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2013年4月の投稿

2013年4月30日 (火)

お姫様だっこロボ、10万円。

政府が音頭を取って、

機能を絞る代わりに安価な介護ロボットの普及を支援する。

というニュース。(読売の記事へのリンク)






 

対象として想定しているのは

1)抱え上げ介護。

2)歩行補助

3)居室での排泄の補助。

4)認知症などの人の見守り、の4分野。

1台10万円程度になるよう、政府がメーカーなどに補助を行い

介護保険の対象を拡げて月数百円で利用できるようにする。









  

日本のロボット技術は世界一である。

さらに、高齢化は進みその一方、介護従事者は不足している。

この三つの状況を一気にアウフヘーベンできたら一石三鳥だ。

さらに、経済成長も期待出来るから一石四鳥じゃないか、と。












 

そうか?

 

というのが今日のお話し。 
















『相変わらずへそ曲がりですねー。』


 

『この話題で「ロボット」っていう表現を使うことが、

よくわかんないんだよな。』

 

『抱き上げ介護ってことは、お姫様だっこ?』

 

『座位から立ち上がる時に胴を抱えて肩を貸すってやつで

非常時以外は、抱き上げる事はないんだろうけど。』


 

『お姫様だっこをするロボットって言えばこれでしょう。』


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アトムとウラン

 

          








『いや、まあ、こういったヒューマノイド(人間型)ロボットを

いずれは目指しているにしても、いまの人間型ロボットは

まだこんなもんだ。』



 

000000000000000000000000000000000_6    

 

    

産総研のHRP-4C

なぜ巨乳?

 

 

 

   




『何が出来るんですか?こいつ。』


 

『一応、二本脚で立つことが出来て、

音声認識で表情を作ったり簡単な仕草なら出来るらしい。』


 

『何に使うんです?』


 

『いまの性能だと、

「エンターテインメント産業への応用が主な目的。

ファッションショー等への利用が期待される。」

といった程度らしい。』


 

『エンターテイメント…』


 

『……』


 

『……』



『こんなもん、まだダッ○ワイフだっ。』

 

『わーわーわーわーわー。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ヒューマノイドロボットとしてはホンダのASIMOが有名ですが。』

(HONDA ASIMOのサイトへのリンク)


 

『しかし、まさかASIMOを

介護保険で使えるようには出来ないだろう。』


 

『量産できる態勢になってないでしょうし。』


 

『そうはいっても、ASIMOの開発当初のスローガンは

「一家に一台ロボットを」だったそうだ。』


 

『最初から、ファミリーユースを目指していた、と。』



 

『ASIMOというと、二足歩行ばかりが強調されるが

最終的には、介護を受ける人とコミュニケーションが取れて

介護ロボにする事も想定されてただろう』

 

『いまは、原発の事故処理とか。』



 

『フクシマの原発事故の後に、

「ASIMOを原発処理に使えませんか?」という

一般からの問い合わせがあって

「それはまだ出来ません。」ってお客様センターが、

ちゃんと答えてるんだよな。』


 

『そしてまだ、介護にも使えない。』


 

『そもそも高すぎるだろうしな。』



 

『それで機能を限定して安く、というのが

今回のニュースなんですね?。』



























『でもな?今回の補助対象じゃないが

入浴介助なんかに使う機械は相当古くから開発されている。

大阪万博の時に三洋電機がこんな風呂を

出展したのを覚えてるか?』


 

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人間洗濯機

シャワーが出て洗います

 

 

 

 

        




 

『これ、機械よりも化粧ばっちりで一日中風呂に浸かってる

このお姉さんがすごいですよね。』



 

『俺も、こんな未来あるもんか、と思ったけど

同じような機械は介護用品としてすでにあるんだ。』




000000000000000000000000000000000_9     

 

これもシャワーが出ます。

(アマノのウェブサイト) 

 

 

  

『寝たまま入浴できたり、車椅子ごと浴槽に入れたり…

いまの介護用の風呂はすごいですねえ。』


『風呂だけじゃないぞ。

徘徊防止のために、荷重で反応するセンサーシート

なんてのも既にある。

GPSで追跡するケータイ、っていうのも昔からある。』


 

『昔から、は言い過ぎでしょうが…

介護ってのは重労働らしいじゃないですか。

あんたはこういう補助制度に

反対なんですか?』


 

『違うっ。』


 

『ひっ。』



 

『介護機器の開発のために税金を使うのも

保険の適用範囲を拡げるのも反対しないっ。

「ロボット」っていう言葉を

安易に使うのが許せないんだっ。』


 

『また、へそ曲がりなことを…』


 

『でもな?人間洗濯機や徘徊防止のシートがロボットか?』


 

『そりゃまあ、イメージと違いますが…』


 

『そういうツールを総合して運用できるシステムがあって

星新一のショートショートみたいな未来を作れるんならともかく、

そうじゃないんだろ?』


 

『…うーん。』


 

『今回も、「アベノミクス」と同じで

「10万円介護ロボ」、とか「成長戦略の柱」なんていう風に

キャッチフレーズだけが

先行している気がするんだよな。』





















 

では、『今日の三枚。』












『介護の分野は人手不足かも知れないが、こうやって、

ロボットが発達すると、ただでさえ就職難の日本人が

「ロボットに職を奪われる」

という時代が来るかも知れん。』


 

『ロボットなら正確だし、ソフトによっては将棋の名人に勝っちゃうし。

そんな時代が来るかも知れませんねえ。』


 

『産業革命が始まった頃、機械に職を奪われる、ってことで、

手工業者が紡績工場や織機工場を襲って

機械をぶちこわすラッダイト運動ってのが起こった。』 



Framebreaking1812_3      

 

 

織機を破壊する

職人たち

 

 

 

 

      

 

『あんまり頭の良さそうな壊し方じゃないですね。』


 

『飛び杼の発明者、ジョン・ケイは故郷を追われ、

ジェニー紡績機の発明者、ジェームズ・ハーグリーブス

力織機の発明者カートライトの工場は襲われ、

いずれも発明者としての正当な成功を得られなかったそうだ』


 

『ASIMOが実用化されたら

青山のホンダの本社も襲われるんでしょうか。』


 

『会社説明会に参加される方はこちらです

って言えば、すぐに裏切るさ。』













『介護も大事だけど、

尖閣諸島にロボット兵士でも配備しろよ。』 


 

『また危ないことを…』


 

『でもな?戦闘機が無人化の方向に進んでいくように

歩兵の無人化も進むかも知れん。』


 

『「最後に塹壕から敵を引きずり出すのは小銃」です。

人間の兵隊はなくなりませんよ。

それに、あの島に「兵器」なんか置いたら、また大騒ぎです。』


 

『じゃあ、新長田の鉄人と、お台場のガンダム。』



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日本の守りは

任せろっ

 

       








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おうっ

 

       





 

 

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『あのですね?』

 

『はい…』

 

『介護ロボ、どこ行っちゃったんですか?』

 

『ねえ…』

 

『大人なんだから、整理してから書き始めましょうよ。

無駄に長くなるし、主題がわからないっていわれるし。』 

 

『はい…』 

 

 

 

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2013年4月29日 (月)

『主権』回復の日の意味

4月28日は『サンフランシスコ講和条約』発効の日。

1952年のこの日をもって、日本は米英仏などとの

戦争状態を終了。国際社会に復帰した。

(Wikipedia 日本国との平和条約)

 

 

 

 

 

 

 

 

『日本と仲直りしてやるよ。』という

仲良しな国はWikipediaにあるように48ヶ国。

  

この中には、

当時でさえ独立の実質があったのか怪しい国があり

仏領ベトナムのように今日は存在していない国もある。

    

へー、ブラジルやルクセンブルグとも戦争をしていたのか、

と思ってしまうが、こんなにたくさんと喧嘩したら負けるよな。

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それはともかく、この条約の締結国には

有力な交戦国だった、中国やソ連がいない。

 

 

西側諸国だけに対する『単独講和』を企図する政府と、

中ソを含む『全面講和』を主張する野党が,だいぶもめたのだが

首相の吉田茂が『単独講和』で押し切った。

 

 

中華民国のほうの中国とはサンフランシスコ条約と同じ日に

日華平和条約を調印。(発効は8月5日)。

ソ連とは、1956年の日ソ共同宣言で戦争終了。

中共のほうの中国とは1972年の国交回復で戦争終了。

 

 

 

 

  

 

 

日ソ共同宣言では、

 

 

ソヴィエト社会主義共和国連邦は、

日本国の要望にこたえかつ日本国の利益を考慮して、

歯舞群島及び色丹島を日本国に引き渡すことに同意する。

ただし、これらの諸島は、

日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間の平和条約が

締結された後に現実に引き渡されるものとする。 』とあるので

  

ソ連は、『4島一括』ではないにしろ、

領土問題の存在と返還の意思を示しているわけです。 

 

 

色丹島で学生に『色丹はロシア領。』という教育をしてるなんて、

とんでもない嘘つきですね。(朝日の記事)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日中共同宣言では、領土問題については

何一つ触れていない。

 

 

そのかわり、こんな一節がある。

『両政府は、右の諸原則及び国際連合憲章の原則に基づき、

日本国及び中国が、相互の関係において、

すべての紛争を平和的手段により解決し、

武力又は武力による威嚇に訴えないことを確認する。』

 

 

コーストガードや海軍の軍艦や

大量の空軍機を侵入させて

威嚇しているのは一体誰だ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに、

 

韓国は、日本と戦争をしていたわけではないので

サンフランシスコ講和会議には呼ばれてもいません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、今回の主権回復式典に

沖縄の知事が欠席したことでもわかるように、

『サンフランシスコ講和条約で、沖縄は捨てられた』

という思いが沖縄人には強い。

 

 

実際、本土が復帰しても、沖縄は1972年まで

アメリカの統治下に置かれ、現在も広大な基地がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところが、戦後すぐのアメリカは、もっと過激なことを考えていて、

『北緯29度以南の地域(沖縄、奄美、小笠原)を

国連の信託統治領としてアメリカが占領し、

将来、アメリカの影響下で独立させてしまおう、と。』

 

 

 

国土の一部を勝手に処分されるのも腹が立つが、

『北緯○○度線』とかいう、

適当な国境線を引くから

ベトナムでも朝鮮半島でも

大騒ぎになったんじゃないのか?

 

 

 

 

Korean_war_19501953   

 

 

朝鮮戦争前の国境線。

スパンと北緯38度

こんな人為的な国境線が持つか。

 

 

 

  

 

北緯29度線が人為的だった証拠に、

奄美群島は鹿児島県で、小笠原諸島は東京都だ。

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

対日講和交渉は、1950年の11月にアメリカが

『対日講和7原則』を示してから公式のものになる。

 

 

名指しで指定された、沖縄、奄美では大騒ぎになる。

『俺たちは切り離されるのか?』と

(小笠原では日本系住民は退去させられていた。)

 

 

沖縄とともに各地の『復帰要求』は盛んで、

奄美群島では『本土復帰の請願』に99.8%の島民が署名した。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、1952年に調印された成文の中に、

アメリカが信託統治を狙っていたことがはっきり書いてある。

 

 

 

第三条 日本国は、北緯二十九度以南の南西諸島

(琉球諸島及び大東諸島を含む。)、孀婦岩の南の南方諸島

(小笠原群島、西之島及び火山列島を含む。)並びに

沖の鳥島及び南鳥島を

合衆国を唯一の施政権者とする

信託統治制度の下におくこととする

国際連合に対する合衆国のいかなる提案にも同意する。

このような提案が行われ且つ可決されるまで、

合衆国は、領水を含むこれらの諸島の領域及び住民に対して、

行政、立法及び司法上の権力の全部及び一部を

行使する権利を有するものとする。

 

 

 

ごめん、これのどこが『潜在主権を認めた』ことに

なるんだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そもそも『信託統治』自体、将来的に独立させることが前提で、

戦後この制度が実施された11の地域は

現在、建前上は独立している。  

 

 

伊領ソマリランド(現在のソマリア南東部)のように、

とても独立国と言えない地域もあるが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実際、1946年、アメリカは奄美、沖縄に選挙で選んだ

知事を置き建前上の『民政』を敷こうとした。

     

ところが選挙をしてみたら本土復帰派の知事が

圧勝してしまい、事実上の軍政に逆戻りする。 

 

 

 

 

 

   

『沖縄は我が国の一部だ。』なんて

血迷ったことを言ってる国があるが、

日本人を舐めちゃいけない。

  

いや、ちがうな。

    

ヤマトンチュー以上に日本人になりたかったのが

沖縄の人たちだ。

  

沖縄最北端の辺戸岬では

本土復帰を願って毎年のろしを上げた。

 

 

 

 

 

 

 

奄美群島の本土復帰は1953年。

小笠原諸島は1968年。

沖縄返還は1972年。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の一枚。』

 

 

 

 

 

     

 

米軍占領地域に対する日本の潜在主権に関して、

昭和天皇がGHQに

『主権があることは認めてくれよな』

といわれたという話は有名。

  

 

マッカーサーにもしゃべったかも知れないが、

記録の形で残っているのがこれ。

 

 

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宮内庁の寺崎英成が伝えた

昭和天皇の内意を

マッカーサーに報告する

GHQ政治顧問シーボルトの

1947年9月の文書

(クリックで大きくなります)

 

 

 

 

 

 

 

(英文)

Mr. Hidenari Terasaki, an adviser to the Emperor,

called by appointment for the purpose of conveying to me

the Emperor's ideas concerning the future of Okinawa.

 
 
Mr. Terasaki stated that the Emperor hopes that

the United States will continue the military occupation

of Okinawa and other islands of the Ryukyus.

In the Emperor's opinion,

such occupation would benefit the United States 

and also provide protection for Japan.

     

The Emperor feels that such a move

would meet with wide spread approval

among the Japanese people

who fear not only the menace of Russia,

but after the Occupation has ended,

the growth of rightist and leftist groups

which might give rise to an "incident"which Russia could use

as a basis for interfering internally in Japan.

    

The Emperor further feels that United States military occupation

of Okinwa  (and sucht other islands may be required)

should be based upon the fiction of a long-term lease

--25 to 50 years or more--with sovereignty

retained in Japan.

    
 

According to the Emperor,

this method of occupation would convince the Japanese people

that the United States has no permanent designs

on the Ryukyu Islands, and other nations,

particularly Soviet Russia and China,would there 

by be stopped from demanding similar rights.

     

As to procedure, Mr. Terasaki felt that the acquisition of

"military base rights"

(of Okinawa and other islands in the Ryukyus) should be

by bilateral treaty between the United States and Japan

rather than form part of the Allied peace treaty with Japan.

The latter method, according to Mr. Terasaki, would savor

too much of a dictated peace and might in the future

endanger the sympathetic understanding of the Japanese people.

 

 

 

 

(抄訳) 

天皇の御用掛(adviserと訳されている)である寺崎英成氏が

沖縄の将来を含む天皇の考え(ideas)を伝えるという任務を帯びて

やってきた。

      

寺崎氏曰く、天皇はアメリカにおける沖縄と琉球諸島(※)の

軍事占領の継続を望んでいる。

    

『占領』が終了した時点で、ロシアを恐れる日本人が

国内に政治的な事件(incident)を引き起こし

ロシアにつけ込まれる危険がある。

    

天皇は、アメリカによる軍事占領

(25年から50年、あるいはそれ以上の長期)は

『日本の潜在的主権が維持されている』、という

仮構(fiction)の上に立つべきだ、という。

  

天皇によれば、この方法は日本国民に対し、

アメリカが琉球諸島に対して永続的な支配像(permanent designs )

を持つものではなく、他の国、特にソ連や中国に対して

決して同様の権利を与えるものではない、

ということを納得させることになるだろう。

……(訳文以上)

 

 

 

 

  

しかし、『人間宣言』をした後の昭和天皇が

『占領の継続の希望』や『それをやめた時の政治的混乱』

さらには『ソ連や中国の脅威』といった、

踏み込んだ政治的な発言をするだろうか?

