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2013年3月 8日 (金)

バラバラ殺人の日

3月7日は『玉ノ井バラバラ殺人事件の日』。

(Wikipediaの記事へのリンク)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昭和7年のこの日、いまの墨田区にあった玉ノ井の

通称「お歯黒どぶ」からハトロン紙に包まれ、ゴミだらけの麻紐で

縛られた、男性の胸、頭部、腰が別々に発見された。

             

玉ノ井の一角はこの当時、非公認の売春窟だった。

今をときめく『東京スカイツリー駅』の隣、東向島駅の

さらに東側、東向島5丁目、6丁目のあたり。

昔の住所だと東京府南葛飾郡寺島町。

東京市外だったわけです。

 

 

            

このあたりが市街化したのは関東大震災の後。

  

関東大震災では、東京府下で7万人の犠牲者が出た。

死亡者の多さもさることながら、もっと多く出たのが

焼け出された人である。

建物の被害は焼失、倒壊あわせて20万棟。

およそ100万人以上が家を失った。

 

 

  

これを機に東京市からの人口流出が始まる。

当時市外であった

世田谷、渋谷、新宿、豊島、台東、墨田各区や多摩方面、

東京を見捨てて他の都市に移る人も多かった。

            

これによって、東京市は人口で大阪市に抜かれ

『日本第2位の都市』に転落している。

 

 

 

 

  

 

東京でも、被災区域の周縁部で市街化が進んだ。

今の地名で言うと東中野、東池袋、千住、三ノ輪、東向島など。

山の手では谷筋に、隅田川沿いでは田んぼを埋めて

住宅、町工場などが建っていく。  

 

          

被災区域のほとんどは区画整理された。

  

その一方、以前にも書いたように地主に支持された政友会と、

その長老で自らも大地主であった伊藤巳代治などが

予算を搾り切ったために、帝都復興院と東京市には、

こうした外縁部分に滲み出していったスプロール地帯の

面倒を見る余裕はなかった。

  

したがって被災地の方が区画整理されて

さっぱりした町並みなのに対して

外縁部の『新市街』の方がごちゃごちゃしている、という

不思議なことになっている。

 

 

 

 

不思議でもないか。

大阪の周りでも、ごちゃごちゃと建て込んでいるのは

吹田、摂津、大東市といった周縁部だな。 

            

そして玉ノ井のあたりでは私娼街ができる。

それほど広いエリアではなかったらしいが、

そういうのも『街の一部』として当然の様に立地した。 

もちろん利用者が周辺の人ばかり、というわけではない。

  

この私娼街の付近に『お歯黒どぶ』という下水溝があった。

遺体が見つかったのはそこ。

 

 

 

 

 

 

          

なかなか本題にいかないのはいつものことなので

さらに余談を書くと『お歯黒どぶ』というのは、本来は

吉原のまわりにあった2間から4間程の溝のこと。

 

  

『遊女の逃亡防止』といった機能的な意味もあったが

『遊郭という異空間と現世との結界』であった。

むしろ、そういう精神的な意味の方が大きかったんだろう。

           

最近はブラタモリとかのおかげで

『暗渠マニア』みたいな人が増えて

おばさんが地図を持ってカメラを持って吉原をウロウロして

「あらあら夕方だわ。ソープの灯が点ってきたわね。」

なんていうことを写真とともにブログに書いたりしているが

 

 

馬鹿野郎っ。

 

ソープの営業時間は「日の出から」だっ。

トウシロウがウロウロするんじゃねえっ。

  

じゃなくて、危ないからやめなさいね。

 

 

             

玉ノ井の方の「お歯黒どぶ』は私娼街を囲んでいたわけではなく

単なる排水路で、街が出来てからは下水なんかも流された。

名前だけ『本家』である吉原から借りたらしい。

 

 

 

 

 

 

で、

  

余談ついでに言うと江戸時代から公認だった吉原は

今でも日本最大のソープ街だが、

玉ノ井は昭和40年の売春防止法以降

そういう店はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殺人事件そのものは、ごくありふれたもの。

浅草で行き倒れていたルンペンがいた。

これに声をかけた春画描きに、このルンペンは

『俺は秋田の大地主の跡取りだ。

しかし、この通り病気で動けない』

と、大ボラを吹く。 

            

これを信じた春画描きは自分も貧乏だったのに家に連れていく。

落ち着いてから『とっとと金を持って来い。』と、

秋田に帰郷させても、何も持たずに平然と帰ってくる。 

だんだんこのルンペンは図々しくなり、女給だった妹を孕ませ、

さらにその子供を殺したうえで居座ってしまう。 

            

『どうも、コイツはホラ吹きらしい。』ということに

気がついた春画描きは印刷工の弟とともにルンペンを殺す。

運搬のために遺体をバラバラにし、タクシーで妹に運ばせ

お歯黒ドブに遺棄した。

 

 

 

 

 

ほら、つまんない。

というよりも、何か不思議な感じ、

咀嚼できない違和感がある。  

            

『秋田の大地主』が何故、浅草の盛り場で行き倒れているのか?

