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2014年7月14日 (月)

集団的自衛権と徴兵制度

安倍内閣が閣議決定した集団的自衛権とはなんだろう。 

(朝日新聞の記事へのリンク) 

『閣議決定』しただけではなく、こうやって同盟諸国とも 

連携を取っている。

国会での集中審議も始まった。










『総理におたずねします。まず、集団的自衛権の前提となる

自衛隊の武力行使については、憲法改正ではなく、

「解釈の変更」で済ませるわけですか。

総理の解釈する「自衛隊」というのは、いかようなものですか?』


『内閣総理大臣、アベシンゾー君。』


『傷付けられたら、牙をむけ。自分をなくさぬように、という

国家の誇りを守るための存在であります』



『それなら、集団自衛権、とはいかようにお考えかっ?』



『いーまからーいっしょにー、

これから ーっ、一緒にー 

なーぐりーにー行こうかー、

という Yah Yah Yahな権利であります。』

























では、『今日のYah Yah Yah!と徴兵制度。』




















『これ、レインコートいらんわなあ。』


『…ねえ。』


『……』


『あっ、』


『なんです?』


『ということは、一緒に殴りに行く
味方が

薬でらりっていてもいい、ということですねっ?』



『大丈夫、

敵はもっと、らりってますっ。』



















えーと、明日生きてるかなあ。










で、まあ

この集団自衛権の行使、つまり日本に対する侵略ではなくとも

一緒に殴りに行こうぜ、ということで

これが徴兵制の復活になるのではないか?  

と心配している人たちがいる。









すごくいらっとする動画なので、うんとサイズを小さくしました。

障子の前でしゃべってるだけなので、

動画である必要はないです。




で、 

この人もしゃべっているのだが、 

多くの人が勘違いしているのは 

『徴兵制』=『全員兵役』と思っていること。


まあ、いまでも韓国や北朝鮮のように『戦時下』の国は

男と生まれたら、完全徴兵である。

いまではどうだか知らないが、俺が学生のころは

学歴による免除もなかったらしい。


大学のゼミの博士課程に留学していた韓国の人が、

『おー、学位とったら、兵隊行きます。2年間。』といっていた。

博士号を持つような人を一兵卒として前線で殺したら

国家の損失ではないのか?とおもうが、

そこら辺、あの国は徹底している。




もちろん、日本も昭和20年の終戦まで徴兵制を敷いていた。

『徴兵』には、朝鮮半島のように『数をそろえる』という意味もある。

日本でも太平洋戦争の末期には、『根こそぎ動員』といって

無茶苦茶な数集めを行うが、

徴兵制導入時の動機は違った。







日本人は20歳になったら、

本籍地のある連隊に行って検査を受ける。

これは男なら日本人全員受ける。


ここで甲、乙、丙、丁、戊の評価が下され、 

丙種以下はめでたく不合格となる。

(乙種合格は現役で兵隊にとられることはなかったんだけど

120日の教育召集というのを食らうことがあった。さらに、

補充兵役というのが課せられていて、戦況が煮詰まってくると赤紙に怯えた。)


よく、『徴兵検査の前に醤油を一気飲みしたら 

丙種になるらしいぜ。』なんていう都市伝説を聞くだろう。


あれは、この段階でのもの。


甲種合格の筋骨隆々たる壮丁も、その日は 

みんなと一緒にインキンの検査を受けて返される。









兵隊にとられるかどうかはくじによる。

まあ、もちろん、体格なんかも考慮されたろう。


『戸主や長子は兵隊にとらない。』

ということで養子縁組が増えた。 

くじなら神頼みだ、と神社にお参りし、 

神社のほうも、堂々と『徴兵除け』と謳ってたんだから、 

平和といえば平和だ。


実際、戦争がない時代の日本帝国の

検査合格者に対する徴兵率というのは意外に低い。

日露戦争前で3割弱くらい、

山梨軍縮宇垣軍縮前後の大正時代にはもっと減った。

(終戦間際の根こそぎ動員の時には、8割とかになったらしいが。)

