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2013年5月の投稿

2013年5月30日 (木)

みんなオリンピックに採用するには?

2020年のオリンピックに追加する競技の候補が決まった、

というニュース、(読売の記事へのリンク) 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『なにが決まったの?』

 

 

『レスリング、野球・ソフト、スカッシュ、だそうです。』

 

 

『ふーん、その4競技がオリンピックで採用されるのか。』

 

 

『違います、採用されるのはこのうちの一つです。』

 

 

『へ?』

 

 

『それに、「4競技」じゃなくて「3競技」です。

野球とソフトで一つの競技にするそうです、』

 

 

『するそうです。ったって、あんた男子と女子ですぞ。

どうやって同じ競技にするんだ?』

 

 

『奇数回は野球、偶数回はソフト、

とかにするんじゃないですか?』

 

 

『するんじゃないですか、って、あんた。

打順とか滅茶苦茶になる。

そもそも野球とソフトじゃベースの距離も

マウンドの位置も違うんですぞ?』

 

 

『そんなこと言ったって、

「野球とソフトなんて似たようなもんだろう。

それに一試合が長すぎてほかの競技のスケジュールが困る。

そもそも専用球場なんてうちの国にはない。」

っていう批判があるんです。』

 

 

『癪に障るが2020年の開催地は東京だろう

トルコやスペインみたいな野球後進国じゃ球場もないだろうが

東京ならドームに神宮、足を伸ばせは横浜、千葉マリンに所沢、

プロのフランチャイズだけでもこれだけある。

高校野球レベルの球場まで合わせたらいくらでもある。

3日で決勝戦まで出来るぞ?』

 

 

『でも試合が長すぎる、っていう批判に応えて

一試合7回にするそうです。』

 

 

『先発-中継ぎ-押さえっていう

試合の組み立てが滅茶苦茶になるな。』

 

 

『ルールを変えてまで

「復活」にかけているんですよ。

スカッシュだって、壁をガラスに変えて

エンターテイメント性を高めよう、とか。

レスリングだって、グラウンドばっかりでつまらないから

タックルとか投げ技のポイントを高くする、とか。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『大体、いまのオリンピック競技も多すぎないか?』

 

 

『そうですよ。そういう批判があるから、レスリングもなくなりかけたし、

野球もソフトも消えたんです。』

 

 

『柔道とか水泳とか陸上とか階級が多すぎるだろう。

4つか5つ減らして、その分、今回候補になった競技を

全部採用してやれよ。』

 

 

『レスリングだって18も階級がありますけどね。

それに問題は、「メダルの数」じゃなくて「競技の数」

なんでしょう。』 

 

 

『野球とソフトが似てる、ってんなら

ビーチバレーってのはなんなんだよ。』

 

 

『…まあ、ね。』

 

 

『野球とソフトをどうやって一つの競技にするのか知らんが

ビーチバレーもちゃんとしたバレーと混ぜちまえ。』

 

 

『どうやって?』

 

 

『コートの前衛部分にだけ砂を敷く。』

 

 

『スパイクが打てませんがな。』

 

 

『じゃあ、バレーとトランポリン。』

 

 

『いまのバレーだってすごい高さですよ?』

 

 

『でもそれ以上の「超立体バレー」だ。』

 

 

『時間差攻撃とかやり放題ですな。』

 

 

『だからブロックも時間差で何人も飛ぶ。』

 

 

『でも、圧倒的に攻撃側が有利ですよ。』

 

 

『じゃあ、レスリングと柔道。』

 

 

力道山 対 木村政彦ですか?』

 

 

000000000000000000000000000000000_2  

 

ノックアウトした木村の前に

立ちはだかる力道山

超こえー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『水球とシンクロ。』

 

 

『それは一体、どんなスポーツになるんです?』

 

 

『あーっ。日本、得点ではアメリカを上回りましたが

芸術点で敗れました。』

 

 

『そもそも水球は男子でシンクロは女子でしょ?』

 

 

『だから水球も女子種目を作ればいいんだよ。

男子がシンクロをやったっていいんじゃないか?

ウォーターボーイズみたいでかっこいいかも知れん。』

 

 

『二つの競技を混ぜるっていう発想をやめましょうよ。』

 

 

 

 

 

 

『でも、一度決まった競技を

はずそうとするから

こんな騒ぎになるんだろう。』

 

 

『まあ、ねえ…』

 

 

『国鉄は運転時間に余裕があって田舎駅に停車する時も

特急や急行だったら「運転停車」っていって

扉を開けない時があった。』

 

 

『なんでです?』

 

 

『一度「特急停車駅」、「急行停車駅」っていう実績を作って

地元を喜ばせると、あとがめんどくさいからだ。』

 

 

『そういえば、「5万人以上」が条件の筈の「市」も

人口が減っても、市制を返上した街なんかないですねえ。』

 

 

『だから、決まった競技を減らすと

選手やファンから猛烈なブーイングが来る。』

 

 

『それはわかるけど、

混ぜたらまったく別の競技になりますよ。』

 

 

『そこで、馬術とアーチェリー。』

 

 

『流鏑馬ですよ。』

 

 

『射撃とフェンシング。』

 

 

『飛び道具とは卑怯なり。』

 

 

『棒高跳びとトランポリン。』

 

 

『あぶねえよっ。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の二本。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昭和の巌流島。力道山 対 木村政彦。

 

 

 

 

ウォーターボーイズ(2001)

 

なぜ、竹中直人だけが歳を取らない。

 

 

 

 

 

 

 

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2013年5月28日 (火)

どんぐり投票の敗北

5月26日、小平市で市内を通る都道の未着工部分に関して、

住民投票が行われたが、不成立だったというニュース。

(毎日新聞の記事へのリンク)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、

 

 

割と広く報じられたニュースなので

ご覧になった方も多いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

『反対派』としては『市民パワーでどんぐりの道を死守』

くらいのことを言いたかったらしい。

 

 

市議会が、住民の請求で一度は可決した条例に

『有権者の1/2を越えないと成立しない』という

一項を加えたことが『卑怯である』として

批判されている。

 

 

しかし、逆にいえば、50%の投票で成立し

その過半数で勝利になるんなら

有権者の1/4の『賛成』で『市民の意見を聞け』となるわけだ。

したがって、50%を15ポイントも下回った今回の投票は

結果からいえばはっきりと、惨敗である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このニュースを『どんぐりの森を守るあたしたちって素敵』という

『意識の高い市民の皆さん』が

『うっはっはあ、道路建設万歳だっぺ。』という

田舎議員の盲習に破れたという風に

捉える人もいるだろう。

 

 

 

あるいは、このニュースを、

『環境原理主義者』による

『地域エゴ』の惨敗だと捉えることも出来る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしこの住民投票、そんなに単純なものではないらしい。

もちろんこの日記としては、きちんと明快な立場を出すつもりで

いまは、喉の奥からあふれそうな

罵詈雑言を押さえるのに必死である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まず、今回行われたのは『住民投票』だが

地方自治法が定める『住民投票による』直接請求、

というのは二つしかない。

 

 

 

GHQがジャップを調べたら、こいつらには『地方自治』の伝統がない。

だから憲法に一章を設けて『地方自治』を作った。

 

 

 

GHQからありがたくいただいた権利が住民による直接請求。

その一つが、条例制定で、

この発議は有権者の1/50の署名が必要。

ただし、あくまでも『議会への請求』で

署名があっても、議会の承認を経なければ条例は出来ない。

 

 

議会の解散や首長を辞めさせる『リコール』は有権者の1/3。

リコール請求のあとには住民投票が行われ

過半数の同意がないと解職されない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の『住民投票』はそのいずれでもない。

 

 

リンクした毎日の記事を初め、

『都市計画道路の未着工部分について

住民参加で見直すかどうかの投票が行われた。』

というが、正確ではなく

 

 

今回の投票がダイレクトに

都市計画道路の廃止に直結するかのような

報道は卑怯ですらある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

繰り返すが、地方自治法で認められているのは

『条例の制定の請求』(制定の命令、ではない。)

 

 

もちろん、そんなことは

『意識の高い住民』の皆さんはわかっていて

「東京都が立案した小平都市計画道路3 ・2 ・8 号府中所沢線計画

…について、住民参加により計画を見直すべきか、

又は計画の見直しは必要ないかについて、

市民の意向を確認することを目的とする。」

という条例の制定を先に請求して成立させた。 

 

 

条例制定を請求しても議会が否決したら成立しない。

ところが三多摩は共産党や社民党が大好きなので

この条例を通した。

 

 

 

原典そのものはこうだ。

(住民投票条例 小平市)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の『住民投票』は、この条例に基づいたもので

都の事業である都市計画道路の全域については

口を出せないけど、小平市内だけは意見を言わせてよ。という、

『意見聴取の可否』を質した投票だったのである。

 

『投票率50%が開票の条件』とか言って、

良識ある毎日新聞に怒られたりしているが、

今回の投票が満票で『道路反対』だったとしても強制力はない。

 

 

 

もしも可決されていたら市長は都や国に

その結果を報告することが定められているが

具体的にどんな手段で『市民の意見を吸い上げるか』

手段・方法についてはなにも決まっていない。

 

 

『意見を反映させるか』『させないか』しか選択肢はないのだ。

だから、条例としてはとんだ片手落ちで、

この結果を『政治的』に利用すれば、いくらでも悪用できる。

 

 

 

 

 

 

 

今回、『投票率』の一件でマスコミにケチをつけられる隙を作った

理由は、結果を見てしまうとよくわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、

 

 

ここから先は、怒濤の悪口に墜ちていくはずなので

こころを落ち着かせていこう。

 

まだ悪口じゃなかったのか?

思うかも知れないが、そんなに人間が出来てはいないのだ。

わかってるでしょ。そのくらい。いまさら何よ?

 

 

  

 

 

まず先に、今回の反対運動を主導している

皆さんの話を聞いてみようじゃないか。

(小平都市計画道路に住民の意思を反映させる会HP)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、

 

今回の計画。

 

 

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(クリックで大きくなります)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、反対派の皆さんの意見の要旨。

 

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(クリックで大きくなります)

 

 

立ち退く家も200戸以上あるそうだ。 

都市計画決定された道路だったら、

計画道路内の新築・増改築は原則として違法なはずだが

50年耐えてきたのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふう。

 

批判する相手の意見も一応載せる、

という姿勢は評価して欲しい。

 

そのあと、ぼろくそに書くんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、

 

小平市、といってもそんな田舎町しらんという人が多いだろう。

ここだ。

 

00000000000000000000000000000000000

西武線で西新宿から23km

人口19万弱

市域の南北の幅は2km弱

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、

 

三多摩ど真ん中のこの街には生意気にも19万の人口がいる。

 

 

ただし、この人口は、何回かの『世代』に別れている。

念のためにいうと、ここでいう『世代』とは

血縁の系代を示すものではないですよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まず第一世代は、明治時代までにこのくそ田舎にいた連中。

武蔵野台地というのは水の便が悪く、

だから、玉川ブラザースが用水路を造ったりするのだが

基本的には関東大震災までは

国木田独歩が遭難するような雑木林だった。

 

 

ところが、この連中のうちの何割かは

いまもここに住んでいて大地主だ。

 

 

俺が近郊住宅地の中途半端な地主を憎むことは

親の敵が束麻呂だったというくらいに許せない。

 

 

 

 

中途半端な田舎町の地主というのは『生産緑地』という

栗なんか植えて

『てめえ農業やるつもりなんかないだろう』と

ガソリン撒いて火をつけてかちかち山にしてやろうか?

 

というふざけた土地を持ち、いき遅れた娘は、

『うちは大地主です。でもほとんどが調整区域で売れません。

でも『線引き』が変わったら地価は30倍くらい変わります。

彼氏は婿養子に来るのが当然ですよね。』という

脳みそにコクゾウムシが沸いてるんじゃねえのか?

という『お悩み』を発言小町に投稿したりする。

 

 

 

親父は地主で、馬鹿なんだけど自分の資産が天賦のものじゃない、

ということはうすぼんやりとわかっているから、

『地目が宅地じゃ税金がかかってしょうがないなあ。』

ということで、『うちは坊主で宗教法人だから保育園をやろう。』

と社会福祉法人格もとって違法建築すれすれの保育所を造る。

 

 

宗教法人と社福法人の二つの法人格を持っていたら

ジョーカーを2枚持ってポーカーをするようなもので

節税という名の脱税が、やり放題だ。

 

 

さらにそこには別の娘が通って、当然ボスママで

『あの人嫌いだからみんなでイタリアンにいこー』

あぜ道を軽自動車で30分飛ばして

サイゼリアに行くのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第2世代は、関東大震災後に焼け出されてきた連中で

さすがに小平市内での固有名詞を出すのはまずいのだが、

都市基盤の整っていない三多摩では

『学園都市』なんていって『環境がいいですよ』と客の袖を引いた。

 

 

国立や成城のように実際に大学を引っ張ってきた街はともかく

『大泉学園』なんて学校なんかありゃしねえ。

 

 

 

とにかく、

このとろくさい焼け出されが第2世代。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第3世代は、ベビーブーマーが結婚して所帯を持った

1970年代以降で、

 

 

『なあ、家を買おう。』

 

『まあっ、素敵。どこ?松濤?原宿?田園調布?』 

 

『小平だよ。』

 

『えー?どこー?』 

 

『ははは、こないだ市になったばかりだからな。』

 

『買いものはー?』 

 

『車を買うよ。車なら公設市場まで30分だ。』

 

『まあっ。素敵。サニー。カローラ?』 

 

『ははは、隣の車がちいさく見えるぞ。

愛知工業のヂャイアントだ。』

 

『なに?それ…』

 

 

000000000000000000000000000000000_2

地上最大のオート三輪

ヂャイアント

1600cc

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、第4世代が、今回の運動の

メインストリームとなっているであろう人達である。

 

 

『都会で暮らすのも疲れちゃったわ。

まあ、この街なら雑木林もあるし、どんぐりも落ちてて

自然があって素敵じゃない。』 

 

『あら、小川もあるのね。』

 

『そうよ、玉川上水よ。

ここに幅36mの道路を渡すなんて許せないでしょ?』 

 

『そんなふうに塞がれちゃったら夏目漱石も自殺できないわねえ。』

 

『あら、玉川上水で自殺したのは芥川龍之介よ。』

 

『さっすが、和恵。インテリねー。』

 

……

 

 

 

 

 

耳の穴にどんぐりを詰め込んで

脳みそに毛虫を突っ込んで

わしゃわしゃしてやりたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世代に喧嘩を売るあたり、

おまえ、三多摩嫌いだろう。

といわれたら、

その通りである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふう、言いたいこといっちゃった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

住民投票が悪い、といっているわけではない。

 

 

市街地に30m以上の道路を通すのは乱暴だ。

都は小平市を挟む6市の交通量が25年で30%以上増える

と言うがそんなことはあるまい。

 

 

という主張は理解できる部分もある。

 

 

 

 

 

 

 

 

その一方で、『既存の府中街道の3倍の30m』というが

それなら既存の府中街道は片側1車線である。

 

 

 

そりゃ渋滞もするだろう。現に大渋滞だそうである。

亀岡の馬鹿野郎のように無免許で歩道に突っ込むこともある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、なにより

『住民の意見を聞け。』というのは、この人たちの場合

『無期限に延期せよ。』

というのと同じ意味だ。

 

 

人の話なんか聞くつもりはないのである。

 

 

 

現に、この人たちは、南北の府中街道の

移設拡幅だけではなく、ほかの都市計画道路に

ついても『全てNO!』である。

 

 

 

 

 

『小平市には…24本の都市計画道路があります。

すべて、50年前の1962年に計画決定されました。

…ところが小平市は、2009年度から…

武蔵野美術大学周辺部分の3・3・3号線を、

24億円余りをかけて(全額東京都の予算)建設し始めています。

動く気配のなかった計画が、

補助金が下りて一気に動き出すというのも、

都市計画道路の一つの側面です。』

 

 

と、さっきのHPにも書いてある。

つまり『あらゆる道路に、NO!』なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

文句があるなら、

何故50年間放っておいた。

 

 

 

『いや。50年前には住んでなかったから。』

というのは言い訳にならない。

 

 

 

いくらでも選挙の機会があっただろう。

まさか住民票を移して3月、経ってないとか

『水道は公園で、トイレはコンビニで』とか

言うつもりじゃないだろうな?

 

 

000000000000000000000000000000000_4

 

なによ。

美人はうんこしないのよ。 

 

 

 

 

 

 

直接請求で『住民の声を聞く』という条例を作って

それに基づいた住民投票で負けたから、と言って

『開票もしないのは卑怯だ。』とか

言い出すのはおかしくないか?

 

 

なんでそんなめんどくさいことをする。

市議会なり市長なりの首をすげ替える権限が

市民である君たちにはある。

 

そうすれば、

都の予算で造る道路であっても

その執行を止めることが出来る。

 

 

 

何故2度も住民投票をする?

 

 

 

『でも、ほら。議会とか市長は第一世代の人達が…』

とか言うんなら、君らの田舎町の

その古い体質こそをただせ。

 

 

 

そもそも関東大震災まで、いや戦後になっても

君たちの街は田舎だった。

これは悪口じゃなく、事実だ。

 

 

 

下水、学校、保育園。あなたの街は、

社会基盤が貧弱だとは思いませんか?

 

 

道路もそう。

 

 

 

道路は広域のものだから、必ずしも小平全市民の生活に

ただちに資するものではないかも知れないが

そうやって、『うちの町に道路通すな』なんてことをやっているから、

地下数十メートルに環状道路を造って

トリッキーなジャンクションを中途半端な土木知識の連中が

『うぉー、かっけー。』とか、興奮して見に来る。

 

 

 

 

1km辺りの建築費が数百億円とか

ナウル辺りの貧乏国なら、

またそれで100年働かなくなっちゃうような

そんなお金を掛けて道路を造るのはおかしいでしょう。

 

 

 

 

『その場所はやめてくれ。』という議論ならまだ理解できる。

でも、

『こんなきれいな森をなくすの?』

という

『情緒』がスタートラインだったら、

とてもじゃないがつきあえない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の三枚。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

問題の道路予定地の雑木林

00000000000000000000000000000000000

 

どんぐり、というから

シイの木かと思ったが

そうでもないようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小平市の樹は『ケヤキ』である。

000000000000000000000000000000000_2

 

 

 

ケヤキの木というのは

成長が早くて

20年も経つと

天を掃くが如き

見事な樹形になる。

 

 

 

 

 

そりゃ50年経ちゃ、雑木も育つさ。

 

50年の意味ってのを考えようぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

念のため、玉川上水で入水自殺したのは太宰治ですよ。

 

000000000000000000000000000000000_3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三鷹駅近くの太宰治入水地にある碑文。

この辺は桜が植わってたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

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2013年5月26日 (日)

ニューヨークに行きたいかー

5月26日は東大寺の大仏、通称「奈良の大仏」が開眼した日。 

(Wikipedia 東大寺盧舎那仏像)

 

 

 

 

 

 

現状で高さ14.7mのこの大仏は2度焼失しており

再建の度にちいさくなっているらしいのだが、

それでもでかい。

 

 

しかも、この建立がいまから1300年前の

天平時代だったというからびっくりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、

 

今日は、こういった巨像がどうやって作られたか、

というお話し。

 

 

 

 

 

 

奈良の大仏は銅製。

厚み5cmから10cm足らずの銅によるモノコック構造である。

モノコックだから、外殻部分を一体に成形しないといけない。

 

 

さらっと27文字でいったが、

これがいかに大変かは気が遠くなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銅は溶かして入れた。 

どうやって溶かして入れるというと型を作る。

ベーゴマの砂型のようなものだが 

あれは中まで詰まっているから雌型だけでいい。

 

 

大仏は中空なので雄型と雌型の両方がいる。

足場もクレーンもない時代にどうやって、型を作ったかというと

教科書でこんな絵を見なかっただろうか。 

 

 

000000000000000000000000000000000_2    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まず、雄型を作る。

木で骨組みを作り、木摺(下地)を貼って像の形になるように

土壁の要領で粗い土から細かい土を塗っていく。

 

 

格の高い茶室や屋敷では、壁を塗るのに

塗っちゃあ乾かし塗っちゃあ乾かして、10年くらい掛けて造るのだが

大仏は1年くらいで塗っちゃったらしい。

 

 

雄型が出来ると、外側に離型材となる紙を貼って

粘土を塗って雌型を造る。

これは、さすがにでかすぎるから8段に分けて造った。

 

 

 

 

 

 

 

雄雌出来ると、雌型をはずしてそれぞれの内側を削る。

削った厚みが本体の厚みになる。

削ったら、その削り代の厚み分だけの定規材を貼って

再び雌型を貼り付けて、外側にそれが埋まるほど土を盛る。

 

 

土を盛るのは、支保工の代わりで、コンクリートでもそうだが

固まる前のどろどろが型を破って噴出してくるのを

『(型枠が)ばれる』というが、これは怖い。

溶けた銅ならなおのことだ。

 

 

それ以外にも、雌型を雄型に圧着する、という

意味もあっただろう。

 

 

そこまで出来ると上から溶けた銅を流し入れる。

8つに分けても高さ2m以上だから

大変だったと思うのだが、意外に精密に出来ている。

 

 

 

 

 

 

 

 

奈良の大仏は中に入れないが、

鎌倉の大仏は20円払えば中に入れる。 

 

 

450pxkamakura_daibutsu_naibu_2   

 

 

真ん中の穴は

大仏の頭。

 

 

 

 

  

雄型を支えていたはずの木の骨組みは撤去されている。

 

 

もっとも、この大仏をどうやって造ったかはよくわからない。

国家事業として造られた奈良の大仏と違って、

鎌倉の大仏は築造の年月日さえはっきりしていない。

 

 

 

450pxkamakura_daibutsu_behind_2   

 

 

どうせ俺なんか…

野ざらしだし…

 

 

 

 

  

しかし、最初の写真を見る限り

鋳造銅製のモノコック構造で、

水平方向に段がついているから

そこで打ち継いでいるのだろう。

 

 

しかも、この大仏は頑丈なのか幸運なのか、

大風で大仏殿が倒れた時も、

明応地震というマグニチュード8以上の巨大地震の

直撃を受けた時も倒壊しなかった。

そして、その後起こった高さ10mというから、

大仏の喉まで来るほどの津波にも流されなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この大仏の300年後に

秀吉が発願して京都に造った大仏(木製)

慶長大地震で大仏殿ごと倒れ、

父の死後秀頼が造らせようとした青銅製の大仏

鋳造の時に焼けた。

 

 

なんて運のない親子だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

それを考えたら

鎌倉の大仏は幸運なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自由の女神はどうだろう。

銅製なのは鎌倉の大仏と同じだが、

こちらはちゃんと『骨組み』がある。

 

 

 

 

エッフェル塔を造った、

エッフェル先生が構造設計を担当している。

螺旋階段の中心部に心柱があるのだが

こんな華奢な骨組みで大丈夫か?

