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2014年9月の投稿

2014年9月29日 (月)

スコットランド独立と、ヨーロッパ人の国境意識

2014年9月18日(日本時間19日)、イギリス北部、 

スコットランドの『独立』をめぐる住民投票が行われた。

(Wikipedia 2014年スコットランド独立住民投票)





いろいろあったらしいんだけど、

イギリスの首相であるキャメロンさんが『独立派』に譲歩し、

『じゃあ、住民投票して、

独立賛成が多かったら独立していいよっ』

と、まるで小平市のどんぐりの森、のようなことを認めてしまった。








結果は、以下の通り。

『独立反対55・25%、賛成44・65%、』

(読売新聞の記事へのリンク)


順当か?拮抗か?










スコットランドといえば、サッカーやラグビーの

世界クラスの大会には、『イングランド』と別に 

『ナショナルチーム』を仕立ててくる。

独立しなくてもいいんじゃねえの? 

ジャップは思う訳ですよ。













今日のテーマは『ヨーロッパ人は国境の垣根が低い』ということ。















なんで、スコットランドが『独立』したいのか、というと 

そもそも17世紀まで、イングランドと仲がわるかった。



イギリスと気軽に呼んでいるが、正式名称は

『大ブリテン島および北部アイルランド連合王国』という、

超えらそうな名前。




したがって、オリンピックの入場行進なんかでは

『UK(United Kingdom)』ということで、『E』じゃない。



スコットランドは、北海道とほぼ同じ面積で

そんなに広い地域ではない。

人口も北海道とほぼ同じで、

『もうお前、北海道でいいんじゃねえか?』


いや、まあ酒も麦もうまいしさぁ。



            

00000000000000000000000000000000000

青い部分がスコットランド

黄色が北アイルランド、

赤がウェールズ

白がイングランド










うん、17世紀、18世紀とかそんな昔の事言うなよ。と思うが 

『スコットランド独立運動』は、いま現在まで続いているわけです。


そして『連合王国』の構成国の一つ、北アイルランドでは

1998年のベルファスト合意まで、結構派手なテロが続き

ユナイテッドキングダムからの離脱を争った。


しかし、地図を見てもわかるように

北アイルランドはもちろん、アイルランド全土でさえ

面積でいえばスコットランドより小さい。


もっといえば、イギリスの面積は日本の6割、人口は半分。


なんで、そんな小さな国が、分離だ、独立だ、というと

彼らの『国境意識』が日本とは違う、ということなのだろう。







ただし、そうやって騒いだところで、

経済の基礎がないとどうしようもない。







ところが1960年代末、この『大ブリテン島』の東沿岸に 

巨大な海底油田が見つかった。 

北海油田、というやつで現在も採掘されている。




で、 

この北海油田の評価が 

今回の『独立投票』のカギになったという。


Wikipediaの書き方なんかは、ぼろぼろで

『いやもう、北海油田なんかあきまへんわ、

新しい油田も見つかれへんし

廃止になった油井の撤去費用だって巨額だ。

壊さなかったらシーランド公国みたいのが山ほど増えまっせ、と。

(Wikipedia 北海油田)

(シーランド公国)




まあ、北海油田は、開発以来50年近く経っており、 

東半分のノルウェー鉱区ではじゃぶじゃぶ新しく油田が出るのに 

西半分のイギリス鉱区は、天然ガスもふくめてもう枯れちゃう。 

なんだそうです。

そうはいっても、現在のところ、 

イギリスはエネルギー自給国、どころか純輸出国ではある。

(諸外国のエネルギー事情)















資源の利益配分を

めぐって紛争を起こした国、地域

というのは世界中にある。


ブルネイは、じゃぶじゃぶ石油が出たけど

マレーシアに参加しなかったために、

20年以上にわたる内乱の末、完全独立した。 

(外務省 ブルネイ・ダルサラーム国)


戦前に大油田が見つかっていたクウェートも 

じゃぶじゃぶ石油が出たけど、

イラクに参加しなかったために、フセインの侵略をうけた。 

(外務省 クウェート国)



でも、こうやって独立を維持している国はハッピーで

ブルネイもクウェートも、教育や医療にお金はかからないし

ブルネイのスルタンは世界一の金持ちだ。

いいなー。






しかし、資源があっても、内戦が続く、となると悲惨だ。



アフリカでは石油が出ない、と信じられていた時代があった。

そりゃそうだろう。 

スエズ運河のむこうのサウジ、アブダビといったところでは 

どばどば石油が出るんだ。


まるっきり石油が出ないエジプトが

観光で食っているのは事実だし

スエズ運河の支配権をめぐって、

博打のようなスエズ運河接収に出たのも理由がある。

(フランスの原発依存率はなぜ高いのか?)