  

『寺崎英成』なる人物の個人的見解や解釈を

相当に混ぜ込んである文章だと思う。

 

 

    

そもそも、陛下に対して『His Majesty』は付けないわ

定冠詞の『the』は小文字だわ、

てめえ日本舐めてんだろう。

と思うが、報告者であるシーボルトという人の見解も

相当に入っているんだろう。

 

  

しかし、昭和帝が『沖縄復帰』を願っておられたのは事実だ。

返還後40年以上経っても、沖縄はまだ怒っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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※この当時のアメリカは奄美群島まで含んで『琉球諸島』だと思っていた。

 占領すんなら、歴史くらい調べて来いよな。

 

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2013年4月28日 (日)

玉突き事故総理

安倍総理が乗った公用車が首都高で事故。

5台が次々と追突し、警護の警官ふたりが負傷したという。

(読売の記事へのリンク)

 

 

 

 

 

 

安倍総理の車列は4台。

先頭車がETCレーンのバーが下りていることに気づいて停車したら、

総理を乗せた車が追突した。

 

 

さらに、後続の警護車両2台も追突。

同行していた

代表取材の車まで衝突して

5台の玉突き事故。

 

  

 

この警護の警察官や記者や運転手に未来はないな、と思う。

 

 

 

 

 

 

 

  

それ以前に、日本国総理の護りが

そんなことで大丈夫か?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ニュースによると、安倍さんに怪我はないそうだが、

そりゃ建前はそうだろうよ。

 

 

連休明けの朝のぶら下がりで、記者団が

『おはようございます。』っていった時に

首を抑えていたら笑いものだ。

 

誰か勇気があるやつが背後から急に

『総理。』って叫んで

振り向かせてみたら面白いのに。

 

 

グキ、って言って

立ち上がれなくなったらどうするんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

乗車した車にはもちろんSPが乗っていたんだろうし

ほかにも3台の車がついていたそうだ。

御用記者の車だって身内みたいなもんだろうが

それがETCバーで全滅か?

 

 

 

 

 

 

今回の事故は、安倍さん個人の責任ではないとは思うが、

こんな事故のニュースを見せられると

なんかこの人に『安全保障』とか

語ってもらっても信用できない気がする。

 

すごくあっさりと負けちゃうような気がする。

  

 

 

 

 

 

 

  

大丈夫か日本?

 

 

頼むぜ、おい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の一枚。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ETCレーンに限らず、日本の高速道路の料金所で

支払いの確認前にバーが降りるようになったのは、

このおっさんのせいである。

 

 

日本フリーウェイクラブ主催の和合秀典

ハマコーではない。

 

1987年の首都高値上げに反対して、

『料金所強行突破』という

パフォーマンスを行った。

なにぶん派手だったので、

ちょっとだけ注目を浴びた。

 

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もちろん何度も捕まっている

『しょうがねえな』という顔の

交通機動隊員

 

  

勘違いしたこのおっさんは、

その後、参院選に出馬するのだが、

泡沫候補の代表とも言うべき『又吉イエス以下の得票で落選』と

Wikipediaにさえ書かれてしまうのである。

 

その後も何度か選挙に出ているそうだが

まあ、当選の見込みはない。

 

 

 

又吉先生の街頭演説 

 

内容はともかくすげえ人気。 

  

 

 

 

 

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2013年4月27日 (土)

あきたこまちはお医者様が嫌い。

秋田県上小阿仁村の村営診療所の医者がまた辞める、

というニュース。

(読売の記事へのリンク)









秋田県中央部、人口2700足らずのこの村が注目されたのは

4年4ヶ月で医者が4人辞めるという事態の異状さからだ。

        

2008年以降、常任の医師が定着せず

村は公募の医師を募集した。

           

ところがこれらの先生は、村人と折り合いが悪かった。

 

曰く、

『休憩時間を削って診療していたのに

昼休みに、パンを買いにいったら

「患者を待たせるのか?」。』と苦情が来る。』

   

『お盆に診療をしたから代休を取ったら、

「平日に休むのか?」と』

  

『急患が来た時の感知用にセンサーをつけたら、

「税金の無駄遣いだ」と。』

  

『CTスキャンがほしいといったら

「こんな僻地にそんな高価な機械は贅沢だ。

そんな高価な機械で

貴様業者からキックバックを貰うつもりだろう。』

  

『そんなに貧乏ならジェネリックはどうです?というと、

お前田舎もんさ、馬鹿にするだかな。と切れる。』

 

 

 

  

 

もう、死ねば?









いいよ、別に。

         

これが1軒や2軒くらいなら『特定の個性』ということで

都会にもいる。

モンスター・ペイシェントとかモンスター・御近所といった連中だ。

ところが今回は、1.2軒ではなさそうなのである。

         

この種の報道は

加熱するところがあるので信じられないところがあるし、

別に、この鼻くそ日記が検証の責任を負うべきだとも思えない。















上小阿仁村とやらが人類の福祉に決して貢献することはなく、

あらゆる日本人の将来、TPPにも尖閣防衛にも

そんな大きな問題じゃなくても日本の未来に邪魔。

  

こういった批判に対して

弁解の一義的な義務は

すべて上小阿仁村にある。

悔しかったらかかってこい。











さもなくば、
無医村として死ね。













いいか?俺は一般論として言っているわけじゃないんだ。

いや、医者に対する嫌がらせも嫌だが

伝えられている限りでのこの田舎村が

医者に対した仕打ちがひどい。

  

ゴシップ誌を一方的に信じるつもりはないが

最近卑近に起きた事例から考えても、

有資格者に対して日本は厳しい。

  

わかりにくいと思うが、

『何を先生面してやがる。』ということ。

  

私は一級建築士だ。

みんな、もう忘れてると思うけど。

最近は、資格を使っての仕事などもしている。

          

(名義貸しじゃありませんよ。それじゃ犯罪なんでね。)













資格者自身が、

『いえいえ大した資格じゃないですよ。』といい。

無資格者が有資格者を口だけでおだてて、

結局は金を払わない、ということが

自身の体験としてつい最近あったからだ。

         

くり返し言うが、

単なる名義貸しなどは決してしないし、

現場を見ない、

ということも絶対にないんだが、

昔ながらの〇〇ホームあたりだと

設計屋なんて、工務店の社長に取り入って、

出入りする業者だと思っていやがる。

  

だから、ただでもいいんだ、と。

実際そういう扱いをされた。

  

安く見られる、というのは悲しいことだが、

  

冗談じゃねえぞ馬鹿野郎。








資格なんか紙切れで、それを生かすも殺すの本人次第である。

しかし、有資格者でなければできない手続きというのもある。

        

それを見越して頼んでくる以上最低の報酬を払って欲しい。

もちろんこっちも「先生ヅラ」などしてない。

投げつけられるように お辞儀

与えられるのは侮辱ではないのか?

  

 

この秋田の糞田舎の村でも

実際にあったら、

誰しも認める気に入らない先生

だったかもしれないが、

地位に見合った敬意を払っていたら、

ここまでこじれることはなかったのに。












『ボタンの掛け違い。』というには5年で4人だ。

これだけ悪名を轟かせて、小阿仁村

全地球の恥のホットスポットになったわけだが

全然同情しない。




















では、『今日の一枚。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この村には生意気に鉄道が通っていて、

かつての国鉄の鷹角線。

  

国鉄末期に第3セクターになって、

豪雪期にも使える縦貫鉄道である、ということが評価されて、

クソ赤字線なのだが生意気なことに現在も存続している。

          

 

しかも、その愛称は『あきた♥美人ライン』なのだという。

自分で美人とか言い出すやつはローラか

桜田淳子くらいだ。

  

あいつの末期を知りたいのか?

 

 

 

000000000000000000000000000000000_2        

 

   

阿仁合駅

 

 

 

 

  

こんなことで『名物』になる。

ゴシップ週刊誌ならともかく、全国紙で報道されちゃう、

となれば、そこらへんの秋田県民に

石投げていいと思うが

秋田県民もやりきれないだろう。

  

医者が5人もやめた

交渉の詳細は知りようがないのだが、

『ええかげんにせえよ。』とは

県民ならずとも。思っているはずだ。

 

 

 

気持ちよく給料を払おうぜ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ゲルニカの日

1937年の4月26日、スペイン内戦に介入していたドイツ空軍が

スペイン北部の街、ゲルニカを空襲。

戦略爆撃の嚆矢とされる。

(Wikipedia ゲルニカ)

 

 

 

 

 

 

で、

 

 

ゲルニカといえばこれである。

 

   

 

 

あ、ごめん。

日本人の5%くらいはまだ戸川純を忘れていないと思うが

彼女が参加していたこの『ゲルニカ』というバンドは覚えてるだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こっちはみんな覚えているだろう。

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まあ、なんとなく悲しみ、とか怒りは伝わって来るんだけど

これが人類史に残る『名画』なんだろうか。

 

訳のわかんないピカソの絵の中でも

群を抜くわけのわかんなさである。

  

 

みんなも分かんなかったら、

わかんないって言おうぜ。

 

 

 

 

 

 

 

  

ゲルニカという町の名前は、

むしろこの絵によって有名だと思うのだが、

どこか?と言われて即答できるだろうか?

 

少なくとも私はわかんなかった、ごめんなさい。

ここだ。

 

0000000000000000000000000guerunica2   

 

 

 

スペイン北部

バスク真ん中

 

 

 

 

 

  

バスク地方というのは

歴史的にスペイン本国とは異なっていて言葉も違う。

  

さらに、この地域は経済的に豊かで

独立不羈の精神を実体化する力があった。

 

ゲルニカのすぐそばにビルバオという町があって

古くは港湾都市として栄えた。

さらに。ここは鉄鉱石が取れる。

だから近世には大製鉄所が立ち並んだ。

  

もっとも、1970年代以降、ビルバオの製鉄業は

世界的な価格競争に敗れていくのだが

この街は、製鉄所の跡地を美術館にする、という

やけくそな再開発をやって、これが受けた。

 

今は、観光、サービス業、ソフト産業といった

第3次産業でさらに豊かである。

 

 

(スペイン政府のビルバオ観光案内。

日本語版と言いつつほとんど英語。お前日本人嫌いだろう。) 

 

800pxguggenheimmuseumbilbao   

 

ビルバオの

グッゲンハイム美術館 

 

 

 

 

ところが、バスクの中心都市ビルバオでも人口35万人。

品川区よりも少し少なく、高知市よりもちょっと多い。

 

なんで、こうやって微妙に腹が立つセリフを言うのかというと

うん、まあ更年期障害、ということで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところがゲルニカはそれよりもはるかに小さくて

1万6千人の人口しかいない。(2009年)

 

もちろん人口の多寡が戦争犯罪の免責になるわけではない。

しかし、逆にいえば、『なんでそんな小さな街を』と

思ってしまうのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

この空襲があった1937年というのはスペインでは内戦をやっていた。

参戦勢力は、首都マドリードと国土の南部東部と北部の

バスク地方を抑えた人民戦線。

対するはフランコ将軍率いる反乱軍。

     

いや、まあ1937年の時点ではフランコは将軍ではなく

指導者でもなかったのだが

スペイン内戦の経過なんか

どうだっていいや。

(興味がある人はWikipediaでもどうぞ。) 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

ところが、この戦争が不思議なところは

人民戦線を支援していたのがソ連で

反乱軍を支援していたのがナチスドイツと、

ムッソリーニのイタリアだったのだ。

     

世界中の嫌われ者が

スペインという異国を舞台に

勝手に戦争をやってたようなもので、

ヘミングウェイなどが義勇軍に参加したことでも有名だが

思想的なことを考えると若干割り引いて考えないといけない。

 

 

 

しかしナチスとソ連の喧嘩では、

英米仏といった国は国家としては関与できなかった。

 

だからファシストであるフランコが政権を握り、

この人は第2次大戦を巧みに生き残ったため、

1975年の死に至るまで、スペインを支配し続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

      

ゲルニカ空襲は、フランコのバスク制圧の過程で行われた。

死者1650人、負傷者900人。

 

案外少ないじゃないか、と思うか?

当時のゲルニカの人口が7000人だったことを思うと

死傷率は36%に及ぶ。

      

だからそんな小さな街、襲うなよ、

とおもうか?

 

 

 

 

 

 

『戦略都市攻撃」というと、B29のような大型機が

数百機も襲ってきたのか、と思うが24機。

ドイツ軍機21機とイタリア軍機3機が参加した。

 

なぜイタリア?と思うが、第一次大戦以降の戦間期

イタリアは世界有数の空軍国だったのだ。

     

ドゥーエというおっさんが、塹壕線を突破するための

急降下爆撃機の開発を訴え、

『空軍は空飛ぶ砲兵になる。』といいだした。

      

さらに都市に対する戦略爆撃の必要性を訴える。

もっともこれは理念上のもので、当時のイタリアに

大型・高速の爆撃機を開発する力はなく、

『ゲルニカ爆擊』に参加したのもこの飛行機である。

 

00000000000000000000000000000000000    

 

サヴォイア・マルケッティSM79

 

 

 

 

 

もちろん爆弾を落とされて、殺された方からしたら

爆撃機の大きさなんか関係ない。

 

同時期の日本も『渡洋爆撃』ということで、

南京や上海を攻撃しているので人のことは言えない。

     

その数年後に、本土空襲ということで

何倍ものお返しを受けているのだが…

 

 

 

 

   

ストリートビューでゲルニカを散歩しても

よく言えば『郊外の住宅街。』

ぶっちゃけ言うと田舎町である。

 

    

歴史の不幸は、こんな小さな街から始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    

では、『今日の一枚。』

 

 

 

 

 

 

 

ゲルニカから、たった8年後

人類は核兵器を手にし、

それを都市攻撃に使った。

 

Atomic_cloud_over_hiroshima   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    

1945年8月6日広島に落とされた原爆。

死者14万人。

 

当時広島にいた人が35万人だったというから死者の率は40%。

負傷者は後世の放射能障害などを含めると

ほぼ100%だろう。

 

 

 

 

 

     

今はボストンに見るような爆弾テロ、なんてのもある。

技術だけではなく、手段や方法の選択を考えれば

卑怯は無数にあり、そして常に進化している。

 

許すな。

 

 

 

 

 

    

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2013年4月25日 (木)

ギロチンの日

4月25日はフランスの革命議会である国民会議で

死刑執行器具としてギロチンが採用された日。

(Wikipedia ギロチン)

 

 

 

    

000000000000000000000000000000000_2    

 

    

実際にアルジェリアで

使われていたギロチン 

 

 

 

 

 

  

フランス訓みで「ギヨタン」というお医者さんが

『人道的な処刑具』として提案した。

      

死刑に人道もクソもないと思うのだが、今日のテーマはそこ。

  

ちなみに、ギヨタン先生が、革命のさなか死刑を執行したり

自らギロチンにかけられたり、というのは都市伝説。 

75歳まで生きている。

 

 

 

 

 

 

  

フランスでは死刑執行人というのは、『ムッシュ・ド・パリ』

つまり、『ミスター・パリ』と呼ばれて、

嫌な名前だな。

ともかく、一子相伝の家系伝来のものでギヨタン先生が

手を下すことはなかった。

       

ただ、『ギロチン以前』のフランスの死刑執行は

手斧で首を切り飛ばす、という乱暴なもので

ムッシュの苦労はそれは大変なものだったらしい。

  

従容として死に赴く、なんて

私ごとき俗人には出来そうもない。

せめて、執行人の喉を

喰い破ってやろうと思う。

 

 

 

  

実際、フランス革命が煮詰まってくる1893年になると、

パリだけで、ひと月130人の首が切り飛ばされる。

       

ギロチンの導入が1892年だったから、

まことに『ムッシュ安心。』だった訳である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

で、

  

