総理がいる。


羽田さんは見落としただろー。




自民党なら、存命中の議員だけでも

麻生、福田、森、の三人がおり、

議員じゃなければ、パパ小泉、海部、中曽根がいる。


存命中の総理経験者ということなら、もう政治家じゃないが

殿様細川や、マユゲルゲ村山もそうである。



 

閣僚なら民間人でも構わないはずだ。







全員総理経験者の『超重量級内閣』。

ということで、何か外交に重みが加わらないか?




加わらないだろうな…





なんか、『トップヘビー』で沈みそうだ。









実をいうときょうは、ヨーロッパでは、

『王様は選挙で選ばれていた。』

という話をしようと思ったんだけど、

なんか疲れちゃいました。



ヨーロッパの王朝は『ブルボン朝』『バロア朝』なんていって

『なんかかっこいい』とか思っている、ベルサイユな馬鹿がいるが

あれは、王様の正統が絶えてしまったために

親戚を呼んできたから。

家系が変わると、王朝の名前も変わるのである。

 

 

だから、王位継承をめぐって100年間戦争したりするのだ。

ドイツでは、近世まで『選帝候』という7人の偉い人がいた。



  

万世一系の天皇陛下を戴く日本人としては

『王様の選挙』というのが信じられないが、

逆に言えば、ヨーロッパ人は、

『女性天皇ではY遺伝子の正統が途絶える。』という

日本人でもよくわからない理屈は、全く理解できないだろう。












 

もう選挙はいいから仕事しようよ…
























では、『今日の二枚。』



















 

実は、9月26日というのは

重大な海難事故の記念日、でもある。

昭和29年のこの日には、青函連絡船の洞爺丸が、

台風の中で出航しようとして転覆、沈没。

死者行方不明者1155人という大惨事が起きている。

(Wikipedia 洞爺丸事故)  

0000touyamaru_2







引き上げられた

洞爺丸













昭和10年のこの日には

やはり台風によって、日本海軍の艦艇十数隻が破損する、

という『第四艦隊事件』が起こっている。

(Wikipedia 第四艦隊事件)



 

0000_4_2


艦首が破断してしまった

駆逐艦、初雪







しかし、いくら台風だったとはいえ

『軍艦が波で壊れた』というのは、

いい恥さらしだ。



 

海軍は、外国はもとより国民にも

この事故を隠蔽しようとした。


 

もちろんすぐにばれて、アメリカの水兵は

『ジャップの軍艦は竹と紙で出来ている。』

と教えられてさんざんに負けた。 



 

なんだろうね、もう。

誰が総理でもいいけど、巻き添えはごめんだぜ。







 

 

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今日の教訓:『短くても、毎日。』


 

 

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2012年9月23日 (日)

ある王国の滅亡。

9月19日は『ハイデラバード藩王国滅亡の日。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

どこだよそれは?というと、インドにあった。

(クリックで大きくなります。ピンクがイギリス直轄領、黄色は藩王国)

 

  

インドの三角形の真ん中あたりにある大きなところが

ハイデラバード藩王国。

 

Gazetteer_frontcover    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この地図ではビルマも書いてあるので、

やたらとイギリス直轄領が広いが

以前も書いたが、イギリスというのは植民地で

直轄領を持ちたがらない。  

 

 

 

 

 

 

下手に『女王陛下の土地』にしてしまうと

福祉、衛生、医療、教育、治安、司法といった

社会サービスを与えないといけない。 

本国人を派遣するとコストがかかる。

 

  

 

支配しといて勝手な話だが、

イギリスやフランスといった、『植民帝国先進国』では

現地人を教育して下級官吏にするというのが

一般化していた。しかし、

 

下手に現地人に教育を与えると

ガンジーや、ホーチミンになってしまう。

 

 

 

痛し痒しだったのだが、

植民地の現地人に教育と権限を与えなかった

ベルギー領コンゴや、ポルトガル領アンゴラでは

戦後、猛烈な内戦が起こった。

 

 

 

 

 

 

 

  

イギリスも地図でいうピンクの土地を直轄領にした。

  

イギリスが最初に勢力を扶植したベンガル地方と

デリー首都圏を中心として

インド亜大陸の沿岸部と主要都市への交通路を

押さえている。

  

そしてそれ以外は、『藩王国』という存在に任せている。

藩王国というのは、ムガール帝国からある存在で

地方を任されたらなんとなく独立しちゃった、という連中。

イギリス支配下のインド帝国でも550以上あった。

  

もちろん、それだけの数があるんだから、ピンキリで

下の方は、『領民数十人』という『藩王国』があった。

 

こうなるともう、王様じゃなくて『村長』じゃないのか

という気がするが、とにかく下の方はそんな具合。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

そんな規模なら『保護国』とどう違うのか?というと

答えに詰まるとことがある。

 

インドでも、以前書いたシッキムのように

『総督はいるけど、現地人の王様もいる。』という

『保護国』という存在があった。

 

『保護国』は原則として、辺境で

イギリスにとって利用価値がないけど、

よそに獲られるのもしゃく、という、人を馬鹿にした地域であった。

 

 

 

 

 

『藩王国』はそれとは違って、

『イギリスのインド支配にとってそれなりに役割がある地域』

だったのである。

 

  

 

もちろん、イギリスに忠実な国家ばかりだったわけではない。

インド最南部の『マイソール藩王国』

イギリスに最後まで抵抗している。

  

ただし、マイソールは

巨大な勢力を持っていたために

お取りつぶしにはならなかった。

 

 

 

 

 

 

そこに行くと、『ハイデラバード藩王国』はイギリス寄りで

イギリスが、フランスとインド支配を争った

プラッシーの戦いの直後に同盟を結び、

1857年のセポイの乱ではイギリス(東インド会社)側に

立っている。

 

 

 

  

その後、

東インド会社からイギリスが直接支配に乗り出した時

『藩王国』の選別、が行われた。

具体的にいうと、イギリスに忠実な藩王国は生き残る。

反抗的な国、マイソール藩王国のように巨大な勢力を

持っている国は、生き残ることは許されたが

領土を半分くらいに削られた。

 

 

 

  

そこにいくと、『ハイデラバード』は別格だ。

人口、面積とも藩王国の中では最大。

  

実際ハイデラバードはムガール帝国時代から、並みいる『藩王国』

の中でも別格の存在だった。

 

今まで、意図的に『藩王』と書いてきたが、

並の藩王だと、呼び名は『マハラジャ』。

  

マハラジャというのはディスコの名前ではないのである。

 

 

 

 

 

ハイデラバードの王様は別格で

『ニザーム』という特別の称号を

持っていた。

  

それを許されたのはこの国だけだったから、

『ハイデラバード藩王国』のことを『ニザーム王国』ともいう。

 

 

 

 

 

  

めんどくせえ。

 

 

 

 

  

 

イギリスに忠実なことも文句がない。

   

ハイデラバードは、第一次世界大戦では自国軍をエジプトに派遣し、

第二次大戦では巨額の援助をした。

 

従って、イギリスはハイデラバードを最高の待遇で扱った。 

 

 

 

   

この話で、よく引き合いに出されるのが、

ニザームがデリーに出かけて式典に出席する際、

21発の礼砲が打たれたという話。

21発の礼砲というのは、イギリスでは最高の待遇で、

国賓クラスにしかうたれない。

  

21発の大砲をドッカンドッカンと撃つのかというと、

一門の大砲でそんなことをやったら、

前装式の大砲の時代ならうつのに30分くらいかかってしまう。

 

従って、7門くらいの大砲を並べて5.6秒おきに撃つ。

7門並べるのなら、同時に撃って3回やれば21発じゃねえか

と思うし、国によってはそういう祝砲、弔砲の撃ち方もあるのだが

律儀に21発撃ったらしい。

 

6秒おきでも2分だ。

それを、イギリス総督は敬礼しながら見守り、

ニザームは馬上ゆたかに、ではなく

彼は、公式の式典には

象の上に輿を乗せて出席したらしいから

象上ゆたかに、礼を受けたのである。

 

 

2534221_f260       

 

 

ぱおおーん

 

 

 

 

 

 

外交ってくだらない虚礼で出来ている。

 

 

  

と、まあこんなどうでもいいことを書いているが

実をいうと、イギリスというのは植民地支配をするに当たって、

現地の既存勢力に対して、

意図的にこんなくだらないヒエラルキーを与えた。

  

各勢力間で見栄をはらせて、お互いを離間させるためである。

なんたる卑怯者か。

 

しかし、ハイデラバードの王様も、そういう『格付け』を

喜んでいた風がある。

 

 

 

  

 

そして、こういう格付けにこだわった事が

ハイデラバードを発展させもしたし、

王国としてのこの国を滅ぼす事にもなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ごめんね、前置きが長くて。

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、まだ本題には入らない。

  

Wikipediaには、

ハイデラバードは広軌の鉄道を押しつけられたことが

財政上の大きな負担になった、と書いてある。

 

嘘だ、とまでは言わないが事実とニュアンスが違う。

 

 

 

 

解説がいるな。

イギリスが、広軌の鉄道をインドに敷設しようとしたのは事実。

広軌、というのはインドの場合5フィート半で、1676mm。

日本のJRの在来線が3フィート半で1067mmだからだいぶ広い。

                      

広軌だと、輸送力を大きくできる。

貨車も客車も大きくできる。

 

蒸気機関車の時代、軌間が広ければ缶室を大きくできるので

出力が大きくなる。

軌間が1.6倍だとすると、体積はその3乗だから4倍になる。

                          

実際、狭軌で建設された日本の鉄道は決定的に遅く

輸送力がなかった。

昭和30年には、東海道線は線路容量の限界を迎えており

そのために新幹線が建設された。 

                            

高速・旅客輸送に徹底した新幹線の商業的成功は

世界各地に模倣を生み、物流の歴史を変えた。

 

 

 

 

 

  

しかし、もしも日本の鉄道が広軌で建設されていたら、

新幹線は登場しなかったかも知れない。

そして、その可能性は高かった。

 

 

 

少なくとも5年は遅れただろう。

5年ならまだ実現できたかも知れないが

10年遅れていたら石油ショックだ。

計画は凍結されただろう。

 

 

『日本にも広軌を』というのは

全くリアリティのない話ではなかった。

日本の都市計画と鉄道には必ず顔を出す

後藤新平が、鉄道院総裁だった時代、

日本の鉄道を広くせよ、全部が無理なら東海道線だけでもやれ。

という『改軌案』が粘り強く提案され続けた。 

 

それさえ無理なら、軌間の違う広軌の別線を通せという案が

出され、それは『弾丸列車計画』として、

用地買収や試験列車の建造など一部では着手された。

もちろん、戦争によって完成はしなかったが…

 

 

 

 

 

だから、『新幹線』が実現できたのは

日本の鉄道が狭軌であり続けたからだ。とも言える。

 

 

そして、あの時期、

1964年に日本が新幹線を作らなければ

TGVもICEも中国や韓国や台湾の高速鉄道も

世界中の高速鉄道は存在しなかっただろう。

 

鉄道自体、切れ切れに分断されて

広域交通機関として、維持されていなかったかも知れない。

 

 

 

 

歴史というのは、ずいぶんと小さい

偶然のつみ重ねで出来ている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まだある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

狭軌で、1mちょとの軌間だと列車の最大幅員は3mになる。

軌道敷というのもこの幅で建設される。

 

 

 

この幅員だと、ほかに転用できない。

 

廃線になることを見越して鉄道を敷くやつはいないだろうが

じつは、この『狭軌鉄道の中途半端さ』が

日本中の鉄道を苦しめている。

 

 

 

 

廃線にしても、道路にならないんですね。 

 

 

 

 

街と街を結んで帯状の専用敷地があり、

しかも必ず『駅』を通る。

 

廃線しても道路にすれば、バスも走らせられるし、

一般に開放したら便利だ。

沿道の鉄道用地を『分譲』したら大儲けじゃないか?

