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2015年3月の投稿

2015年3月31日 (火)

注釈の多い日本記録

陸上の桐生祥秀選手が、アメリカの競技会で 

追い風参考記録ながら

電気計時としては日本で初めて10秒を切る 

9秒87の記録を出した、というニュース。 

(読売新聞の記事へのリンク)







『追い風参考とか、電気計時とか、注釈が多いのう。』


『風速2.0m/秒を上回る追い風の元では「参考記録」ということで

公式記録にはならない。今回の桐生選手の記録は

3.3m/sの追い風だった、と。』


『風速1mちょっとくらいまけたれや。』


『まあ、日本中がそう思ってるでしょうけどね。』







『3.3mの追い風、って現場ではわからんのんかね。』


『風速を測りながら緑の旗を揚げている人とかいるんでしょうけど。』


『それなら、こんな無効な記録を取ることはないじゃないか。』


『スタートの時にはセーフでも、ゴールに着く10秒間の間に

風が強くなったらだめらしいです。』


『じゃあ、無風状態まで待てばいいだろう。』


『追い風制限ぎりぎりまで待ちたいんでしょう。』


『そうなの?』


『だって、今回の桐生選手のランニングが

追い風かどうかの境目の2m/sの風の下で行われたら

9.96のタイムになるそうです。』


『0.1秒近くちがう、となるとでかいな。』


『風の影響ってでかいらしいですね。

今回の桐生選手の記録が

「電気計時では」っていう注釈がついているのは

手動計時では9秒8の記録があるからです。

(手動計時は0.1秒単位)』


『9秒8があるなら、手動計時だろうとなんだろうと 

それが日本記録だろう。』


『ところがこれも追い風参考記録で、風速は9.3m/s。』


『まてまてまてまてまてまてっ。』


『なんです?』


『風速10/mだったら、100m10秒だろう。 

この記録は確信犯だよな。』


『…でも、風速10m/sの中で

100m10秒の記録に挑むってことは体感的には無風状態で

競技をするわけだから、ある意味公平じゃないですか?。』


『…そうか?』


『空気の影響を受けない100m走ってのも

面白いような気がしますが。』


『そんなに空気の影響が大きいなら、

真空下で競技をしたらすげー速いんじゃないか?』


『10秒息を止められる人はたくさんいるでしょうが

急に大気圧がなくなると、肺が破裂して、体中の液体が出て、

血液が沸騰して即死です…』






『しかし、風速9m/s以上の追い風で、体感的には無風で 

それでいまの日本記録を0.2秒も上回る記録が出せるなら 

それ以上の風を受けたら、風に押されてもっと速くなる訳だな』


『追い風参考記録ですけどね。』


『ジュディ・ウォンやカメレオンみたいに

脇の下に幕がある服を着て…』


『それ、もうちがうスポーツですけど。』


『追い風最高記録。』


『毎日毎日ろくでもないことを…』


『こないだバヌアツエロマンガ島を吹き飛ばすくらいの 

風速80m/sのサイクロンの中で記録を取れば。』


『お願い、不謹慎なことを言うのはやめて…』
























では、『今日の一枚。』












手動計時の計測員のみなさんが座る台。

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選手1人につき3人の

計測員がついたから

24席もある。

(公式試合は8レーン)






まあ、間違いがあるのは当然だよな、ということで

3人の平均を採った。


また、スタート時のピストルの音を聞いていたら

100mで0.3秒近く遅くなるのでピストルの銃口から出る

閃光と煙を見る。


だから、ピストルを持ったスターターの後ろには見やすいように

黒い円盤を持った人がいる。


しかし、そこまでやっても気温が15度高くなれば

100mあたり0.01秒速くなるし、(Wikipedia 音速)

第1レーンと第9レーンでは、20mくらい離れている

(陸上競技連盟のウェブサイトへのリンク)ので

やっぱり0.01秒くらいちがう。


手動計時以前にピストルじゃなくてもいいんじゃないか?

と思うが、そこは『気分を出すため』らしい。

(スタート時には光による信号もあります)






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2015年3月29日 (日)

フールプルーフでは悪意を防げない

副操縦士が、故意に飛行機を墜落させたとして問題になっている 

ドイツのLCC、ジャーマンウィングス社の、航空機墜落事故。


犯人である副操縦士は機長がトイレに立った隙に、

コックピットの鍵を閉めて、さらに外から開かないようにして

一人となった状態で、機体の高度を下げる異常な操作を行い

墜落させた疑いがもたれている。

外部からの侵入者を防ぐため、

9.11のテロ以降義務づけられているシステムが悪用された。


再発を防ぐために、欧州航空安全局(EASA)は27日、

欧州の航空各社に、飛行中はパイロット1人を含む2人以上が 

操縦室に常駐するよう求める勧告を出した。というニュース。

(読売の記事へのリンク)













『トイレ行くな、ってことかな。』


『いや、そうじゃなくて、トイレに行って一人にしちゃうから

こんな事故を起こすんだ、と。』


『それで二人?』


『はあ…』


『無理無理、そんなんじゃ事故は防げないよ。』


『そうですか?』


『機長のトイレのかわりに誰が入るんだ?』


『そりゃあ、むきむきの保安要員とか…』


『そいつは、機長の便所タイム以外はなにをやってるんだ?』


『あ…』


「ただでさえ、LCCは水を買うのに金をくれ、

座席は狭くてもいいよな、という会社だろう。

そんな冗員をどうやって、確保するんだ?』


『それじゃあ、パーサーとかCAとかで、手の空いてる奴が

ナースコールみたいに対応して。』







『ト、トイレ行きたいんだ』


『いまくそ忙しいんすよ。我慢できませんか?』


『…あ…ああー』


『機長っ?キャプテンっ?』


『お、おおう…』











『ってなことになるかもよ?』


『むう…』


『おむつしたら?』


『機長に?』


『コックピットにいる全員に。』










『しかし、どっちにしても、そんな綻縫策では、 

根本の解決にはならん。』


『そうですか?』


『ただでさえ、パイロットの高齢化が進んで、日本では

20年後には、深刻なパイロット不足が起きるといわれている。』

(国交省のページへのリンク PDFファイル)



2015y03m29d_134521361
パイロットの

需要予測って

やな言葉だな






2015y03m29d_140658241_2
高齢化に

耐えられない

日本の

航空会社


(クリックで大きくなります)





『ヨーロッパだって似たようなもんだ。

高齢化、っていうのはサービスを受ける

乗客だけの問題じゃない。』


『サービスするスタッフの方も深刻だ、と。』


『そんな中でどうやって、トイレ番の保安要員を確保するんだ?』







『し、しかし、機長トイレ問題に対する

フェイルセーフとしては、もう、これしか…』


『どっちかっていうとフールプルーフ、かなあ。』


『2つともよく聞く言葉ですけど、どういう意味でしたっけ。』


『工学部を出ていてそんなこと言われちゃ困る。 

フールプルーフってのは直訳すると「馬鹿安全策。」』


『おおう、容赦ない。』


『操作する人間は、必ず間違いを犯す

っていう前提でシステムを設計する考え方だ。』


『具体的には?』


『扉を閉めないと、点かない電子レンジや洗濯機。 

人が座っていないと、作動しないウォシュレット。』


『ウォシュレット?』


『感圧スイッチがつく前のウォシュレットでは

人が乗ってない状態でスイッチだけ押すと、 

水が出っぱなしだった。』


『あ…』


『ビルの竣工検査の時に、水浸しで帰ってくる 

設備屋さんとかいたからな。』


『…ほう。』









『フェイルセーフのほうは、もう少し広い概念で 

ヒューマンエラーも含めて「システムなんて必ず壊れる」 

という前提の上に考えられている。』


『具体的には?』


『注目されるようになったのは、戦後、米ソが核パトロール 

核ミサイルの配備を行うようになってからだ。』


『なにか問題がありましたか?』


『いまでもそうだが、米ソ(露)の戦略爆撃機は

スクランブルがかかるとすぐに敵上空に行く。』


『上空で連絡が取れなくなったら、わやですな。』


『そう、だから、指定のポイントで攻撃続行の指令がなければ

(フェイル)攻撃をキャンセル(セーフ)する。』


『核パトロールで常時敵の上空に浮かんでいる爆撃機は?』


『爆弾や起爆装置に5重6重の安全装置をかけた。』


『核ミサイルは?』


『人間が惑乱することを想定して、複数の責任者が

別々のキーを持っていて、それで解錠しないと

ミサイルのボタンに触れることも出来ん、ということにした。』


『おかげで、人類は偶発核戦争を逃れた、と。』


『いやいや、安全装置があとひとつというところまで破られたり、

水爆をぽろぽろ落としちゃったりしてたらしい。』


『あぶねーなー。もう。』









『大体今回の措置で、 

コックピットに常に複数の人間がいるとしても 

事故が防げる保証はない。』


『二人で犯行に及ぶ、とか?』


『そういう危険性は排除できないが、キ○ガイ一人に 

まともな人間二人、という状況で起こった事故があるからだ。』


『これですね。』

(日航350便墜落事故 逆噴射の日 なつやすみ)


