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2013年1月17日 (木)

殺すにしても殺し方があるだろう。

1月17日は阪神大震災の日。

例年、個人的な思い出を書いてきたがもういいや。

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(2008年)

 

 

 

 

 

 

 

 

もちろん忘れてはいけない記憶だし

おととしの東日本大震災のインパクトによって

なんとなく風化してしまっているイメージがあるが

死者6457人というのは、被災地の面積が狭かったことを思えば

恐ろしく、『死の密度』が高い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何が言いたいか、というと、死因だ。

阪神大震災の死者の大半は圧死だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

以下、Wikipediaの引用。

 

 

『死者の80%相当、約5000人は木造家屋が倒壊し、

家屋の下敷きになって即死した。

特に1階で就寝中に圧死した人が多かった。

 

 

2階建て木造住宅の場合、

「(屋根瓦と2階の重みで)1階の柱が折れて潰れるケース」

が多かったが、建物が倒壊しても2階の場合は

生存のスペースが残りやすく、死者は少なかった。

 

 

死者の10%相当、約600人は「室内家具の転倒による圧死」

と推定する調査(山口大学・大田教授のグループ)があった。

 

 

また、死亡に至るまでの時間も短かった。

遺体を検案した監察医のまとめでは、

神戸市内の死者約2456人のうち、

建物倒壊から約15分後までに亡くなった人が

2221人と92%にものぼり、

圧死・窒息死で「即死」した人が大半を占めた。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本の建築基準は世界一厳しいと思う。

 

三等国が震度5くらいの地震で建物が潰れて

よよよ。と遺族が泣き崩れてしたりすると

気の毒だとは思うが「アホかいな」、とも思う。

日干しレンガじゃダメだろう。

 

 

実際、1981年に建築基準法の大改正が行われ、

俗にいう「新耐震基準」というものが採用された。

2001年にも大改正されて、今や私は

構造設計をお客さんに説明できない。

 

 

いや一級建築士としてあるまじきことだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

阪神大震災の被害調査は実際に対応したので

実数を上げることも可能なのだが

新旧の耐震基準によって、

歴然と被災状況が違っていたことは事実である。

 

 

もちろん法律が社会を変えるわけではない。

姉歯のように確信犯で

強度を抜くハゲもいる。

 

 

髪の毛を偽装する男の確認申請が通ってしまうのだが

それでも、日本の建築は地震のたびに進化してきた。

 

それでも

阪神大震災では倒壊家屋、家具による圧死が圧倒した。

 

 

それ以降、日本の木造建築の耐震性は飛躍した。

反面として「瓦屋根は危ない」という風説が流れ

瓦の消費量は1/10になったらしいのだが

今の日本の木造建築は

そうは簡単に壊れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうしたら今度は東日本大震災だ。

 

この地震の最大の死因は津波。

死者13153人のうち死因が確認された死者の9割は

 

水死。

 

 

これも、Wikipediaからの引用。

 

 

『警察庁は2011年4月11日までに、

岩手県・宮城県・福島県で検視された13,135人の詳細を発表した。

検視を終えた遺体は男性5,971人、女性7,036人。

 

死因
 

   水死: 92.5%(12,143人)

   圧死・損傷死: 4.4%(578人)

   火災による焼死: 1.1%(148人)

   死因不明: 2%(266人)

 

水死92.5%ってなんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これが、関東大震災だと

死因の9割は火災である。

 

 

2013y01m17d_153816838

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(クリックで大きくなりますよ)

 

 

 

 

 

関東大震災は11時58分に起こった。

昼餉のためにお茶を沸かし、ご飯を炊き

味噌汁を沸かしていたのだ。

 

 

『火事と喧嘩は江戸の華』というくらいで

江戸は火事の街だった。

明治初めには数年おきに数万人の死者が出る 

大火災が起きた。

 

 

明治政府は屋根の瓦葺きを勧め 

少なくとも延焼防止に努めた。

 

 

それは普通の火事には効果を上げたのだが、

地震で木造建築が潰れたらただの薪である。

 

 

家中で火を使っていたこともあって

たちまちファイヤーストームが起きた。

 

 

これは、火炎にによる上昇気流によって

炎がうずを巻く。

こうなると、並の消防隊では消火できない。

 

 

建物が入り組んで路地が狭かったことも

避難や救助を妨げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実を言うと阪神大震災でも

長田区を中心に大火災が起きた。

 

 

もちろん倒壊した家屋の

中で煙に巻かれた人も多かっただろう。

 

 

しかし、死者の絶対数が少なかったのは、

日本の住宅が火災に強くなっていたからだ。

 

 

正直、長田区や兵庫区の住宅や工場の中には

バラック同然のものがあり

当時の神戸市の消防力、特に消防水利が

決定的に不足していたために大火災になった。

 

 

関東大震災のような被害者を出さなかったのは

時刻的に火源が少なかったのと。

割とゆっくり燃え広がったために

手を付け兼ねながらも、避難ができたからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、関東大震災以降、東京は焼失地区の9割を

一気に区画整理した。

批判の多い「震災復興事業」だが

これだけは褒めていい。

 

 

今、東京の下町が、意外に整った街路をしていること

小学校をはじめとして鉄筋コンクリート構造が一気に普及したこと

昭和通り、永代通りなどが整備され

隅田公園などの都市公園が作られたのも

この地震の『功績』である。

 

 

