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2013年7月の投稿

2013年7月31日 (水)

インディアナポリス撃沈の日。

1945年7月30日はアメリカの重巡洋艦インディアナポリスが

日本軍の潜水艦の魚雷攻撃で沈没した日。

終戦2週間前である。

(Wikipedia インディアナポリス)

(インディアナポリス博物館の公式サイトへのリンク)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Uss_indianapolis_at_mare_island     

沈没3週間前の

インディアナポリス

 

 

 

 

 

 

いかにも巡洋艦らしい速そうな艦型。 

実際速くてこの船の最高速は32ノット(約60km/h)だった。

 

ロンドン軍縮条約で、新たに決められた規格が重巡洋艦で

1万トン以下、そのほか備砲の制限なども受けた

この艦は『条約型巡洋艦』といわれ、

なにしろ『1万トン以下』だから総トン数は9800tと 

なんだかスーパーのお買い得価格のようである。

 

 

 

 

 

就役は1932年で、1945年の第二次大戦の終戦後

大砲で勝負をつける巡洋艦や戦艦という艦種は新造されなくなる。

 

圧倒的な航続力と速力で『クルーザー』とよばれたこの艦種の

最後期の艦なのだが、Wikipediaによると

『条約型軍艦だから狭い。装備も古くてクーラーもない。 

扇風機を回したらレーダーが狂うので禁止。 

艦内は死ぬほど暑かった。』と 

  

えらい書かれようだ。

 

 

 

 

 

 

ただし、この艦以降、軍縮条約の規制を外れた、

より大型の巡洋艦を日米双方就役させているので

若干中途半端な船になっていたのは確かかも知れない。

 

ただし、就役から沈没まで太平洋戦線で活動したこの船は 

当たり前だが日本海軍と戦い、 

ミッドウェー、ソロモン海、アリューシャン、マリアナ、レイテ 

硫黄島、沖縄と主要な戦闘に顔を出しやがって 

 

畜生腹が立つ。

 

 

 

 

 

 

しかも、ミッドウェー海戦後、

それを指揮して日本海軍を叩きのめした

スプルーアンス提督の座乗艦になり、第5艦隊の旗艦となる。

 

日本人には恨み骨髄の艦である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところがこの艦は、沖縄空襲を指揮するために、

沈没の4ヶ月前に出撃したところを

日本陸軍の特攻機の攻撃を受け、重大な損傷を受ける。

これにより、スプルーアンスの将旗は降ろされて 

旗艦任務を外される。

3か月後に復帰するが、第5艦隊には所属せず

太平洋艦隊司令部直属のような形をとる。

 

 

 

 

 

そして、修理後のこの艦に与えられたのが 

最後にして最大の任務。 

『原爆輸送作戦』である。

 

ヒロシマとナガサキに落とす原爆の本体と起爆装置。

そのほか、原爆機が搭載する観測機器などを

積み込んで7月16日、サンフランシスコを出航。

途中、真珠湾に立ち寄ってテニアンに 

原爆を届けたのが7月26日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、

 

その『帰途』に日本潜水艦の攻撃を受けて沈没した。

 

帰途、だと書いてある本が多くて、

『原爆輸送任務を終えて、ハワイにでも帰る途中だったのか?』

と思ってしまうが、実際にはこの艦は

グアムを経由してフィリピンに向かう途上であった。

 

 

 

 

 

だから撃沈地点は、グアムとフィリピンのほぼ中間 

パラオの北、500kmくらいの所だ。

 

 

 

 

 

 

撃沈した伊号潜水艦の乗組員は狂喜した。

この伊58号には、人間魚雷『回天』が6隻搭載されており

インディアナポリス攻撃の時点でも4隻があり、

2隻が出撃態勢にあった。 

回天搭乗員は大いに悔しがったそうである。 

 

『死ななかったんだからいいじゃん。』

思うのは後世の戦争を知らない子どもたち。

実際に戦闘に参加していた連中の神経は

また、違っていたらしい。  

 

 

 

 

 

 

 

必殺だけど必中じゃない、

という回天の使用について伊号潜水艦の橋本艦長は慎重で、

夜間、月の下を単艦で進むインディアナポリスを見付けると

どきどきしながら接近する。

 

ところが気がつかない。 

ついには伊58号は1500mまで近づく。

12kmは届くという 95式魚雷の性能から考えたら

信じられないくらい 至近距離まで近づいて

通常魚雷で始末した。

 

1500mというのは訓練されたワッチ(当直員)であれば

ナイトグラスで潜望鏡が見付けられる距離だ、というが

個人的にはとても無理。

 

 

しかし、このことはこの艦と艦長の戦後の運命を暗くする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なによりアメリカ軍は驚いた。

 

 

どれだけ驚いたか、というと

なにしろ10分で沈んでしまったこの艦と連絡が取れなかったために

どこで沈んだのか、生存者がいるのか?

といったことがわからなかった。

救難のために駆逐艦や飛行艇を繰り出すのだが、

生存者の発見は沈没2日後。 

救助の終了は1週間後になってしまった。

 

インディアナポリスの乗員1200名のうち

900名近くが死亡するのだが

半数は、救助を待つ間に力尽きたり

鮫に襲われて死んだのだという。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、アメリカが恐れたのは

『原爆計画』が日本に  

漏れていたのではないか?ということ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

よく知られているのが 

『太平洋戦争でアメリカは日本の暗号を解いていたが 

日本はアメリカの暗号が読めなかった。』というもの。

 

 

『暗号』って何だ?

 

 

小学校の頃、クラスの女の子が

『50音表を一文字ずつずらして会話する。』

というのをみたことがある。

 

つまり、

『帰りなにして遊ぶ?』というのを

『きおるにのすといたま?』という具合。

これを考えながらしゃべるんじゃなくて

普通の会話のスピードでやるから

『こいつらの頭の中はどうなっているのか?』 

と思ったもんである。

 

暗号の原理なんて、1960年代に公開鍵暗号

というのが出来るまで基本はこんなの。

 

『鍵』とよばれる数字を原文にかぶせて暗号にする。 

さっきの女の子の会話でいうと 

一文字ずらしているから『鍵』は『1』。

 

 

 

 

 

 

もちろんこんな単純な暗号ではすぐに破られてしまうから 

乱数表を使ったり、暗号機で自動的に乱数を作ったり 

藤原鎌足してわかりにくくする。

 

うん、もっと色々するんだけど、これ以上は勘弁してください。

 

敵の通信を傍受して何とかして『鍵』を解こうとする。

もちろん手に入る暗号文が

『不思議な踊りをしている人形が並んでる』一通だけだったりすると

ホームズ先生あたりに出てきて貰わないといけないが

戦争中なんだから敵の暗号文は  

山ほど手に入る。

 

 

 

 

 

 

いまの情報機関はスパコンかなんかで解くんだろう。

第二次大戦中、イギリスもコロッサスという 

式計算機を作った。

 

 

 

 

Wikipediaはべた褒めだが、真空管1500本を使った

この『世界初のコンピューター』は一個でも真空管が切れると

止まってしまうし、なにしろ真空管1500個なので猛烈な熱を出す。

 

あんまり稼働率は良くなかったらしい。 

 

結局、人海戦術で敵の暗号文を重ねて『鍵』を捜す。

通信量が増えると、

どうしても以前使った『鍵』が重なるらしいのだ。

 

数学の群論なんかわからないので

これ以上は勘弁してください。

 

 

 

 

 

 

 

 

で、長々と余分なことを書いているが 

結局日本はアメリカの暗号を破れなかった。

 

なにしろ日本が暗号解読に割いた人員は

数十人だったのにアメリカは1万人規模の人間を突っ込んだのだ。

 

 

もうやだ、こんな国。

 

 

一応日本の名誉のために書いておくと、

日本の暗号解読の技術も高度で、 

交戦国のうち中国やソ連の暗号はほぼ解いていたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伊58号が回天を積んでマリアナに向かったのは 

『その辺りに行けば船がいるだろう。』ということ。

 

もちろん当てずっぽうではなく、

定期的に彩雲なんかの偵察機を出していたから

その情報を使うつもりでいた。

 

さらに通信文の発信基地や受信基地の解析。

そして、まるっきり暗号が読めないわけでもなかったので

敵の主力艦隊の動向については

相当に情報をつかんでいた。

 

しかし、インディアナポリスのように単艦で

秘密目的で航行している艦はわからない。

 

回天 搭載艦の伊58がこの船と会敵したのは

残念ながら偶然である。

 

 

 

 

 

 

事実、三本の魚雷をぶち込んで『撃沈』を確信した

橋本艦長は『敵戦艦1撃沈。』と報告している。

 

重巡であるということも、艦名も

ましてや『原爆輸送船』であるという任務も

知らなかったわけだ。

 

戦後、この艦が『原爆輸送船』であることを知った 

橋本艦長は大いに悔やんだそうだ。 

『到着前に沈めておけば』、と。

 

 

 

 

 

実際これは、彼に限らず日本人の共通の感想で

『テニアン東方で 

原爆を搭載したインディアナポリスを撃沈。』

なんていう架空戦記は山ほどある。

 

ひどいのになると、伊号の魚雷が原爆に命中して 

テニアン東方でキノコ雲がっ、なんていうのもある。

(起爆装置を外しているので魚雷が命中しても

核爆発は起きません。)

 

 

 

 

 

ただし、これはアメリカを安心させはしなかった。

原爆はテニアンに到着しているが

インディアナポリス撃沈の時点では

まだジャップに落としていない。

 

 

 

 

いや、諦めろよ。

と思うし、いまの軍隊だったら機密保全のために

爆撃を躊躇したと思うのだが

アメ公は平然と原爆を墜とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

もちろん情報の秘匿はより厳重になった。

 

ヒロシマ原爆搭載機の機長、ポール・チベッツ

母親の名前、『エノラ・ゲイ』を乗機に名付けて

母親の名前を『人類初の原爆を運んだ悪魔』として

日本人のみならず地球上の全ての知性と良心に喧嘩を売った

世界一の親不孝者。 

 

こいつは『特殊任務に就く』ということで 

数ヶ月前から模擬弾を使った訓練を行っていたので 

『なんかあるなー』くらいはうすぼんやりと理解していたらしいが 

出撃命令は前日。 

目標の選定は飛行中だった。

 

ナガサキ原爆を墜としたスウィーニーというデブは

チベッツのヒロシマ原爆投下の観測機として同行し

その時まで乗員に自分達が3日後に 

2発目の原爆を墜とす、

ということを教えなかった。

 

 

 

 

 

 

被爆したヒロシマの写真に、チベッツがサインしたもの。

Hiroshima_autograph_tibbets       

 

『ポール・W・チベッツ アメリカ空軍

エノラ・ゲイ パイロット』

 

 

 

 

『Tibbets』の『i』と『b』のうえにある

○がすごい嫌。

 

なにかわいこぶってサインしてんだよ、

この馬鹿。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本降伏2週間前のインディアナポリスの撃沈は 

日本人にとって、大いに溜飲を下げることであったが 

結局は戦局を変えなかった。

 

もちろん、原爆搭載中のこの艦を沈めていたら

ヒロシマ、ナガサキ21万人以上の死者、そして

現在までつながる被爆者の存在はなかったかも知れない。

 

 

しかし、いずれにしても

日本は降伏しただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのことは変わらないにしても、アメリカは

インディアナポリスの艦長、マクベイ大佐を捕らえ

戦後、沈没の責任について軍法会議で起訴する。

 

敵前逃亡とか無抵抗降伏とかで起訴された例は 

他の国でもあるが、戦闘航行中の被撃沈で 

軍法会議に掛けられたのはアメリカ軍でも空前絶後。 

日本軍にはない、と思う。

 

『撃沈の当事者』、伊号潜水艦の橋本艦長も

戦後アメリカに呼びつけられて喚問され、

『いやあ、あそこまで接近できたら之字航行をしていても 

沈められましたよ。』と、証言している。

 

 

結局マクベイ艦長は有罪になる。

その後減刑されて 実刑は逃れた。 

ただ世間の非難は相当なものだったらしく、 

裁判後、自殺してしまう。

 

50年後、クリントン政権の時代になって、改めて

彼の名誉回復が行われるが、死んじゃってるもんなあ。

 

 

 

インディアナポリスにある世界大戦プラザ

この巡洋艦の記念館が出来たのは2007年である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それよりも不思議なのが、

なんでこの艦が単独で行動していたのか?ということだ。

 

 

 

 

 

 

 

舐められてたんだろうな、日本。

 

 

マリアナ、フィリピン、硫黄島、沖縄を制圧して

1945年7月の段階では、もはやアメリカは日本海軍を脅威とは

思っていなかったのだろう。

 

もちろん『原爆輸送』は極秘任務だ。

大名行列のような艦隊を派遣する訳にはいかなかっただろうが

サンフランシスコからテニアンまで

単艦で輸送させるとは恐れ入った。

 

 

 

 

 

 

