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2014年5月の投稿

2014年5月25日 (日)

二人の『大西洋単独無着陸飛行の日』

5月21日は2人のアメリカ人が、 

飛行機による『大西洋横断、単独、無着陸飛行』を行った日。

一人目が、1927年、昭和2年。

二人目は、5年後の1932年、昭和7年。







一人目は、チャールズ・リンドバーグ。

二人目は、アメリア・イアハート。

どちらも、翌日めでたくヨーロッパに到達している。





チャールズ・リンドバーグの出生や経歴は、

むしろ経済的に豊かなほうだと思うのだが

なにぶん寡黙な人で、

実績のない民間の郵便飛行機のパイロットには

スポンサーが集まらなかった。

彼は、一時期曲芸飛行師もやっている。


彼が乗機とした『スピリット・オブ・セントルイス号』は 

100馬力程度の非力なエンジンで6000km近い 

太西洋横断をやらないといけなかった。



       

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スピリット・オブ・セントルイス

確かに前は見えないよな。







              
たくさんの燃料を積むには 巨大な燃料タンクがいる。

さらに出発の時には満載で、到着の時には空載となると

重心が変わるんで

『揚力の中心の主翼の下にタンクを作る』しかない。


現代の旅客機なら翼の中に納めるのだが

同じことをやった一式陸攻は、それが原因で負けるんだけどな。

いずれにしても、リンドバーグの時代に翼と一体になった

『インテグラル・タンク』なんていう技術はなかった。



この人の飛行機は主翼の下に燃料を積まざるを得ず 

したがって、重心を取るために、エンジン-燃料タンク-搭乗席 

という危険極まりない配置となった。



離着陸の時に地上にこすったら 

大炎上で搭乗員は助からない。




さらに、燃料タンクが邪魔で正面の視界は皆無。

地上を確認するには、操縦席から

潜望鏡のようなものを出さないといけなかった。


とんだ、セントルイス・パッションだと思うが

とにかく33時間半の単独飛行を行ってパリに到着。


事前の無電でオルティーグ賞挑戦機が

パリに近づきつつあることは知られていて

パリの、ル・ブルジュ空港には多数の歓迎者が現れ、

まさか自分の孤独な飛行が、

そんな大騒ぎになっているとは思っていなかった 

リンドバーグは、群衆を前に大声で叫ぶ。

『翼よ、ここがパリだ。』ではなく、 





『英語がわかる人はいませんか?』と。





お前、フランスに行くつもりだったら
 

フランス語の『ABC』くらい知っとけよ。



まあ、『アーベーセーは知ってても、

そーれだけーじゃ困ります。』けどな。








たぶん70年代半ばの、旺文社のCM。

でかいヘッドホンだなあ。












リンドバーグが大西洋横断をした事の映画。

『The Sprit Of St.Luis』





前が見えず、横を見たって海で、星だけが頼りで

よく着陸できたな、と思うのだが、

無事到着、パリで大歓迎を受け、

アメリカに帰るとさらに大歓迎を受け

栄光の割につつましやかな態度は

筋骨隆々という『アメリカンヒーロー』の規格を外れていた。

こういうイメージはアメリカ人にも新鮮だったらしくい。


このことは、フランスはもとより、

アメリカ本国でも好意を持って迎えられ、

彼は、アメリカ中の人気者になる。




大西洋無着陸横断をかけた、オルティーグ賞に勝って、 

賞金25000ドルを手に入れる。


世界恐慌寸前の賞金だから、

これ自身はすぐに価値がなくなったらしいが、

この人は堅実な投資と、堅実な冒険と

世界中に招かれた講演によって

大金持ちになった。


そのお金を、アメリカのロケット工学の父 

ゴダードに提供したりしている。



この境遇を狙って、彼の愛児を誘拐し、
 

身代金を要求する一方、殺してしまう、 

という卑怯卑劣な事件も起きる。 

(Wikipedia リンドバーグ愛児誘拐事件)