そんなんだったら、志願兵,あるいは固定身分でいいじゃん。

と思うだろう。江戸時代、人口の一割も侍を飼っていたんだ。

それで充分じゃん、と。








しかし世界の趨勢は違っていた。

ナポレオン軍が一時的とはいえヨーロッパを征服できたのも

あいつらが、『俺たちは革命を広める正義軍だぜ。』

と身分を超えて団結したからだ。


だから、明治の陸軍を作った大村益次郎

そのあとを継いだ山縣有朋も、『国民皆兵』というのを主張した。


これは、『百姓を兵隊にするのか?』ということで

身分制度の崩壊を恐れた士族の反発を招き

大村益次郎は暗殺され、薩摩では西南の役が起きる。



しかし、これは無事鎮圧され、徴兵例が敷かれる。

ただし『鎮台さん』の名前で呼ばれた当時の陸軍は

文字通り、内乱鎮圧用の軍隊であった。

徴兵検査で20歳の壮丁のふぐりの裏まで見るような検査をやっても

実数としてはそんなに必要はなかった。


だから、甲種合格の現役招集3割弱、といった状況が生じるわけで

『それなら、徴兵除けに神頼みしよう。』、ということになる。


この段階に来たら醤油を飲んでも死ぬだけなので

神社やお寺でお守りを買って、石段の手すりに

『徴兵されませんように』と書いた紙を結び付けている。


とにかくこれが、全国の神社、特に『あそこがいい』と

噂になったところでは階段の手すりの支柱ごとに

このお札の華が咲いたそうだから、

神主大儲け。








軍の思惑はどうだったか。

当然、徴兵制が社会に嫌われることは知っていた。

侍が刀を捨てたくはないことも、西南の役で思い知っていた。

だから、徴兵制の真の狙いは

そこを越えたところにあった。

社会のあらゆる階層から、兵隊を取りたかったのだ。

『志願兵制度』を一番嫌ったのは陸軍だったんですね。

(海軍は志願兵が多かった、そもそも兵隊も少ないし)


明治時代の徴兵令や、大正時代以降の兵役法にも

いろいろと抜け道があって、

『徴兵抜道指南』なんて本が市販された。


よく怒られなかったな、と思うが、徴兵制を敷いても 

学歴や婚姻、戸籍に金をかければ、召集に掛からない。 

徴兵でこうなら、

志願兵制にしたら、貧乏人しか来ない。



戦前の日本、というのは、社会的なヒエラルキーが

今よりもずっとはっきりしていて、きつかった。

三食、コメの飯を食わせてくれる軍隊は、

娑婆よりもずっとありがたい、と思う人がたくさんいたのだ。


軍は兵隊の社会的階層が限られることを恐れた。

いまでも、『軍隊を懐かしむ人』の中には

『学士様でも社長さんでも兵隊になればおんなじだった。』

というひとがいる。

陸軍は、志願兵制による

『軍隊の傭兵化』を恐れたのですね。


実際、徴兵=失職であった。


兵隊として優秀な成績を残したものには

現役期間の短縮、という恩典があった。

ところが昭和恐慌のころ、これを忌避する兵隊がいた。 

いま除隊しても昔の工場には帰れない。 

家族への恩給もなくなる。

軍隊は嫌だけど残らせてください、と。


こういう人が出てくると、軍としては困ってしまうのである。










1980年前後、自衛隊に人気がなくて右向け左』の時代があった。

この時代、陸上自衛隊の定数18万は

常に満たされず15万人前後で、

逆に『実情』に合わせるために『定数』のほうが減らされた。



いまの自衛隊は2011年の東日本大震災での活躍もあって

募集以上の応募があって、結構競争率は厳しいそうな。


従って、志願兵で、質の高い隊員が補充されているんだから

戦線での損耗を考え、補充兵員の確保を前提とした

徴兵制度の復活なんていうのはあり得ない。






そもそも、日露戦争の、奉天会戦で敵味方60万人。
 

第1次大戦のベルダン会戦で、敵味方200万人という 

人間を塹壕に放り込むような戦いは、もう、ない。


もちろん、『敵兵を塹壕から引きずり出すのは小銃』なので

人間の歩兵がいなくなることはないが。





だから、

『集団的自衛権?それならアメリカと中国の戦争に

あああ、あたしの息子が徴兵にっ。』

ということは、まずない。






そもそも、徴兵制の復活、ということになったら、

法改正を含めて、今回の集団的自衛権以上の

内政、外交上の大問題になる。


だから徴兵制は、まずない。








まあ、ある意味高校時代、、ふと背後に回って

ガタイのいいやつに、

『君、自衛隊入らない?』と

勧誘していた、おそらく佐官級の偉い人だったんだろうど

なんかそんな光景が懐かしいですね。








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さあ、今日もいっぱい敵を作ったぞ、っと。

ふえええ、怒らないで、怒らないで。




  

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