きっとこう思われていたのだ。

 

水上艦艇や航空機で組織的に襲われることはないだろう。 

潜水艦も、メイドインジャパンなんか怖くない。

 

ウルシー泊地への回天攻撃隊殴り込み、というのが

すでにあり、『水中特攻兵器』を日本が持っていたことは

アメリカも知っていたはずなのだが

この艦に関しては警戒が甘かった、と思う。

 

危機意識があれば、駆逐艦の4,5隻も連れて行けば

まさか潜水艦に1500mまで接近を許すことはなかったはずで

この艦の撃沈は、艦長が之字航行を怠っていたとか 

そんな次元の問題ではないと思う。

 

なにより、沈没直後に、この艦の位置を

誰も把握しておらず救助に1週間かかって

サメに喰わせていた、というあたりがその証拠だ。

アメリカ軍自体が、この時点では

日本軍を舐めきっていた、ということなんだろう。

 

 

 

 

 

負け戦のなかでの、猫だまし

 

みたいな勝ち方だが、

それでは伊号潜水艦と

回天特攻隊員に申し訳ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もっとはっきり言えば、

こんな間抜けな艦に 

原爆を運ばせていたのが許せない。

 

いや、まあ。ぽんぽん蒸気船に運ばせても

結果は同じだったかも知れないが

どうせ原爆を運ぶんなら、

サンダーバード2号みたいなので シュッと運んでくれたら

まだ落とされたほうも救われる、と思うのだが 

月夜にのんきに走って沈められちゃうような艦だと思うと 

余計に情けない。

 

000000000000000000000000000000000_3 

原子力輸送機

サンダーバード2号
     

 

 

 

もちろんどんなふうに輸送しても、 

原爆の使用は明確に犯罪だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

この事件での、『登場人物の戦後』

 

マクベイ艦長は自殺した。

チベッツは自分の『業績』が正当に評価されないことに腹を立て

『命令があればもう一度ジャップに原爆を落とす。』、と。

急速に右傾化して地球の知性の非難を浴びた。

 

伊号潜水艦の橋本艦長は戦後神職になり

犠牲者、インディアナポリス乗員のみならず回天搭乗員

さらには、『自分が救えなかった』原爆犠牲者に、祈った。

 

 

 

 

 

終戦2週間前のこの艦の撃沈は 

なんか色々考えさせるものがあると思うのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の1本』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『マクベイ艦長の裁判』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

           

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2013年7月29日 (月)

富士山頂の犬。

富士山頂に痩せ果てた犬がいて話題になり 

保健所が捕獲に乗り出す、というニュース。

(日経新聞の記事へのリンク)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Webで話題、だというその犬がこちら。   

 

 000000000000000000000000000000000_3

肋骨が透けてる…

痩せすぎだよう…

 

 

 

 

 

 

『連れてこられて置き去りにされたんなら気の毒だが…』

 

『リードはもとより、首輪もないそうです。』

 

『野良なのか?』

 

『記事では、「飼い主に置き去りにされた可能性が高い。

ペットを連れての入山は禁止されておらず、

犬を連れた登山客は珍しくない。」だそうですが。』

 

『こんなに痩せて…飯とかくってんのかね。』

 

『人間には慣れてるみたいですよ。

「おびえた様子だが、えさを与えると近づいてくる」って。』

 

『でも冬は越せないだろうし、保護するしかないわなあ。』

 

『「保護の妨げになるので、

えさをやったり捕獲器を触ったりしないで」、だそうです。』

 

 

 

 

 

 

 

 

『しかし「ペットの入山禁止」っていう規則はなくても常識だろう。 

犬つれて山頂に来る奴がいるのか?』

 

『いるみたいですね。富士山の8合目から上を社領として

持っている富士山本宮浅間神社なんてのは

境内に神鹿がいたりして割と動物に寛容なんで

「愛犬と散歩しましたあ。」なんていうブログが山ほどあります。』

 

『でもあそこは身延線の駅から歩いて行けるような所だろう。 

山頂の奥宮は無理じゃないか?』

 

『仮に誰かが連れて行ったとしたら、ほかの登山客が

通報してないって事も不思議です。』

 

『こんながりがりの犬を連れて行ったら虐待だよなあ。』

 

『丸々と太った段階で登山して、

山頂で痩せたのかも知れませんけど。』

 

『でも、お前。今年の山開きから、

まだ1ヶ月経ってないんだぞ?』

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『自力で山頂に登ったんじゃないか?…』 

 

『登山道以外から?標高3776mですよ?』 

 

『高地に住む犬なんかいくらでもいるさ。 

富士山より高いチベットやペルーにも犬はいるぜ。』 

 

『でも、人に慣れてる、って。』 

 

『むかし富士山に限らず、高山に物資を運ぶのは 

人間が背負子に荷物を乗せて運んでたんだ。 

そういう人の中には犬を連れて登る剛の者もいたって 

読んだことがある…』 

 

『そういった犬の子孫だと?』 

 

『でも富士山って、そんなに危険な山でも極端な高地でも  

ないと思うんだよなあ。』  

 

『山を舐めちゃいけませんけどね。

いまはどうやって荷物を運んでるんです?』 

 

『ヘリとかブルドーザーみたいので運んじまうらしいが、 

富士山の場合、1999年まで 

山頂に気象庁のレーダーがあったからな。

あそこは山小屋なんかのふやけた施設と違って

365日、24時間勤務だった。』

 

『あなた、山小屋嫌いでしょう。』

 

『とにかく、冬はヘリも飛べないし、緊急の時は 

『強力』と 呼ばれる人が荷物を運んでた。』  

 

『きょうりょく…?』 

 

『ごうりき、って訓むの。』  

 

『彩芽?』 

 

『……』

 

『……』

      

『あの娘、今年の上半期のCM女王だって。』

    

 

 

 

 

■タレント別テレビCM量

 

(2013年1月~6月、関東地区/カッコ内は昨年の年間順位)

     
1位:剛力彩芽(3)
2位:上戸彩(1)
3位:武井咲(2)
4位:森三中(486)
5位:井川遥(53)
6位:前田旺志郎(707)
7位:篠田麻里子(8)
8位:高田純次(7)
9位:前田敦子(19)
10位:大島優子(6) 

 

(モデルプレスの記事へのリンク)

 

 

 

 

『いわれてみれば、TVでよく見るかも…』 

 

『森三中のジャンプアップがすごいな。』 

 

『剛力彩芽がでている、auのCMに出てるかららしいです。』 

 

『…おこぼれかい。』 

 

『前田旺志郎、って誰です?』 

 

まえだまえだのどっちかのほうだって。』

 

『あ…』

     

『何だ?』 

 

『こいつも剛力彩芽といっしょに 

auのCMに出てるそうです。』 

 

『おこぼれかい。』 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そう考えると、剛力彩芽ってすごいな…』

 

『犬の話、どっかに行っちゃいましたね。』 

 

『この娘、本名だろう?』

 

『そうらしいです。』 

 

『いかにも華奢そうな女の子だからギャップがあって  

印象に残る名前だけど、  

男だったらいじめられるだろうなあ。』 

 

『そうですか?』 

 

『休み時間ごとに腕相撲させられて、  

「やーい、名前負け」とか言われて。』 

 

『いいじゃないですか。それに発奮して

本当に強くなるかも知れません。』 

 

『そうしたら放課後、校門の所に  

ドカベンの岩鬼みたいなのがやってきて  

「おうっ、この学校に剛力、ちゅうのがおるらしいのう。  

わしと勝負せんかいっ。」って。』 

 

『いまどきそんな学生いませんよ。』 

 

『じゃあ、LINEで 

「われ、ぶち腹立つけえ、 

ぶち殺したるけえの。」って。』 

 

『ほんっとうに、 

犬の話どっか行っちゃいましたね。』 

 

『……』

 

『……』

 

『夏の間、山頂で飼えば?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の犬。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寒さに強い犬だっている。 

 

0000000000000000000000000000000000 北海道南富良野の 

犬ぞりツアーで 

引っ張ってくれる 

ハスキーさんたち

  

 

左の子、オッドアイだわ。
       

  

 

 

 

 

 

 

 

 

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2013年7月28日 (日)

デブは出て行け

ニュージーランドの移民局が、南アフリカ出身の体重130kgの

男性について、『肥満』を理由に就労ビザの更新を

拒否している、というニュース。

(産経ニュースの記事へのリンク)

 

 

 

 

 

 

 

 

『なんか目眩がするニュースだな。』

 

『NZ当局の言い分としては、 

肥満が原因となる医療費負担を最低限に抑えるために 

移住者には、「許容範囲内の健康状態」を求めている、と。』

 

『就労ビザ、ってことは一時滞在者じゃないのか?』

 

『NZのそういう制度なんか調べる気も起きませんけど 

定期的にビザの更新が必要らしいですね。』

 

『来た時には痩せてたのか?』

 

『いや、もっと太ってたらしいです。』

 

『はい?』

 

『「2007年に移住した時には体重が160kgだった、 

…夫は生活スタイルを変えて30キロ減量した」っていう 

奥さんの言い分もすごいですよねえ。』

 

『体重160kgで出来る仕事っていうとデスクワークなんだろうが…』

 

『身軽なデブだっていますよ?』

 

『蝶のように舞い、蜂のように刺す?』

 

『ガチャピンは、5歳なのに体重80kgです』

 

 

00000000000000000000000000000000000           

ていっ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『予告とかしてくれなかったのかなあ…』

 

『いつから出来た基準か知りませんけど、 

2007年には移住が認められてるんだから 

その後何回かあったはずのビザの更新の時に 

通知か警告があったんじゃないでしょうか?』

 

『ビザを更新してくれないとどうなるんだ?』

 

『…えーと、最悪の場合、国外退去ですと。』

 

『デブは出ていけってのは、なんか

身につまされるものがあるなあ…』

 

『いま、ズボンがローライズになるくらい

痩せてるじゃないですか。』

 

『いまは、多分体重60kgあるかどうか、というくらいだと思うが…』

 

『身長は172、3cmくらいですよね。』

 

『俺の瞬間最高体重は85kgだ。』

 

『いつのことです?』

 

『就職したら、1ヶ月くらい研修所に放り込まれるのよ。』

 

『研修受けるんなら痩せなさいよ。』

 

『でも、坐って講義受けるか図面描くかのどっちかで 

体育なんてないし、 

なにより飯がバイキングで食い放題なんだ』

 

『いい時代でしたねえ…』

 

『フォアグラか北京ダックみたいなもんよ。

あの頃の写真を見ると、

もう顔なんか、まるんまるん。』

 

『太る体質ですもんねえ…』

 

『もうね、ストレスがそのまんま体重に出るからね。

配属されたら3ヶ月で10kg痩せた。』

 

『わかりやすい体だなあ…』

 

『いまも、ねえ…』

 

『そういう意味で言うと、 

この人のことも笑い事じゃないですねえ…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『病気にならなきゃいいんだろ?』

 

『そうもいかんでしょう。 

肥満が原因の高血圧で倒れたりしたら 

救急車よばれますよ。』

 

『でも、太ってるって事はたくさん喰うわけだ、

物品税、消費税を人よりたくさん払ってる。』

 

『救急搬送されたら、そんな金額じゃ済みません。』

 

『じゃあ、太ってる度合いに応じて高い保険料を払う。』

 

『…あ。』

 

『どうした?』

 

『日本でもそんな時代が

来るんじゃないでしょうか?』

 

『…あり得る…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『はーい。体重、計りますからねー。』

 

『わ、私は45kgですっ。』

 

『だめですよー。この計量で 

今年度の保険料が決まりますからねー。』

 

『ふふふ、服だって9号ですっ。』

 

『あらあ、その服のブランド、アイアンメイデンでしょう。

そのブランドは「3号大きい」って事で有名なのよー。』

 

『ででで、でも鋼鉄製だから重さが10kgあって。』

 

『拷問器具のアイアンメイデンは木製だったらしいわよー。 

じゃあ、2kg引いてあげるから…』

 

『ひ、ひどいっ。こんなの拷問だわっ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の「鉄の処女(アイアンメイデン)」。』

 

 

 

 

 

 

 

 

328pxthe_exhibit_of_meiji_universit明大博物館にある

「鉄の処女」の模造品。

これは、ちゃんと鉄製。

 

観音開きのマリア像の蓋に

釘が刺してある。

罪人はこの中に入れられて

蓋を閉めるとマリアの体内で

死に至る。

 

 

 

 

ロックバンドの、アイアンメイデンは 

ここから名前をとっていると思うが 

なんで明治大学に

こんなものがあるんだろう。

 

 

 

 

 

     

           

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更新やお返事が滞っております。

長ーい目で見てやってください。   

000000000000000000000000000000000_2どーかひとつ  

 

 

ほら、

謝ってるように見えない。

 

 

 

 

 

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2013年7月24日 (水)

ウナギ不足根本解決法

『ということで、今年もウナギが不漁だ。』  

 

『正確には22日が土用の丑の日ですね。』

 

『うちは鰻丼じゃなかった…』

 

『まあ、今年はそういう家も多いんじゃないですか?