『この時、この飛行機には機長、副機長、航空機関士の

3人がいた。』


『「搭乗員3人体制」っていうのが常識でしたもんねえ。』


『人件費を削減したかった、航空会社は

「搭乗室二人体制」を実現するために

飛行機に改良を重ねて、なんとかこれを実現する。』


『組合も強かったですもんねえ。』


『「ローカル線の、空気を運ぶ列車だけのにも車掌が乗ってる」と

馬鹿にされたけれども、国鉄はそれが存在した時代には

「ワンマン運転」をついに実現できなかった。』


『むう…』







『とにかくっ。』


『はい。』


『航空機関士が異常に気がついて、機長に声をかけ、

異常を感じた副操縦士が「キャプテンやめて下さい。」と

叫んで、操縦桿を引き戻した。』


『…はい。』


『…それでも、墜落したんだよ。』


『むう…』


『悪意のある奴がコックピットにいたら、

こういう事故を防ぐ方法はないんじゃないか?』


『変な操縦をしたら、背中のロボットが張り飛ばす、とか…』


『…うーん…』
























では、『今日の一枚。』













羽田沖に座礁する日航350便。

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今日の話に結論なんかないです。


ふう…











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2015年3月28日 (土)

バフェットの銘柄が危ない

世界最大の投資会社の会長にしてCEO、世界一の大金持ち 

ウォーレン・バフェット氏が保有する株式の銘柄が 

ジャンクフードに偏っており心配だ、というニュース。 

(ロイターの記事へのリンク)







よくよく読むと、 

『彼が保有している株式の銘柄が危険。』なのではなく、 

『彼のジャンクーフードへの偏愛が危険』なのであって

なんでえ、紛らわしい。


あなたの家のタンスにある、コカ・コーラ社の株券を

北浜の証券取引所に持って行っても、

もう紙の株券で取引してくれる証券会社はないのでしまっときなさい

大丈夫だから。





さて、私は投資とか金融とか経済とかが

親の敵のように大嫌いなので 

だから、お金がないんだいいいいい。


従って、以下この人についての記述は、ほぼWikipediaの

言いなりである。 (Wikipedia ウォーレン・バフェット)








偏食家なのは確からしい。 

『ハンバーガーとコカ・コーラしか摂らない』と書かれちゃうくらいで

うん俺もコーラ好きだけど、なんたる境涯の違いか。 

しかし、このひと、コカ・コーラ社とバーガーキング社の

事実上のオーナーなのである。



好きにも程があるだろう。 

どんだけ金持ちなんだ?

おそらくは英語版をそのまま翻訳したらしい、

原文が悪いのか、翻訳が悪いのか

Wikipediaの飽きそうに平板な文章を読み進めると、

『△△を○○ドルで買収した。』 

『総資産は○○ドルになった。』という 

ドラクエのステップアップの時のようなセリフの数字が 

想像力の彼方にすっ飛んでいって、すげー。






で、この人の職業は『投資家』なのだが、

あなたの身近にいますか?投資家。


もし仮に、四十五になってもお嫁に行けないねえやが

『婚約者』なる人物と一緒に田舎に帰省してきて、それが

『ねえ、この人、アメリカで投資家やってるの。

あ、彼、お茶はだめ。チェリーコークしか飲まないから』

という男だったら、

一族郎党、親戚中が総力を挙げて反対するとともに、

うわさ話をするだろう。









ええ、『金持ち』だとか『成功者』なんて言うのを訊くと

もう、素直になれませんでね。

だから貧乏なんだいいいいいいい。


だけど、貧乏はともかく、オーディナリーピープルにとっては

『投資家』って縁遠い職業だと思う。

だって、商店街にないじゃん。

『姐さん。今日はいい株が入ってるよ。』

なんて、八百屋でも言ってくんないじゃん。











そうはいっても、この人の信奉者は数万とも数百万とも言われ、

『バフェットさんと一緒にお昼ご飯を食べる権』が

オークションで2.2億円の値段で落札されてしまうのである。

(CNNの記事へのリンク)


だから、うかつにこの人の悪口を書いてしまうと

夜道が歩けなくなってしまう。

陽の当たる道はもっと歩けないから、へへっ、おじょうちゃん

日陰者ってのぁ、こうやって出来るんだぜ。




まあ、2.2億円払って、ハンバーガーとチェリーコークを

食べに行く人の気が知れないが

バフェット氏のお話は、千金の値があり、

昼食会なんだからご歓談のついでに質問などもしてよく

『次の投資先は?』という質問をして、そこの株買っとこう、とか

よこしまなことを真っ先に考える僕は

2.2億円用意できません。



で、

彼の話のなにが『値千金』なのかというと、

この人は投資に関して、いくつか信念を持っていて

さらに、投資先に関しては 

『金は出しても口は出さない。』と。

つまり、短期で資金を引き揚げて利ざやを稼ぐんではなく

経営陣の首をすげ替えるんでもなく、

『お前を信頼するから長くやってみろ。』


どこかの家具屋の親娘に

訊かせてやりたいような、 

素晴らしいものである、と。















で、

今日の日記の主題は、

『バフェットさんが、ジャンクフード好きなのも心配だけど

買う銘柄、みんなジャンクフードじゃない。』

という、アメリカの栄養学者のご心配。


こういう『意識の高いご意見』は

眉毛をつばで濡らしながら

聴かないといけない。


どうも、零戦の設計者を主人公にした

ジブリアニメ、『風立ちぬ。』について、

『喫煙シーンが多すぎて、こどもに悪影響がある』と

難癖をつけて失笑を買った日本嫌煙学会と、同じ匂いがする。

(タバコのキャリー・ネイションを許すな なつやすみ)






だって、仮にジャンクフードが、健康に悪影響があるとしても

バフェットさん、すでに84歳なのだ。


いま死んでも大往生だろう。

そもそもハンバーガーや、チェリーコークが

実は素晴らしい

健康食品なのかも知れない。














バフェットさんが成功者なのはわかったし、

彼がなんだかすごい哲学を持っているらしいこともわかった。


でも、誰かを『神様』にしてしまうと

こういうダニみたいな連中が沸いて出る。


だから、『○○の神様』みたいな人を

安易につくらない方がいいと思います。







そして、投資とかおっかないことにも

安易に手を出さない方がいいと思います。




元手がないからだろう、とかいうなっ。




























では、『今日の二枚。』













ポパイにハンバーガーをねだるウィンピー


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やあ、ポパイ

ハンバーガーおごってくれないか

火曜日には

きっと返すから。





菜食主義者のプロパガンダ漫画、『ポパイ』において

欲望に耐えられず、借金してまで

禁断のハンバーガーを食べ続ける、体型も生活も

だらしのないおっさん。

でも、人がいいので憎めない。












もうひとつの『欲望の象徴』



今回のロイターのニュースは、25日に合併によって、

バフェット氏の傘下に、新たに複数のジャンクフードメーカーが

加わることになったためらしい。



これはそのうちの一社、オスカー・メイヤー社の主力商品

ホットドッグ、ではなく中のウィンナーをかたどった街宣車。

食欲をそそりますな。

 

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運転手は2階の 

ウィンナーの運転席に座る。





『ああっ。雨がひどくなってきたぞっ。

ワイパーのピッチを最速にしろっ。』


『だめですっ。これ以上速くしたら、オーバーヒートして

先端のラジエーターグリルから白い(自粛)』









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おまけ




一平ちゃんCM,フィーチャリング広瀬すず。

『全部出たと?』編。







まあ、なんだ。

ウォーレン・バフェットの話題から始まって、着地点が広瀬すず

という文章はね、なかなかないですよ…


ああ、そうそう。このCMは諸般の大人の判断によって

現在は放送中止。

いやあね、おとなって…

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2015年3月21日 (土)

予測された死

桂米朝さん死去。

(読売新聞の特集記事へのリンク)

説明不要の名人・偉人で、上方落語復興の祖。

人間国宝、文化勲章などの受章者。


弟子の育成にも熱心で、且つ弟子に恵まれ、

『米朝一門』には綺羅星のごとく名人、人気者がいて

高座やテレビなどで活躍している。









『したがって、未明のニュースにも関わらず。 

少なくとも、関西の新聞、テレビなどのメディアは 

トップ記事で扱った訳だ。』


『間髪いれずに、こんな特集記事まで組むとは…』


『でも、こういう言い方はよくないが、  

この人の『死』は、予測されていた。』


『まあ、あんたも私も、いずれ死ぬんですけどね。』


『でも、我々は「無名の人」だ。 

これだけの有名人で「死期が読める人」であれば、 

あらゆるマスコミが「故人を偲ぶ」みたいな 

予定稿を組んでいる。』


『ここ数年は闘病生活も続いていたし、年齢も89だし。

慢性の肺炎で死去といっても、大往生です。』


『先は長くないって言うことが予測できたわけだ。』


『「…弟子や親族15人に見守られて眠るように息を引き取った」って

伊丹十三の映画、「大病人」ですよね。』


『略歴の紹介はもとより、印象的な

一言を添えたエピソードの披露なんて、

準備していないとできるもんじゃない。』







『じゃあ、子役で、まだ「ばぶう」とか言っている赤ん坊は?』


『「20○○年、売人の父と母の間に畸形児として生まれる。

 紙おむつのCMオーディションを経て、テレビに登場。

 紙おむつを咥える仕草のかわいらしさで、大人気を博する。

 クリントイーストウッドプロデュースの映画への出演決定。 

 将来を期待されたが、交通事故で死去。享年2。』


『享年が一桁だと締まりませんね。』


『年譜が五行で済むような子役でも、

「有名子役□□が嫉妬のあまり殺害を企て、楽屋のミルクに

 鼻くそを混ぜる」(→□□ミルク鼻くそ混入事件)というぐあいに

 適当にエピソードが組み込まれて、追悼文が書かれる。』

 (リンクなんか貼ってないよ。)