 

 

この華奢な下地の周りに、214ピースに分けられた

女神像が取り付けられている。

 

 

しかも、自由の女神って登ったことないけど

螺旋階段しかないんかい。

 

 

 

うーん…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自由の女神ができた19世紀後半には

電気溶接の技術がなかったから仕方がないが

より大型の構造物の溶接が可能になっても

『自由の女神』式の

『構造と表皮を分離する』スタイルが主流になる。

 

 

 

 

たとえば、茨城にある牛久大仏。 

 

337pxushikudaibutsuibarakijapandayt   

 

 

 

この写真だと

石で出来ているように見えるが

青銅のパネルが貼ってある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、その骨組み。 

000000000000000000000000000000000_3    

 

 

 

 

頭部の鉄骨模型。

 

 

 

 

 

 

 

 

もっとざっくりとした概型をかたどっているのかと思ったら

意外に細かい。

 

 

いや、頭だけで20mもあるらしいのでこんなもんか。

 

 

 

 

 

 

 

で、その組み立ての様子。

000000000000000000000000000000000_4    

 

 

 

 

 

 

外壁というか、ご本体そのものは

厚さ6mmの青銅版を一辺12mほどのパネルに成形したものを

本体の骨組みに取り付けるようにしてあるらしい。

PC版の取り付けに近い。

 

 

一体何ピース必要なんだ?そして、

 

 

 

 

『一辺12mで左眼だけ?』

 

 

 

 

しかし、非常識にでかいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長田の鉄人もこんな感じである。

 

000000000000000000000000000000000_6   

 

 

頭と腕の取り付け前

 

 

 

 

 

 

  

腕や頭部、ロケットなどは工場で製作。

胴体は、ご覧のように非常にざっくりした骨組みを作って、

これに3mmくらいの鋼鈑をこれもあっさりと止めている。

 

 

 

000000000000000000000000000000000_9   

 

 

完成型

中に入れないけど。 

 

 

 

 

まあ、軽くした方が地震に強いしね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そういう意味で問題なのがこいつだ。

 

0000_awaji_kannnon    

 

プロポーションとか

いろいろと間違っている。

足許には博物館があった。 

首の籠は展望台。

 

 

  

淡路島の世界平和大観音。

 

 

1982年 竣工。

1988年 オーナー死去。  

2006年 相続した妻も死去。施設閉鎖。

2007年 競売にかけられるが応札なし。

2008年 債権会社破産。

 

 

 

先日淡路島では、阪神大震災の余震とみられる

震度6の地震があったので、

『どーすんだよ、これ。』

 

 

ということになっているらしい。

 

 

 

 

 

 

図面がなく、計算書なんかさらにないらしいのだが

基壇部分の博物館、寺院、レストラン、温泉…

何故その用途が一つになれるのか?

まあ、茶色い足許の部分は一応鉄筋コンクリート造。

 

 

観音の本体は鉄骨の骨組みがあるようだ。 

表皮のコンクリート面はどうやって造っているのか

よくわからない。

 

 

 

 

 

 

  

あんまり危険だ、と淡路市が調査をし、

立ち入り禁止の処置をした時の様子。

 

権利者が多いと廃墟が出来る、という例ですね。

これでまだ、由緒由来があるとか、美しいとかなら

救いようがあるのに。

 

 

 

 

爆破解体しちまえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の二枚。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

国家事業でもなく、パトロンもいなかった自由の女神は

『市民の寄付』という形で建設費をまかなった。

 

そのため、ずいぶん苦労している。

000000000000000000000000000000000_8    

 

 

 

 

 

 

 

 

右:ニューヨークに行く8年前、パリ万博で展示されて、

  入場料を稼ぐ、女神の頭。

  

左:214個のピースに分解され、

  パリで、仮組立をしてもらう女神。 

  『早くニューヨークに行きたい。』

 

 

 

 

 

 

 

 

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『マグロ・アジ指数』の嘘

『庶民が、マグロかアジか

単価の違う二つの魚のどちらを買うか?

その消費額に注目すれば、消費の支出動向がわかる、』 

というニュース。(ロイターの記事へのニュース)

 

 

 

『マグロ・アジ指数』と呼ばれるその数字は

『アベノミクス』以降の日本経済の消費力を顕している。

と、みずほ証券のエコノミスト石津健太氏はいう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

00000000000000000000000000000000000

エコノミスト(イメージ) 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やっぱりこういう奴がいるんだ。』

     

『故人の写真を出すのは止めませんか?』

 

『「皆さん、景気の動向なんて縁遠い」と

思っていらっしゃるかも知れませんが

ごく身近な消費行動が

経済を正確に言い当ててるんです。』

       

『ほうっ、みたいな。』

 

『で、そういう芸人エコノミストは

山ほどいるぜ。』

   

『この金子氏は、例外的な成功例だった、と。』

 

『この「石津健太」なる馬鹿も幕夜

「そうだ、単価の違う二つの商品の消費額を比べたら

わかりやすい指数になる。』

   

『牛肉と合い挽きとかじゃ駄目だったんですかね。』

 

『さあ、』

   

『松茸と椎茸、とか。』

 

『とにかく、マグロとアジっていう

ステレオタイプなサンプルを

思いついた時に

ベッドの中でガッツポーズをしたはずだ。』

 

 

 

 

 

 

   

『高級魚マグロは庶民の魚であるアジに比べて

一般的に値段が高いため、同指数の動きを追うことで、

家計が「節約志向」から「プチ贅沢」に向かっているかどうかの

判断材料になるという。っていう

昭和の感覚はどこから来るんでしょう。』

 

『長野辺りの、海のない田舎者の感覚さ。』

  

『ははあ、』

 

『あいつらは魚が食えないからイナゴを食う。

千葉県みたいに三方が海で囲まれていると

ありがたみを忘れるが、アジも鰯も新鮮ならうまいよ?』

   

『新鮮なアジのたたきや鰯の刺身なんかを食ってたら

イナゴなんか食えないですよね。』

 

『大体な?単価が高いのは希少だからだ。

マグロみたいに成体で数百キロあって、大トロとが

そういった部位が数キロしか取れなかったら、

品質以上に割高になる。』

   

『不当に高いですよね。』

 

 

 

 

 

 

 

 

『ところがこのマグロ・アジ係数は

昨年末から急騰。

アベノミクス効果を予測した、

とか石津君は言い出しているらしい。』

   

『じゃあ、すごいじゃないですか。』

 

『偶然だよ。』

 

 

 

 

『また、そんな身も蓋もないことを。』

   

『大体スーパーで、「今日のお夕飯なんにしようかしら」

とか言っているおばさんが、

「マグロとアジの間で

心引き裂かれていると思うか?」。』

   

『まあ、ジャンルが違う、というか。』

 

『大体アジを買って、塩焼きにしちまうような奴は

アジをくわせるのさえもったいない。』

   

『千葉県民の魂が許さない、と。』

 

『アジのぜいごを取って鱗を取って三枚に下ろしたら

アジなんて身がちいさいから、

大して刺身は取れやしないんだけど、

これを叩いてネギとショウガで喰うとうまい。』

   

『新鮮なら、料亭の突き出しで通じますよね。』

 

『南蛮漬けなんていうのもうまいぞ。

体が小さいと丸揚げすることが出来る。』

   

『あとは二枚に開いて干物、とか。』 

 

『そこにいくとマグロなんかなんだ?』

   

『なんで怒るんですか?』

 

『スーパーでマグロの柵を買う奴は

間違いなく夕食は刺身だ。』

   

『鉄火丼かも知れませんよ?』

 

『馬鹿野郎っ。』

  

『ひっ。』

 

『鉄火丼に使う赤身なんてのは筋だらけの方がうまいんだ。

刺身になんかなるか。』

 

 

 

 

 

 

 

 

   

『しかしまあ、マグロ料理ってえと生ですよね。』

 

『だろ?

マグロを干物にして炙って食ったりとかはしない。』

   

『それも、うまそうな気もしますが。』

 

『あんなでかい魚腐っちまうさ。』

   

『あ、そうか。』

 

『頭があれば甲焼きや、目玉煮なんていうのが出来るが

なかなかそんな夕飯はない。』

   

『ええ。』

 

『しかも、マグロっていうのは火を通すと

途端にぱさぱさになるから

塩焼きっていうのが出来ない。』

   

『まあ、あのでかい魚を塩焼きに出来るグリルがある家も、

そうはないでしょうが。』

 

『あえて、火を通そうと思ったら、油で煮る「コンフィ」という

手法があるんだが、』

   

『お、うまそうじゃないですか。』

 

『それは「シーチキン」といって

100円で3缶買えるんだっ。』

 

 

 

 

 

 

 

      

『それはそうと最近の「マグロ・アジ指数」はどうなってるんですか?』

 

『「足元のまぐろ・あじ指数は2カ月連続で上昇、

最新の3月分は、昨年8月以来の伸び率となっている。」

んだそうだ。』

   

『というと?』

 

『「消費者マインドの反発力が

足元では強くなっている可能性がある」

だそうだ。』

   

『ふーん。じゃあ日本の景気は大丈夫だと?』

 

『ところが、

ここに経済学者が気がつかない

マグロ・アジ係数の嘘がある。』

   

『ほうっ。』

 

『アジの旬は夏なんだ。』

   

『マグロは?』

 

『マグロもメバチなんかは夏、本マグロは秋だ。』

   

『……うーん?どっちも夏ですか?』

 

『ところがな、ほとんどが冷凍で流通しているマグロは

季節による価格変動が少ないが

アジなんか近海物か養殖ばかりで冷凍しないから、

価格の変動はダイレクトだ。』

 

   

『あ、』

 

 

 

『「過去2ヶ月」は上昇したかもしれんが旬になって数が出れば

値段がこなれてアジの方が増えるっ。』

   

『そういや、マグロって

年末以外はあんまり値段が変わらない気がします。』

 

 

『アジ・マグロ理論破れたりっ。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の一枚。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魚に興味を示さない猫

00000000000000000000000000000000000    

んまあ、贅沢

 

 

 

 

 

 

『あ、そうか。』

 

『なんだ?』

   

『この「マグロ・アジ理論」は魚嫌いの人には通じませんよ。』

 

『あ、そうか。』

   

『ワールドスタンダードには

なれないって事ですね。』

  

『……』

  

『……』

 

『どうだっていいや。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2013年5月23日 (木)

憲法前文改正考

自民党の幹事長にしてキャンディーズの大ファンである

石破茂氏が 『(憲法の前文について)、「世界の人は

みんないい人なので信用していれば平和で安全ですよ、

と書いてあるが本当か」と述べた。』というニュース。

(読売の記事へのリンク)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、

 

 

あれこれ言う前に日本国憲法の前文を読んでみようじゃないか。

 

 

 

 

 

 

『日本国民は、

正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、

われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、

わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、

政府の行為によって

再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し、

ここに主権が国民に存することを宣言し、

この憲法を確定する。

そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、

その権威は国民に由来し、

その権力は国民の代表者がこれを行使し、

その福利は国民がこれを享受する。

これは人類普遍の原理であり、

この憲法は、かかる原理に基づくものである。

われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

 

日本国民は、恒久の平和を念願し、

人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、

平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、

われらの安全と生存を保持しようと決意した。

われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を

地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、

名誉ある地位を占めたいと思う。

われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、

平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

 

 

われらは、いずれの国家も、自国のことのみに専念して

他国を無視してはならないのであって、

政治道徳の法則は、普遍的なものであり、

この法則に従うことは、自国の主権を維持し、

他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

日本国民は、国家の名誉にかけ、

全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いやー、なつかしい。と思ってしまうのは私だけだろうか。

私がいた中学校では2年生の時にこれを覚えさせられたのだ。

 

 

 

 

それ自体は先生の教育方針だったのだが

まあ、中学生なんて馬鹿なので、お互いにいい合いっこをして、 

『われらは、全世界の国民が、しとしく恐怖と欠乏から免れ』

『ぶー。間違い。』

『なんだよ。』

『「しとしく」じゃなくて「ひとしく」ですねーっだ。』

 

 

 

 

 

なんてことをやっていた。 

いまの中学生はやらないんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だからいまでも、冒頭の部分、

『日本国民は、正当に選挙された国会における

代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、』

くらいまでは、そらんじられる。

 

 

しかし、その先は出てこない。

 

 

 

脳みそが劣化した、ということはあるにしても

何よ。そんなひどいこと言わなくてもいいじゃない。

 

 

覚えにくい理由ははっきりしていて、

センテンスが長いのだ。

この『前文』は500字余りもあるのだが、

センテンスでいうとたった7つだ。

 

 

 

 

 

 

お前は野坂昭如か、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

なんでそんなことになっているか、というと

翻訳文だからだ。

 

リンクしたWikipediaのページにこの前文の

『GHQ草案の英和両文』と、日本側の『改正草案』が3つ

載っているので是非眺めてみて欲しい。

 

 

『改正草案』の最初のほうが

日本語としてよほどこなれていると思うのだが

いま、我々が目にしている『最終稿』はむしろ退化している。

 

 

もちろん、語句のいちいちについて

細かい伏線を張り巡らせたあげくこうなっているんだろう。

 

 

法律家、という詐欺師はそういうことをやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たとえば、よく問題になる憲法9条第2項はこんなぐあいだ。

 

 

『前項の目的を達するため、

陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。

国の交戦権は、これを認めない。』

 

 

これを読んだ時、『どう考えても自衛隊は違憲じゃないか?』

と思った14の春。

 

 

これは、『前項の目的を達するため』という部分がトラップで

『前項』である第1項は

「国際紛争を解決する手段としての戦争と威嚇」を放棄する、

と書いてある。

 

 

だから、「自衛のための戦力なら構わないのだ。」と訊いて

「大人ってずるい。」と思った童貞の夏。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Wikipediaに載っているのはGHQ原案と成案を含めて

5つだけだが、おそらくその間に何百という

「草案にすらならなかった草以下の文章」が

山ほどあったはずである。

 

 

5つを比較して読むのも骨だが、

変えられた言葉や表現にどんな意味があったのか、

さっぱりわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、あれこれいじくり倒したおかげで

やっぱり、おかしい。

 

 

『いずれの国家も、自国のことのみに専念して

他国を無視してはならないのであって、』という辺りは

あきらかに日本語として不自然だろう。

 

 

『(国政の)その権威は国民に由来し、

その権力は国民の代表者がこれを行使し、

その福利は国民がこれを享受する。』

というに至っては、リンカーンのゲティスバーグ演説の

『ピーポーピーポーピーポー』のパクリである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回、石破さんが触れた部分、というのは

例によってはなくそ読売は肝心なことを何一つ書かないので

馬鹿野郎だが、おそらく

『平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、

われらの安全と生存を保持しようと決意した。』 

という部分だろう。

 

 

 

だから憲法改正は必要だ、といいたいらしいが

それは通らないんじゃないか?

 

 

少なくとも、この箇所のために改正しよう、

とはならなだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここまで述べたように、日本国憲法前文というのは

国家の基本法典の序文として備えるべき品格を持っていない。

 

 

GHQの原文はいかにもアメリカ人が書きそうな

入れ子の文体で、やたらと長いとありがたいと思ってるあたり

お前、やっぱり野坂昭如じゃないのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

憲法が『不磨の大典』だとは思わない

時代の要請によって変えていったらいいと思う。

しかし、『占領軍の押しつけだ』ということを言い出したら

地方自治というものも、国民医療保険というものも

なくなってしまうので

そんな感情論にはつきあえない。

 

 

 

文章だけは自然な感じに変えたらいいと思うんだが、

北朝鮮みたいにふざけた国があるから前文を変えよう、

とか言いだしたら、憲法改正なんて絶対に出来ないだろう。

 

 

いま、安倍さんが執心している96条改正(改正発議の条件変更)

にしたって、維新の自爆で、おそらく通るまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

参院選は、民主や、小沢さんとこと維新が草刈り場になる。

自民は議席を伸ばすかも知れないが、諸派も伸ばす。

 

 

与党、ということでいうと

公明党というのが不思議な政党で

『絶対に当選できる人』しか擁立しない。

10点差でリードして、ノーアウト満塁でもスクイズをしちゃう

というくらいの、『安全選挙』なので

ここが急激に議席を伸ばすことはない。

 

 

 

だから与党が2/3を取れるとは

単純には思えないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、憲法前文を読み返したのは

40年ぶりくらいな訳だが

いいことかいてあるよ。

 

 

 

 

 

北朝鮮が気に食わないのはおれも同じだ。

石破さんはスーちゃんが好きだったらしいが、俺はミキちゃんだ。

まあ、いっぱいやろう。

しかしこんな風に書き換えたら野暮だろう。 

 

 

『…平和を愛する大体の諸国民の公正と信義に信頼して、

でもほら、ミサイル撃ったり、

領土をかすめ取ろうとする連中がいるから

われらの安全と生存を自力で保持しようと決意した。

核兵器の保有も、将来的な選択肢としては排除しない。

もちろんアメリカにだって頼る。

 

……

 

われらは、いずれの国家も、自国のことのみに専念して

他国を無視してはならないのであって、

でも拉致被害者を帰さなかったらキムの奴無視なー。

貿易もしないぞー。まんぎょんぼう号なんて来んなよ。

なんだよ、キンペー、

食料とか送ってんじゃねえよ。

……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大丈夫かな?おれ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の二枚。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1889年、大日本帝国憲法発布式典。

憲法を総理大臣の黒田清隆に下げ渡す明治天皇。

000000000000000000000000000000000_3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあ、明治憲法は『欽定憲法』だから、

『陛下が臣下に下げ渡す』という

このかたちでいいんだけど…

 

 

 

 

 

 

 

1946年、貴族院本会議場(いまの参議院)での

現行の日本国憲法の公布式典。

000000000000000000000000000000000_4

 

 

 

 

 

 

 

 

『発布』も『公布』も同じ意味。

ただし、運転免許を『公布』してもらう時に

こんな仰々しい式典はやってくれない。

 

 

明治憲法がいつ失効したのか、というと

おそらくこの瞬間だったと思うのだが

昭和天皇が吉田茂に下げ渡す、

ということにはなっていない。

 

 

 

そんな事が許される時代じゃなかったんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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来週以降、北朝鮮万歳。中国万歳の文章に変わっていたら

なんかあったな、と思ってください。

 

いや、被害届出してください。

 

 

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2013年5月21日 (火)

お前を、『定遠』にしてやろうか?

