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2014年8月 2日 (土)

日出る処の天子、                   日沒する処の天子に書を送る、の日。

8月1日は、第2回遣随使が派遣された日。 

607年のこと。 (Wikipedia 遣隋使)



派遣したのが聖徳太子、国書を持っていったのが小野妹子。

その内容が、「日出處天子致書日沒處天子無恙云云」

『日の出の国から、日没の国に手紙を送ってやる。変わりない?』

という、スパークリングなもの。


これに隋の皇帝は激怒したそうだが、

別に軍隊や空母や無人偵察機を送ってくるようなことはせず、

ちゃんと『返書』を送っている。



曰く

「皇帝問倭皇 使人長吏大禮 蘇因高等至具懷 朕欽承寶命

臨養區宇 思弘德化 覃被含靈 愛育之情 無隔遐邇

知皇介居海表 撫寧民庶 境內安樂 風俗融合

深氣至誠 遠脩朝貢 丹款之美 朕有嘉焉

稍暄 比如常也 故遣鴻臚寺掌客裴世清等 旨宣往意

并送物如別」『日本書紀』


えーと、

『遠いとこから、挨拶ごくろうっ』ってことらしい。

だから、ちゃんとした訳が見たかったら

Wikipediaでも見て頂戴よ。



煬帝いいやつじゃん。




まあ、この『日出處』、『日沒處』というのは

たんに東西を表す仏教用語だった、と

Wikipediaさんが必死で弁解しているし、

聖徳太子はいないかもしれないので、 

そんなこと考え出したら

歴史ってつまんねえよなあ。













しかし、いまや近習の粛正に追われる、きんぺーくんに

安倍さんがこういう『国書』を出したら痛快なんだけどな。

やっぱり大騒ぎなのかのな。


そんな『国書』を出したら世界史的に痛快だと思うけど。

中華インターネット界では、大騒ぎになるんだろう。




でも、面白いからやってみ?

中国が大好きな『前例』が

1400年前にちゃんとあるんだから。













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じっちゃんの名にかけて







                            

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じっちゃん、岸信介

60年安保条約結びました。

樺美智子がデモ隊に押しつぶされ死亡しても

私には“声なき声”が聞こえる


























では、『今日の一枚。』











天才バカヴォン・・・

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『ヴォン』って



                    



                        

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 米ドル運営関係者は認めたくないかもしれないが、今まで禿鷹ファンドの餌食になっていたアルゼンチンやギリシャが禿鷹ファンドに奉仕なくとも国政を運営できるだけの国債の起債・経済運営の道が開かれた、[アルゼンチンの債務問題をめぐり、同国が金融システムから比較的孤立している点を踏まえると、デフォルト(債務不履行)に陥っても市場全体に悪影響が及ぶ公算は小さいと]表現されているが、と信じられる。参照お願い致します「米連邦地裁の「ハゲタカ」ファンドの丸儲けに協力を止めさせアルゼンチンが関係する金融危機回...... [続きを読む]

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