1960年代までの例外がナイジェリアで、

ここは、国土の南東部に油田がある。

 

250pxnigeria_orthographic_projectio

 

 アフリカの西側

 

 人口は日本よりずっと多くて

 1億8千万

 

 

東部の民族と、首都がある西部の民族の

歴史的な対立も深かったのだが、

『権利の配分が不平等だ。』ということが

理由の一つとして起きたのが『ビアフラ戦争』。

(ビアフラ共和国)



戦争そのものの経緯より、内陸の砂漠に追い詰められた

ビアフラの人たちが多数の飢死者を出したことで有名だと思う。

 

640pxstarved_girl




ビアフラの子供










この戦争に関して、原因が『資源だけだ』といってしまうと 

ビアフラの人に怒られてしまいそうだが、

もう少し南のコンゴ共和国(昔のザイール)では、

金・銀・ダイヤ・コバルト・銅、と

溢れる程の資源があったせいもあって

もっと凄まじい内戦が起こった。

石油が見つかった南スーダンは、つい最近独立した。



世界中にそんな地域がある。










スコットランドどこに行った?

と思ってるだろう。

大丈夫、僕はもっと思っている。




なんで『住民投票』から10日以上もたって公開できないのか、

というあたりを多少は、慮ってほしい。


金も入らないのに…




日本最大の天然ガス埋蔵量を誇る千葉県が

独立運動を起こさないのは、なぜだ?

ということを考えてみても面白いよ。

(なつやすみ 千葉県の独立)



『TDR』と成田空港の完全封鎖をやれば、

案外、楽勝で『高度な自治権』が得られるような気がする。






ふう。






スコットランドの話に戻ると、

独立しても国土の規模は北海道。

名物はネス湖とネッシーとスコッチウィスキー。
                     


石炭があるので産業革命の時には発展したのだが、

いい酒ができるくらい泥炭地帯で、北海道よりも緯度は北で

エンクロージャー運動のおかげで羊さんがめーめー。


要するに、農業では食えないわけです。

いまさら石炭の時代でもないし、観光かあ?

ネッシーでてこねーもんなー。

北海油田にかけよう、と。






まあ、くりかえすけど『油田』だけが独立の理由ではなかったはず。

いろんな不満なあったとしても『国家』としてやっていく『見積書』の

中には、この資源の配当利益の計算があったはずだ。




だから『国』ってなんだって話なわけです。




ヨーロッパの国、ってよくわかんないんですよ。 

そりゃまあ、領土があって国民がいて、政府があって 

よその国が承認してくれたら、承認国にとっては『国家』です。

(モンテビデオ条約 (1933年))


だけど、すごい小さい国がある。

そもそもイギリス自体小さい。

面積で日本の6割、人口で半分です。


日本がいくら少子化したって、あと50年は

『国民全員総当たり指相撲大会』とか『じゃんけん大会』とかを

やっても、圧勝なわけですよっ。






モナコ、という国がある。 

観光とカジノとF1で有名だ。正式な名前は、モナコ公国。 

一番えらい人は『大公』といって、先代の大公は 

かみさんの女優に高い鞄を持たせたりしていた。

(外務省 モナコ公国)



で、

『モナコ大公』なる人物はナポレオン戦争まで

フランスの庇護下にあった。

だからフランス王、皇帝という人物が保護者になる。

その後、イタリアに売り飛ばされそうになったら

『国土の95パーセント』をフランスに切り離す、

という豪快な独立政策を採って独立した。


だから、現在のモナコ大公は

フランスの支配を離れて世襲制である。








フランスとスペインの間にアンドラ、という国がある。

この国の国家元首は、スペインのカタルニアのウルヘル司教と

フランス大統領の二人いる。


訳わかんねー。



そして、このカタルニア地方でも、独立をめぐる住民投票が

行われるかもしれない。

(読売の記事へのリンク)









