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2013年8月14日 (水)

ベルリンの壁の日

8月13日は、ベルリンの壁建設の日。 

1961年のことだ。

(Wikipedia ベルリンの壁)

 

 

 

 

 

 

 

 

          とし

『その時、利さんはベルリンの壁の展望台に上がって、

双眼鏡で東側を覗いていた。

壁は二重に築かれていた。百米ほど向こうを、第二の壁が

左右にどこまでも延びている。壁と壁の間は谷になっており、

首を出して見ると、谷底の道を軍服を緑色の着た兵隊が二人、

肩から機関銃を吊し軍用犬を連れて歩いているのがみえる。

時折何の前触れもなく、兵隊を乗せたジープが

猛烈な勢いで通過する。

 

第二の壁の彼方には、東ベルリンの労働者住宅が

窓のない顔を並べ、ひっそりと静まった道路を

婆さんが一人歩いているばかりであった。

 

婆さんの姿が利さんの注意を引いたのは、

挙動に不自然が感じられたからである。

婆さんは買い物籠を下げて、妙に硬直した容子で歩いていた。

時折、あたりを見廻すような事をする。

利さんが眺めていると、

婆さんは突然買い物籠から双眼鏡を出して、

利さんの乗った台の方に素早い一瞥をくれた。

と思った次の瞬間、もう双眼鏡は買い物籠の中に姿を消し、

婆さんは、素知らぬ顔で凝とあたりの容子(ようす)を窺っている。

何でも余程の大事を決行しているに違いない。

婆さんは、以上の動作を、

間合いを置いて何度も繰り返すのであった。

 

利さんは双眼鏡から目を離して左右を見廻した。

折良く台の端に、紺の制服を着た大きな兵隊が

機関銃を抱えて立っている。

利さんは早速この大男を捕まえて「あれは何だ」と聞いてみた。

兵隊の答えはこうであった。

西ベルリンから東ベルリンに秘密の連絡組織がある。

多分あの婆さんがやっているのはこういう事だろう。

即ち、西ベルリンの誰かが、

秘密の組織を通じて婆さんに手紙を出す。

但し、今日手紙を出したからといって、明日相手がそれを

受け取るというふうには事は運ばぬ。

時には一と月、時には半年、時には一年以上の時日を

要する事すら穿れ(まれ)ではない。

それ故、手紙の差出人は、おそらく一年なり二年なり後の

何月何日何時何分自分が壁の何処の地点にあって

ハンカチを振る、とでも書き送ったのであろう。

多分、今、この壁のどこかに手紙の差出人が来ているに違いない。

二人はお互い双眼鏡で相手の姿を確かめ合い、一瞥の短きに

万感の思いを託してハンカチを打ち振るのである、と。

 

この話を聞いた時、利さんは、

何者かに脳天を一撃されたかのごとく思った。

 

これは既に、国境がどうの、国家の体制がどうの、

東と西の生活水準がどうのという次元の話ではない。

二年先のハンカチの一振りである。

声さえ届きかねる彼方との一瞥である……』

 

 

(伊丹十三 「ハンカチ」。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二次大戦に負けたドイツは米英仏ソの4ヶ国の 

共同統治の下に置かれた。 

 

 

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うす黄色の部分は

戦後にドイツが失った領土 

ドイツ自体が4カ国統治。

ベルリンはソ連統治区域の中での

さらに入れ子の4カ国管理区域

 

 

 

マーシャルプランで、じゃぶじゃぶアメリカの資金が入った

西ドイツとは分割直後から経済力の差があった。

ベルリン封鎖をへて東西ドイツは、分断国家となってしまう。

ところが秘密警察に見張られて自由が無く、経済力でも差がある

東ドイツの歴史は『国民が逃亡する歴史』であった。

 

なにより、

みんな共産党なんか大嫌いなので

53年には大規模な暴動が起こるが、ソ連軍が鎮圧する。

建国当初は『壁』がなかったから東西の往来は自由。

この年だけで33万人が西に逃げ

その後も大体、年間15万人くらいが西ベルリン経由で

西ドイツに逃げた。

 

1959年から、農場や商店・企業の『集団化』という名前の

私有財産の召し上げが始まると逃亡者は急増。

60年には年間20万。61年に入ると倍のペースで月間8万、

61年8月は半月で5万人が東ベルリンから西ベルリンに逃げた。

 