選挙のおかげで、ニュースもあんまり騒がなかったし…』

 

『でも、目端の利くスーパーなんかは冬のうちに 

安値で仕入れて冷凍したものを土用に合わせて 

安く売っているらしい。』

 

『ああ、それは賢いですねえ。

夏にウナギっていうと騒ぐのは

平賀源内と日本人の悪い癖です。』

 

『しかし、それでは

問題の真の解決にはならんっ。』 

 

『まためんどくさいことを…』

 

『だけど、ウナギの漁獲量だけじゃなく、 

資源量が減っているのも確かだ。 

ニホンウナギは環境省の 

レッドリストに載ってるんだぞ。』

 

『でもいまのウナギは大半が養殖でしょう。』

 

『卵からの「完全養殖」は、まだ無理なんだよ。』

 

『え?でも、一昨年ウナギの産卵地はグアム沖だって。

そんな発表がありませんでしたか?』

 

『卵ごとさらっちまったら、また意味がないしなあ…』

 

『マグロみたいに「工場で完全養殖」っていう具合には

まだまだ行かない、と。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そこでな?』

 

『あ、ろくでもないことだ。』

 

『ここに取りい出しましたのがメクラウナギ』

 

 

 

00000000000000000000000000000000000   

ウナギとは別種の生き物

なんですけどね
    

 

 

 

 

『うわ、気持ち悪い。

何ですか?これ。』

 

『別名ヌタウナギ。深海魚なのよ。

鯨の死骸やゴカイなんかをくってるらしい。』

 

『…死骸?』

 

『しかも、「ヌタ」っていうくらいだから、

捕まりそうになったらぬるぬるする粘液を出す。』

 

『…うへえ。食えるんですか?これ。』

 

『韓国じゃ高級食材らしいよ?

日本でも採れるんだ。

深海魚だから底引き網に群れがかかるとこんなことになる。』

 

 

000000000000000000000000000000000_2     

福島県相馬市での

大漁風景

 

 

 

 

 

『ほ、放射能?…』

 

『馬鹿野郎っ。』

 

『ひっ。』

 

『そういった風説を流すなっ。 

三陸沖にかかわらず、日本近海じゃ珍しくない魚だそうだ。』

 

『でも、こいつの料理なんて日本じゃみたことないですよ?』

 

『鶴橋辺りの韓国料理屋に行けばあるんじゃない? 

日本でも秋田の郷土料理だそうだ。

まあ、ほとんどが韓国への輸出用らしいが。』

 

『海で採れる、ってあたり。

確かにウナギじゃないですね。』

 

『でも、明石じゃ穴子が名物だ。 

あれもウナギじゃないけどうまいぜ?』

 

『ニホンウナギが

資源不足なのはわかりますが、 

これじゃ、羊頭狗肉で

消費者に怒られますよ。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『じゃあ、一見してウナギに見えないウナギ。』

 

 

000000000000000000000000000000000_4     

 

ヤツメウナギ   

 

 

 

 

 

 

『な、何ですか?この口だけの化け物。』

 

『あほう、これはヤツメウナギだ。 

日本でもこれの乾物なんかが強精剤として売っている。』

 

『買ったんですか?』

 

『…ま、まさか…』

 

『くすくすくす…』

 

『……』

 

『で、この口には何の意味があるんです?』

 

『こうするのよ。』   

 

 

 

000000000000000000000000000000000_3     

鯉、ですかなあ…

 

 

 

 

 

『な、なにしてんですか?こいつら。』

 

『吸血してんのよ。』

 

『いやあああああ。』

 

 

『でもヤツメウナギは、日本でも蒲焼きで食うぜ? 

ポスト・ウナギの一番手として…』

 

『普通のウナギを食べようよう…』

 

『じゃあさ、ニホンウナギの産卵地はわかってるんだから 

ちょっとだけ卵を獲ってきて 

受精卵が8分割くらいしたところで、それを分割して 

一挙に8倍。』

 

『…そんなにうまくいきますかね。』

 

『まあ、何%かは「ヤマタノウナギ」みたいに 

なっちまうかも知れないが。』

 

『プラナリアじゃないんだから。』

 

『でもお前、8匹つながってたら

鰻丼にした時すごくお得だぞ?』

 

『普通のウナギが食べたいよう…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日のプラナリア。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プラナリア、というのは 

おそろしい再生能力を持っていて 

頭部をメスで切ると簡単に二股でも三股でもできる。

 

00000000000000000000000000000000000    

 

フタマタナリア

 

 

 

 

日本でも川の中に普通にいます。

一見ヒルみたいだけど血を吸われたりはしません。

 

ただ、ご覧のような再生能力を持ち 

さらに繁殖力も強烈なので、いくつかにちぎって 

友達の家の熱帯魚の水槽とかに入れたりしたら 

大発生して大惨事になります。

 

 

絶対にやめましょう。

 

 

 

 

 

 

           

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そこ、妙に記述が具体的だな、とか言わないように。

 

 

 

 

 

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2013年7月20日 (土)

コマネチの日

1976年の7月16日は、モントリールオリンピックで

ルーマニアのナディア・コマネチが

オリンピックの体操競技では史上初の10点満点を出した日。

(Wikipedia ナディア・コマネチ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いま見てもすごい演技なので、是非ご覧ください。

(動画の埋め込みが出来ないのでYoutubeからどうぞ。)

 

http://youtu.be/Yi_5xbd5xdE

 

 

当時14歳。      

 

 

体操競技の技術的なことは何もわからないが

この演技は今の水準でも相当に高得点が

取れるだろう。

 

 

 

1974年から1989年までルーマニアの大統領で独裁者あった

チャウシェスクにとっては初めてのオリンピックであり

モントリオールでの個人金メダル3つ

というのは、彼を感激させ

彼女の待遇は、このあと飛躍する。

 

 

 

 

 

独裁者チャウシェスクが建設させた『国民の館』

共産主義国の大規模建築には無愛想なものが多いが

何とも、饒舌で様式不明の建物。とにかくでかい。 

こいつの『権力』の大きさを知ることが出来よう。

 

 

 

 

 

で、

 

コマネチだ。

 

それは、まあ、ステートアマの時代だから

9歳の時から国際大会で活躍していた彼女が

オリンピックで、いい成績を残すことは

想定のことであったかもしれないが…

 

もっとも いくら勲章を貰って、いい家に住んでも

共産主義、しかも独裁政権下での不満は 

彼女に限らずあったらしく、1981年のアメリカ遠征では 

同行したコーチが亡命してしまう。     

 

 

彼女の監視も厳しくなり、

1989年の革命直前に彼女自身もアメリカに亡命している。

 

その後、結婚してルーマニアにも戻っているが

現在もアメリカに住んで体操のコーチとなり、

オリンピック選手を育てているそうである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それよりも登場当時、演技もさることながら

彼女が世界を驚かせたのは

その若さであった。

 

 

 

それまでの体操選手というのは

チェコスロバキアのチャフラフスカのように

ある程度、というか、相当程度成熟して

いる女性であることが当たり前だった。

 

 

今でこそ女子体操選手、というのは小柄で

実もついていないんじゃないか?という少女が多いのだが

むしろ昔は、チャフラフスカように 

成熟した、いい女であることが当たり前。

 

あ、いや。今の体操選手がいい女じゃないということではなくて

成熟していたわけです。

 

 

 

14歳のコマネチは、そういう意味でもショックであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

コマネチ自身1981年のモスクワオリンピックで引退し、

監視生活におかれたのはさっき述べた通り

 

母国ルーマニアでは1989年の年末に革命が起き、

チャウシェスクは銃殺される。

00000000000000000000000000000000000

1989年

チャウシェスクと

妻エレナの銃殺

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、

 

最後に、チャフラフスカの話もしとこう。

 

チェコスロバキアも共産主義国だったが

この国は、1968年に共産党独裁の緩和を認める『プラハの春』

と呼ばれる改革を行う。

市民の側も、これに呼応してより進んだ民主化を求める

『二千語宣言』を出す。    

多くの著名人が署名し、ローマ、東京の金メダリストであった

チャフラフスカもこれを支持した。

 

ところがこれはソ連の軍事介入を招き、

プラハの春はつぶされる。

メキシコオリンピックに直前のこの軍事介入で

彼女の参加も危ぶまれたが

メキシコオリンピックでは金メダル4つという根性を見せる。

 

それだけの名誉をあげたのに帰国後のチャフラフスカは

職を追われた。

チェコスロバキアの民主化、『ビロード革命』も1989年。

彼女も復権し、要職に就いているそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次のオリンピックがどこでもいいけど 

政治は持ち込まないで欲しいですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日のコマネチ』

 

 

 

 

 

 

 

 

で、

 

ここまで引っ張っておいて、この話題を出さないわけにも行くまい。

『コマネチ』といえばビートたけし。

 

これは、2011年に日本のテレビが

アメリカからコマネチを招いて 

2人で『ダブルコマネチ』をやるシーン。

 

 

とても激動の人生を歩んだ人とは思えない明るさだが、

それにしても、

コマネチ、巨乳。

 

 

あの14の時から、いったい何が…

 

 

 

 

 

 

       

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2013年7月18日 (木)

東京タワー、蝋人形館の閉鎖。

東京タワー、蝋人形館が

今年9月1日をもって閉館、というニュース。

(東京タワーのHPへのリンク)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やっぱりスカイツリーのせいかなあ。』

 

『子供のころに行った記憶はあるんですけど、

正直よく覚えてないですね。』

 

『政治家から芸能人その他、

たとえばレーガン大統領やマイケルジャクソン、向井千秋さん

といった、あらゆる有名人が脈絡なく並んでいるって感じの

カオスな施設だった…』

 

『ウェブサイトの写真にはキリストが写ってますよ?』

 

『……』

 

『……』

 

『こういうの、肖像権とかはどうなってるんだろう。』

 

『実在の人物に関しては、許可をとるんでしょうけど…』

 

『キリストはどうするんだ?』

 

『この日記が心配することじゃないですよ…

心配される方が、腹が立つでしょう。』

 

『ききき、昨日あんな記事書いちゃってどおしよう…』

 

『ビビるんだったら書かなきゃいいのに…』     

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『何体あるのか知らないが、あの人形はどうするんだろう。』

 

『スカイツリーに

行くんじゃないですか?』

 

『……』

 

『……』

 

『展望台にキリストがいたら人気が出るかもしれないが…』

 

『キリストがかざす手の下に入ると賢くなる、とか言って

ソラカラチャンより人気になるかもしれません。』

 

『その辺の商店街でマネキンやってたら面白いのにな。』

 

『蝋人形でしょう。この暑さで溶けちゃいますよ。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『蝋人形館の跡はどうなるんだ?』

 

『普通、「閉館のお知らせ」があったら、

「○月○日、○○としてリニューアルオープンの予定」とか

後継施設の案内があるもんですが…』

 

『後継施設の目途が立つ前に閉鎖だけが決まったのか…』

 

『…さみしいっすね。』

 

『普通にみやげ物屋とかになっちゃうのかなあ…』

 

『うーん…』

 

『しかしこれからは、

3Dプリンターの時代だ。』

 

『はあ…』

 

『蝋人形なんかより、はるかに安いコストで 

もっとリアルな人形の大量生産ができる。』

 

『AKBを全部並べられる。とか?』

 

『研究生まで入れて100人とか、そういう大量生産も可能だし、

AKBだけじゃなく、NMB,SKE,JKBあらゆる関連アイドルを

集めることだって出来る。』

      

『それはそれでいやかな。』

 

『人気者が出てきたら即座に対応することも可能だ。

子役の成長だって、激やせだってすぐに反映できる。』

 

『そういう施設になる、と?』

 

『見物に来た子供を撮影して、プリンターで立体像を作って

1日だけ展示してあげるなんてこともできるぞ。』

 

『面白いような気もしますが、1日経ったらどうするんです?