沖縄近海への、『知ってるけど国籍は言えない国』による

潜水艦の接近が頻発、というニュース。

(読売の記事へのリンク)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『艦長っ。左舷2時、深度200に潜水艦っ。』

 

『くそっ。ここが我が国の領海と知っての狼藉だな。』 

 

『今月に入って、潜水艦の「接近」は頻発していますっ。』

 

『よしっ。目標に対して信号っ。』

 

『はっ。ULFでもVLFでも交信が可能ですっ。』

 

『馬鹿野郎っ。』

 

『ひっ。』

 

『国際信号なんかで通じる相手か。

アクティブソナーをこのマイクにつなげ。』 

 

『は?』

 

『敵のソナー員は、耳を澄ませて

我々の行動を追っているはずだ。』 

 

『そりゃまあ』

 

『いいから繋げっ。』 

 

『はあ…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『準備できました。』

 

『よしっ。』 

 

『仮想敵チャーリー、大東島近海で潜行中ですっ。』

 

『マイクをよこせっ。』 

 

『はっ。』

 

『ボリューム最大っ。』

 

『はっ。』

 

『……』 

 

『……』

 

『お前を定遠にしてやろうか?』

 

 

『ソナー感知、何か人が椅子から転げ落ちるような音ですっ。』

『ソナー員は死ぬんじゃないかな…』

 

 

『鎮遠にして

このまま捕獲してもいいんだぞ?』

 

 

『チャーリー、反応なしっ。』

『反応されても困りますが…』

 

 

『スワロフにしたっていいんだぞ?』

 

 

『音紋解析で国籍も艦種もわかっているんだから

そんな、あちこちに喧嘩を売らなくても…』

 

『うるさいっ。

ひそひそと情報収集をやるのも大事だが

毅然とした警告も必要だっ。』

 

『それにしたって、

こんな『デーモン閣下』みたいなことを言わなくても。』 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お前を蝋人形にしてやろうか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『大体、こんな形で

日本に嫌がらせをする時点で間違いだろう。』

 

『まあ、これは中国の「探索射撃」なんでしょうけど。』

 

『どういうこと?』

 

『日本の反応を見たい。

正体のわからない敵陣に向かってとりあえず発砲して

反応を見るのと変わりません。』

 

『腹立つなー。』 

 

『でも、日本の反応もそうでしょうけど、

なによりアメリカの反応が知りたいんでしょう。』

 

『うーん。腹立つ…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『中国は、「沖縄は日本じゃない。」とか血迷ったことも

言いだしているらしいじゃないか。』 

 

『それも「探索射撃」ですよ。』

 

『まあ、ヤマトンチュー以上に沖縄人が

そんなこと許さないだろうけどな。』

 

『まさか中国も。沖縄が独立国になって

自分にしっぽを振るとは思ってないでしょう。』

 

『ああ…』 

  

『でも、中国史にはそうじゃない例があります。』

 

『…国境紛争?』 

 

『珍宝島やカシミールもそうですけど、

毛沢東が北京を支配した時

真っ先に問題になったのが香港です。』

 

『共産党を嫌って、たくさん亡命したから

あそこは世界一人口密度が高くて

豊かな街になったんだよな。』 

 

『中華民国領だった香港の周囲が中共の手に落ちた時

イギリスは、西側諸国では真っ先に

北京政府を承認します。』

 

『でも、租借期限ぎりぎりまでイギリス人は

偉そうにしていたぞ?』 

 

『だから、北京政府を認めたからですよ。

それで1997年まで許された。』

 

『ああ…』 

 

『「租借期限が終わった」とかいって撤退していきましたけど

香港島や九龍半島はアヘン戦争で割譲させた

れっきとしたイギリス領だったんです。』

 

『え?そうなの?』 

 

『そうですよ。あんなに堂々と撤退していく敗残兵なんか

なかなか世界史にいません。』

 

 

00000000000000000000000000000000000      

1997年の返還式典

面子ってのは

くだらないもんだ。 

       






『マカオは?』 

 

『マカオはポルトガル本国の大統領のサラザール

大の共産党嫌いだったので

革命後の1979年まで中共の国家承認をしませんでした。』

 

『でも、マカオ返還は香港よりあとだったぜ?』 

 

『1966年にマカオと地元住民の紛争が起こって

中国軍が実力行使をする姿勢を示したことで

マカオ政庁だけは本国の意に反して

北京政府に恭順の姿勢をとったからです。』 

 

『…な、情けない。』 

 

『……』

 

『……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そこでですね?』

 

『うん?ろくでもないことだな。』 

 

『沖縄を独立させちまうんですっ。』 

 

『なにっ?』

 

『中国が「沖縄は独立するべきだ」ってんなら

お望み通りにしてやろう、と。』

 

『じゃあ、中国の言いなりなのか?』 

 

『馬鹿なこと言っちゃいけません。

「沖縄独立政府」は日本国と同盟を結びます。』

 

『ほう…』 

 

『そして、沖縄政府は

北京の傀儡政権を否定し

台北の中華民国を承認します。』  

 

『そんな国、ほかにあるか?』 

 

『ナウルみたいな貧乏国は中共と台湾の援助額を比べて

国ごとに、数年おきに承認先を変えています。』

 

『大丈夫かなあ。こんなことばっかり書いて…』 

  

『台湾の在外公館である交流協会を大使館に格上げして、

北京の外交官を追放します。』 

 

『それは無理じゃないのか?』 

 

『沖縄が独立すれば、

国連総会での一票も増える。

沖縄と日本には

「日沖安全保障条約」を結ぶ。』 

 

『アメリカとは?』 

 

『台湾関係法を適用する。

っていえばびびり倒しますよ。』

 

『F16でも何でも配備してやる、と。』  

 

『「お前を定遠にしてやろうか?」というのは

結構実感のある恐怖として感じられるはずですよ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の一本。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

坂の上の雲。

ロシア艦隊の先頭艦がスワロフ。

 

 

この時、日本の第三艦隊の旗艦だったのが

日清戦争で鹵獲した『東洋一の堅艦』、鎮遠。 

日本海軍はこの軍艦を25年以上にわたって使い続けた。

 

黄海や東シナ海は日清戦争後40年間

帝国海軍の艨艟が支配した

 

いまの中国とどちらがましだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

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2013年5月19日 (日)

安倍さんはオスプレイ通勤だ

ロシアのプーチン大統領が自動車通勤を止めてヘリで通勤する、

というニュース。(ロイターの記事へのリンク)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『クレムリンには、大統領公邸みたいのはないのかね?』 

 

『あれだけでかい建物だから宿泊施設くらいあるでんしょうけど

プーチンさんは車で通勤してたらしいですね。』

 

『それじゃ警備も大変だろう。』 

 

『「プーチン行列」っていって悪評が高かったらしいです。

渋滞中のモスクワ市内で信号は止めるわ、

封鎖区間は作るわで、「行列」に向かって

クラクションのブーイングがならされたとか。』 

 

『ソ連時代には考えられないな。』 

 

『そこで渋滞も関係がない「ヘリ通勤」にする、と。』

 

『あくまで「通勤」は止めないんだ。』 

 

『メドベージェフさんは既にヘリ通勤にしてるらしいです。』

 

『核ミサイルのボタンを押す時には

そのために、クレムリンまでヘリを飛ばすのかなあ。』 

 

『それよりも、大統領と首相の2人が毎日ヘリ通勤をして

大丈夫なんでしょうか?』

 

『どういうこと?』 

 

『モスクワだって風の強い日とかあるでしょう。

ヘリが墜ちちゃったらどうするんでしょうね?』

 

『まあ、天気が悪そうな日は

また、車で通うんじゃないか?』 

 

『それじゃ、根本の解決になりませんがな。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アメリカはどうしてるんだ?』 

 

『オバマさんはホワイトハウスに住んでますよ。』

 

『へえ、あそこ住めるんだ。』 

 

『住める、なんてもんじゃありません。ホワイトハウス中央部の

エグゼクティブ・レジデンスは、5100㎡、134室

洗面所だけで35カ所もあるんですぞ?』 

 

『134室?』 

 

『まあ、プライベートな部分は2階以上で、1階や地下1階は

公的なレセプションルームやバックヤードになってるらしいですが。』

 

『…5100㎡。』 

 

『我々庶民と比較しちゃいけません。』

 

『オバマさんて何人家族だ?』 

 

『えーと、奥さんと娘さん二人と犬が一匹、らしいですね。』

 

『4人家族で134部屋?』

 

『2階だけでも16部屋です。』

 

『姑が来て「あら、ミシェルさん。

この部屋はいつお掃除したのかしら」

とか嫌味を言われたり…』

 

『……』

 

『……』 

 

『清掃担当のボブに訊いておきますわ。っていわれますよ。』

 

『むう。』 

 

『だから、あんたと一緒にするな

って言うんです。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『日本はどうしてるんだ?』 

 

『安倍さんは、まだ公邸に引っ越していないそうです。』

 

『総理公邸って、むかしの総理官邸だろ?』

 

 

000000000000000000000000000000000_2  

 

 

総理公邸 

 

 

 

 

 

『二・二六事件以来、血痕があるとか幽霊が出る、とか言って

歴代の総理は住まなかったらしいですけど、

1960年代に改修して、佐藤さんから断続的に、

ここに住むようになってます。』

 

『住まない人もいるんだ。』 

 

『田中さんは、目白御殿から出なかったし、

いまの官邸を造るために2003年から

大規模な改修工事が行われたんで

小泉さんは仮の公邸に住んだことがあります。』

 

『安倍さんは、なんで住まないんだろう。』 

 

『第一次内閣の時は住んでるんですけどね。

いまは、渋谷区の私邸から通ってるらしいです。』

 

『車で?』 

 

『車で。』

 

『事故るじゃん。』

 

『…まあ、ね。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『安倍さんこそ、ヘリで通えよ。』 

 

『またすっとんきょうなことを。』

 

『でも、こないだの事故は大したことはなかったかも知れないが

総理ってのは、翌日の新聞に分単位で行動が報じられるように、

「24時間公務中」なんだろう。』 

 

『ええ…』

 

『朝の6時前に神戸で地震が起こっても、

マユゲルゲ村山は「なにぶんに早朝のことですので」とか

言っちゃうんだ。』 

 

『村山さんは官邸を兼ねていた、

この建物に住んでたんですけどねえ。』

 

『だから安倍さんも私邸を離れたくなければ

ヘリで通勤しろ、といってるんだ。』

 

『2.3段階思考のステップをぶっ飛ばしてるような気がしますが。』

 

『さいわい、いまの総理官邸にはヘリポートがある。』

 

 

 

2013y05m19d_123605516

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『なんでこんな風に曲がってるんでしょう?』

 

『緊急離着陸場には、飛行ルートの前後に

「進入区域」ってのを取らないといけない。』 

 

『幅200m、長さ500mで勾配1/5…』

 

『隣に高層ビルがあるからこんな風に

建物と違う角度がついたらしい。』 

 

『キャピトル東急に

ゴルゴな人が泊まったら

狙い放題ですな。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『とにかくヘリポートがあるんだから、渋谷から官邸まで

5分で来ることが出来る。』 

 

『「○にH」ってのは、ホバリングスペースじゃないんですか?』

 

『違うっ。』

 

『ひっ。』

 

『ホバリングスペースは「○にR」だ。

Hの場合、ちゃんと着陸できる。』

 

『床荷重の基準も決まっている、と。』

 

『もっと補強したら、

オスプレイだって載せられるぞ?』

 

『いやいやいや、あんなでかいのは無理でしょう。』

 

『本体の大きさだけなら駐機スペースに入る。

武器人員を満載したら、離陸荷重は24tだが空っぽなら15tだ。

補強したら不可能な重さじゃない。』 

 

『いやいやいや、安倍さんちは渋谷なんでしょ?

渋谷からどうやって離陸するんです?』

 

『オスプレイは垂直離陸も出来るんだ。』 

 

『いや、だからそんな住宅地の真ん中で…』

 

『そのセリフを普天間で言ってみろっ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の一枚。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『安倍さんはなんで引っ越さないんでしょうね。』

 

『前に総理をやった時、

参院選で負けて体調を壊して辞任したから

夏の参院選まで引っ越さないんだ、とか言われているが。』

(時事ドットコムの記事へのリンク)

 

『幽霊が出るとかなんとか、政治家って意外に

験を担ぐんですねえ。』

 

『でも、これは怖いぞ?』

 

 

000000000000000000000000000000000_3

 

 

公邸に残る弾痕

(首相官邸HP)

 

 

 

 

『どこが弾痕なんです?』

 

『ほら、手前のガラスの上の方…』 

 

『うひゃあ。』

 

『心霊写真を見付ける時みたいだろ?』

 

『オフィシャルサイトなのに

「2・26事件の「傷跡」だと、長く言い伝えられてきたものですが、

確かなことはわかりません。」って。怖いよお…』

 

『でも、こんなもんが玄関にあったら嫌だな…』

 

 

 

 

 

 

 

 

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2013年5月18日 (土)

群馬はアメリカだ                 -アメリカの免許取得率の低下-

アメリカでも、自動車の免許を持つ人が減り、

2011年には免許取得率が過去最低の86%になった、

というニュース。(ロイターの記事へのリンク)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1992年の90%から、20年で4ポイントの減少。

免許取得率ばかりか、ひとりあたりの走行距離も過去最低で、

こりゃ車離れは本気だぞ、と。

 

 

 

そうはいっても、このパーセンテージは

免許取得可能年齢に対する比率で

アメリカは州によっては15くらいで免許が取れる。

 

 

 

そんなガキからじいさんやばあさんまで含めての86%だから

どんだけ車が好きなんだ?アメリカ。

という気がしないでもない。

たぶん、まだ大丈夫なんだろう。

 

 

 

 

 

対して、『車離れ』と言うことでは大先輩なのが日本。

それはもう、トヨタがドラえもんをかり出して

『免許取ろうね。』っていうキャンペーンをやるくらいである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『うーん、アメリカでも車離れかあ。』

 

 

『北米市場はドル箱です。台数はもとより、

単価にしたって、中国なんかとは比べものになりません。』

 

 

『そうなんだよなあ。そもそも1980年代の自動車摩擦以降

部品メーカーも含めて、

生産拠点も資本も相当つぎ込んでるからなあ。』

 

 

『国内でも軽自動車が一番売れる時代で

どんどん単価が落ちてます。

北米市場がこけたら日本メーカーは全滅ですよ?』

 

 

『うーん』

 

 

『うーん』

 

 

『日本でやってるみたいにCMにドラえもん出すか。』

 

 

『まあ、ドラえもんはいまやワールドワイドですけど、

出来ればアメリカンなヒーローのほうが…』

 

 

『スパイダーマン。』

 

 

『壁を這えます。』

 

 

『じゃあ、スーパーマン』

 

 

『空が飛べます。』

 

 

『うーん…』

 

 

『うーん…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしまあ、アメリカのキャピタリズムを

舐めてはいけないのかも知れない。

 

 

GEが電球工場の償却が済むまで

蛍光灯のパテントを握りつぶしたように、

GMはロサンゼルスを中心に広く路面電車網を持っていた

パシフィック電鉄にとどめを刺すために、

バス会社を作って客を奪った。

 

アメリカの資本主義は、意表を突いてえげつないことをする。 

 

 

 

 

あの国の大企業は、CMにドラえもんを出す、とか

そんなかわいい事じゃなくて、

TPPで自動車を保護商品にする、

くらいの力業をやりかねない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうはいっても消費者が要らん、

というものを無理に

買わせることも出来ないだろう。

 

 

記事にもあるがベビーブーマー、つまり

第二次大戦から復員してきた男たちがパコパコやって

1945年以降に生まれた子供たちが

いまや60代後半にさしかかり

本格的にリタイアする年齢になってきている。

 

 

年寄りでも元気な人は、

アクセルとブレーキを踏み間違えたりしながら

相当高齢まで運転するが、買い換え需要は減るだろう。

 

 

 

 

 

 

 

で、

 

アメリカがそうなら日本はどうなんだ?というと、

こんな統計がある。

(とどラン 運転免許保有者数 2010)

 

 

これ、個人の人がカウントしたものらしい。

ご本人も解説の中で書いているが

免許保有資格者という意味では18歳以上と言うことになるのだが

そんな推計値はなかったので20歳以上の人口で計算した、とある。

 

 

だから厳密に言うと多少違うかも知れないが

それにしたって、すごい労作である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、まあ

 

大体の傾向でいうと大都市の保有者率が少ない。

 

最下位は東京で67%。

ブービーが大阪で69%。 

6割台はこの2都府だけで、全国平均は77%。

 

 

もっとも、東京は母数が大きいので、

取得者の絶対数では日本一である。

 

 

 

 

 

 

まあ、そんなもんかな、と思う。

いや、むしろ予想よりも高いような気がする。

 

 

これを読んでいる皆さんが、いくつかわからないが

周りで免許を持っている人はどのくらいいるだろう。

必ずしも高齢者が多い、とも思えないのだ。

 

つまり日本の場合、単純に『車離れ』ではない。

かつては取得率が高かったけど『最近のわけえやつはよう』

という単純な話ではないと思う。

 

 

 

 

私の母親くらいの年齢、つまり70過ぎだと、

女性で免許を持っているのは少数派じゃないだろうか。 

男でも70以上で免許を持っていないという人は多いだろう。

このあたりがアメリカと違うところだ。

 

 

 

 

 

30代以下の年齢でがっくり取得率が落ちるのは

日米共通だと思うが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、

取得率の上位の道府県を見ると、これがよくわからない。

 

公共交通機関が未発達な地域で取得率が高いか

というとこれが疑問なのだ。

地方に行くと取得率が増える、というのは

都心から100km圏くらいまでで、

その外側はそういう公式が当てはまらなくなる。

 

 

 

00000000000000000000000000000000000

 

 

 

とどランから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たがって、日本一の免許取得率の県は

上野まで100kmちょっとの群馬県で85.8%。

ほぼアメリカである。

 

 

 

そして、それ以遠の青森、岩手、秋田、北海道という、

お世辞にも公共交通が発達しているとは言えなさそうな地域の

取得率が全国平均を下回っていたりする。 

 

 

 

国鉄がJRになった時に

最もたくさん廃線区間を出したのが北海道だ。

 

炭鉱区間の廃線も多かったし、

明治政府が網走刑務所の囚人を使って

採算を度外視して敷いた路線もあるから

必ずしも需要の要請で敷かれていた

区間ばかりではなかったはずだが、

鉄道もなくて車も乗らない、となると、

北海道の人は

どうやってくらしてるんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、アメリカで『自動車離れが進んでいる』ということになると、

あのどっぷりと自動車に浸かったような

あの国はどうなるのか?と思うのだ。

 

 

 

 

 

週末になると車で巨大なマーケットに行き、

ディズニーランドにも車で行く。

飯を食いに行くのものも車、ドライブスルーも

ロードサイドショップもアメリカ由来のもの。

 

 

映画を見る時でさえ、

ドライブインシアターといって

あいつらは車から降りないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そもそも街の作りが違う。

 

2013y05m18d_161654617

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たぶんニューヨーク郊外のどっかの街。

通りの名前から特定できるんだと思うけど、

あまりに見事に、『インターチェンジ』と

『孤立したカーアクセス型の住宅街』に見とれて

場所をメモするのを忘れました。

 

 

しかし、ここまで見事じゃなくても、

アメリカの住宅街ってのは幹線道路があって、

インターチェンジがあって、車でアクセスできるのが当たり前。

 

 

 

 

 

 

日本のニュータウンとは発想が違う。

 

 

 

 

 

 

だいぶ注釈が必要な話になるのだが

日本で初めてのニュータウン、『千里ニュータウン』を見てみよう。

 

2013y05m18d_183215218

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千里ニュータウンの特徴は徹底して街路に序列をつけること。

通り抜けるだけの

『通過交通』というものを憎み倒したのだ。

 

 

だから、高速道路並みの幹線道路である南北の新御堂筋と

東西の中央環状線だけはすっきりしているが

それ以外、府道レベルの幹線道路でも

地元の人間じゃないと使いにくい。

 

 

さらにそれ以下、街区レベルの道路と言うことになると

物理的に通り抜けが出来ない。

 

2013y05m18d_162218945_2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

比較的太い準幹線道路が、

幼稚園などがある近隣センターに通じている。

 

 

しかし、その先、個々の住宅に行く道は幅4mほどで

しかも行き止まりである。

 

 

 

「なんか細い道が出てるじゃないか?』

というのは大間違いで、

これは歩行者専用道。

 

しかも、幅が狭くて車が入れないだけじゃなく、

途中に階段があったりして、

バイクはもちろん自転車の進入も許さない。

 

2013y05m18d_162806979

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあ、千里自体が丘陵地で地形の理由から階段が出来るのだ、

 

というにしても、千里が開発された1960年代ならともかく

バリアフリーの今の時代、こんなランドスケープは許されない。

 

 

 

最近は、ここまで大規模なニュータウン自体がなくなっているのと、

ここまで教条主義的に

バイクや自転車を追い出すのはやり過ぎだろう、ということで

こういうスタイルは見られなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、アメリカの郊外住宅地と、

日本のニュータウンを比べてもわかるように

お互い全く視点が違う。

 

 

アメリカは、『車大好き、車がない生活なんて信じられなーイ。』

というものである。

それはもうT型フォードの時代から100年以上そうであるのに対して、

日本は(というかもとになったヨーロッパが)

『車なんか邪魔。なるべく入ってくんなよ。』

まったく発想が違うのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ニュータウンに限らず、

日本の街というのはちまちまちまちま、

よく言えばヒューマンスケールな

普通に言えばせまっくるしく、

あしざまに言えば、

ウサギ小屋以下である。

 

 

 

しかも、むかしは、とんとんとんからりとお隣さん、

お醤油切れたの?持ってきてあげるわ、待っててね。

あ、田中さん。中村さんとこ醤油もないんだって、

だから年寄りはいやよね、貧乏で。

だからもってってあげんのよ。

 

なによあたしが持ってくんだからいいでしょ。

あんたんとこは、鹿児島のくそ甘い醤油じゃない。

江戸っ子はねえ、

野田か銚子の醤油ってきまってんのよ。

 

うっさいわよ、田舎もんっ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とまあ、かような具合にやかましい。

しかし、ウサギ小屋でも、隣がのぞいてくれたらいいのかも知れない。

 

 

ウサギはさみしいと死んじゃうのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう、なんかとりとめがなくなって、

それはいつものことだとしても、

今日の話は落ちないなあ。

 

 

 

 

 

街の構造が違うから、アメリカで若い衆が

『車離れ』をしたとしても、日本ほどにはなるまい。と思うが、

北海道の免許取得率が3/4以下だ、

というデータを見せられると

訳がわからなくなる。

 

 

 

たぶん、これを題材に卒論くらいなら書けると思う。

街の変化、ロードサイドショップへの影響。

人の流れ、公共交通機関の役割。

もう、おじさん脳みそにスが入っていて無理なので

誰か考えて見てください。

 

 

 

アメリカの免許取得率が1パーセント落ちたら、

それは何円分の為替差損になるのか?