なにしろ、駅前なんだから。

と思うでしょう。

 

 

 

 

 

しかし、これが出来ない。

 

 

 

 

 

今の自動車は乗用車でも幅1.8mくらいあるから

物理的にすれ違いが出来ない。

道路法では幅員4mないと『道路』と見なしてくれないから

沿道を分譲しても、建物が建てられない。

『接道』していないから建築基準法違反なのである。

 

 

 

日本中に赤字の鉄道があり、

バスに転換したいと思っている人たちがいるのだが

これが出来ない。

 

 

東北の被災地の鉄道なんか赤字だからバスでいいじゃん、

とJRが冷たいことをいっても

それさえ出来ないのは軌道敷が中途半端に狭いからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふう。 

 

 

 

そろそろインドの話に戻ろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もちろん、広軌だと建設費が高い。

軌道敷もそうだがトンネル、橋梁、切り通し

あらゆるものをでかくしないといけない。

 

しかも貨車も大きいし、編成も長いから重い。

丈夫に作らないといけない。

当然維持費も高い。

 

 

 

 

 

中小のマハラジャの中には、広軌の建設費に耐えかねて

勝手に軌間1000mmの、メーターゲージと呼ばれる

路線を引いた国もある。

山間部には762mmや610mmという『超狭軌』の鉄道も

敷かれたから、あの国の鉄道は4つのゲージがある。

 

路線の延長距離でいえばメーターゲージが一番長い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ、やっとインドの話に戻ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イギリスが広軌を勧めたのは事実だが

ハイデラバードがそれを受け入れたのは

『大国』としての面子もあったからだ。

 

 

 

 

事実、ハイデラバードの歴代のニザームは

国家の近代化に熱心で教育や医療では、

イギリス直轄領をしのぐ投資を行った。

 

 

 

これを見栄だといってしまっては可哀想だろうが

ハイデラバードが破格のニザーム王国だったから

行われた、という側面は、ある。

 

 

豊かな国でもあった。 

インド最大の炭鉱があり、ダイヤも取れる。

近代化の投資に耐える財力があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

歴代のニザームは『世界一の金持ち』といわれた。

第9世のミール・アリ・ハーンは着道楽で

『同じ服を2度と着なかった。』という。

 

 

そのせいか、第10世にして、最後のニザーム

オスマン・アリ・ハーンは、とんでもないケチだったという。

 

 

彼は父が作った広大な宮殿を好まず、ぼろ小屋に住んだ。

家具といえばわら布団と、粗末なテーブルと椅子だけで

そのほか、部屋にはいくつものトランクがあり

その中にはぎっしりと札束が詰まっており

入りきれない分は部屋の隅に積んであった。

 

彼は父の反動か、着るものや身の回りのことに一切無頓着で

年に一度しか風呂に入らず、何年も同じ服を着ていた。

 

従って部屋にはたくさんのネズミがおり

ネズミたちは、無造作に積まれた札束をかじり散らした。

『ニザームの家のネズミは、

ニザームより何倍も高いものを食ってる』

といわれたそうな。

 

 

と、まあ。これはオスマンに関する『伝説』のうち

もっとも悪意のあるものである。

 

 

 

 

 

 

この人は戦後まで生きているので

写真が何枚も残っているのだが

それほどケチで不潔なようには見えない。 

 

0000_ahlhi_kahan    

 

 

 

ぼく、お風呂入ってるもん。

 

 

 

 

 

 

で、

 

この人は、ハイデラバードのニザームとして

1911年から1948年まで在位している。

国内の近代化に関する投資には

金をけちってはいない。

 

 

 

 

この人の時代の建築として有名なのが

ハイデラバード高等裁判所。

 

0000_high_coat     

 

 

まあ、裁判所だから

観光は出来ないらしいですが。

とても贅沢で美しい建物、

だそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ、戦後インドが独立する時にハイデラバードは、道を誤った。

表題に述べた『国家滅亡』の話にやっと来た。

 

 

 

 

 

 

インドは1947年にイギリスから独立する。

独立運動を主導したのはガンジーだった。

 

この人はマハトマな心で

国内のヒンズー・イスラム両宗教の融和を訴えるのだが

弟子であるネルーとイスラム勢力の指導者、ジンナー

回印連邦制についてさんざんに協議するのだが結局は対立し、

ついにイギリスは『もうイスラムとヒンズーは国を分けよう』

という趣旨のインド独立法、という法律を作って

とっととインドから撤収する。

 

 

 

 

国境線を引いたのはラドクリフという若い弁護士で

たった一ヶ月で現在のインドとパキスタン・バングラデシュの

それぞれの境界線を描く。

 

 

しかも、この時点ではパキスタンとバングラデシュは同じ国だった。

首都は今の西のパキスタンにあるのだが人口や経済規模は

東のバングラデシュのほうが大きい。

 

 

『飛び地』がある国家は世界中に珍しくないが

本土と飛び地が1600kmも離れていて、

飛び地のほうが人口が多い。

こんな豪快な飛び地はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それ以外の国境線も宗教だけで分けており、

言語や民族を考慮していない。

更に、イスラムとヒンズーがきっぱり別れて住んでいるはずもない。

 

いくら何でもこんな人為的な国境線は無茶で

ヒンズー、イスラム双方から大量の難民を出した。

しかも、ラドクリフ先生、藩王国については『勝手に決めてね』

ということで逃げてしまったので、これが大問題になる。

 

 

 

0000_1947      

1947年、独立時のインド

紫がインド、緑がパキスタン

黄色がハイデラバード 

 

 

 

 

パキスタン西南部、バルチスタンにあった4つの藩王国は『独立』

するのだがパキスタン軍に圧迫されて降伏。

 

パキスタン北部、カシミール藩王国は

王様がイスラム教徒だったので

パキスタンに参加しようとするが

住民の大半がヒンズー教徒だったので

大量の難民が出るのは明らか。

 

インド政府が撤回を迫り、

パキスタンが軍事進攻する姿勢を見せると

カシミールの王様は前言を撤回、インドに保護を要請。

印パ両軍がカシミールに侵攻して

未だに、解決していない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さてやっと、ハイデラバードだ。

 

ハイデラバードのニザームもイスラム教徒だった。

だからパキスタンに入りたい。 

しかし住民の大半がヒンズーなのはカシミールと同じだった。

 

インド政府は頭を抱えた。

これでは、東西パキスタンのほかに

『南パキスタン』が出来てしまうではないか。

 

 

 

 

浦和駅じゃねえんだぞ、と。

 

 

 

 

かといってパキスタンとハイデラバードの両方を相手に

戦争をするわけにも行かないので

現状維持、つまり藩王国として存続させることで協定。

1947年11月に、ハイデラバードは独立宣言する。

 

しかし、この『独立』はイギリスをはじめ諸外国に

認められなかった。

あれほど恩を売ったのに…

 

 

 

 

で、そのハイデラバードの地図。

 

        250pxhyderabad_state_1909

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かといってインドもいきなり戦争はしたくないので、

国境を封鎖した。 

地図のようにあいにくとハイデラバードは内陸国だった。

 

 

 

ハイデラバードは『インドの無法』を国連に訴えるのだが

頼みの綱のイギリスのアトリー政権はこれを見捨てた。

これでインドは意を強くする。

 

 

第一次印パ戦争が片付くと、

インド政府はハイデラバードの処理に取りかかる。

9月12日にインド軍が進駐すると5日後にハイデラバードは降伏。

翌年、インドへの併合を認めて国家としても消滅する。

 

200年近く続いた『近代国家』は

兵糧攻めと、109時間の『戦闘』で消滅した。

 

 

 

 

 

 

国家って一体何だろう、と思うのです

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の一枚。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後のニザーム、オスマン・アリ・ハーンの伝説には

信じられないものが多いのだが、

ひとつのエピソードだけは共通していて、それが、

『グレート・ムガールという巨大なダイヤを文鎮にしていた。』

というもの。

 

 

0000great_mugar_2               

 

280カラットあるんですって奥さん。

だから、56グラムよ。うひゃあ。

 

 

 

 

 

もちろん、これは後世の模造品の写真である。

というか、そもそもそんなダイヤ

誰も見たことがないらしいのだ。

 

 

 

 

 

 

 

ただ、このオスマンという人がとんでもない金持ちだったことは

確からしく、彼は1948年に『ニザーム』ではなくなっても

金持ちのまま1964年まで生きて、インドで死んだ。

 

巨額な遺産をめぐって大変な騒動があったそうだが

この辺の話は、彼自身のケチ伝説よりも

信じられない話ばかりである。

 

しかし、このダイヤもその騒動の時に

どこかに紛れてしまったのは確からしい。

 

 

 

 

 

 

 

彼が何故、このダイヤを文鎮にしていたのかについては、

これも、まゆつば物のエピソードがある。

 

 

 

 

 

とある、ユダヤ人の商人が、このグレートムガールをもって

ニザームのぼろ小屋にやってきた。

彼は赤いビロードに包まれた巨大なダイヤを

恭しくニザームの前に差し出した。

 

ニザームは、それを取り上げると手の甲に乗せ、

そして小さくかぶりを振った。

『指輪にならん。』と。

 

商人は、あわててニザームの礼服を指さし

『それならカフスボタンに仕立てましょう。』といった。

 

ニザームは礼服を振り向きもせずに、やはりかぶりを振った。

『ひとつしかないではないか。』と。

 

商人は焦った。

名にし負う大金持ちなのだ。現に後ろには

ネズミに食われながらも巨額の札束があるではないか。       

 

 

すると、ニザームの従者がそのダイヤを取り上げ

ニザームが書いていた手紙の端に、そっと置いた。

 

ニザームは初めて顔を上げ、にっこりと笑った。

『ペーパーウェイトにちょうどいい。』

 

 

 

 

かくして、世界最大のダイヤは文鎮として、

ニザームのぼろ机の引き出しに

無造作に仕舞われたそうです。

 

 

 

 

 

 

 

なんだか、この国そのものみたいな逸話ですな。

 

むう。

 

 

 

 

 

 

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今日の反省。:長え。

 

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2012年9月18日 (火)

中国国境紛争史

尖閣国有化をめぐって中国がエキサイトしている。

在留邦人に危害を加えたり、領事館を襲ったり

日本企業やデパートを襲ったり

1000隻の漁船が尖閣諸島に押し寄せたりしている。 

 

 

 

 

 

漁船程度なら、台風の神風で半分くらい沈んでしまうと思うので

ざまあみろだが

中国のコーストガードの船が領海を侵犯しても

自衛隊機がスクランブルを掛けないのはどうしてだろう。

 

 

  

李承晩時代の韓国なら間違いなく拿捕しただろうし、

今でも北方領土近海では露助は容赦なく機関銃を撃ってくる。




















しかしながら、日本のマスコミが

『おー中国人、政府に踊らされて馬鹿ですねー。

日本人は冷静に対処しましょうねー。』 みたいな、

心にもないことを書いているのは

どうしてだ?














中国、というのはおそろしい国なのである。

なにしろあの国は、建国以来

『領土問題で譲歩したことがない。』のだ。

  

今日は、その辺の話をします。

はっきり言って怖いよ?