ということをおかしいと思わないばかりか、

なんだかんだと10ヶ月も世話しているこの3兄弟も変だが、

往復の旅費を工面してもらったのに

逃げもせずに再び犯人宅に帰ってきた被害者も変である。 

            

なんか登場人物がみんな、

そらぞらと薄ら寒いのだ。

 

 

 

 

 

 

  

それよりも特徴的なのは、この事件の発覚後の経過。

            

まず、『バラバラ殺人事件』という用語が初めて使われた。

遺体を遺棄するために切断する、というのは

日本はもとより世界中に先例があるのだが、

朝日新聞が用いたこの言葉が、これ以降、

同種の事件に用いられるようになる。 

 

 

 

 

 

 

さらにマスコミ、といってもこの当時、新聞しかなかったが

この報道が加熱したこと。

『出歯亀騒動』のときもそうだったが、

戦前の新聞報道は、いまと変わらないくらい、えげつない。

ついには、江戸川乱歩など、当代の推理作家の『推理』を

掲載し合う有様。

  

新聞が煽ったおかげで『お歯黒どぶ』は観光名所のように

なってしまう。

買春という本来の目的でやってくる客が来なくなってしまって、

警察に苦情が行ったりしている。

            

まさか非公認の売春宿から苦情が来るとは

警視庁も思わなかっただろう。

 

 

 

 

  

警察が『懸賞金』を掛けて犯人の情報を求めたのも日本初。

ところが寄せられてくるのは情報じゃなくて『推理』ばっかり。

なかには、

『遺体を縛っていた紐には猫の毛がついていたそうだから

日本中の猫を集めて比較したらどうだ?

一致した猫の飼い主が犯人だ。』

 

、と  

『いや、それ

犯人見つけるより大変だろう。』

という愉快な提案まであって大騒ぎになった。 

 

 

 

 

 

          

結局、このルンペンは過去に警察で保護されていたことが

遺体発見の7ケ月後になって分かり、って

早く気がつけよ、おい。

  

で、

  

これが緒になって、遺体発見から8ヶ月以上経って

犯人は逮捕される。

 

 

 

 

 

 

        

まあ、個人的には殺人事件なんかよりも

こういった街の成り立ちの方に興味があります。

          

東向島や、戦後、玉ノ井が移転した

今の墨田三丁目のあたりを

ストリートビューで散歩してみたんですが

ぐっとくるくらい細くて雑然とした町並みですな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

では、 「今日の一枚。」

 

 

 

 

 

 

              

戦前の一時期

大阪市は周辺の郡部を併合したこともあり(大正14年)

大大阪(だいおおさか)と、呼ばれた。

  

この時開かれたのが大大阪記念博覧会。

そのメイン会場が今の天王寺公園。

  

この時期、震災のあった東京の人口を抜き、大阪は

震災後大正14年から昭和4年まで

人口だけではなく工業生産高、市域面積。

名実ともに日本一の都市だった。 

           

大阪は自信に満ちていた。

 

 

 

 

  

そんな時期もあったのだよ。

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当時の大阪は、天王寺公園だけではなく、御堂筋を作り

東京よりもはるかに立派な地下鉄を作り

このように鉄筋コンクリートの大阪城を作る。 

 

 

          

そんな時代はあったのだ。

今は東京の悪口をTVで言うだけ。

            

それじゃ哀しいだろう。

 

  

このお城については、個人的な思い出がたくさんあるんだけど

もういいやい。 

 

 

 

 

     

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コメント

ソープランドに従事する商品様に訊いたことがありませんが
自由意思でなられたかた、やむを得ずなられたかた、
ならずに済んだ女性がカメラ片手に夕暮れ、呑気でいいです

でもそのカメラを駆使されると困る客が
写りこむかも知れません
どうしよう…なつやすみさんとふたりで店から出てきた
ばかりのところをテレビに映し出されたら…もういいや

投稿: FREUDE | 2013年3月 9日 (土) 00時51分

FREUDEさん ありがとうございます。
 
福原なんかでも歩くだけなら
怖くもなんともありません。 
その一方、町の名前は出せませんが
えげつない店がある街を知っています。
 
『街歩き』がブームなのはいいですけど
日本にも怖い一角がある、
ということも教えてやって欲しいですね。
ノートとカメラを持って
ソープ街を歩くなんてよく見て、私立探偵
悪く見たら変態です。
 
すいません、返事が遅くなっております。

投稿: natsu | 2013年3月19日 (火) 00時28分

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