というテーマなら文系も挑戦できるぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の一枚。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、これだけ元気だったら

大丈夫かもしんない。

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『直進110km』って…

 

 

 

 

 

 

 

 

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2013年5月15日 (水)

『風俗』と『売春』と『公娼』と『慰安婦』

維新の会、共同代表の橋下徹氏が

従軍慰安婦問題について所信を語った、というニュース。

(毎日新聞の記事へのリンク)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし 

           

00000000000000000000000000000000000        

 

 

 

 

 

 

 

 

やっちまったなあー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『維新の会』に、旗揚げ当時の勢いは既になく

党是である道州制導入に当たって

協力関係にあらねばならないはずの自民党にさえ

迷惑顔をされてしまう。(朝日の記事)

 

もちろん、『慰安婦問題』でやかましいあの国はもちろん

国内の『人権団体』などからも批判が多い。

 

 

 

 

これから、都議選、参院選と、選挙の夏に向けて

おおいに叩かれることになるだろう。

 

 

あーあ、っと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日記は例によって、へそ曲がりなので

そんなにひどいことを言ったのか?

そもそも売春とか慰安婦って何よ?というスタンスである。

検証しよう、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

結論を先に言うと

この人は風俗を知らないな、と思う。

 

 

私だって、別に語るほど詳しくもない。

『なんで、ま○こにそんな大金を?』と思ってしまう。

そっちかよ。

 

 

しかし、歴史的な概説を書くくらいは出来る。

 

 

嫁さんに5人も6人も子供を産ませている、この人は

おそらくセックス産業のなんたるかを何も知っていない。

 

 

え?そっちの切り口?と思うだろうが、

そこに行く前に、まずは彼の言い分を聞いてみよう。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実際、発言の内容を調べると、

そんなに過激なことは言っていないように思う。

ただ、TPOが適切だったかどうかどうかは別の話だが。

 

 

 

当日、橋下代表が記者会見した様子が各紙に乗っている。

そのうちの毎日新聞のものをご紹介する。

(毎日新聞の記事へのリンク)  

 

 

この、毎日の記事に関しては橋下氏が

『割と公平』と評価しているくらいなんで信用していいのだろう。 

 

Web版の記事は、すぐにリンクが切れてしまうので

一応画像でもリンクを張っておきます。

 

 

2013y05m14d_150238202

 

 

 

クリックで大きく

なりますともさ

 

 

 

 

 

発言の要旨は

 

(村山談話について。)

『侵略」に学術上きちんとした定義がないことは

安倍首相の言う通りだが、敗戦の結果として

侵略だということは受け止めなければいけない。』

 

従軍慰安婦問題も、

意に反してそういう職業に就いたということであれば

配慮しなければいけないが、

なぜ日本だけが取り上げられるのか。』

 

『慰安婦制度は世界各国の軍が活用した。

朝鮮戦争やベトナム戦争でもあった。』

 

『銃弾が飛び交う中で命をかけて走っていく時に、

精神的に高ぶっている集団に休息をさせてあげようと思ったら、

慰安婦制度が必要なのは誰でも分かる。』

 

『韓国とかの宣伝の効果で

レイプ国家というふうに見られてしまっているのが一番問題だ。』

 

『現代社会だって風俗業が職業としてある。』

 

『意に反して慰安婦になったかどうかは別にして、

軍の規律維持のために、慰安婦制度は当時は必要だった。』

 

『(今は慰安婦制度は) 認められない。

慰安婦制度じゃなくても、風俗業は必要。』

 

(5月14日のツイッター)

『風俗業=売春業と早合点して、

そんなことは法律では許されていない!と言う声。

うちの母親もすぐにメールしてきた。

今の法律では売春業は認められていない。

しかしそのレベルに達しない所で、

風俗業が法律上認められている。

要は最後の性行為に至らないところでの風俗業。』 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、この人は弁護士だから、

ここにこんな事書いても、釈迦に説法だと思うが

用語の使い方を気をつけてはいる。

 

しかし、だいぶ勇み足をしている。

明らかに言い換えている卑怯な部分もある。

 

 

 

記者会見で『慰安婦問題』といい、

それで日本が『レイプ国家』といわれるのは心外だ』、

といいつつ、ママに怒られると翌日のツイッターでは

『今の法律では売春業は認められていない』

って、しゃんとしろっ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かし、いくつかのキーワードに関しては

私も含めて勘違いしていた部分がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まとめてみましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『風俗業』といっても、そりゃもう色々ありまんがな。

 

 

だけど、翌日の14日になって風俗=売春じゃありません。

っていうのは卑怯だろう。

「従軍慰安婦」の話の流れから来たら

この文脈での「風俗」は

「売春」を意味するはずだ。

 

 

そして、日本でもソープランドというのが売春窟である

というのは、みんな知っている。

 

 

 

 

 

 

たくさん子供を作っているんだから

作り方を知らないはずじゃないだろう。

『日本じゃ売春は違法です』なんて

いまさら、おぼこいことは言わせない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それならソープランドでは、なぜ売春が行われているのか?

というと、実は違法だ。

 

 

金銭の収受を前提として、春をひさぐことも買うことも違法なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ここから先は、私も知らなかったのだが(ほんとだよ。)

ソープ嬢とソープランドは雇用関係にない。

 

 

いや、まあ風俗求人誌やスポーツ新聞なんかには

『寮完備。高給確実。』みたいな広告が載っているのだが

それは別の名目、たとえば『コンパニオン』とかであって

仮に売春をしていたとしたら、店は

『知らないなあ』と逃げるはずだ。

 

 

 

ソープランドのほうにリスクが大きすぎるのだ。

 

 

 

売春は、いまの日本では全て禁止だが

この中でも特に罪が重いのが『管理売春』

というもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

農村から娘を買って親に金を払い、

それは女衒からしたら端金なのだが

『へへえ、ありがてえ。これでややに飯がやれますだ。』

なんて親が感謝しているから

15のねえやが追われてきたのは赤線だったりする。

 

 

 

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昭和恐慌の際の

『娘身売り』のご案内 

 

 

 

 

 

 

置屋の婆ぁが、『はんっ。あんたには元手がかかってるんだ。

月にこれだけ利息もかかるんだよ。』って

払い終わるまで街の外はおろか店からも出してくれない。

 

 

客といい仲になって、『あんた一緒に死のう。』といっても

死にに行くのは北新地から歩いて10分もかからない

お初天神だったりする。

 

 

橋下氏は『戦前の日本には公娼制度があった。』

とも言っている。

この公娼というのは、『公が雇っている娼婦』ではなく

『売春することが公認されている娼婦』という意味。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私も書いていて、なんだかどうでもいいような気がしてきたが

この『公娼』の店は

例外なく管理売春をしていた。

 

 

 

さっきもいった、昭和恐慌の際の娘の身売りも

吉原の花魁も、北新地のお初も、これだ。

 

 

花魁も『太夫』という最上級になると

大名しか相手にしなかったらしいが

年期(ねん)が明けない、あるいは

『身請け』といって巨額のトレード金を払ってもらわないと

外に出られないのは同じ。

 

 

 

しかし、いまの売春防止法では、

これをやると売春婦はもちろん

『雇用主』も重罪である。

 

 

 

 

 

 

 

 

だから、ソープとソープ嬢は

雇用・被雇用の関係にない。

 

 

 

 

 

 

 

それなら彼女たちはなんだ?というと『自営業者』である。

ソープランドから特殊な欲情、もとい浴場の一部屋を借りて

特殊なサービスをするのである。

 

 

ソープランド側としたら、ソ-プ嬢と客が

良からぬ事をしているのは知っているくせに

『一目会ったその日から、

恋の花咲く時もあったんでしょう』

と、そらっとぼけることになっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

この『仮構』は徹底していて、ソープランドは

 

皆さん、ソープを見たことがあるかい?

あたしが、なんでぺらぺらとこんな事をしゃべっているかは、

海よりも深いわけがある。

ソープというのは、いまや新規出店がほぼ不可能なので

廃業した物件を『名跡』ごと別の業者が買う。

私は、その改修計画を担当したりもしたことがあるのさ。

その時にすげえ怖い顔だけど、話し出すと止まらない

『店長氏』から訊いたのがこの内容である。

 

 

 

よごれっちまった哀しみに

ひゅーるりー、ひゅーるりららー、だ。

 

 

 

中に入らなくてもいいから歩いて見物してみたらいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、なんだっけ。

 

ソープランドは必ず入り口の脇に大きく料金が書いてある。

曰く

○○分 30000円なんていう具合で

ずいぶん高い風呂だなあ、と思うだろう。

 

 

それをフロントで怖いお兄さんに渡すんだが

建前上はそれしかお店には払わない。

 

 

然るべく事が終わった時にお兄さんが来て、

有り金全部むしり取ったりは、

リスクが大きすぎるから、たぶんしないはずである。

 

 

しかし、

然るべく事が終わったらソープ嬢に金を払う。

それはおそらく店に払うのと同じくらいの金額で、

それが自営業者である、彼女たちの収入になる。

 

 

人気があれば、1日で相当な金額になるらしいが、

請求書も領収書もないから確定申告などはしない。

神戸のソープ街、福原の周りにやたらと寿司屋や

焼肉屋があって夜中までやっているのは

つまり、そういうことである。

 

 

しかも『自営業』であるから、部屋の賃料や備品

それはコンドームからローションに至るまで自腹である。

 

 

自腹と言ってもマツキヨで買うことは許されないから

店からの買い取りである。

 

 

もちろん相当にふっかけられる。

中でも『ローション』というねばねばぬるぬるする液体は

マットの上で、あんなこといいな出来たらいいなと

たくさん使う割に掛け率がべらぼうに高い。

 

これを扱えるのは、ソープの男衆の中でも『店長』と呼ばれる

人だけなので、これで一財産出来るのだそうだ。 

 

 

ソープランド、というのは実にうまみのある商売らしい。

しかし、あくまでも『売春』に関しては第三者である。

 

 

 

 

 

 

 

 

もちろん、金のやり取りをしたら事前だろうが事後だろうが違法で

ソープには、時々手入れが入る。

 

 

しかし、捕まるのはソープ嬢と客である。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただし、戦後 売春防止法が出来るまでは合法であった。

これが『公娼』。

 

 

したがって日本軍も慰安所を持っていた。

兵隊は外出日になると『突撃一番』というコンドームをもらって

慰安所に行く。

 

 

これは軍も容認していた。

というよりも、突撃一番は軍が無償で提供するのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、

 

ここから先がようやく本題で、

この慰安所にいる女の人が、いまのソープ嬢のように

自発的に応募してきたのであれば問題はないのだ。

 

 

いやまあ、倫理的によろしくはないだろうが

イエスでさえ、石もて打たれる売春婦の前に進み、

石つぶてを握る群衆に『罪なき者から石を投げよ。』というのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、

 

慰安婦には、日本人もいたが日本軍が侵略した地域の住民、

中国人、韓国人、インドネシアであれば宗主国のオランダ人。

こういう人たちもいた。

 

 

このうちの何割かが、日本軍、

あるいはその指示を受けた日本人によって

強制的に集められたものじゃないのか?ということで、

問題になったのが『従軍慰安婦問題』。

 

 

 

この問題に関して、この日記はどちらにも与しない。

だから、そんな大きな問題いやなの。

 

 

 

しかし、韓国の人は怒っているし、

この間皇太子ご夫妻が訪れて、大歓迎を受けたオランダも

1986年に訪日を計画していた 当時のベアトリクス女王

国内の反日世論に配慮して、これを取りやめたりしている。

 

 

 

 

 

 

 

自国の主張をすることは大いに結構だが、

今回のやり方はひどい。

 

 

 

アメリカの司令官に

『日本の風俗店を使ってくださいよ。』と、言った

というに至っては

お前は、呼び込みの兄ちゃんか、と。

 

 

 

 

ふう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてなにより、

『軍の規律を維持するために慰安婦は必要だ。』

というのはおかしいだろう。 

 

『慰安所がないから、

太平洋の島々の日本軍は負けたのか?』

というと泉下の英霊も怒るよ?

 

 

 

 

『アメリカ兵は強姦するから風俗を使ってよ。』

っていう風に取られたら、

普天間も日米関係も吹っ飛ぶぜ?

 

 

 

 

 

『アメリカの国防総省からも、

アメリカ軍は買春を拒否するとコメントをもらった。

買春なんて誰も言ってないでしょ。

日本の法律で認められている風俗業は買春でないことくらい

国防総省は知らないのかね。

買春は日本でも認められていない。

繰り返すが、日本には法律上認められている風俗業が存在する。』

 

と、ツイートしているが、それは通らないだろう。

 

 

 

っていうか、

ペンタゴンに目をつけられたら

ただじゃ済まないんじゃないのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とーるちゃんも終わりかなあ。

少なくとも『政治家』の発言じゃないよね。

なにも『沖縄復帰記念日』の2日前に言わなくてもいいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の二枚。』

 

 

 

 

 

 

 

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『突撃一番』の袋

 

 

 

 

 

戦前のゴム製品、しかも日本製だから

さぞや使用感は悪かったと思うのだが

これを使わないで慰安所に行くことは

許されなかったそうだ。

 

軍としては兵隊の気持ちよさなんかよりも

兵隊が性病をもらってくるのを恐れていたわけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1812年ロシア遠征から退却するナポレオン軍。

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『戦争に売春婦を連れて行ったのは日本軍だけじゃない』

というのは正しくて、19世紀初めのナポレオン軍も

娼婦を連れていた。

 

ベレジナ川のポンツーン(仮橋)を渡る退却軍、なんだけど、

明らかに数人、女性がいる。

 

でも、連れて帰っただけ

まだナポレオンは偉かったのかも知れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2013年5月13日 (月)

デパート火災の日

5月12日は『田畑百貨店火災』の日。

(Wikipedia 田端百貨店火災)

 

 

 

どこだそれは?といわれると、

おそらくみんな知らないと思う。

 

 

千葉市にあったデパートなのだが、

いまの千葉市民も知るまい。

 

 

 

いまは、千葉パルコになっているからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Wikipediaによると、田畑百貨店は

田畑国利なる人物が一代で築いた、という。

 

 

大陸帰りの田畑氏は千葉駅(旧)の前に古着屋を作った

そして、現在パルコになっている場所に移転するのが

1950年(昭和25年)。

 

 

 

千葉の街のことなんかみんな知らないだろうから地図を載せます。

 

 

 

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中央公園の南に『千葉パルコ』とあるのがわかるだろうか?

ここだ。

 

 

 

 

 

 

 

そしてここは、千葉の街の中心部だった。

000000000000000000000000000000000_5

 

 

 

昭和4年の地図 

 

 

 

 

黄色の線が国鉄。

千葉駅はいまの市民会館の付近にあり

そこから県庁まで伸びている通りが、現在の『栄町通』

 

 

ここは明治以来、千葉で最も繁華な通りだった。

 

 

 

 

紫の線が京成電車。

この千葉駅が、現在の中央公園。

この駅のすぐ向かい側に田畑氏の店はあったわけだ。 

 

まさにホットスポットである。

 

 

 

 

 

 

 

その後周辺の敷地を買い足して

地上8階地下1階の建物に改築。

百貨店となったのが1964年(昭和39年)

 

 

 

ところが、昭和38年に国鉄千葉駅は現在の位置、

つまり西に1kmほどの総武線と内房線の結節点に移動した。

総武線-内房線の旅客・貨物のほうが増えたからで

動機自体は国鉄の事情である。

 

 

京成の駅もこれに合わせて移転(現在の千葉中央駅

国鉄のほうは、運行上の理由が大きかったが

千葉市は、これを契機に大規模な都市計画を企画する。

 

 

 

国鉄駅の東に100m幅の大通りを設け、

両側に高さ百尺のビルを建てる。

国鉄駅の西側や北側の開発も計画する。

市役所を海岸の埋め立て地に移転し、

そこに至る地区を区画整理、etc… 

 

千葉駅東側は一応完了し

長らく空地として放置されていた西口にも

めでたく千葉そごうが建ったが、

その北側はまだ緒に就いたばかり。

北口も区画整理が終わったばかりだ。

 

 

計画時点から60年以上経った

いまでも終わっていない。 

 

 

 

なんぼ『都市計画は100年の計』といっても

時間がかかり過ぎじゃないか?

 

築40年以上の市役所など、もう老朽化してしまった。

 

 

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千葉市役所

新築当時は、この青いガラスが

かっこいいと思ったんだよなー。 

 

 

 

 

 

 

京成千葉駅は、国鉄の高架化と中央公園の設置に伴って

これも移転することになる。

新しい国鉄千葉駅のそばに適地がなかったのと、

千葉駅以南への延伸計画(現在の千原線)を持っていたために

従来、国鉄本千葉駅があった場所まで移転してしまった。

(本千葉駅は押し出されて都川のむこう側まで移転。)

 

国鉄千葉駅と600mくらい離れてしまったわけで

さすがに不便だ、ということで国鉄駅の隣に

『国鉄千葉駅前駅』という、

プライドのかけらもない名前の駅を作る。

 

 

 

いま『押上駅』を『スカイツリー前駅』

ってよんでるのと同じだっ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

えーと、田畑デパート、どこ行った?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあ、こうした都市構造の大規模な転換は

1960年代当時、人口40万の県庁所在地としては空前で

かつて繁華を誇った栄町通とその周囲は 

ものすごくあっさりと廃れていく。

 

 

そのすたれっぷりは、1970年代を通じて私が

実際に見てきたから文句は言わせない。

 

 

 

 

 

田畑デパートも、そうした人の流れの変化、だけが

原因ではないだろうが、

デパートとしては流行らなかった。


伊勢丹と提携し、更に土地を買い足して地上8階地下3階に

増築したのが1969年(昭和44年)

 

 

その直後に起こったのが、

全館を焼き尽くした

1971年のこの日に起こった大火災である。

 

 

 

 

 

原因は放火か失火か不明らしい。

デパート南側の入口(現在はない)付近から出火。

 

通行人が発見し通報。消火に当たるが

既に深夜であり、火災が起こった旧館部分は

スプリンクラーが設置されておらず(当時でも違法)

なにぶん、衣料品が主力の店だったからよく燃えた。

(火災の実況 消防防災博物館 火災事例集)

 

しかも、1970年当時の服なんて

燃えれば有毒ガスが大量に出る。

 

煙に巻かれて死んだのが、あろうことか田畑社長。

この火災での唯一の死亡者である。

 

 

 

この人、デパートの中に自分用の部屋を作り

そこで寝泊まりしていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

30過ぎで大陸から帰り、焼け野原の千葉駅前に

おそらくはバッタ屋同然の店を建てて

一代でデパートを築き上げたこの人は

なによりも自分の店を愛していたらしい。 

 

そういう浪花節くさい暑っ苦しさは個人的には嫌いだが

従業員からは慕われていたらしい。

 

火災後の、このデパートの状況を見ると、そう思う。

 

 

 

 

 

なにより寝込んだところに火事が起き

肌着で飛び起きたこの社長は

火元が階下だと見るや屋上を目指す。 

 

 

猛烈な煙に巻かれながら最上階の塔屋まで逃げ

屋上の扉まで、あと10mというところで力尽きた

というのが、さらに涙を誘う。

 

 

 

 

 

 

社長を喪った田畑百貨店は長男を社長に据えて、

店舗の再建を図る。 

 

南側にあった百貨店の本店ビルをつぶして

さらに増築して、火災3年後に再オープン。

 

 

ここまでを見ると、従業員や金融機関、

さらに行政などの周辺から

相当の支持があったことが推察される。

 

 

浪花節な社長の死は無駄ではなかったのかも知れない。

 

 

 

 

 

 

しかし、市民は冷淡だった。

客は来なかった。 

少なくとも火災の被害と増築の費用はまかなえなかった。

結局は『デパート』としての田畑はつぶれてしまう。
 

 

田畑デパートは1976年に閉鎖。

千葉パルコとなって、現在まで続いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1970年代前半というのは、デパートの大火災というのが

頻発した時代である。 

 

1973年には熊本の大洋デパートで火災が起きる。

田畑デパートと違って営業時間中の火災だったために

数千人の客と従業員がおり、103人の死者を出した。

 

 

 

1972年には大阪の難波にある千日デパートで火災が起きる。

死者118人という日本のビル火災で最悪の犠牲を出した。

(Wikipedia 千日デパート火災)

 

 

これも夜間の出火だったのだが

7階のアルサロは営業しており、

ここにいた客と従業員が犠牲者の大半を占めた。

 

アルサロ、ってWikipediaには書いてあるんだが

いまの人しらねえぞ。

おれも知らん。

(アルバイトサロンのことらしいです。

今で言う素人っぽいキャバクラみたいなもんか?)

