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2013年7月10日 (水)

五十四万石の鎧

7月9日は加藤清正の子で熊本54万石の太守であった 

加藤忠広が、その領地を召し上げ改易させられた日。

(Wikipedia 加藤忠広)

 

 

 

 

 

 

 

 

Wikipediaにも書いてあるが、

この人を題材にした小説を 松本清張が書いている。 

それが『五十四万石の嘘』。

 

我が家のどこかにもあるはずだが、

捜すのも面倒なので、いま手許にありません。

たしか、小姓を怖がらせるために謀反の手紙を書いて

それが原因で取りつぶされた、とか。

 

 

 

 

 

 

 

まあ、とにかく清正の2代目であるこの人のことを 

『暗愚の君主』として書いている訳です。

 

 

 

そして、この小説でも引用されていたのが、

『わしは大力を持ちたいと思う。 

十人力もあれば、重い鎧が2着は着られる。 

それならば矢や弾丸も決して通さないだろう』

と述べた、 というエピソード。

 

それを聞いた家臣が『御父君の清正公は薄い鎧を着ても

一度も怪我などされませんでした』と諫め、

退出後『これでは加藤家も末よ。ふー、やれやれ』

といった、という。

 

 

 

 

さて、それは間違いだったのか?

というのが今日のお話し。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また訳のわからんことを、と思われるだろう。

 

ところが、中世ヨーロッパでは実際に 

『騎士の重防備化』ということが起こっているのだ。 

    



     

000000000000000000000000000000000_3   

 

人間ばかりか

馬も鎧
    

 

 

 

 

 

 

ヨーロッパでは、11世紀頃から騎乗のまま

1対1で騎士同士が対決するスタイルが始まる。

甲冑はどんどん『進化』した。      

おそらく13世紀くらいのスタイルがこんなの。

 

騎士以下の連中が撃ってくる矢や槍を防ぐために

はじめは革の鎧だったのがどんどん金属に代わり

鎖帷子になる。

そうなると敵もクロスボウという弩で撃ってくる。

それは鎖帷子では貫通してしまうので

金属の板を張った板鎧になり、

全身を覆ってこんなことになった。

 

ドラクエみたいである。

 

 

 

441pxwilhelm_tell_denkmal_altdorf_u   

クロスボウを抱える

ウィリアムテル

お前、そんなおっかないもんで

息子の頭の上のリンゴを

撃ったのか?

 

 

 

 

 

 

別にヨーロッパ人だから体力があったという訳

ではなく、馬はまあ日本馬よりも大きかった

らしいが、

それでもこんな重さでは馬も人もへろへろで、

勝負になんかならなかった。

槍も通らないからどうしたか、

というと馬から落とした。

 

 

落馬したら、もう負けである。

 

抵抗できないんですね。

というか、立ち上がれない。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、落馬させた方は敵を殺さなかった。 

『それが騎士道だ』というのが、表向きの理由だが 

本音は身代金を取るためである。

 

もちろん、その場でやりとりをする訳ではなく

人質として連れて帰って、

相手の家族なり主君に要求するのだ。

 

 

 

 

 

少し時代が下るがジャンヌ・ダルクを捕まえた 

イギリス軍は、一応ジャンヌの主君である

シャルル王太子に身代金を要求している。

しかし、折り合わなかった。

だから、火あぶりになった。

 

 

世知辛い話だなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冒頭の話に戻ると、だから重防備を求めた忠広は

単なる愚か者だったのか?ということ。

一体どうなんだろう。

 

 

もちろん54万石の大名であれば、

1万数千人以上の軍勢を指揮する訳だから

指揮官の心構えとしては間違いだ、という話はある。

 

しかし、話がそこにいくとめんどくさくなるので

次の話だけしよう。

 

 

武器が武器を進化させる、

というのは確かなのだ。

       

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう一度、中世の騎士の重武装化の過程を

確認してみよう。

 

『騎士』というのは戦場においては

高級将校であり、部下を率いて戦場に出る。

 

最初は騎乗で戦場に向かい、敵を見るや

手で引く弓矢で威圧しながら接近する。   

充分接近すると馬を下りて、革製の盾を持って

剣を振るう。

もちろん鎧は革だ。こんなスタイルが最初。

 

しかし、これだと接近前に弓矢が当たると

死んでしまうし、

剣で切られると、革の鎧くらい断ち切る奴がいる。

 

 

 

 

 

だから、鎧は鎖帷子で覆われるようになった。 

これだと剣や弓矢など役にたたない。

 

そこで攻撃側はクロスボウというレバーで弓を

引き絞る一種の強力な狙撃銃を開発する。

これは鎖帷子くらい貫通してしまうし

頭に当たったら死んでしまう。

 

そこで防御側は兜をかぶり、全身を金属の板鎧で覆う。 

こうなると、弓矢はもとより接近戦でも死なない。

 

 

 

 

 

 

 

そうなると攻撃側は、さらに大きな弩。 

ハンドルで絞り上げる上に、鏃を重たくして 

射程も破壊力も大きくしたものを用意する。

 

対抗して防御側は、冒頭の写真のように

全身を覆った金属製の甲冑が主流になった。

そのうえで装甲の厚みは増し、馬も甲冑で覆った。

 

 

こうなると、防御力は完璧だ。 

しかし、攻撃力も皆無である。

 

 