ルイ16世やマリー・アントワネットや、ロベスピエールの

首を切り飛ばしてきたこのギロチンは

1981年の死刑廃止までフランスで使われ続ける。

       

首を切り飛ばされたら即死だろう、と思うのだが

この点について立会人を立てて『実験』をした人がいて、

『生きている証拠』に斬首後しばらくまばたきをしたという。

こえー。

 

 

 

 

 

 

 

 

  

日本にも死刑がある。

日本の死刑は首をくくる、いわゆる絞首刑だ。

そのための専門施設が、『刑場』。

 

 

 

 

死刑囚は、刑が確定してもじたばたと執行を中止しようとする。

確信があって冤罪だ、と言える人はいいが

そうじゃない連中が最高裁に訴えるのが

『絞首刑は憲法が禁止する残虐な刑罰だ。』という寝言。

  

最高裁は、『あーはいはい。』ということで

必ず却下するのだが

果たして、首を吊るされても

意識がなくなるのかどうかは

死刑にあった事がないからわからない。

 

 

 

 

  

最近の日本は、刑罰に関して厳罰化が

進んでいる。

特に裁判員裁判の導入以来その傾向は強い。

 

     

それが犯罪の抑止につながるとは必ずしも思えないのだが、

被害者や遺族の感情を重んじる、という意味では

当然かな、と思う。

        

たとえば亀岡市で、無免許の上に居眠り運転で

胎児を含む4人を殺したこの男が

当時18歳の少年であったから、というふざけた理由で

5-8年の不定期刑というのは許せない。

  

 

000000000000000000000000000000000_3     

〇〇和真(〇〇かずま)くん

判決が重すぎる、として現在控訴中

まあっ、なんて頭の悪そうな顔

 

  

コイツは18だから成人と同じ刑務所に放り込まれるはずだが、

ムショの中では散々にいじめてカマを掘り、出所時には

ハンギングツリーの歌で迎えてやろう。

  

まあ、残念ながらコイツはどうしても死刑にはならないが、

どうせ無免許で再び運転するに決まっているので

被害者の写真でも毎日送りつけてやろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

で、

  

さっきも言ったように、日本では絞首刑で、首をくくる。

最終的には窒息死、ということになるんだろうが、

なにしろ3m近い高さから落とすので、

落ちた瞬間に頚椎が外れて、意識は消える、という。

  

もっとも、首から下は生きてるわけだから

搏動の停止までには

10分以上かかるそうである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外国では、それ以外の死刑方法が行われる。

例えば電気椅子。

  

アメリカの一部の州とヨーロッパの一部で行われている。

これは、死刑囚の負担緩和という趣旨とは全く関係なく

エジソンとウエスティングハウス社の

直流・交流論争から生まれた。

       

交流の方が比較的容易に高圧が得られるので、

『交流がいかに残酷か。』ということを『実証』するために

エジソン陣営が作った。

       

この最初の死刑は1890年に執行が行われており、

しかし、大失敗だった。

  

電圧が足らなくて、一度目の加圧では死に至らず、

頭から煙を出して悶絶した。

再チャージして2度目の電流で死んだ。

1時間以上かかったそうである。

  

 

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マスコミに公開されたので

写真が残っている。 

 

 

 

 

      

あとは注射。まず麻酔を打たれ、筋弛緩剤で呼吸を止められ、

最後に心臓が止められる。 

     

麻酔があるならいいかなあ。って

やっぱり死刑は嫌だ。

 

 

 

 

 

  

あとは銃殺。

  

軍人に対する死刑の手段なのだが、

そうじゃない人に行われることもある。

      

最近ではルーマニアの独裁者チャウシェスク夫妻。

革命後、即決裁判で殺された。

  

00000000000000000000000chau   

銃撃を受ける

チャウシェスクと

妻のエレナ

 

 

 

あと、アラブ諸国には『石打』なんて刑があるそうでる。

痛そう。っていうか死んじゃうんだけど。

 

 

 

 

 

昔の日本には切腹、というものがあった。

これは、むしろ名誉の刑で、

下々のもの、ハレンチな罪だと、

獄門、さらし首、ということになる。

 

 

 

  

刑罰に高級下級の差があるのは全世界共通で

ギロチンのように、ムッシュが首を切り飛ばすのは、

むしろ名誉の刑だった。

  

銃殺刑も上等。

  

 

下等な連中は、腰、足の骨を砕かれたうえで、

車輪に縛り付けれて『車裂きの刑』というのにあった。

 

 

Calaschapbook    

   

車裂きの刑。見せもんだよ、これ。

 

 

 

 

  

 

300pxdieric_bouts_013   

    

八つ裂きの刑

痛い痛い痛い。 

 

 

 

 

 

    

ギロチンは、作業の能率を飛躍的に高めたために

高級な刑である、『ムッシュによる首切り』を

庶民にも広げた。

 

 

 

 

  

処刑の理由や内実を考えず、

執行人の手間と、『瞬間的な苦痛』にとどまることに心を砕いた

『ギロチン』の発明は、なにか根本的なところが違う。

       

ギヨタン先生は博愛主義者だったそうだが

彼の博愛は、

どっかベクトルが間違っている。

 

  

彼は批判され、発明した断頭台は彼の命名による

「ボワ・ド・ジャスティス(Bois de Justice/「正義の柱」の意)」

とは誰も呼んでくれず、『ギヨタンの子』という意味の

『ギロチン』として広まった。

       

彼は抗議したが誰も聞いてはくれず、

家族はとっとと苗字を変え、

『この、名誉の発明を…』と憤ったこのおっさんも

結局は、自分の苗字を変えている。

 

  

やっぱりこの人、

なんか間違えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

では、『今日の一本。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大島渚の『絞死刑』  

 

 

 

 

 

建物も内装も変わっていますが、おそらく手続きは

今も大差ないでしょう。

 

 

 

  

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2013年4月23日 (火)

ネガティブキャンペーンの敗北

『対立候補は桜田門外ノ変の襲撃者の子孫だ。』という

ネガティブキャンペーンを現職市長が行ったことで注目された

彦根市長選挙が21日に行われた。

この選挙で、キャンペーンを打った市長が落選。

名指しされた候補も落選。

この騒動に関して沈黙を守った第三の候補が当選。

(読売の記事へのリンク)

 

 

 

 

選管発表の確定票数。

 当 16,903 大久保 貴 49 無新

    9,600 獅山 向洋 72 無現

    9,412 有村 国知 38 無新 

(獅山さんが今の市長でキャンペーンを打った人。

有村さんが喧嘩を売られた人。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

『ほとんどダブルスコアじゃないか。』

  

『当選した候補は、前回の市長選で僅差の二位だったそうだから

タナボタ、というわけでもないんでしょうが。』

      

『それでもこの騒動が、

これだけの得票差にはつながったんだろうなあ。』

  

『獅山さんにしたって、井伊家の当主だった井伊直愛さんを

選挙で下して市長になってるんですけどね。』

      

『殿様が市長?』

  

『9期36年間、市長やってました。孫の直岳さんは

「井伊家の当主だから」という理由で彦根城博物館の館長です。』

       

『どんだけ井伊家が好きなんだ?彦根。』

  

『そういう街、ほかにもあるんじゃないですか?

総理になる前の細川さんは熊本の知事だったし。』

 

 

 

 

 

 

 

     

『しかし、今回の騒ぎは市民には迷惑だった、と。』

  

『そりゃそうでしょう。彦根が話題になる時は

「ひこにゃんの原作者と喧嘩した」とか、今回の騒動だとかじゃあ、

観光で売ってる街としちゃたまらんでしょう。』

     

『彦根市は、桜田門外ノ変で主力だった水戸藩士の

水戸市と親善都市なんだな。』

  

『1968年からですね。もう46年前に仲直りしてるんですよ。

市民にとっちゃ選挙のテーマにするようなことじゃない。

ましてや全国ニュースにして恥をさらすな。

ってことなんでしょうよ。』

      

『日本じゃあ、ネガティブキャンペーンは受けないんかねえ。』

  

『ネガキャンといえばアメリカの大統領選だけど、

アメリカの有権者も飽きてきてるらしいです。』 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     

 

『あ、そうか。』

  

『なんです?』

      

『アメリカの大統領選のように、1対1になるから

ネガティブキャンペーンがあるんだ。』 

  

『前々回衆院選の前の2009年に、

民主党の政権交代に危機感を覚えた自民党が

こんなやけくそCMを作って話題になりました。』  

 

 

 

 

 

『まあ、攻撃相手がわかりやすいこと。』

  

『でも このCMは、ちょっとウケたんですよ。』

      

『いま見ると、結果を知っているから

あながち間違いでもなったような気がするけど。』

  

『ところが調子に乗って、もっとやけくそなCMをつくって

これは散々でした。』 

     

 

 

 

『この時の選挙で自民党は大敗北してます。』

      

『CMのせいばかりじゃなかったと思うが…』

  

『谷垣さんの時代になっても、

徹底的に民主党を意識してましたからね。』

 

    

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民主党のマークの赤に対して補色の緑

『2位じゃダメなんですか?』に対して

『いちばん』

 

 

 

   

 

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なによ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

『しかし、これからしばらくは「自民党一強時代」

どんなCMだ出てくるんかねえ。』

  

『こんなCM作るんじゃないですか?』 

       

 

 

 

『まとめてぶった切る、と。』

      

『このCMは笑った。』

 

 

 

 

 

 

 

 

『政党じゃなくて、普通のCMは?』

  

『日本のテレビでの比較広告の最初期の例として有名なのが

この日産サニーのCMですね。』 

       

 

 

 

『隣の車、ってカローラ?』

  

『初代サニーが1000ccのエンジンでデビューして人気を博した時、

トヨタはエンジンをボアアップして1100ccにして、

販売数1位の座を奪ったんです。』

      

『それでサニーが1200cc?』

  

『2代目サニーは1200cc、4ヶ月後のカローラも1200ccだったけど

さらに追加モデルで1400cc、サニーも新エンジン、と

果てしない競争に堕ちていきます。』

        

『しかし、それが日本車を進歩させた訳だし。』

  

『しかし、「隣の車が小さく見えます。」とか

「いつかはクラウン」とか、嫌味なコピーでっせ。』

      

『日本人は、そう感じちゃうわけだな。』

 

 

 

 

 

 

 

 

  

『まあ、日本だとこの程度で、露骨に相手のメーカー名や

商品名を出さない、っていう不文律があったんですが、

それを破ったのがペプシコーラ。』

     

『なんだっけ?』

  

『パッケージが見えないようにして街を歩いている人に

ペプシとコカ・コーラを試して貰うブラインドテスト。』

     

『おかしいな、

今朝剃ってきたんだけどな』

  

『まあ、あれも一種の比較広告ですが。』

     

『でも消費者の半分がペプシを選びましたって

半分はコカ・コーラを選んだってことだよな。』 

  

『実際のシェアの違いほど

味に差がないって言いたかったんでしょう。

でも、このCM以降のペプシは過激ですよ。

日本でも放送されたM・Cハマー編。』 

  

 

 

『コカ・コーラを飲ませると、ハマーが

フィーリングを歌い始めちゃう、と。』

  

『それはそれで貴重なような。』

 

 

 

 

 

 

       

 

『アメリだけじゃなくて、ヨーロッパも露骨です。

これはドイツのマクドナルドのCM.』 

      

 

 

『この少年には、マクドのポテトを

バーガーキングの袋で隠す知恵よりも

いじめっ子に立ち向かっていく勇気を持って欲しい。』

 

『こういうガキが、あんたみたいな大人になるんですよね。』

     

『泣くぞっ。』

    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

では、『今日の4枚。』

 

 

 

 

 

 

      

Wikipediaで『ネガティブキャンペーン』の代表とされている

『汚いヒナギク』

 

 

2013y04m23d_154341130    

草原で少女が

ヒナギクの花びらを数えている。 

 

 

  

2013y04m23d_154408936     

どこからかカウントダウンが

聞こえてきて 

 

 

  

2013y04m23d_154446450    

 

核爆発

 

 

 

  

2013y04m23d_154513592    

ジョンソン大統領に

投票しよう。 

 

 

 

 

  

この、バカリズムのコントみたいなCMは、

1度だけテレビで流された。

 

  

1964年の共和党の大統領候補指名選挙で

ジョンソンの競争相手だった、ゴールドウォーター候補が

極端な保守・反共主義者であることを下敷きにし、

『奴を大統領にしたら核戦争になるぞ。』

ということを暗喩している。

 

      

ジョンソンだって、ベトナム戦争を泥沼に叩き込んだ人物で

テト攻勢で狼狽して次の選挙には出られなくなるのだが

ゴールドウォーターというのは、更に相当な人だったらしい。

  

小松左京の『復活の日』に、『自動核報復攻撃システム』を作った

反動、反共保守主義者として、シルバーランド大統領

という人物が出てくるが、おそらくモデルはこの人。

        

このCMのせいだけではないだろうが

ゴールドウォーターは指名選挙において

歴史的な大差で敗れている。

 

 

 

  

かっこいいネガティブキャンペーンって

ないもんかね。

 

 

 

 

  

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2013年4月21日 (日)

ネッシーの日

4月21日はネッシーの写真がイギリスの新聞に掲載された日。

1934年に発表された この写真はネッシー論争を巻き起こす。

(Wikioedia ネッシー)









Hoaxed_photo_of_the_loch_ness_monst



『外科医の写真』

として有名。










何が『外科医』か、というと撮影者とされたウィルソン先生が

お医者さんだったから。


ウィルソン先生が名前を出すのを拒んだために

"Surgeon's Photograph"として発表された。



実際はウィルソン先生は婦人科のお医者さんだったので

婦人科医じゃダメなのか?








もっとも、この写真そのものは偽物で、実際の撮影者である

スパーリングなる人物が『発表』から60年近く経った

1993年に告白している。


彼は、親父と一緒におもちゃの潜水艦に

ネッシーの首と頭だけつけて撮影した写真を

デイリー・メール紙に持ち込んだ。










しょうがねえ親子だなあ、と思うが

ウィルソン先生も

『ほうっ、おもろいやんけ。』

偽の『撮影者』になることを承知した。


そればかりか、新聞社のインタビューで、

『その時、私は湖を見ていました。

するとモンスターが見えたのです。

私はすぐさまカメラを掴んでシャッターを5回切りました。』

と、妙に臨場感のある嘘までついている。









イギリス人のこういうところは嫌いじゃないけど、

この写真はその後十年にわたる論争を巻き起こす。


『波の大きさに比べたら恐竜なんて大きさじゃねえぞ。』

『象の鼻の写真を貼った合成写真だよ。』

『鳥の首だ。』

『飛行機だ。』

『じゃあ、あれはなんだ。』


と、スパーリングの『告白』のあとも、

これを信じている人がいるそうな。










この写真は信じなくともネッシーの存在は信じる

という人は今も多く、湖岸の村では

ホテルが『ネッシー展』を開いていたり、

村営の案内所が『モンスターを探そう。』っていう

ボートツアーなんていうのをやっていたり藤原鎌足。


まことに平和である。
















個人的には、ネッシーがいてもいいと思う。 







シーラカンスが見つかった時、信じない人がいた。



パンダの毛皮が、ヨーロッパに送られたとき、

『こんな模様の動物いるわけないじゃん』

と、学者たちは大爆笑した。





どちらも生きた個体が確認されて、

ようやく学会と世間の認知を得た。



ネス湖に棲んでいるかどうかはともかく、

恐竜みたいなのが生きていても不思議ではない。





そんな学問的なことはどうでもよくて

そういう存在を信じたほうが、

人生がすこしだけ楽しい。
















ただ、捏造というのは困ったもんでUFOなんか

偽物写真がたくさんある。



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1967年

スペインで撮影されたUFO

底に書いてあるのは

王ではなくて『ウンモ』という

この星の文字














なんで文字だとわかるのか、というとこの星の人は

『選ばれた人』に お手紙を書いているそうなのである。





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こんなもんもらって

どうするんだ?












