グーテンベルグの日
2月23日は、ドイツのグーテンベルグが活版印刷で
聖書の制作を始めた日。1455年のことだ。
完成した『42行聖書』
グーテンベルグさんはドイツ人なので
亀甲文字呼ばれるドイツ独特の文字を
用いているうえに、文章はラテン語なので
1ミリも読めん。
とにかくこの聖書はおよそ180部が刷られた、
とされる。
『活版印刷の元祖』
『これで書物が大衆の手に』というから
ミリオンセラーだったのかと思いきや、
それほどの部数ではない。
ただ、これ以前の時代からしたら、
2重の意味で技術が飛躍している。
『グーテンベルグ以前』のヨーロッパでは
本、というのは専門の職人が一文字ずつ
筆写するものだった。
その紙は羊皮紙であった。
アラブ人にパピルスが独占されたからといって
ずいぶん極端だな、と思うが
馬具武具が発達していたヨーロッパでは
獣皮を使うことはさほど抵抗がなかったらしい
いまでも残る、ぐっち、びとん、ふぇらがも
といった偉そうなブランドも、
元はみんな革屋さんである。
しかし、いかに革に親しみがあったとは言え
そんな本が大量印刷されるはずはなく
筆写のスピードと
高額な価格と革をなめす分量が
奇妙なバランスをとっていただけだった。
実際、そんな生産方式であれば、
本の値段というのは非常識に高価だ。
本一冊が大学教授の月給に匹敵したという。
こうなると個人が蔵書を蓄えることは不可能で
13世紀頃に成立したヨーロッパの大学にも
ろくに本がなかった。
それならどんな教育をしていたのかというと、
教授が口述で講義する。
そこまでは、今と変わらないのかもしれないが
学生はノートを取ろうにも紙がないから
教授に議論を吹っかける。
そうすると、質問した学生に、
『いやお前はおかしい』とか言い出す
クラスメートがいて、
教室中が激論になる。
これがディベートの起源。
日本人は、学問を始めるとなると、
まずは漢文の素読から始める。
意味はわからなくても目の前に論語の本を置いて
『しのたまわく…』とやったわけだ。
いきなり書物があった日本人と、
口喧嘩の技術を競ったヨーロッパ。
奴らが弁が立って、日本人が口下手なのは
こんな時代に原因があるのかもしれない。
しかし、グーベルタンさんの「本」は
大量出版の可能性を示した。
しかも耐久性は弱いが安価な紙をも用いることで
さらなる将来の可能性を示した。
(部数のうち羊皮紙版が1/4、紙版が3/4)
これによって、聖職者しか読めなかった聖書を
民衆に開放したことは、歴史を変えた。
日本では、活字をばらした活版印刷は
あまり普及しなかった。
カナ、漢字で数千字、しかも変体仮名といって
同じ音でも何通りも仮名がある。
さらに日本人は続き書き、という
草書体を好んだために活字をばらすよりは、
一枚の版木に全て掘る、という
木版印刷が主流だった。
もっとも江戸時代の日本は多色刷り浮世絵に
見るように、印刷の質において世界最高であり
さらに、浮世草子、瓦版、といった
大衆向け出版に見るように、量においても
世界最大の出版大国だった。
逆に、これが仇となって、
日本で活版印刷が本格的に導入されるのは
幕末以降になる。
しかし活版印刷が導入されると学校、軍隊教育
新聞の普及は日本語の表現を急速に
整理していった。
今や我々は、蕎麦屋ののれんが読めない。
「生そば」と書いてあるんだろう
という事は予想がつくが
で、
こんな『印刷の歴史』みたいな話を
するつもりはないんだ。
ごめんね、いつも本題まで遠くて。
今日は、活版印刷についての個人的な思い出を
書きます。
では、どうぞ。
私は高校時代、文学部の部長であった。
普通の学校で言うところの文芸部なのだが
文学少年だったのだよ。
しかし、ほぼ休眠状態で私自身もほかの部活を
掛け持ちしたりしていたのだが
3年生が卒業すると去年まで部長であった
S先輩とたった二人になった。
3年生は受験生であるので
基本的に部活はやらない。
部長もやらない。
一子相伝のようなもので嫌も応もなく
部長になった。
これ以降、私の活動は
いかに部員を増やすかということに費やされる
その辺の話は省略するが、
一応部活らしい活動もする。
同人誌を出すのだ。
『一切ノーチェック』という編集方針の下
各自がボールペン原紙にガリを切り
生徒会室を急襲して、輪転機を占拠し
わら半紙をかっぱらって印刷する。
ごめんなさい。時効だから許してください。
後輩のみんなは真似しちゃいけないよ。
ただ、内容には一切口を出さない代わりに
『ページはA4袋とじ』
『各ページの淵は2cm残すこと。』といった
製本の最低のルールだけは決めたのだが
それすら守れない奴らばかりで、しかも
文字は各自の手書きだ。
部員の文字を見慣れているはずの
部長たる私でさえ、読めやしねえ。
さぞや、一般の学友たちは読めなかったと
思うのだが、不定期刊行、3ヶ月に1回位の
この本は意外に好評だった。
『バックナンバーをくれ』なんて言われると
とても嬉しいのだが、そうなると欲が出てくる
『活字の本が出したい。』
いまでも、然るべく出版社から
デビューしようと思ったら大変だし
自主出版なんていうのも百万円単位の金がかかり
知り合いに売りつけたところで
翌日にはブックオフに並んでいる。
しかし、今ではこのようにブログ、という
気楽なツールがあり
たとえば、
