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2014年11月22日 (土)

ブラジル人がポルトガル語を話す理由(再)

11月22日は、ポルトガルの、ヴァスコ・ダ・ガマが、

喜望峰を回った日。

喜望峰自体は、1488年に、

バルトロメオ・ディアスという人が 回っているのだが、

この人は船員の反乱にあって、目の前のインド洋を見て

再び引き返す。





そのことが、表題のブラジル・ポルトガル語の起源に

なっている、というお話。






ブラジルがイギリスを抜いて

『世界第6位』の経済大国になる、というニュース。 

(読売の記事)




   

近い将来、仏独も抜いて米日中に続く

世界4番目の経済大国になるのだ、という。




















 

ブラジルというと、南米にあって人口2億人。

外資を積極的に導入して経済も元気。  

来年にはサッカーのワールドカップも開かれるし

2016年には、夏のオリンピックもある。




 

1964年の東京、1988年のソウル、2008年の北京、と

『夏のオリンピック』は『先進国クラブ』への仲間入りだ。

だけど、公用語はポルトガル語。


 

なんで?

ブラジルがポルトガルの植民地だったから、というのでは

回答として30点だ。



 

あんな国の言葉がなぜ、2億人の公用語なのか?

ポルトガル語を母国語とするひとは地球で7番目も

たくさんいるのだが、9割がブラジル人だ。



 

もう、『ポルトガル』語じゃなくて

『ブラジル』語で良さそうなものだが、何故? 

というのが、今日のお話。
























ブラジルはポルトガルの植民地だった、というのは事実。

ポルトガルは海上貿易に熱心で

たくさん冒険隊を出して喜望峰を発見。 

そこで、バスコ・ダ・ガマをインドに送り出して

胡椒を手に入れようとした。



 

ところが、ガマは馬鹿だったので

くそ暑いインドに持って行ったのは毛織物。

インド人がセーターなんか着るはずはないのであって、

鼻で笑われたガマは、2度目の航海で

山ほど鉄砲を積んでいった。

売るためではない。

征服するためだ。







ヨーロッパとアジアのゆがんだ関係は

この時代から始まる。

 

ポルトガルはインドのゴアを占領し、

航路の要地に砦を築いてパトロール船を派遣し、

『カルタス』と呼ばれる通行証を持たない船を取り締まる。

ポルトガルはインド航路を独占した。













 

そうなると他の国は不満だ。


 

スペインは、コロンブスを西に向けて送った。

インドに行けるんじゃないか、と 


こいつもあんまり利口じゃなかった。

だって、『地球が球』であるという前提で航海するなら、

コロンブスの時代でも大体地球の直径はわかる。

しかし到達したカリブ海の島々は、

地球半周分くらいインドに届かなかった。


とりあえず、アメリカを発見、したのはいいとして。

終生、自分が『発見』した土地がインドであると信じていたあたり

何考えてるんだ?お前。












しかし『発見』された土地は魅力で、

それじゃあ俺も、ということでポルトガルを始め、他の国も殺到。

 

『駄目だ、駄目だ。俺が先に見つけたんだもんね。』

スペインがローマ教皇に訴える。

この時の法王が、いい加減な奴で

『そんなら、地球の東半分はポルトガル、

西半分はスペインのものとしたらどうじゃろう。』と

日本人からしたら、いい面の皮の

トルデリシャス条約なんてのを作った。



 

従って、日本に最初に来た南蛮人は

てっぺん禿のポルトガル人、ザビエルだったりするのである。















ところが、このトルデリシャス条約には抜け穴があって、

『境界線』がほんのちょっとだけ、ブラジルにかかる。

 

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さらに、ポルトガル人のカブラル、というおっさんが

すでにブラジルに到達していた。

『じゃあ、ここは俺のもんだかんね。』と、

ポルトガル人が入植し始めた。

 

その後、フランスやオランダとの間で、

あれこれ戦争があるのだが17世紀には

ポルトガルの支配が確立。







   

更にポルトガル本国では、

王様が無茶なモロッコ侵略をやって戦死。

大叔父のスペイン王がポルトガル王を兼ねる。

中南米は全て1580年から60年間、事実上スペイン領となり

トルデリジャス条約の意味は薄れる。

 

この時期、ポルトガル管区の宣教師や奴隷商人が

大河を遡って、積極的に奥地に入った。 

バンデイラと呼ばれる、この探検行で、

ブラジルはトルデリジャス条約の国境ラインを越える。 


 