3Dプリンターの材料は樹脂系のものも石膏のものも

再利用するほうがコストがかかるんですよ?』

 

『樹脂は燃えるゴミ、石膏は燃えないゴミ。』

 

『そんなのがゴミ置き場にあったら大騒ぎになりますって。』

 

『じゃあ、持って帰ってもらう。』

 

『電車の中に子どもとおんなじ

顔と服の模型がいたら嫌です。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今やってる選挙だって、3D安倍さんをつくって 

選挙カーに乗せておけば、 

おお、あの候補には首相が応援に来るのか、と。』

 

『演説できなかったら意味ありませんがな。』

 

『じゃあ、車の中に座らせて手だけ振ってるように見せる。』

 

『どんどん東京タワーから離れていきますね。』

 

『東京タワーに、候補者の立体造形を作って展示することが

できる時代が来るかも知れん。』

 

『それは別にタワーじゃなくても3Dプリンターがあれば

どこでも可能ですよね。』

 

『…あ。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『蝋人形にしろ、3Dプリンターにしろ

立体塑像の使い方を間違えてませんか?』

 

『じゃあ、どうするんだよ。』

 

『3D毛沢東を一万人作って

尖閣諸島に並べておけば  

まさか中国も上陸して来ないでしょう』

 

『よそうよ、そういうこと書くの。 

もう、毎日神経が持たないよ。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日のペリエ』

 

 

 

 

 

 

 

暑さに溶ける街。

 

名作だなあ…

 

 

 

 

  

 

 

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2013年7月16日 (火)

ファミコンの日

7月15日はファミコンの日。

1983年のこの日、初代のファミコンが発売された。

つまり、今年で30周年だ。

 

 

 

000000000000000000000000000000000_2     

 

いやー、なつかしい

 

 

 

 

で、私ごときが、ファミコンや家庭用ゲーム機の歴史、

ゲームソフトの歴史を書いても仕方ないだろう。

 

 

遙かに詳しい人が山といる世界だからだ。

 

 

だから、こういったゲームに関する個人史を書こうと思う。

いまの日本人で、ファミコンではなくとも

ゲーム機に一度も触れたことがない、

という人は少ないと思うんですよ。  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

30年前にすでに大人で、

登場当時は、『あんなもの子供の教育に悪い。』と

批判していた人もじいさんになって

孫が出来て『じいじもいっしょにやろっ。』といわれたら

目尻を下げて一緒にやっているはずなのだ。

 

 

1000人いれば1000人分の記憶がある、という意味で

社会的な影響力は広く、いろんな意味で

エポックメイキングな機械だと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ファミコン登場以前、ゲーム機というのは

ゲーセンにあるものだった。

 

インベーダーゲームの登場が1978年。

修学旅行で、それまでゲームなんかしたことがない連中が

これに夢中になり、みるみる100円玉を吸い尽くされていた。

 

もちろん私もやったが、当然下手くそだった。

あっという間に終わってしまう。

1面もクリアできないんだからひどい。

小遣いがなくなっちまったよ。

 

 

 

 

 

ただ、うまい奴というのも研鑽を積むに当たっては

相当な投資をしていたはずで(なにしろ1回100円なので)

そういう人は全国におり

まだネットなんかない時代だったのに、

『攻略法』が発見されると、

それは『口コミ』で全国に広まっていった。

 

 

 

これは名古屋で発明された、『名古屋撃ち』

 

インベーダーゲームはアップライト式の

つまり立ってやるタイプだったが

そのうちテーブル型のものも出来、

喫茶店なんかにおかれた。

 

 

 

 

 

 

 

これもなつかしいだろう。

『平安京エイリアン』

 

いまから思うと

なんでこんなゲームに夢中になっていたのかわからない。

 

しかし、大学生になって喫茶店に行くと

ほぼ全員が、ギャラクシアンか

脱衣麻雀をやっていたのには笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テーブルゲームになってしまったこうしたゲームは

版権がどうなっていたのか、よくわからないが

1回100円が50円になり、最後には1回10円

とかになっていく。

 

コーヒー300円でゲームで2時間も粘られたら

たまらないと思うんだけど いま、テーブル型の

ゲーム機をおいてる喫茶店なんかあるのかなあ。

 

 

 

 

 

 

 

で、ファミコンだ。

 

『ファミリー』と銘打ちながら、

これほど人を無口にさせる機械もない。

 

もっとも私は発売直後に、新品を買ったわけではなく 

学生になって、人から貰った。 

モニターはないからテレビにつなぐ。

 

 

 

 

 

いまのテレビはデジタル放送だから素人がケーブルを

いじると映らなくなってしまうと思うが、

昔はアンテナから入ってきた映像と音声は

同軸ケーブルでやってくる。

 

で、これを途中でぶった切って被覆のゴムの皮を剥き 

市販の分配機につなぐ。

 

そこにもう一本同軸ケーブルをつないで

ファミコンにつなぐ。

ファミコン本体の裏にちゃんと

同軸ケーブルを接続する場所があるのだ。

 

もちろん皮を剥く。

 

 

 

 

 

頼まれてひとんちのファミコンもつないだりしたから

一時期同軸ケーブルの皮むきがすごくうまくなった。

たぶん、いまでも出来ると思う。

 

もちろん皮を剥く

 

 

 

 

 

 

 

 

ソフトも、中古を買ったり 

塾で教えていた中学生に 

『せんせ、これもうやらんからあげる。』と 

貰ったりしていた。

 

あ、書いててちょっと泣けてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ツインビーというシューティングゲームがあって 

ポイントをあげて強くなると、機体が 

うぞぞぞぞ、と別れてさらに強くなる。

 

ズブロッカを一瓶開けて、手ひどい二日酔いになった朝、

周りの景色が、残像を伴ってうぞぞぞぞ、と

動くのをみて、

『うわ、ツインビーみてえ。』と思った。

 

友人に話したら一人だけ、『あ、おれもそう。』 

という奴がおり、彼との間ではひどい二日酔いのことを 

『ツインビー酔い』、と呼ぶことになった。

 

 

 

 

 

ツインビー。 

14分も見るような動画じゃないけど、最後までみちまったよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドラクエやファイナルファンタジーなんていう 

RPG(ロールプレイングゲーム)をやるようになったのは、

個人的にはファミコン以降だった。

 

パソコンゲームとしては、RPGというのは

ファミコン以前からあったらしいのだが

一晩じゃ終わらないようなゲームだから

パソコンを持っていないと始まらない。   

 

ファミコンを人から貰うような奴が 

パソコンを持ってるはずがない。

 

 

 

いや、80年代後半に入ると、

個人でもパソコンを持っている奴がおり

大学のゼミ室には、教官用は別にして

共用のパソコンがあり、深夜に忍び込んで

ゲームをやっている奴がいたりはした。

 

もちろん、死ぬほどかったるいスピードで 

やらせて貰ったことがあるが、キーボードから

コマンドを打ちこんでエンターキーを押しても、 

機械がしばらく悩むんだもんなー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

子供からカツアゲした、もとい貰ったRPGのなかで

よくやったのが『ヘラクレスの栄光』というゲーム。

 

武器を使っていると剣が欠けるので時々街に帰って、

鍛冶屋のヘパイトスに直して貰わないといけない、

というのが変わっていた。

(ヘパイトスはギリシア神話の鍛冶の神様。

ゲームではお金を貯めるとこの神様を雇うことが出来た。

変なゲームである。)

 

 

そして、各エリアのボスキャラが戦いの前に会話をしてくれる。 

変わったゲームだったが、一晩中やったりしたなあ。

 

 

 

ヘラクレスの栄光、ボスキャラたちとの戦い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、

 

こうした、ロールプレイングゲームは一度中断すると、 

ランダムとしか思えない30文字くらいの

「ふっかつのじゅもん」というものを教えてくれる。

これを入力すると同じ状況、同じ装備で再開できるわけです。

 

 

これを書いたメモを無くした、なんていう 

べたな失敗はみんなやっただろう。

 

もちろん私もやった。

ゲームをやる時は飲んでいるから

写し間違って復活できない、なんていうこともあったさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし30年かあ。

『16連発』の高橋名人はつい最近まで札幌のゲーム会社に勤め

退社した後、別の会社で活動しているそうである。

 

社内での肩書きは『名人』。 

 

00000000000000000000000000000000000     

名人の近影

副ったのか禿げたのかは知らない。

 

 

 

30年ってそういう年月なんですね。

 

 

 

 

 

 

 

ファミコンが登場した時

『家にこもってゲームばかりしていると

リアルとバーチャルがわからなくなる。

犯罪予備軍を作るだけだ。』といわれた。

 

その指摘は一部では正しくて

リアルの世界を体験できない連中が増えて

逆説的に『リア充』なんていう言葉が出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、漫画が週刊誌になって人気になった時も、

『ゲバ棒と少年サンデー』と揶揄され、

『馬鹿の象徴』としていわれていたのが 

いまや『クールジャパン』だ。

 

政府が保護したら国鉄にしろ電電公社にしろ滅びるってのは

いい加減覚えないか?

 

 

 

 

 

 

 

 

参院選候補者や、応援の大物政治家が

秋葉原のホコテンで演説する、という辺りが

これも30年の年月なのだろう。

000000000000000000000000000000000_5         

 

 

 

 

 

 

首相、元首相そろい踏み。

     

 

 

 

『ゲームアニメは、クールジャパン。』

ゲームソフト産業は『日本の成長企業』とか聞くと、

なに言ってやがる。とおもう。

 

『ファミコン世代』なんていう言葉がいまでもあるのかどうか。

しかし、ゲームの発達、

それこそ三段跳びみたいな進化を目の当たりにしてきた連中が

私を含めて50の声を聴きつつある。

 

あんまり『クールジャパン』とかいうと

安倍さんも麻生さんも、

すごくいいとこのお坊ちゃんなんだから

『あいつ、ゲームのこと知らない。』と。

すぐに底が割れてばれると思うよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日のマリオとルイージ』

 

 

 

 

 

 

 

 

000000000000000000000000000000000_6    

 

すごい夢中。

こどもがかわいい。

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マリオの超絶攻略法。

 

 

 

 

 

 

     

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2013年7月15日 (月)

三鷹事件の日

1949年の7月15日、国鉄の三鷹車庫から

無人の電車が走り出し、三鷹駅構内に時速60kmで侵入。

そのまま車止めを突破して、脱線転覆した。

(Wikipedia 三鷹事件)

 

 

 

 

 

800pxmitaka_incident_at_mitaka_stat 

 

死者6人、

重軽傷者20人。

 

 

 

この年はほかに、下山事件松川事件、

人為的なのは間違いないけど真相がわからない、という

国鉄三大ミステリー事件が起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もっとも、自殺なのか他殺なのかわからないために

立件もされていない下山事件や

裁判で被告全員が無罪になった松川事件と違って

三鷹事件は

『真犯人』とされる人物が特定され、   

死刑判決を受けている。

 

 

犯人は竹内景助なる人物。

共産党員ではなかったがシンパだったとされる。

 

彼と同時に共産党員9人が逮捕され、

竹内を含む10人による『共同謀議』が

あって起こされた犯行である、   

として起訴された。

 

 

政府も、首相の吉田茂が

『共産党は虚偽とテロによって、民衆の不安を煽っている。』と

新聞に談話を発表したりしている。

 

もっとも、『共同謀議』は裁判で否定されて

最終的に竹内の単独犯行である、ということで結審した。

 

竹内は1967年に獄中で病死。

現在息子によって再審請求が出されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7月15日は国鉄中央闘争委員会がストを含む実力行使をする

と、当局に通告しており、

『7月15日には何かある。』という噂があった、とか。

その時刻に最寄りの交番は

事故を予見していたかのように留守であった、とか。

この事件自体『当局による弾圧である』という説が、

当時から根強くあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もちろん私は共産党が大嫌いなので、

そんな説には与しない。

もちろん当時の国鉄の労働組合なんか

大嫌いであるので、そんな説には。さらに与しない。

 

 

 

必ず『殺人者』はいたのだ。

 

 

 

しかし、竹内を含む、被告のアリバイ、とか

裁判の詳細をこんなはなくそブログで論じても仕方ないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここで話をしたいのは、

『果たして、

無人で電車が走るもんだろうか?』   

ということ。

 

 

 

当たり前だけど、電車はこうした『暴走』を防ぐために

二重、三重のフェールセーフが掛けてある。

 

まず電車なんだから

パンタグラフが上がっていないと動かない。

さらにモーターを積んでいる車両には電気の遮断機があり

これを解除しておかないと動かない。

 

ただし、ここまでは事前に準備しておけば

無人でも電源を入れたままにすることは可能。

 

最後のフェールセーフは、マスコンといわれる 

運転席のいわゆるアクセルレバーで 

これは、運転台に人が乗って支えていないと

電車は動かないのだ。

 

バネの力で戻っちゃうんですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

JR東日本の会長を務めた、

山之内秀一郎という人が 

『なぜ起こる鉄道事故』という本を

書いている。

 

世界各国の鉄道事故の歴史と

日本の事故の歴史を、

これはご自身の経歴、経験を交えて書いている。

 

この本の中に、1966年に起きた蒲田電車区の

電車暴走事故、というWikipediaにも載っていない

小さな事故の事例がある。

 

 

 

 

これも、無人電車の暴走事故で、

車両基地であった蒲田では定期的に車両の検査をする。

必要に応じてマスコンを動かして

モーターの様子なども見ないといけない。

 

 

ところが、検査係が手を抜いて、

手拭いでマスコンを『力行』の位置に固定。

そのまま外し忘れたのが原因だった、

ということだそうだ。

 

 

1966年の国鉄も荒れていて、この当時は

こんな手抜きが横行していたらしい。

 