うんこ
と書いて公開すれば、これは
北は択捉・北海道から南は九州・沖縄の
日本全土のみならず
波濤の彼方アメリカ・ヨーロッパから
アフリカ・南極まで
ネットが使える環境であれば
全世界で閲覧が可能なのだ。
こえー
しかし、活字を紙に定着させる、となると
私が高校生の頃には非常に困難だった。
パソコン、というもがまだ存在すらせず、
家庭向けのワープロ専用機
(一太郎みたいなやつね)
もまだなく、
単漢字変換しかできない企業向けの
巨大なワープロが数百万とかそんな時代だった
もっとも、個人的には和文タイプが使えた。
中学校の技術科の先生が変わった人で
『俺が見ていられる時間なら、
好きに機械を使ってもいい。』
ということで、
さすがに危険な機械は
使わせてもらえなかったが
放課後に旋盤を回したりしていた。
和文タイプも、そんな先生だから
教官室の機械を使わせてもらった。
もっとも配布プリントの作成を頼まれたりも
したが。
しかし高校には、そんな太っ腹な先生は
いなくて、
いや、それが当たり前なんだろうけど
そうなると、高校生が活字の本を作る方法は
活字を組むしかない。
あ、やっと戻ってきた。
といっても、個人で活字が用意できるはずも
ないので印刷所にお願いする。
もちろんお金を払って依頼するのだ。
本を出すのは、毎年9月の文化祭の二日間。
この時だけは生徒が物品を販売することが許される。
部員は、というと私の努力と、
『何、同人誌を出すんやて?』という
野次馬たちによって10人になっていた。
質はともかく、数だけは豪華な執筆陣なのだが
誰も部費など払わないので、
部としての自己資金は0である。
『毎年こうなんですか?』
と前部長たるS先輩に聞くと
『毎年こうだ』という。
それは自転車操業、というのではないか
と思ったが
伝統ならば仕方がない。
立ち向かうことにした。
原稿を集める。
例によって、ノーチェックなのだが
10人もいるから70ページになった。
1ページに1500文字くらい入るから
70ページだと原稿用紙460枚くらい
ということになる。
しかも各自が均等しているわけではなく、
詩2篇、1ページという女の子もいれば、
30ページの超大作を書いてきた馬鹿もいる
さすがにこいつは怒鳴り上げて
半分に圧縮させたが、それでも50ページだ。
みんな、本を出すのが嬉しいんだなあ、
とは思うが
部長兼、会計兼、印刷屋さんとの渉外係としては
頭を抱えざるを得ない。
見積もりをお願いすると10万円ときた。
今から30年前の話だ、ということを割り引いても
毎年引き受けてるし、
高校生だから安くしてやろう、と
相当にサービスしてくれた価格だと思うのだが
金がない。
繰り返すが自己資金は0だ。
カツアゲするようにしてカンパを集めたが
2万円にもならない。
そこで期待するのが販売収入だ。
しかし、みなさんは高校の文化祭で
わけのわからない同人誌にいくらまで出すだろう。
どう強気に考えても300円の壁は越せそうにない。
だから30年前の話だ。
価格を高くすれば販売数が減る。
当然だ。
その関係は比例関係ではなく、
値段を高くしたら販売数は指数関数のように
急激に減っていくだろうということが
容易に予想できる。
しかも、販売期間はたったの2日間である。
友人先生を数え上げても
ともだち100人いないんだいっ。
悩んだ末に、単価250円、部数250部、と
決めた。
『250』というあたりに17歳の戸惑いが見えますね。
しかし、全部売れても6万円ちょっとである。
カンパを足しても2万円足りない。
どうしよう。
広告を集めることにした。
金がなく、部員もいなくて才能もなさそうな
文学部ではあるが歴史だけはあって、
私が担当したのが30号目。
つまり30年の歴史がある。
バックナンバーを紐解くと
近所のお店に広告の出稿をお願いしていたり
するのだ。
つくづく金のない歴史に涙しつつも、
もう、この手段しかない。
学校の近所のお店に、アポもなく飛び込んで、
こう言うのだ。
『○○高校のものです。来月行われる文化祭で
うちの部が出す雑誌に
広告を出してもらえませんか?』
今、うちの事務所にそんな高校生が来たら、
眉間をグーで殴る。
冷静に考えたらそのくらい無茶なお願いだ。
高校の文化祭で200部出るかどうかという雑誌、
しかもおそらく貧乏な高校生しか買わないような本に
広告載せてどうする。
うちは、蕎麦屋で夜は居酒屋だよ?ってなもんだ。
いま、その当時の本を見ると呆れたことに
学校から歩いて40分くらいかかるような
ところまでお願いしに行っている。
しかしそれでも4軒ほどのお店が
広告を出してくれて
本当にありがとうございます。
4件で2万円ということは4cm×9cmの広告に
5千円取ってたのか。
…ひでえ…
広告効果なんか考えずに、
憐れむような気持ちで喜捨してくださったのだろう。
よほどしおたれた顔でお願いしていたらしい
廃業してしまったお店があるようなので
名前を載せるのは控えますが
本当にありがとうございます。
みなさんのご支援によって、
インターネットで世界中に
うんこ
と書くような男が育ちました。
無駄な・・・
あ、うそうそ。知っている人なら、
ほぼ部活も高校も特定できてしまうと思うので
後輩たちが来たら、いぢめないでやってください。
えーと、グーテンベルグどこに行った?