『そんなもんかなあ…』







『じゃあ、めぼしい有名人で最近寿命が怪しいかなという人には

こういう「予定稿」があるわけですね。』


『世界的な政治家や、芸術家、役者、作家、犯罪者…』


『犯罪者?』


『3月20は、地下鉄サリン事件の日で、2015年は

20周年記念日でもある。』


『忌日が記念日、というのは気が滅入りますね。』


『高橋シズヱさんは、

さぞや残念なことだろう。』


『…怒られるから、やめて…』


『……』


『それは、「今年の新聞の一面にインタビューが載らなかったから」、

じゃなくて「年月を越えても埋まらない悲しみ」に耐えて、

のことですよね。』


『でもあの人がニュースに出るたび、時間経ったなあって 

思うわけよ。』


『被害路線がメトロじゃなくて、『営団地下鉄』ですしねえ。』










『しかし、最近もイスラム国がらみで、テロが日本と無縁じゃない

ことを、世界も日本人も、思い知らされた。

そして『貧者の最終兵器』である、毒ガスの価値も衰えていない』


『オウム自体も名称を変えて生き残ってるから

再犯があり得ないとも限らないし。』


『まあ、これだけ公安にマークされていたら、 

毒ガスを作るのは無理だろうが。』


『ヤギの首を切り離す様子を撮影して、

世界中に配信しようとした中学生もいるし。』


『再犯も、類似犯も、模倣犯もまだ絶えない、ということだ。』


『死刑判決を食らったオウムの幹部は、

まだ誰も死んでないですよ?』


『死刑判決が覆ることはないんだから、

奴らも、「予定された死者。」さ。』


『でも、執行を引きのばそうとしているらしいです…』


『町中からごみ箱がなくなるわけだ。…』








『じゃあ、マスコミも浅原彰晃の死に向けて、

「業績」だけじゃなく幼少時からの生い立ちやエピソード、

再評価などの資料を集めている、と。』


『あの、佐村河内氏が語る、

「ソンシマーチとビートルズ」。』


『浅原の音楽には

初期のビートルズの影響が色濃く見られます。とか』


『それは、「イエローサブマリン音頭」のように、

ビートルズが日本の影響を受けたのとよく似ている、と。』


『レット・イット・ビーのコード進行は、

ソンシマーチと類似しているんですね。』


『ここまで堂々と嘘をつくと

信じる人もいるんじゃないかなあ。』


『……』
























では、『今日の大病人。』
















総絹の羽二重に包まれ、スタッフや医師、共演者、

妻や愛人にも看取られて死ぬ。

                      

 

伊丹十三らしい諧謔を込めた、『死の瞬間』だが

実際の彼の死の様子を知ってから見ると、

ここに描かれた「彼の理想の死のかたち」との落差に呆然とする。


享年64。








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2015年3月18日 (水)

はやく博士になりたい。

下関市の中尾市長(65)が、在学中の

下関市立大学大学院経済学研究科に

修士論文を提出したんだけど審査結果は不合格。

市長は「単位不足」で退学する。


いったんは「弁明の機会がないのが課題」

嫌がらせとしか思えない。」などと大学を批判。

情報公開請求など「名誉回復のためにできることを検討する」

とヒートアップ。これに対して、

『「市長は大学設置者の立場であり、 

「公私混同では」「非常識」との批判が出た』ため撤回した。


すると『そんなら博士号を取ってやらあ。』と、母校であり、

そこでの修士号を持っている東亜大学大学院

同じ論文を持ちこみ『博士号取得が可能か。』と

相談に行った、というニュース。

(朝日新聞の記事へのリンク)









『脳みそが痒くなるニュースですね。』

『市長が市立大学に、自分名義の学位論文を出して不合格。』

『そこで相当に恥ずかしいです。』

『65で公務の後に大学院に通い、勉強して学位を目指す。

その意気やよし、としてもなあ。』

『ふつう指導教官が、審査にかける前になんか言うでしょうに。』

『そうか、指導教官にとっても恥になるんだ。』

『65で市長だと、他人の言うことも聞けないんでしょうか。』

『朝日の記事だとこの程度だけど、読売はもっと辛辣だぞ。』

(読売の記事へのリンク)



『…(修士論文に)市長の仕事や自身の人生なども盛り込んだ。』

『(論文の審査結果を)不服とした市長は6日、

秘書課長を伴って公用車で市立大を訪ね、

学長に「判定には納得がいかない」などと直接抗議。』

『それで、審査が覆らない、と知るや母校の東亜大に行って…』

『学位ちょうだい。ううん、修士号じゃなくて博士号。』

『東亜大も舐められたもんだ、と思っていたら…』

『他大学の修士課程に出した論文を受付るわけにはいかない』

『「指導教官がつけば面倒見たろ」って言う、朝日の文章とは

えらい温度差だなあ。』

『「博士号取得には博士課程に進むことが必要だと話した」と。』



『そりゃもっともだ。』

『そうなんですか?』

『この人が通ってたのは、東亜大は「法学研究科」で、

市立大では「経済学研究科」で専攻が違うんだから

入試を受けないと筋が通らないよ。』

『市立大も東亜大も通信課程で、さらになんと市立大では

「プロジェクト研究による教育プログラム」っていうコースで

論文一発勝負。』




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『……』

『いくら「通信制の大学院」なんて知らないとはいえ、

なんで通うつもりもないよその大学について

調べなくちゃならないんでしょう。』

『……』

『……』

『馬鹿野郎っ。』

『ひっ』

『罵倒するにも基礎知識、が

この日記の数少ないポリシーだっ。』

『……』







『こうなるともう、「読ませろ」って話ですよね。』


『しかし市長は、不合格が覆らない、と知るや「公開はしない」と。』


『え?でも、最初は「中尾市長は(修士論文である)報告書を

「これまで市大にはなかったユニークな社会人論文」と、

自画自賛してたんでしょう。』


『しかも、550ページを超す超大作。』


『550ページ?』


『「自分の人生」とか書きこんでるからじゃない?』


『学位論文って、論文用紙が決まってて、

1行あたりの文字数も指定されてるんですぞ。

550ページなんて、ヤギが下痢起こしますがな。』


『おれの論文なんて、○○ページしかなかったのに…』





『とにかく、人んちだし知ったこっちゃないが下関市民も、怒れよ。』


『市立大にしても、一時は「…嫌がらせとしか思えない。

仮にそうであれば、学問の自由という点から見て

問題があるのでは」とまで罵倒されたんだから

論文と審査過程を公開して、互いの立場の

正否を世に問うべきでしょう。』



『しかし、将来、研究者として身を立てようってならともかく

65歳が再就職するわけでもなかろうに

なんで学位が欲しいんだろうね。』


『歳とると勲章とか、叙勲を欲しがる人がいますから…』


『学位もその並び?』


『末は博士か大臣か…』







『とにかく…』


『読ませろっ。』





















では、『今日の一枚。』














『市長、論文の件でお客様が…』

『ああ?もう興味半分のやつはいらん。』

『そうじゃなくて、共同執筆者にして

自分にも学位がもらえるようにはからって欲しい、と。』

『は?』








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学位がないと困るんですっ。













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2015年3月13日 (金)

剽窃の時代

東大教養学部が期末レポートの文章の75%を、

すでに公開されているインターネットなどの

文章から無断引用した学生がいる、として、

当該学生に対して

『厳正な処置をとったことを

周知いたします』

という文章を公表した。というニュース。

(読売の記事へのリンク。)


その文章がこちら。

『不正行為について 3月10日付東大教養学部文書』PDFファイル)



転載したのがこちら。


期末レポートにおける不正行為について


本学部後期課程において、

平成26 年度冬学期の期末の課題として

提出されたあるレポートの文章の約75%が、

インターネット上に公開されている文章からの

引き写しであることが判明しました。

言うまでもなく、他人の文章の無断借用は

剽窃であり、

その行為が学問倫理上許されないことは

明らかです。

教養学部では、前期課程・後期課程ともに

「成績評価に関わる試験やレポート作成

において、 不正行為が認められた者

(協力者も含む。)は、 その学期に履修した

全科目の単位を無効とする」という

申し合わせをおこなっており、

学生の皆さんへの配布文書にも

その旨明記してあります。

今回もこれに基づき、

厳正な処置をとったことを周知いたします。

今回、こうした不正行為が発見されたことは

大変遺憾なことです。

今後はこのような事案が

二度と起こらないよう、学生の皆さんは

学問的倫理を十分に自覚して勉学に励んで下さい。

 

平成27 年3 月10 日
教 養 学 部







『こらこらこらこら』

『なんだよ。』

『「文章のコピペはやめろ」という文章を 

そのまま剽窃する馬鹿がおるかっ。』

『出典をしつこいほど明示しているから、

剽窃ではありませ―ん。』

   剽窃 [名](スル)他人の作品や論文を盗んで、

   自分のものとして発表すること。(goo辞書)


『こ、この屁理屈太郎…』

『無断引用、あるいは名義をごまかさない限り

普通の引用だい。』

    それでも著作権者の許諾を得ない引用は、

  やめましょう。

   東大がこの啓蒙の文の著作権を主張してくるとは

   思えないけど…



『しかし、厳正なる処分って

「その学期の単位全部取り消し」

ってことなんですね。』

『うちの大学もそうだった。

それで留年してる人いたもん。』

『…いるんだ…』

『だけど、掲示板はもっと怖かったぞ。

「次のもの、不正行為により処分。」ってだけ

書いてあって、あとは学籍番号。』

『うわあ…』




『しかし3~4年次の学生で、

2学期制の半分の単位がなくなれば

留年ですわなあ。』

『就活もしてたろうに…』

『内定もらってたんじゃないですか?』

『……』

『笑うに笑えないですね…』

『うん…』




『こういうレポート、

Wikipediaの引用はいいのか?』

『Wikipedia の引用のガイドラインでは

「著作権法が認めるルールに従って

出典を明らかにすれば引用していいよ。」と

ありますな。』

『まあ、投稿する人は著作権を放棄することに

同意してる訳だしなあ。』

『その代わり、だれも文責を取らない訳だから

内容が間違ってても文句は言えない、と』

『Wikipediaには、ときどき宣伝とか、大ウソ

も載ってるから、注意しないとね…』

『まあ、Wikipedia がよくても、

大学が許すわけないけどな。』













『あ、そうそう聞いて聞いて聞いて。今日さ、

神戸のポートアイランドの理研の

先端医療センターに行ったのよ。』

『なにしに?』

『がんの検査に。』

『マジで?』

『まじぇ、まじぇ。』

『悲壮感のない奴だなあ…』

『なに、死ぬときゃ死ぬんだ。

検査なんかより、小保方さんに会えるかのほう

が緊張したね…』

『もう、いねえよっ。』


















では『今日の一枚。』









THANKS  WIKIPEDIA

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『ありがとうウィキペディア』Tシャツ

学位記を持って、博士号の角帽をかぶって喜ぶ人

10年くらい前からあったような気がする。

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2015年3月10日 (火)