第二次世界での彼は、

対日戦への参加を切望するのだがかなわず

戦後はハワイに隠棲して悠々自適の生活。

マウイ島の別荘で死んだ。


享年72




いいなー。

























もう一人の『大西洋、単独無着陸』を 

女性として初めて実現したのが 

アメリア・イヤハートという人。(オフィシャル ウェブサイト)



なんで故人の公式サイトがあるんだろう。



Wikipediaには『カンサス州の裕福な家庭に生まれ… 

23歳で初めて自分用の飛行機を買った。』って書いてるんだけど


裕福にもほどがあるだろう。






しかし当時ではまだ珍しかった『女性飛行家』だったことは確かで

30歳の時に『大西洋横断飛行チーム』の一員に誘われ 

ユニットリーダー、じゃなかった副操縦士として、 

大西洋横断に成功している。


ちょいちょいそういう台詞を入れないと気が済まないのか、

ということはともかく、『単独』ではないが

『女性初』の大西洋横断だったことは確かであった。

この成功で、スポンサーを集めて、

リンドバーグよりも大きな飛行機を手に入れ、

『単独』大西洋横断を目指す。




リンドバーグと同じ日に、同じパリを目指したのは、 

もちろん意識してのことだが、 

天候に恵まれたリンドバーグと違って、 

彼女の場合はそうではなかったらしい。


パリまでは届かず、

アイルランドの牧場に不時着してしまうのだが

『アイルランドだってヨーロッパだよな』

ということで、帰国後彼女は再び喝采を受ける。





従って彼女は、いまでもアメリカでは 

最も人気のある飛行家の一人なのだそうだ。











個人的には、この人の名前は、

その最期にまつわるエピソード 

初めて知った。



この人、1937年、40歳の時に世界一周飛行を目指し、

その途上で行方不明になっているのだ。


もちろん、その当時の飛行機では『無着陸』も『単独』も

不可能なので、島伝いに行く。



ニューギニアのラエ、というところまでは行った。 

そこから赤道の北にあるハウランド島、というところを

目指すのだが機位を失探して通信が途絶える。


アメリカは、空母を出動させ、空中、水上から立体的に捜索。

日本軍も協力して、水上機母艦を出動させて協同する。






ところがこの事件が、

日本のせいだという説がある。


彼女が目指したハウランド島のそばに

大日本帝国はベルサイユ条約での委任統治領

南洋群島を持っていた。


(国際連盟による委任統治、と書いてある本が多いのだが 

実際は、第1次大戦でのドイツ植民地の戦勝国による分割占領。 

その証拠に、日本は1933年に国際連盟を脱退するのだが 

南洋群島の占領継続に関して、どこからも苦情は出ていない。)


従って

日本軍の攻撃のよるものではないか?

という疑惑があった。


当時からあっただけではなく、

いまも信じている人がいるらしいのだが、あり得ない。



現実には日本海軍も鑑艇を出して捜索に協力しているし

前年の1936年まで、ワシントン海軍軍縮条約によって

島嶼部の防備強化(現状変更)が禁じられていた日本海軍に

そんな準備もなかった。


ただ、ワシントン条約の防備禁止からの解除1年後、という

時期が微妙だったことがアメリカ側の疑心を招き、

『アメリアはジャップにスパイとして認識されていたので

撃墜された。』、と。

だからいまでもそんな人がいる。



ひどいのになると、

イアハートは日本軍に捕らえられて東京に行き

終戦まで『東京ローズ』をやっていた、と。



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なによ、あたしが本物の

東京ローズよ。
















現実には、ただの事故である。


















彼女は、アイドルとして世間に登場し、

アイドルとして死んだ。


リンドバーグとは違うが

そういう人生も、ある意味幸せかもしれない。








しかし、さっきの公式サイトで売っていた、

彼女が着ていたジャケットのレプリカが1600ドル

16万円、というのはいかがなことだろう。



たっけー







どうせ僕たち貧乏人なんか相手にしてくれないんだ。





くすん…

































では、『今日の 私は孤高で豪華。』














ゴージャスラグジュアリー

リッチネスデレレガンス

私は、孤高で豪華。





もう、歌詞が素敵に馬鹿。




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なんで21日の記事をいま公開するのか、というと

例によって死んでいるからです。


長ーい目で見てやってください。
どか、ひとつ。

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2014年5月18日 (日)