業を煮やした東ドイツ政府が

ベルリンの壁の建設を始めたのが1961年8月13日から。

 

ふす

 

 

 

 

で、

 

『壁』建設までの経緯。

 

 

 

『壁』は国民の逃亡を防ぐために築かれた。

そして伊丹十三が描いたように、

37年以上にわたって厳然と存在し続けた。

 

そして、壁が崩されたのもまた、

国民の逃亡によってである。

 

1980年代後半、一気に表面化した東欧民主化の中で

『ハンガリーに行けば西に行けるらしいぞ』という噂が

東ドイツに流れる。

 

そこで行われたのが1989年8月の『汎ヨーロッパ・ピクニック』

これで1000人以上の東ドイツ市民が国境を越えた。

これがきっかけとなって、壁は崩れる。

 

 

 

 

『東ドイツ』とは

風船のような国だったのだなあ、と思う。

 

『二重の壁』といっても、国土から見たら、ごく薄い膜に守られて

それが破れたら、空気が抜けるように消えて無くなった。

 

破れた風船は『お土産』として売られ、

いまやほとんど残っていない。

 

 

 

『東』を受け入れるのは『西』の国是であり、 

統一前から亡命者の受け入れなどを行ってきた。

 

しかし、1989年の8月に第三国経由で国民が逃げ

11月に壁が崩れて翌年に国家がなくなっちゃう、とは予想外で、

東の再建のために多額の出費が必要だった。

 

ベルリンの壁の大半が撤去されているのも

過去を忘れるためであり、東ベルリンはポツダム広場などを

初めとして、大規模な再開発が行われた。

 

『西』の国民にも不満の声があるらしい。

 

 

 

 

 

『東』の市民も、冷戦時代は窮屈だったけど、

年金なんかは一応あったし、

(但し年金受給年齢になると無条件で西ドイツに行けた。)

なにより、東欧でなら、有数の工業国で経済的にもてっぺん。

 

ところが統一してみたら、10年待たされて買ったトラバント 

ワーゲン・ビートルより遅いじゃないか。 

なんか『二等市民』になったみたいで悔しい、と 

不満があるんだそうだ。























しかし、

 

体制が違っても同じ民族だから統一できた、とも言える。 

経済格差があったから統一できた、とも言える。 

相当程度情報が流れていたからだ、とも言える。

 

 

世界にはまだ、分断国家がある。 

キプロスや朝鮮半島、大陸と台湾の『二つの中国』。

 

 

 

 

 

 

民族や宗教が違うキプロスは、

統一も連邦も話が進まないらしい。

(キプロス共和国 外務省)

 

同じ民族の中国と台湾は、別に経済格差がある訳じゃない。

平均したら、まだまだ台湾の人のほうが遙かに豊かだろう。

 

そういう意味で、この三つの条件を満たすのが南北朝鮮。 

やり放題の北の坊やを、なんだかんだいって 

北京政府が見逃しているのは、 

『北が崩壊したら多数の難民が中国に来る。』のを 

恐れているからだ、という。
















ベトナム戦争が終わる時、撤収するアメリカ大使館に

多数の南ベトナム市民が殺到し、ヘリで亡命しようとした。

 

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蜘蛛の糸みたい

 

 

 

 

 

 

 

アメリカは給油して再離陸させる時間とスペースがないから 

空母に着いたヘリを海に蹴り落としながら輸送した。

 

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もったいない

 

 

 

 

 

もちろん、こんなもんでは運びきれないので 

置き去りにされた人は

ボートピープルになって南シナ海を漂った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから、『国家崩壊=大量難民』というのは、

あり得る事なんだけど

あの国の人にそんな元気があるかしら。

 

東ドイツの人は知識も情報もあったから逃げた。

いまの北朝鮮だったら、中国にゴルバチョフが現れない限り

チキンレースを続けるような気がする。

 

 

 

 

もちろん『脱北者」という人はいる。

だから、あの国』を

あんまり馬鹿にしてはいけないような気もするが

やっぱり情報を封鎖しているような国はだめだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから、いい加減にしてくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日のCM』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

sony wega cm / power of tv

 

 

あまりに見事な名作。

 

 

この中で、『ベルリンの壁崩壊』のニュースを聞きつつ

それでも背後には、あからさまな盗聴器があって

老夫婦二人が無言で手を握っている、という映像があります。

 

 

 

   

           

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