山之内氏は、三鷹事件も同様の手法であった

とは、ひと言も書いていないが

現場に向かいながら

『三鷹事件のことが頭を横切った。』そうである。

 

そして、言外に

『無人電車の人為的な暴走は可能だ』

といっているわけである。

 

 

山之内さんは技術畑の出身で、この当時

本社の課長、つまり『当局』の責任者として

事故処理にあったわけだから、記述は迫真である。

 

 

 

 

 

 

 

結局、意図すればどんな卑怯も可能だ。

ということなんでしょう。

 

竹内死刑囚については、いまでも遺族によって

再審請求が行われているので

誰がどう、どの勢力によってどうということは

言わないでおく。

 

ただし、人為的な犯行だから

『犯人』がいたことは間違いがなく

その人物は、車両区の中でそうした

『犯行』を行ったわけである。

 

 

そして、どんなシステムも意外にもろいんだな、

と思うのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

竹内にしても、共産党シンパの(派遣された)弁護士が

『ここで自白しても微罪。出所したら

徳田球一のようなヒーローになれるぞ』と言われたという。

だから罪の一部を認めたのだ、と

 

 

 

 

 

馬鹿だ。

 

 

 

 

『君ががんばれば必ず助けにくる』といって

共産党が助けに来たことは金輪際ない。

なにしろ『獄中非転向18年』の徳田球一を

ヒーローにしちゃうくらいである。

 

 

 

実際に、助けなかった、

18年なにをやっていた。

 

 

 

竹内。なんて、可哀想な…

 

 

 

 

 

 

(以下書いていた内容は、

『選挙期間中になにを書くんだ。』といっておこられたので当面削除します。)

 

 

 

 

 

 

では、『今日の一枚。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1974年に起こった三菱重工爆破事故の現場。

どの党がとは言わない。どの勢力が支持したかは知らないが

こんなシリアみたいな光景が

ほんの40年前の日本にあったのだよ。

00000000000000000000000000000000000        

 

 

 

 

死者8人、負傷者380人。

 

1995年の地下鉄サリン事件までこれが日本最大の

テロ事件だった。

 

爆弾は陸自の調査隊が『これなら対戦車用の20ポンド爆弾よりも

強力だ。』と言ったという代物。

       

死者が少ないのは、この『東アジア反日武装戦線の狼』という

勇ましい名前の割に根性のないこの連中が

深夜に爆弾をセットしたから。

          

 

 

 

しょうもない根性なしである。

 

 

 

 

村野藤吾の○○市役所を攻めた○○なんかは

○○で、○○ですね。

 

 

 

 

今回の参院選で

共産党が民主や維新が頼りないから

反自民の受け皿になる、という。  

 

ふっ。

 

 

あれはよせ。

反自民は構わないが、

すくなくとも共産党西宮支部の杉山は止めろ。

 

 

   

 

   

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2013年7月14日 (日)

究極クールビズ選挙

連日の猛暑の中、選挙活動中の各候補が

大変に苦労している、というニュース。

(毎日新聞の記事へのリンク)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『先生、お疲れ様ですっ。』

 

『この猛暑では10分もしゃべれんな。』

 

『冷えたスポーツドリンクをどうぞっ。』

 

『ああ、クーラーの効いた

選挙カーの中は生き返るなぁ。』

 

『先生、窓の外に有権者がいますからね。

先生が熱中症で倒れちゃ話になりませんけど、

あんまり気楽な顔を車外にさらさないでくださいよ?』

 

『わかった。わかった。』

 

『…あ、あそこに○○党のひやしみず候補がいます。

彼は演説が終わると、ああやって給水車から冷水を浴びる

水垢離をするんってんで、今話題なんですっ。』

 

『くそっ…』

 

『しかも聴衆の方を木陰に誘導するなど

細やかな気配りも評判ですっ。』

 

『それもパフォーマンスだろう。』

 

『まあそうでしょうが、見てる人が暑いのも確かだと思いますよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おいっ、それじゃあ、この車にある冷えたペットボトルを

有権者の皆さんに配って差し上げろっ。』

 

『いやあ…』

 

『何だ?』

 

『さすがに選挙期間中ですから、

いくら動機が「熱中症防止」とはいえ、

露骨に選挙違反です。』

 

『…むう。』

 

『投票前に選挙違反で捕まる気ですか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それなら、あれはどうだ。

真夏の街中で細かい霧を出して涼を取る、

っていうのがあっただろう。』

 

『ドライミストですか?』

 

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数年前に六本木ヒルズで

行われたドライミスト

 

 

 

 

『あれを、選挙カーからぶわーっと噴出させて

「あ、涼やかでいいわね、という印象を与える。」

    

『無理ですよ。』

 

『なんでだよ。』

 

『選挙カーだって半日稼働するのに

建物の影に隠れて集中してくれない

聴衆の皆さんにミストをかけようと思ったら

数台の給水車が要りますよ?』

 

『…じゃあ、登場と退場の時だけミストを出す…』

    

『何の意味があるんです?』

 

『逆光を受ければ虹が出来る。

虹とともに演壇を降りる。』

 

『虹とともに消えぬ、ですか?

ものすごくあっさりと落選しそうですよね。』

 

『いつもよりも大きな虹をダブルで架けております…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『しかし、そんなふうに候補者を冷やす、

あるいは、聴衆を冷やすとか言うのは

エネルギー問題の

根本の解決になってませんよね。』

 

『…むう…』

 

『地球がこれだけ暑いのは温暖化でしょう。』

 

『今年に限っては何とも言えんが。』

 

『いーやそうです。

二酸化炭素を出す火力発電に頼ってるからいけないんです。』

 

『でも「原発推進」は通らないぜ?』

 

『いいじゃん、暑いんだもん。

二酸化炭素が出なきゃ原発でも太陽光でもいいよ。』

 

『うーん、党から怒られるなあ…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あ、向こうから○○党の水素太郎候補の

選挙カーがやってきました。』

 

『水素太郎、水素太郎でございます。

私どもの選挙カーはガソリンを一切使っておりませんっ。』

 

『水素燃料電池自動車ってことか?』

 

『この辺りには「水素ステーション」はありませんよ?』

 

『我が陣営の選挙カーは水素エンジン。

水素も、この車の中で電気分解しますっ』

 

『電気分解したら本末転倒でだめじゃん。』

 

『…先生、水素先生。』

 

『どうした、「運動員1号君」。』

 

『大量に積んだ水とバッテリーのために

車が動きませんっ。』

 

『なんだとっ。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あ、また向こうから選挙カーが来ます。』

 

『あれは「屋外緑化党」のゴーヤ・陽光候補だな。』

 

『私どもは、選挙カーに

クーラーをつけません、っちゅね。』

 

『…せんせー、あせも、あせも…』

 

『この選挙カーの回りには、びっしりとゴーヤを生やしてるね。

ゴーヤのおかげで車内は超快適っちゅねー。』

 

ばんっ

 

『いまの音は何だっ。』

『銃声かっ?』

 

『あ、いやあ。熟したゴーヤの実が爆発したんよお。』

 

800px1_goya

 

ほんとに

爆発するんだぜ

 

 

 

『ちょっちゅねー。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『こんどは向こうから自転車軍団が来ましたよ。』

 

『この暑いのに、紺のスーツをぴっちりと着て。』

 

『私は△△党の、モル・モン太郎であります。

我が党では、もはや選挙カーも使いません。』

 

『それで自転車なのかあ…』

 

『地球に優しく。

ムツゴロウさんのように、おーよしよしと

徹底的に甘やかす所存でありますっ。』

 

『でも、マイク使ってんじゃん。』

 

『あれ、電気ですよね。』

 

『ふふふ、そこの聴衆の方。

その指摘は大変に鋭いです。

今回、このマイクの電源は、ここにいる

ケント・デリケート君がチャリンコを漕いで  

ダイナモを回してくれているのですっ…』

 

『ああっ、どんどん声が小さくなっていくぞっ。』

 

『どうしたっ、デリケートッ。』

 

『み、水をください…』

 

『だめだっ。』

 

『えっ?』

 

『水一リットルの浄水に必要なエネルギーは

貴様の時給ではまかなえない。

地球のためにがんばれっ。』

 

『だ、だから環境原理主義者は…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おい、向こうからすごい選挙カーがくるな。』

 

『でっかいソーラーパネルですねえ。』

 

『私は、日本やわらか党の、ソーン・耕作です。

私どもの陣営でも選挙カーにエンジンは使いませんっ。』

 

『…ほう…』

 

『この幅4m長さ6m。7坪のソーラーパネルで

電気モーターはもとより、車内のクーラーもまかなっています。

節電のために快適な生活を捨てるなんて間違いですっ。』

 

『うん、そこは賛成できるが…』

 

『我が社のギガ・ソーラーなら

汚い排気ガスも、CO2も出しませんっ。』

 

『…まあ、金はありそうだもんなあ…』

 

『猛暑こそ、太陽エネルギーの真骨頂。

未来の姿を皆さんにも是非…』

 

『ソーン候補もノーネクタイだが、運動員は甚平だな。』

 

『涼しそうですね。』

 

『そうです。そこの方。よくわかっていらっしゃる。

国政にネクタイなど必要ないのです。

それよりも大事なのは。国家のエネルギー問題です。』

 

『説得力は、ありますね。』

 

『ノー・ネクタイ、ノー・ライフをモットーにして参りたいと思います』

 

『ノー・ネクタイ、ノー・ライフって…』

 

『「ネクタイがないと生きられない」

っていう意味だよな。』

 

『馬鹿なんですね…』

 

『うん…』

 

 

 

 

 

 

ぴーぽーぴーぽーぴーぽー

 

 

 

 

 

『おや、パトカーだ。』

 

『はい、そこの派手な選挙カー、そこから動かないように。

その大きさのソーラーパネルは

車両運送法違反です。』

 

『あー、投票前に捕まっちゃったよ。』

 

『しょうがないかなあ…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の二枚。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ソーラー選挙カーというのは

そのうち登場すると思う。

 

000000000000000000000000000000000_2     

The鉄腕ダッシュで

日本一周した

ソーラーカー・だん吉
    

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてミストカーというのもすでにあるのだ。

 

000000000000000000000000000000000_3           

ディ○ニーランド

にあるミストカー

 

  

夏にはいいよね。

 

 

 

 

    

 

   

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2013年7月13日 (土)

悲劇の戦艦

7月12日は戦艦『河内』爆沈の日。

(Wikipediaの記事へのリンク)

 

 

 

 

 

 

Japanese_battleship_kawachi_at_anch        

戦艦『河内』

 

 

 

 

 

戦艦『河内』といっても、ほとんどの人が知るまい。

私も知らなかった。

 

戦争での活躍は皆無で、なにしろ竣工してから

爆沈までたった6年。

 

徳島湾で、謎の火薬庫爆発事故で沈んだそうだ。     

 

 

 

 

 

 

 

 

 

軍艦の爆沈事故、というのは実はたくさん起こっており

日露戦争の連合艦隊の旗艦三笠も、凱旋観艦式の前に

謎の爆発事故を起こして沈没している。

 

(いま横須賀にある三笠は、それがサルベージされて、

シベリア出兵でまた沈んだのがもう一度引き上げられて

記念館として残されたもの。)

三笠、結構運が悪い。

 

 

河内に先立って竣工した巡洋戦艦『筑波』も横須賀で

謎の爆発・沈没事故を起こしているし

ワシントン軍縮会議で日本海軍が意地でも守り通した

戦艦『陸奥』は戦時中の昭和18年に

やっぱり、謎の爆発・沈没事故を起こしている。

 

 

どうも謎ばかりだが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だけど、この艦『河内』は日本の軍事史上で

非常に重要な「艦」なのである。

日本最初の『弩級戦艦』だったのだ。

 

 

『弩級』の『弩』は、ドレッドノートの『弩』。

大艦巨砲の象徴である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本海海戦でロシア艦隊を完璧に破った日本海軍に

世界が瞠目した。

 

ただし、一部ではTSUSHIMAなんて世界の辺境だ、と

無視する動きもあった。

戦艦で世界が変わるかよ、と。

そんな金がかかるもんに投資できねえぞ、と。

 

実際金がかかって、後年の話になるが

軍艦の建造費は、

国家予算の1/3まで膨れ上がる。

 

 

 

 

 

そういった、列国海軍の戸惑いを

決定的に覆したのが

日本海海戦の翌年1906年に竣工した

イギリスの戦艦ドレッドノートである。

 

 

その砲戦力と速力は世界を驚愕させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

1905年の日本海海戦の殊勲艦、三笠と

ドレッドノートを比べてみよう。  

Battleship_mikasa_from_jfs1906_cr_2   

三笠

(クリックで大きく)

 

 

15000トン、最大戦速18ノット(33km/h)、

12インチ(30.5cm)砲、連装砲塔2基、4門。 

 

 

 

 

800pxdreadnought_1906     

ドレッドノート

(クリックで大きく)

 

 

 

20000トン、最大戦速21ノット(39km/h)、

12インチ砲、連装砲塔5基、10門。

 

 

 

 

 

 

 

日本海海戦の翌年に、こんな戦艦を出してくるのが

イギリス、という国のおそろしいところだ。

 

砲力で倍、速力でも戦艦としては世界初の

蒸気タービンエンジンを積んだことで、

小型化、高出力が可能となり

三笠級の1.2倍以上のスピードが出せる。

もちろん巡航距離も伸びた。

 

後年の戦艦のように『背負い式』の主砲塔を持てなかったため

舷側にも主砲をおいているが、

正横方向なら、主砲8門を指向、斉射できる。

三笠の2倍だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『こんな艦が出てきたんじゃかなわん。』と

世界の主要海軍国は『大艦巨砲主義』に入っていく。

 

日本も例外ではなく、

『ポスト三笠』として建設された薩摩型

大型にこそなったものの兵装も速度も三笠級の延長で

とても近代戦に耐えない、としてワシントン軍縮条約で

廃艦になった。

 

 

 

 

 

反省を込めて、日本がつくった『弩級戦艦』が、『河内』。

二番艦が、『摂津』。

 

なぜ大阪?