 

しかし、消防署の報告書では『キャバレー』となっているので

そういう店だったらしい。

(火災の実況 消防防災博物館 火災事例集)

 

00000000000000000000000000000000_11

 

 

救助される

ホステスの皆さん 

 

 

 

 

したがって犠牲者118人のうち男性が48人なのに対して

70人が女性である。
 

 

当時、このビルは改装工事中で、工事関係者が火災を確認

保安係がすぐに消防に通報している。

難波駅のそばで、繁華街だったから近所からの通報もあったろう。 

 

大阪市消防局は総力を挙げて救助に向かうが

なにぶん繁華街で大阪のことだから

夜中の11時だってえのに

不法駐車と野次馬で現場はごった返し

ようやく接近できたはしご車で救助できたのは50人だった。

 

届かないはしご車にしびれを切らし、

はしご車のかご、あるいは地上をめがけて飛び降りた人が

24人にも及び、そのほとんど、22人が死亡している。

 

3階で出火した火災は5階で制圧されるが猛煙は7階を覆い、

96人がこのフロアで死んでいる。

その時の状況がこれである。

(クリックで大きくなるけど自己責任でどうぞ)2013y05m12d_170032917

 

 

 

 

 

 

さて、

 

この田畑百貨店火災と、千日デパート火災には

いくつか共通の点がある。 

 

 

まず、死因が焼死ではなく煙に巻かれてのものだった、

ということ。

千日デパートの場合、飛び降りというのも相当にあるが

これも充満した煙から逃れるため、と推測される。


遺体の中にはよほど苦しかったのだろう

窓から半身を乗り出していたものもあったという。

 

 

 

 

 

もうひとつは、建物が当時の建築基準法や消防法の規定に

合致していなかったこと。

 

エスカレーターや、階段、ダクトなどの竪穴区画が不完全、

あるいは機能しなかったため一気に上階に延焼、

煙が到達した。


さらに、いずれの建物も窓が内側からふさがれて

排煙の機能を果たさず、

田畑デパートに至っては、増築部分も含めて

一続きのフロアで延焼防止のための面積区画がなかった。

 

 

また避難階段があっても、それが有効に機能していない。

千日デパートは避難階段の入り口にカーテンや衝立が置かれ、

特別避難階段も含めて誘導標識や

従業員の誘導などはなかった。


田畑デパートは社長が逃げた避難階段自体のシャッターが降りず

社長を追い越すようにして煙が駆け上がっていった。

 

 

大洋デパートに至ってはもっと悪質で

避難階段が倉庫になっていた。

これじゃ炎の通り道だ。

なにより人が逃げられない。

 

 

 

 

消防設備が当時の基準を満たしていなかったのも共通で

田畑デパートは増築時に自火報やスプリンクラーなど

旧館部分も当時の基準に適合させるべきだったのに

それをしなかった。

 

千日デパートは、元々劇場として作られ、

その当時は基準法も消防法もなかったので『既存不適格』。

違法ではないが、基準を満たさないことは同じだった。

 

 

 

 

 

 

しかし、これらの要素は、

火災を拡大させた原因ではあっただろうが

もっと根本的な理由があったはずである。

 

 

それが、『建物が複雑すぎた。』ということだと思う。

 

 

何を言いたいのかわかりにくいと思うので

火災当時の田畑デパートの図面をご覧いただこう。

 

2013y05m12d_165754976

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

指さしている場所が出火点。

商品の搬入口だったらしい。防火シャッターがあるが

なぜか、内部への炎の侵入を許している。

 

 

外壁ががたがたになっているのは隣地の

銀行なり、店舗の敷地が買えなかったからであろう。 

 

いまのパルコを知っている人だったら、

『妙に細長い建物だな、』と思うだろうが

この建物は2度に渡って大規模な増築工事を行っている。

 

000000000000000000000000000000000_5

 

 

火災当時の配置図

南側に道路があったが

いまはない。  

 

 

 

 

現況と、増築の過程 

 

000000000000000000000000000000000_3

 

 

 

 

(クリックで大きくなります)

 

 

 

増築によって、街区の1ブロックを占めるほどの

大きさになるのだが

北東、北西、南西の三つの交差点に面した

角の部分が取れていない。

 

 

下手くそな地上げの典型のような敷地で、

『アタック25』だったら

絶対に勝てない。

 

 

 

 

 

しかし、逆にいえば、それぞれの増築の時点で

地上げの完了を待てないほどに切羽詰まっていた

ともいえる。

 

営業しないと日銭が入らないから当然だが

『増築に関する執念』、のようなものも感じる。

 

 

 

 

複雑であった故に消防隊の進入と救助が遅れ

無窓の売り場や、旧館部分の不完全な消防設備もあって

全館焼失、という最悪の結果を招いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

千日デパートの場合、平面的な大規模増築、

というのはなかった。

 

『デパート』という通称だったがデパートではなく

各階ごとに異なったテナントが入っていた。

だから断面構成は無茶苦茶である。

 

 

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(クリックでおおきくなりますとも。)

 

 

 

最大の被害を出した7階のキャバレーは、以前は大食堂だった。

いかにも大阪らしいな、と思う。

歌舞伎座として建てられた名残で6・7階に劇場があるが、

これが事故当時ボーリング場に改装中だった、というのは

1970年代という時代を感じる。

 

 

しかし、建物の所有者がフロアごとに子会社や別会社に

貸し出し、それぞれがまた大量のテナントを入れていた。

管理体勢はばらばらで、

営業時間でさえまちまちだった。

 

だから、7階が営業中なのに3階のスーパーでは

改装工事を行っており、ここの職人のたばこの不始末が

火災の原因となる。

 

ビル所有者が設置している保安室は消防署には連絡するが

営業中のキャバレーには連絡しなかった。

そのために被害を大きくした。

 

 

さらに、この建物に関わる、大量の『権利者』の存在が、

このビルの火災後をややこしくする。

 

 

 

 

 

 

 

 

このビルは火災後2年ほどはそのままの状態で残されていたが

『これはもう使われへんな。』ということで解体・除却。

 

 

その後テナントが進出できずに10年近く更地のままだった。

というのは、呪いがあるから、と

書いてあるサイトがごろごろ出てきてびっくりした。

 

 

実際は入居していたテナント、特に小売の専門店街の商店主が

再入居を訴えて、この間なくなった中坊公平氏を弁護士に立てて

訴訟を起こし、これも最近なくなった新歌舞伎座の前で

ピケを張ったりしたからだ。

 

 

 

建物が滅失すると賃借権は消滅する。

これが民法の原則なのだが、そうはいっても貸し主は

権利者に相応の金銭を払うのが普通であった。

このビルは、そこでもめたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

更地にしておいても、なにぶん繁華街なので、

高い税金がかかるから、早く何とかしたかっただろう。

 

 

1981年にダイエーが手を挙げるのだが、

こんどは近隣から反対が起こる。

 

 

この千日前エリアを知っている人はわかると思うが、この界隈は

おっさん向けの飲み屋とか

ぶったくりキャッチバーとか

パチンコ屋とか風俗店とか、

そんな個人商店ばかりである。

 

 

 

全然同情しない、のだが。

この跡地の処分は

予想以上に時間がかかった。

 

 

 

 

そこでダイエーは直営を止め、客層を20代に絞って

周辺のおっさん店と競合しないようにし、

プランタンなんばとして

火災から12年近く経った1984年にオープンする。

店舗の一部には、かつて千日デパートに入っていた

専門店も入れた。

 

 

その後もあれこれあって、現在はビッグカメラだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

権利者が多いってめんどくさいですね。

街中に廃墟ビルが出来るのも、廃屋が出来るのも

シャッター商店街が出来るのも、原因は同じ。

 

 

直接にはたばこの火の不始末だったかも知れないが

決着するのには12年かかった。

 

 

 

犠牲者の数にも驚くが、

そっちにも驚く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の二本。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千日デパート火災のニュース映像。

 

うーん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大洋デパートのニュース映像。 

 

うーむんんん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2013年5月11日 (土)

E電の失敗

5月13日は、国鉄民営化に伴って国電がE電と改められた日。

1987年(昭和62年)のことだ。

(Wikipedia E電)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そもそも、いまの人には、

『国電』の説明がいるんだろうか?  

 

 

いやな時代だなあ。 

 

 

 

 

 

 

 

『国鉄』の『電車』だから、国電。

 

 

『国鉄の列車なら電車に決まってるじゃないか。』

というあなたはシティ・ボーイ。

ひゅーひゅー。

 

 

 

 

 

 

 

 

馬鹿。  

 

 

 

 

 

 

 

 

むかしは、首都圏や大阪圏でも

非電化区間というのはたくさんあった。

郊外から都心に乗り入れてくる列車の中には

ディーゼル機関車にひかれてくる奴もいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこで『近郊区間を走る電車』

付けられた愛称が『国電』。

戦後国鉄が出来る前は『院電』や『省線』と呼ばれていた。

 

 

ただし、1960年代以降、大都市圏では急速に電化が進み

『田舎では一時間に一本の列車』も『電車』になる時代になった。

 

 

それでも『国電』と『その他の路線』は画然と区別されていた。

差別か?と言われたらそういう部分もあるだろう。

近代化に関する姿勢が違う。 

電化の比率もそうだし、

輸送密度が違う、車両が違う、運行形態が違う。

制度に関して、そういう実態があった。

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わかりやすいところで言えば、

まず料金が違う。

 

 

赤字で首が回らなくなった国鉄が

毎年値上げを繰り返したために私鉄と競合するところでは、

『初乗り運賃が倍。』という区間が出来た。 

 

 

『さすがに競争にならん』と電車特定区間という

『大都市近郊だけは割引な。』という

田舎ものに喧嘩を売るような制度を作る。

 

 

日本の鉄道史で100年間維持されてきた

『料金は国内で同一』という原則を崩して

こういう制度を採用した。

逆にいえば、競合する私鉄のない田舎では

高額料金取り放題なわけだが。

 

 

そして、この区間が、

ほぼ『国電区間』に重なる。  

 

 

 

末期の国鉄はよほど血迷っていたと思う。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、国鉄がJRになり

本州会社がみんな株式を上場できる時代になっても

いまでも、ありがたい事にこの制度は存在する。

 

 

営業区分の上でも『国電』という呼称は

必要だったわけだ。

 

 

  

  

 

 

神戸から西で急に運賃が上がるのは

この制度のおかげである。

 

ふざけんなよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしまあ、1987年の段階でそういった『国電地域』において

みんな『国電』という表現をしていたのか?

と言うと疑問だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時私は大学を卒業していた。 

 

その時に既に『国電』なんて、

若い衆は誰も使わなかったような気がする。

 

 

 

利用者からしたら

区別する意味がなくなっていたと

思うのです。

 

 

 

 

 

『国電』というのは『まあるいみどりの山手線』であり

『真ん中通るは中央線』であって

普通の会話では、いまのように『路線名』で言うのが

当たり前だった。 

 

 

000000000000000000000000000000000_2

 

 

まあるい緑の

山手線

 

 

 

 

 

 

それじゃあ、『国電』と『郊外型列車』はなにが違うのかというと、

 

 

まず、列車が違う。

大きく言うと『ロングシートの車両が国電』

『ボックスシートは郊外路線。』と。

 

 

 

 

 

 

これは、かなり賛同を得られる判断基準だと思う。

 

 

 

千葉市民からしたら

『総武線国電で行くから秋葉原の○番ホームで待ち合わせな。』

と言うよりも、『黄色い電車で行くからよろしく。』

で充分だったわけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

むしろ、私よりも二昔くらい前、『省線』時代を知っている人のほうが

そういう区別にこだわっていただろう。

 

 

ロングシートの『国電』では、みんな素っ気ないが

郊外区間に来ると、おばさんがみかんをくれたり

ある程度郊外に出たら、

酒もたばこも自由だった、という。

 

 

 

 

 

いま、そんなことをやったら鉄警隊に捕まるかも知れないが

かつての列車には、ほんの100kmくらい

伊香保温泉に行くくらいの中途半端な田舎でも

郊外に出たらたばこが吸えた。

 

 

郊外に行く快速列車には

窓際に灰皿があったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから1987年の利用者の側からしたら『国電』の区別は、

あまり意味はなかった。

 

 

『国鉄がなくなるから「国電」の新名称を。』

小林亜星や黒柳徹子が奮起して

『EにはEast、Electric、Enjoy、Energyの意味がある。』

と言った時には、日本人全員が三尺引いた。

 

 

 

 

 

そもそも利用されていなかった、『国電』の名称を読み替える、

という時点で違和感がある。

 

 

 

 

そのうえ、ただでさえ 批判を浴びるだろうこういう言葉に

『E電』

というすっとこどっこいな単語を選ぶ勇気には恐れ入った。

 

 

 

 

 

 

日本語として、という以前に

言葉として不自然だ。

  

 

 

黒柳徹子が玉ねぎ千個連ねてきても

バターで炒めてやる。

 

 

 

『E電』という言葉がさっぱり定着しなくて

『どうしてでしょうかねえ?』という、

意地悪な記者の質問に

『JRがきちんと宣伝しなったからです。』と

すっかり痩せた亜星がぶち切れていたのを覚えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、新しい言葉を作る、というのは難しい。

年末に発表される『流行語大賞』が

ちっとも流行語じゃないのは有名だが

それにしても、これ(流行語大賞)はひどいな。

 

 

 

 

 

 

 

『ラブ注入』の人は、なにやってんだろう。

どうでもいいけど。

 

 

『まるもり』の人は、中学生になったら

『積み木崩し2020』とかやったらいいと思う。

 

もっとどうでもいいけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それじゃあ、全く『E電』が浸透しなかったのか?というと

一度だけ、世間の少年が使っているのを聴いたことがある。

 

 

だから、1987年以降なので私は既に大学院生だったのだが

渋谷だったか代々木だったか、とにかく山手線の駅で

大学の新入生、あるいは予備校生と思しき2人が改札の前で、

 

 

『じゃあな。』

『あ、うん。おれE電だから。』

 

 

という会話を聴いて、思わずその方を二度見したよ。

 

 

 

 

『E電』?

 

 

 

使うやついるんだ。

初めてで最期だった。

 

 

おそらくは今年東京に出てきたのであろう

おぼこい男の子二人であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、既に使われなかった『国電』を言い換えるのも

不自然だったが、

あきらかにとってつけたような言葉を

さあ使え、と。

 

 

『ぱっとさいでりあ。』と言われても

だれも使わない。

 

 

 

あたりまえだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

で、まあ。E電の失敗は気の毒だからもういいか。

国鉄がJRになって7社に分割されても

その名前を使う会社はなく

亜星は痩せちゃったんだから、もういいや。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、名前をつける、というのは難しい。

 

私には子供がいないからなおのこと、

斜に構えてしまうのかも知れない。

 

だから、個人の名前については触れないが

たとえば地名なんかでも、ひどい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自治体が『通りの名前』なんかを

募集したりしているが神戸はこんな感じである。

(神戸市 道路愛称)

 

 

大体は、地元の人間も理解できる名前なのはいいが

福原の『桜筋』や『柳筋』は赤線時代からの呼び名だ。

 

 

 

いいのか?

 

 

 

そして、神戸モスクの北側のパールストリートなんて、

訊いたことない。

 

 

明石大橋が『パールブリッジ』だった

っていうこと以上に知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、通りに勝手に名前をつける、ということに関して

旧ソ連以上に、いい加減で適当なのが渋谷区である。

(渋谷区 通りの名前)

 

 

 

 

 

 

通りの名前

渋谷区内には、さまざまな名前のつけられた通りがあります。
渋谷駅周辺のストリートを紹介します。
こうした通りの名前は、区がつけたものではありません。
この街を愛し利用するみなさんが呼び始めた名前が、徐々に浸透してきたものと言えます。

公園通り

丸井渋谷店付近から代々木公園に通じるゆるやかな坂道。
昭和47年、渋谷区役所通商店街(当時)が、パルコ開店を機に命名しました。

"パルコ"はイタリア語で"公園"の意味があり、また、この通りが代々木公園に通じていることからつけられました。

ハンズ通り

渋谷西武百貨店A館・B館の間から東急ハンズ前に通じる道。
井の頭通り。
通り沿いに東急ハンズがあるために名づけられました。

センター街

渋谷駅ハチ公口から、井の頭通りとBunkamura通りの間を西に進む道。
商店街の名称からつきました。
渋谷の中央だから?

Bunkamura通り

SHIBUYA109前から東急本店・Bunkamuraに通じる道。
以前は東急本店通りと呼ばれていました。

道玄坂

渋谷駅ハチ公口前から目黒区方面への上り坂。
江戸時代、和田義盛の残党、大和田太郎道玄が、渋谷氏滅亡後にこの坂に出没し、山賊野盗のふるまいをしたところから命名されました。

また、「天正日記」によると、道玄庵という寺の庵主が、徳川家康に由緒書を出していることからこの名がついたという説もあります。

ファイヤー通り

丸井渋谷店付近から岸記念体育会館に通じる道。
通り沿いに、渋谷消防署があることからこの名がつきました。

プチ公園通り

神南1丁目の、12ヵ月ビルから北谷公園に通じる道。
公園通りから1本裏に入り、公園通りに平行する通りで、小規模な店が多く、北谷公園に面していることから、"プチ"がついた公園通りとなったようです。
パークアベニューとも呼ばれています。

区役所通り

パルコPart2の裏から区役所に通じる道。
公園通りと平行して区役所に続く道なので、この名で呼ばれています。

無国籍通り

渋谷税務署横から区役所・神南小学校を通って東急ハンズ前に通じる道。
通り沿いにNGOショップがあるために命名されたようです。
通り沿いにある宇宙百貨という店の名から、コスミックスロープとも呼ばれます。
また、万国旗通りと呼ぶ人もいます。 

サンドイッチロード

スペイン坂の上からパルコパート1の裏手を進む道。
パルコパート1とパート3に挟まれているためにこの名がつきました。

スペイン坂

パルコパート1裏から井の頭通りへと下る坂道。
喫茶「阿羅比花(あらびか)」の店主、内田裕夫氏は、写真で見たスペインの風景に心ひかれ、店の内装 をスペイン風に統一していました。
昭和50年にパルコからこの坂の命名を依頼されたときには、迷わずこの名をつけたそうです。
命名後、近所の人たちも協力して、建物を南欧風にしました。

間坂(まさか)

井の頭通りから公園通りへLoft沿いに進む道。
平成元年、Loftが一般公募により命名しました。
「渋谷駅と公園通りとの間」「ビルとビルの間」「『まさか』という語呂のよさ」「『間』という漢字が人と人との関わり合いをイメージする」との理由です。

ペンギン通り

スペイン坂上からパルコパート3横を通って井の頭通りへ下りる道。
ペンギンには平和でかわいらしく、「集う」習性もあるところから、この通りに集まる人をイメージしてつけられました。
当時ビールのイメージキャラクターとして親しまれていたためでもあるようです。
愛山通りとも呼ばれています。

ランブリングストリート

東急本店裏から道玄坂上へと上る坂道。
由来はわかりません。

フィンガーアベニュー

神南郵便局前からパルコ前交差点へ上がる坂道。
由来はわかりません。

オルガン坂

井の頭通り東急ハンズ前の交差点からパルコ前交差点へ上がる坂道。
通りの周辺に音楽関係の店が多かったところから命名されたようです。
東急ハンズ前の階段がオルガンの鍵盤に見えるから、という説もあります。

SING通り

オルガン坂からペンギン通りへ東急ハンズ沿いに進む道。
由来はわかりません。

コルネット通り

渋谷消防署から渋谷区高齢者ケアセンター、社会保険事務所前を通り、公園通りへと上がる坂道。
由来はわかりません。

キャットストリート

明治通り宮下公園付近から、表参道交番付近を通り、渋谷区心身障害者福祉センター付近まで進む道。
渋谷川の暗渠(あんきょ)です。
「猫の額のように狭い通り」「猫が多い」「ブラックキャッツというバンドが生まれた土地だから」という説があります。

宮益坂

渋谷駅から青山通りへ上がる坂道。
江戸時代、坂の途中にある御嶽神社にあやかって、町名を渋谷宮益町に変えたためこの名称がついたといわれます。
これ以前は、富士見坂と呼ばれていました。

オーチャードロード

東急百貨店本店から神山町へと進む道。
Bunkamuraのオーチャードホールからつけられたようです。

イエローストリート

ハローワーク渋谷付近から渋谷区役所前交差点へと上がる坂道。
フランス坂、バスティーユ通りとも呼ばれますが、由来はわかりません。

 

 

 

 

 

 

 

多少なりとも歴史・由来がありそうなのは

道玄坂と宮益坂くらい。

 

 

センター街と公園通りとスペイン坂くらいはわかるが

渋谷によほど土地勘がある人でも、

これが全部わかる人がいるんだろうか?