なかなかショッキングな写真だが、写真だけでも怪しげで

手紙とか言い出した時点で嘘満開。



もちろん写真ごと嘘。


この解像度では分からないがUFOを

糸で吊っているそうなのである。






あほやなあ。

『下から吊る。』のが特撮の鉄則やんか。












UFOに関しては、こういった故意の嘘写真や

窓ガラスに部屋の照明が写りこんじゃった、とかいう

勘違い写真まで含めて、偽物がごろごろある。









逆に言えば、

誰しもが認める『本物』というのは

存在しないわけだ。



パンダやシーラカンスのように『生きた宇宙人』が

現れない限り信じない人はおり、

『その時』は、

人類が亡びるときかも知れないから

謎のままでいいや。







それでも、昔はこんな写真が信じられていたのだ。

0000gray2








以前も紹介しましたね

宇宙人の部分だけ

スケールを変えて焼いた写真を

切り貼りしてます。


















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これも紹介しました。 

こっちは写真の上に 

エッチングの絵を貼っています。 








これはまだインパクトがあるが、

こっちはひどい。









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少女の周りを舞う

妖精たち






このスケールでも切り貼りってわかる。

(クリックで大きくなりますけどさ。) 












しかし、今や切り貼りの時代ではなく

フォトショップを始め、画像の加工技術というのは

どんどん進化しており、動画でも同じこと。



見破る方も進歩しているんだろうが、そのうち 

『ハイビジョンUFO』とか、

『3D-UFO』なんていうのが出てくるかも知れない。






このネッシーの写真くらい綺麗に騙してくれたら許せるけど…





















では、『今日の一枚。』













こういう、偽造生物なんてのは

写真発明以降のものかと思ったら、

江戸時代からあった。 


 

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和歌山県御坊市の

歴史博物館にある

烏天狗のミイラ














くちばしと脚はトンビ、頭は木製、胴体は粘土と和紙、

尾には魚のうろこが貼られている。

(スポニチの記事へのリンク)





なんでそんなものを作ったのか、というと

山伏がこのミイラの厨子を背負って村々を廻り

自分が

烏天狗をも倒す霊力の持ち主である、と

宣伝して、信者を集めていたらしい。





真相なんてこんなもんかもしんないけどさ…












おまけ











みんな期待してると思うので、これも載せておこう。

なんと振り付けの練習のシーン付きですぞ。 

 

2人とも若いなー。










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2013年4月20日 (土)

ネット選挙必勝法

インターネットを使う選挙運動を解禁する

改正公職選挙法成立。

この夏の参院選から実現する。

具体的にはTwitter、ブログ、メール、動画サイトなどを

利用できる。(NHKニュースへのリンク)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『まず、ポスターにQRコードをつけよう。

 

『いきなり搦手から来ますね。違反じゃないんですか?』

 

『自分のブログにリンクしているんならOKじゃないのか?』

 

『…うーん?』  

 

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QRコード

なんとこの日記が

ケータイで読めちゃうんだぜ

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さらに、橋下さんみたいにツイッターで、

ばんばん政見を流す。』

 

『なにいってんですか。橋下さんみたいに100万人も

フォロワーがいるならともかくセンセをフォローしてる人は

僕を含めて3人じゃないですか。

ご家族もフォローしてくれないんですか?』

 

『馬鹿野郎っ。』

 

『ひっ。』

 

『「フォローを待つ。」なんて、受身の姿勢でどうするっ。

こっちからガンガンフォローしていく。』

 

『フォローすれば、

確かにその人のタイムラインに流れますけどね。

そんなもん嫌がらせじゃないんですか?』

 

『朝の8時に街宣車を走らせるのと何が違う。』

 

『そもそも誰が有権者かわからないじゃないですか。』

 

『うるせえっ。1億3千万人フォローしたら、

カバーできるだろうっ。』

 

『その気が遠くなるフォロー作業は誰がやるんです?』

 

『それはお前、第一秘書たるお前だよ。』

 

『「第一」もなにも一人しかいないじゃねえか。』

 

『どうせ、サクラを雇う候補は山ほど出てくるぜ。』

 

『で、そこで1億3千万人フォローしたとしましょう。

何を流すんです?』

 

『橋下さんのように怒涛の10連投。』

 

『あれだけ続くと読むのに苦労しますよね。』

 

『それをもっと頻繁にして

タイムラインを埋め尽くしてやる。』

 

『それはそれで選挙妨害なんじゃないかな?』

 

『「わーっ」とか、「がーっ」って入れるだけで

しばらくほかの候補の投稿を止められる。』

 

『意識的にやったら選挙違反ですよ。』

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

『さらに参院選の選挙期間17日間、動画をアップし続ける。』

 

『あ、やっとまともなことだ。

やっぱり景気対策とか、安全保障とか、少子化対策とかについて

センセの政見を?』

 

『うむ、最初の3日間は、そういった問題の

専門家の人に依頼して対談してもらえるようにしている。』

 

『おおっ。しかし17人もオファーすると、お金が…』

 

『それもあるから3日目以降、同じ選挙区の候補に

議論を呼びかけた。』

 

『金がないから公開討論?』

 

『ところがことごとく断られた。』

 

『そりゃ、センセみたいな泡沫候補は相手にされませんよ。』

 

『卑怯だと思わないか?』

 

『どうするんです?』

 

『挑発する。』

 

『どうやって?』

 

『マイクを持ってYou Tubeで

「俺の挑戦を逃げるな。」という。』

 

 

 

 

『ラッシャー木村、懐かしいですねえ。』

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『断られたんなら、普通に政見を流しましょうよ。

フリップとか使って分かりやすく。』 

 

『馬鹿野郎っ。』

 

『ひっ。』

 

『そんなんじゃあ、ほかの候補と差別化できないだろう。』

 

『政見討論会以外の動画を撮るってことですか?』

 

『当たり前だ。そういう動画を流す候補は必ずいるが

絶対に受けない。』 

 

『受ける必要もないと思いますが。』

 

『でも見ないだろう。』

 

『まあ、政見放送くらいつまんないテレビ番組もないですからね。』

 

『だから最後の5日間は

古典的に徹底的に頭を下げるっ。』

 

『はい?』

 

『「山田太郎、最後のお願いに参りました。

太郎を男にしてやってください。」

っていう動画を。』

 

『Youtubeで流すんですか?

地球の恥だからやめましょうよ。』

 

『でも逆に新鮮で話題になると思わないか?』

 

『…悪い意味でね。』

 

『なんだっていいい。話題になればいいんだっ。』

 

『真似する人からは、アイディア料欲しいですよね。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それからメールも解禁だろう。』

 

『ええ。』

 

『ガンガン送ろう。』

 

『だから、有権者の人のアドレスがわかんないでしょうが。』

 

『ここに、「自動アドレス発生装置」がある。』

 

『なんですか、それ?」

 

『アドレスをランダムに自動生成して、勝手に送信できる。』

 

『いや、それスパム。』 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

では、『今日の三本。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『SPAM』 モンティ・パイソン。

 

 

日本語字幕版がなくなっちゃいました。

 

 

 

  

 

 

 

 

 

素晴らしい政見放送2本。

まずは、東郷健候補。 

 

 

 

 

 

続いて、愛国党の赤尾敏候補。 

この時、御年90歳。 

 

『マスコミが選挙を左右している』というのは慧眼だな。

 

この人の演説は半分は罵詈雑言になってしまって

正当に評価されない部分があるが

信念だけは喉の奥に刺さるくらいうっとおしい。

ある程度は、今日でも通用する部分があると思う。

 

 

 

まあ。意見全部に賛成はできないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2013年4月19日 (金)

ドライブスルー○○屋

めがねチェーンのジェイアイエヌが19日、

ドライブスルーでめがねを購入できる新店舗

「パワーモール前橋みなみ店」を開く、というニュース。

朝日新聞の記事へのリンク





















『メガネのドライブスルぅー?』

   

『世界初、だそうです。』

 

『売れないだろうな。』

  

『またそんな、身も蓋もないことを…』

               

『だって楽しくないじゃん。』

   

『でも「めがねの度数がわかっていれば、フレームなどを

52種類のパターンから選んで店員に指定する」だそうですよ。』

                   

『試着も買い物の一部なんだ。

なんぼ群馬が車社会だとしても、車を降りないで

メガネを買わないといけない理由はあるのか?』

  

『度数がわかっててもフレームに合わせてレンズの加工を

するには半日くらいかかりますよね。』

             

『それが4、50分だって。

度のないサングラスや伊達メガネは即渡しだと。』

  

『まあ、100均でサングラスや老眼鏡を売ってる時代ですから…』

               

『メガネは

顔の一部じゃなかったのか?』

 

 

 

このCM、関東ローカルだったのかなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ドライブスルーって言うと、マクドのイメージがあるな。』

  

『マクドだけじゃなく、ケンタもスタバもやってますね。』

            

『あとは、弁当屋、たこ焼き屋、とんかつ屋…』

  

『注文を受けてから揚げるんでしょうか?』

        

『食いもんはなんとなくわかるんだ、

車で動く営業マンとかいるからな。』

  

『あんただって、免許を取って中古車を買ったら

真っ先にドライブスルーに行ったでしょう。』

          

『そうそう。なんか嬉しくてさあ。

買ってきたハンバーガーを下宿に帰ってから食うんだけどな。』

  

『一人で買いに行くなよ。』

         

『なんだよ…』 

  

『横に乗ってる彼女に、

「はい、あーん」ってしてもらってこその

ドライブスルーでしょうに…』 

  

『泣くぞっ。』
















『大体、メガネくらいで驚いていちゃいけません。

日本最初のドライブスルーは海苔屋さんですよ?』

       

『はい?』

  

『東京の山本海苔店っていうところが1965年に

ドライブスルー海苔屋を開いているそうです。』

           

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プリンス・グロリアか?

 

 

 

     

『「当時の役員がアメリカを旅行した際、

現地の車社会に圧倒された」、と。』

           

『店員さんが車まで商品を届けに来てるじゃないか。』

  

『まあ、マイクもなかったでしょうから。』

            

『こんなだったら、ちょっと車を降りればいいのに。』

  

『日本橋ですからね。

駐車場を作るのも大変だったんでしょう。』

            

『でも、日本初が海苔…』
















『変わったところでは、銀行ATM、クリーニング屋、薬局

公衆電話…』

         

『公衆電話?』

  

『田舎で、周辺に公衆電話がないっていう場所に

作られたらしいです。

最盛期には全国数十箇所にあったそうです。』

          

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電話が低い。

 

 

 

  

『どうやって使うんだ?これ。』

 

『乗ったまま使います。』

 

 

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乗り出して

ダイヤルするのね。 

 

 

 

 

  

『降りろよ。』

  

『まあ、ケータイの普及と左ハンドルじゃ使えないこともあって

いまじゃ、2、3台しかないそうです。』

           

『まだあるの?』

  

『前の車がすごい長電話だったらどうしたんでしょうね。』


















『しかし、メガネのドライブスルーは受けないだろう。』

  

『あ、やっと戻ってきた。』

            

ウェストサイズがわかるからジーパンを

車で買うというのと同じだろう。』

  

『ああ、服とかは選べないですよねえ。』

           

『車の中で、うんこ漏らしたんならともかく

ドライブスルーでそんな状況はないだろう。』

  

『でも、運転していて、夕日が眩しくてサングラスが欲しい

っていう人がいるかもしれませんよ?』

              

『そういうニッチな客が

「世界でひとつのドライブスルーメガネ屋」

に行くのか?』

  

『大体、ドライブスルーっていうのが

既に時代おくれのシステムなんじゃないでしょうか?』

                 

『まあ、ドライブインシアターももうないし、

サファリパークだって、青息吐息だ。』

  

『日本初の宮崎サファリパークはすでにないし、

姫路セントラルパークも一度破綻しているし。』















『そこでですね。ドライブスルーな新商売を。』

          

『また、ろくでもないことを。』

  

『車で乗ったまま買い物できるっていう発想そのものは

まだ使えるはずですよ?』

          

『…それでなにをやるんだ?』

  

『ゼロヨン特売品ゲットレース。』

         

『はい?』

  

『「本日先着50名様。卵1パック10円。」

っていうアナウンスがあったら、

一斉にスタートして

ウ゛ギャヴぉオオオオオオン。』

  

『卵10円のために命をかけるのか?』














『じゃあ、ドライブスルー車屋。』

         

『だから、その「じゃあ」はなんだ、と。』

  

『それこそ、カタログで選んで車を買える。』

         

『乗ってきた車は?』

  

『その場で査定して下取りしてくれるんです。』

          

『おっ。』

  

『廃車にして

車を持たなくなるやつを減らせます。』

 

『おおっ。』 

  

『若造が免許を取らなくて、

縮小し続ける国内の自動車市場の

カンフル剤になりますっ。』

 

『おおおっ。』

  

『キャッチコピーは

「中古で入って新車ででる」。』

 

『おおおおっ…』

  

『えっへん。』

            

『でもなあ…』

  

『なんです?』

               

『廃車して、車庫証明取って登録して

陸運局からナンバーもらおうと思ったら

1日じゃすまねえぞ?』

 

『あ…』





















では、『今日の二枚。』











『ラスベガスには、「ドライブスルー結婚式」

できる施設があります。』

 

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牧師さんが

道を尋ねる人のようだ 

 

  

『なんか寂しい。』

  

『これはホテルの宣材ですからね。

実際には道の周りに参会者がいて

米粒をぶつけてもいいそうです。』

  

『むう…』

  

『世界にはなんだってありますよ。』

         

『……』

  

『ふっふっふっ。』

           

『結婚式はあっても、葬式はないだろうっ。』

  

『ありますよ、ロサンゼルスに。』

  

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ガラス越しに遺体を見る 

 

 

 

 

  

『ごめんっ。悪かった。』

 

 

 

 

 

 

 

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2013年4月18日 (木)

24時間モバイル生活(自分が)

東京都が今年度中に、都バスの一部を24時間運転する、

というニュース。(読売の記事へのリンク)

 

 

 

 

ニューヨークを訪れた猪瀬都知事が

『NYは地下鉄もバスも24時間運転だ。東京でもやりたい。』と

 

こういうふうに『ほら外国すごい。』っていうやつは、

俺は大嫌いなんだ。猪瀬、床屋行ったか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かと思ったら、政府の産業競争力会議とやらが

3大都市圏を「アベノミクス戦略特区」として

東京に関してはバスや地下鉄の24時間運転などを

進めるべき、という提言をまとめる方向なのだという。

(毎日の記事へのリンク)

 

 

 

 

いや、名前とか法律の問題じゃなくて

保線と安全の問題なんですけど。

 

 

 

 

さすがに猪瀬さんもニューヨークでの地下鉄の視察で

そのことに触れていた。ただの虎刈り男ではない。

(NHKニュースへのリンク)

 

 

まあ、ニューヨークの地下鉄は複々線だからね。

緩行線と急行線とを交互に使い分ければ24時間運転でも

保線作業はできる。すごいな、複々線の地下鉄って。

 

東京の場合は都営もメトロもそんな区間はないので

猪瀬さんの任期の間では無理だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、『アベノミクス特区』って名前、

安倍さんは恥ずかしくないんだろうか。

 

いつ腹を壊すかわからないのに、

政権が変わったらどうするつもりだ?

スターリングラードみたいに、名前変えられるぞ?

 

産業なんとか会議も、

そんな お追従を言っているようじゃあ、

大した組織じゃないらしい。

 

 

自らを褒め称えるお小姓しか

側近に置かないなんて

まるで、『あの国』じゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、

 

 

東京の地下鉄で24時間運転ができたとしたらどうなるか? 