合格発表・ラプソディ

阪大が、入試合格の構内での掲示発表を

10年ぶりに復活させ 

インターネットによる発表と同時に行った。

というニュース。

(MBSニュースへのリンク)








『掲示発表、というと。』

『合格者の番号を書いた紙をあらかじめ

掲示板に張っておいて 布で隠しておく。』

『時間がくると、布をするりと外す?』



『いやしかしそれより、なんで

「10年ぶりの復活」なの?』

『胴上げなんかが危険だから、らしいです。

それに朝の9時に何千人来るかわからない

合格発表なんかめんどくせえ、って。』

『後の理由のほうが本音っぽいが…』

『実際、阪大よりもでかくて

合格者で1万人超える学校なんて

いくらでもありますわね。』

『そういう大学じゃ、こういう掲示発表復活の

動きはいまんとこ、まだないって。』



『しかし、それじゃあ味気ねえなあ、って

ちょっと塩っ気の効いた連中が去年までは

大学のHPのデータをプリントアウトして

勝手に掲示してたらしいです。』

『それで?』

『大学に無断で胴上げやったりして…』

『そんなことやってるから、

なんでもネットになっちまうんだ。』

『まあ、ね…』




『それにその方法だと、

HPでの発表と 外での発表とで

タイムラグがあるわけだろう。』

『プリントアウトして、

拡大しないといけませんからね。』

『拡大たってあんた、生協のおんぼろコピーなんか 

学生がテスト前にノートをコピーしまくるから

普段から疲れ果ててインクはかすれるわ、

へんな筋は出るわ…』

『あんたが学生の頃よりは、いいコピー機を

使ってると思いますけど。』

 

 


『ああいう掲示にミスがあったら

どうするんでしょう。』

『学生が自主的にやってるんなら、

責任はとれないしなあ…』

『入学書類取りに学生課に行ったら、

あんたの番号ありませんって、

泣いちゃいますよね。』




『むかしは大学がやってる「公式発表」でも

ミスがあったよ。』

『マジッすか?』

『ネットもプリンターもない時代、 

こういう、合格発表なんて、晴れの書類は 

墨痕鮮やかに墨書するもんだったのよ。』

『ははあ…じゃあ。ミスしたら?』

『上から切り紙を貼って、正しい番号を書く』

『え?全部書きなおさないんですか?』

『あほう、筆とで書く、といっておろうが。

「全11学部の全合格者」なんて書き直せねえぞ』

『うわあ、下の番号が見てえ。』



『だけど、そんなタイムラグのある発表だったら、

みんなネットを見てから来るから、

合格者しか来ないよなあ。』

『でも、今回の阪大の発表は、

大学の公式発表だから同時でしょう』

『自信がある奴しか来ないんじゃないか?

これだけ報道のカメラがいたら、

少なくとも阪大が第一志望の奴はふざけらんねえぞ。』

『あの手すりにもたれて泣いていた合格者に声をかけた

毎日放送。度胸ありますよね。』



『しかし、あの群衆の何割かは、不合格者がいる。

そして、阪大が第一志望だったら

「不合格と合格を敢えて間違える」なんて悪ふざけ出来ねえぞ。』

『か、帰りにくいなあ。』

『でも動画の中で指差して自分の番号指してる女の子、医学部だ。』

『やるな、毎日放送。』

『なにが?』

『だって、彼女の顔と、指差す手と「医学部」っていう名前と、

同時に写すアングルは、ここしかないぞ。』

『彼女のほうも、慣れてきてる感じですね。』



『あ、でも、むかしそんなやついたわ。』

『不合格なのに、合格発表を見に来る?』

『そんな奴はたくさんおる。もっと豪快だ。』

『豪快?』

『で、まあ俺の4つか5つ下の時代がバブル時代なわけですよっ。』

『歳がばれますな。』

『その時代に、合格発表前に第一志望の大学の

めぼしい下宿に手付を打つ奴がいたよ?』

『え゛?』




『なにしろバブル時代だからな、家賃なんかも

トキワ荘クラスで3万円、

3点ユニットにママレンジみたいな台所がついて10万

新築なら15万。広ければそれ以上。』

『そんなのありましたなあ。』

『しかし、大屋も、仲介の不動産屋も、強気なこと。

こいつを逃がしても、必ず借り手がつくから

「家賃1カ月入れてくれたら発表まで待ちましょう」って。』

『そんなのありましたか?』

『あったあった。それで2,3件契約して第一志望に落ちて

通学に2時間かかる第4志望あたりに入って、

結局留年して、中退する。』

『うわあ…』





『しかし合格者へのお祝いが、

胴上げだけってのもステレオタイプな気はするな…』

『こういうのエスカレートしていったらおもしろいですよね。』

『またネットだけの時代に戻るぞ。』

でもアメフト部の胴上げだけじゃつまらないですよ。』

『他には?』

『音楽でしょう。』

『合格者には?』

『そりゃあ、グリークラブがベートーベンの「第九・歓喜の歌」。』

『うるさくない?』

『タキシードのアンサンブルが待機していて、

不合格者には「葬送行進曲」。』

『うるせえなぁ…』

『それじゃあ不合格者には、「オフコース・さよなら」。』

喧嘩になるって。』





『大体あんたは、そんな偉そうに言って自分の合格発表

見に行ったんですか?』

『いかねえよ。』

『ははあ、不合格が怖いから。』

『そうさ。大阪だぞ? 

受かったら、それこそ部屋探しから、家具の手配まで忙しいが 

落ちたら、夕方まで大坂城で時間をつぶして、 

その晩、「大垣快速」で帰るなんて、泣いちゃう。』














では、『今日の「さよなら」。』









『全国の前期課程不合格者の皆さんにお送りします。

オフコース さよなら。』





『うわ、そういうつもりで聴くと、きついわ。この歌。』




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2015年3月 8日 (日)

忠犬ハチ公の日

没後80周年の今日、

忠犬ハチ公の銅像が新たにできた、

というニュース。 

(読売新聞の記事へのリンク)


ただし、多くの日本人が知っている

渋谷駅前の坐像ではなく

飼い主だった帝大教授の上野先生に飛びついて

抱きあう像だそうで、場所も渋谷駅前ではく、

本郷の東大構内。

そもそも渋谷駅前の像も、まだ撤去されておらず 

(渋谷駅の再開発によって、夏に移転予定) 

待ち合わせのカップルは困ってしまうだろう。


『ちーがう―の。本郷じゃなくて渋谷駅

あたし、ちゃんと言いましたからね。』



まあ、迷うやつはおらんか。

それでも、夏以降渋谷駅前のほうの銅像が移転したら

『ハチ公前で待ち合わせ』というと、

東大の構内に入らないといけないのだろうか。




実はハチ公について半年前にも書いているので

再掲します。

ではどうぞ。















8月8日は『忠犬ハチ公』の銅像ができた日。

昭和23年(1948年)のこと。

(Wikipedia 忠犬ハチ公)






渋谷駅前のハチ公像、といえば、

待ち合わせの目印。

『ちーがう―の。モヤイじゃなくてハチ公

あたし、ちゃんと言いましたからね。』

と、いまでも日本中のカップルの、…けっ。








で、

 

もうすぐわれわれが見ることが

できなくなるはずの

ハチ公像ができたのが、この日。

え?戦後にできたの?と思うだろう。

そして、見られなくなる?という事実。

そこに、この犬と銅像の不思議な生涯の波乱が

込められている。













ハチは1923年、秋田県で生まれた。


東京帝大の教授であった上野先生、という人が

『どうしても秋田犬を飼いたい。』と秋田から

人を介して30円で彼を引き取った。


省線の初乗り運賃が、大人5銭という時代。

いまなら10万円くらいか?

さらに言えば、『金を出して犬を買う』という

ことがまだ一般的ではなかった時代でもある。

しかし、一人暮らしだった上野先生は、

ハチを愛した。

さらに上野先生はよほどきっちりした性格

だったらしい。

毎日の散歩の時間がぴったり変わらなかった

カントのように、先生の出退勤時間は毎日

おなじだった。

だからハチも、毎朝、出勤する先生を見送り

先生の退勤時間には、最寄りの渋谷駅まで

迎えに行った。






まあ、ここであえて野暮なことを言うけど、 

自宅の敷地内で、リードも付けずに

事実上放し飼いにし

その犬が、てくてく町を歩いて

渋谷駅にやってくるなんて 

今日では考えられない。


実際、上野先生の死後、

ハチは人を噛んだりすることもあって嫌われ

2度住居を変わっている。








しかし、上野先生との幸せな生活は

1年余りだった。

先生は、講義中に倒れて、

そのまま病院に運ばれて死んじゃった。


その後彼は、あちこちに転々と引き取られるのだが 

『なんだよっ。浅草なんて知らねえっぺよく』 

ということで暴れ、結局は上野先生のところの 

植木を手入れしていた小林さん、という人に

引き取られる。 

昭和2年(1927年)のこと。 

この人の家は、いまの渋谷区にあった。


それからハチの渋谷駅参りが始まる。

帰らない主人を待つ、ったって

そんなのよその人間にはわからない。

酔客にいたずらされたりしたこともあるらしい。










で、

このままだったら、たんに

『改札の前にいる野良犬』である。

彼が、『忠犬』なった理由はなんだろう?