 

 

 

 

 

 

 

 

とにかく重武装の艦ではあった。

800pxsettsu_diagrams_brasseys_1923

 

 

戦艦『摂津』

 

 

 

 

画像が粗いが、12インチ砲6基12門を備え、

排水量も21000トン、速力も20ノット、と大型化・高速化した。

 

 

『舷側に主砲があるのは旧世代だ。』とか言う奴がいるが

主線上に背負い式の主砲が配置できるようになるのは

1912年竣工の『超弩級戦艦』オライオン以降である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから、1912年、第一次大戦の直前に就役した

河内型戦艦2隻は海軍期待の艦であった。

 

 

 

 

 

そして、これほど

運に恵まれない艦もなかった。

 

最初に述べたように、ネームシップである『河内』は

実戦に参加することもなく爆沈。

 

二番艦『摂津』も実戦には参加しなかったが

1923年のワシントン軍縮条約で、最新鋭戦艦『陸奥』を

生き残らせるために廃艦となる。

 

 

 

その『陸奥』にしてからが

太平洋戦争開始以来大事に大事にされていたのが

謎の大爆発で沈没。

      

『摂津』からしたら

なにしてんだ、ってなもんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『摂津』は廃艦以降、数奇な運命を過ごす。

 

まず砲塔が外される。

『廃艦』なんだから当たり前だが

外された主砲のうち、砲身長の長い前後甲板の主砲は

取り外されて、対馬要塞に移された。

 

そして、砲を外された摂津自体は

なんと『無人戦艦』になるのである。

 

Japanese_battleship_settsu_as_tar_2 

『無人艦』時代の摂津

 

 

いや、まあ。備砲を外されたわけだから

戦艦ではないのだが

この艦は『標的艦』として終戦直前まで生き残る。

 

なにが『無人艦』かというと、

この艦の後ろに駆逐艦がくっついて

摂津の艦長以下が無線で操縦する。

 

狙う方は爆撃機だったり巡洋艦だったりするのだが

『演習弾』といって本番の威力の1/20くらいのを落としたり

撃ったりして攻撃する。

 

操艦する方は無線操縦機を使って必死に逃げるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リアルな戦艦で

そんなゲームが出来たら楽しいだろうなあ。

 

 

 

もちろん、まじめな訓練で

太平洋戦争開戦3年前から始められたこの訓練は

緖戦の日本海軍の快進撃を支える

貴重な訓練になった、という。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

対馬に行った主砲はどうしたか?

 

実は、海軍の軍艦の主砲が

陸軍の海岸要塞に行ったという例は

この、『摂津』ばかりではない。

 

ワシントン条約による軍縮だけではなく

旧式化した戦艦の主砲が続々移転され、

戦艦だけで

『土佐』『生駒』『鹿島』『赤城』『伊吹』

などの備砲が

全国の『海岸要塞』に移された。

 

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対馬要塞の

15cm砲台の跡

 

 

 

 

 

 

ペリーの蒸気船で『太平のねむり』をさまされた日本は

『海防』に熱心だった。

 

『東海道線』は、東京湾を出て太平洋岸に出ると、

途端に海から遠ざかる。

東海道線で海岸沿いを走る場所、というのは

実はほとんどない。

軍が敵の艦砲射撃を嫌ったからだ。

 

 

 

 

 

 

東京湾の入口の城ヶ崎、大阪湾の淡路島由良、

そして、対馬海峡と関門海峡の要地、対馬。

その他、日本本土、北は千島から南は沖縄、台湾、朝鮮半島にも、

あわせて数十カ所の海岸要塞が作られた。

 

その全てが、本来の役割である

敵艦射撃をすることなく終戦を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあ、撃っていても確実に圧倒的に撃ち返されるから

それで良かったのかも知れないが、

この、戦艦摂津の『主砲』移転のように、昭和時代に入って、

太平洋戦争開戦10年前に据え付けている大砲もある。

 

そして、戦艦の主砲の移転というのは

単に土木工事としても

とてつもなく手間がかかることなのだ。

 

『戦艦』というのは『巨砲を運んでぶっ放す艦』である。

そのことに特化していて、ここまで機能に忠実な機械

というのは、気持ちいくらいだ。

 

だから戦艦の主砲、というのは甲板の上に見えている

砲塔の部分だけではなく、それを回転させ

仰角をつけ、重さ何トンとある砲弾を次々と揚重するために

ほとんど艦底に達するくらいの下部構造物がある。

 

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大和ミュージアムにある

沈没した大和の現状

右下と船体右に

見えるのが

抜け落ちた砲塔

 

 

あんまり大きくて重たいから転覆した時に

抜け落ちちゃったらしいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、

 

こんな巨砲を陸上に移設するだけで大変で、

地下工事も含めて大変であったらしい。

 

海軍砲は陸軍砲よりも口径が大きく射程が長い。

特に摂津の主砲は、50口径という長砲身で

元々射程が長いものをさらに仰角を大きく(上向き)に

出来るようにして射程を伸ばした。

 

対馬要塞には20カ所以上の砲台があり、

200門以上の大砲があったのだが

旧式化した陸軍砲が大半で、とてもこれでは

海峡の制圧など出来ないと思ったらしい。

 

従って射程4万メートルの海軍砲を導入し

そのための光学測遠儀、電気式算定具、照準機を

新設して昭和に入ってから全国の主要要塞で

大試験を行っている。

 

結果は『良好』だったそうである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあ、一発も撃たなくてようござんした。

でも、もし『本土上陸』なんていうことになっていたら

確実に発砲し、全滅していたはずなのだ。    

 

 

たとえば日本陸軍は『水際作戦』で殲滅した

サイパンでの『戦訓』を活かし、

敵の接近までは水中に潜行し、上陸用舟艇が近づくと

浮上して37mm砲をぶっ放す『浮沈式特火点』というのを

まじめに研究していた。

(『特火点』というのは日本陸軍独自の用語でトーチカのこと)

つまり敵前でぷかりと浮かび発泡する潜水艦。

 

潜水艦とか魚雷とか空母を『陸軍』が持っていたあたり

日本軍が狂っていた証拠だと思う。

 

乗せられる兵隊こそいい面の皮で、一発撃ったら

圧倒的な艦砲射撃を浴びる。

全滅だろう。

 

 

特攻兵器の一種でしかなく、

しかも浮かび上がれるならまだ良し、

テストの時には浮上に一時間以上かかり

乗員が酸素不足で死にかけたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

いまでは、砲こそないが、対馬要塞を始め

いくつもの海岸要塞が遺跡として残っている。

 

あんまり幸せじゃなかった『河内級戦艦』・摂津のためにも

もって瞑すべきであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の戦艦陸奥。』

 

 

 

 

 

 

 

沈没前の陸奥

000000000000000000000000000000000_4     

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

広島、柱島泊地、というから

連合艦隊の懐の深奥部で爆沈したこの戦艦は

戦時中には引き上げられなかった。

 

損傷が大きかったのと、1943年の段階では

戦艦のサルベージなんかやってる場合じゃない

ということだったらしい。

 

戦後になって引き上げが始まり備砲の大半は

引き上げられている。

 

これは、それとは別で1935年、

第二次改装で交換された陸奥の主砲身。 

従って実戦で発砲したことはない。

 

 

000000000000000000000000000000000_6    

 

撃たないで済むなら

大砲なんて

撃たない方がいいさ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2013年7月12日 (金)

しゃべる家電としゃべる携帯とIOT

シャープが来月から『しゃべる家電』を続々と販売、というニュース。 

(朝日新聞の記事へのリンク)

 

 

 

 

 

 

 

 

『どういうこと?』

 

『「いつも使ってくれてありがとう」、とか。 

電子レンジだったら「弁当の蓋を取ってくださいね。」とか、 

「キャベツを下に敷くと野菜も摂れますよ。」とか、 

空気清浄機は「空気の汚れを見付けました。」とか。

冷蔵庫は「きゃー、ごきぶり」とか。』

 

『うるせえなあ、もう。』

 

『ばあさんが、冷蔵庫に返事してたりしてると、

家族は真剣に心配するでしょうね…』

 

『向こうからしゃべってくるだけなのか?』

 

『いまんとこは、そうみたいです。』

 

『それじゃあ、つまらん。』

 

『そこですよ。』

 

『なんだよ。』

 

『ケータイでも、音声認識の方向に進んでいる今、 

最終的には、音声で機械に指示できるように 

したいんじゃないですか?』

 

『シンデレラ、このうすのろ!

あたしの部屋をぴかぴかにするんだよ。とか?』

 

『掃除機の名前がシンデレラなんですか?』

 

『そうすると電子レンジが 

「このカボチャの馬車は

煮てもよろしいんですか?」って。』

 

『掃除機と電子レンジが喧嘩しますがな…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『なんか進化のベクトルが間違ってるような…』

 

『でもオプションで「声」が選べるようになったら

人気が出るかも知れませんよ?』

 

『声優や女優の声を入れるってことか?

そんなことしたら契約料がかかって大変なことになるぞ。』

 

『男でもいいんですよ?体育会系の声で

「飯が炊けたぞっ」とか。』

  

『「おばあちゃんの声」、ってことで八千草薫の声で

「おかゆさん炊いたろ。柔らかくしたるからな。」って。』

 

『…どうしました?』

 

『泣いちゃう…』そ

 

『「声」にしても、AKBの売れない研究生くらいだったら

安く請けてくれるんじゃないですか?』

 

『そんな家電が独身寮にあったら、うるさくてしょうがねえな。』

 

『でもですね?』

 

『うん?ろくでもないことか?』

 

『今はまだおもちゃみたいなもんでしょうが、

「音声認識で指示できる家電」が出来たらすごいことに

なりますよ?』

   

『どういうこと?』   

 

『日本の白物家電業界は壊滅状態ですから

これが救世主になるかも知れません…』

 

『まあ、家電も音声認識の方向には行くだろうが。』

 

『今は中国製に席巻されている家電製品も

これで世界シェアを取り戻せますぜ。』

 

『……』

 

『……』

 

『じゃあ輸出仕様は、

外国語でしゃべるのか?』

 

『…あ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さらに、今は緊急地震速報が出た時に

警報音が出るだけのケータイも

「地震ですっ」って、音声で叫ぶようになるそうです。』

(朝日新聞の記事へのリンク)

 

『いまの警報音って、どんなだっけ?』

 

『「ぶおー、ぶおー」だそうです。』

 

『…そうだっけ?』

 

『これからは、

「ぶおー、地震です。ぶおー、地震です」って』

 

『ほんとかよ…』

 

『ですから、これからは深夜に緊急地震速報が出ても

すぐに気がつきますよ。』

 

『家電も反応したら面白いのにな…』

 

『どういうことです?』

 

『「ぶおー、地震です。ぶおー、地震です」

「えらいこっちゃ、ご主人さん。

地震やゆうてまっせ。」「はよ逃げな。」

「あ、ご主人。うち冷蔵庫やけど

転倒防止器具つけ忘れてまっせ。」

「えー?あたしの方に倒れてこないでよ」』

 

『よくもまあ、このニュースだけで、

そんなくだらない未来を…』

 

『しかも、音声だけじゃ

聴覚障害者の人が困るってんで

わさびガスは出るわ、

部屋中の照明はつくわ

ネズミやゴキブリは逃げるわ、

犬は鳴くわ、猫は寝てるわ…』

 

『やだなあ、そんな未来…』

 

『IOTって、こういうことなんでしょうか』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日のシンデレラ。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人生も、だいたい最後の方にきたと思うけど

素敵なことは起きないなあ…

 

 

 

くすん…

 

 

 

    

 

   

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2013年7月11日 (木)

独断ヒーローの死

『笑う春、山滴る夏、山粧う秋、山眠る冬…。

(

俳人の長谷川櫂さんは詠んでいる。

〈山哭くといふ季語よあれ原発忌〉(句集『柏餅』)