という架空の話をしてみたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホームレスが住み着くんじゃねえか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いやまあ、あからさまにダンボールを持ち込むとか

ドンゴロスを巻いていて臭い、とかいうやつは

駅員に排除されるだろうが、

一応、小奇麗な格好をしていたらどうだろう。

 

 

 

 

 

 

ニューヨークの地下鉄は、

距離で運賃が決まっているのではなく、

乗り換え自由で一律料金。

 

だから1駅か2駅の利用だと不当に高いが、

改札を入って出るまで、同一料金である。

24時間運転だから1日券だと午前3時まで。

その他に7日券、14日券、30日券もあって

これは期間内なら乗り降り自由。

 

 

そういう券を持っていたら終点では一応車両を降りて

改札を出て飯でも食って、また帰ってきて

つぎの終点では風呂に入って、

また乗り換えて、車内で寝るということをやれば、

ひと晩過ごせる。

 

まあ、70年代から80年代、ニューヨークの地下鉄は

とても恐ろしい、強盗と売人とホモしかいない。

観光客なんかが乗るもんじゃないという時代があったらしい。

 

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昔のニューヨークの地下鉄 

車両ですよ?これ。

 

 

いまでも、

『24時間運転してるけど深夜は乗らないほうがいいよ。』

って書いてあるサイトがたくさんある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、日本の地下鉄は違う。

犯罪がないとは言わないがニューヨークの比ではなかろう。

 

今ある『都営、メトロ共通1日乗車券』は、大人1000円で

乗り降り自由。改札を出てもOKだ。

それを毎日買い継いで行けば

月たったの3万円で、

東京都心で『モバイル居住』が可能だ。

 

もっともこの場合、モバイル(移動できる)のは、自分。

 

 

 

いまや地下鉄の車内でスマホが使える時代。

ホームやコンコースであれば、通信環境はさらに万全。

打ち合わせのために移動するのも自由自在。

 

ノートパソコンひとつあれば仕事ができる、という

幸せな境遇の人がどれほどいるか知らないが

そんな人なら生活できそうな気がする。

 

ラッシュとか周りの迷惑になる時間帯には改札を出て

好きな公園で寝ていればいいのだ。

『昨日は代々木公園だったから葛西臨海公園に行こうか』と。

 

郵便は私書箱で、できればメールだけで、

あとは住民票を置かせてもらえる友人を見つけられれば

納税・保険といった最低限の社会的な義務も果たせる。

 

 

家財道具なんか持たなければいい。

 

 

本は、それこそ好きな図書館を選んで読みに行くことができる

1日乗車券を持っていると、博物館なんかは

割引になるところがあるから行けばいい。

服も季節ごとに売り飛ばしてしまえ。

洗濯機はクリーニング屋で、風呂は銭湯、冷蔵庫はコンビニだ。

 

 

そんなノマドな生活もいいかなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、

 

冗談はこのくらいにしておいて、

今回はもう少し大きな話をしようと思ったんだ。出来るのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

まず、

 

いずれ都内全域でバスの24時間運転が実現するとしても、

都バスってそんなに儲かっているのか?

 

もちろん路線は選別するだろう。

青梅駅前から住宅街を循環して帰ってくる路線とか

倉庫街を通って大井埠頭に行く路線なんかは運転しないだろう。

それでも、都内全部でバスの24時間化が出来るんだとしたら、  

赤字が酷くて民営化だ、廃止だって言っている

大阪市はなんなんだ?

東京に体力があるのか,大阪が赤字を誇大に言ってるのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さらに、

 

今回、実験的に24時間運転が行われるのは

渋谷ー六本木の間なのだという。

 

なにもそんなバブルな区間を最初に選ばなくても、と思うが、

その区間の客は移動して何をするんだろう。

 

その路線の途中のどこか、

青山辺りに住んでいる人には便利だろうが

六本木で飲んで渋谷に移動して始発まで飲むぞー

というのなら、一体なにをしているのかわからない。

 

そうであれば通勤する人のためではない。

そもそも、都バスだけで通勤が完結する、という

幸せな人は都内のサラリーマンの中では ほとんどいるまい。

 

 

『いや違うんだ、そうやって

夜中も公共交通機関が動いていれば

新たな人の流れが生まれる。

店を開けるところも増えるかもしれん。

経済効果があるぞ。』

ということなんだろうが

 

 

 

 

それは、

慎太郎の許可を取ってるんだな?

 

花見はやめろ、パチンコは無駄だ、と言って

『計画停電』とやらで街中の電気が消えたのは一昨年だぞ。

原発が止まった分、あの時よりも

電力供給の事情は悪くなってるんじゃないのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いやまあ、

 

なんでも自粛がいい、とは、あの当時から

言わないようにしていたので、それはやめようか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回は、もう少し大局の話を話をしようと思ったのだ。

だから、出来るんだな?

 

 

 

 

 

 

 

 

つまり、

 

交通体系における『バスの位置づけ』の話。

バス、というのは『ローカルトリップ(地域内交通)』の

最たるものだ。

 

地域の乗客を、丁寧に丁寧に拾っていく。

これが郊外鉄道の駅につくとその客は都心へ、

あるいは休日なら行楽地に運ばれていく。

 

もちろん線区内だけで乗降する人もいる。

家から病院まで、小学校まで、スーパーまで。

 

 

 

 

 

 

 

 

言ってみれば、 

床掃除の雑巾がけのようなもの。

地下鉄は、少し網が広いから箒くらいか?

これを集めてゴミ袋にいれるのが乗り換えで

ゴミ置き場まで運ぶのが郊外鉄道で、

集めたゴミを載せて処分場に持っていくパッカー車は

新幹線なり航空機なりの広域交通だ。

 

 

ゴミに例えることはなかったか。

 

 

日本、特に東京の場合、郊外鉄道と地下鉄の相互乗り入れが

たくさん行われているので

必ずしもこういう機能分担がはっきりしているわけではないが

雑巾がけをする時に体育館ならともかく

部屋の中ではくるくると手を動かすでしょう。

 

 

バスのイメージってあんな感じ。

時に回り道をしながら客を拾う。

 

 

逆に言うと、地域外の人は使いにくい。

地域内の人も慣れないと使えない。

私は神戸市民になって、すでに四半世紀を超えるが

市バスを使ったことは数える程しかない。

 

神戸でも、名所を回る観光用のループバス

なんていうのを利用している観光客の人は多いだろうが、

市バスで観光する人はいないだろう。

いたとしたら、それは『バスマニア』であって

興味の対象が違う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、

 

ここまでの話を踏まえて、今回の24時間バスの話を

考えて欲しい。

 

偉そうに言ったところで私が結論を持っているわけではないが

真夜中にも交通機関がある、っていうことは賛成だ。

 

しかしバスだけでは

駄目だろうな、とも思う。

 

 

エリアが狭くて使いにくく、

輸送力は鉄道と比較にならない。

 

 

効果があるとしても限定的だ。

今回は実験だから、ということで許されるとしても

実際に広域の運用が開始されたら、

ごく一部の路線以外は赤字だろう。

 

 

交代の運転手、運行の指示、車両の整備、

その他安全の確保のために多数の人間が要る。

 

ワンマンバスであっても、運転手さんが一人で

車庫からバスを引っ張り出して運転するわけではないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

民主党が政権を奪還することは絶対にないだろうが

労組の代表である連合が支持政党を変えて

そこが政権の一角に参加したり、

都議会で勢力を持ったりしたら、

『こんなもん労働強化だ。』と騒ぎ立てるに決まってる。

 

 

 

 

 

しかし、『産業なんとか会議』の言うように

都営地下鉄を動かしても、

エリアとしては大したことはないんだよな。

 

ニューヨークの地下鉄が375kmの路線を持っているのに、

都営地下鉄は109kmで1/3もない。

 

都営地下鉄を24時間化しても限定的か?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあ、もう少しニューヨークでの実績とか効果とかを

教えてくださいよ。

 

それでも、条件が違うから

日本での結果は、また違うんだろうけど。

 

しかし、『実験』としては大いに興味がある。

クリスマスの頃に実施するらしいので

注目していきましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バブルじゃん。

 

 

 

 

 

クリスマスに渋谷と六本木って…

 

『きょうは、まだいいだろう。』

『まあっ、送ってくれるの?』

『バスでね…』

 

 

くすくすくす…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の一枚。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『問題がまだあって、タクシー業界が猛反対しているんです』

 

『まあ、そうだろうな。』

 

『そこでですね?』

 

『うん?ろくでもないことだな。』

 

『そうやって深夜帯の営業ができないっていう

タクシーの運転手から希望者を募って

バイトとして都で雇って、バスを運転してもらうんです。』

 

『いろいろと法的にめんどくさそうだけど…

とにかく、タクシー会社に被害を背負わせる、と。』

 

『失礼な。ワーク・シェアリングと言ってください。

それに組合員以外の運転手を使えば

交通労組も連合東京も文句は言えないはずですっ。』

 

『無理だよ。』

 

『なんでです?』

 

『タクシーの運転手なら中型二種の免許は持ってるだろうが

大型二種まで持ってる人がどのくらいいるか。』

 

『じゃあ、大型を持っている人は普通の都バスで、

そうじゃない人はマイクロバス。』

 

『マイクロバスの都バスゥ?』

 

『香港にはありますよっ。』

 

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めちゃめちゃ狭かった

今でもあるのかね?

 

 

 

 

『香港から中古車を買うのか?』

 

『だめですかね。

香港は坂が多いから郊外はこのタイプが多かったですよ。

すごく速く走るし。』

 

『ほうっ、するとこれを使った都バスのニックネームは?』

 

『飛ばす都バス。』

 

 

『却下だ。馬鹿野郎っ。

実験なんだからそんな金ねえぞ。

そもそも何人応募してくるかもわからないのに。』

 

『じゃあ、レンタカー。』

 

『いや、それ 白タク。』

 

 

 

 

 

 

 

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2013年4月16日 (火)

Boys, be ambitious!の日

札幌農学校の初代教頭として、

8ヶ月間の滞日を終えたクラーク博士が、

見送りに来た学生たちに、この有名なセリフを言ったのが

明治10年(1877年)の4月16日。








 

 

クラーク博士。

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この時代のひとって

なんで明後日の方向を向いて

肖像写真を撮るんだろう。

 

 

 

 

 

彼は、マサチューセッツ農科大学の学長で

札幌農学校の前身の開拓使学校の教頭であった

ケプロン先生の後任として1年間の契約で来日した。

 

学長が1年も学校を休んでいいのか?という気がするが

北海道開拓にかける明治政府の意気込みは

並々ならぬものがあって、口説き落とされたらしい。

 

後に述べるようにクラーク先生も、

割と腰が軽いところがあって、いろんなことをやっている。

だから日本にも来たんだろう。 

 

『1年間の契約でなんで8ヶ月しか日本にいないのか?』

というと彼が勤めていたマサチューセッツというのは、

いま話題のボストンがある州で、アメリカの北東部。

そこから札幌まで当時は2ヶ月かかったのであった。

  

8ヶ月で何をやったか、というと、農学校の後身である

北大も含めてあまり触れているサイトはない。

 

『麦作の普及』と書いてある資料があった。

明治政府は屯田兵に田んぼを作らせてまで

稲作の普及に努めたから、そういう話があるんだろうが

『いや、北海道なら麦でしょう。』と進言したのは

クラーク先生ではなく、ケプロン先生である。

       













 

確実な業績としては、まず

西洋人参やじゃがいも玉ねぎなど、西洋野菜の栽培。

  

いずれもクラーク先生以前に日本に伝わっていたのだが

これを北海道でやろう、と。

 

例えば玉ねぎなんかは、

クラーク先生のアメリカ時代の教え子で

入れ替わりに来日したブルックス先生という人により

日本で初めて農学校で栽培された。

  

それまで、日本では観賞用だったのである。

玉ねぎの花はネギ坊主なんだけど

あんなの見て楽しいか?

 

00000000000000000000negibouz

ネギ坊主



北海道は今や、国産玉ねぎの生産の半分以上を占める

大産地に成長した。

 

『麦と西洋野菜』を勧めたからか、Wikipediaに

『農学校では、パン食が原則。

米を食っていいのはカレーライスの時だけ。という規則があった』

という記述がある。

でも、これはたぶんケプロン先生の規則と混同している。

 

ケプロン先生、銀座の開拓使事務所で、昼飯には

カレーライスばっかり食っていたそうなのだ。

  

飽きるだろうに…

それとも和食が口に合わなかったんだろうか。

          




















もう一つが酪農の普及。 

 

クラーク先生は来日に際して、これも弟子の

土木・建築技術者、ホイラー先生を連れてきており、

酪農に必要な諸施設を作らせている。

 

これは、『札幌農学校第2農場』という名前で現存しており、

そのうちの9つほどの建物が歴史的な価値を評価されて

国の重要文化財に指定されている。

  

そのうち『模範畜房(モデルバーン)』などは有料で見物できる。

見物しても牛小屋だけど。

 

そして、クラーク・ホイラーのコンビが作った

最も有名な建物がこれ。

札幌市時計台。


00000000000000000000000tokeidai_2


正式名称には

『市』が入るのか 














この建物が、『札幌農学校演武場』、つまり武道場だった、

ということは有名だと思う。

竣工当時の様子も、今とはだいぶ違う。

00000000000000000000tokeidai2


時計じゃなくて鐘楼












ホイラー先生は、クラーク先生の跡を継いで2代目の教頭になる。

 

建築は専門ではなかったはずだが、

この建物には愛着があったらしく、

竣工後もあれこれ手を加えている。

  

そのひとつに『鐘楼の代わりに時計を乗っけよう。』

というのがあった。

そこで、アメリカに機械式の大時計を発注、さらに

時刻を合わせるために演武場の裏手に天文台まで作った。

          
 

ところが届いた時計を見てみたら、予定よりでかい。

『ちゃんと確認せんかいっ。』、と思うが

そこは専門外のおおらかさで骨格を補強して

そのままつかってしまう。 

 

この建物が、妙に時計がでかくてプロポーションが悪いのは

『時計の発注ミス。』 のせいである。

 

『農学校に武道場があるなんて明治時代ねえ。』

と思うかもしれなが、これは逆でクラーク先生独自の発想。

 

南北戦争に志願して参加し、

戦功を立てて、大佐にまで進級したこの人は、

『農民もすぐに兵隊になれるようにするべきだ。』

という思想を持っていた。

  

北海道の農業を指導することになる農学校の生徒には、

武術くらいできるようにさせたい、と。

そして一般にも広めて欲しい、と。

 

日本の他の学校で『軍事教練』が科目に取り入れられるのは

クラーク先生の離日から48年後の1925年なのである。

             

















 

かような具合であれこれやっているのだが、

8カ月間の在任期間中には

玉ねぎの栽培も、モデルバーンも、時計台も

なにひとつ完成しなかった。

  

彼は、そのどれの実現も目にすること無く、日本を離れる。

 

もっとも、時計台のホイラー先生も玉ねぎのブルックス先生も

クラーク先生の弟子である。

師匠の離日後、ふたりとも教頭を務めているので、

黎明期の札幌農学校には

クラーク先生の思想がたっぷりと注ぎこまれたのだろう。

        
























 

さて、やっと『Boys, be ambitious!』の話だ。

ごめんね、いつも時間がかかって。

          






  

8ヶ月の滞在を終えて離日するとき、

札幌から30km近く離れた島松というところまで

送ってくれた学生たちに言った別れの一言が

この「Boys, be ambitious!」。

               

 

『ambitious』は、直訳すると『野心的な、』という意味だから

これを『少年よ、大志を抱け。』と訳したのは

いったい誰なんだろう。

        




それに、『Boysという呼びかけも違和感がある。

 

当時の学制では農学校の在校生は16歳から19歳で

明治始めというのは、

歴史上、日本人の体格が最も小さい時期だったから、

アメリカ人のクラーク先生から見たら

『Boys』だったのかもしれないが

教授が生徒にそんな言い方をするだろうか? 