ここが一番わからないんだけど、
  

とりあえずWikipediaさんの言い分を

聞いてみよう。



『一方、上野(教授)を迎えに渋谷駅に通う

ハチのことを知っていた

日本犬保存会初代会長・斎藤弘吉は1932年

(昭和7年)、渋谷駅周辺で邪険に扱われて

いるハチを哀れみ、

ハチの事を新聞に寄稿した。』



なぜ斎藤はハチと上野先生との

エピソードを知っていた?

 

不思議な顛末は以下のとおり。

 

『これは東京朝日新聞に「いとしや老犬物語」

というタイトルで掲載され、

その内容は人々の心を打った。

有名となったハチは

「ハチ公」と呼ばれかわいがられるようになる。』とな。


斎藤先生は『病気療養中に出会った

日本犬の影響を受け

1928年(昭和3年)7月、日本犬の調査中に

偶然ハチの存在を知る事となる。』って

書いてあるんだけどさぁ、

なんか飛躍があるような気がする。




ともかく、新聞で紹介されたハチは、

上野先生とのエピソードなどが伝わるにつれ

『二君にまみえぬ忠犬』として、

戦前の世相の中で、当然、

ハチ自身が企図したものではない人気を得る。

別に彼に狙いはないか。

ただ、いじめられていた時代にも変わらずに

渋谷駅に通ったことを見ると最初は、

純粋に『待つ人』だったんだろう。

改札から上野先生が出てきたとしたら、

やっぱり 跳ねまわって喜んだんだろうか。



『二君にまみえぬ忠犬』って 

その時の飼い主の小林さん、

面子丸つぶれだが。



ただ、本人、というか本犬が意図しない

この大人気は彼の周辺を変えた。

まず、銅像が建つ。


昭和9年に渋谷の駅頭に建つ。

これを周旋したのが、ハチのことを新聞に

投稿した斎藤先生。

Wikipediaでは、

たっぷりの美談として書いてあるが 

どう考えても、マッチポンプである。


なにしろ、この時まだハチは生きていて

彼は自分の銅像の『建立式』に出席している。

普通、遠慮するだろう。





早速待ち合わせ場所、に使われたかどうかは

知らない。

     
『ちーがう―の。モヤイじゃなくてハチ公

あたし、ちゃんと言いましたからね。』

まあ、昭和9年にモヤイはないやね。









ハチの死は1935年(昭和10年)

晩年の様子を、宮脇俊三先生が

『時刻表昭和史』 という本に書いている。

昭和8年、宮脇先生が小学校に上がった時の記憶、 

既に、新聞で紹介されたハチが

有名になっていた頃である。



『その渋谷駅の改札口の北側に接して

小荷物扱の窓口があった。

出し入れする荷物の擦痕と柾目の交錯した

厚い一枚板が武骨に張り出していて、

その上に荒縄をかけた行李がドスンと置かれる。

駅員は荷札を確かめてから、引きずるように

して三和土の上の看貫秤に手荒く載せる。

秤が音を立て、針が大きく震えた。

昭和八年、その小荷物窓口の厚い一枚板の下に、

一匹の老犬が生気なく横臥していた。

白い大柄な秋田犬である。

肩や腰の肉は落ちて腹部の皮はたるみ、

眼は物憂げに閉じたままで、

厚板の上に放り出された荷物の音にも

何の反応も示さない。

喧騒な渋谷駅前では、この一隅だけが

老犬の存在ゆえに静かに倦んでいた。』

老年のハチが、もはや改札口ではなく

小荷物のカウンターの下にいた理由について、

こう記している。


『要するに餌の問題さ、と揶揄する人もおり、

そのほうが真実らしいことは私たち子供にも

理解できた。』

 

ハチが渋谷駅にいた理由は、焼鳥のためだ、と


実際ハチの遺体を解剖したら、胃の中から

複数の焼き鳥の串が出てきた。

客や駅員が、弁当や、焼き鳥を買い与えていた

ことも当時から有名だった。



これに対して、Wikipediaが一生懸命反論している。

もう改行がめんどくさいのでコピペした文章を

どうぞ。

『ハチが毎日のように渋谷駅に現れたのは、

駅前の屋台で貰える焼き鳥が目当てだったという説もある。

一方、実際のハチには、この説と合致しない行動が知られている。

  • 屋台が出ない朝9時にも必ず駅に通っていた
  • - 「ハチの渋谷駅へ行く日課は正確であった。
  • 小林宅を出るのは毎日午前九時ごろ。しばらくすると戻る。
  • 夕方は四時近くなると出かけ戻るのは
    午後五時過ぎから六時頃であった。
  • これは、上野が朝出かける時間と夕方の帰宅時間であった」。
  • エサを貰えるようになったのは、駅通いしていた9年間のうち、
    美談として報道されたのちの有名になった
    最後の2年間のみであった - それ以前は、
    駅員や焼き鳥屋、子供など駅周辺の人々から
    邪険に扱われており、時には暴力を受けるほどであった。
  • 上野に代わった飼い主・小林菊三郎はハチを大切に飼育しており、
    食事として牛肉を与えていた - ハチが空腹になることは考え難い。
  • 渋谷駅では屋台前ではなく、
    上野が出てくる改札口前に直行して座っていた。

また、ハチ公の美談を世に知らしめた斎藤弘吉は、

「有名になるといつの世でも反対派が出るもので、

ハチが渋谷駅を離れないのは

焼鳥がほしいからだと言いだす者が出た。

ハチに限らず犬は焼鳥が一番の好物で、

私も小林君もよく買って与えていたが、

そのためにハチが駅にいるようになったものでない…」と、

自身の著書の中で異論に反対している

(斎藤弘吉 『日本の犬と狼』 雪華社)。





さて、

『客や駅員、そして斎藤先生自身でさえが

自分で買って与えた』 っていうのに、

『屋台の前にはいなかった

(だから待ち構えていたわけじゃない)』

という反論に意味はない。


『目撃者』である宮脇少年は、

ハチがもはや改札前にいなかったことを

はっきりと手触りのある文章で記している。

そして、晩年のハチは駅前で夜を過ごすことも

黙認されていた。


後半の『斎藤先生の反論』は、

もはやめちゃくちゃで

『ハチ公の美談を世に知らしめた斎藤弘吉は、

「有名になるといつの世でも反対派が出るもので…

犬は焼鳥が一番の好物で、

私も…よく買って与えていたが、

そのためにハチが駅にいるようになったもので

ない…」』

というのは、

あなたが世に知らしめたハチの、ひいては

自分の名声を失いたくなかっただけでしょう。


っていうか、

あんた自身、焼き鳥あげてんじゃん。



Wikipediaのこの項目は、斎藤先生の弟子、

あるいは日本犬保存会の人が投稿しているんだろうな。







ハチは、そんな人間たちの思惑など、

おそらく知ったことはなく

1935年(昭和10年)3月8日、渋谷の路上で

遺体で発見される。


享年、と言っていのか12年。

犬にしちゃ短いような気がする。


死因は癌とフィラリア(蚊が媒介する寄生虫)だからねっ

と、これもWikipediaさんが強烈に主張しているので

もういいや。







ただし、ハチの波乱な犬生はむしろ

ここから始まる。



『忠犬ハチ公』の死が知られると、 

盛大な葬式が行われた。

坊主16人を動員し、

兵隊の給料が10日で1円80銭だった時代に 

香典だけでその1万倍。1個師団が養える。




僕が死んだって…











ハチの死の時は、

日本が戦争に突入していく時代でもあった。 

『忠犬ハチ公』は愛国のシンボルになる

従って、ハチ公の銅像は『出征』する。

なんのこっちゃ?というと敗戦間際の

昭和19年に 『金属供出』ということで、

取り外されてしまう。

彼が『出征する時』、銅像にはタスキが

かけられ、万歳三唱とともに見送られた。

そういう儀式が必要で、

ハチ公像を知っている人ならわかるだろうが

あの程度の大きさの青銅を鋳つぶしたところで

何にもならん。


実際、彼が溶かされたのは、玉音放送の日、 

昭和20年の8月14日だったそうで、

戦争の役に立つはずもない。



うー、なんか気持ち悪くなってきた。










台座だけになっていたハチ公の銅像を再建しよう、

という動きは戦後すぐに出たらしい。


いや、8月15日まで取っとけよ、と思う






それで再建されたのが昭和23年(1948年)。

われわれが目にすることができる、あの像だ。


ただ、このあたりの日付も臭い。





すいませんね、根性が汚くて。





1948年夏の時点では、

東京裁判も終わっていない。 

建立直後の8月30日に、来日したヘレンケラーが 

焼き鳥をハチの口許に持って行き、 

『チキン、チキン、チキン』と叫んだという。(嘘です)





うん、こういう風に世界規模で敵をつくるのは

やめよう…

でも、こういうニュースは

『誰かの意思』が働いているんですよ。





しかし、東京裁判だ、公職追放だ、

騒いでいたGHQが 『軍国日本のシンボル』

みたいになっていた、 ハチ公の銅像の

再建を、この時期に許した理由がわからない。

 