活版印刷というのは
金属製の活字を原稿に合わせて手作業で
一文字づつ選び
それを木箱の中に並べていく。
もちろん改行やブランク、ページNo.なんかも
配置してレイアウトを考えて組み立てる。
さらに印刷して読めるように組むわけだから
縦組の場合左右逆に行を積んでいく。
活版印刷だと、こうやって文選した活字に
インクをつけて
それを紙に押しつけて印刷する。
我々がお願いしたのは孔版印刷と言って、
建築屋の用語で言うとシルクスクリーン印刷だ。
組んだ活字をスクリーンに転写して、
転圧して印刷する。
わかりやすく言うとでかい謄写版、
あるいはプリントゴッコ。
原版を作るのは今は専用のパソコンなのだろうが
私が見学させてもらったときは活字を拾っていた。
一通り組み終わると、校正刷り、
というのをくれる。
誤字脱字はありませんか?ということだが、
これを我々高校生どもは真っ赤にチェックして
突っ返す。
いま思うと涙が出るくらい生意気だ。
しかも、一校だけじゃなく二校、三校まで
要求する。
ごめんなさい。
だから、印刷にかかるお金、というのは
2、300部程度の小部数であれば、
殆ど活字を組む費用である。
何しろ、グーテンベルグの時代と同じ、
いや日本語の方が圧倒的に文字の種類が多くて
あの当時、変わった文字使いや送り仮名を
好んでいたから活字を組む手間、というのは
ほんっとうにごめんなさい。
したがって、総費用は
ほぼページ数に比例すると考えていい。
よほど凝った造本をするならともかく、
紙代や製本代なんて、
活字を組む手間からしたら知れているのだ。
でも表紙の紙を選ぶのは楽しかった。
『レザックがいいぞ』
『いや、俺はマーメイドの手触りが』なんてね
しかし、広告を取るために2日かけて、
延べ数十軒の店を回ったのは正直辛かった。
1年生が2人とも辞めてしまったので
3年になっても
部長職を続けざるを得なかった私は、
毎月500円の部費制度を導入し
新入部員も入って
執筆陣は8人と結構いたのだが
ページ数は前年比40%減の30ページに圧縮し
2回目の同人誌出版を楽々と乗り切ったのだった。
その発想が、
出版人として正しいかどうかは
全く別の話だが。
では、『今日の一枚。』
お世話になった印刷所は
いまでもあります。
というか30年前と
同じ建物なんですが…
みんな、印刷なら千葉孔版印刷だぜ。
(クリックしてくださいな)
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コメント
同人誌の発行に駆け回った
若きnatsu部長に乾杯♪
しかし、きちんと実態ほ把握して
さすが良いお仕事をされましたね。
今も同人誌が続いていますように。
投稿: takae h(fullpot) | 2013年2月25日 (月) 00時27分
レクィエムやミサ曲では似たような歌詞なので
多少、ラテン語が読めます
拡大してみたらバビロニアがどうとか書いてありましたが
文字が小さくて、それ以上は読む気になれませんでした
投稿: FREUDE | 2013年2月25日 (月) 22時49分
takae h(fullpot)さん、
ありがとうございます。
いやー、お恥ずかしい。
正直本のことも、そもそも
『お金を払って何かを企画する。』
ということをしたことがありませんでした。
高校のHPを見ると部活は存続している
らしいので、後輩たちには
『こんなアホが先輩なのか。』と思って
貰えたら嬉しいです。
FREUDEさん、ありがとうございます。
おーすごい、ラテン語ですか。
Wikiodiaの「グーテンベルグ」の項目に
この写真の高解像度版があります。
ぜひご覧になってください。
相変わらず返事が遅くて
失礼をしております。
投稿: natsu | 2013年2月27日 (水) 02時05分