 

『校則は「Be gentleman』の一つでよかろう』と言ったという人だ。

感極まったのか?

本音が出たのか?

         





そして、

    
 

名訳なんだけど、実はこの言葉の後には続きがある、

ということを言う人がたくさんいる。

そして諸説あるその語尾によっては、

このセリフのニュアンスが全く変わってくる。

         












その辺の顛末を、北大の附属図書館がまとめているので

リンクしておこう。(“Boys, be ambitious!”について)          





 

北大がまとめているんだから、いわば『正伝』だ。

北大では『Boys, be ambitious!』のことを

BBAって略すのか。

  

北大生は、友達と遊んで別れる時に

『へーい、BBA』とかやってるんだろうか?

         







 

まあ、いいや。

           







 

諸説あるうちの中で、一番長いセリフがこれ。

  

“Boys, be ambitious!

Be ambitious not for money or for selfish aggrandizement,

not for that evanescent thing which men call fame.

Be ambitious for the attainment of all

that a man ought to be.”

  

"少年よ大志を抱け!

人が名声と呼ぶ、あの儚い物のためではなく、

お金、または利己的な権力の拡大のために野心的であれということではない。

人間としてあるべきすべてを達成するためにこそ、大志を抱け。"

           










もっとも、これについては北大のサイトは否定的だ。

  

馬上から別れ際に言われた一言で、言い終わると

『忽ち高く一鞭を掲げて,其影を失ふと云ふ 。』んだから

こんな長いセリフは言わないだろう。

  

何しろこれではクラーク先生が富も名誉もいらんという

聖人のようではないか、というのは私もそう思う。

この人の晩年を考えると、違和感がある。

 












もう少し古くから伝わっているのがこれ。

  

”Boys, be ambitious like this old man

  

(訳さなくてもいいよね。この年寄り、ってのはクラーク先生のこと。)

               








これには別バージョンもあって、

北大のサイトには載っていないが、こう。

        





”Boys, be ambitious as me. 




 

北大のサイトは年齢だけにこだわっているが

『俺みたいに』というセリフが入ると、

とたんに透明感が薄れて脂っこくなる。         

 

『ambitious』が『大志』から『野心』に変わる。












 

実際、帰国後のこの先生は、野心いっぱいだったのだ。          



 

帰国後『俺と一緒に「世界一周洋上大学」をやろう』という

どう考えても、ピースボートより怪しい企画を

持ちかけてきた男の誘いに乗って、

マサチューセッツ農科大学の学長をやめてしまう。

  

ところがこれが金も学生も集まらないとなると、

『俺と一緒に鉱山会社をやらないか?』っていう

山師の誘いに乗るなよ。

あんた、農学校の先生だろう。

        



 

当然破綻して、

出資者から訴訟を起こされて負けている。

親戚や友人からも出資を募っていたらしい。

  

このエピソードはかつて『トリビアの泉』でも取り上げてたな。

       
        

『Boys, be ambitious!』と叫んでから9年後の

1886年に、心臓病でなくなっている。

          

 

享年59。

         










 

大学教授から志願して参戦、そこまでは愛国心だとしても

戦争が終わると、准将昇進も近かったらしいが軍を辞め、

マサチューセッツ農科大に移って学長。

そして、その地位を結局は捨てて札幌へ。

帰国して復職したのに、洋上大学、鉱山会社。

 

なんて目まぐるしい人生だろう。

         


 

軍隊から離れてすぐに新設大学の学長を任されたり、

その腕を見込まれて明治政府から招聘されたり、と

優秀な人だったんだろうな、とは思うが

         


落ち着かない人だなあ、とも思う。

         


 

『転石苔むさず』を悪い方の意味で生きたような人だ。

          



 

『ambitious』がそういうことなら、

俺は安定が欲しい。

        

























では、『今日の二枚。』

 

このセリフを見ると、

この像を思い浮かべる人がいるかもしれないが、

こういう格好では言わなかった。

場所も違っていて札幌市内の羊が丘展望台じゃなく

北広島市の島松というところだってば。  


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羊が丘展望台のクラーク像 













北大構内のクラーク像が見られなくなったから

全身像を作りました、っていうだけなら別にいい。

 

しかし、リンクした展望台のウェブサイトといい

徹底的に『Boys, be ambitious!』推し、

なのである。

台座にも刻んであるし。

  

知らないでここにやってきた観光客は、クラーク先生が

あの有名なセリフを、この場所で、その格好で

言ったと思うだろう。

  

いいのか?

            












実際はこうだ。 

00000000000000000000shimamatuekitei



師弟とも
騎乗

先生はどこだ








背後にある大きな建物は

場所から考えて島松駅逓という交通施設のはずだが、

現存しているものとずいぶん違う。

         

 

車寄せ(馬寄せ?)や、望楼がなくなってるのはともかく

屋根が寄棟から切妻に変わってるんだもんなあ。

        

 

『格を下げる改築』、なんてあるもんだろうか?

         







 

いずれにしても、全員騎乗で

これだけ長蛇の列だったら、

後ろの奴は先生の言葉なんか

聞こえなかっただろうな。

        





おまけ

          















 

三國連太郎さん死去。
      

 

私は伊丹十三作品でのこの人くらいしか知らないのだが

その中で一番好きなのが、映画『大病人』での

このシーン。

  

三國連太郎演じる映画俳優にして監督の主人公が

末期ガンに冒され、緩和ケアを受けながら

映画のラストシーを撮る場面。

           


曲は、黛敏郎 『カンタータ般若心経』。

           

 

英語字幕が邪魔だな。

ぎゃーてーぎゃーてー、というのは

『Let's go Let's go』という意味になるのか…

      









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2013年4月15日 (月)

聖徳太子は二人いた

来年度から使うことができる、高校の歴史教科書の中に

『聖徳太子は実在したか』というコラムが載ることになった。

これが話題になっている。という記事。

(毎日新聞へのリンク)







ただ、この毎日の文章の筆者は

こういう『歴然たる史実』が教科書に載るのが遅すぎる、

と言いたいらしい。







聖徳太子の一万円札や十七条憲法の世代としては

受け入れがたいだろうが「聖徳太子=架空の人物」

というのは合理的で、既に学会の多数意見だ。

情緒で考えるな、と。










そうかなあ?














『本日は、実在を疑われている歴史上の人物の皆さんに

お集まりいただいて対談していただきます。』



『題して…』



『お前は、いたのかいないのか?』

        
『いきなり怒られそうな番組タイトルですが。』


『では、みなさんに自己紹介していただきましょう。』









『武蔵坊弁慶です。』

『ウィリアム・テルです。』

『卑弥呼じゃ。』

『聖徳太子1号です。』

『2号です。』












『突っ込みたい所は色々ありますが…』

          

『お一人ずつお話を伺いましょう。まずは弁慶さん。』

        
『はい。』

          

『あなたは、大人の男のくせに京の五条の橋で

元服前の牛若丸こと後の義経に

「その太刀をよこせ」と絡んだそうですね。』

  

『だってあと一本で1000本の大願成就だったし。』

                

『しかも、ここと思えばまたあちら、燕のような早業に

鬼の弁慶のくせに負けて、謝っちゃって

家臣になるんですよね。』

   

『だけどあいつ、持ってた扇を投げつけて

橋の欄干から来い来い来いって挑発するんですよ?

超生意気だと思いませんか?』

   

『挑発に乗らなければよかったのに…

平泉で立往生して、矢ぶすまになって死んじゃうんだから。』

   

『ううう…』

               

『涙目になってますよっ。』 

   

『…うわあああん…』

                  

『弁慶の泣き所だあっ。』 

 

 





















『さて、弁慶さんが泣いちゃいましたので

次の方の話をお伺いしましょう。』

                

『ウィリアム・テルさん、日本ではあなたのことを

「息子の頭の上のリンゴを矢で射抜いたひどい親父」と

思っている人が多いと思うんですが…』

   

『オー、ソレハヒドイ誤解デース。』

               

『じゃあ、一体何があったんです?』

   

『私ノ街、神聖ローマ帝国ノ領土デシタネー。』

             

『はあ…』

   

ヘルマン・ゲスラーッテ代官ガヒドイ男デ、

広場二掲ゲタ自分ノ帽子ノ前ヲ通ルトキハオジギシロッテ

命令シタンデスネー。』

 

 

『デスラー?』

   

000000000000000dethler                 

久しぶりだね…

ウィリアム・テルくん 

 

 

    

『広場ヲ通ラナイト、ドコニモイケマセンネー。

私オジギシナイカラ捕マリマシタ。ソウシタラ…』

 

 

000000000000000dethler_2                

息子の頭の上のリンゴを射抜きたまえ

そうすれば許してやろう… 

 

 

  

『私、一発デ射抜キマシタネー。』

 

 

000000000000000dethler_3                

き、貴様ッ。

なぜ二本目の矢を持っているっ

やめろっ。弩のハンドルを回すなっ 

 

 

 

 

 

441pxwilhelm_tell_denkmal_altdorf_2                   

 

 

 

『エネルギー充填120%ッ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ぐわあっ…

 

 

 

   

『この後、スイスの人達は立ち上がって独立を獲得しました。

私のことをこんなふうに書くとあなた、

スイスの人が黙ってないですよっ。』

   

『うわわわわ…』

                   

『急にカタカナでしゃべるのをやめないでくださいっ。』

















『あーびっくりした。』

              

『では次の方にお話をお伺って参りましょう。

卑弥子さん、お待たせしました。』

   

『………』

              

『寝ちゃったかな?』

              

『トランス状態に入ってるんじゃないか。』

   

『だいたいこの人何をやったんですか?』

                

『占いで国を運営してたんじゃない?』

   

『…ふああ。』

                 

『あ、やっぱり寝てた。』

   

『おおお、見えるぞ。』

                  

『あ、鬼道の結果が出ますっ。』

   

『スクラムは崩れ…風が舞って…吹き溜まりの…陶片追放。

金の流れ…地の軋み……この国は沈むぞ……』

                      

『ぶん殴ってやりましょうか、この婆ぁ。』

     

『まあまあ…』


















『じゃあ、最後に聖徳太子さん。』

                

『あなたがいなかったんじゃないか、ってことが

教科書に書かれるんです。』

  

『その教科書が根拠にしている、大山誠一の本にしても

厩戸王としての私の存在は否定していません。』

                

『お、答えに淀みがない。』

   

『Wikipedia丸写しですが。』

                 

『さすがに10人の質問を同時に聞き分ける男…』

   

『じゃあ…』

                 

『あなたが存在したっていう証拠はあるんですか?』

『十七条憲法は後世の創作じゃないんですか?』

『今ある法隆寺は、あなたの時代よりも後でしょう。』

『修学旅行の時に「夢殿で太子は瞑想していた」って

聞きましたけど嘘ですよね。』

『兵庫県太子町の斑鳩寺に

「地中石」っていう、割と正確な地球儀があって

あなたが作らせた、という伝説があるんですが

あなたの時代ならオーパーツです。どうなんですか?』

『四天王寺のそばのバーでぼったくられたんです。

どうしてくれるんですか?』

『馬に乗って空を飛んだってのは嘘でしょう。』

『未来のことが見えるらしいじゃないですか。』

『日本はいつ滅びるんですかっ?』

 

  

『私が書いた法華義疏御物になっており、

私の存在を否定することは「皇室に喧嘩売ってんのか?」

ってことになりますよ?』

『そんなことはありません。いいことが書いてあるでしょう。

それにしてもなんですか、こんな飽和攻撃みたいな質問。

和を以て貴しと為し、ですよ。』

『でも、今の建物の下に私の時代の伽藍があったことが

確認されています。』

『夢殿があった東院伽藍の下が私のいた斑鳩宮だから

全部が嘘、というわけではないですね。』

『私には未来が見えます。』

『それは自分で何とかしてください。』

『古代英雄につきものの伝説ですよ。ペガサスとか。』

『楠木正成が私の未来記を見た、という記録があります。』

『それは現代の国民である、

みなさんが決めることです。』

 

 

   

『なかなかやりますね。』

                   

『次の地震はいつ来るんですか?』

  

『………………』

                 

『お、初めて答えに詰まったぞ。』

   

『いつなんですっ?』

 

『…頭の中が真っ白になって、って…』

   

『頭の中が真っ白になって。』 

 






















では、『今日の二枚。』

 

 

 

 

 

 

              

聖徳太子の1万円札

 

  

00000000000000000000c10000_2   

 

 

 

 

もうこのお札を

知らない方が

多いのかなあ

 

 

 

 

 

   

歴史研究にいろんな立場や議論があっていいとは思う。

教科書でも同じことだ。

   

でも、『遣隋使は認めるけど十七条憲法は認めない。

遣隋使は、「日出處天子致書日沒處天子無恙」

(日、出処の天子、日、没するところの天子に書を送ります。

お元気ですかぁ)って書いて皇帝が怒ったっていうのが

随の記録にあるから。』っていう人の説を載せるのを

嫌がるのを、

 

                    

『昭和世代のノスタルジー』

みたいに言われるのは、悲しい。

 

 

 

 

 

 

  

聖徳太子の地球儀

 

00000000000000000000taisinochikyuug     

 

       

これは一体

どのあたりだ?

 

 

 

  

はい、そこの人。すぐにリンクを開いて

答えを見ようとしない。

 

 

  

  

おまけ

 

 

 

今日のオチがわからなかった人のために 

http://youtu.be/tVm_FkJfuj8

はい、すぐに開かない。

 

 

 

 

 

 

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2013年4月14日 (日)

世界一の捨てゼリフ

4月12日は、ガリレオ・ガリレイの異端審問が始まった日。

 

 

  

『天動説』を支持していたカソリック教会が、

『地動説』を主張する本を書いた、としてガリレオを捕え、

『異端の教えを広めた。』と異端審問にかけた。

 

 

1633年のこの日から始まったこの審問に敗れたガリレオが

『へぇへぇ、わてはもう地球が動いてるなんて言いまへん。』

という書類にサインさせられ、さらにそれを読み上げさせられて

無期刑の判決を下されたあと、

ぼそっとつぶやいた、とされる言葉がこれ。

 

 

 

 

 

  

 

『E pur si muove』

 

『せやけど動くんや、って。』

 

 

 

 

 

 

 

 

セリフには諸説あるし、捨て台詞を言ったにしても

ローマで行われた裁判でイタリア語は使わないだろう。

そもそも言ってないんじゃないか?