 

◆吉田昌郎さんが食道がんで亡くなった。58歳という。

官邸や東京電力本店からの指示が混乱、錯綜し

寝ぼけたような命令も飛んでくるなかで、

東電福島第一原子力発電所の所長として

最悪の事態を回避すべく、現場で陣頭指揮にあたった人である

 

◆現場と東電本店を結んだテレビ会議で

吉田さんは突然立ち上がり、カメラに尻を向けてズボンをおろした。

パンツの中にシャツを入れ直す。

カメラの向こうには当時の菅直人首相もいた。

作家の門田隆将さんが吉田さんの談話を交えて

綴った『死の淵を見た男』にある。

 

◆自分が感情を爆発させれば部下が動揺する。

パンツの尻を向けることで、

もろもろの不満を腹にのみ下したのだろう。

がんと被曝に因果関係はないとしても、

)

過労とストレスが命を縮めたのは間違いない。

暴れ狂う原子炉と格闘した末の戦死である

 

◆長谷川さんの造語であるらしい「原発忌」という言葉が、

悲しくもこれほど胸に迫る人はいない。

 

(読売新聞 7月13日 編集手帳)

 

 

 

)

 

 

 

 

 

 

馬鹿じゃねえか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いや、亡くなった吉田さんを侮辱したくはない。

故人に対する礼儀は守りたい、のだが

 

『がんと被曝に関係ない』訳はないだろう。

 

いいか?正力。原発を再開したいのはわかるが、

そこは公平に議論しよう。 

死者に失礼だろう。

     

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、納得できない指示・命令に腹を立て

国家の最高責任者である総理大臣に対して

パンツを降ろしたこの男のことを  

『あっぱれ反骨、信念の人』といっている。    

 

 

 

つまり、読売新聞社では、 

納得きない命令に対して

部下が上司に

パンツを見せて反抗してもいい訳だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこと貴様の会社でも許さないだろう。 

非常の時こそ、秩序を守れ。

 

発電所の現場の所長なんてのは当時の東電の序列でも

末端の現場長だろう。 

 

 

 

 

それが総理に尻を見せたら英雄だという。

 

 

 

独断を許すな。 

 

 

 

もうちょっと、国家ってのは

重厚なシステムで運営されてると思いたかったよ。

それが尻を出したら英雄だって。

 

 

非常であればこそ、秩序を維持しろ。

彼の行動が、単なる保身ではなく

総合的な判断をした上で、結果として日本を救ったとしても

その判断は、吉田氏個人のもので

結果オーライだったとしても、それは彼の功績では、決してない。

 

なぜなら、もし失敗していたら、 

当時の彼の立場程度では

責任が取れないからだ。

 

 

責任の取れない行動に名誉なんかあるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの当時日本が冷静を失っていたのは確かだとしても

いまになっても、こいつの独断を褒める読売だけは許せない。

 

あ、いや故人が許せないんじゃなくて、 

こいつをこうやって褒める奴が許せない。 

 

 

いいか、正力。

野球は青空の下でやるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もちろん、心労か被曝か、おなくなりになったのは気の毒で

ご冥福をお祈りするが、

 

あの2011年の3月に自衛隊が総理に 

ケツを出しながら勝手な行動を取っていたら 

すごく面白かっただろうなあ…

 

そして、決してそれはやらない。

どれだけ指揮官が阿呆でもそれはやらない

というのが、自衛隊の凄みなのだ。

 

 

そしてそんなこと、日本中のあらゆる会社で当然だろう。

『命令の遵守』が保身ではなく『読売が褒め称える名誉』だと

いうのなら階級に意味はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の一枚。』

 

 

 

 

 

 

 

 

1981年に『ベンチ(監督)がアホやから。』と

いまでも許されないだろうが30年以上前に

公然とフロント批判をしたことで、 

日本のプロ球界から追放されたこの人。

 

 

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発言の内容はともかく、その勇気は一時期受けて 

『スポーツ平和党』から出馬して参議院議員。

その後転々と所属を変えるが2期12年努めて

大阪知事選に落ちて政界引退。

 

 

いまなにをやっているかというと 

社会人チームの野球監督をやったり、 

タイのナショナル野球チームの監督をやったりして 

負け続けているらしい。

 

Wikipediaって残酷ですね。

 

 

 

っていうか、

あんた監督やってんじゃん。

 

 

 

 

 

 

  

 

まだ存命中のこの人と比較してはいけないのだろうが

『独断と反抗』という意味では

吉田さんと同じだ。

 

国家の危殆に関わることではないかも知れないけど。

 

 

そして、ごく普通の社会人でも、

『俺が正しい。トップがアホやから。』

と思っている人は

たくさんいると思うんですよ。

 

 

 

 

  

 

 

   

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2013年7月10日 (水)

五十四万石の鎧

7月9日は、加藤清正の子で熊本54万石の太守であった 

加藤忠広が、その領地を召し上げ、改易させられた日。

(Wikipedia 加藤忠広)

 

 

 

 

 

 

 

 

Wikipediaにも書いてあるが、この人を題材にした小説を 

松本清張が書いている。 

それが『五十四万石の嘘』。

 

我が家のどこかにもあるはずだが、捜すのも面倒なので

いま、手許にありません。

たしか、小姓を怖がらせるために謀反の手紙を書いて

それが原因で取りつぶされた、とか。

 

 

 

 

 

 

 

まあ、とにかく清正の2代目であるこの人のことを 

『暗愚の君主』として書いている訳です。

 

 

 

そして、この小説でも引用されていたのが、

『わしは大力を持ちたいと思う。 

十人力もあれば、重い鎧が2着は着られる。 

それならば矢や弾丸も決して通さないだろう』と述べた、 

というエピソード。

 

それを聞いた家臣が『御父君の清正公は薄い鎧を着ても

一度も怪我などされませんでした。』と諫め、

退出後『これでは加藤家も末よ。ふー、やれやれ』

といった、という。

 

 

 

 

さて、それは間違いだったのか?

というのが今日のお話し。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また訳のわからんことを、と思われるだろう。

 

ところが、中世ヨーロッパでは実際に 

『騎士の重防備化』ということが起こっているのだ。 

    



     

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人間ばかりか

馬も鎧
    

 

 

 

 

 

 

ヨーロッパでは、11世紀頃から騎乗のまま

1対1で騎士同士が対決するスタイルが始まる。

甲冑はどんどん『進化』した。      

おそらく13世紀くらいのスタイルがこんなの。

 

騎士以下の連中が撃ってくる矢や槍を防ぐために

はじめは革の鎧だったのがどんどん金属に代わり

鎖帷子になる。

そうなると敵もクロスボウという弩で撃ってくる。

それは鎖帷子では貫通してしまうので金属の板になり

全身を覆ってこんなことになった。

 

ドラクエみたいである。

 

 

 

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クロスボウを抱える

ウィリアムテル

お前、そんなおっかないもんで

息子の頭の上のリンゴを

撃ったのか?

 

 

 

 

 

 

別に、ヨーロッパ人だから体力があったという訳ではなく

馬は、まあ日本馬よりも大きかったらしいが、

それでもこんな重さでは馬も人もへろへろで、

勝負になんかならなかった。

槍も通らないからどうしたか、

というと馬から落とした。

 

 

落馬したら、もう負けである。

 

抵抗できないんですね。

というか、立ち上がれない。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、落馬させた方は敵を殺さなかった。 

『それが騎士道だ』というのが、表向きの理由だが 

本音は身代金を取るためである。

 

もちろん、その場でやりとりをする訳ではなく

人質として連れて帰って、

相手の家族なり主君に要求するのだ。

 

 

 

 

 

少し時代が下るがジャンヌダルクを捕まえた 

イギリス軍は、一応ジャンヌの主君である

シャルル王太子に身代金を要求している。

しかし、折り合わなかった。

だから、火あぶりになった。

 

 

世知辛い話だなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冒頭の話に戻ると、だから重防備を求めた忠広は

単なる愚か者だったのか?というとどうなんだろう。

 

 

もちろん54万石の大名であれば、

1万数千人以上の軍勢を指揮する訳だから

指揮官の心構えとしては間違いだ、という話はある。

 

しかし、話がそこにいくとめんどくさくなるので

次の話だけしよう。

 

 

武器が武器を進化させる、

というのは確かなのだ。

       

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう一度、中世の騎士の重武装化の過程を確認してみよう。

 

『騎士』というのは戦場においては高級将校であり

部下を率いて戦場に出る。

 

最初は騎乗で戦場に向かい、敵を見るや

手で引く弓矢で威圧しながら接近する。   

充分接近すると、馬を下りて革製の盾を持って剣を振るう。

もちろん鎧は革だ。こんなスタイルが最初。

 

しかし、これだと接近前に弓矢が当たると死んでしまうし

剣で切られると、革の鎧くらい断ち切る奴がいる。

 

 

 

 

 

だから、鎧は鎖帷子で覆われるようになった。 

これだと剣や弓矢など役にたたない。

 

そこで攻撃側はクロスボウというレバーで弓を引き絞る

一種の強力な狙撃銃を開発する。

これは鎖帷子くらい貫通してしまうし

頭に当たったら死んでしまう。

 

そこで防御側は兜をかぶり、全身を金属の板鎧で覆う。 

こうなると、弓矢はもとより接近戦でも死なない。

 

 

 

 

 

 

 

そうなると攻撃側は、さらに大きな弩。 

ハンドルで絞り上げる上に、鏃を重たくして 

射程も破壊力も大きくしたものを用意する。

 

対抗して防御側は、冒頭の写真のように

全身を覆った金属製の甲冑が主流になった。

そのうえで装甲の厚みは増し、馬も甲冑で覆った。

 

 

こうなると、防御は完璧だ。 

しかし、攻撃力も皆無である。

 

 

騎士の部下である歩兵は、弓矢を逃れて『勝手にやれば?』と

後は騎士の一騎打ちになるのだが

こんな甲冑では剣はおろか槍も刺さらないので

お互いろくに動けない馬の上から

槍の穂をたたき合って敵を落馬させようとする。

子供の喧嘩だ。しかし、 

落馬したら、さっきもいったように人質だ。

 

 

 

 

のんきな戦争だなあ。

 

 

 

 

指揮官としても、兵力としても、 

戦力としては全く役にたたなくなった騎士は 

14世紀以降急速に存在意義を失っていく。       

 

 

 

 

 

 

その一方『戦場では死なない』ということは実現した。

物理的に死なないばかりでなく、

身代金を払えば助けて貰えたのだ。

身代金が期待できる間は、人質といえども

賓客扱いだった。       

 

加藤忠広が望んだ世界は

すでに中世ヨーロッパにあったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

いまの世界にしても、新しい攻撃力が登場すれば 

あたらしい防御力が生まれる。

 

中世の甲冑は、末期のアンモナイトのような

訳のわからない進化の枝道に入って滅んだが

いまの世の中も同じだと思うなよ?

 

 

 

00000000000000000000000000000000000      

 

末期のアンモナイト

うんこみたい    

 

 

 

 

 

たとえば、尖閣諸島にちょっかいを出す某国がいるために 

自衛隊の一部を『海兵隊』化しようという話がある。

(読売の記事へのリンク)

 

つまり、海空の支援を受けつつ、自ら上陸できる能力を持とう

ということでいいのかな?

 

『恫喝』は少なくとも日本に関しては 

『屈服』を意味しない。

 

必ずたたきつぶしてやる。

恫喝や威圧は、新たな武力の強化をよぶだけだ。

 

お前を『定遠』にしてやろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

大体、あんたたちの国もこの『中世甲冑の結末』を学ぶべきだ。

 

尖閣にちょっかいを出して、『反日デモ』なんかを煽ったために

島耕作は逃げ、もとい

『中国怖い』ということで外国資本が逃げつつある。

 

あと20年もしたら『一人っ子政策』のつけと

いまでも、国内の不公平がひどいんだから

社会保障費の負担は、いまの日本どころではなくなる。

 

 

そのくせ、いまは世界2位の経済大国ということで

三等国に金をばらまいて、日本の数十倍

ロシアはおろか、アメリカにさえ匹敵するんじゃなのか?

という金を使って重軍備を進めているが

その結末は、この鉄仮面だぞ?

 

 

 

 

 

 

 

現に、あんたの国の隣に人口2400万なのに 

劣弱な装備のくせに200万の軍隊を抱えてる国があるだろう。 

人口の8%が常備軍ってなんだよ?