騎士の部下である歩兵は、

弓矢を逃れて『勝手にやれば?』と

後は騎士の一騎打ちになるのだが

こんな甲冑では剣はおろか槍も刺さらないので

お互いろくに動けない馬の上から

槍の穂をたたき合って敵を落馬させようとする。

子供の喧嘩だ。しかし、 

落馬したら、さっきもいったように人質だ。

 

 

 

 

のんきな戦争だなあ。

 

 

 

 

指揮官としても、兵力としても、 

戦力としては全く役にたたなくなった騎士は 

14世紀以降急速に存在意義を失っていく。       

この時代に『去り行く騎士』に憧れた

中年男の姿を、愛惜を込めて描いたのが

『ドン・キホーテ』。

 

『求められる戦士と武器の理想』は常に、

変化する。

 

 

 

 

 

その一方『戦場では死なない』ということは

実現した。

物理的に死なないばかりでなく、

身代金を払えば助けて貰えたのだ。

身代金が期待できる間は、人質といえども

賓客扱いだった。       

 

加藤忠広が望んだ世界は

すでに中世ヨーロッパにあったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

いまの世界にしても、新しい攻撃力が登場すれば 

あたらしい防御力が生まれる。

 

中世の甲冑は、末期のアンモナイトのような

訳のわからない進化の枝道に入って滅んだが

いまの世の中も同じだと思うなよ?

 

 

 

00000000000000000000000000000000000      

末期のアンモナイト

うんこみたい    

 

 

 

 

 

たとえば、尖閣諸島にちょっかいを出す某国が

いるために自衛隊の一部を『海兵隊』化

しようという話がある。

(読売の記事へのリンク)

 

つまり、海空の支援を受けつつ、

自ら上陸できる能力を持とう、

ということでいいのかな?

 

『恫喝』は少なくとも日本に関しては 

『屈服』を意味しない。

 

必ずたたきつぶしてやる。

恫喝や威圧は、新たな武力の強化をよぶだけだ。

 

お前を『定遠』にしてやろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

大体、あんたたちの国もこの

『中世甲冑の結末』を学ぶべきだ。

 

尖閣にちょっかいを出して『反日デモ』なんか

煽ったために、島耕作は逃げ、もとい

『中国怖い』ということで外国資本が逃げつつある。

 

あと20年もしたら『一人っ子政策』のつけと

いまでも、国内の不公平がひどいんだから

社会保障費の負担はいまの日本どころではなくなる。

 

 

そのくせ、いまは世界2位の経済大国ということで

三等国に金をばらまいて、日本の数十倍

ロシアはおろか、アメリカにさえ匹敵するんじゃ

ないのか?

という金を使って重軍備を進めているが

その結末は、この鉄仮面だぞ?

 

 

 

 

 

 

 

現に、あんたの国の隣に人口2400万なのに 

劣弱な装備のくせに200万の軍隊を抱えてる国が

あるだろう。 

人口の8%が常備軍ってなんだよ?

 

 

それでも勝てそうにないから国民の飯を奪ってまで

核ミサイルを作るっていう          

チキンレースをやっている国が

あるだろう。

 

 

 

 

 

 

『 防衛力は鏡だ。』という 

言い古されたことがいかに間抜けか、 

この中世ヨーロッパの鉄仮面や 

加藤忠広の暗愚から学んでくれ。

 

 

 

 

領土召し上げるぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の一枚。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千葉県佐原市の山車にある、大鎧姿の義経。

 

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いかにも、な源平武者

よりは質素ですが     

 

 

 

 

 

1対1の対決を望んだのは、日本の源平武者も同じ。

この人形は江戸時代の制作なのでだいぶ色あせているが

当時は五月人形のように 

赤糸白糸で綴って、それは派手やかなものだった。

 

攻撃力の進化に合わせて馬が動けなくなるような

進化を遂げたヨーロッパの甲冑とは違って

日本の源平武者の鎧甲は 

『遠くにあらば目にも見よ』というために派手になった。

 

 

どちらも軍事力として間違っていたのは 

12世紀に勃興したモンゴルの軍勢に

どちらも毛散らかされたことでわかる。

 

 

 

 

そりゃそうだ。

ヨーロッパの騎士はろくに動けないし、 

日本の武士は名乗りを上げても言葉が通じない。

 

 

神国日本では『神風』が吹いたが

ヨーロッパではウィーンまで攻め込まれた。

 

 

ふう。

 

 

 

 

 

 

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「おどろきのちゅうくに」  はしつめ大三郎、大澤しん幸、宮だいしんつかさどるたまたま、しんぶんのほんのしょうかいするらんで、まにとまったほんです。だいがくのえらいさきせいかた、さんにんが、ちゅうくにとはどういうくになのか、これからにっぽんはちゅうくにとどうつきあっていかなかればならないのかについて、たい談したものをいち冊にまとめたものです。いや~~~べんきょうになりました。ちゅうくに、にっぽんははるかむかしからちゅうくにからのえいきょうかを受けて、さまざまなかたちづくるでかかわるを持ってきたくにであるにもかかわらず、ちゅうくにのこと知らなすぎました。といっても、このほんじたいがとてもなんしく、このほんをりかいよびてきちしきじんが不あししているじょうたいなのですが山歩きの楽しさ ■からいろのレター 名探偵コナン
(2002.6.4UP) うつつ在、ちゅう尉。
D.Gray-man DVD いつもところでとむ士やまをながめ。 千曲川…
踊る大捜査線

投稿: voisyvewsyday | 2013年7月18日 (木) 06時32分

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