 

と、いろいろと推理されているのだが

Wikipediaさんによると多数派なのがこのセリフ。

  

セリフの中に『地球』という単語が入っていないので

一般的な『それでも地球は動いている』という訳ではなく

ガリレオ先生の感情をプラスして訳したのが、これ。

 

 

まあ、大阪弁である必要はないけどな。

 

 

 

 

 

 

 

  

ガリレオ先生といえば、コペルニクスケプラーニュートン

と並んで、中世で最も有名な科学者の一人である。

  

なにをやったか?というと、

えーと…

落体の法則を実証するためにピサの斜塔から球を落としたり、

望遠鏡を改良して、木星の衛星を発見したりして

地動説を実証しようとしたり、藤原鎌足。

 

 

 

 

で、

  

『ピサの斜塔から重さの違う球を落とした。』

というのは、後世の創作で

実際には木製の樋を2本並べて

大きさが同じで重さの違う球を同時に転がしたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

この時の『実験装置』が今も残っていて

フィレンツェのガレリオ博物館というところにある。 

 

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右上のロゴは

博物館のマーク。

だから公式画像。

だ、大丈夫かな… 

 

 

 

   

これを2本並べて、重さの違う球を転がした。

  

樋の上をまたいでいる金属のゲートには

鈴がつけられるようになっていて

球が触れるとチリンと鳴る。

 

見てわかるように坂の上から徐々に間隔が広くなっており

転がった時に同じ間隔で音が鳴るようになっている。

 

 

 

 

 

 

  

なんでそんなピタゴラ装置みたいなものを作ったかというと、

この実験は公開で行われたのだ。 

 

00000000000000galileo2   

 

実験の様子

描いた絵 

 

 

 

  

多勢とは言えないが見物人がいますね。

ほかに何やら記録している人や

実験なんか見やしないで偉そうに座ってる人もいる。

 

近くの人は眼でも見ろ、

遠くの人は耳で聞け、と。

 

 

 

なんてうまいプレゼンだろう。

  

この人の真の業績は、こんなふうに

『実験の装置やプロセスを公開した。』ってことじゃ

ないのかなあ、というのが今日のお話。

  

この人が現代に生まれて

MVのプロデューサーとかになっていたら

こんなビデオを作っていたかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

相変わらず、馬鹿で素敵ねえ。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、

  

さっきのガレリオ博物館のウェブサイトの中に

「バーチャルミュージアム」というのがあって

とても面白いのでぜひ見てください。

便利な時代になったねえ。

 

展示品が全て彼の発明品という訳ではないのだが

実に多彩な分野に興味を持っていた人だ、と思う。

 

砲弾の着弾位置を予想するためのコンパス型計算尺とか、

噴水を作りたいから揚水ポンプを改良してくれという、

いかにも金持ちらしい依頼で始めた、真空ポンプの研究とか

庇護されていたメディチ家から頼まれたものもあったが

なにしろ間口が広い。

  

専門分野を錐で揉み込むような鋭さよりも

博物館の学芸員のように何にでも興味がある

そして、なんでも知っている、という感じの人だったのだろう。

 

 

 

 

 

彼は、特に時計に興味があったらしく

振り子の等時性に気がつくと

振り子時計を実用化しようとする。

そして、その周期の法則を探ろうとする。

さっきの落体の法則の実験はその中で生まれた。

  

体系を考えるより、手が動く方が早い

というタイプの人だったらしい。

 

 

 

 

 

ガレリオ先生、先程の装置の鈴の間隔を決めるために

水時計で通過時間を測りながら記録を取り、

『あー行っちゃった、もういっぺん。』ということを繰り返して

1年かかって『通過距離は時間の2乗に比例するらしい』

ということに気づく。

 

実際は転がり始める時は回転のエネルギーを食われる。

従って多少この法則が狂って遅れるので

写真のような形になったらしい。

 

振り子時計を製作しようっていう時には既に

望遠鏡の覗きすぎで失明してしまっていたため

弟子に図面だけを描かせている。

 

 

 

 

 

 

先程の三大科学者は、この順に生まれ活躍している。

ガリレオ先生はケプラー先生とほぼ同時代の人。

この4人は、相互に先輩の影響を受けている。

  

ガリレオ先生とケプラー先生は

手紙のやりとりをする仲だった。 

 

 

 

だから、この4人に関しては

『地動説はこの人が作った。』とは決めにくい。

そもそも、起源をいえば古代ギリシア時代に遡るのだ。

 

あえて言えば、コペルニクス先生が

天動説が説明できなかった、

惑星の順序や周期の違いや逆行運動を

数学的に整理して説明できるようにし、

  

ケプラー先生が

『バカ、円軌道じゃ計算が合わねんだよ。』と、

惑星が楕円軌道である、として精密にし、

  

ニュートン先生が慣性の法則を発見して

『木星の衛星は何故、取り残されないで

一緒に回転するのか?』という難問を解決し、

 

万有引力の発見で

天動説を主張する奴が惑星の運動の「逆行」

説明するために苦し紛れに導入した

エカントや離心円という概念を否定し、 

『なんで惑星は

太陽の周りを回るんだよう。』

という根本的な問題にもケリをつけた。 

 

 

 

 

 

ガリレオ先生は何をしたか、というと

自ら改良した望遠鏡を使って木星の衛星を見つけ、

それが木星の周りを回っていたり、

金星も予想以上に満ち欠けをすることを見つけたり

太陽の黒点なんか見るから失明すんだよ、と思うが

とにかく太陽も自転していることを発見したり、藤原鎌足。

 

あれこれと『地動説の物証』を見つけていった。

 

 

 

  

だから自信があったんだろう。

  

『証拠』があるからこその、

あの『捨て台詞』なのだ。

 

 

 

  

実際彼は、『公開実験』で装置を披露したし、

記録についても著書で公開した。

 

『文句があるなら、同じ装置で追試してみろ。』と。 

『教会がどう言おうと関係ねえ

神様じゃないと作れねえなんて駄目だ。

俺は眼で見たものしか信じねえ。』と。

 

  

そこが、かっこいい。

 

  

そしてガレリオ以降、

こういう『再現性のある実験』しか

科学界では通用しなくなっていく。

 

 

 

  

 

『IPS細胞、山中君よりも先にボクがもう実用化してます。

えー、既に6回手術してますよ。

あれ?1回だったかな?

結果?それは公表できません。』

というバカは排除されていく。

 

0000000000000baka   

 

    

このバカ、

いま何やってんでしょうね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

ガリレオ先生の最大の功績は、

数々の発見や発明よりも

そういった姿勢を貫いた凄み、

にあるんじゃないか?

  

と思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

『お前が、我が国には核ミサイルはまだないなどと

異端のセリフを吐いた輩ハムニカ?』

  

『だって、世界の核保有国で2回や3回の核実験で

核弾頭の開発に成功した国なんかないんですよ?』

 

『え?そうなの?』

  

『アメリカが最初のミサイル搭載型核弾頭 W5を開発するまで

8-10回以上、ソ連はようわからんのですがフランスも最初の

ミサイル搭載型核弾頭 MR31の開発まで15-20回以上の

実験を行っています。』

 

『あー、とにかく。異端の考えを捨てないと許さないニダ。

この書類にサインするスミニダ。』

  

『はいはい。えー「わが超強くて勢いのある大国は

とっくに核ミサイルなんか持ってます。」っと。』

 

『うむ、必ず守るんだぞ。』

  

『……』

 

『ん?何か言ったかハムニダ?』 

   

『王様は裸だーっ。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

では、『今日の一枚。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガリレオ先生が依頼された真空の研究は

弟子のトリチェリ先生に引き継がれる。

 

トリチェリ先生はガラス管の中に水銀を入れて逆さまにすると、

76センチくらいのところで液面がぴたりと止まって上が空く、

『さあ、お立会い。上には空気もなんにもないよっ。』という

あんた水銀中毒になるよ?

ってな実験によって、「真空」の存在を明らかにする。

 

 

 

 

 

 

そうなると『大気圧って奴の実力を見せてやろうじゃねえか』

ってなことでドイツの貴族でマグデブルグ市長だった

ゲーリケという先生が銅の半球をぴたりと合わせ

自作のポンプで中の空気を抜いて真空にすると

あーら不思議、16頭の馬で引いても離れませんわ。

 

 

 

という、『マグデブルグの半球』の名で知られる実験を、

帝国議会があるレーベンスブルグまで行って

神聖ローマ皇帝の御前で行う。

 

0000000000000000000_guericke_2   

 

 

 

 

 

 

    

観客が少ないな…

       

と思うが好評だったらしく、今度はゲーリケ先生

ベルリンまで出かけて

馬を24頭に増やして公開実験をしている。

 

 

公開実験もいいけど、程度ってあるよね…  

なんで貴族で市長がそんなことするんだろう。

 

 

 

 

 

    

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今朝の地震、結構揺れたんで驚きました。

みなさんのところはいかがでしたか?

うちは積んであった雑誌の山が崩壊したくらいで大丈夫です。

18年経って、まだ余震かよ。長生きだな、地球。

 

 

 

 

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2013年4月13日 (土)

ファッキン・ポーズで譴責処分

愛知淑徳大学の女子学生が大阪のUSJで

中指を立てた『ファンキン・ポーズ』をして撮った写真を

Twitterに投稿したら、『大学の名前を汚した』

えらく怒られた、というニュース。

(毎日新聞の記事へのリンク)

 

 

 

 

 

 

 

 

野暮な話だなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに、ファッキン・ポーズというのはこれ。

000000000000fukin2   

 

 

 

 

かわいい

 

 

 

 

            

まあ、USJでは最近、ボートを転覆させたり

アトラクションを止めたり、藤原鎌足。

       

迷惑行為を繰り返してパークから

『今後一切の出入り禁止』を食らった

馬鹿大学生とかがいる。

(スポーツ報知の記事へのリンク)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おとおさーん、「ゆーえすじぇー」に行きたーい。』

   

『ははは、ダメだよ。』

          

『どおしてっ?ほいくえんの、あっくんも、かっちゃんも

さっちゃんも、たっくんも、なっちゃんも

みんな行ってるんだよっ。』

  

『馬鹿っ。おとおさんはお前を

そんな風に人の真似をする子に育てた覚えはないっ。』

       

『どうして?どうして?どおしてっ?』

   

『ははは、心がズキズキするから

それ以上言うと殴っちゃうぞっ。』

                

『あなたっ、体罰はやめてっ。』

   

『ははは、それじゃあ、ひらパーに行こう。』

              

『いづもひらパーじゃ、いやだあ』

   

『馬鹿野郎っ。』

  

『ひっ。』

   

ひらかたパークは創立103年の歴史を持つ

素晴らしい遊園地なんだぞっ。』

              

『あなたっ、白々しいフォローはいいから

連れてってあげなさいよ。』

   

『だめだっ。』

              

『…そういえば、結婚前のデートの時も

一度も行かなかったわね。

あなたとUSJの間に何があるのっ?』

   

『……るんだ』

   

『え?聞こえないわ。』

   

『おれは、あのパークから

「無期限出入禁止」を食らってるんだっ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

ほんの30行足らずの短いニュースで、

ここまでの未来予想図を思い浮かべるとは

おれってば、つくづく素晴らしい馬鹿だなあ、と思う。 

 

 

 

  

しかしまあ、アトラクションを止めたり

『迷惑料』を騙し取ったりするのは、

『悪質ないたずら』を通り越して犯罪だ。

 

 

 

   

しかし、今回の『事件』は

ファッキン・ポーズで写真を撮っただけじゃねえか。

 

 

 

『厳しい譴責』は、やりすぎじゃないか?

   

USJは外国人も多いし、

あのポーズを自分に向けられていると勘違いすると

本気で怒る人とかがいるらしいのでやめたほうがいい。

それ以前に下品だし、褒められた行為ではないから

この女子大生の肩を持つ気はない。

   

しかしその程度でそんな処分をする、この大学も

粋じゃねえな、と思うのだ。

なんか、嫌だ。

   

『口頭注意』くらいでよかったんじゃないか?

これで履歴に傷がついて、

就職の時に教授が推薦状を出さなかったりしたら

野暮の極みだからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

この大学は、愛知県長久手市にあるそうなので 今度は、

キャンパスで『コマネチポーズ』をして写真に撮り

『コマネチ・長久手のララバイ』という

キャプションをつけて、Twitterに投稿してやれ。

 

 

 

 

  

どんな処分が落ちるか楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の二枚。』

 

 

 

 

 

 

 

イタリアのアーティスト、マウリツィオ・カテラン先生が

ローマ証券取引所前の広場に作った、

『アートなファッキン・ポーズ。』

 

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さすがにこの『作品』には批判もあったらしい。

             

インスタレーション作家として、割と有名な人らしいのだが

それはそれとして、 

この人の作品、みんな なんか、変。

   

 

 

マウリッツィオ・カテラン作品画像

 

 

 

      

 

個人的にはこの『作品』が好き。

 

00000000000000000000000hansei    

 

 

 

 

タイトル

『反省』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2013年4月 8日 (月)

ディズニー 一人勝ちでいいのか?

2012年の東京ディズニーリゾート(ランドとシー)の入場者が

過去最高の2750万人だった、というニュース。

(ロイターの記事へのリンク)

 

 

 

 

    

すごいなー。

 

 

 

 

      

2750万人、というと東京都の人口(1360万)の倍以上。

東北六県の人口(930万)の3倍近い。

 

 

  

比較対象がでかすぎてわかりにくいか?

 

 

     

甲子園球場の観客席が4万8千だから

『甲子園球場573個。』

霞ヶ関ビルで働く人が1万人弱なので

『霞が関ビル2750杯分』である。

 

 

  

頭の悪い比喩の典型だな。

 

 

 

    

しかし、世界的に見るとこれでもまだまだ、

なのだそうである。

 

 

 

順位テーマパーク・遊園地都市2011年
(単位:人)
2010年
(単位:人)
 前年比 
2010年/
2011年
1マジック・キングダム
 (Magic Kingdom)
ウォルト・ディズニー・
ワールド・リゾート
(Walt Disney World Resort)
アメリカ アメリカ フロリダ州
オーランド
17,142,000 16,972,000+1.0%
2ディズニーランド
(Disneyland)
ディズニーランド・リゾート
(Disneyland Resort)
アメリカ アメリカ カリフォルニア州
アナハイム
16,140,000 15,980,000+1.0%
3東京ディズニーランド日本国旗f 日本 東京13,996,000 14,452,000-3.2% 
4東京ディズニーシー日本国旗f 日本 東京11,930,000 12,663,000-5.8% 
5ディズニーランド
(Disneyland Park)
ディズニーランド・リゾート・パリ
(Disneyland Resort Paris)
フランス フランス パリ10,990,000 10,500,000+4.7%
6エプコット
(Epcotat)
ウォルト・ディズニー・
ワールド・リゾート
(Walt Disney World Resort)
アメリカ アメリカ フロリダ州
オーランド
10,825,000 10,825,000+0.0%
7ディズニー・アニマル・キングダム
(Disney's Animal Kingdom)
ウォルト・ディズニー・
ワールド・リゾート
(Walt Disney World Resort)
アメリカ アメリカ フロリダ州
オーランド
9,783,000 9,686,000+1.0%
8ディズニー・ハリウッド・スタジオ
(Disney's Hollywood Studios)
ウォルト・ディズニー・
ワールド・リゾート
(Walt Disney World Resort)
アメリカ アメリカ フロリダ州
オーランド
9,699,000 9,603,000+1.0%
9ユニバーサル・スタジオ・ジャパン日本国旗f 日本 大阪8,500,000 8,160,000+4.2%
10アイランド・オブ・アドベンチャー
(Islands of Adventure)
ユニバーサル・オーランド・リゾート
(Universal Orlando Resort)
アメリカ アメリカ フロリダ州
オーランド
7,674,000 5,949,000+29.0%
11ロッテワールド韓国 韓国 ソウル7,580,000 5,551,000+36.6%
12香港海洋公園
オーシャンパーク 香港
(Ocean Park Hong Kong)
香港 香港 香港6,955,000 5,404,000+28.7%
13エバーランド韓国 韓国 京畿道 龍仁市6,570,000 5,404,000-4.6% 
14ディズニー・カリフォルニア・
アドベンチャー
(Disney California Adventure)
ディズニーランド・リゾート
(Disneyland Resort)
アメリカ アメリカ カリフォルニア州
アナハイム
6,341,000 6,278,000+1.0%
15ユニバーサル・スタジオ・フロリダ
(Universal Studios Florida)
ユニバーサル・オーランド・リゾート
(Universal Orlando Resort)
アメリカ アメリカ フロリダ州
オーランド
6,044,000 5,925,000+2.0%
16香港ディズニーランド
(Hong Kong Disneyland)
香港ディズニーランド・リゾート
(Hong Kong Disneyland Resort)
香港 香港 香港5,900,000 5,200,000+13.5%
17ナガシマスパーランド日本国旗f 日本 三重県 桑名市5,820,000 4,465,000+30.3%
18シーワールド・オーランド
(SeaWorld Orlando)
アメリカ アメリカ フロリダ州
オーランド
5,202,000 5,100,000+2.0%
19ユニバーサル・スタジオ・ハリウッド
(Universal Studios Hollywood)
アメリカ アメリカ カリフォルニア州
ロサンゼルス
5,141,000 5,040,000+2.0%
20ウォルト・ディズニー・
スタジオ・パーク
(Walt Disney Studios Park)
ディズニーランド・リゾート・パリ
(Disneyland Resort Paris)
フランス フランス パリ4,710,000 4,500,000+4.7%
21ヨーロッパ・パーク
(Europa-Park)
ドイツ ドイツ バーデン=
ヴュルテン
ベルク州
ルスト
4,500,000 4,250,000+5.9%
22シーワールド・サンディエゴ
(SeaWorld San Diego)
アメリカ アメリカ カリフォルニア州
サンディエゴ
4,294,000 3,800,000+13.0%
23ブッシュガーデン・タンパベイ
(Busch Gardens Tampa Bay)
アメリカ アメリカ フロリダ州
タンパ
4,284,000 4,200,000+2.0%
24エフテリング
(Efteling)
オランダ オランダ 北ブラバント州
カーツス
フーフェル
4,125,000 4,000,000+3.1%
25チボリ公園
(Tivoli Gardens)
デンマーク デンマーク  コペンハーゲン 3,963,000 3,696,000+7.2%

 

 

 

世界のテーマパークランキング2011TEM・AECOM)

(クリックで大きくなります) 

 

       

ディズニーの強さが圧倒的だなあ。

というか、世界にはこんなにたくさん

「ディズニー」の名を冠したテーマパークがあったのか

と思うが、

実はこれはテーマパークごとにばらしている。

 

 

  

フロリダの『ディズニー・ワールドパーク』の

4つのテーマパークも 

東京ディズニーリゾートのランドとシーも

分けてカウントしている。

        

それで、それぞれがランクインしてしまうのだから

恐ろしいと思うが

このランキングでは、なんとトップ8が全てディズニー。

トップ20まで見ても12がディズニーであり、

おそらくこれが全施設だから、圧勝である。

  

ほかにトップ20に複数入っているのは

ユニバーサル・スタジオの系列で4つ。

 

 

 

  

もうなんか、

世界のエンターテイメント界は

こいつらに独占されているようだ。

 

 

 

 

 

 

  

世界がそうでも日本はどうなんだ?