中国(中共)が成立したのは1949年10月1日。

20年に及ぶ蒋介石の国民党政府との戦いに

勝利して毛沢東が天安門広場で建国宣言をした。

  

ただし、この時点では蒋介石もまだ重慶を拠点に粘っていた。

 

 

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1949年の中国の勢力図

(クリックで大きくなるよ)

 

 

 

 

国民党が東シナ海に追い落とされるのはこの直後だが

1970年代までタイとの国境地帯に一部の部隊が残って

ゲリラ戦をした。

 

イギリス領の香港やポルトガル租借地だったマカオでは

返還まで青天白日旗が翻っていたそうだから

中国が大陸を支配した、といえるのは

つい最近のことなのかも知れない。









国民党時代や、それ以前の清国時代には

日本やイギリス、ロシアフランスドイツアメリカ、と

世界の列強から様々に侵略され、

租借地という名の植民地を獲られていたから、

あの国の連中は、

『今の国境線は

外国から押しつけられたものだ。』

という被害者意識が強い。








中共のほうの中国が独立できたのは

ソ連の援助のおかげだったのだが

援助してくれたスターリンが死んで

フルシチョフなんていうハゲがスターリン同志を批判すると

スターリン以上に独裁を敷いていた毛沢東は警戒した。

  

さらにこのハゲが1959年に

蒋介石の後ろ盾のアメリカを訪問して

当時副大統領だったニクソンと握手したりすると

公然とソ連批判を始める。

  

 

その流れの中で中ソ国境には

双方130万人という軍隊が張り付いて

一触即発の緊張が続いた。

 

そして、即発しちゃったのが

中国東北部と、ソ連沿海州との国境に浮かぶ中州

珍宝島である。

1950年代から小競り合いがあったのだが

1969年に大規模な軍事衝突が起こる。 

 

  

中ソ対立はこれで決定的になる。

1964年に原爆実験を行っていた中国は

これ以降、アメリカや台湾ばかりではなくソ連やインド

要するに全方位にミサイルを向ける、という

むちゃくちゃな時代を迎える。

  

日本人からしたら、『アホかいな。』と思うのだが

この時代の記憶も、中国人にとっては

『抑圧されてかわいそうなあたしたち。』

ということになるらしい。







ちなみに、

ロシア名では、ダマンスキー島というのだが、ここはやっぱり

ちんぽうとう、でしょう。 

 

 

全編ロシア語なので見事にわからないが

なんだか戦車やジェット戦闘機なんかも繰り出した

大規模な戦いだったらしい。(その程度の理解かよ。)

 

 

しかし、この戦いは中共をアメリカに近づけることになり

事件直後の1972年には大統領に成り上がったニクソンが

こんどは北京を訪問して、

毛沢東と握手している。






わけわかんねえ。

  

そして、 

大人って汚い。







珍宝島事件は、ソ連が滅びる直前

ゴルバチョフの時代になって、ほぼ中国の主張通りの国境で合意し、

後継国家となった貧乏なロシアのエリツィンの元で確定した。

 

露助が弱った隙を狙ったとはいえ、

中国人は20年以上粘って自分の主張を通した。

  

おそろしい国である。























中国は、インドとも国境紛争を抱えている。
    

 

  

中国とインドの間にはチベットがある。

 

19世紀までのチベットは、独立国のようなそうではないような

曖昧な状態にあった。

 

チベットの住民は清朝に税金を納めていないから

近代的な意味での『領土』ではない。

チベット政府は『朝貢』もしていないので

『属国』でも『册封国』でもない。

  

清の役人と兵隊はいたが、

政治の一切はダライ・ラマを頂点とするチベット政府が行っていた。

兵隊も300人とか400人とかだったので

防衛はもとより治安維持にも役にたたない。

 

そもそも、そんなことをやるつもりもなかっただろう。

近代的な意味での『支配の実質』はなかった。

 

 

それなら何故か?というと『面子』だ。

中国人は、そういうことを大事にする。










しかし、帝国主義の時代になって

世界中が、砂漠にいたるまでぴっちりと国境線が

引かれる時代になると、そういうアジア的な

曖昧な地域の存在は許されなくなってくる。

  

チベットをめぐっても、南からはイギリス

北からはロシアが勢力を伸ばしてくる。

 

アフガニスタンの東の端に

ワッハン回廊という、不自然な国境線があるのだが

これは、ロシアとイギリスの緩衝地帯として

人為的に作られたものだ。

  

Wakhan_2    

 

戦場カメラマンは

いったことがあるんだろうか?

 

 

 

イギリスにとって死活的に重要だったのはインド

(今のインドと・パキスタン・バングラデシュ)

だったから、ロシアの南下を恐れたイギリスが

こんなことをした。

 

もっとも今は、イギリスもロシアもここに勢力はない。

しかし、地球の果てにまで、

こんな『勢力争い』が起きていたのだ。








20世紀に入って清朝が弱体化するとチベットは独立を目指す。

これはイギリスにとっては面白くなかった。

 

インドだけでも手一杯なのにヒマラヤの彼方の

チベットの面倒まで見られない。

かといって、ロシアがこの地域に

手を伸ばしてきたらやっかいだ。

  

実際、当時のダライラマ13世(先代ね)

ロシアに接近するそぶりを見せたりする。

 

1911年に清朝が滅びるとチベットは独立宣言をするのだが

イギリスはそれを認めず、チベット以外にもモンゴルなどの

『清朝の遺産整理』について『シムラ会議』というのを開く。

「しむらかいぎ」と打ったら、どうしても「志村会議」としか

変換しないので、もうATOKってば。

















で、

 

 

半年に及ぶこの会議で、イギリスはチベットにおける

中国(国民党政権)の宗主権を認め、

その一方でチベット国内の完全な自治権を認めた

 

チベットの顔を立てつつ

南京政府の影響力を排除してチベットに自治をさせる。

さらにロシアの影響力を排除する。ということをした。

この協定はイギリスの狙い通りであった。そのかわり

ロシアには、モンゴルにおける優越権を認めた。

  

それぞれの国民にとっては

いい面の皮である。







ただ、国民党政権はこの条約を批准しなかった。

『高度な自治権』を認める『チベットの中核範囲』について

解釈が一致しなかったのだ。

 

大陸における後継国家となった中共政府も

これを認めず、『建国』直後の1950年にラサに侵攻する。

  

ダライラマ14世(今の人ね。)も、一時は

共産党政権と共存する姿勢を見せるが

1959年にラサで暴動が起こり

中共軍が弾圧の姿勢を見せたことで、インドに亡命する。

(ただしインドはダライ・ラマを政治亡命としては扱わず、

彼が主張する『チベット亡命政府』も承認していない。)

 

 

インド政府がこの亡命を受け入れたことで

中国とインドの仲は決定的に悪化する。

 

  

シムラ協定は結局イギリスとチベットでのみ結ばれた。

この協定にはチベットとインドの国境線が定められている。

 

具体的には、ブータンから東で、

マクマホンラインと呼ばれるその国境は

かなりイギリス(インド)寄りである。

  

300pxchina_india_eastern_border_88

 

 

 

マクマホンライン

朱い部分が

国境係争地帯。

現在は

インドが支配している。

 

 

 

 

しかし、それ以外にも中国はインドとの国境で不満があった。

具体的にはカシミール地区だ。

 

カシミール東部地域はチベット仏教の影響が強いのだが

1846年にイギリスがこの地域を平定した時、

これをカシミール藩王国に併合した。

中国からしたら、チベットの国境が勝手に移動させられた

ということになるらしく、

漢人がこの地域を支配したことは

一度もないので、なに言ってやがる。

  

とにかく、カシミールといえば、その帰属をめぐって

インドとパキスタンがお互い核ミサイルを持っちゃうくらい

喧嘩をする、というめんどくさい紛争地域なのだが、

中国軍は1962年に8万人の規模でもって

インドに電撃侵攻する。そして

自らが主張する『国境線』で停止した。

  

現在もその状態にある。

 

  

2012y09m19d_064333623   

Googleさんによる

カシミールの地図

国境線が

つながらないくらい

ややこしい。 

 

 

 

  

敢えていえば、カシミールの北部がパキスタン、南部がインド

東部のアクサイチン地区を中国が実効支配している。















さて、ここで考えて欲しい。

  

中国は1949年の『建国』以来

領土問題で譲ったことがない。

  

『欲しい』と思った土地を

必ず獲っているのである。








そのことを覚えておこう。 

 

 

『歴史的な経緯はこう。』という話を

一切聞かないのも共通のことだ。









冷静になることは結構だ。

中国人が日本人や日本車や日本企業に

暴動を仕掛けるのを見て

それなら南京町にうんこ撒いてやろうか?

というのは野暮である。

  

『嫌がらせ』という言葉で、すぐに『うんこ撒く』とかいう言葉が

出てくるあたり『少年のこころを持った50歳だなあ。』

思うのだが、そんなことしたら野暮の極みですからね。












しかし、日本のマスコミが『冷静にね。』とかいうのも

のんきにすぎる。

あの国は、建国以来60有余年

国境紛争で負けたことがない。

 

Sino-Indian Border Conflict(中印国境紛争)で

インド軍の10倍の兵力をたたき込み、

全盛期のソ連と核戦争を辞さないくらいに

対立したのだ。











中国を甘く見ちゃいけないよ?

  

『あんなデモなんかしている連中は「中国の2ちゃんねらー」だ

という指摘は半分は正しく、2ちゃんねるに限らずネット住民というのが

人間のくずであることは日中共通なのだが

 

あの国を舐めちゃいけない。

  

正しく恐怖しよう。


















ちなみに余談だが、

 

イギリスは、シムラ会議の直後

『エベレストへの登頂』のための入山を

チベット政府に求めている。

  

チベットに対する機嫌取りだったのだが

当時のダライラマ13世が警戒したのと、

第一次大戦の勃発によって

イギリス隊の入山は実際には1921年になった。

  

戦前、イギリスは3回のアタック隊を出す。

その全てに参加したのが『そこに山があるからさ。』

というセリフで有名な、ジョージ・マロリー

  

ただしマロリーはアタックの75年後、1999年に頂上直下で

転落死しているのが確認された。

  

彼の滑落死が登頂前であったのか

登頂後であったのか、というのは現在も謎である。

 

 

 

イギリスが、ヒラリー卿を登頂させたのは戦後の1953年。

すでにチベットは毛沢東軍によって制圧されていたために

イギリス隊はネパールから入山した。

 

 

 

 

『国境』というものの意味を考えさせられますね。




































では、『今日の一枚。』























インドと中国の間には今でも、ネパールやブータン

という小さな国があるが、

かつてはその間にシッキムという国があった。

  

0000_dajeering_2       

 

上に写っているのはヒマラヤ山脈

下がダージリンの街。

望遠レンズで引っ張って

高低差を強調しているのだが

そのくらいの高地ではあるらしい。  

 

 

  

シッキムというのも独立国だかなんだかよくわからない国だった。

イギリスの総督がいたのだが、ちゃんとシッキムの王様もいて

政府も軍隊もあって議会もあった。

 

 

保護国、という奴だ。

 

  

ところがこの国は高地にある。

そして、なんとお茶が栽培できる。

中国人にアヘンを売りつけてまで茶が欲しかったイギリスは

自分の影響範囲でお茶の耕作適地を捜した。

  

見つかったのがダージリン。

さっそくイギリスは、ここをシッキムから取り上げる。

 

取り上げたのでは寝覚めが悪いので、一応買い上げた。

そのお値段たるや、35000ルピー。

今のレートで換算すると5万円だ。

  

レートも貨幣価値も違うから比べること自体に意味がないのだが、

要するにはした金である。







ダージリンのすぐ東にはアッサムという所があって

ここでもお茶が穫れた。

気候か土壌か水か

とにかくいろんなものが偶然に合致したらしい。

 