しかしまあ、没後80年。

2代目の建立からでも66年。

渋谷の変わりように、

ハチ公もびっくりであろう。

と思ったら、現在進行中の

東急・JR・メトロの渋谷駅再開発で

工事期間中は

ハチ公像が撤去されるかもしれない。

というニュース。(産経の記事へのリンク)






まあ、落ち着いたら移設されると思いたいが 

どこに行くかは、現時点では決まっていない

のだ、と。


いまはまだ西口広場にいるはずのハチは

自身の身の上のめまぐるしさを、

どう思っているんだろう。




 

00000000000000000000000000000000000


わん























では、『今日のHACHI。』










2009年公開の映画だそうです。

 

 

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2015年3月 5日 (木)

武蔵と大和と、使えなくなった兵器

第二次大戦中、最大規模の戦いとなった

レイテ沖海戦沈没した

戦艦武蔵のあとが見つかった、というニュース

(毎日新聞の記事へのリンク)

             






発見されたのはフィリピン・シブヤン海、

深度1000m。

フィリピン反攻の米軍部隊に殴り込みをかけるため

航空支援を全く受けずに突入した武蔵以下の

艦隊は米軍機による一方的な攻撃を受けた。

武蔵は、単艦で被雷、被爆数十発

(米軍発表は160発以上)

戦闘30時間のあと、悶えるように海に沈んだ

そして、これが、古い

『大鑑巨砲主義・艦隊決戦主義』を 目指した

6万トンの超戦艦、大和・武蔵が 

航空主兵を実践したアメリカ軍に敗れたもの。

という風にくくられている。


しかも、航空機を海戦の主役にする、

という手法は 真珠湾攻撃や、マレー沖海戦

日本軍が始めたもの。 

バッカでー、というのがニュースの論調。



さて、どうだろうというのが今日のお話

 

しかし、いまも武蔵とともに瞑る、

1000柱以上の英霊のためにも、

この話だけは、きちんとしておかないと

いけない。







戦艦がむやみとでかくなっていくのは 

1905年の日本海海戦以降。


この戦いで戦艦の威力を思い知った列強は

イギリスが日本海海戦の翌年の1906年に

三笠級をはるかに上回る戦艦ドレッドノートを

就役させたことで

巨砲・大鑑の建艦競争に入り込んでいく。

なにしろドレッドノートときた日にゃあ

主砲の数は倍以上で、しかも一斉に同じ照準で

撃てる。


三笠の、1.5万トンより5割もでかい2万トンなのに

戦艦としては初めての蒸気タービンエンジンで

速力も2割方大きい。

戦場で速度を利して有利な位置をを占位されて

主砲を斉射されたら、勝ち目はない。



           

Battleship_mikasa_from_jfs1906_cr_2   

 

三笠

(クリックで大きく)

 

 

15000トン、最大戦速18ノット(33km/h)、

12インチ(30.5cm)砲、連装砲塔2基、4門。

800pxdreadnought_1906     

 

ドレッドノート

(クリックで大きく)

 

 

 

20000トン、最大戦速21ノット(39km/h)、

12インチ砲、連装砲塔5基、10門。




『そんじゃあ、うちも』ってことで 

ドレッドノート級、あるいはそれを越える 

『超弩級』戦艦の建艦競争に、海軍先進国は 

雪崩れ込んでいく。


ところが軍艦というのは果てしなく金がかかる

大正時代には軍艦の建設費が日本でも

国家予算の1/3。

『さすがに削ろうぜ。』ということで、

先進国の意見が合致。

日本のみならず、英米仏伊が寄りあって、

ワシントン軍縮会議をやり 

仏伊が抜けてロンドン軍縮会議(第一次)をやる


日本、特に海軍は対英米7割を切望するが

財政がぼろぼろになっていた政府が

これをわずかに下回る数値で妥協。

『兵力を決める大権は天皇だけのもの。

政府は統帥権を犯した』 

と、話してもわからない連中が起こしたのが

五・一五事件。


ドレッドノート出現の1906年には、

『優秀な個艦を徐々にそろえていけばいいよな。』と、

そしてその一方では、

 

『でも威力を発揮するためには

艦隊同士が戦わないと』

というこうとで、矛盾するようだが

大鑑巨砲主義=艦隊決戦主義だったのである。

だから、軍艦の枠はいくらでも欲しかった。






そして、

艦隊決戦なんて、そうはする起こりはしない

日本海海戦で日本が苦労して旅順艦隊を滅ぼし

本国から回航されてくるバルチック艦隊を

朝鮮半島沖に迎え撃つ。なんて状況は

普通に考えて起こり得ない。



大鑑巨砲時代の、最大の海戦が第一次大戦での

イギリスと、ドイツの戦いで、

ユトランド沖海戦

デンマーク沖の北海での海戦。

ドイツがイギリスを破って大西洋に押し出して

いくためにも

イギリスがバルト海に達して、

同じ連合国のロシアと連絡を取るためにも、

ここで彼我の大軍が衝突するしかない、

という場所で、双方警戒していたのだが

実際の海戦は不時遭遇戦になった。


参加艦艇、敵味方250隻、戦艦だけで50隻

という大軍の激突。


ただし、第一次大戦、って

陸戦でも敵味方数十万とか、百万とか

あんたたち、一桁か二桁、兵力の規模が

おかしいだろう、

という大軍を叩きこんで、しかし

華々しい戦果が出ないという点では

実にいらいらするのだが、それはこの海戦でも

同じ。


ドイツは、

イギリスの大艦隊を覆滅して北海の通行権を

得ることはできず、

イギリスはデンマーク海峡のドイツ軍を

突破して、ロシアが支配するバルト海との

連絡を取ることもできなかった。


『世界一高価な凡戦。』とよばれる

この戦いは大鑑巨砲主義と艦隊決戦主義の

限界を示していた。



既に射程40km近くなった、

戦艦の主砲が当たるはずがなく

弾着の確認も容易ではなかった。

しかも、艦隊が随伴する潜水艦、駆逐艦などの

水雷戦によって

戦艦戦隊は建設費や維持費に比べて効果が薄い

不経済な兵種だという判定を下されてしまう。





大正7年のユトランド沖海戦のこうした戦訓は

しかし、

日本を含めた各国で十分咀嚼されたとはいえない。

日本の場合

『兵力量を決めるという陛下の大権に 

政府が口を入れるのは、統帥権干犯だ』

という言葉が 流行語になったのは

むしろ昭和に入ってから。

五・一五事件の犯人の若い連中は

こうした風潮に流された。

しかし、世論の同調もあって彼らの刑は

政府転覆を狙ったとしては、軽い。







しかし世論一般、そして軍人や政治家の中にも

まだ、大鑑巨砲、艦隊決戦の手法に

現実的な脅威を感じている人がいた。


たとえば、日米海軍は、予定戦場を

決めていなかったのか? 

というと、実は決めていた。 

決戦場所を予定しないプランなど、

文字通り机上の空論で 

装備も戦術も決められない。


アメリカは日本に対して『オレンジプラン』という 

侵攻計画を持っており、ものすごくおおざっぱに言うと、 

西太平洋で決着をつけて、日本を海上封鎖で

日干しにやるぜ、というもの。

これには何種類かあって、米西戦争で獲った

フィリピンへの関与の仕方で違う。


フィリピンに要塞をつくって

日本軍を日本近海に閉じ込め

干し殺してくれる、というものから

フィリピンはあきらめようよ、真珠湾まで下がって

アイシャル・リターンで攻め上がって、

フィリピン沖で叩きのめして干し殺そうぜ、

というものまである。

現実には後者の戦略が近い。


『決戦は西太平洋』というのは、

日本軍の観測もおなじで 太平洋を

押し渡ってくる米艦隊を 

航空機や潜水艦で『擁撃・漸減』しながら、 

対英米7割の日本軍と釣り合うように減らして

叩きのめそう、というもの。

 