福島と広島で被爆体験を出し合ったらどうだ?  -美味しんぼ問題-

山岡士郎が福島に行き、そこで鼻血を出した。


福島県双葉町の前町長の井戸川克隆前氏が

『福島に鼻血が出たり、ひどい疲労感で苦しむ人が大勢いるのは 

被曝(ひばく)したからですよ』と語ったシーンを入れた。




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(クリックで大きく)

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ところが、こうした表現に対して批判が殺到。

原作者の雁屋哲氏は自身のブログで、『最終回を見てくれ』

とアピール。(雁屋氏のHP)


うん、まあ。

あんたが責任を取れるような問題じゃないと思うんだけど。


19日に発売されるスピリッツには、

このシリーズの最終話が載るが

小学館は『編集部の見解』と、関係自治体からの抗議文を掲載

美味しんぼに関しても、しばらく休載する、という。

(朝日新聞の記事へのリンク)














『で、だ。』


『罵倒っすか?』


『いや。今回はこの作品を通して読んでないのよ。』


『…貧乏だから?』


『違うっ。売ってねえんだよ。』


『ああ、話題になったから。』


『ほんの一冊見つけても、

ち読みできないように

ビニ本になってるんだっ。』


『買えよ。』


『19日のシリーズ最終話にしたって手に入るかどうか…』









『しかし、今回の件では、この元町長が

実名を出して登場したことはほめてやる。』


『…ほう。』


『しかし、このおっさん、漫画が発表されると

「てめえ、鼻血なんか出してねえだろう。」っていう

批判を浴びて、びびっったのか、腹を立てたのか

「僕、ほんとに鼻血出てるもん。」

っていう画像を公開している。』


『フェイスブックで?』


『フェイスブックで。』




   