ところが、お茶というのは栽培、剪定、収穫、

そして収穫した茶葉の乾燥、発酵という過程において

膨大な人手がいる。

 

そのために、イギリスは、この地域にネパール人を入植させた。

ダージリンやアッサムはもとより、

隣接したシッキムやブータンでも、人口比で

ネパール系の人が多くなってしまった。

  

イギリス人からしたら、

『なんとなく高地に強いインド人じゃない人。』

くらいの認識だったのだが、

これが戦後のシッキムの運命を変えてしまう。

 

 

 

 

戦後、インドが独立すると、シッキムは

インド連邦での保護国になった。

 

ところがインド中央政府はシッキムに対して

『総選挙をせよ』という。

  

選挙はいいけどネパール人、というか

『反王制派』のほうが多いわけだから国内は対立。

1975年、国内で争乱が起こり

中印国境紛争の12年後に

インド軍が進駐してシッキムを併合した。

 

  

インド政府の主張としては、シッキム王室が

民主主義勢力(親インド派)を弾圧した、というもので

実際にデモ隊への発砲などもあったらしいのだが

もっと大きな理由は、

インド側が中国側に国境線を持って行きたかったから。

 

シッキムという国はチベット宗教の一派である人たちが

開いた国で、昔々の歴史をさかのぼれば

チベットの属国だった時代がある。

 

 

 

 

 

中国がそれを口実に

侵攻してこないとは限らないのだ。

  

実際、それと同じ理由で、中国人は

カシミールに侵攻してきた。

  

さすがの中国も、その辺の意図をくみ取ったらしく

『インドによるシッキム併合』ということには

今でも外交上の承認を与えていないが

軍事行動までは起こしていない。

 

 

シッキムの側にも問題があった。

王様が国民の信頼を失っていたのだ。

最後の国王、バルテンは1964年に20以上年下のアメリカの学生

ホープ・クックと結婚した。

さすがにこの結婚はアメリカでさえ評判が悪く、Wikipedia英語版は

ほぼ、おちょくりに徹底している。

本国の評判はいかばかりであったか?

 

バルテンは1975年に王位を追われる。

しかし20下の嫁さんはつれなくて直後にアメリカに亡命した。

1980年に離婚。

彼自身も1987年に客死した。

 

  

もう、なんか。涙が出ちゃう。

おとこのこだもん。


















似たような事情で苦しんでいるのがブータンである。

ブータンもチベット仏教の流れをくむ人が建国し

隣接するアッサム地方での茶葉栽培が盛んになると

人口の1/4がネパール系になった。

 

ブータンというと、昨年若い王様と美人の王妃様が来日し

ほほえみと礼儀正しい仕草で日本中に『ブータンファン』を

つくった。

 

 

 

 

しかし、この時来日したワンチュク国王(第5世)以前は

ブータンという国は鎖国していた。

  

国民に外国のことを教えない。

『ご』という綿入れ半纏のような民族衣装の着用を義務づける。

国語教育は民族語であるゾンカ語だけ、という具合だった。

 

外国のマスコミも入れない。

日本のテレビでは『ブータンの映像』というだけで

『地球最後の秘境』なんて言ってスクープ扱いだった。

  

これもひとつの自己防衛である。

シッキムの失敗を知っているから

余計に閉鎖的になったのだろう。

 

今も、ブータンと中国の間には国交がない。

 

 

 

 

 

 

そして、今の王様が

去年日本にしたように

積極的な『ほほえみ外交』を行い

『幸せの国』として売り出しているのも

やっぱり国家防衛なのだ。

  

有名になれば、

いかに中国が無茶な国でも手は出すまい、と。

 

 

 

 

 

中国と、インドという巨大な国に挟まれた小国、というのは

とても大変なのだろう。

 

あんな若くてきれいな嫁さんをもらって、

いつもにこにこして幸せそうだな。とか思ってしまうが

あの王様も苦労してるのだろう。

  

0000_wanchuk     

 

どうしてもボンバイエという 

コールが聞こえてしまって

ごめんなさい。 

 

 

 

だから、今回の尖閣騒ぎにしても

『中国しょーがねーなー。』という、

半可通にわかったような対応ではなく

きちんと怖がろう。

 

 

国際社会に

中国の無法を訴えてもいい。

  

攻めてきたら叩きのめす。

そうじゃなくても、世界に中国人の無茶を訴える。

  

そのことだけをキチンとしよう。






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(追記)

南京町で中国の人をいじめちゃいけませんよ。

神戸でも大阪でも、華人社会というのは

想像以上に広くて深いので

下手なちょっかいを出したら、社会的に抹殺されるしな。

 

 

 

 

 

 

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2012年9月15日 (土)

生麦事件とナショナリズム

9月14日は生麦事件の日。

(Wikipedia生麦事件)















1862年のこの日、川崎と横浜のほぼ中間にある

生麦村を通過中の薩摩藩主の父、島津久光の軍列400人に

イギリス人男女4人が騎乗のまま進入。




無礼打ちにされた。





男性3人は斬り倒され2人が絶命。

1人は神奈川のアメリカ領事館まで逃げて、

ローマ字で有名なヘボン先生の手術を受ける。

ヘボン先生は医術も達者だったらしく(本業です)、

こいつは一命を取り留めた。

武士の情けで女性は見逃される。








と、まあこれが事件の大要。

       

生麦には、この事件の殉難者リチャードソンなる人物の

絶命の場所に、事件の碑文がある。

      

Img322b53ebzik6zj絶対『生米』と『生卵』が

供えてあると思ったんだけど 

そんな写真はなかった。

つまんねえな、横浜

 

 

 

 

 

 

 

    


事件の実況については

ほぼWikipediaを信じてもいいと思う。

       

Wikipediaは時々とんでもない嘘をつくので

相当に注意して読まないと足許をすくわれる。

でもこれは、出典を見る限り信じていいような気がする。

以下、引用。

 

    



『行列の先頭の方にいた薩摩藩士たちは、

正面から行列に乗り入れてきた騎乗のイギリス人4人に対し、

身振り手振りで下馬し道を譲るように説明したが、

イギリス人たちは「わきを通れ」と言われただけだと思いこんだ。

 

しかし、行列はほぼ道幅いっぱいに広がっていたので、

結局4人はどんどん行列の中を逆行して進んだ。

鉄砲隊も突っ切り、ついに

久光の乗る駕籠のすぐ近くまで

馬を乗り入れたところで、

供回りの藩士たちの無礼を咎める声に、

さすがにどうもまずいとは気づいたらしい。

 

しかし、あくまでも下馬する発想はなく、

今度は「引き返せ」と言われたと受け取り、

馬首をめぐらそうとして、あたりかまわず無遠慮に動いた。

その時、数人の藩士が抜刀して斬りかかった…』

 

 

 

 

       

で、『大名行列で道幅一杯』という、

当時の生麦村の写真が残っているのでどうぞ。

      


0000_namamugi     

 

 

 

これが東海道?

というのどかさ

    

 

 

 


のどかはのどかなんだけど、

入母屋造りの農家の作りを見ると

素寒貧に貧乏な寒村でもないようだ。

 

       

ただし、街道の幅はごく狭く、人物と比較すると

ひいき目に見ても幅3間(5.4m)ほどだ。 

 

     

ここを薩摩77万石の国父、島津久光の行列400人が通った。

馬印を先頭に、二列に行進する。

騎乗の武士もいるし、鉄砲隊もいる。

中段には久光が乗る駕篭もある。

        

当然3間幅の道では一杯である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      

いくつか、不幸な偶然もあった。
     

 

 

 

   

たとえば、

 

 

      

もしも、これが参勤交代の大名行列であれば

「無礼打ち」ということにまでは

ならなかったのではないかと思うのだ。

 

 

       

参勤交代の大名行列というのは、

格式に合わせて行装や人数がきまっている。

       

藩によっては数百人に及ぶのだが

国元からそんな人数を連れていったら大変なので

江戸市中に入る前にバイトを雇う。

 

        
東海道だと、品川にそういったバイトを周旋する口入屋があって

装束ごと貸し出した。

だから江戸市中では威風堂々の行進なのだが

品川を出外れると素寒貧になる。

 

    
さらに江戸からの帰りだと、1年あるいは3年の江戸在駐で

奥さんは居ないし、遊ぶところはたくさんあるしで

羽を伸ばしきって骨抜きになった連中を

国元に連れ帰ることになる。

 

       

もう、殿様の駕篭のそばに異人が来ても

刀も抜かないんじゃないか?という

サクラダ・ファミリアな連中ばかりなのである。

 

 

 

 

 

     


ところが、この生麦事件の時は違った。

久光という人は、後に述べるように

政治的に複雑な動きをした人物で、この時も

「将軍は上洛して、天皇(当時の孝明帝は

徹底的な攘夷主義者)に恭順しろ。」

「俺を含めた雄藩の連合会議を幕府の最高機関にしろ。」

「俺たちの好きな一橋公を将軍後見職にしろ。」という

家康もびっくりな要求をするために、

完全武装の正規軍を率いて江戸に下っていた。

 

 

 

 

     

同じ400人でも、バイトで水増ししたふやけた大名行列とは違う。

混じりっけなしの武士、殺気を含んだ薩摩隼人だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

      

そりゃ、殺されるわ。

      

 

 

 

 

 

まだある。

 

 

 

 

 

     

イギリス人に問題があった、とはWikipediaも書いている。

       

被害者であり4人の先頭にいて行列に乗り入れた

リチャードソンなる人物には、人格上の問題があり

中国で、苦力を理由なくぶちのめして刑を受けている。

 

      

教養のある連中ではなかったらしい。

       

 

 

 

 

     

そして、当時のイギリス人にとって、

インドもシンガポールも香港も長崎も神戸も横浜も

国境の意識などなかっただろうと思えるのだ。

      


だから、貴人の行列であっても、苦力と同様に扱う。

 

 

 

       

その証拠に、長崎でも神戸でも横浜でも外人は山の上に住む。

馬鹿と異人は高いところが好きだなあ、と思うが

あれは、インドあたりの植民地仕様だ。

 

      

確かに日本も暑いが、あんなに高く登るのは

グラバーさんたちが南アジアを回ってきた

「渡り商人」だったからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

        

久光の側の事情も見ておこう。
     

     

この人は野心家だった。

ペリー来航で開国した幕府は、

朝廷を中心とした攘夷派に大いに非難される。

 

          

国難に国家が分裂しては大変だ、という大義を名分にして、

久光はその動きにのって、『公武合体』を推進する。

これは薩摩藩の『国論』でもあったのだが

攘夷を主張して朝廷に近づいたり、

会津とくっついて長州を追い払ったり、

その後長州と一緒になって幕府を倒したりしている。

       

正直言ってこの辺の薩摩藩の動きは

時系列を追うのもめんどくさいくらい複雑で

久光自身も自分の仕掛けに縛られていくような所があって

後年になると影響力を失っていく。

 

 

 

 

        

さらに、薩摩藩は西洋の技術に無関心だったわけではなく、

集成館事業ということで近代工業の輸入を進めていた。

久光の怨敵、斉彬の事業だったから

彼の時代にはしばらく見返られなかったが

薩英戦争でイギリスの軍事力を見直した久光は

今日も残る、日本最古の近代工場、尚古集成館を開く。

 

         

鹿児島県は西南戦争まで日本一の軍事工業地区であり

西南戦争緖戦ではここで生産される薬莢の争奪戦が起こった。

日本の銃弾の9割以上が鹿児島で生産されていたのだ。

 

 

 

 

 

しかしながら、久光その人は

政治的には不遇な晩年を送る。

明治維新後、大嫌いだった西郷隆盛が偉くなり、

お小姓だった大久保利通に廃藩置県を命じられて

「殿様」じゃなくなると

ふてくされて酒を飲みながら鹿児島湾に一晩中花火を上げた。

               

従一位、侯爵という最高の待遇だったのだが、

あまり幸せな晩年ではなかったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

   

ただ、この生麦事件の頃は、まだ野心満々だった。

       

事件そのものは久光が仕掛けたわけではないが

戦後処理については確信犯である。

 

 

 

 

 

 

イギリスは幕府に対して

即座に犯人の逮捕。引き渡しと賠償金を要求する。

幕府は右往左往したあげく、結論が出せない。

      

業を煮やしたイギリス軍は鹿児島に軍艦7隻を派遣して

市街を砲撃。薩摩側が折れて賠償金6万5千両を

幕府から借りてイギリスに払った。

薩摩藩は、結局この借金を踏み倒している。

      

これが大体の過程なのだが、これのどこが確信犯か?