つくづく『国境の垣根』が低いんだな。と思う。

というか、意識が違うのだろう。

だから、ヨーロッパ人は、第二次大戦後半世紀もたたずに

EUをつくることができたのかもしれない。

いいことか悪いことか、という問題ではない。



もうなんか、国際郵便の宛先でも

「EU スコットランド州エディンバラ市』とかで

いいような気がする。










でも そんな話をはじめたら、

また長くなるので勘弁してください。

スコットランドはしばらく収束するかもしれないが、

それに刺激されてカタルニアのように独立を目指す国もある。


こんな事例が続出したら、ロシアが『それみたか』という顔で

東部ウクライナ諸州の独立を図るかもしれない。






環海の島国だった日本は、

国境の意識に疎かったが

尖閣の問題などで、

鋭角的にそれを知らされた。



だって、無人島なんだもん。


























では、『今日のScotland the Brave 』







                  

                       

 

ちなみに行進している皆さんが履いている

スカートのようなものは、

キルト、といってスコットランドの伝統衣装。


ひざ丈でタータンチェックだから、あらぬ勘違いをしてしまうが

こいつら全員男。


しかもノーパンのはずである。

まあ。


 

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2014年9月17日 (水)

ダライ・ラマ14世のリ・インカネーション

ダライラマ14世が、自らの後継問題について

『伝統である輪廻転生方式を採らない。』と宣言して、

中国がすげー怒ってる、というニュース。

(産経ニュースの記事へのリンク)






ダライラマ14世というのはチベット仏教の最高権威者であり

チベット亡命政府の元首である。

(ダライラマ14世のHPへのリンク-英語-)









そしてこのチベット問題というのが 死ぬほどややこしい。


以前チベットについても書いたことがあるんで

リンクしておこう。(中国国境紛争史)