 

 

 

 

『ランブリングストリート』『由来がわかりません。』

『フィンガーアベニュー』『由来がわかりません』

『SING通』『コルネット通』『由来がわかりません』

 

 

 

 

 

お前、

適当に名前つけてるだろう。

 

 

 

 

 

『スペイン坂からペンギンストリートに出て

サンドウィッチ通りに出る手前の

ロイヤル銃砲器店で待ち合わせね。』とかいって

場所が特定できるのだろうか?

(通りの名前は適当に書いてます。)

 

 

 

 

 

もう、そんな会話やだ。

 

 

 

 

 

 

言葉や地名なんて

自然の淘汰に任せればいい。

 

 

亜星が痩せようが太ろうが

知ったこっちゃない。

 

 

そういうことはこの間にも書いたが

 

 

 

渋谷の、この馬鹿地名もいずれ整理されるんだろう。

 

 

 

おれは、1988年頃にゼミの先輩が『フィールドに行く』といって

三日間この街を歩かされたから、30年前の流行スポットなら

案内できる。 

おにゃんこクラブが着ていたトレーナーを売っていた

セーラーズも案内できるぞ。

 

 

 

 

 

もちろん、いま急速に変わりつつある

渋谷の現在なんかわからない。

 

 

『起き上がりムンク』を売っているそうなので、

それは是非欲しいが、そのために渋谷に行くのもなあ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の一枚。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昔の国電ってのは、こんな風にイメージがあったんです。

 

 

ヨドバシカメラ、狭いなー。

 

 

 

 

 

 

 

 

ちゃんとE電の宣伝もしようとしていた。

000000000000000000000000000000000_3

 

 

 

 

 

 

 

 

ヘッドマークに『E電』。

亜星に怒られるまでもなく、国鉄はちゃんとやっていた。

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

 

 

 

 

 

 

起き上がりムンク

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起き上がりこぼしのムンク版、だそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2013年5月10日 (金)

釣りはいらねえ-1円Suicaの嘘-

JR東日本が、来年の消費税8%導入を見越して

Suicaの利用者に限って

1円単位での料金を徴収できるようにする、というニュース。

(産経新聞の記事へのリンク) 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『切符のほうが割高になる訳ですか。』

 

『逆だ。1円Suicaのほうが割高になる。』

 

『なんで?』

 

『券売機が対応できないため、切符での料金は

従来通り10円単位とするからだ。』

 

 

 

00000000000000000000000000000000000

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『JRの運賃は原則として距離に比例する。』

 

『ええ。』

 

『ところが、中途半端な距離で152.3円とかだったら、

10円以下は切り捨てだ。』

 

『150円になる、と。』

 

『そのイメージがこのグラフだ。』

 

『でも、実際には

10円ごとに料金が変わるわけでもないですよ?』

 

『そりゃ、駅間距離によっては二駅でも差が10円以下

というところはあるし、逆に長いから

30円刻みくらいで料金を刻んでいるところがある。』

 

『しかし、原則はこういうふに、10円を超えないうちに

値上げをしていく、と。』

 

 

 

 

『これがいままでの料金体系のイメージだ。

現実の問題として、5円、1円まで扱わせたら

改札係が大変だ、という話もあった。』







































『じゃあ、今回のニュースは?』



『SuikaなんかのICカードの普及で

1円単位の精算が出来るようになった。』



『消費税が導入された時、

国鉄の運賃は20円単位で一斉に値上がりしましたからね。』



『それよりは親切でしょう、というわけだ。』



『まあ、そうかな。』



『でもな?』




『あ。ろくでもないことかな?』

 

 

『これは実質的な値上げだぜ?』

 

 

『でも。値上げはしないから、

この「1円Suica」をやらせてくれってんでしょう。

「すっきり精算。釣りはいらねえぜ、って。」』

 

 

『阿呆、グラフをよく見ろ、段々で上がっていく切符運賃と

直線的にあがっていく「距離比例運賃」との間にある

三角形の部分は

JRの取り分になるんだっ。』

 

 

『あっ。』





























『だから、切符を10枚買って、Suicaでうろうろしている

ばあさんとかに売りつけたら大儲けだ。』



『いきなりそういうこと言うのは止めましょうよ。』



『むかしは、大阪の地下鉄の切符売り場には

10枚分の値段で11枚売っている回数券を

ばら売りしているばあさんがいたぜ。』



『まあ、ね。』



『プリペイドカードの普及や、定期券のIC化で、

あのばあさんは消えたが

再びあの時代がやってくるっ。』

 

 

『…来ないですよ。

いまでもJR東日本管内の利用者の

8割はSuicaを使ってるらしいじゃないですか。

いまどき切符買ってるのはあんたくらいですよ。』

 

 

『だって、自営だから通勤しないし。』








































































『とにかく、これは実質的な値上げだ。』



『あまり実感がわきませんが。』



『となり駅と10円違う駅まで通勤しているやつは

10円近く毎日余計に払わされていることになる。』



『あっ。』



『10円でも往復で月500円だ。

30円も繰り上がる駅の手前までだったら

月、2千円近いぞ?』



『そう考えると腹が立ってきました。』






『表だった値上げはしないつもりだろう。

「消費税に耐えてるあたしってけなげ」くらいのことは

言いかねない。』






『しかし、実際は値上げだ、と。』





『うんっ。』
















































『それにな。』




『はあ…』



『Suicaにはデポジットってもんがあるだろう。』



『そういえば、申し込みの時に2000円くらい払わされますね。』



『あのうちの500円がデポジットと言って、いわば「預かり金」だ

転勤とかで、その区間の定期が要らなくなったら

返納すれば返して貰える。』




『ああ、そうなんだ。手数料かと思ってました。』



『そういう人、多いと思うけど…

とにかくJRはデポジットの金を寝かせておけるわけだ。』



『寝かせても利益は出ないでしょう。』



『昔でいう都市銀行の定期預金の金利が0.02%くらいだ。。

500円なら0.1円くらいになる。』

 

 

『すくなっ。』

 

 

 

『利用者からしたらそうさ。

だけど、JR東の利用者の8割がSuicaを使ってるんだろう。

軽く見積もって1千万人だとしたら、

金利だけで100億円だ。』



『あっ。』



『まあ、「預かり金」っていう性格上、元本に手を付けるような

投資は出来ないだろうが、

実際はもっと有利な運用をしてるだろう。』



『なんか腹が立ってきました。』



『そういうことを秘密にして

「ほらSuicaで精算すれば、

きめ細かく精算できて釣りもいらないよ」

って、そんなことだけ強調する。』



『うーん』



『卑怯だろ?』




『……』





『このニュースを見てこんなふうに

脊髄反射みたいに即座に、

怒り出せるやつなんて、そうはいないぜ?』








『ほんっとにへそ曲がりですねー。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の一枚。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『昔の切符は硬券っていって、厚紙だった。』

 

『いまは切符も磁気記録式ですもんね。』

 

『しかし、そういうのにノスタルジーを感じる人もいる。』

 

 

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国鉄の初乗り運賃が

130円だった時代。 

 

 

 

 

 

『130円っていまより高いですよね。』

 

「でも、この昭和54年の刻印ってのは

俺がちょうどこの駅を使ってた頃なんだ。』

 

『わかったから泣かないでください。』

 

 

『うわあん。』

 

 

『リバイバル切符もありますよ。』 

 

 

000000000000000000000000000000000_3         

 

 

 

 

 

 

 

 

『業平橋って、いまは「とうきょうスカイツリー駅」じゃないですか?』

 

『それで、「消えゆく駅名」を記念して

こういう切符が出されたらしい。』

 

『あ、日付の23は、「平成年号」ですか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

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2013年5月 9日 (木)

水素飛行船の日

5月6日はヒンデンブルグ号爆発・炎上事故の日。 

(Wikipediaの記事へのリンク)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒンデンブルグ号、というのは当時ドイツが誇った

世界最新鋭の飛行船。

 

 

 

何が世界最新か、というと,『ヒンデンブルグ号』を初めとした

ツェッペリン型は当時、世界最速の輸送手段で、

最大の航続距離を持っていた。   

 

 

それを可能にしたのは、

浮力を担当する水素やヘリウムのガスを入れた袋(気嚢)と

外形を支えるアルミニウムの鋼材を分離したこと。

 

 

 

 

浮力と外形を分離できれば

船体の自由度は増す。

速度は圧倒的に速くなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第一次大戦後から、第二次大戦までの戦間期に

飛行機の研究を禁じられたドイツでは

飛行船の研究が盛んになる。  

 

 

これにより、気球はガスの固まりであるまん丸型ではなく、

流線型に成形された外殻の形に合わせることが出来た。

エンジンを搭載し、プロペラで推進することで

飛行船は船舶以上のスピードをえた。

 

 

Wikipediaに『駆逐艦も追いつけなかった。』と書いてあるが

20世紀になると、パーソンズというおっさんが

蒸気タービンエンジンを作った。こいつ以降

小型艦なら、40ノット近いスピードが出たはずなので

飛行船も時速70km/hくらいは出たらしい。

 

 

 

 

ちょっとした自動車のスピードだ。

 

 

 

 

 

 

 

気嚢にしても、必ずしも一つでなくてもいい。

分割してもいいわけで漏気に対する安全性も

飛躍的に高まった。

 

 

しかも、飛行機と違って、浮力と推進力が分離されている。

ヒンデンブルグ号の事故を知っているから

『飛行船、怖い。』と思ってしまうが、

エンジンが停まっても墜落しない飛行船は

安全な乗り物でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところが、1937年のこの日、ヒンデンブルグ号は

ニューヨーク郊外のレイクハースト基地に着陸しようとしたところで

爆発・炎上してしまう。

 

 

この原因について、私がガキの頃まで

『ヒンデンブルグ号は不燃性のヘリウムではなく

水素ガスを積んでいたからだ。』ということが

本でもテレビでも言われていた。

 

 

 

いまは、Wikipediaでも

『いやいや、帯電していた空中のヒンデンブルグから

地上に不注意にケーブルを投げたから大電流が流れて

外販の金属が発火した。』と、必死に書いているんだが

 

 

 

着火の原因はともあれ、

中が可燃物の水素ガスなら

燃えるにきまってんじゃんよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、まあ。

誤解なのかなんなのか、

『水素は危険である。』という

イメージは、いまに至るまで我々に刷り込まれている。

 

 

 

ほんのちょっと、Wikipediaが生意気に言い換えた位では

世間の評価は変わらない。

フクシマの原発を吹き飛ばしたのは、

水素だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

そこで、このニュースだ。

 

新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、

自動車、ガス・石油会社などが

東名高速の海老名SAに水素ガスステーションを

作った、というニュース。(産経の記事へのリンク) 

 

 

 

 

 

 

以前も書いたが、水素ガスの保管設備、というのは

なにぶん『危険物』であるから建築の制限が厳しい。

 

 

一昨年の段階では、ガス会社の敷地内だけにしかなく、

全国で12カ所しかなかったのだが、

さすがに、『何とかしろ。』ということで基準法の制限は緩んだ。

いまは、こうやって広がりつつあるらしい。

この、海老名SAで全国14カ所目だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

すくなっ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SAのガソリンスタンドなんて、

ガソリン、軽油、LPG、電気、そして水素と

燃料の博覧会みたいなもんだと思うが

そんなところでも、販売が許されるようになったらしい。

 

 

海老名は東名で一番大きなSAだと思うが、

これがやがて、神、中国、山陽の

各自動車道に広がれば

日本の人口の2/3くらいは

水素ガスの恩恵を受けられるようになる。

 

 

 

これからは水素ガスだ。

燃料電池自動車だ、ということらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、ちょっと無理じゃないかなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

電気自動車、ハイブリッド自動車くらいだったら、

汎用設備が使える、という意味で

先進国なら将来的な可能性もありそうな気がする。

 

 

 

しかし、水素自動車というと、

危険なインフラを

一から作らなくてはならない。

 

 

 

それを補ってあまりある、

環境への利点があるならともかく

水素を作るにも電気が要るのだ。

 

 

 

そもそも高速料金を払って水素ガスをチャージしに行くか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フクシマの悪夢がなければ、

まだ歓迎された技術かも知れない。

 

 

 

少なくとも、燃焼する時に出るのは水だけだ。

消費地における公害を防ぐことができる、

という意味では、むしろ中国あたりの

環境後進国で

導入されるべきかも知れない。

 

 

 

フクシマ以来、水素燃料自動車も電気自動車も

何か、出るタイミングを失ってしまっているように思える。

 

 

 

水素自動車に未来はあるんだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、飛行船には

本当に未来はないのだろうか。

 

原理的に低速しか出せない、ということなら

逆に言えば、低空で、舐めるように空中をクルーズできるはずだ。

 

 

 

大量輸送にはむかないだろう。

高速輸送も無理だ。

 

しかし、離着陸の距離は飛行機と比較にならないくらい短い。

なんなら、厳島神社の大鳥居の前に

ふわりと降りることだって出来る。

 

 

だから、空中クルーズに徹底したら

まだ可能性があるんじゃなかろうか。 

 

 

 

飛行機旅行で何がたのしいって、

窓外の風景を眺めることだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

積載量が少ない、という点は決定的な致命傷だが

なにも世界一周とかじゃなくて

JRがやっているような『九州一周』とか

『西日本一周』とかだったら

十分に競争できるんじゃないだろうか。

 

 

 

 

あんまり食材が積めないから無理かな?

『あ、おトイレは我慢してください。』とか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、同じようなことを考えた人はいるらしく、

21世紀にも飛行船はリバイバルしており、

ヒンデンブルグ号をうんだツェッペリン社が

ツェッペリンNTという飛行船を造っている。

 

 

しかし、時代に早すぎたのか、遅すぎたのか

いまはこの飛行船は造られていない。

 

 

日本でも日本飛行船という会社が導入したが

いまは会社そのものがない。

 

 

 

 

 

 

 

 

むう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の二枚。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

爆破した瞬間のヒンデンブルグ号。

788pxhindenburg_burning

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『炎が上がっているから水素爆発じゃない』と

言うんだが、やっぱり怖いよ、水素。

 

 

 

 

 

 

 

 

そういや、これも気球だったね。

魔女の宅急便のラストシーン。

00000000000000000000000000000000000

 

 

 

 

 

 

 

自重で折れてしまうはずなので、

飛行船はこういう頑張り方は

出来ないと思うけど。

 

 

 

 

 

 

 

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2013年5月 8日 (水)

ストリートビューで『顔見世』

相撲協会が、『ストリートビュー』で幕内力士の顔見世をやった、

というニュース。(朝日新聞の記事へのリンク)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

金のない相撲協会が

Googleからの撮影申請に対して

『そんなら力士を並べえちまえ。』

 

 

 

 

 

 

 

したがって、いま両国国技館の西側正面のストリートビューは

こんなことになっている。

2013y05m07d_215444654

 

 

 

 

 

 

 

手前の紫は把瑠都、奥の紫は琴欧洲。

琴欧洲の2人手前が白鵬。

 

紫が目印って……  

 

 

 

 

 

 

 

ストリートビューといえば、

映り込んだ人の顔を隠す。

車のナンバーを隠す。

表札も隠す。といった具合で

プライバシー保護に関しては人一倍神経質だったのだが、

それが『写してくれ。』だって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こういう冗談は嫌いじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

この『撮影は、朝日のニュースにもなっているように

事前に告知されていたらしく、

さっきの写真の対面はこんな感じである。

2013y05m07d_221744223

 

 

 

 

 

 

 

カメラの砲列。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、若干さみしくはある。

関取全員(かどうか知らんけど)なのにこの程度の人手だ。

半分はマスコミだろうし。

 

 

 

 

これがAKBならこうはいくまい。

秋葉原から両国まで列が続いたはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ということでだな。』

 

 

『却下ですっ。』

 

 

『…なんだよう。』

 

 

『どうせうちの従業員を社屋の前に並べて

横断幕を持たせる、とか言うんでしょう。』

 

 

『だ、駄目かな。』

 

 

『世界中で、そういうことを考えたやつがいるはずですが

パートナープログラムっていって金を出さないと

撮影してくれないですよ。』

 

 

『相撲協会は金を払ったのかなあ。』

 

 

『記事のニュアンスからすると、

「たまたま玄関前に力士が立っていた」っていうことで

金は払ってないらしいですが。』

 

 

『それだよ、』

 

 

『なんです?』

 

 

『だから、うちの社員も、「なんとなく外にいました」って

感じで撮影してもらったら。』

 

 

『無理無理。』

 

 

『なんでよ。』

 

 

『お局の宮内なんか、ただでさえ後ろ頭をはたいたら、

顔の形のまんまにお白粉が落ちそうなくらいなのに、

「全世界に公開する写真を撮る」とか言ったら

左官道具を持ってきますよ?』

 

 

『あいつ、よく皮膚呼吸できるよな…』

 

 

『人類ってすごいですね。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の三枚。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ストリートビューに映り込んだ人たち。

 

 

 

 

黒人街の中で白い衣装を着る男。

00000000000000000000000000000000000

 

 

 

 

 

 

 

なんのメッセージだろう。

よく殴り飛ばされないな。

 

 

 

 

 

 

とおもったら、

『犯人逮捕』の瞬間の写真もあった。

000000000000000000000000000000000_2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

九州新幹線のCM。

 

この動画の撮影は事前に告知されていたらしい。

詳しい基準など調べる気も起きないのだが

あからさまな広告の類は禁止されていたようだ。

 

そのおかげかあの七色のイメージカラーを掲げている人が多い。

 

 

 

 

 

 

 

 

それでもこんなやつがいる。

2013y05m07d_232934125

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『燃えろ たかた』

 

『○○ジュニア』と書いてえるあたり、

何かの少年スポーツクラブなのだろう。

 

この『たかた』というチームが全国大会に出場してきたら

全力で相手を応援する。

 

 

 

さほど必然性のあるカットとも思えないので

JRがこれを載せたのは、何かの報酬があってのことか、と

勘ぐってしまうし、広告めいた幟をあげているのは

この3つの団体だけではないのだが、

最前面なので非常に目立つし、

違和感がある。

 

 

 

 

 

 

なんだろう、

 

 

 

 

 

 

大相撲の『写っちゃった幕内総見』は

まだ笑えるが、この『たかた』は

野暮の限りである。

 

 

 

 

 

 

 

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2013年5月 6日 (月)

風船爆弾-ステルス爆弾の日-

5月5日は日本の風船爆弾がアメリカの民間人6人を殺した日。

1945年のこの日、不発だったこの爆弾に触れた

ピクニック中のアメリカ人女性1人と子供5人が爆死。

(Wikipedia 風船爆弾)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

288pxjapanese_fire_balloon_moffet     

 