 

     

実際、幕府は、

『薩摩みたいな田舎者は世界を知らなくて困る。』

くらいに思っていた節がある。

 

 

 

 

 

      
幕府は世界に無知だったわけではない。

たかが、ペリーの4隻の黒船に驚いて開国したわけではなく

アヘン戦争の顛末も知っていたし、

ロシアのレザノフに冷たくしたら

露助の野郎上陸して来やがった(文化露寇事件)というのも

あって東北中の大名に動員を掛けたりしていた。

 

 

   
外交は遊びじゃねえんだよ。

くらいに思っていただろう。

       

『生麦事件』はいい迷惑だったのだ。

賠償金なんていわれても、幕府にはお金もなかった。

 

       
外様のくせに軍勢を率いて江戸市中に入り

幕府に意見をするなんて生意気だ、とも思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

それなら薩摩は無知蒙昧で貧乏だったのか?

というと、そうでもなかった。

      

薩摩は、琉球を属領として従えており

ここを経由して、中国と密貿易をしていた。

中国の情勢など丸わかりである。

         

さらに、生麦事件の25年前に家老に就任した

調所笑左衛門、という人物がこの密貿易を大規模にし

大規模な密貿易ってなんだ?

とにかく、藩の金庫に250万両の資金を積み立てた。

 

 

6万5千両の賠償金など屁でもなかったはずなのだ。

     

 

 

 
だから、イギリスとの交渉を幕府に丸投げして

長引かせたのは、幕府への嫌がらせだったと思う。

 

      

戦争になるとまでは予想してはいなかったと思うが

結局薩摩は占領されなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後に、イギリスの事情も見ておこう。
    

 

   
アヘン戦争の初動で、

イギリスは4000人の陸軍を上陸させている。

最終的に動員したのは20000人だ。

     
大半がインドからの植民地兵だったらしいが

それでも19世紀半ばにそれだけの人間を

輸送し、補給する能力を持っていた。

 

     
イギリスが薩摩に対して

その能力を発揮しなかった理由はよくわからない。

実際、横浜のイギリス領事は、本国に対して

2000人の陸兵の派遣を要請している。

 

    
久光がそこまで読み切っていたとも思えない。

上陸軍が数百人だったら防げたかも知れないが

20000人では勝ち目がない。

結果的には、『めんどくさいや』

と、思われていたんだろう。

 

 

 

    
イギリスの植民地のヒエラルキーというのは

脳みそが痒くなるくらい複雑なのだが

意外に直轄領を持ちたがらない。

 

     
たとえば、シンガポールは東インド会社の会社領だった。

1896年に直轄領になるが、

周辺のマレーシアの大部分は保護国だった。

香港島と九龍半島は直轄領だったが周辺の新界地区は

99年の租借地だった。

 

 

 

       
あー、めんどくせえ。
     

 

 

      
鹿児島を占領しても、直轄領にする気はなく、

イギリス人の官僚を派遣したら夜が怖くてたまらない

と思ったのだろう。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       
さて、この事件からどんな教訓を引き出したらいいだろう。

 

 

 

ナショナリズムの本質、

というものにつながっていることは間違いない。

 

 

 

 

       
攻撃で仕返しされるから、

反日デモが起きようが在留邦人が襲われようが

あの島には触らないでおこう、という結論になるのか?

 

 

 

       
イギリス人を斬り殺した薩摩軍は上京の途上

沿道の民衆から熱狂的な歓呼を受け、

京都では、異例の参内を許されて、孝明帝から直々に

嘉褒のお言葉を賜る。

 

     
そのことを教訓にするのか?

 

 

 

 

 

 

          
久光存命中に幕府は滅んだ。 

        

しかしながら、久光その人は

明治政府から、いかにおだてられようとも

西郷や大久保ごときに機嫌を取ろうとはしなかった。

          

本人の心中としては、不遇だったのだ。

        

        
武力を使っても使わなくても、

しあわせになった登場人物はいなかった。

 

       
それを教訓にするか? 
      

 

 

 

 

うーん、こんな終わり方は、この日記らしくないなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

       
行列に入り込んだ4人のイギリス人は、べつに

疾走して乱入したわけではない。

 

         

向こうからすごい行列が来るけどよけなきゃいけないかなあ。

でも、道狭いし。

横は田んぼだし。かといって、

ジャップごときに下馬して道を譲るのもしゃくだなあ…

と思っているうちに紛れてしまっただけだ。

 

 

 

      
当然、抜刀の前に言葉の応酬があったはずだ。 

薩摩側は「下馬せよ。」「道を空けよ。」と。

 

       
しかし、それは日本語だ。

イギリス人には通じない。

当時でも日本語を理解するイギリス人もいたのだが

植民地生活に馴れた4人には通じなかった。

 

     
というか薩摩弁だ。

日本人にも通じたかどうか?
     

 

 

       
事件は生麦村のすぐそばで起きており

目撃した百姓なんかもいたらしいのだが

 

        
『よー、あの外人やばいじゃん?』

『あー、薩摩様の行列に入ってくじゃん。』

『あぜるばいじゃん。』

 

      
という会話の向こうで、

 

         
『きさん、馬ば降りんとね。』

『道ば、開けっとたい。』
       

 

      
という会話が行われていたのだ。

 

 

      

そして外人どもは

『あいはぶ・のー・ほすてぃりてぃ。』

『どんときるみー』

とか言っていたはずなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

     
お互いの言葉が通じないんじゃ

喧嘩になるよな。
     

   
ということを教訓にしておこうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の生麦生米生卵。』

 

 

 

 

 

 

 

      

『生麦』といって思い出すのがこれ。

というあたりで、まずいですか?

 

 

 

でもこれは、ジュリーと世界の三船だぜ?

 

 

 

 

 

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2012年9月13日 (木)

公衆電話の日

9月11日は、日本初の公衆電話が置かれた日。

1900年のこの日、上野駅と新橋駅に設置された。

(Wikipedia 公衆電話)

 

 

 

 

 

 

 

 

    

ガキの頃では「公衆電話」というといわゆる赤電話だった。

たばこ屋の店先とかにあった。

電話ボックスにあったのも赤電話ではなかったろうか?

 

  

0000_tellbox1953       

     

1950年代の電話ボックス

窓が小さいのでこの中に

女の人を引きずり込んで

犯罪に及ぶ馬鹿がいたりした。

 

 

 

  

 

0000_tellbox2000         

 

そのおかげで今の電話ボックスは

シースルーになりました。 

 

 

 

 

テレフォンカードが普及すると黄色電話や緑電話が増えた。

公衆電話は公共性という要素が強く要請されており

災害時に一般の電気が停電しても電話は通じるのだ、

ということを、われわれは、ガキの頃教わっていた。

実際、そうした機能はあったのだ。

 

 

 

 

  

1995年、阪神大震災が起こった。

電気は、震災直後の30分以内に全て停止し、

電話の一般回線も、ほどなく停止した。

  

ところが、公衆電話だけは生き残っており、

私個人の体験で言えば、震災発生から2時間以上経った、

午前8時過ぎにちゃんと電話が通じた。

         

 

神戸の緑の公衆電話から千葉の実家に架けた。

実家では、まだ何もニュースが流れていなかったらしく。

『ふーん、どうしたの、こんな朝早く。へー、地震?』

という具合であって、NHKは、

NHKしか見ないという年寄りが

日本中にいるんだ、

ということを考えて欲しい。

  

 

もっとも、あのときは首相であったマユゲルゲ村山でさえ、

NHKのニュースを見ながら、『へー』と言っていた頃合いだ。

あのヤギじじいが

『なにぶん早朝のことでもございましたし、

初めてのことでもありましたから。』といった時には

ちょっと政府転覆を考えた。

 

 

 

 

 

今の社民党は気の毒になるくらい乞食の生活をしているので

可哀想だと思って玄関前にうんこ投げる程度にしてやる。

          

永田町の社民党本部の借地代、早く払えよ?

君らのやっていることは不法占拠だ。

  

(事情をよくわからない人のために解説。

社民党の前身『日本社会党』はかつて政権を取るほどの

巨大政党であり、国有地のど真ん中に

格安で借地する権利を得ていたわけだが

もはやすでに、衆参ともに12人。

次の選挙では維新の会以下になることは確実。

利子を付けてとっとと地代払え。)

 

  

山動かすぞ?このブス。 

 

 

 

 

0000mizuho    

       

瑞穂さん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

阪神大震災の時には

携帯電話はほとんど普及していなかった。

PHSを持っている人は多少いたが、

あれは災害現場では使いにくい。

いずれにしても基地局は壊滅だった。

  

 

そうなると公衆電話しかない。

緑電話が、震災2時間後でも通じたのは

私が体験した事実なのだが、それも半日経つと駄目になった。

 

 

 

 

        

意外な粘りを見せたのが「ピンク電話」。

  

450pxpink_public_telephone     

ピンク電話

10円玉しか使えなかった。

 

 

 

           

電話にはいろんな色があって、なんとなく緑と黄色は

テレフィンカードを使うもの。赤は硬貨で架けるもの。

          

ピンクは喫茶店やスナックに

置いてあるものだと思っていた。

  

大きく言うと間違いではないらしいのだが

阪神大震災の時に最期までというか生き続けたのが

ピンク電話である。

回線や電力の供給の形式などよくわからないのだが

とにかくみんなピンク電話を探した。 

  

 

 

 

なにしろ、みんな電話に飢えている。

電力の途絶により、PHSもつながらなくなっていた。

  

当時私は兵庫区に住んでいたのだが

最も近いピンク電話は車で20分ほどかかる

板宿というところにあった。

             

そんな連中が来るのだから近所の人には有名で

いつ行っても長蛇の列であった。

ピンク電話は構造上10円玉を入れないとつながらない。

こうなると『料金』というより一種のスイッチなのだが

そうなると10円玉が足りない。

  

家中の10円玉をかき集めて、どうせ車だから

何人か乗り合っていくのだが、たちまち足りないので

みんなで融通し合う。そのうち列に並んでいる

知らないひととも融通する。

           

最初は、『両替』という意識をもっていたのだが

『あーすいません、もう50円も100円もないです。』と

いわれたら50円玉と10円玉20枚が交換されたりする。

レートなんかありゃしねえ。

 

 

 

 

オーナーさんも一日中家の前に列が出来て

いい迷惑だったろうが

すぐに10円玉がたまってしまうので

それをクッキーの缶のふたに載せて

列に並んでいる人に配っていた。

もう、お金じゃないわけです。電話を動かすスイッチだと。 

  

その店の並びに『しんぶん・赤旗』の販売所があり

販売員が大変熱心に勧誘していて

ぶち殺してやろうかと思った。

  