 

 

それでも勝てそうにないから国民の飯を奪ってまで

核ミサイルを作るっていう          

チキンレースをやっている国が

あるだろう。

 

 

 

 

 

 

『 防衛力は鏡だ。』という 

言い古されたことがいかに間抜けか、 

この中世ヨーロッパの鉄仮面や 

加藤忠広の暗愚から学んでくれ。

 

 

 

 

領土召し上げるぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の一枚。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千葉県佐原市の山車にある、大鎧姿の義経。

 

000000000000000000000000000000000_3     

 

 

 

いかにも、な源平武者

よりは質素ですが     

 

 

 

 

 

1対1の対決を望んだのは、日本の源平武者も同じ。

この人形は江戸時代の制作なのでだいぶ色あせているが

当時は五月人形のように 

赤糸白糸で綴って、それは派手やかなものだった。

 

攻撃力の進化に合わせて馬が動けなくなるような

進化を遂げたヨーロッパの甲冑とは違って

日本の源平武者の鎧甲は 

『遠くにあらば目にも見よ』というために派手になった。

 

 

どちらも軍事力として間違っていたのは 

12世紀に勃興したモンゴルの軍勢に

どちらも毛散らかされたことでわかる。

 

 

 

 

そりゃそうだ。

ヨーロッパの騎士はろくに動けないし、 

日本の武士は名乗りを上げても言葉が通じない。

 

 

神国日本では『神風』が吹いたが

ヨーロッパではウィーンまで攻め込まれた。

 

 

ふう。

 

 

 

 

 

 

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2013年7月 9日 (火)

全国区とタレント候補と政党化

7月7日は参議院選挙の日。

 

 

なにを言ってるんだ?と思われるかも知れないが

参議院選挙は必ず夏なので、大体この時期になる。

 

7月7日に選挙があったのは、1968年の第8回参議院選挙。

この選挙で、石原慎太郎、青島幸男、横山ノックなどの

そうそうたる馬○どもが当選した。

 

 

 

 

 

 

こいつらは『全国区』で当選したのだ。

 

 

 

当時の参議院選挙には『地方区』と『全国区』があった。

議席の配分は、150議席と100議席。     

参議院は『3年おき半数改選』だから、この時の全国区は51。

 

なにしろ全国が選挙区で50人しか通らない訳だから大変で 

交通費だけでなく、ばらまく金が馬鹿にならず 

『金権選挙』という言葉を生むことにもなった。

 

 

 

その一方、むかしは供託金が安かったので 

受かるつもりがない泡沫候補が、それこそ 

山のようにあふれ出て、政見放送がたのしかった。

 

『全国区』選挙なのに、得票数300とか

AKB総選挙でもそれはないだろう、という

コアなファンしかいない候補がいたんだよ。

 

 

 

だから、結局は労組とか宗教団体とか、 

そういう所の支援を受けた候補か 

金持ちか、旧軍人(これも強い支持団体がある)か、 

金持ちで○○団体の支持を受けていた松本龍の親父とか 

そんなのばっかりだった。

 

それが、この時の選挙から、石原、青島、横山といった

『タレント候補』が出てくる。

 

出てくる、どころではなく石原慎太郎は300万票でトップ当選。

これは、いまでも歴代1位の個人得票。

青島幸男は120万票で2位、横山ノックも25位。

 

 

石原慎太郎は、太陽の季節で人気作家となり

同名の映画に弟の裕次郎と出演して人気者。

青島幸男は、草創期のテレビの放送作家から

タレントになって、これも人気。

横山ノックは漫才からテレビタレントまで、

大阪では知らないもののない人気者だった。

 

 

 

 

 

テレビの選挙、でもあった訳です。

 

 

 

日本でのテレビ放送は1953年からだが

ご家庭に普及したのは1958年の皇太子ご成婚と

1964年の東京オリンピックがきっかけだった。

 

この選挙で、テレビで育った『タレント候補』が 

得票でトップを取れるまでになったわけです。

 

   
テレビによる『事前調査』なんてのが始まったのも

この時からだった。

 

石原さんは、

『とーるの馬鹿が余計なことを言わなければ

今回の選挙は、俺との組み合わせで楽勝だったのに。』

と思っているだろう。

 

 

 

 

   
    

 

 

     






ばいざうぇい。

     














なんで『全国区』なんてあったんだろう。

 

 

 

 

Wikipediaには、『全国的に有名有為で優れた

学識経験を持つ人材を簡抜することを主眼とし、

職能的知識経験を有する者が

選挙される可能性を生じさせることで

職能代表制を有する長所を採り入れることも目的としている』

なーんてことが書いてあるが、大失敗でしたね。

 

 

 

 

それもあるだろうが、

参議院には『政党化を拒む』という風土があった。

 

 

実際昔は、政党に所属するのを潔しとしない、

という参議院議員がいたのだ。

議院内閣制なんだから『憲政の常道と』として

衆議院が政党で争うのは当然。    

 

しかし参議院は、それとは違う存在として

政党に分割されてはならない、と。



もちろん選挙制度がそうしたことを誘導できるはずはないが

現在行われている比例代表制+選挙区選挙だと、

100%、政党候補者になる。

政党に所属していないと、比例区には出馬さえ出来ないのだ。

 

第一回参議院議員選挙では無所属の議員が4割以上いる。 

全国区に限って言えば6割だ。


     

      
















しかし、全国区選挙の負担があまりに大きくなってくると 

さっきも言ったように、 

組織をバックにしていないと勝てなくなる。


全国区でも政党化が進んで、

石原慎太郎も自民党から出馬している。     


『どうせ政党化するなら比例方式でいいんじゃね?』と 

1983年の第13回選挙から比例代表制が導入された。

 

 

したがって、 

『衆議院と参議院はなにが違うんだ?』 

なんてことが言われる。

 

 

 

全国区に戻せっていってる訳じゃないですよ?

   

でも、選挙制度も含めて衆議院と大差なく、

解散もあって任期も違う衆議院とは選挙のサイクルは

違う訳で、だからしょっちゅうその時の世論の風で

衆議院とねじれちゃうんだったら、

『参議院なんて要らん。』 

という奴が出てくるのはしょうがないよなあ。

 

 

いっそのこと、

参議院は政党禁止。

ってことにしたらどうだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       



では、『今日の一枚。』

 

 

 

 

 

 

 

   


どっちが参議院でしょう。

 

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尖塔を境に

左右で衆参が

別れています。

 

 

 

 

             
    

正解は右。

 

 

参議院の方が『格が高い』んですね。

芝居の舞台も向かって右が『上手』。

相撲の番付も右側が東方。

 

開会式が行われるのも参議院本会議場。

玉座がおかれ陛下のご臨席を賜れるのも

参議院本会議場。

 

昔は貴族院だったからな、といってしまえばそれまでだが 

それだけの誇りを見せてくださいよ。

     

 

 

 

 

 

 

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2013年7月 7日 (日)

校門圧死事件の日。

7月6日は『高塚高校校門圧死事件』の日。

 

 

1990年のこの日、神戸市西区にある県立高塚高校で

当時その学校の教諭であった細井俊彦(当時39)が

遅刻取り締まりのために、鉄製で質量230kgはあろうかという

スライド式の門扉を、加速をつけて閉鎖。   

 

この際、閉門直前に通行しようとしていた 

当時15歳の同校一年の女子生徒の頭蓋骨を粉砕し

死に至らしめた。

 

 

 

 

 

 

 

被害者の名前は伏せるのに 

刑事処分の終わった加害者は実名かよ。 

と思われるかも知れないが 

これにはちゃんと理由がある。

 

 

 

 

 

こいつは、1審判決の直後に『実名』で

言い訳満載のこんな本を出しているのだ。

 

 

 

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amazonのページへのリンク 

 

 

 

 

リンクしたアマゾンのページを見ると

「なか見!検索」という機能があって、

これを見ると、目次を始め本文の一部も読むことが出来る。

 

読むとものすごくいらいらするが、

この本を買って、こいつに印税を払うつもりなどないから

そこで読める十数ページだけを前提に話をします。

 

従って、この記事においては、被害者は匿名だが

加害者は実名だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事件の結果だけ先に書いておこう。

 

 

 

 

 

まず、この細井という男はこの事件の後、当然逮捕されて

裁判にかけられる。

 

 

検察側の主張はこう。

 

『カウントしながら校門を閉める「校門指導」というものは

以前から行われており、当日も複数の教師が『従事』していた。

従ってこの指導は『反復・継続』するものとして『業務』である。

 

その一方同僚教師が制止を担当する、といった役割分担はなく

過去にも生徒が挟まれたような事例があった。

だから予見できたはずだが

今回の事故そのものは故意ではないので『過失』である。

 

そのうえで、死に至らせた訳だから

『業務上致死』というわけで

交通事故で人が死んじゃったあ

という程度の軽い罪で起訴してやる、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

    

これに対して細井は、『校門指導』は学校全体の

『教育活動』で自分はそれに従っただけだ、という。 

 

こいつ個人の活動でなかったのはは事実で、

校門を閉めてどうしたかったのかというと

閉め出された生徒は、校庭2周というペナルティがあり、

そうなると当然HRに出席できないため遅刻扱いとなる。

高校生を経験した人にはわかると思うが

この、『遅刻処分』というのは、重なると結構きつい。

 

そして、冒頭の本の中で、この男は、

『私は、はっきり言って校門事故当時は、 

校門を閉鎖して遅刻生徒を取り締まることは 

正しいと信じて疑わなかった。』と、

1行引用しただけでも怪しい日本語で、なんか抜かしている。

 

そのうえで、死亡事故が起こるとは予見できなかった、として

この馬鹿、あきれたことに無罪を主張していたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、この事故以前にも生徒を挟むような事故があったなら

最悪の場合この事故のように、頭蓋を直撃することもあるはずで

本来なら『未必の故意』で殺人罪で

首を吊しても良かったんじゃないかと、思う。     

 

 

しかし、判決は禁固1年、執行猶予3年、という軽いもの。

こいつが控訴しなかったため、判決は1審で確定し

執行猶予がついたから、この男は刑務所に入っていない。 

 

 

 

神戸地裁の判事なんて馬鹿ばっかりだ。

 

 

 

もっとも禁固刑なので、教諭の資格は失うこととなり

高塚高校を懲戒免職になっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、

 

この事件については、後でまた戻ってくるが

先月問題になった、桜宮高校の体罰自殺事件、とか

柔道連盟のコーチによる、体罰などと共通のものが

あるような気がする。

 

 

 

 

 

 

支持する人がいるんですね。

 

 

 

 

 

 

 

たとえば、運動部でも生活指導でも

体罰コーチのことを『熱心な先生』

『あのくらいやらないと強くならない。』と

『評価』する人がいる。

 

 

 

 

この『事件』の細井も、冒頭の本で

かつての教え子が『細井先生を励ます会』

なるものを開いてくれた、という。     

 

その一方、自分が辞めさせられた後の高塚高校を、現在は

『生徒の服装は乱れ、長髪、マニキュア、化粧…』

『校内は生徒の捨てたゴミだらけ。』

『調子に乗った生徒のために授業もままならない。』、と

 

一度は世話になった学校のことを 

よくぞそこまで悪し様に書けるな、という

『やっぱりこいつ、神経が正常じゃねえよ』

という文章で締めている。

 

 

 

 

 

 

 

 

こういう『事件』を一個人の個性のせいにしてしまうと

話がちいさくなる。

 

この事件の場合、 

学校が組織的に『校門指導』を行っていた訳だからなおさらだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もちろん、『個性』として体罰をたしなむキ○ガイもいる。

 

 

たとえば、 

私が小学生だった時の担任だった、 

中村清孝という男がそうだ。

 

 

 

はっきりと固有名詞を出してしまうが

まず、この男は担任のくせに授業をしない。

 

組合活動の書類を作ったり、外出したりして

まったく授業しない。

 

ガキどもは騒ぎ放題である。

 

そして帰ってくると騒いでいた児童を並べて

往復ビンタをする。

腹を立てている時は2往復だ。

 

 

眼鏡をかけている奴がいると

わざと外させずに張り飛ばして

ガネをすっ飛ばす。

 

 

楽しんでいるのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

だから、『個性』としてそういうものを持っている

人格欠陥者がいることも確かなのだが

てめえ、清孝。まだ生きていて

俺の目の前に出てきたら

こんどはこっちがビンタして

草葉の陰に沈めてやる。

 

残念ながらそんな機会はないと思うが。

捜す気もないし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そういう特殊な人間の話とは別に、

日本人は金八先生とかが大好きだから、こういう問題が出る。

 

テレビなんかでも、『吹奏楽部の熱血先生の指導に密着!』

みたいな番組があるだろう。

日本人には受けるのだ。

 

 

あんな番組大嫌いだ。

 

 

 

保護者や生徒の側の、そういったメンタリティが変わらないと

体罰防止のマニュアルなんか作っても

なにも変わらないよ。

 

 

 

 

 

 

高塚高校が『荒れた学校』だったのか?

細井がいなくなって、こいつが言うように

再び急速に荒れたのか?

それは知らない。

調べる気も起きない。

 

しかし、この事故が起きなければ、この男は

定年まで校門を閉め続けていただろう。

 

 

ふう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の金八。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

よく考えたら

『腐ったみかん』とか、『このバカチン』なんていうのは

言葉の暴力だよな。

 

 

 

   

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