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朝採れの鼻血

ということらしいが…

服着ろよ。








『だからなんだ、って画像ですね。』


『おっさんの鼻血なんか見たくないし。』


『そもそも新聞の日付に並べて鼻血を置いても

なんの証明にもなりませんわなあ。』








『まあ、この人が、

日々鼻血に苦しんでいるところまでは信じるとしよう。』


『…ほう。』


『そして、彼の近傍で健康の不安を訴える人がいる、 

といのも事実だろう。』


『今日は助走を引っ張りますねえ。』


『しかしっ。』


『よし来たっ。』


『「福島では同じ症状の人が大勢いますよ。言わないだけです」

っていう台詞はどうなんだ?』


『どう、というと?』


『福島のマジョリティは、沈黙しながら鼻血に耐えている、と?』


『ああ、そういう印象になりますね。』


『この表現だけは卑怯だ。逆だろう。

こいつの周りに、

だーだー鼻血を流している奴が

いるかもしれないが、それは少数派だ。』


『「大勢」としか言ってないんですよね…』


『そこも卑怯だろう。

このセリフだけ見たら福島県民は毎朝鼻血を流している。

ほかの人には言わないが僕にだけはびんびんに言ってくれる。

と読まれても仕方ないし、明らかにそういう誘導をしている。

そういう、いかにもな「一般化」は、

漫画とはいえ、言論の暴力だろう。』


『…まあ、有名っちゃあ有名な漫画ですからね。』


『ノイジー(うるさい)なのは常にマイノリティで

マジョリティはサイレントなんだよ。』










『しかし来週発売のシリーズ最終話では、

「除染の効果も疑問だ。」

「低線量被爆については未だ詳しい知見がない。」

「知見がない、とい事はわからない、ということだから

もう福島には戻れないんだよ。」っていう話になるらしいです』


『馬鹿野郎っ。』


『ひっ。』


『それならヒロシマはどうなんだ?』


『はい?』


『1945年8月6日、原爆が炸裂したあの街では 

「今後70年、人は住めまい。」と言われた。』

『いま大体70年後ですね。』


『いま、広島市の人口は

118万ちょっとだ。(広島市HP)。』


『被爆時の在住人口が35万人で、

14万人が死亡したことを思うと…』


『いま、120万広島市民が

だーだー鼻血流しながら

暮らしてると思うかっ?』


『…いえ。』











『広島で使われたウラン爆弾は、

ガンバレル型という原始的な方式だったから

臨界量きっちりの54kgのウラン235が積まれていた。』


『結構積んでたんですね。』


『ところが、このうち核分裂を起こしたのは1kgくらいだ。』


『じゃあ、残りの50kgは?』


『死の灰になったり黒い雨になったりして 

広島市内に堕ちた。』


『しかし70年経ってる訳ですから。』










『馬鹿野郎っ。』


『ひっ。』


『ウラン235の半減期は7億年だっ。

ウラン235、50kgの放射線の放出量の総量は

40億ベクレルだ。』


『しかし、それはまた、被爆地への偏見に…』


『あほう、除染なんかしなくても雨で流れちまうんだよ。

いま、広島を線量計持って歩いてみろ?』


『そりゃ、大丈夫にきまってますが。』

(もちろん大丈夫、出ません。広島市のHP)


『昭和20年に、「除染」なんていう言葉あったと思うか?』


『…うーん』











『福島もヒロシマに学べよ。』


『はい?』


『就職、結婚、家を借りるのでさえ差別があった。 

女の人はケロイドを見られるのを嫌って 

真夏でも長袖を着た。』


『…ええ。』


『俺たちは

どうやって被曝を乗り越えてきたのか、 

差別を乗り越えてきたのか。』


『こんなこと書いたら、また差別が…』


『やかましいっ。』


『ひっ。』


『福島には不安がある。

広島には経験がある。

相互に知識を融通することも

できないのか?』


『難しいでしょうが…』


『やってほしいだろう。』


『ええ、しかし…』













『だったら、福島、広島、長崎、チェルノブイリ、 

「世界被爆地サミット」ってのをやって、 

どうやって戦えばいいのか知恵を絞れっ。』


『被災地にいない人間が言っても説得力がないなあ…』


『だけど、被曝について

知見がないから逃げましょう、じゃ

話がはじまらねえだろうっ。』


『……』









『福島県の人口は、全県で193万人。

ところが、平成26年3月の1か月だけで6千人減っているっ。』

(福島県HP)


『10年経ったら広島市よりも下に…』


『あほう、人口の減り方が、 

そんなきれいな正比例するはずないだろう、

ある程度まで下がったら、

あとは、がくんと箍が外れるんだ。』


『じゃあ、5年後にも?』


『逃げるんなら、前向きに逃げろっ』




























では、『今日の一枚。』













影だけ残して消えた人、

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建物も、瓦もちゃんとしているので熱線だけ浴びたらしい。










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今日の話は、いつも以上に怒られそうだ。

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2014年5月10日 (土)

問題は3Dプリンターじゃない。

3Dプリンターで拳銃を作って、所持していた男が逮捕された、

というニュース。(読売の記事へのリンク)