清朝が滅びるまで、
 

チベットは実質的に中国の支配を受けていなかった。


だから、清朝が滅んだ時に『独立』を宣言するのだが

これはイギリスの逆鱗に触れた。


イギリスは『清朝の遺産整理』ということで 

『シムラ会議』というのを開き 

チベットを狙うロシアには、

モンゴルに対する優越権を認める一方 

チベットに関しては、南京政府の宗主権を認め、 

『高度な自治権』を認めた。


インドの維持に汲々としていたイギリスは、

ヒマラヤのむこうでもめ事を起こしてほしくなかったのだ。

清朝時代と同じようにチベット政府が自治すればいい。


と、恩を売ったように見せて、もちろんイギリスのことだから、

国境線なんかでは『マクマホンライン』を引いて

『実』をとっている。







この『高度な自治権』をめぐっての争いが、

ダライラマ14世の前半生である。 


といっても、ここまでは怒られないだろう。





ダライラマ、というのは

チベット宗教における最高権威者の称号。

1959年の亡命までは、政治的にも実質的な指導者の地位にあり、

亡命政府ができると2011年までは、

そこでも『元首』の称号を保った。

2014年現在は、『チベット国民の守護者にして保護者であり、

チベット人のアイデンティティと統合の象徴である』

という人になっている。





ただし、この称号の継承者の選択方法は

日本人から見ると変わっており、

今回のトラブルのもとになっているのも

『ダライラマは転生する。』という建前があるから。


そんな、リ・インカネーションなことを言われてもと思うのだが

14世は3歳の時に、先代の遺骸が眠る地を指し示し、

先代が愛用した食器などの什器を並べ、

横に精巧な偽物を並べて、選ばせる、という「試験」を受ける。


うわあ、嫌味なことするなあ。とおもうが 

いまのダライラマ14世ことラモ少年は

偽もんの食器を『きゃー』とか言って投げ飛ばし、 たかどうかは

知らないが、3歳の時にこの試験を突破。

めでたくダライラマ、となった。






彼は、当初中国と争う気はなかった、と思う。

蒋介石の国民党政権は根性がなかったので

チベットまで、実効支配を及ぼすことはなかったからでもある。


ところが、1950年に大陸での闘争に勝った毛沢東が

チベットに侵攻してくる。


これではかなわない。

1950年の中共軍は装備も士気も劣弱なのだが

10万人いれば10万挺の自動小銃がある。


ダライラマは面従する。

共産党主催の翼賛選挙に投票する映像が残っていたりする。






ただ、ダライラマは

『主権国家としてのチベット』はシムラ会議で否定された以上、

独立は国際社会の同意を得られないことを知っていた。


そうであれば、『高度な自治権』を確保することが 

闘争の眼目になるわけだが、それが適用される 

地理的範囲というのはどこまでか ということを曖昧にしたまま

1950年に中共軍が、チベットの首都ラサに侵攻してくる

チベットは屈辱的な条件をのまされて、いったんは妥協する。


しかし、それが破綻して闘争が起こったのがチベット動乱。


『高度な自治権』を保証されなかった、

チベットの北半分と東部西部って全部じゃん。

つまり全土で反中行動が起こり、即座に中共軍が介入。


さらに、『本当の中核地区』であるはずの

チベット南部にまで侵攻してきやがって、ということで

ラサにいた、ダライラマ14世も生命の危険を覚える。


そこで、彼は数十万のチベット人とともにヒマラヤを越えて 

インドに亡命し、インド北部に「チベット亡命政府」をつくった。

これが1959年。











さて、これがダライラマの壮大な賭けだった

と見てはいけないだろうか。


というのが、今日のお話。



だって、彼がチベットを出たら、

チベット人の後継者を探せない以上、

『彼の寿命が、チベット亡命政府の寿命』である。


『ダライラマ』という名跡が世襲でも、選挙によってでもなく

『転生』によって担保されるとしたら

1959年のチベットからの脱出は、

『生命をかけたチキンレース』だったのではないか?


とか書くと、うちの近所にひしひしと(自粛)















『亡命政府』と、さっきリンクしたダライラマ法王日本代表部

にも書いてあるんだけど、そもそも『亡命前』のチベットを

独立国として外交的に承認していた国はなかった。


さらに、1959年のダライラマのインド越境を

中国政府はもとより、受け入れたインド政府も

『政治亡命』とは認めなかった。


だから、彼が主宰するチベット亡命政府を承認している国は

インドも、日本もふくめて存在しない。



『国家って何だ?』っていう話である。








チベット蜂起への中共軍の弾圧から、彼が身を引いたのは

彼自身の安全のためもあっただろうが、

ダライラマという存在がチベット国内にいることで

これ以上起こるであろう、虐殺や略奪を防ぐためだったんだろう。

聖下の深慮を忖度してはいけないが。


そして、国際社会に中国の非道を訴えることで

中国国内にてんこ盛りにある民族紛争のなかでも

一頭、地を抜きんでる認知度を得させることだったのではないか?

だから、聖下の深慮を忖度するなってば。


もっともこれは成功し、

ダライ・ラマ14世は1989年にノーベル平和賞を受賞している。

もちろん、顕彰が目的ではないのは明らかで

『チベット問題』を、世界ニュースの舞台に上げた。







彼の『インド行き』を、ようインド政府も認めたなあ。

実際、これ以降中国とインドの外交関係は決定的に悪化し

1962年には、中国軍がカシミール地方になだれ込んできて

いまだに撤収していない。

(Wikipedia中印国境紛争)






そして、やっと今日の本題だ。






あ、まだ前振りっすよ。

ここまで書くのに四日以上かかってんだい。


何百頁の無駄な文章を読んできたことか…

一文にもならないのに…


でも、前、後編くらいに分けるか?






では、後編

『それなら、ダライラマのチキンレースの相手とは?

「共産党中国」がリ・インカーネーションにこだわる理由はなんだ?

「消されたもう一人のラマ」、とは?

いっそのこと、ワールドワイドに

ダライラマ探したらいいじゃん。』




お楽しみにっ。

ああっ、だからうちの近所に(自粛)








スコットランド独立の話とかも書きたいのになー。





























では、『今日の赤ちゃん』







この中に、ダライラマの生まれ変わりがいますって

言われたとして、わかりますか?




目黒雅叙園っすね。




あきちゃんと、もえちゃんかわいー。

ぺたぺた歩くんだ。


            
         

 

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2014年9月 8日 (月)

自転車に乗って

今日、自転車に乗った高校生のカップルを見たんです。


いや、まあ二人乗りはいけない。とか

野暮なことを言うつもりはないんです。


当然、男の子が運転して、女の子が後ろに乗ってる。


眼を引いたのは、女の子が綺麗だったこともあるんだけど 

彼女が『女の子座り』だったんですね。

大股広げていない。 

荷台に座って片側に脚をそろえ、男の子の腰を軽く抱いている。


ベトナムあたりで、アオザイのようなタイトスカートをはいているなら

必然的にそうなるけど、日本で見たことなんて久しぶりだ。





っていうか、あるのか荷台。





30年前くらいから、酒屋の自転車のような『頑丈合点』っていう

チャリンコ以外から荷台って、なくなっていったような気がする。


そんなら、あの当時の若造はどうやって二人乗りしていたのか、 

というと、女の子は後輪の車軸の芯についていた金属のカバーに 

脚を乗せて立って乗っていた。


いや、まあ男が後ろに立ってもいいんだけどさ。

いや、いけない。











今日はそれだけ。

不覚にも、きゅんとしちまったぜ。


いいなあ、あんなふうに後ろから抱かれるような二人乗り。

いや、いけない。



くすん





























では、『今日の「自転車に乗って」。』










これは、ほそいあやさんのカバーバージョン。








おまけ





モダチョキのオバQ



予告なしで伴奏を変えられた濱田マリが、

曲に入れなくなっているところがおかしい。





         