実際にこの戦いは、武蔵が沈んだ

レイテ沖海戦として実現するのだが、

それまでにミッドウェーがあり

ソロモン海での大消耗戦があり、

マリアナ沖での一方的な敗北があって、

航空兵力がなくなっていたばかりか

もっとも重要な前提条件であった

米艦隊の『漸減』はかなわなかった。



そりゃ、負けるわ。

レイテ沖に現れた時、すでに日本の連合艦隊は

バランスのある『主力艦隊』ではなくなっていた。

レイテ沖で武蔵を、後に『九州特攻』で大和を

沈めたように明らかに使い所を間違えた。

どこで使うのが良かったか知らないけどさ。










現役の軍人、政治家が

『大鑑巨砲、艦隊決戦主義』を

どう考えていたか、というと

この考え方を破った、航空機主導の攻撃を

受けた時の態度で判断できる。


真珠湾攻撃の後、アメリカは太平洋艦隊の

司令長官であった キンメルを更迭する程度

には狼狽した。

しかしなお、『休養、点検』のために

港に停泊中の戦艦を討つなど据え物斬りさ、

こ、怖くなんかないさ

という意見も強かった。


イギリスは、マレー半島・シンガポール防衛の

ために本国艦隊から新鋭戦艦2隻を基幹とする

艦隊を送る。

対空砲を一新し、戦闘航行でみっちり警戒して

おけば ジャップの攻撃機などポムポム砲の

餌食だ、と 自信満々だったのだが、

日本軍の艦攻、艦爆40機の前に あっさり沈んだ。

『この戦争で最も衝撃を受けた出来事』として

チャーチルは、枕を涙で濡らして眠れなかった

という。






1941年、太平洋戦争が始まった時でさえ、

大鑑主砲・艦隊決戦主義はまだ手触りが

あったわけだ。


毎日新聞をはじめとする、マスコミの論調は

『アメリカはすぐに、空母主兵に切り替えたのに

日本はそれが遅れた。』というもの。

だが、これは間違い。



日本だって、空母の生産拡張に必死に、特に

ミッドウェーで主力空母4隻を失ってからは

さらに必死に航空戦力の拡充に努めるのだが

これが遅れたのは、単に国家としての

日米の体力差。


それが証拠に、アメリカも日本も

戦艦の新規建造こそ真珠湾以降中止するが、

アメリカは真珠湾で沈んだ

戦艦8隻のうち6隻を引き上げて

戦線に復帰させている。


だから、戦艦という艦種が廃止されたわけでは

なく

むしろ、その強靭な防御力や砲力を評価されて

上陸支援や空母護衛などに重宝される。

上陸支援としては、第二次大戦での

ギルバート諸島、サイパン・硫黄島・沖縄・

ノルマンディなどのほか

朝鮮戦争・ベトナム戦争・湾岸戦争にも

参加している。

最後の戦艦の退役は、驚くなかれ

2006年除籍の戦艦アイオワである。








逆に抑止力として誇示する、

という方法もある。

第一次ロンドン軍縮条約の交渉に際して

日本は40.6cm砲9門、35000トンの戦艦陸奥を

実際には8割くらいの完成度だったらしいのだが

『竣工済みである』と主張して認めさせた。


世界に7隻しかない35000トン級の巨艦は

『ビッグセブン』 とよばれ、世界最大の、

このクラスの戦艦を、長門とともに

2隻ももっていた日本海軍の地位を

大いに高くした。


さらに、巨艦を自前で設計、竣工させることは

国力の象徴でもあり、

『日本、侮りがたし』と思わせることは 

具体的な抑止力になる。



大和、武蔵の建造は、

さらにこれを飛躍させたもの。 

アメリカの軍艦はパナマ運河を通航するため 

幅100フィート(33m)の制限があった。


戦艦は、正横方向に主砲を指向した場合、

威力が最大になる。



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戦艦アイオワの

40.6cm主砲9門斉射

舳先が揺らぐ衝撃






幅33mで、これをやると

物理的に40.6cm砲が最大となるので

それよりも1ランク大きい46.0cm砲を

搭載する大和級ならばぐうの音も出るまい。

というわけで、

第2次ロンドン軍縮交渉に参加するつもりが

なかった日本が、第一次条約失効の1年前に

計画を立てて失効後に着工。

開戦前に竣工させる。

どうせ仮想敵は英米なんだし、

『どうだあ』と誇示すれば よかったと

思うのだが、日本側は建設にあたって 

徹底的な秘密主義を取り、

艦体を棕櫚で囲み、 

武蔵を建造する長崎の三菱造船所では、 

対岸の高台にあるグラバー邸を一時買い上げた。



もちろんアメリカは、『大和型戦艦』について

知っていた。

詳細はわからなかったらしいが、

『幅33mがネックならそれを越える戦艦部隊を

太平洋と大西洋の両方に置けばいいんだろ?』と

いやだねえ、金持ちは。という 

モンタナ級戦艦の建造建造を企画する。


最終的にはキャンセルされるのだが、

完成すれば40.6cm砲12門搭載、6万5千トンと

大和級に匹敵する巨大戦艦となるはずだった。

しかも5隻。

だから、実際には抑止力にはならず、

開戦してからは、戦艦はさらに

そのおそるべからざることを誇示するだけに

なってしまうのだが、

もしも、唐突に『大和級』だけが現れていたら

多少は抑止効果があったかもしれない。

オレンジプランを書き変える程度には。

 

 

実際に真珠湾攻撃・マレー沖海戦以降、

戦艦は海戦の主役の地位からは降りる。


しかし、だからこそ開戦前、

まだ『大鑑巨砲』が多少の御利益があった時代に

外交的にうまく使う、とか。


開戦しても石油がもったいないから、と

ブルネイあたりの産油地に置いておくのではなく

なんか使い道があったろう。

レイテ沖に赴いた、武蔵、大和の乗員も戦いが

絶望的であることを知っていたはずだ。

そうであればこそ、彼らが無能の作戦によって

散華したかのような報じ方をされると、さみしい。




戦艦、という兵器自体は21世紀まで生き残るのだ。

理由自体は、キューバ危機に破れて海軍の

大拡張を始めたソ連につきあいたいんだけど

頑丈な艦ないかなあ。

という若干情けない理由であっても

生き延びることは、生き延びた。

もうすこしメンテが楽であれば、 

いまも生き残っていたかもしれない。







そして、生まれはしたものの

使われなかった兵器、というのは数多い。

決戦兵器という意味では、『巨大核兵器』

というのがある。

水爆の機構が幼稚で、核兵器の運搬手段が

未熟なミサイルを使っていた時代、

悪い精度をカバーするために

『一発で巨大な破壊力を持てばいいんじゃね?』と

巨大な核兵器が生まれる。


代表的なのが、ソ連のツァーリ・ボンバー

最大で100メガトン、広島原爆6600個分。

この『レモン何個分のビタミンC』

『甲子園球場何個分』みたいな表現は

大嫌いなのだが

さすがにフルスペックで実験すると地球が死ぬ

な、ということで50メガトンで実験した。

しかし半径数10kmの人は全滅するだろう、

という衝撃。

しかも『死の灰』の量が半端ない。ということで

土木工事に原爆を使ってたソ連でさえ、

兵器としての使用をあきらめた。


核兵器でさえそう。

いままで、陸戦の王者であった戦車も 

少なくとも日本においては役割が変質している。





冷戦時代、ソ連の戦車部隊と戦ってやる、と

北海道に数百両の戦車を貼りつかせてたのを

『もうそんなクルスクとか、アルデンヌみたいな 

戦車戦はないよな、』

さらに『予定戦場も北海道だけでは

あるまい。』と

10式戦車は世界戦車で初めて攻撃力を変えずに

ダウンサイズした。


戦車、という兵器はなくならないが 

その性質は、日本においては、大きく変質した。





有人固定翼機はなくならないだろうが 

無人機の比率はもっと増えるだろう。


そうなると、空母は?




イージス艦がカクカクパキパキした形をしているのは

レーダー波の方向を局限してイージス艦自体を

ステルス化するため。


それなら、あらゆる航空機や対艦兵器が

べっとりとステルス塗料で 

塗られるようになったら? 

空を覆うように風船爆弾がイージス艦の上空を

襲ったら?













兵器に完成形はないのだ。




用兵者は過去の戦訓を知る以上に 

将来の戦争に想像力を持ってもらわないと

いけないが 

たぶん、実際はそれを越える。



だから武蔵も大和も責めないであげてほしい





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2015年3月 3日 (火)

ひなまつり・ラプソディ 2012

『あーちゃん。

おじいちゃんがこおんなかわいいお雛様を

送って来てくれたわよお。』

 

『…おひなまさ?』

 

『おひなさま。 あーちゃんは女の子だから

桃の日にはこれを飾るのよ。』

 

『おひなまさをかざるとどうなるの?』

 

『素敵なお嫁さんになれるの。』

 

『お母さんみたいに?』

 

『そおよう…』

 

『40で?』

 

『なによ…』

 

『……ふっ。』

 

『笑ったわねっ。鼻で笑ったわねっ。

いくら3歳だって許さないわよっ。』

 

『ふえええーん…』

 

『……おじいちゃまからビデオメッセージが

入ってるわ。

一緒に聴いてみましょう。』

 

カチャリ…

 

『いまどき、ビデオの擬音に

「カチャリ」なんて使うと

歳がわかるわよ?』

 

『ねえ、あんたほんとに3歳なの?』

 

『ふえええーーん…』

 

 

 

 

 

『やあ、あーちゃんに美咲、

お雛さまは届いたな?』

 

『ほら、あーちゃん、おじいちゃんよ。』

『じいじー』

 

『あーちゃんは、初孫だからな。

じいちゃんも奮発して、

人形のキューカンパーの三段飾りだ。』

 

『まあ、そんな高級ブランド…』

『きゅうかんぱあ?』

 

『美咲。まさかお前が孫を産んでくれるとは

思わなかった。

お前が本厄を迎えても、鉄女とか歴女とか

文系サークルヒロインを目指し始めたときに

我々はあきらめたんだっ。』

 

『な、なによっ。』

『ぶんけいひろいんって腐女子のことー?』

 

『ああ?うん。

ばあさんも一言いいたいそうだ。』

 

『あら、おばあちゃん起きられるのかしら?』

『だって、ばあばのところに帰らないじゃないー』

 

『…ええ?なんだって?違うよ、

ドミノの黒いほうの人をだましてるのは

練炭のデブ女じゃないんだ…』

 

『ぼけてるんだか、正しいんだかよくわからないわね…』

『1年たったらみんなわすれるわよー。』 

 

『やっぱり話はできないようだ。

しかし、このひな人形はばあさんも好きなはずだっ』

 

『…おばあちゃん…』

『ばあばー。』

 

『しかし、美咲には一言謝っておかねばならんっ』

 

『あら、何かしら…』

『じいじがあやまることなんかないのようー』

 

『お前がこんなに婚活に苦労したのは我々のせいだっ』

 

『あ、あら…』

『おばちゃんと一緒に「ごくつぶし」っていってたくせにぃ。』

 

『親としての反省点は、3月3日にすぐに

お雛さまを仕舞わなかったことにあるんだと思う』

 

『ああ、そういえば、いつも2週間くらい

そのままになってわね…』

『だから40までお嫁に行かなかったのー?』

 

『あーちゃんにはそんな苦労をさせたくないっ』

 

『…ふ、ふんっ。』

『ママ、くろうしたのねー…』

 

『そんなわけで、だ。』

 