『3Dプリンターと言うと…』


『設計図を3D CADデータなんかで入力して、

プリンターにかけると樹脂で立体ができる、という。』


『しかし、具体的にどんな材料なのか知りませんが

所詮樹脂でしょう。発砲したとたんに爆発しませんか?』


『激針なんかの一部の危険な部品には、金属を使っていたそうだ』


『しかし、そんなおっかない銃、よく作る気になりましたね。』


『読売の記事でも、押収した5丁の銃を試射したら 

3丁にひびが入ったって。』


『……』


『……』


『試射を命じられたお巡りさんも嫌だったでしょうねえ。』


『塘発したら指の2,3本持って行かれかねないからなあ』














『で、まあ、今回の事件は 

「店でも売っているプリンターで銃がっ。」

というところが大きく取り上げられているわけだが。』


『おっかない時代ですよねえ…』


『問題はそこじゃないっ。』


『へ?』


『今回の銃は、まだ未完成だったってことだ。』


『あのですね?今日の話題はとみに危険なんだから

うかつなことは言わないでくださいよ?』


『だってお前、不良品の率が60パーセントで

連発に耐えないんだとしたら、それは『銃』じゃねえだろう。』


『そこらへんの数字は「こんなことしても無駄だぜ」っていう

メッセージとして、誇張して表現されているような気もしますが。』


『馬鹿野郎っ。』


『ひっ。』


『3Dプリンターが問題なんじゃなくて、  

自分で武器を作ろうって奴がいることが

問題なんだろう。』


『そりゃそうですが。』


『いまでも種子島程度の銃を作ろうと思ったら

ホームセンターを2時間も回ったら、あらかた材料がそろう。』


『やめてっ、なにを買ってどうする、

とかは言わないでっ。』


『今回の銃にしても、発砲できるってことは 

内部まで作れていたわけだ。』


『そんな設計図がネットの海を漂ってるんですなあ。』


『銃身の内部のライフル(施条)まで 作れるとしたら、

その銃身を(以下自粛)。』












『癇癪玉ってのがあっただろう。』


『花火の?』


『そう、地面とかブロック塀とかにぶつけると、

パチーンとはじけるという。』


『あれ、禁止されたんじゃなかったでしたっけ?』


『そういえば最近はそんなガキ見ないなあ。』


『で、嫌な予感がするんでとっとと終ってください。』


『俺がガキの頃の話だから大昔だ。』


『そりゃ大昔だ。』


『その頃売ってた癇癪玉の火薬ってのは

散弾銃の薬莢に入ってるような本気火薬だったのよ。』


『えーと、どこで止めたらいいのかな?』


『一発の中身に入ってるのは鼻くそみたいな分量だが

これをムリョ数千発買って、丹念に中身をだして、

一升瓶に集めていた奴がいた。』


『過激派?』


『いや、確か中学生。』


『何がしたかったんでしょうね。』


『友達を集めて、川原かどっかで「大爆発実験」とか

やりたかったんじゃないか?』


『もう、中坊って、馬鹿だなあ…』


『で、そいつは火薬の入った一升瓶を自分の部屋の押し入れに

しまったまま学校に行った。』


『……』


『そうしたら自然発火して、

家ごと吹き飛んだ。』


『うわあ…』


『だから、問題は

3Dプリンターじゃないと思うんだよなあ』



























では、『今日のヤマトと大和。』










淡路島に住む男性が、2年かかって戦艦大和と

宇宙戦艦ヤマトの模型を作った、というニュース。

(神戸新聞の記事へのリンク)

(読売新聞の記事へのリンク)



     

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63にしちゃ老けてるな











『すごいな…』


『木材を削って形を作り、やすりで削って全長2m』


『いや、定年退職後1年1隻のペースで、 

このでかさの模型を製作。』


『あ、そっち?』


『奥さんに怒られないのかなあ。』


八八艦隊がそろった時点で、燃やされそうな気がします。』










『でもこれ、読売の記事を見ると、 

「宇宙戦艦ヤマトは大きさや形を示す詳細な資料はなく、 

井村さんはネットで集めた画像をもとに設計。」 

って書いてあるんだけど…』


『図面が市販されてなかった、ってことじゃないんですか?