さらに、ジャングルの奥地に行くには船しかない。

ポルトガルが占領したベレン、という街に大河が流れ込んでくる。


『じゃあ、この川の流域は俺のもんだからねっ。』
と、

さかのぼっていったら、そこは

ピンクのイルカはいるわ、ピラニアはいるわ

『うわあ、気持ち悪い。』と思ったが

その大河はアマゾン川であったので

流域全部あわせると、

とんでもないことになった。







 

ポルトガル人は、同じ事をラプラタ川でもやっているので

あのでかい国が出来た。



  

これがブラジルの始まり。

 

 

 

ブラジル大使館の人の目にとまったら

抹殺されかねない『建国物語』だが、

薄目でぼんやり見たら、そんなに嘘は言っていない。


しかし、これでは

ブラジルがポルトガル領になった説明にはなっても

ブラジル人がポルトガル語を話す理由にはならない。

母国に力がないと、

いかに支配者として偉そうにしていても

その言葉は定着しない








 

朝鮮半島で、若い人が日本語を使うようになったのはごく最近だ。

日本語を流暢に扱うグンソク君なんて

ソウルオリンピック以前であれば非国民だったはずだ。


 

現にポルトガル領だったインドのゴアで

ポルトガル語を使う人なんて1割もいない。 

きちんと歴史のある母国語があれば、

植民地を支配する奴の言葉なんか使わない。

独立する時点で、ブラジルには、

土着語を持つ民族がいなかったのだ。









 

『未開だった』という意味ではない。

ヨーロッパ人が入ってくると、

こいつらが持ち込んだ伝染病のおかげで

現地で高い文明を築いていたインディオは

ばたばたと死んでしまう。



 

代わりに、インディオはヨーロッパ人に梅毒をうつしてやって

ざまあみろだが、とにかく病気のおかげで

部族によっては9割以上が死んだ。

こうなると植民地が維持できないので、ポルトガルは、

先ほどのパンデイラで奥地から奴隷をさらってくると同時に

アフリカから黒人奴隷を連れてくる。

 

砂糖、金、ダイヤ、コーヒー。

ブラジルは宝の国だった。

人手はいくらでも必要だった。

ポルトガル人は混血を厭わない。

インディオや黒人とパコパコやる。

ここがイギリスやフランスの連中と違う。


 

もちろんイギリス人が植民地の女をレディとして

扱ったはずはなくて、やっぱりパコパコやりまくるのだが

ラテン系の連中は、混血児も『マイファミリー』と包容する。


 

ここだけは、ポルトガルを褒めてやっていいと思うのだが、

おかげで、あの国は白黒抹茶ポポイノポイと

民族の祭典のようになってしまった。









 

こうなると、みんな自分のルーツがわからない。

隣のひとはもっとわからない。 

しかたなく使ったのがポルトガル語。


 

共通語はそれしかなかったからだ。









 

ブラジル人がポルトガル語を話す理由、でした。

だから、ポルトガル大使館のひとに知られたら

ただではすまないと思うのだが

心の目で読めば、

そんなに怒ることないじゃない。


















中国にマカオという町があって、

かつてポルトガルの植民地で、カジノの町だ。


 

橋下さんが、『マカオを見習え。』と

大阪にカジノを作ろうとしている。

別にカジノでも何でもかまわないが

『マカオを見習え。』というのは歴史を知らなさすぎる。 

あの人の年齢からして

返還前のマカオを知らないのだろう。

それはもう、ひどい町だった。



 

マカオなんて、香港の観光客が

半日ツアーでカジノと買春に来る町だったのだ。 

しかも80年代であれば、

中共の連中はまだ貧乏だから来やしない。


 

外国の観光客の、そのまたおこぼれで

世界最高の人口密度を養っていたのだ。

そんな街になりたいか?



 

なりたければ、俺は有権者じゃないからどうでもいいが

そんなことより、あの街の連中が

いま、猛烈な勢いでポルトガル語を勉強しだしている。

ブラジルが急成長したからだ。



  

ポルトガル本国に魅力がないから、

返還直後にマカオ人はポルトガル語を捨てた。















ところが、いまポルトガル本国は

相変わらずPIGS魅力がないがブラジルがすごい。 

利にさとい中国人は、

猛烈な勢いでポルトガル語を勉強しだしているという。

見習うなら、そっちを見習ったらどうだ?




おれはもう勉強なんか嫌だけどね。






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