共産党は穏亡のふりをして強盗をする。

  

俺は目撃者だ。

苦情があれば受け付けるが事実の告発を曲げるつもりはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      

昨年、東日本大震災が起きた。

 

  

携帯が質量ともに飛躍的な発達を遂げていた。

基地局などのインフラも阪神大震災の時より、

はるかに強化されていたのだが、

利用者の意識も変わった。

         

安易に携帯に殺到することはなく、

災害伝言ダイヤル171を使う一方

地震や津波の情報が簡単に携帯で得られるようになった。

かつてとは全く異なるルールが出来てきた訳である。

 

 

  

さらに、地震のおかげで、固定の被害通報拠点として

公衆電話の存在価値が見直された。

           

NTTでは、これまで『小銭の盗難の危険がある』として

公開していなかった公衆電話の位置を

明らかにするようになった。

(NTT西日本 公衆電話設置場所検索)

         

 

意外に密度が濃いな、と思う。

近所の地図を見ると、全然意識していなかったけど

『ああ、あそこにあったっけ。』と、思い出すことが出来る。

        

密度が濃いことには理由があって、

『500m以内に1箇所』という自主規定があるのだという。

  

 

2012y09m12d_070837454          

半径500mで包含できる、というと

1kmおきか?と思ったあなたは

文系で、正解は約830m。

 

 

 

 

 

 

  

そうはいっても公衆電話は減った。

     

0000_tel_2    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

街を歩いていても、もうみんな

公衆電話の場所なんか意識しないでしょう。

  

実態以上に減った気がするのは

みんな学生時代に下宿してないからだろう。

 

でもでもでも、下宿なんかしたら

当時は電電公社しかないので

今よりもはるかに高飛車だった電電公社と契約したら、

保証料が8万円とか取られるから、

『はちまんえん?』ということで、

雪の中を公衆電話に通ったからさ。

 

昭和58年は大阪でも豪雪だった。 

 

 

くすん。

 

 

 

 

 

 

 

 

      

『きゃー、助けてー』

       

クラーク・ケントは走った。

そして焦っていた。

電話BOXがないのだ。

  

あったとしてもシースルー型ではないか。

以前あそこで着替えていたら、

『変態がいる』ということで、おばはんに通報されてしまったのだ。

       

くそっ、あのばばあ腹立つ。

俺のゴールデンボンバーを見られただけでも

ありがたいと思え。

  

畜生、この街には公共の場所で

プライベ-トになれる空間はないのか?

  

 

 

どんどんどん

 

 

 

  

『入ってるで。』

  

『頼むっ。時間がないんだっ。』

        

『あかんがな。わし、切れ痔やねん。

めっちゃ時間かかるで…』

 

 

 

 

 

  

くそっ

 

 

 

 

  

『さーしゃいませー』

  

『試着室はどこだ?』

        

『あちらです。お客様お試しになる服はお持ちですか?

あらあ、そんな青のオール・イン・ワン。

いまどき流行りませんねえ…』

  

『いいからっ。あそこだなっ?』

 

……

  

『…お客様?着替えはお済みですか?』

  

びゅうん

       

『あっ、飛んでいった。』

  

『あれはなんだ?』

      

『鳥だ。』

        

『飛行機だ。』

 

『泥棒よぉーっ』






















































では、『今日の一枚。』

 

 

 

 

 

 

 

        

SUPER GIRLS 

Super_girls_3     

 

      

かわいー 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2012年9月11日 (火)

2029年 地球滅亡の危機とは?

2029年4月13日の金曜日。

直径700mの小惑星『アポフィス』が衝突する可能性がある。

その確率は、最悪の予測で1/37だ。

(Wikipedia アポフィス)

 

 

2004年に、そんなニュースが流れた。

天文学者たちは戦慄した。 

 

 

 

といった話を、昨夜NHKでやっていた。

(ちゃんとネタ元を書いてしまう。正直なつやすみ)

 

 

 

 

 

 

長径700m、短径400m、質量7200万トン。

地球に衝突したらその破壊力は、

500Mtで広島原爆の3万4千倍。

  

  

 

 

 

うひゃあ、ということで大騒ぎになりかけたのだが

その後の研究で、2029年には衝突はしないと判明した。

しかし3万2800kmまで近づくのだという。

 

3万2000キロ、というと月軌道の内側。

内側どころではなく、月までの距離の1/10で、

静止衛星の軌道高度とほぼ同じである。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

で、

 

地球の近くを通る小惑星、というのはたくさんあり

未発見のものも含めると、1万個近くあるだろうという。

 

実際、小惑星の地球衝突というのは珍しくなくて

過去最大の隕石衝突というのが20億年前に起こった。

南アフリカにある直径160kmにも及ぶフレデフォート・ドーム

というのが、その痕跡である。

 

その威力は広島原爆の58億倍であったという。

 

 

0000_inpact_2

  

 

 どおん

 

 

    

 

 

最近でも、そういうことがあって、

2008年に「2008-TC3」という小惑星が

アフリカのスーダン上空に落ちた。

 

NORADが危険をアナウンスしたのは、

衝突が起きる、たった20時間前で、墜ちたのが砂漠だったから

あんまり大きなニュースにはならなかったけど

ニューヨークあたりに墜ちていたら、どうするんだ?

 

 

 

もっとも直前に隕石落下を予測できたのは

この事例が初めてだったそうではある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『はやぶさ3号なんて無駄ですっ。』

 

『レンホー君。もう君の時代じゃない。』

 

『でも、アポフィスは向こうから来てくれるんですよ?

7年もうろうろしたあげく、

顕微鏡でしか見えないような砂粒を持って帰ってきただけで

まるであたしが悪者のようにっ…』

 

『でも、あのときの君は天狗だったぜ?』

 

『とにかくっ。』

 

『ひっ。』

 

『今回は向こうから来てくれるんですっ。

しかも人工衛星の軌道まで近づいてくる。

アポフィスそのものを地球に持ってこられませんか?』

 

『バカなこと言っちゃいかん。7200万トンもあるんだぞ?』

 

『じゃあ、ISSからホシーデさんを飛び移らせるとか。』

 

『秒速8kmで移動してるんだ、そのまま帰ってこられないぞ?』

 

『アメリカじゃあ、ディープ・インパクトっていう攻撃衛星が

小惑星に弾丸(インパクター)をぶち込む、という実験を

成功させてるんですよ?』

 

『破壊できたのか?』

 

『粉々にするのが目的じゃなかったらしいですが

88万km先の目標に自律航行で命中できるミサイルって

すごいですよね。』

 

『小惑星破壊なら地球防衛だが、ほかの目的に使えば…』

 

『どうなるんです?』

 

『レーガンの時代には夢物語だったSDI計画

こういう風に進んでいるんだよ。』

 

『でも、今回のアポフィスは人工衛星の高度なんです。

日本に今あるロケットでも届くんです。

ぶちこわして破片を回収しましょうっ。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『西暦2039年、地球は滅亡の危機に瀕していた。

レンホーの余計なひと言で破壊されたアポフィス

粉々となって地球引力圏に入り、

「悪の化身」の名の通り、地上に降り注いだ。』

   

    

  

 

 

 

『駄目だ、もうわれわれにあれを防ぐ力はない…』

 

『沖田くん。突然こんな所に呼び出してわるかったね。』

 

『なんでしょう長官。しかも古代君まで。』

 

『レンホー遊星爆弾の恐怖は君も知っているだろう?』

  

『…ええ』

 

『沖田艦長。君には新しい任務に就いてもらいたい。』

 

『一体ここはどこです?』

 

『日本海の某岩礁にある地下ドックだ。

岩礁の上ではよその国が兵隊を置いたりしているが

奴らには気づかれていない。

そもそも、ここは日本固有の領土だ。』

 

『はあ…』

 

『すでに波動エンジンを搭載した新型戦艦を用意してある。

君にはその艦長になってもらう。』

 

『…戦艦?』

 

『その名は、宇宙戦艦タケシマ。』

 

『艦長っ。出撃しましょうっ。』

 

『えーと大丈夫かなあ、こんな事書いて。』

 

『機関始動、フライホイール接続っ。エネルギー充填120%』

 

『いや、古代。それ俺のセリフ。』

 

『擬装解除、岩礁破壊。タケシマ発進っ』

 

『あいごー。』

 

『ああっ。兵隊が落ちてくるっ。』

 

『艦長っ。上空にK国軍のF16接近。

発砲許可をっ。』 

 

『ええー?』

 

『撃てーっ。』

 

『こ、古代っ。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の二枚。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小惑星を攻撃するディープ・インパクト 

776pxdeep_impact

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

1980年代に構想されたSDI計画。

ICBMをレーザーで破壊する攻撃衛星。 

Bstar20wars20lead

 

 

 

 

 

 

  

  

 

同じだっ 

  

 

 

 

 

おまけ

 

 

 

 

 

ディープ・インパクトから発射されたインパクターが

テンペル第1彗星に衝突した際の実際の映像。 

http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/4/43/HRIV_Impact.gif

 

すごいな…

 

 

 

 

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2012年9月 8日 (土)

アイスバー・ラプソディ

話題のアイスバー、『ガリガリ君コーンポタージュ』が、

あまりの人気に製造が追いつかず、しばらく販売を休止。

(赤城乳業 販売休止についてのお詫び)

 

 

0000_icebar

  

  

リッチコーンポタージュ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

『うちの近所のコンビニにもなかった。』

 

『幸運にも食えた人が、

「結構うまい。」「コーン粒をいれんなよ。」って

たくさんツイートしてます。』

 

『「…大変ご好評をいただいておりますが、

予測を大幅に上回る販売数量になった為、

商品供給が間に合わない状況に至りました。」なんてセリフ、

うちの会社も言ってみたいわ。』

 

『すごいですねー。』

 

『人ごとみたいに言ってる場合か。

うちの会社の「ごりごり君」シリーズもなんとかしろっ。

返品の山じゃないかっ。』

 

『アイスに賞味期限はないんだから(ほんと)

いいじゃないですか。』

 

『しかしお前、「製造年が昭和」っていう在庫があるのは…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そこでですね。』

 

『うん?ろくでもないことだな。』

 

『新商品の試作品をいくつか用意してみました。

試食してみてください。』

 

『…いやな予感がする。』

 

『まずは、「ごりごり君・チーズフォンデュ」。』

 

『チーズフォンデュの味でもするのか?』

 

『いえ、煮えたぎったチーズにつけて食うんです。』

 

『まてまてまてまて。』

 

『まあ、食べてみてください。』

 

『溶けるだろ?』

 

『だから、一瞬だけつけるんです。

アイスの天ぷらみたいなもんですよ。』

 

『お、うまい。熱いチーズと冷たいアイスの対比が…』

 

『でしょ?』

 

『でもなあ…』

 

『なんです?』

 

『お前、120円のアイス食うために

フォンデュ鍋買って

チーズ煮る奴なんかいるか?』

 

『駄目ですかね。』

 

『ガリガリ・コンポタが受けたからって、

熱い物をアイスにするってのも二番煎じだし。』

 

『ちっ。』

 

『おいっ。いま試作品をひとつ隠しただろう。

それは一体何だっ。』

 

『「ごりごり君・チキンピラフ」です。』

 

『冷凍ピラフみたいだな。』

 

『冷凍ピラフそのものです。』

 

『……』

 

『……』

 

『そんなだから昭和年号の在庫品があるんだろうっ。

うちの会社にはっ。』

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ありがとうございます。お会計します。』

 

ぴっ

 

『こちら「20歳以上」の認証ボタンを押していただけますか?』

 

『え?』

 