あるいはネットにも公開されていないとか…』


『だけど漫画はもちろん、アニメは3D CADのデータがないと、

もういまの御時世、なにも作れねえぞ。』


『そうか。原作者の松本零士の事務所やアニメの制作会社には、

ある程度ちゃんとした図面があるはずですよねえ…』


『「ネットで画像を収集」できる程度にパソコンが使えるんなら 

趣旨を話して借りるっていう発想はなかったのかなあ…』


『このでかさの3Dプリンターなんか一般には売ってないでしょう。』


『まあ、こういう人とかディアゴスティー二っちゃう人は、 

完成品よりも、クラフトの部分を楽しんでるんだろうが…』


『しかし、もしもそんな図面がネットに流出したら…』


『そうか、3Dプリンターでヤマト作り放題。』


『なんかもう既に、中国あたりで、こういうプリンターを使って、

ばんばん違法な土産とかおもちゃを、作ってそうな気がします。』


『そういう問題もあるんだよなあ…』











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2014年5月 3日 (土)

追突の日

5月2日未明、ソウルの地下鉄で停車していた車両に 

後続列車が追突、240人が怪我をした、という。

(読売の記事へのリンク)












奇しくも、この日は日本最大の追突脱線事故 

三河島事故が起きた日、でもある。


1962年(昭和37年)、常磐線の三河島駅に到達するために

長大編成の列車を曳く蒸気機関車が、喘ぎながら10/1000という、

非常につらい上り勾配を登っていた。

この機関車が事故の原因。



蒸気機関車牽引の貨物列車、というのは

上り坂で止まりたくないそうだ。

一度止まってしまうと、連結器が伸びきって

再始動がめんどくさい。

最悪、坂の下まで戻らないといけない。


この時の貨物列車は、本来 三河島駅での下り旅客電車の通過後

駅構内に入るはずだったのだが、

この日は東北地方の地震のおかげでダイヤが乱れていた。






貨物列車が本線に入る構内信号は、当然『停止』だったのだが 

『停車』を嫌った運転士は構内の安全側線に入ってしまう。


入るだけなら、まだよかったのだが、

なぜか安全側線で脱線。

さらに、あろうことか下り本線にかぶさるように倒れてしまった。

安全側線の意味がない。

そして、三河島駅の駅員は後続の列車に警報を出さなかった。

そこに本来の下り電車が衝突。



こいつがさらに上り本線にかぶさるように脱線した。

乗客は、降りて線路を歩きだすのだが、

さらにそこに上り電車が突っ込む。








もう、なんかドリフのコントじゃないかと思うんだけど

国鉄史上最悪の多重衝突事故で、 

死者162人、重軽傷者350人以上という大惨事となる。


                    
       

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まあ、蒸気機関車の三河島事故の時代と、

21世紀のソウルの地下鉄を比較してはいけない。


ソウルを擁護しているんではないぞ?


逆だ。




今回、追突した電車の運転士は 

『最後まで非常ハンドルを振り絞ったが止まらなかった。』 

と言っているらしい。


嘘だ、とまでは言わないし、

ATCやATSが作動しないというのも、おかしいけど、

生きてるんでしょう。

逃げたんだ。それはいいよ。命が第一。



だけどあんた、修学旅行生を閉じ込めて被災させたくせに 

真っ先に逃げ出して非難されている、 

あの貨客船の船長を意識してるだろう。


                      

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パンツで逃げてます。 

船長です。






ソウルの地下鉄事故が、

ヒューマンエラーなのかどうかはまだわからないが

貨客船沈没事故は、人災の部分が大きそうだ。



三河島事故は裁判が終っていて、

最初に停止信号を無視して構内に進入した

機関車の機関士、助士は有罪。


さらに、衝突の前に、後続列車や乗客に警報を出さなかった、

助役などが処罰を受けた。






交通事故でもなんでも、追突したら

したほうが100パーセント悪い。

『だって、前の車が急ブレーキを。』といっても、

『それならどうして十分な車間距離を取らなかったんですか?』

と言われたらおしまい。

民事でも刑事でも確実に負ける。



だから『追突ゴロ』なんていうのがいるのだ。

後続車の車間が詰まった時点で、ガツンとブレーキを踏む。


『単純追突』なら保険屋もめんどくさいから喧嘩しないので

確実にもうかる。

そのあと、首にギプスをして、

『おおーう、むちうちでよーう。』なんてやれば完璧だ。


なにが?




自動ブレーキのこの時代、商売がやりにくいだろうが

まあ、追突なんて、するほうが恥だよね。



















では、『今日の三河島事故。』




















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