ところがこれらの震災復興事業は昭和帝が嘆いたように

徹底的に骨抜きにされ

その後の歴史においても、パークアベニューとして

たっぷりとした幅員と植栽を設けられ

防火帯となることを期待された12本の25m級の道路は

今や全て車線に覆われている。

 

 

都市公園だったはずの

隅田公園の上に首都高6号線が通され

それを見上げて変なメガネ勘違いデブが「橋脚かっこいいー。」

とか言い出すありさまである。

 

 

横網町の震災記念公園で死ね。

本当にへそ噛んで死ね。

 

 

 

 

 

で、

 

 

 

何が言いたいかというと、

 

 

阪神大震災では建物の倒壊。

東日本大震災では津波。

関東大震災では火災。

 

 

 

死者の圧倒的多数の発生原因が

毎回違うのだ。

 

 

 

日本の建物は

関東大震災以前より、はるかに火災に強くなり

阪神大震災直前に揺れに強くなるように法改正がされ

三陸地方はチリ地震以来10mの津波に耐えるように

対応してきた。

 

 

 

 

 

それでもこれだけの被害が来る。 

 

 

毎回違う攻め方をしてきやがる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

古文書を調べて、『ほら1000年前にはこんな災害が…』

なんていう研究者は研究費を取り上げてやれ。

1000年2000年のスパンで見たら、

文献に残っていない大災害なんかいくらでもある。

 

 

それを賢しらに、『ほらこの古文書では』なんていうバカは

1000年眠ってもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

福島の悪夢を出来させた

東電を許すつもりはない。

 

活断層の上に原発があるなら、

廃止してもいい。

 

 

 

でも、想定できないから『想定外』なんでしょう。

『想定外、なんて許さない』なんていうのが

いかに傲慢なことなのか

自覚しないのか?

 

 

ここ100年間に起こった、関東、阪神、東日本の

大震災の『死者の原因』は常に変わっている。

   

『過去に学ぶこと』は常に大事だけど

過去が現在を救ってくれるわけじゃない。

  

 

 

 

0000tarou1

 

1933年の

三陸大津波で

建設された

岩手県田老町の大堤防

 

 

 

 

0000tarou2

想定の倍の高さの

津波が来たために

越水した田老町。

無駄に頑丈な

堤体が悲しい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『火』ときて、『圧死』ときて、『水責め』なら

次の地獄はなんだ?

  

『針山』か?『血の池』か?

 

 

 

『セシウム』とか『メルトダウン』なんていうのも既に来てるな。

原子力で変異したゴジラが

東京湾に上陸して

スカイツリーを揺らすか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の2枚。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

0000hanshin_kousou_2   

 

 

 

 

倒壊した阪神高速

阪神大震災は

『破壊する地震』だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

0000pancake_crush    

 

パンケーキクラッシュ

という壊れ方をした

新開地の三菱銀行

 

 

 

 

『パンケーキクラッシュ』なんていう言葉、

教科書にしか載っていない

前時代的な壊れ方だと思っていたから、

これを目の当たりにしたときは驚いた。

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

 

 

 

 

 

今から3年前の関西電力のCM。

電気が点いた時の感動は今でも覚えている。

この子達も、もう高校を卒業するのか。

 

(見られない場合はこちら。)

http://www.youtube.com/watch?v=zOeXc_v0Mvk&feature=share&list=FL3z7iELxeQpt3KI3HbkPSZg

 

 

 

 

 

 

 

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おこられませんように」カテゴリの記事

コメント

英語の話せない英検2級です

日本家屋は屋根瓦が重いので地震に強い、と
教わりました
やっぱり間違いだったようです

難しいですね
どうしたらいいのでしょう
今のうちに快楽を貪ることにします♪

投稿: FREUDE | 2013年1月18日 (金) 20時46分

うーん、まいったな……。
いつも1.17は、喉を締め付けられるような悲しさや悔しさ、どうしようもないことへのあほらしさを感じて迎えてきました。実際、軽いパニックを起こしていたと思う。今年は静かに迎えたのですよ。なぜか……。
こちらに慌てて飛んできて、読み終えたらまたふつふつと怒りがたぎってきた……。
やり場のない怒りを抱えて生きるのは、人として正しいのかもしれません。
natsuさんのエネルギー放出の方向は、いつも正しいと思う。
娘、いよいよセンター試験です。

投稿: takae h | 2013年1月18日 (金) 21時23分

『想定外、なんて許さない』なんていうのがいかに傲慢なことなのか自覚しないのか?

全面同意です。

阪神大震災の時に人々の心の支えになった電気事業が
今は逆に叩かれている。

とどのつまり我々は
その一時一時を近視眼的に立ち向かっていくしか方法がないのかも知れませんです。

投稿: waruhiyoko | 2013年1月23日 (水) 21時40分

ひえええ。皆さん、
返事が遅くなってすみません。
 
FREUDEさん、昔の瓦屋根は下時に土を敷いていましたから重いです。今はそんなことないんですけどね。イメージって怖いです。
 
takae hさん。1981年の宮城県大地震で
日本の耐震基準は一新しました。それでも、すべての家が「新耐震」になるわけじゃない。センター試験はどうでしたか?おじさんの頃は共通一次と言ってねえ…
 
waruhiyokoさん、ありがとうございます。
想定外、をなくすように想像力を広げるのは
大事なことだけど、カバーできない部分は必ずある。という謙虚さは必要だと思います。

投稿: | 2013年2月16日 (土) 23時13分

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