 

 

 

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TDR圧勝

 

 

 

 

 

 

(クリックで大きくしてください)

 

  

2009年度の記録で、若干統計が古いため

スカイツリーは載っていない。

しかし昨年の入場者数は630万人を超えたそうなので

トップ10入りは間違いない。

 

 

 

  

それよりも不思議なことがある。

 

 

 

 

  

TDRについで第二位、

USJを抑えて年間入場者数830万人という

刈谷ハイウェイオアシスというのは

なんだよ。

と思ったらこんな施設でした。

(刈谷ハイウェイオアシスのウェブサイト)

      

『ハイウェイオアシス』という名前から、最近人気の

広くて綺麗で地域の人も使えるSAなんだろうと思ったら

それは正解なのだが、めちゃくちゃ広い。

       

SAなんだから駐車場があり、トイレがあり、

食堂があるというのは当たり前だが

その他に遊園地があり、温泉がある。

 

 

 

 

 

 

しかし、『刈谷』と言われて東海地方以外の人が

理解できるだろうか?

ここだ。

 

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愛知県東部

伊勢湾岸自動車道

(クリックで大きくなります) 

 

 

 

     

まあ、近隣にトヨタ自動車の大工場とかがあるので

そこそこ人口は多いんだろうが、SAに800万人とは。

  

としまえんの人が泣いてしまうな。

 

 

 

 

     

で、

  

4位の『淀川河川公園』というのも謎なのだ。

  

なぜかというと、要するに『河川敷』なのである。

私は25年くらい前にこの近所に住んでおり

よく知っている。

       

ホームレスの皆さんが小屋を建て、畝まで立てた

畑を作っていたから、『すげえ』と思っていた。

  

 

もちろん今の行政は、そういった不法占拠者に厳しく

ボランティアの皆さんが掃除をしてくれたりするので

昔より、はるかに清潔である。

       

そうはいっても、

大半の部分が無料で入れることは

いまでも変わりはない。

(有料部分はテニスコートとか野球場)

        

『河川敷』なのでやたらと長くて

淀川の河口近くから京都の桂川との合流地点まで

30kmくらいある。

      

だから『年間利用者数585万人と言われても

ピンと来ないが『日本4位』と言われると

『そうか?』と思う。

 

   

そんなことを言うなら、代々木公園や上野公園の方が

利用者数は多いと思うので

このカウントの仕方はなんだか訳がわからない。

  

有料入園者、あるいは登録者だけを

カウントしたとも思えないのだ。

        

あの河原で?

 

 

 

 

 

 

 

  

テーマパークとして、このグラフに挙げられているものは

いくつかの『類型』にまとめられるような気がする。

 

 

      

安定しているのは、動物園・水族館・博物館・城址

といったあたりだろう。

 

  

うん、動物園はいいよね。

おっさんが

一人で行くとこじゃないけどね。

 

 

  

ふえええん

 

 

 

      

もうひとつは『記念公園』だ。

通天閣や天王寺公園が第5回内国産業博覧会

シンボルや会場であったように、

『博覧会の記念公園』というのはたくさんある。

  

ランクインしている中では沖縄海洋博記念公園が11位。

これはどちらかというと、海洋博を懐かしんでというよりは

『美ら海水族館』の人気なんだろうな。  

      

もちろん、大阪万博の記念公園

EXPOパークは40年以上経って

巨木が育ってもう、一日中寝ていてもいい。

太陽の塔もソラードもいいぞ。

  

ただ、遊園地のエキスポランドは閉鎖してしまった。

2007年に遊具の事故で観客が死亡し再開できなかった。

しかし1980年代からあの遊園地はよく知っているが

いつ行っても閑散としており、

事故が無くても生き残れなかっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

古い、ということで言えば『鉄道系』の遊園地がある。

阪急なら、宝塚ファミリーランド。

阪神なら、甲子園パーク

京成なら谷津遊園

西武ならとしまえん西武園ゆうえんち。 

  

これは、阪急の小林一三が

初めて日本に導入したもので

阪急の本線、宝塚線の終点に

遊園地を作り少女歌劇を作り、温泉が出たから

銭湯やホテルを作った。

      

沿線住民ばかりではなく、広域から客を呼び

本業の鉄道の運賃はもとより遊園地でも儲けようとする。

       

ところが今や、このスタイルは惨憺たるありさまで

なにぶん『利益』が第一だから

遊園地が必ずしも赤字ではなくとも

先の見通しが悪かったり、ほかに儲け道があると

あっさりと転身する。

 

 

 

 

 

  

宝塚ファミリーランドは、

USJとの競合に勝てない、として2003年に閉鎖。

甲子園パークも同じ年に閉鎖して、今はららぽーと。

谷津遊園は、経営主体の京成電鉄が

オリエンタルランドの筆頭株主だったので

ディズニーランド開園の直前に閉園。

      

経営状態の厳しい西武電鉄は一昨年

『東京都にとしまえんを売却する。』

というニュースが流れた。

今のところ『売却しないで頑張る。』と

言っているらしいが、

西武園ゆうえんちは週休3日だし

接続する多摩湖線には廃止の噂がある。

 

 

 

 

 

  

まあ、こういう遊園地はそうは言っても

地元の子供が来る。

雰囲気自体もなんとなく日向臭くて、野暮ったい。

      

沿線の中学生が初めてデートするのがこんなところで

狭いからクラスメイトに見られてしまうので

月曜日に、教室の黒板に

でっかい相合傘が書かれていたりして

甘酸っぱいぞ、こんちくしょう。

 

 

 

 

 

  

でも、そんな遊園地がなくなって

いまの中坊はどこでデートしてるんだろう。

      

毎月ディズニーに行くのは財布が持たないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

消えてしまったのが、地方テーマパークとも言うべきもの。

1983年のディズニーランドの開園と

バブル景気に舞い上がって

80年代から90年代にかけて各地に、

『テーマパーク』が作られた。

  

しかし、倉敷にあったチボリ公園のように

大抵がなくなってしまった。 

       

今でも生き残って、

さっきの『ベスト40』にランクインしているのは

『ハウステンボス』『スペースワールド』くらい。

ただし、この二つの施設も一度、破綻して

経営者が変わっている。

ほかに香川県のレオマパークも経営主体が変わり

いまはニュー・レオマパーク』を名乗っている。

 

  

悲惨だったのが夕張市で1980年代、炭鉱の撤退に合わせ

『炭鉱から観光へ』ということで、テーマパーク、スキー場

ホテルなどを続々と建設し、そのことごとくが失敗した。

夕張市は財政再建団体になってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     

まあ、東京から、夕張にメロンを食いに行くだけの観光というのは

遠すぎるから行きにくいだろう。

しかし、東京ディズニーランドが出来た時の交通環境も

褒められたものではなかった。       

 

高速の湾岸線は出来ていたし、広大な駐車場はあったから

車で行くのは環境が整っていたが、

正しい日本人は電車で行くのだ。

  

今でこそ、京葉線の舞浜駅からゲートまでダッシュで行けるが

1983年当時の最寄駅は東西線の浦安駅で

そこからシャトルバスに乗らねばならなかった。

       

 

鉄道とバスの輸送力が比較になるはずはなく

車のない貧乏カップルと、新幹線でやって来た田舎者は

浦安駅前で30分くらい待たされるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

それにしても、

 

 

  

なぜ、ディ○ニーとユニバーサルスタジオの

独占なのだろう?

  

ディズニーにもユニバーサルにも映像や音楽の

ソフトの巨大なストックがある。

だからみんなが知っている映画の映像の中に

遊べるようなアトラクションや

マイケル寂聴が3D映像でバブルス君をけしかけたりできる。

 

 

ディ○ニーのメインキャラクターといえば、

みんな大好きな○ッキーマウスだが、

レオマワールドのメインキャラクターは?と聞かれても

わからない。

  

そういう強みはあるだろう。

歴史やソフトの背景を持たない『地方テーマパーク』が

あっさりと滅び去っていった理由はそこだ。

 

 

 

 

 

 

 

でも、

  

そういった映像の世界を楽しむためにTDRやUSJに

いくのか?というとおそらくそうではないような気もする。

少なくとも子供は映画を熟知して

パークに臨むわけではないだろう。

   

それぞれのアトラクションはよくできていると思うのだが

『あれよりも怖い』というアトラクションは

おそらく日本中の遊園地にあると思う。

       

『いや、レベルの高いアトラクションを集中させて

一つのイメージに統一させているところがすごいのだ。』

と言うのかもしれないが、

  

ここまで圧勝されると、なんか腹立つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

では、『今日の一枚。』

 

 

 

 

 

 

    

『だからな?

強力にキャラが立ったマスコットが必要なわけよ。』

  

『あの、うちのシャッター商店街の活性策の

話ですよね?』

      

『そうさ。シャッター商店街の解決法は簡単だ。

シャッターを開けちまえばいいんだ。』

  

『はあ…』

     

『シャッターを下ろしている店舗を全部

アトラクションにしちまう。』

  

『というと?』

      

『尼崎のゆるキャラに「ちっちゃいおっさん」ってのがいて

いま人気なんだ。』

 

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『可愛くないっすね。』

      

『でな?「ちゅうくらいのおっちゃん」ってのを作って

空き店舗に大きなテーブルを置いて酒を飲ませる。』

  

『パクるんすか?』

     

『で、客はそのテーブルで相席して

おっちゃんとしゃべくりながら酒を飲む。』

  

『客はいいかもしんないですけど、

おっちゃんの「中の人」は一日中飲みっぱなしですか?

死んじゃいますよ。』

       

『中の人などいないっ。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あとはな?「空き店舗10店チャレンジ」。』

  

『はい?』

     

『客は1000円払って10店舗の中に用意されたチャレンジを

クリアしていく。』

  

『どんな?』

     

『10分で大盛りラーメンをくう。とか

10分で大根の桂剥き1mとか。

10分で鯛をおろして刺身にして食う、とか。』

  

『その商品は、商店街の他の店が出すんですか?

1000円じゃ大損ですよ。』

      

『でも「あ、このラーメンうまい。」

「大根や魚も新鮮だ」ってことになれば宣伝になるぜ。』

  

『で、成功したら?』

      

『この商店街だけで使える商品券

1万円分プレゼント。』

  

『どんどんテーマパークの話から離れていきますね。』

 

 

 

 

 

 

     

『じゃあ、商店街バンジージャンプ。』

  

『だから、その「じゃあ」は何だ、と。』

     

『この商店街には屋根がかかっているだろう。』

  

『…嫌な予感がする。』

 

『その屋根を支える鉄骨からバンジー』

  

『屋根までせいぜい7、8mしかないですよ?』

     

『馬鹿野郎っ。』

  

『ひっ。』

      

『山、高きが故に尊からず、だ。

中途半端に低いほうが怖いぞ。』

  

『まあ、そうかな…』

        

『うちの商店街は1kmあるから

100人同時バンジー。』

  

『屋根が落ちますっ。』

 

 

 

 

  

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更新がとどこおっておりますが、辞めることはありませんので

覗いてやってください。お願いします。

 

 

 

 

 

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2013年4月 1日 (月)

エイプリルフールと夙川の桜

『ということで4月1日だ。』


『…何が、「ということで」なんだか…』


『だから嘘をつこう。』


『面白い嘘ニュースって最近ないですよね。』


『金正恩がダイエットを始めた。』


『まあ、あの人太りすぎですよね。』


『痩せると、「健康不安」とか報道されちゃう国だからなあ。』


『しかし、あの太り方は余計、健康不安ですよ。』


『ダイエット指導のために、ビリー軍曹が行く。』


『懐かしいですね、その名前。』


『でも面白くないか?』


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『来年完成する近鉄電車のターミナル。

日本一の高さのビルになる「あべのハルカス」が

「アベノミクス」になる。』


『そういうお好み焼き屋とかもうすでにありそうですけどね。』


『じゃあ、長島茂雄と松井秀喜の

国民栄誉賞は嘘だった。』


『だから、その「じゃあ」はなんだ、と。』


『でも長嶋さんはともかく、松井はどうだろう。』


『まあ、日本人大リーガーの先駆者として。』


『そんなら野茂はどうだ?イチローは?

ものすごく努力しただろうことはわかるが、なぜ?』


『長嶋さんへの国民栄誉賞のプレゼンテーターは

カールルイスだそうです。』


『ヘイ、カール。』


『やめなさいって。』



 

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意味がわからない人に

解説する気はないね。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それよりも今日から新年度だ。』


『4月1日が月曜日で新年度って

あんまりなかったんじゃないでしょうか。』


『岡本の駅前に、某じょじょじょ女子大の新入生が

山ほどいるんだ。』


『なんでわかるんですか?』


『だってみんな揃いのスーツを着てるんだもん。』


『大学に制服なんかありましたっけ。』


『そういう大学もあるだろうさ。

それよりも面白かったのが、半分位は親子なんだ。』


『なんでわかるんです?』


『だって同じ顔なんだもん。』

『…ああ、20年経ったらこの娘も…と。』


『いや、既に「親を超えている娘」もいたがな。』


『わざわざそんなのを見に行ったんですか?』


『だって、駅から大学のバス停まで一本道だし

母娘だけじゃなくて姉妹と母親がトリオで歩いていたりして

3人同じ顔したのが似たような紺のスーツで

歩いていたりするからなんか、

「人類ってすげえ」って。』

 




















では、『今日の夙川の桜。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ということで、今日は阪急に乗ったので

ちょっとだけ夙川に寄って花見をしてきました。

 

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だいぶ画像の

精度を落としたぜ 





 

 

 

 

 

 

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少し盛りは過ぎたか?

10.5分咲きくらい

松と桜と清河

ザ・ジャパン






 

 

 

 

 

 

 

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晴れていて

ようございました。 











2013y04m01d_232737607
 

昨日は凄い人出だったけど

今日は高級カメラを 

抱えた人がたくさんいて

気が引けましたよ。








 

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