             

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カテゴリー『日記』の記事を書いたのは久しぶりだぜ。

ブログなのに。

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2014年9月 5日 (金)

天狗の前にデングなし

先週代々木公園に立ち寄った人物の感染が確認されたデング熱。

2km離れた新宿中央公園に行った人物でも感染が確認され

さらにこの人が埼玉在住なもので、この人が

網戸をあけてへそを出して寝ていたら、埼玉も『感染源』になる。




ここまでは、

まだまじめな話なんで聞いてください。


                     

デング熱を媒介するのは、日本中どこにでもいる藪蚊だ。

こいつらの移動距離なんて、風に乗ったとしても1kmくらい。

さいたま市まで30㎞だとして順調に感染しても30代かかる。

つまり普通、そんな遠くまで感染しやしないのだ。


代々木から新宿くらいならありうるだろうが…


ところがね? 

新宿なり、代々木公園に出かける人が 

こうやって鉄道距離での通勤者だったりするわけです。 

こうなると蚊の飛翔距離と関係なく広がるわけですよ。


現に、岩手や山口などでも新たに12人の感染が確認され、

5日現在の感染者は15都道府県で計71人となった。

(読売の記事へのリンク)




むやみに恐怖心をあおる気はないんです。

でも、なんか公園で網を振ってる人を見ると、調査だとはいえ


え?そこから?

と、正直思うわけですよ。



そこ?























『新たにデング熱を媒介した蚊の存在が確認された

新宿中央公園。ここでも都の職員が蚊の駆除を行っています。』


『てーんぐ、てんぐ、てんぐっ。』


『不思議な踊りをしている、

あの赤いお面の一団はなんでしょう?』


『てーんぐ、てんぐ、てんぐっ。』


『インタビューして見ましょう。みなさんは一体?…』


『われわれは日本天狗党だ。』


『…えーと、幕末の?』


『関係ないっ。』


『ひっ。』


『今回のデング熱騒ぎを聞きつけて、

蚊の駆除のために立ち上がったのだっ。』


『それで、虫取り網とキンチョールを持って踊る?』


『天狗の前にデングなしっ。』


『……』


『……』


『…そのセリフを言いたかっただけですよね?』


『……』


『……』


『てーんぐ、てんぐ、てんぐっ。』


『…真似する人いないでしょうね…』


『あ、蚊に刺された…』


『え?』






『てーんぐ、てんぐ、てんぐっ。てーんぐ、てんぐ、てんぐっ。
































では、『今日の一枚。』







                       

00000000000000000000000000000000000



てんぐっ










                                 

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2014年9月 4日 (木)

Technicsの復活。

パナソニックが、高級オーディオブランド、

Technicsを復活するというニュース。

価格は、4000ユーロか

4万ユーロ(550万円)の二者択一。


高え。

(読売新聞の記事へのリンク)





いまでも、オーディオマニアっているだろうけど、

昭和40年代は、ご家庭のCMに登場して

お父さんの心をがっちりつかんで 

財布は離さないお母さんと大変なことになっていたんだ。



























ということで、『今日のテクニクス』







                         

 

オ-ディオのCMなのに音が聴こえない。 

そして、最後の『テクニーックスー』っていう音楽は懐かしい。 

薬師丸ひろ子はかわいい。



以上。






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なんだ?この日記。

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2014年9月 2日 (火)

本能寺、4年ごとの真実

明智光秀の子孫、を自称する明智憲三郎なる人物が 

「本能寺の変431年目の真実」なる本を執筆して、

テレビに出た、というニュース。(livedoor newsへのリンク)

 

                           
                        

000000000000000000000000000000000_2


買ってね。







『で、まあ。絶対買わないんですけど。

こいつは何者なんです?

光秀の正統って生き残ってるんですか?