 

風船爆弾

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

文字通り風船で、直径10mの和紙製の風船に水素を詰め

気圧計に連動したバラスト(砂袋)投下装置で高度を維持して

7500km以上飛んで太平洋を渡る。 

 

 

 

これに15kg爆弾一つと、5kg焼夷弾二つがつけられた。

1944年12月から1945年3月までの、

たった3ヶ月あまりの間に9300個以上が放球され、

米軍が発見したものだけで361個が確認されている。 

 

 

時期的に、1944年7月のサイパン、テニアンの失陥につづく

11月からの本土空襲に接しており、なんとなく『仕返し』という

イメージがある。

 

 

 

しかし、構想自体は1930年代からあり、

ジェット気流が有効に働くのが冬だけだったから

こんな時期になった。

もちろん『仕返し』という意識はあったろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ、戦略効果、という意味では

日本軍自体も疑問を持っていたらしい。

なにしろ目標を狙えないのだ。

 

 

 

 

 

B-29の直接爆撃もハンセルの10000mの高々度精密爆撃では

たいした効果を上げなかった。

『悪魔』カーチス・ルメイが低空集中無差別爆撃で

街ごと焼き払ったことで効果が出た。

 

 

 

風船爆弾にいたっては、狙いはおろか

届くかどうかもわからないのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

だから、この風船に焼夷弾がつけられていたのには狙いがある。

いまでもそうだが、アメリカの山火事というのは

燃え広がると手が付けられない。

 

00000000000000000000000000000000000         

2012年、コロラド州の山火事 

 

 

              

この風船に付けられていたのは特殊な焼夷弾で

瞬間的だが、2000℃の火球が出来る。

アメリカ西部の広大な山林に落としてこれで火を点けちまえ。

ということだったのだが、

 

あいにくと、冬のロッキー山脈には

雪が降るのである。

 

 

 

 

 

 

火はつかなかった。

 

 

 

 

 

 

実際の『戦果』は、冒頭の女子供6人の死亡。

あと、原爆製造工場の電線に引っかかって

長崎原爆の完成を3日遅らせた、という。

 

 

 

予定通りなら、

広島・長崎同時攻撃だった訳か?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ。心理的な効果は上げた。

 

 

太平洋戦争の初め、1941年12月の真珠湾攻撃、フィリピン攻撃で

太平洋のアメリカ海軍は一時的に無力化された。

 

 

日本軍は潜水艦をアメリカ本土西海岸に展開し、

市民の目前でタンカーを沈めるは、工場を砲撃するは

小型偵察機で森を爆撃するわ、

さらには空母を進出させてアラスカの海軍基地、

ダッチハーバーを空襲したりしている。

 

 

うろたえたルーズベルトは陸軍に

『ジャップが上陸してきたらどうやって守るんだ?』と訊くと

『ロッキー山脈で防いで、

それで駄目ならシカゴで戦います』って、情けない。

 

 

とにかく、見捨てられた

カリフォルニアの軍や市民は恐慌に陥った。

 

 

1941年2月末には、ロサンゼルス上空で

陸軍の観測気球を『日本軍の空襲』と勘違いして

スクランブルを架けるわ、対空砲をどかどかと打ち上げるわ

大騒ぎをして、銃砲弾の破片で市民3人が死んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

アメリカ軍上層部には、

この時の経験が苦く残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

6月のダッチハーバー空襲と同時にミッドウェー海戦は終わっており

それ以降、『日本軍による米本土上陸』は

万に一つもあり得なかったのだが

1941年から42年にかけての軍や市民の混乱を知っていたから

政府や軍の上層部は情報の公開に慎重だった。

 

 

それが、この6人の犠牲を生む。

この『被害』以降、アメリカ軍はこの爆弾の存在を市民に公開する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どこまで情報を隠すかってのは難しいねえ。

 

 

戦争なんだから、情報公開が制限されるのは

やむを得ない部分がある。

そして報道によって、日本軍に『戦果』を知られるのは癪だ

というのもあっただろう。

 

 

この辺の感覚は、大本営がB29の空襲を

『我が方の被害僅少。敵機多数撃墜。』

と報じたのと似たような所はある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしひとつ不思議なことがある。

 

 

アメリカは、発見した早い時期から

この爆弾の正体と放球基地の場所をつかんでいた。

ジェット気流については知らなかったらしいが

1944年冬の時点で

日本が艦船から放球出来るとも思ってはいなかった。

 

 

しかし、結果として有効な反撃は出来なかったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この風船は、いま日本には完全な形のものはないが

アメリカにはたくさんある。

爆弾は、時限装置によって自動的に投下されるが

風船そのものはガスが尽きるまで飛ぶから

簡単に捕獲されてしまうのだ。

 

 

アメリカ軍はそこについているバラストの砂から

それが、千葉の九十九里浜と茨城の大洗海岸のものだ、

と突き止めていた。

だから放球基地も本州の最も東の海岸だろう、と

推定していた。

 

 

 

すごいな。 

 

 

 

ただ、放球されてしまうとどこから来るのかわからない。

アメリカはレ-ダーを駆使して

接近する風船を捕捉しようとするんだが

図体はでかいが、なにしろ和紙だ。

 

 

 

 

レーダーに反応しない。

究極の『ステルス爆弾』だったのである。

 

 

 

狙えないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし放球基地の推定は正解で、

千葉県一宮、茨城県大津、福島県勿来の3カ所。

 

 

ただし1945年1月までは、場所の特定は出来なかったらしい。

基地といっても、気球を係留するためのロープを固定する

金具が設置された円形のベトンの輪っかがあるだけだ。

あと、ボンベ庫と、鉄道の引き込み線くらい。

予備知識がないとなんだかわからないだろう。

巧妙に秘匿されてもいた。

現在は、石碑だけが残されている。

 

 

 

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上総一ノ宮の海岸にある石碑 

 

 

 

 

 

2月、硫黄島の戦いが始まって空母艦載機が

本州を攻撃できるようになると発見され破壊される。

 

 

いずれにしても、春以降は気流が悪くなるらしくて

攻撃できないので、後世有名な割に

風船爆弾の攻撃期間というのはほんの3ヶ月あまりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の六枚。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、もうひとつ不思議なことがある。

 

 

この『気球作戦』は『風船』の「ふ」をとって『ふ号作戦』と呼ばれた。

『ふ号作戦』のために特設部隊が編成される。

この部隊の母体は陸軍の気球連隊であり千葉にあった。

しかし、気球連隊の施設のいくつかは現存しているのだ。

 

 

 

現在

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いまは

倉庫会社が使ってます

 

 

 

 

気球連隊時代

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ほら、同じだ

 

 

 

 

千葉市は軍、特に陸軍の街だった。

 

下は気球連隊移転前、昭和初めの地図。

『陸軍歩兵学校』と書いてあるあたりが気球連隊になる。

左横にある大きな施設は鉄道連隊。

右下に陸軍病院がある。

この地図以外の場所には戦車学校、飛行機学校

軍用機工場などがあった

374pxchiba_map_circa_19302

 

千葉市も1945年の6月と7月に空襲を受ける。

(総務省HP) 

気球連隊は7月の空襲で被害を受けた。 

 

 

 

もっともこの時は既に、風船爆弾の作戦は終了していたから

『風船爆弾攻撃』に関しては、日米ともになんの影響もなかった。 

アメリカが、風船爆弾のことを深刻に考えていたなら

もっと早い時期に徹底的な攻撃を加えていただろう。

 

2度にわたる千葉空襲では

市民に対しては、人口の半分が死傷する大被害を出したが

軍施設への攻撃はどこか中途半端だ。

 

『風船爆弾』の正体が気球で

それを日本で運用できるのは、

千葉の気球連隊だけだった、ということは

アメリカにもわかっていたはずだから

不思議といえば不思議である。

 

 

正直、終戦の1・2ヶ月前に

爆撃しなくてもいいのに、と思う。

 

 

 

 

せっかくだから、上の地図とほぼ同じ範囲の

現在の地図も載せておこう。

2013y05m06d_042517103_2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気球聯隊は住宅地と倉庫と工場。

ピンがついているのが気球連隊倉庫のある川光倉庫。

鉄道連隊は千葉経大と付属高校と市営住宅 

演習場は千葉公園になっている。

 

 

 

千葉経大の構内には鉄道連隊時代の資材保管場の

建物が現在も残っている。

 

000000000000000000000000000000000_4

 

 

立派な建物なんだけど、

あんまり大事にされていない。 

 

 

この建物は昭和60年まで、国鉄のレールセンターとして使われており、

千葉駅から朝の10時頃と夕方の3時くらいに

のろのろと貨物列車がここまで走っていた。

 

 

 

 

鉄道連隊の演習場だった千葉公園には

遺構がいくつか残っている。

 

000000000000000000000000000000000_6

 

超短いトンネル 

上になんにもないし

 

 

いまと場所が変わらないのは

千葉高と千葉刑務所くらいだろうか。

 

 

 

 

千葉市出身者ならこれだけで2時間は楽しめる。

親が同郷だったら、一晩飲み明かせる。

 

 

 

 

 

 

 

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2013年5月 4日 (土)

滅びゆく言語とスターウォーズ

『ナバホ語で吹き替えた「スターウォーズ」が作られる』、

というニュース。(ロイターの記事へのリンク)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナバホ語、というのはネイティブアメリカンのナバホ族の言葉。

アメリカ国内でもマイナーな言語なのだが

この記事によると17万人の話者がいるという。

 

 

『ナバホ語だけでなく文化の保存にも一役買うと考えた。』

だそうである。

 

 

 

しかし、言語が安全に生存できるラインというのは

話者100万人くらいらしいので

話者17万人であるナバホ語を使う人も危機感を覚えるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

滅んだ言語、というのはたくさんある。

 

 

 

 

 

 

 

むかしすぎて検索する気も起きないのだが、

確かニューギニアのジャングルに

独自の言語を使っていた部族があった。

 

 

その独自っぷりというのは、語彙から文法にいたるまで

周辺の部族とは異なっていて、学者たちの注目を集めていた。

 

 

ところが部族の人口が減り、

三十数人になった時点で狩猟生活を止めて村に降りた。

そして他の部族とつきあい、仕事をするようになると

その言語は、たちまち消滅したのだという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

話者が少なくなって絶滅寸前、という言葉は日本にもあって

アイヌ語なんかがそうだ。

 

 

北海道の地名の多くがアイヌ語起源なのは有名で、

『いやいや、東北もそうだ。』

『関東もそうだ』

『岐阜から東はみんなそうなんじゃないのか?』

なんて言われるくらいで、地理範囲で言えば相当に広く

アイヌ語を話す人がいた。

 

 

ところがWikipediaによると、

研究者以外でアイヌ語を自由に話せる人というのは、

いまや10人もいないらしい。

 

 

 

10人じゃ井戸端会議も出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何をもって言語とするか、というのは難しい。

 

 

オランダ語はドイツ語の方言みたいなもんらしいし、

ロシア語がわかれば、セルビア語もわかるんだそうだ。

 

 

 

そもそも、英語、ドイツ語、フランス語は語彙の7割が共通で

『男性器』のことは

3ヶ国とも『penis』である。

 

 

うん。なにもこういう単語を例に出すことはないよね。

 

 

 

 

よく『ヨーロッパでは2.3カ国語が話せるのは当たり前。

だから日本人なんて駄目なのよ。』

みたいなことを言うやつがいるが

襟首を

締め上げてやろうかと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本の方言、というのも相当なもんだったらしく、

幕末、薩摩と会津の武士が会談する時、

話し言葉では通じないので筆談をした、という話を

たしか司馬遼太郎の本で読んだな。


日本でも、方言を別言語である、としたら

私などは、千葉弁と関西弁のバイリンガルだ。






しかし、そうはならなかった。 






日本で方言が消えたのは、学校教育とマスコミのせい。

教科書と新聞の普及で文字や文章の表現が統一され、

やがてラジオ放送が始まると

アクセントも全国共通になっていく。

 

 

テレビの時代になると、もはや圧倒的で

語尾を上げて平板にする、あの薄気味の悪い『三多摩方言』を

アナウンサーでさえ使っているのを聴いたことがあるぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じようなことは、世界の中でもあって

『英語帝国主義』なんて言われる。

 

 

いまやインターネットのコンテンツの7割が英語、

EUの公用語は加盟27ヶ国の23言語なのだが

書類の8割が英語のみで作成されているという。 

 

 

23も公用語を作るから翻訳しないんじゃないか?と思うが、

日本でも小学生に英語の授業をしたり、

社食も含めて社内では英語だけ、なんていう

いちびった企業が出てきたり藤原鎌足。

 

 

 

『ムーン・ビューイング・ヌードル、プリーズ。』

『月見やなっ。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機械で翻訳すりゃあ いいんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まだ、自動翻訳電話もGoogle翻訳も頼りないが

こういうツールは

三段跳びみたいなスピードで

進化するに決まっている。

 

 

 

いずれ、『小学校の英語教育』が、『ゆとり教育』のように

『余計な英語教育のせいで子供の国語力が落ちた。』と

悪口を言われる時代が来るだろう。

 

 

 

『言葉は文化だ』とか難しいことを言うからめんどくさい。 

コミュニケーションの道具だと割り切ってしまって

そこの部分は翻訳ツールに任せればいい。

 

 

それで母国語の『文化の部分』は守っておけばいいんで、

それでも滅びる言葉は、

所詮そこまでだったと諦めるしかない。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もっとも、『英語=ナバホ語』や『日本語=アイヌ語』の

翻訳ツールが出来るかどうかは疑問だけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ローカル言語を残そう、』

『方言を残そう。』というのは間違いではないと思うのだが

行きすぎるとおかしなことになる。

 

 

地方のテレビ番組には、

必ずご当地の方言を話すタレントが出る。

番組全部がそういうカラーを押し出しているのもある。

吉本の芸人は必ず関西弁で演じないといけないらしい。

 

 

 

ところが、そんな中にも、聴いているとあきらかに

『こいつネイティブじゃねえな。』

というアクセントの人がいる。 

 

 

 

こっちだって30年以上関西にいるのだ。

『宮城弁の真贋を聞き分けよ。』と言われても自信はないが

関西弁なら、各県別のヒアリングは出来る。

 

 

 

それなら、お前は こてこての関西弁なのか?

というと違う。

 

 

これには涙なくしては語れない事情がある。

例によって、脇道に外れるのだが

ちょっとだけおつきあいください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私個人は、18歳まで千葉にいた。

だから、ベースは千葉の言葉だ。

 

 

更にうちの母親は浅草生まれだが、

『あたしゃ三代続いた江戸っ子だからね。』

と、実の息子に自慢するようなやつだ。 

彼女のマシンガントークを浴びて育ったから

東京の下町のアクセントもあると思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんだ?この野郎。関東弁が自慢で直さないのか?

と思われるかも知れない。

実際、そういうことを面と向かっていわれたこともあるのだが

事実は逆で、恥ずかしいから。

 

 

大阪の学校に入ったのは第一志望なので

悔いも未練もない。

最低4年間は通わないといけないわけだから

『郷に入りては、郷に従うか。』と

関西弁を使い出したことがある。

 

 

うん、まあ拙いのはわかってた。

それも『習うより慣れろ。』だと

『あー、なんやー。この授業また休講かいな。』なんて、

初々しくもやっていたら、

クラスメイトのO西君にこう言われてしまった。

 

 

 

『なんや、お前が最近使てる

「大阪弁みたいなん。」

きしょいわ。やめえっ。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

きっつー。

 

 

 

 

 

 

 

 

『きしょい』というのは大阪弁でも結構きつい表現だが

他県出身者には更にきつい。

『アホはええけど、馬鹿はきついわ。』なんて

大阪人が言うのとはまるっきり次元が違う。

 

 

 

童貞だった私が

『も、もう二度と大阪弁なんか使ってやらないんだからねっ。』

と心を閉ざしてしまったのもやむを得まい。

 

 

 

 

 

 

 

しかしまあ、いまはそんなに頑なになっているわけではなく

会話相手が関西出身者だったら、相変わらず

『大阪弁みたいなの。』が出てきたりはする。

 

 

30年前よりは上達したと思うが

別にこれ以上 上達しようとも思わない。

もう、このままでいいと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

言葉に関して、その使用頻度であれ、

表現であれ、アクセントであれ、

『○○であるべきだ。』とか

『○○しなくてはならない。』

なんていう強制は似合わない。

 

 

『守らなくてはいけない』

なんていう『保護』も同じだ。

 

 

 

 

話す人間がいなければ、

滅びるものは仕方がない。

 

 

 

 

『大阪だから』『吉本だから』

大阪弁を使わなくてはならない、

という沈黙の強制も、 

 

 

『消滅危機言語だから』

話者10人のアイヌ語を守れ、というのも

同じ座標にある。

 

 

 

 

 

どうしても文化的に貴重だ、というのなら

研究して辞書を作り、

録音でもしておくしかない。

 

 

 

どうも今回の話題は、いつも以上に共感されにくいだろうな、

と思いながら書いています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし言葉に『強制』や『保護』は似合わない、ということと 

 

冒頭の『ナバホ語のスターウォーズ』にしても、

間違えると色物になってしまって、

『おおロミオ。

あんだなじょしてロミオだべ?』

という、高校の文化祭の方言劇ようなことになると思うので

だいじょぶかいな、と思ったわけです。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の6本。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回のニュースで『ナバホ語』というのを読んだ時に

真っ先に思い出したのが

『第二次大戦でアメリカ軍は通信文をナバホ語に翻訳して

暗号にしていた。』というエピソード。

 

 

アメリカ軍はナバホ族出身の兵士を『コードトーカー』

という名前の暗号兵として訓練して前線に送った。

 

 

これは、その兵士が登場する『ウィンドトーカーズ』

という映画の予告編。 

 

 

戦闘シーンばっかりで、なんだかさっぱりわからないと思うが   

実際にこの暗号を目にした日本軍は

『原文が英語じゃないな。』ということまでは

気がついたらしいが、結局はこの暗号を破れなかった。

 

 

そのくらい日本人にはなじみのない言語だったということらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1995年にヒットしたEAST END×YURIの「DA.YO.NE」

こうやってCMにもなったし、紅白にも出た。

 

そうか、そんなに昔か。

 

この曲をここで取り上げたのは、

各地の方言を使ったローカル版が登場したから。 

その地方のバンドなりタレントを使っているんだそうです。 

 

 

 

 

 

大阪弁版、『そやな』

 

 

 

 

名古屋弁版、『だがね』

 

 

 

 

広島弁版、『ほじゃね』

 

 

 

 

東北弁版、『だっちゃね』

 

 

 

 

九州弁版、『そうたい』

 

あと、北海道弁版があるらしいんですが

捜すのがめんどくさくなったので止めます。

 

気になる方は捜してみてください。

 

 

 

 

 

 

 

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2013年5月 3日 (金)

色がちがうっ。

長崎市が、市役所別館の外壁色が市の景観計画に違反する、

として130万円掛けて塗り直した、というニュース。

(朝日新聞の記事へのリンク)

 

 

 

塗色を指示した主査は減給1/10という結構きつい懲戒を受け、

『塗り直し代』も請求される見込み、であるという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何が悪かったのか、というと

朝日や読売の記事では『色が明るすぎた。』とある。

産経の記事では『茶色が悪かった。』とある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、どれほど素っ頓狂な色だったのか、

ご覧いただきましょう。 

 

 

 

 

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茶色、かなあ?

 

 

 

  

 

 

べつにいいんじゃないの?

 

このくらい。

 

 

 

 

 

もちろん、褒めるような色ではないが、どちらかというと、

右側の『薄わさびみどり』のほうが

センスを疑う。

 

 

写真だからよくわからないが、そんなに『明るい』かなあ?

『当初の予定を勝手に変更した』、というが

元はどんな色だったんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、

 

それならどんな建物が、市の建築としてふさわしいのか?

こんなのはどうだ?

 

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さて、

この建物はなんでしょう。 

 

 

 

 

 

正解は、大阪市の舞洲という埋め立て地にある

ゴミ処理工場。

 

  

 

 

 

 

こんな素っ頓狂な建物、

さぞや朝日新聞は怒っているかと思ったら

『派手に誘惑 これぞ大阪』ときた。

 

  

 

 

とんだダブルスタンダ-ドである。

 

 

 

まあ、記事は『オリンピック誘致を目指して、こんな建物を建てた。

オリンピックは来なかったけど、観光客は来る。さて将来は。』

という具合で必ずしも、万歳一色ではないのだが、

長崎ではだめで大阪ならいい、というのも

なんだか馬鹿にされたような話だ。

 

 

 

 

 

 

  

 

長崎の景観条例や計画の詳細はよく知らないが、

こういう規則は日本中にある。

  

 

 

阪神間の都市など、日本一厳しいんじゃないだろうか?

