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2013年9月29日 (日)

東京ゴミ戦争の日。

9月27日は、都内の生ゴミを引き受けさせられていた江東区が

杉並区の生ゴミ収集車の搬入を実力で阻止した日。

1971年のことだ。

 

 

 

 

 

 

 

都内全域の生ごみの7割、日量5000トンのごみというから、 

毎日パッカー車数千台が、隅田川を越えてやってくる。

 

尋常な分量じゃないと思うのだが、それが

夢の島に、そのまま捨てさせられていた江東区では

ハエは大発生するは、ネズミは出るは、塵はひどいは

メタンガスで火事は起きるは、交通事故は起きるは、犬は鳴くは

『ええ加減にせえよ。』という状態が続いていた。

 

 

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 メタンガスが自然発火する

夢の島。

文字通りスモーキーマウンテン

 

 

 

 

 

江東区は 都内23区に『ごみの自前での焼却処分』と

その施設の建設を求めていたのに対して

(焼却灰は受け入れる)

杉並区だけは、

高井戸地区の焼却施設新設計画が

住民らの反対によって頓挫・膠着。

(あえて『ら』と書いているのは、明らかに住民以外の運動家が多数いたから)        

 

 

あれこれ言い訳をいいながら生ゴミの搬入を続ける杉並区に対し

業を煮やした江東区が実力行使に出て、

杉並からのごみ収集車を引き返させたのが、この日。

 

(Wikipedia 東京ごみ戦争。)

(朝日新聞 昭和史再訪セレクション)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴミ処分場、というのはNIMBY施設の典型である。

つまりうちの近所には来るな、と。

NIMBYというのは『Not In My Back Yard』の略。

俺の背中に立つな、というゴルゴな話である。

 

 

実際、『環境意識の高い』高井戸の住民の皆さんも

都が設定した懇談会への出席を拒んだり

仮設のゴミの仮置き場の建設現場に殴りこんだり、

焼却施設の住民説明会に殴りこんだり、

徹底的に抵抗した。

 

 

 

 

いま、経緯を読み返してみても 

杉並区など生ごみに埋もれてしまえ,と思うが 

『公害施設を住宅街に作ったらダメでしょう。

夢の島でいいじゃん。

え?俺わがままじゃないよね?』という

『意識の高い三多摩の住民の皆さん』の意に反して

江東区の実力行使は全地球のアプローズを浴び

追い返された生ごみによって

杉並区民はハエにまみれることとなった。

 

 

 

 

冒頭に、Wikipediaと朝日新聞の二つのリンクを張ったのだが

ニュアンスの違いがわかってもらえるだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝日の記事にある、

『元東京都職員の作家・童門冬二さん』のお話。

 

…江東区のうったえは正当なものでした。

それにもかかわらず、

長年都市問題として位置づけられていなかった。

都民の意識が低いのはもちろんのこと、

庁内でもごみ問題は軽んじられる傾向にありました。

清掃局は他の部局に比べ、

低い立場に置かれているという風潮がありました。

 

 

というのは江東区民に対して、

何のエクスキューズにもならないだろう。 

 

清掃局の人間の扱いが低いのは都庁に限ったことではないが

あくまで役所内部の話で、外部の人間にはどうでもいい。

 

ましてや江東区や杉並区の住民には

言い訳にさえならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

予定地近くでガソリンスタンドを営んでいた田澤敏夫さんのお話。

 

「高井戸駅や小学校の前という一番いい場所。

ここに造るというのはとんでもないことです」

とふりかえる。

 

運動に加わった内藤昇さんは

「工場を造らなければいけないということは

総論では賛成だった。

ただ公害が騒がれていた時代で、

行政の言うまま施設ができるのは不安でした」と言う。  

 

 

という『総論賛成、でも近所には来るなよ』

ってのは『地域エゴ』の極致だよな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近も小金井市のバカ市長が、 

『うちの市のごみを

金を出して、よその市に焼いて貰うなんて無駄だ。』 と放言して、

周辺市の総スカンを食らって ごみの収集ができなくなり

お詫び行脚をした挙句 結局は辞職して、

なんとか納めてもらった、という事例がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあ、『公害施設は来るなよ』っていう

気持ちはわからんでもないけどね。

しかし私なんかは公害まっ盛りを生きてきた世代だ。

 

晴れたら『ああ,今日は光化学スモッグ注意報日和だな。』と思い 

学校帰りに野良犬と遊んで、その手で駄菓子屋の 

添加物満載の毒々しいお菓子をむさぼり食っていたのだ。

 

だから、今の子はひ弱だ、と言うつもりはない。

アレルギーの種類がやたらと増えたのには驚くが

それで死んじゃう人がいるんだから

悪くいってはいけないんだろう。

 

 

それでも、今は少子化のせいか 

ゴミとか環境とかに

神経質過ぎやしないだろうか。

 

 

それはきれいな環境で子供を育てたいだろう。

苦労して高井戸に家を買ったのにゴミ置き場ができるなんて

聞いてなーいって、言いたい気持ちもわかる。

 

しかし、ゴミ焼却場の都市計画決定は1966年である。

(計画自体は戦前の1939年以前にあった。

焼却場の完成は、この後もしばらくもめて1982年。)

 

文句を言うなら区役所ではなく、ましてや江東区ではなく

あなたに『安いでっせ』と吹き込んで

土地と家を売った不動産業者だろう。

 

 

 

 

 

土地建物を買う前には区役所に行こうよ。

都市計画決定されていれば、道路も都市施設も、

その位置は、すべて無料で閲覧できる。

 

事業計画が公告されてから

騒ぎを大きくして全国に恥をさらすのは

もう、やめようぜ。   

 

そんな事をしているのであれば

あなたの家の不動産価値を下げてるのは

きっと、あなた自身だと思うよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の二枚。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ゴミ戦争』の最前線。

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割と原始的な方法で

『搬入拒否』をやってたんだな、と思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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杉並清掃工場の煙突は高さ160m。

住宅街のすぐそばにそびえる

=東京都杉並区
     

 

 

 

 

と、まあ、リンクした朝日の写真に

こんな眠たいキャプションが書いてある。

 

煙突が高いのは、むしろ公害の防止策だ。

背が高ければ排煙を拡散できる。

なんでそんな当たり前のことがわからないんだ?

 

これで煙突が銭湯みたいに高さ16mだったら、

『あらヒューマンスケールで素敵ね。』とか言うのか?

 

 

馬鹿。

 

 

 

 

 

 

 

そして『ごみ戦争』まで起こして、やっと作られたこの施設も

築30年を超えて老朽化し、後継施設をどうしよう

ということになっているらしい。

 

どうするんだ?

 

杉並区は金持ちだから、札束で横っ面をひっぱたいて

ナウルあたりの貧乏国に生ごみを引き取らせるか?

(外務省 ナウル共和国)

 

 

 

 

 

 

まあ、米軍基地にしても原発にしても同じような議論はある。

『そもそも必要か?』という議論がある原発はともかく

基地にしろ、ごみ処分施設にしても絶対に必要なのだ。

 

『必要なのはわかるけど、何もうちの近所じゃなくても。』

という三多摩根性では

およそ『どんぐりの森』の連中と変わらない。

 

 

 

 

ふう…

 

 

 

 

 

   

 

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