山崎の戦いのあとで皆殺しにされたはずでしょう。』


『そこが、彼曰く「妾に産ませた傍系の10何代目」なんだそうだ。』


『あほらし。』




















『そんなこと言うな。本人いわく、「氏は、信長を暗殺したとされる

明智光秀の子孫ということで、自分を「明智」と紹介するのも

「辛くて辛くてしょうがない時代」を送った。」そうだぞっ。』


『で、まあ。彼曰く、というか 

ライブドアニュースの記事をコピペします。』


『うむ、STAPはあるとばかりの…』


『えーと、「氏の主張では、信長はかねてより

徳川家康を危険人物と見なしていた。

そして、信長が家康を本能寺におびき寄せてから暗殺するよう、

光秀に命じていたのだという。』


『ここら辺まではありそうな仮説だな。』


『本能寺の変の当時、家康は本能寺に向かって

上洛している最中であったとの記録が残っており、

また、光秀の家臣が記した記録にも本能寺に行くのは

家康を討ちに行くのかと思っていたとの記載がある。

だ、そうです。』







『ここら辺から話がおかしくなってくるんだよなー。

家康は堺にいたはずだし、

当時近畿にいた最大の軍団は、明智軍2万だった。

信長が家康からの暗殺を恐怖する状況ではなかったのだ。

皆殺しにされた 

光秀の家臣のメモ、って誰んだよ。』


『で、こっから先が、さらに明らかに

日本語としておかしいんです。 

編集なしでコピペするから、STAPがあってもいいじゃない…』


『…えーと。』


『で、ライブドアニュース曰く、「しかし、「イエズス会日本年報」には

信長が中国を征服するという野望を持っていたとの記録がある。 

光秀が中国への侵攻を命ぜられれば、  

最悪の場合、明智一族が  

滅亡してしまうことも考えられる。  

明智氏は、光秀は中国行きとなるか、 

謀反を起こすかの   

どちらかを選ばざるをえない状況  

だったと指摘した。



そして、そうした危機を感じた光秀は、
 

信長が家康を討とうとしていることを家康本人に伝え、 

光秀は家康と信長を暗殺することで   

協力関係を結んだのではないかと説明した。」と。』


『中国征伐は既定の命令だった訳だし
 

なんでそれで明智氏が  

滅びるのか説得力がないなー。』










『中国というと?People’s Repauric of China?』


『ああ、それだったら、今頃は天安門広場に

水色桔梗の明智の旗が並んでただろうになあ…』


『いや、光秀の時代、天安門広場ありませんですけどね。』








『まあ素直に岡山で行きどまっていた

中国地方への秀吉軍への応援と考えるにしても、

既に光秀軍に動員はかけられていたわけだ。

なんで必然の中国行きを拒否するか、謀反かという

二者択一になるながわからない。』


『その秘密は明智憲三郎先生の近著、

「本能寺の変431年目の真実」を買って、

この馬鹿に10%の印税を払って

読み解いてくださいよ。』


『絶対やだ。』

































では、『今日の生涯設計。』










この人物、明智憲三郎氏を紹介するにあたって、

ライブドアニュースが、枕詞のようにつけているのが

「三菱電機で

システムエンジニアをしていた」

という台詞。




だからなんだよ。










三菱電機だと緻密な歴史パズルが解けるのか?

あほらし。



ただし、システムエンジニアらしい計画性はあって、

彼は今回の著書の4年前、

三菱電機を退社する時にこんな本を出している。


                      

00000000000000000000000000000000000
427年とか

どうも区切りが悪いな、

と思ったらこいつ、

定年の時に

この本を出してるんです





                    

『4年ごとに真実が出てくる』あたり

絶対信用できねえだろう。



素晴らしいライフプラン。

お前定年前の数年間仕事してなかったな。



ここまで読者を馬鹿にした編年設定もないよな。

出版する価値があるとは思えないので自己資金か?

いいなー。









『まーた、明智にWordの講義だよ。』


『あいつ何やってんの?』


『さあ、もう正業からは干されて

家族史みたいのを書いてるらしいけど。』


『…うわあ』








ということで、明智先生の本をとりあえずは見てみよう。

立ち読みでいいから。

印税払わなくていいから。


大丈夫、今回見逃しても4年後彼は復活する。






オリンピック作家、と呼んでやろう。

っていうか、いまのうちに『本能寺の変435年目の事実。

姫たちの本能寺。』とか書けば大ヒットであろう。







書こうかな。





                     

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