 

 

 

 

それこそ、着色したパース(透視図)を出せ、と来る。

そんな金ねえよ、と思って

『いやあ、まだ詳細が未定ですから。』なんて言うと、

それなら立面図に着色してマンセル値を書けなんていう。

  

書いてもいいけど、てめえそれ理解できねえだろ?

こっちも書けないけどさ。

とか思って、もにょもにょしていると、

日塗工の色見本を貼ってもいい、とかいう。

            

 

要するに何だっていいんだな、と思っても

そこはまあ、舞洲のゴミ工場をデザインした

フンデルトヴァッサーのような大先生ではないので

結局は無難な色を選んじゃうんだけどな。

 

 

  

 

 

 

しかし、色だけではなく、デザインにしても

こんな建物を見せられると何が正解なんだろう、という気はする。

           

心配しなくても、そんな仕事の依頼はないからいいんだけど。

 

  

 

くすん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の一枚。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この問題を解くヒントが、

この建物にあるような気がする。  

300pxformer_kaichi_school_2009     

 

 

 

 

 

       

 

 

明治6年、というから我が母校と同じ年に開校した旧開智学校。 

一体これは何だ?というと小学校。 

長野県松本市にある。

 

         

明治5年の学制発布によって、

日本中で『おらが街でも学校を作るだ。』という気運が高まる。

松本で、その任を預けられたのが立石清重という大工さん。

 

          

立石棟梁、

『小学校を作れ。しかも洋風の超かっこいいやつな。』

とか言われてもそんなの作ったことがない。

作るばかりか見たこともない。

 

  

仕方なく横浜に見学に行った。

ところが、その当時横浜にあったのも、

洋風とも和風とも判じかねる擬洋風建築というやつで

まじめな立石棟梁は、松本にそのお手本のような

この建物を造った。

  

実際明治初期に作られた多くの擬洋風建築が、

その後、建て替えられたり、火事にあったり、

震災や戦災にあったり藤原鎌足して喪われたのに、

奇跡のように美しい姿で生き残ったこの建物は

国の重要文化財になっている。

 

  

しかも棟梁、まじめに横浜の擬洋風を移植しただけではなく

途中でノって来ちゃったらしく、

中央に車寄せがあるのは まあ洋風だとしても、

その柱の間に本来あるはずがない貫を通して欄間を作り、

二匹の龍を闘わせる。

  

車寄せの上がバルコニー、というのは

三島由起夫が演説をした

市ヶ谷の旧参謀本部でも同じなのだが

立石棟梁、その手摺に雲を舞わせている。

 

 

さらにその上には屋根はいらないってのに、

棟梁、どうもお寺かお城のイメージが抜けなかったらしく

唐破風の屋根を架ける。

 

 

 

 

そして破風の下、懸魚の部分に

『開智学校』の銘板を掛けるのはともかく、

それを持っているのはエンジェルだ。

 

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てっぺんにあるのは八角形の塔屋

これも和風というかお寺風というか 

(クリックで大きくして、

ひょっとこなディテールをどうぞ)

 

 

  

 

そして、このすっとこどっこいな建物が罵倒されたのか?

というと、とんでもなく

喝采で迎えられた。

  

いまも松本市民の誇りである。

 

             

 

 

だから、こういう建物のデザインのコツ、というのは

気合い、だと思う。

 

 

   

立石棟梁にしたって、図面を引いて、

出資者である有力町民たちに

了解を取るくらいのことはしただろう。

 

 

彼がどんなキャラクターの人だったのか知るよしもない。

 

 

         

口角、泡を飛ばして、とうとうと論じ立てたのか、

『お横浜ではザンスね』と知識をひけらかしたのか

そんな嫌みなやつじゃなく、物静かに図面だけ差し出し、

周りから『横浜帰りが言うんなら、これが「世界」なのか。』

と思わせるだけの人格者だったのか。

 

 

 

 

 

いずれにしても『信念』があっただろう。

 

 

この長崎市役所の主査が

『色がおかしいんじゃないのか?』と注意されても、

『いやあ、いまから変えたら業者の手間がかかりますから。』

と、のらりくらりと言い訳をした、というあたりと

そこが違う。

 

 

まあ、信念があって変な色を塗られて、

まことちゃんハウスのようになってしまっても困るが…

 

 

 

 

 

 

しかし、気合いですよ。たぶん。

 

 

自信がないのは依頼がないからさ。

大丈夫、僕も横浜に行くから。

 

 

 

 

 

くすん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三島由起夫の演説を伝えるニュース映像。 

 

 

 

『諸君の中に一人でも、俺と一緒に立つ奴はいないのか?』

 

(罵声:「降りてこーい」 )

 

『一人もいないんだな……』

 

 

 

 

 

 

 

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2013年5月 2日 (木)

ロミオとジュリエットは実在したか?

ルーマニアで『ロミオとジュリエット』が見つかった、

というニュース。(読売の記事へのリンク)


























『埋葬された男女の遺体が、手をつないでいた、と。』

 

『ほうっ。』

 

00000000000000000000000000000000000



左の人の腕と手が

重なっている 















『左の人が女性なのか?』

 

『骨盤の見分け方なんか知らないですけど、

背丈からしたらそうかなあ…』

 

『で、これがなんで「ロミオとジュリエット」なんだ?』

 

『男のほうが先に殺されていて

女のほうが後から死んでいる。』

 

『まあ、手の重なり具合からしたらそうかな。』

 

『15.6世紀には、男女を一緒に埋葬する習慣はなかったらしいので

「後追い自殺」じゃないか?と』

 

『……』

 

『……』

 

『ロミオとジュリエット、ってどんな話だったっけ。』

  

『おお、ロミオ。あなたはどうしてロミオなの?』

 

『親父が名付けたからじゃ、ぼけえ。』

 

『……』

 

『……』 

 

『いやいや、それじゃ、悲恋の物語になりませんがな。』

 

『でも、この死体が16世紀前半までの物だとしたら

シェークスピアの影響は受けてねえぞ。』

 

『そうですか?』

 

『だって、シェークスピアが活躍した時代は

16紀末から17世紀だ。

やつの生没年は「1564ー1616年」だぞ?』

 

『へえ。』

 

『人殺し、色々書いたシェークスピア、さ。』

 

『あ…』




















 

『せやから、どんな物語だったか、ちゅうねん。』

 

『えーと、舞台は14世紀のイタリアの都市、ヴェローナ。』

 

『うん…』

 

『この街では、皇帝派のモンタギュー家と、

教皇派のキャビュレット家の仲が大変に悪い。』

 

『はあ…』

 

『ところがっ。モンタギュー家の跡取り、ロミオが

キャビュレット家の一人娘、ジュリエットと恋に落ちる。』

 

『だいぶ省略したな。』

 

『どうせ両方の家は認めてくれないから、って

ロレンツォという坊主に頼んで密かに結婚するんです。』

 

『「成人なんだから婚姻届を出すのは

あなたたちの責任ですよね。」とか言って、

発言小町に怒られそうだな。』

 

『ところがっ。あれこれあって、

ロミオはジュリエットのお母さんの甥っ子を

決闘で殺してしまうんですっ。』

 

『母さんの甥っ子ってずいぶん遠い血縁だぞ。』


『しかしっ。当主のキャビュレットは激怒。』

 

『まあ、ね…』

 

『ロミオは追放。ジュリエットには婿を取らせる、と。』

 

『2人の関係を知らなかったら、仕方ないんじゃないか?』

 

『そんなこと言ってもジュリエットは困ります。

ロレンツォ坊主の所に行ってロミオと一緒にいたいと言います。』

 

『うーん?…』

 

『そこでロレンツォはジュリエットに「仮死の薬」を与えます。』

 

『待て待て待て。

その坊主の狙いはなんだ?』

 

『この2人の結婚を認めさせて

ヴェローナの街に平和を取り戻そうとした、と。』

 

『仮死の薬、ってなんだよ?』

 

『……』

 

『……』

 

『せかいじゅのはとかで生き返れる薬じゃないですか?』

 

『で、ジュリエットがその薬を飲んだ、と。』

 

『それでロミオを呼び戻し、生き返ったジュリエットと一緒に

逃がす、という予定だったんです。』

 

『駆け落ちだな?』

 

『はい?』

 

『だから、駆け落ちだろ?

なんでそんなめんどくさいことするんだよ。』

 

『シェークスピアの名作を、そんな風に言っちゃいけません。』

 

『つれて逃げりゃいいんだよ。

親の心に背いてまでも。』




『矢切の渡し、200円で渡れますけどね。』

 

『それで2人は、めでたく駆け落ちできたんだな?』

 

『それじゃあ、シェイクスピアが誇る4大悲劇になりません。』

 

『うん?』

 

『ロミオは、ジュリエットの所まで、来たことは来たんだけど

連絡が悪くて、仮死状態のジュリエットを見て、

「ああ、俺の恋は終わった」って自殺しちゃうんです。』

 

『うわあ。』

 

『仮死状態からさめたジュリエットは、

横でロミオが死んでるのを見て

「ああ、あたしの人生も終わった。」って

こいつも自殺しちゃうんです。』

 

『……』

 

『……』

 

『アホや……』 




























『で、それで今回の死体が、

なんでその「矢切の馬カップル」なんだね?』

 

『だから、女が後に死んでるし、手をつないで寄り添ってるし。』

 

『男はなんで死んだの?』

 

『読売の記事だと、鈍器で撲殺っていう風になってますね。

女には骨に見られる外傷はない、と。』

 

『…痴話喧嘩で殺したんじゃねえのか?』

『まいどまいど、ロマンがないですね。』

 

『だけど、お前。手をつないで埋葬されていたって事は

棺に入ってないって事だぞ?

15世紀のルーマニアでは、ドラキュラ伝説に見るように

死人は六角形の棺に入ってたんじゃないのか?』




 

00000000000000000000000000000000000



1958年の映画『ドラキュラ』

吸血鬼、クリストファー・リー












『心臓に十字架が刺さってるのに笑ってるよう…』


 

『男が誰に殴られたにしろ、埋葬されてるって事は

女が墓をあばいて

棺から出したって事だろう。』

 

『ロマンがない……』

 

『ふっふっふっ…』























『あ、いや、それは違うでしょう。』

 

『そうか?』

 

『女の死因がわかりませんが、手をつないで死んでいるって事は、

女が死んだ後に、誰か上から

土をかけた奴がいるって事ですよ。』

 

『あ、そうか。』

 

『ということは、誰か、この狂言の協力者がいた…』

 

『むう…』

 

『……』

 

『浮気相手と一緒に、ロミオを殺したジュリエットも

その浮気相手に殺され、

証拠を隠すために、手をつないで埋められた、とか。』

 

『ロミオとジュリエットは、

公式には夫婦じゃないんだから殺す必要はないでしょう。

この芝居で、誰が「協力者」になるんです?』


 

『ロレンツォじゃねえの?』

 

『…夢がない…』




























では、『今日のロミオとドラキュラ。』






















宝塚の『ロミオとジュリエット』

バルコニーのシーン。

 


たった、三分半だが見通すのがつらかった。












『よみがえるドラキュラ。1968年』

10年経っても続編が作られる、という大人気。



こっちのほうがいいや。 













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2013年5月 1日 (水)

3億円5セント硬貨物語

本来、製造が終了している筈の『1913年』と刻印された

5セント硬貨が317万ドル(3.1億円)で売れた、というニュース。

(読売の記事へのリンク)

 

 

 

 

 

 

 

         

売れたのは、1883年から1912年まで製造されていた、

リバティ・ヘッド・ニッケルという5セント硬貨の『1913年版』。

アメリカの造幣局の職員が違法に製造した。

確認されている『違法5セント』の『本物』は5枚だけだそうだ。 

 

 

 

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自由の女神の頭

(リバティ・ヘッド)の

下に1913と入ってる 

 

 

 

 

『偽造の5セントの本物が3億円』という、

バカボンのパパのセリフみたいな状況に頭がくらくらするが

このコインの歴史というのが、とても面白い。

 

 

 

リンクした読売の記事は簡単すぎてよくわからないが

かなり詳しいabc7NEWSの記事などをベースにして

再現してみたいと思います。

 

 

 

 

 

 

では、どうぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

まず、今回3億円で売れたこのコインは2003年から10年間

コロラドの貨幣博物館という所に展示されていた。

 

 

所有者はバージニア州に住む姉弟。

このコインがどうして生まれ、

彼らがなぜ手に入れるかの経緯は以下のようだったそうである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このコインはフィラデルフィアの造幣局に勤めていた

W・ブラウンなる人物によって、5枚だけ『偽造』された。

 

 

 

どうせ偽造するなら

もっと高額のコインにすればいいのに。

 

 

 

製造年を変えて打刻するための金型の制作費も

バカにならないと思うので、以下の話は

眉毛をつばで濡らしながら読んでください。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もちろん、いくら5セント硬貨とはいえ『偽造』は違法なので

ブラウン氏は時効になる1920年まで待って、その年に

シカゴで行われていた全米貨幣協会の展示会に持ち込んだ。

 

 

これを買った人物は、ちょっと調べたけど、わからない。

いくらで買ったのかもわからないのだが、

後で述べるように、それほどの金額ではなかったらしい。

 

 

 

 

 

 

『5枚一組』になったこのセットは、

その後1942年まで、所有者を転々としながらも一緒だった。

 

 

そのうちのひとりが、投機で成功し

『アメリカ一の金持ち』になったけど『世界一のケチ』でもあった、

へティ・グリーンというおばさんの息子。

 

 

このおばさんはケチでケチで、息子が脚に怪我をした時

病院に連れて行かなかったもんだから切断する羽目になった。

 

 

 

 

 

 

このシカゴの展示会まで、

『1913年製造のリバティ・ニッケル』の存在なんか

コレクターにさえ、知られていなかった。

 

 

偽造者が直に持ち込んだんだから当然だけど。

 

 

 

後年、この5枚が高値で取引されるようになって

『偽物の偽物』、つまりブラウン氏以外の

1913年製リバティ・ヘッド・ニッケルが現れたりする。 

 

 

『偽物の本物』を鑑定するべく

『ブラウン氏の5枚』が集められたが、それも

文字の欠損があったりして、偽造品としては質が悪かった。 

 

 

 

しかし、そんな真贋定かならぬこのセットに

遺産の一部をぽんと投じた、ヘティおばさんの息子は

母親譲りの投機家なのか、あるいは

よほど母親を憎んでいたのだろう。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1942年以降は、ばら売りされて、

それぞれに数奇な運命をたどる。

 

 

ノースカロライナ州の、ウォルトンさんというコレクターが

そのうちの一枚を、3750ドルで手に入れたのが

1940年代のなかば。

 

 

この金額から逆算すると、偽造者である

ブラウン氏が手にした金額は大したことはなかったと思う。

単純に5倍にしても2万ドル弱だ。

 

 

ブラウンさんにしてもウォルトンさんにしても

まさか自分が手にしたことがある、そのコインが

 

購入価格の850倍、

硬貨の額面の6340万倍の3億円以上で

遠い将来に取引されることになるとは

思ってもいなかっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウォルトンさんは1962年に自動車事故で死んでしまうのだが

彼は車に、この『1913 リバティ・ヘッド・ニッケル』だけではなく

数百枚のコインを積んでいたというから、相当なコレクターだ。

 

 

 

 

 

 

で、

 

これらのコインは鑑定に掛けられ、

この『1913 リバティ・ニッケル』は

偽物と判定された。

 

 

 

理由は、製造年が偽造されている疑いがあることと、

材料の銅とニッケルの比率が本物と違っていたから。

 

 

製造年は意図的に偽造されているから当たり前だが、

ブラウン先生、コインを作る原版を自前で調達したために

材料の比率を間違えたらしい。

 

 

 

従って、このコインは『無価値である』として、

ウォルトンさんの娘のメルヴァ・ギブンスという女性に引き渡された。

 

 

ギブンスおばさんは親父の古銭趣味に興味がなかったらしく

封筒に入れたまま、クロゼットの中に放り込んでいた。

 

 

その後、このコインは1993年の彼女の死まで

誰からも顧みられることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところが、ギブソンおばさんの死後、

彼女の息子であったライアン・マイヤーズ君が

遺産整理のために雇った弁護士が

このコインのことを知っていた。

 

 

 

既に一部のコレクターの間では知られていたらしい。

 

 

 

そして弁護士のくせに、実物を見せると

『5000ドルで譲ってくれ』と言い出した。

 

 

そんなこと言ったら、

ライアン君も『おかしい』って思うよなあ。

彼は、『ほかの姉弟の意見も聞かないといけないから。』

と断った。

 

 

当たり前だ。

 

 

なんて交渉の下手な弁護士なんだろう。

『いやいや価値なんてないですよ。』といって

ウォルトンさんからギブソンおばさんに相続したように

ただ同然で手に入れることも出来たかも知れないのに。

 

 

無理かな?

 

 

この『ブラウン氏の1913 リバティ・ニッケル』は、

ギブソンおばさんが死んだ頃から、一般にも知られるようになり

値段が急騰する。

 

2003年には、そのうちの一枚が300万ドル、

2005年には別の一枚が450万ドル、と

今回の一枚と同程度、あるいは

それよりも、はるかに高い値段で取引される。

 

 

隠し通せなかっただろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライアン君と、姉のシェリルさんは2003年に行われた

全米貨幣協会の世界博覧会に、

ウォルトンさんのコインを持ち込む。 

そこには、残りの4枚の『ブラウン氏のコイン』が展示されていた。

 

 

1942年以来60年ぶりに一堂に会した『リバティ・ニッケル』は

専門家によって鑑定され、そこでウォルトンさんのコインも

めでたく、『本物の偽物』 と認められることになる。

 

 

1913の刻印の下に共通の傷があったそうなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

以来今日まで、コロラドの貨幣博物館にあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

abc7NEWSは、このオークションの後に

この姉弟が語ったセリフを紹介して終わっている。

 

 

 

ライアンは

 

『僕はこのコインを手放したくはありませんでした。

これは、あなたがフリーマーケットみたいなところで

簡単に見付けられるような物とは違うのです。 

なによりもこれは、あまりにも長い間

ぼくらの家族だったのです。』

 

 

 

 

 

シェリルは

 

『みんなが訊くわ。

どうしてあたしたちが10年間も

このコインを持っていたのか、って。 

売ってしまえば

莫大なお金が手に入ったのに、って。』

 

 

 

 

そしてコロラドの博物館の展示の前で

 

 

 

 

『これで、40年間の誤りが正されたのです。

こうやって10年間、博物館で公開したことで

祖父、ウォルトンの願いは尊重されたのです。』 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、最後にもう一度、読売の記事に戻って、

このオークションで3億円を手に入れた後の

この姉弟のセリフ。

 

『収益を投資に向ける』 と意気込んでいる。

だそうである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この姉弟が、速やかに あぶく銭を失って

すってんてんになってくれることを

切に願う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

元は5セントじゃねえか…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日のエラーコイン』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本の場合、貨幣の製造工程というのは

こんなことになっているらしい。

(造幣局のウェブサイトへのリンク)

工程自体は、いまのアメリカも似たようなもんだろう。

 

 

 

職業倫理として、偽造するような職員はいないと思うが

この工程だったら、たとえ内部犯行でも

偽造なんか無理だろうな、と思う。 

 

 

しかし、それでも型を抜く(圧穿というらしい)時にずれたり

模様を刻印(圧印)する時にずれたり、

そういったエラーコインが出る。

 

 

その中には、厳しいチェックをくぐり抜けて

市中に流通しちゃう奴があって、

コレクターズアイテムになっている。 

 

 

ケースによっては古銭屋で額面以上の値段がつくそうだ。 

 

 

 

 

 

00000000000000000000000000000000_10

穴がずれている五円、五十円

というのは珍しくないが

ここまで豪快だと気持ちいい。

値段不明

 

 

 

 

00000000000000000000000000000000_11

 

穴ずれ+フデ五という

二重のレアアイテム 

40000円 

 

 

 

 

00000000000000000000000000000000_15

 

 

穴がない時もある

136000円 

 

 

 

 

 

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模様がずれることもある

値段不明

そもそも お前いくらだ?

 

 

 

 

00000000000000000000000000000000_14

 

こんなのばっかり

集めている人もいる

これでまとめて600円 

 

 

 

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縁が立っちゃうこともある

(クリックで大きく)

1500円 

 

 

 

 

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コインじゃないけど

表と裏を同じ面に刷っちゃった

千円札。

値段不明

 

 

 

 

 

 

 

まあ、間違えちゃうことはあるよね。

にんげんだもの。

 

 

 

しかし、この わらしべ姉弟は、

なんか許せない。

 

 

 

 

 

 

 

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(リンクしてある原文を見てもらったらいいけど、

相当 適当に翻訳しています。)

 

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