『「ごりごり君・スピリタス」は

アルコール度数96度ですから。』

 

『待て待て待て、エーテルの融点は-117℃だぞ。

コンビニの冷凍庫ごときで形を保てるはずがないだろう。』

 

『ええ、ですからこの袋は

しょぼく見えますけど超保温容器です。

液体水素が入っていますから

明ける時には気をつけてくださいね。』

 

『くそっ。めずらしいと思ったから買ってみようと思っただけなのに

めんどくさいなあ。』

 

『1万2千円です。』

 

『ええっ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『次の商品は苦心作ですよ。「ごりごり君・スーパーコーラ」』

 

『コーラ味のアイスなんて、大昔からあるだろう。』

 

『でもコーラってアイスにすると

シュワシュワ感が消えちゃうと思いませんか?』

 

『まあ、ね…』

 

『そこで、このアイスには、メントスが入ってます。』

 

『コーラにメントス入れたらえらいことになるんだぞ?』 

 

 

 

『だからいいんですよ。とにかく食べてみてください。』

 

『お、口に入れて溶けると、すごいシュワシュワする』

 

『いやー試作には苦労しましたよ。

凍らせる前にメントスを入れると、そこで暴発しちゃうし…』

 

『あ、それでこの間から

開発室の床がべたべたするんだな?』

 

『結局コーラを凍らせて粉末にしてから

メントスと混ぜて成形するという方法を開発して…』

 

『あれから社屋にゴキブリが出るんだ。

食品会社なんだから保健所に怒られるぞ…』

 

『いやあ、「プロジェクトX」で取り上げて欲しいくらいですよ。』

 

『ここに、こんな事書いたら

まねする会社があるんじゃないのか?』

 

『アイディア料欲しいですよね。』

 

 

  

 

 

 

 

  

 

 

 

『つぎも自信があります。「ごりごり君・青汁」。』

 

『あおじるぅ?』

 

『ガリコンにしたって、「素材の意外性」が受けたんです。

まあ、食べてみてくださいよ。』

 

『まずいっ。』

 

『最後まで食ってくださいね。』

 

『お、「当たり」が出た。』

 

『この「ごりごり君・青汁」のくじは、必ず当たりです。』

 

『…全部のアイスが「当たり」なのか?』

 

『CMのキャッチコピーは、「まずい、もう一本」

 

『……』

 

『……』

 

『違うだろ?』

 

『はい?』

 

『全部が当たりなら、

「まずい、エンドレス」だろう?』

 

『あ…』

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日のメントス。』

 

 

 

 

 

 

 

ビールとメントス 

 

  

 

 

この動画、何回も紹介してるね。

ごめん。

 

 

 

 

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おまけ

 

 

 

 

ひょっとして、もう知らない人がいるかも知れないので

『まずい、もう一杯』の青汁のCM。 

   

 

 

 

 

 

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2012年9月 6日 (木)

尖閣積極活用法

都に代わって国が尖閣諸島を購入。というニュース。

(読売の記事へのリンク)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『なんで国が買うんだろう。』

 

『ほら、石原さんだと中国や台湾を刺激するから。』

 

『じゃあ、国が買っても今のままか?』

 

『藤村官房長官は定例会見で

「何に利用するか、いまは言えないなあ。」っていったらしいです』

 

『どうせ中国や台湾に遠慮してなにもしやしないさ。』

 

『石原さんは避難港を作る、とか言ってましたが。』

 

『慎太郎でもその程度かよ。』

 

『だけど大規模に開発したら、本気であいつら騒ぎ立てますよ?

台湾の総統は近くまで視察に来るらしいし(西日本新聞の記事)

北京だって、中古空母のお披露目と同時に

近海に来て示威行為くらいやりかねません。』

 

『そういうところだけ仲がいいんだな。』

 

『日本が自衛隊をデモンストレーションに使えないことを

知り尽くしてやがりますからね。』

 

『馬鹿野郎っ。』

 

『ひっ。』

 

『だから逆に、大規模に開発したほうがいいんだ。』

 

『どうするんです?』

 

『観光地にしちまうんだ。』

 

『はい?』

 

『だから「避難港」なんてけちくさいことを言わないで

10,000トンくらいの客船がつけられる桟橋を造る。』

 

『また金のかかることを。』

 

『浮桟橋なら安くつくれる。

水深はあるらしいから100mも伸ばしたら十分だ。』

 

『それで、観光地ってなにをするんです?』

 

『カジノを作る。』

 

『ははあ。』

 

『大阪の南港あたりだったら、治安が不安かも知らんが

無人島に作るんならいいだろう。』

 

『でも日帰りできませんぜ?』

 

『当然ホテルも造る。あの小さな島に信じられないんだが

水も湧いているらしいじゃないか。』

 

『ヤギも居るみたいですね。』

 

『そいつらを捕まえて動物園も作る。ご家族向けに

「わくわくふれあい尖閣ZOO」

ってのを作る。』

 

『嫁さんが来たらカジノになんか行けませんよ?』

 

『そんなことないさ。

昔のマカオは怖かったけど、いまはそうでもないらしい。

シンガポールとか、「家族で来て、カジノも出来るリゾート」

ってのは、いまや世界のトレンドだ。

 

『…なるほど。』

 

『景色も素晴らしいらしいそうじゃないか。水平線上の

サンライズとサンセットが同じ場所で見られるところなんて

国内にだって意外にないんだぞ。』

 

『まあ、そうかな。』

 

『大陸の連中なら、なおさらだ。

行ってみたい人はたくさんいるぜ?』

 

『あ、行ってみたいです。』

 

『ショッピングセンターでは、

免税で世界のブランドをどうぞ、

高級炊飯器もあります。』

 

『そんなんじゃあ、中国人と台湾人ばっかりになりますよ?』

 

『それでいいんだよ。』

 

『そうですか?』

 

『自分のところの国民が観光に来ている島に

ミサイルぶち込めるか?』

 

『あ…』

 

『最強の安全保障さ。』

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『でも、国旗を掲げる奴とかいるんじゃないですか?』

 

『絶対ない。』

 

『なんで?』

 

『中国人が五星紅旗を掲げて、

その横で台湾人が青天白日旗を掲げたら大げんかだ。』

 

『並んでデモしたりしないですかね。』

 

『北京も台北も、

それだけは絶対にさせないから大丈夫』

 

 

800pxflag_of_the_peoples_republic_o

 

 中華人民共和国(大陸)五星紅旗

 

 

800pxflag_of_the_republic_of_china_

 

 中華民国(台湾)青天白日満地紅旗

 

 

 

 

『韓国が竹島でやってるように

ナショナリズムをむき出しにするやり方は粋じゃない。

兵隊を置かない安全保障、ってのもあるんだ。』

 

『珍しく田嶋陽子みたいなことを言うじゃないですか。』

 

『もちろん乱暴なことをされたら叩きのめす、という

厳然たる決意と実力は準備しておかなくちゃいけない。』

 

『しかし、なんか揉め事が起こりそうな気はしますね。』

 

『なにか生意気なことをしたら

浮桟橋をはずしちまえばいい。』

 

『帰れなくなるじゃないですか。』

 

『2.3日、島に閉じ込めて反省させとけ。』

 

『どうしても建設的な話で終われないんですね…』

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の四枚。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『炊飯器といえば秋葉原、秋葉原といえばメイドだから

そういう島に「メイドが炊飯器を売る」、っていう店があったら

面白いんじゃないでいですか?』

 

『おれもそう思ったんだけど、意外になかった。』

 

0000meido

  

 

 

 

 

 

 

  

『メイドが若干微妙ですね…』

 

『この店はなんの店なんだろう。』

  

『当然カジノではメイドがディーラーもやるわけですよ。』

 

0000kajino

 

 

 

 

 

 

 

 

『目つきが怖いな。』 

 

『さらに、尖閣諸島は

日本の西の端っこになるので東京と時差が一時間あります。』

 

『だから、なんだよ。』

 

『東京じゃ見られないような星座を見ることが出来ますから

メイド天文台カフェ。』

 

0000tentaikansoku

 

 

 

実際にそういう店は

存在したりする 

  

 

  

  

『無理にメイドにしなくても

いいんじゃないか?。』 

 

『無理、かなあ……』

   

 

『マクドはこんなです。』

 

0000donard_2

     

 

『お前ら、

そこに坐れ。』

 

 

  

『ドナルド、怖い』

 

 

 

 

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2012年9月 5日 (水)

ニッポン赤字脱出法

今国会での『特例公債法案』の通過が絶望。

今年の秋には、国のお金が足りなくなるので

予算の一部の執行を止めた、というニュース。

(SankeiBizの記事へのリンク)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『でも、これ「野党いじめ」でしょ?』

 

『日本に金がないことも確かだぜ。』

 

『まあ、ね…』

 

『地方交付税交付金なんかを止めるんだと。』

 

『政党交付金なんかも止めてやればいいんです。』

 

『議員歳費とかな。』

 

『政党交付金を止めたら、泡沫政党の中には

食えなくて耐えられなくなる連中が出てきます。』

 

『小沢だ、みんなだ、社民だといった連中は

干上がっちまうだろうな。』

  

『社民党にいたっては

本部が永田町のど真ん中の国有地にあるくせに

借地料を払っていません。』

 

『12人の議員じゃ部屋が余っちまうからテナントを入れてるらしい』

 

『あれの地代をきりきり取り立ててやればいいのに。』

 

『そんなことしたら、あの政党死んじゃうぜ?』

  

『阪神大震災のときに

「なにぶん早朝のことで、初めてでもございましたから」と、

言い訳しやがったマユゲルゲ村山の

無能を総括できない社民党なんか

早く死ねばいいんですよ…』

 

『あれは腹が立ったなあ…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『しかし、やっぱり。

日本にお金がないからいけないんでしょう。』

 

『だって、特例国債法案が通らなくなって

赤字国債出せなくなっちゃったんだから…』

 

『…まあ、ねえ…』

 

『政府短期証券でも出すか?』

 

『それも自転車操業ですねえ。』

 

『じゃあ、国債を担保に、日銀にジャブジャブお札を

刷らせるか?』

 

『二・二六事件の高橋是清みたいに殺されますよ。』

 

『うーん…』

 

『うーん…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そういった財政上のごまかしじゃなくて

基本的に日本国の国富が足りないから

いけないんでしょう。』

 

『ままま、貧しいよなあ…』

 

『あんたんちの話をしてるんじゃありません。』

 

『まあ、輸出で食っていた日本の製造業が負け越して

税金が入らなくなったし。』

 

『フクシマ以降観光客も激減したし。』 

 

『税収は減ったよなあ…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『日本国の国富を増やしましょう。』

 

『どうやって?』

 

『資源を売るんです。』

 

『…資源?』

 

『日本のEEZの海底にはシェールガスがあったりとか

レアメタルがあったりとかするらしいからそれを輸出して…』

 

『そんなもん30年経っても、商売にならん。』

 

『だめですかね。』

 

『ニュースだけは景気がいいけど、いままでそんなもんが

実用化されたことなんかなかっただろう。』

 

『でも、海底油田だって100年前は夢物語だったんですぜ』

 

『だから、今年の赤字を埋めるのには役にたたないだろ?』

 

『あ…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『でも世間には景気のいい人もいますよ。

「100万円おせちが予約開始」(産経の記事)だそうです。』

 

『フォアグラ、キャビア、トリュフ、伊勢エビ、金杯…』

 

『こどもがイメージする「金持ち」ですね』

 

『こんなの、店の宣伝なんだろうけど、買う人おるんかいな。』

 

『これで年が明けたら、

「100万円福袋」とか売るんですよ。』

 

『もうそんな季節なのかねえ…』

 

『むかし、大学の近くの回転寿司が

オープン記念って事で、

「ダイヤ入りお寿司が回ります」っていう

イベントをやったんです。』

 

『なんじゃ、そりゃ?』

 

『しゃりの中にダイヤの石だけが混ぜてあるらしいです。』

 

『リングじゃないんだ。』

 

『台があったらばれちゃいますよ。だから石だけ。

ほら、フランスかどっかでケーキの中に

人形が入ってる、っていうのがあるでしょう。』

 

 

0000_rowa  

ガレット・デ・ロワとフェーブ

 

 

 

『で、そのダイヤが100万円だったのか?』

 

『まさか、せいぜい数千円のくず石でしょう。』

 

『なんだ、見てないのか。』

 

『店には居ましたよ。店員がまんなかで

「はーい、100皿にひとつダイヤが入ってるからねー

高い皿とは限らないないよー。卵かも知れないよー」って

いいながら握ってるんです。

 

『へー。』

 

『店の前に、すごい行列が出来てました。

客もがんがん食ってたし。』 

  

『うまいこと考えやがんなあ。』

 

『そしたら、じいさんが当たったんです。』

 

『ほう。』

 

『「当たった。」って叫んだ瞬間

飲みこんじまいましてねえ…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そんな与太話はどうでもいい。

われわれが金持ちになる方法だよ。』

 

『この日記は、全編与太話じゃないんですか?』

 

『そこでな?…』

 

『あ、ろくでもないことだ。』

 

『お前ん家の庭から石油でない?』

 

『どうしてそう、

すみやかにガキの発想に墜ちていくんですか?』

 

『それがこの日記の持ち味よ。』

 

『どっちにしても、うちアパートです。』

 

『ちっ。』

 

『うるさいなー。』 

 

『じゃあ、

世界中のじいさんを助けにいこう。』

 

『その「じゃあ」はどっから出てくるんですか?』

 

『だから、具合が悪そうなじいさんを助けて

その人が実はすごい金持ちで

「おお、あのときは助かったよ。お礼をさせてくれ。

なに?日本政府の人か。

それなら日本にドッカンと寄付を」…』

 

『……』

 

『……』

 

『ほんっっとに病気しても弱りませんね。』

 

『なんだよ…』

 

『中国じゃあ,倒れている年寄りを助けると

逆に騒がれて金を取られるらしいですよ?』

 

『当たり屋みたいだな…』

 

『衆人環視の中、で事故にあった女の子を

数十人が見て見ぬふりをして

助けなかったってことがあったでしょう。』

 

 

 

 

『何回見ても気持ち悪いな、これ…』

 

『世界中のじいさんを助けたところで

逆に借金が増えるんじゃないですか?』

 

『……』

 

『……』

 

『はあ、金がない…』

 

『日本の話ですか?

我が家の話ですか?』

 

『どっちも……』

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の一枚。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

0000binbo

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあな…

  

 

 

 

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2012年9月 4日 (火)

噂になりたい

『ビッグフットが出た。』という噂を立てたくて

迷彩服でハイウェイを歩いていた男性が

車にはね飛ばされて死亡。というニュース。

(CNNの記事へのリンク)

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

葬式大爆笑。 

 

 

 

 

 

 

 

こんな死に方したんじゃ、

家族はやりきれないだろうなあ。

 

200pxpie_grande_2

 

ビッグフット

 

 

   

   

 

 

 

もう少し詳しく書くと、アメリカの高速道路で、

草などで擬装する『ギリースーツ』という迷彩服を着て

『高速を走っている運転手だったら、

一瞬のことだから勘違いしてくれるんじゃないか?』と

どきどきしながら歩いていたら、

15歳が運転する車にはねられた。

 

 

2台目の車はかろうじてよけてくれたが、後続の

17歳の車にとどめを刺された。

 

 

 

 

 

 

 

アメリカじゃ、

17だ15だという連中が

運転できるのか?

(日本で免許が取れるのは18歳から。親切なつやすみ。)

 

 

 

 

 

 

 

で、

 

ギリースーツとはどんな物か?

というと、たとえばこんな。   

 

  

あああ、トロンボーンのスライドに草を巻くな。と思ってしまうが

たのしそうだからいいか。

 

 

 

 

ちなみにこの男性のいたずら、

気がついてくれたドライバーは

一人もいなかったそうである。

 

 

 

生命まで賭けたのに… 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おとおさんっ。ジジをどこに連れて行くの?』

 

『この黒猫を川で泳がせて写真に撮って

「ニホンカワウソはまだいた」って言って

ニュースにしたんねん。』

 

『やめてっ。死んじゃうわっ。』

 

『大丈夫やって。

写真だけ撮ったらすぐに助けたるさかい。』

 

『違うわっ。

お父さんがPETAに殺されちゃうっ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日のジジ。』

 

 

 

 

 

 

いつもの散歩コースを歩いていたら、子猫がいるんです。

まっくろでね。かわいいです。

Ca3g0036

  

『かわいいです』とか言いながら

写真が小さいのは

近寄ると逃げちゃうんで 

遠くから撮ったせいで

解像度が低いからです。

ごめんなさい下手くそだからです。

 

 

 

 

 

 

 

で、手前にちょっと写ってるけど

おそらく母親はこいつ。

0000_miichan

 

 

みいちゃん

 

 

 

野良猫にあるまじきくつろぎ方なんだけど

こんな姿勢のくせに近寄ると

しゅっと逃げちゃうんだよなー。

 

  

 

 

でも、猫は泳げないから虐待だけど

イタチはちょっと泳げるから(見たことがある)

『にせカワウソ』の写真を撮ろうとする奴が

出てきそうな気がする。

 

もちろん写真を撮るつもりで泳がせたら犯罪ですよ。

やっちゃいけません。

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

 

 

 

 

9月3日はドラえもんの誕生日。  

  

スマホを持っている人は『ドラえもーん』とさけんだら

なんかメッセージが出ます。って

もう4日だから駄目か。

 

 

ほら。リアルタケコプターは二重反転プロペラじゃん。

 

 

 

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微妙に古いニュースだな、と思ったあなたは正しくて

先週のニュースを見直してるんですね。はい。

 

 

 

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2012年9月 3日 (月)

オスプレイもその程度の風で墜ちてどうする

オスプレイは信用できないぜ、という不安に対して、

防衛省が2月にモロッコで起きた、同型機の墜落事故の

レポートを発表している。

(モロッコにおけるMV-22墜落事故に関する分析評価報告書)

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、

 

 

なにが書いてあるのか、というと

『えーとぉ、追い風で下手くそに操縦させたら

ほら、間違っちゃってさあ。』

というもの。

 

 

さらに、 

『あ、いや、機体は大丈夫。

もちろん管理も大丈夫。これは日本でも同じだよ』と。

   

 

 

 

 

 

 

 

 

で、

 

問題は、ここから。

 

 

 

 

 

 

『追い風』とはどのくらいか?と思ったら、

15~27kt(ノット)だったそうだ。

 

1kt=約0.5m/秒なので

15~27ktは、約8~14m/秒。

 

  

 

 

 

 

 

ふざけんなよ?こら。

 

 

 

  

 

 

沖縄は台風の島。

そうじゃなくとも

風速20m/秒くらいの風はびゅーびゅー吹くだろう。

 

 

 

  

 

 

それがなにかい?

風速8m/秒で墜ちちゃうのかい?

  

どれほどの突風かと思ったら

その程度かよ。

 

 

 

 

  

 

   

  

 

がっかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

    

個人的には、

沖縄に海兵隊が要らない、

なんて言わない。

 

 

鳩のひと言のおかげで普天間が残るんなら

それもプロセスの上で諒解を取れ、と思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

  

それが、これ?

これが真相ならがっかりだ。

  

言い訳なら、さらにがっかりだ。

 

 

  

 

 

 

 

事故がある=不安がある。

解消する=説得する。というプロセスに当たって

もう少し頭のいい奴はいなかったのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

  

 

  

  

大体、軍隊だろ?

あらゆる状況で出て行く覚悟はあるわけだよな? 

  

   

『いやあ、風が強いと墜ちちゃうからさ。』

とは言わさない。

 

墜ちたとして、

『いやあ、あいつ下手くそだったからさあ。』

とは言えないだろう。

 

 

 

 

 

 

  

で、

   

  

オスプレイに乗っている人間には死ぬ覚悟があるだろう。

そうじゃなくちゃ困る。

軍隊なんだから。

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

   

だけどな?

下に住んでいる人間は普通に暮らしてるんだ。

 

っていうか、暮らしたいんだよ。

 

 

 

  

  

  

 

 

でも、墜ちる事故がある。

000000000000000000000000000

  

 

2004年の沖縄国際大学

ヘリコプター墜落事故 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

なんでこんな当たり前のこと言わなくちゃいけないんだろう。

 

  

  

 

問題はそこら辺の『感覚の乖離』なんだよ。

 

 

 

 

  

 

ただし、ここで結論にいく前に註記。

 

   

『抑止力』は必要です。 

 

人様の文章をパチってるから

基本的にこの日記は、文章の剽窃に寛容だ。

しかし、今日の日記に関してだけは

部分的に文章を切り取る奴は許さん。

  

  

 

 

 

  

 

 

  

今回大事なのが『オスプレイの安全性。』なのだとして

でも、それが、風速8m/秒で

墜っこっちゃだめだろう。

 

 

これが、結論のひとつめ。

  

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

  

 

そして、今回のニュースでとても残念だったこと。

 

それは、報道のあり方。

 

 

 

あらゆるマスコミが、

今回の事故分析結果をもっての防衛大臣の行脚について

『ほら、機械じゃなくて、操縦士が下手くそでさあ。』

と説明したという…みたいなニュアンスで説明してるけど

それは違うと思う。

   

 

 

  

今回の防衛省のレポートには失望したが

沖縄をはじめとした、

マスコミの態度にはもっと失望した。

 

 

 

   

 

少なくとも『風速○○kt(ノット)』という時に

せめて、

『それは、扇風機で言うと…』くらい

言って欲しい。

 

 

 

 

 

 

追い風が原因なら、それはどのくらいの風だったのか?

 

突風だったのか?

沖縄では再現性はなく

モロッコだけの特殊気象だったのか?

 

 

 

  

 

そのくらいの説明をしろよ。この馬鹿野郎。

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

  

 

だから文系の記者にこういう文章を書かせるとこうなる。

単位の相関関係がわからない。

 

  

安易に『甲子園球場何個分』とかいう奴は馬鹿だ。

のどかな風物詩として紹介するならともかく

今回は違うだろう?

 

ベクレルの時もそういうことをしなかった。

無能。

 

 

  

 

そして今回はそれさえしていない。

ノットの歴史をいちから教えてやろうか?

  

無能っ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ひ、被弾してしまったっ。』

 

『大丈夫ですか?大尉殿っ。』

 

『ぐ、軍曹、俺に変わって操縦してくれっ。』

 

『で、でもっ。自分はまだ操縦時間500時間…

自信がありませんっ。』

 

『馬鹿野郎っ。

この高度ではオートローテーションもできん。

…た、たのむ…』

 

『わ、わかりましたあああああああああああ…』

 

  

 

 

どごん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日のニューマンエラー。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『機長っ。やめてくださいっ。』

『逆噴射いくぞっ。』

 

0000_350

 

 

1892年羽田沖

JAL墜落事故

 

 

『ヒューマンエラー』っていうくらいなら、

このくらいのことやってくんなきゃあ… 

 

 

 

 

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まあ、8人死んでるから、不謹慎なことを言ってはいけませんね…

 

 

 

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