『な、なによ…』

『なによう…』

 

『この3段飾りは、

テープの再生が終わり次第、

自動的に消滅するっ。』

 

 

『ええっ?』

『きゃー。けむりー。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ただいまあ…』

 

『あ、お帰り。ちょっと見てよこの荷物。』

 

『うん、母さんがお雛さまを送ったって

メールしてきてる…』

 

『ええ。なんか宅急便が来てるわっ。』

 

『「七段飾りを送りました。

安田家の総領としてぜひ飾ってください」だって』

 

『じょじょじょ、冗談じゃないわよ、

この2DKに七段飾りを送るなんて非常識よ。

発言小町に訴えてやるっ…』

 

『まあまあ、この荷物、七段飾りにしちゃあ小さくないか?』

 

『…そういえばそうね…』

 

『開けてみよう…』

 

『…あ、うん…』

 

『なんだ、こりゃあ…シートとメガネだけだぜ?』

 

『お義母様からの手紙がはいってるわっ。』

 

『えーと、「お送りしたのは3D映像を映す

フィルムです。

同梱のメガネをかけると、

飛び出す七段飾りが楽しめます」だって』

 

『…あのさあ。』

 

『お、すごい、飛び出すぞ…』

 

『でも、こういう風にフィルムに、

赤緑で絵を描き分けて

フィルターで覗いて3Dにするなんて

40年前くらいからあったわよ…?』

 

『違う違う違う。このフィルム、

有機ELなんだよ。』

 

『へ?それなんだっけ?』

 

『最新の薄型テレビに使われている素材さ、

だから、動画も流せるらしい。

画質もすごいぞっ。』

 

『ええー?』

 

『すごいだろう。お前も見てみろ。

これなら6帖間でも七段飾りが楽しめる…』

 

『おおっ。立体だわっ。』

 

『体験ソフトが入ってるな。

「三人官女は見た。お内裏様を殺して!…

承知しました」』

 

『おおっ。ぼんぼりが飛びだすっ。』

 

『甘酒がほとばしるっ。』

 

『菱餅が飛んでくるっ。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日のスパイ大作戦。』

 

 

 

 

 

 

 

『当局は一切関知しない…』

『なお、この録音は自動的に消滅する…』

 

うわー、なつかしい

 

でも、こんな複雑な依頼内容、

絶対にいっぺんじゃ覚えらんない。

 

 

メモ取ってもいいっすか?

 

 

 

 

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2015年3月 2日 (月)

『ゴッドハンド』から『キッドハンド』へ

世界的に珍しい、メガマウスザメの化石が

『発見』された。 

『発見者』は、美ら海水族館に勤めている

横山希代子(44)。




文章開始50文字目で勧善懲悪の意図

まるわかりの文章。

しかし、なんとも気持ちの悪いニュースなので

このまま続けます。



きっかけは、県内の小学生の『発見』。

当時小学校2年生だった

岩瀬暖花(ほのか)さんが、メガマウスとは

別種だが近い種のサメの化石を発掘し、

横山某に見せちゃった。

横山は、その化石の発見地を訊きだし

『サメの化石の集積地の情報は貴重。

これはモノになる。』と、 

なんとほのかちゃんを招かずに、個人で

教えられた海岸を捜索。


ついに、ほのかちゃんにだまって
 

メガマウスザメの歯を発掘してしまう。


ところが、この未熟な研究者は、

このねじくれた歯の化石が『未発見』である、

という真の意味に気付かず

一回り年下の富田氏という専門家に相談。


00000000000000000000000000000000000
歯が、歯が

磨けねえんだよ…

           



『日本近海でのメガマウスの存在の時間基準を

変える大発見。』と驚いた富田氏のもとで

論文を仕上げ

この春めでたく発表の見込み。というニュース

(読売新聞の記事へのリンク)

(琉球新報の記事へのリンク)




そしてこの『世紀の発見』の報を聞いた

ほのかちゃんは、

『(現場での発掘に参加していれば)

私が先に見つけていたかも。』と

おおいに悔やんでいるそうな。

















『入院しても弱りませんね。』

                 

『なにっ?こんな公平な紹介記事はないぞ』


『いいですか?この物語の登場人物は3人。

横山、ほのかちゃん、富田氏です。

読売のほうは、横山以外の実名やプロフィール

を載せているのに、 琉球新報は3人だだ漏れ。

「3人の協力で発見した沖縄のロマン」

という建前を、

あくまで貫こうとしてるんですね。』









『しかし、「同じ事実」をこうも違って

表現できるもんかね、新聞ってのは。』


『でもそんなこというんなら、

読売ではほのかちゃんは

 「大いに悔やんでいる」のに、琉球新報では

「化石が多い場所を暖花さんが紹介、

横山さんがその場所で収集を進めている中で

発見した。」という記述の矛盾を、

どう説明します?』


『まあ、読売か琉球新報か、

どっちかが嘘をついてる、ってことだよなあ』






『それにしても、なんで横山は、

発掘現場にほのかちゃんを連れて

行かなかったんでしょう』


『連れてって、お互いに肩を抱いて「発見」を

喜ぶ、とかなら美談だったのになあ…』



寒いから、とか学校がえりを待っていたら

仕事にならないからとかいうんじゃ

理由になりませんよねえ。』


「趣味がサメの化石収集」っていう、

パンチの効いた渋みのある好みの

持ち主だからな。』

『そういう分野の趣味があるんですかなあ。』


『オフ会とかで成果を自慢するのかな?』

 
『オフ会?』


砂や波に削られたシーグラスを集めるのを、

ビーチコーミング なんて言っている

生ぬるい女に見せてやりたい。』



000000000000000000000000000000000_2

シーグラス

きれい、ではある。

          




『しかし、ピンポイントに場所を

聞き出したわけではないにしろ、

「貴重なサメの化石集積地」を知っていたと

したら、この横山某に「発見者」の名誉が

与えられるのはおかしいよな。』


『…まあ、ねえ…』


『これだったら自分が置いて埋めた化石を

迷いもせずに掘り出すのと変わらない』


『それじゃ、旧石器捏造事件

「ゴッドハンド」だ…』


        
『ゴッドハンドの闇の時代から

キッドハンドのひらめきへ。

考古学は、新しい地平へ…

とでも、いうつもりかなあ。』
                  

 

              

             
『なんですか?そりゃあ…』



















では、『今日の三枚。』







去年の前半はこんな偽装家のみなさんが

活躍しておりました。




000000000000000000000000000000000_4
昨年1月、ネイチャー論文について

解説する小保方氏

いまとなっては珍しい絶頂期の笑顔と

巨乳を意識した服装。




        

           

000000000000000000000000000000000_3野々村元兵庫県議

昨年6月、政治費の不正が発覚

『野々村』じゃ誰もわからなくて

『59』でやっとわかる、という人になった



            

000000000000000000000000000000000_5
佐村河内氏。

昨年2月ゴーストライターの弾劾により

その名誉を失う。

         




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2015年3月 1日 (日)

違うんだサマンサ 訊いてくれ

ほほう、もう3月になっちまいましたか。

今年も、なん―にもしないまま

2ヶ月経っちまいましたよ。





この間、おまえはなにをしていたのか、

というと入院ですよ。

これほど悲愴感のない文章を書くやつに

まだ総括なんか無理なので、いずれまた。

では、旧作の再掲。


どうぞ。




バレンタイン・ラプソディ ver.2.0 (2012.02.13)




『では、これから

『義理チョコじゃ間に合わない。

ギリギリ・チョコレート講座」

を始めたいと思います。』

 

『あなた、初めて?』

『すごいっすね、最近の婚活講座には

こんなのがあるんだ…』

 

『みんなっ、気合いはいいかっ?』

 

『うすっ。』

『来週には、もう40ですっ。』

 

『そうだっ。お前らは武井咲や長澤まさみじゃ

ないっ。

おばさんなんだっ。

「義理チョコ」は、おばさんがチョコを渡せる

唯一の合法的なチャンスなんだっ。』

 

『合法…』

『さりげない義理チョコが口にしたら

すごくうまい。という、

「奇跡の義理チョコ」の技をぜひあたしたちにもっ』

 

『よしっ。まず、テンパリング1000本っ。』

 

『だだだ、誰がてんぱったおばさんだって?』

『違う違う違う、チョコを滑らかにするための

行程よ。』

『あああ、大理石の板が冷たい…』

 

『馬鹿野郎っ。気合い入れていけっ。

合言葉合唱っ。』


『あたしら、人生,徳俵っ…』 

『あたしら、人生,徳俵っ…』


『足がかかって、はっけよいよい。』 


『あたしら、人生得徳俵っ…』

『あたしら、人生得徳俵っ…』

『あたしら、人生徳俵っ…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あ、あのさ…』

 

『はい?』

 

『ち、チョコありがとう。

あんな汚い下駄箱に入れてくれて恥ずかしいよ…』

 

『…いえ…それで、先輩の気持ちは…』

 

『うれしいよ。ありがとう。』

 

『…あ、あたしもうれしいです…』

 

『……』

 

『……』

 

『それで、ひとつお願いを聞いてもらっても

いいかな?』

 

『はいっ。』

 

『このチョコを、もう一度手渡してくれないか?』

 

『はい?』

 

『チョコを手渡す時、「先輩、これ」って

いいながら、胸に向かってどんって

ぶつけるように手渡してほしいんだ…』

 

『へ?』

 

『どんって、手渡してそれで、俯いたまま

「てっ」っていって、振り向かずに走り去っていく…』

 

『…いま、やるんですか?』

 

『頼むっ。夕陽のさす下校時の駅、

卒業間近の先輩に、後輩が思いをぶつけるように…』

 

『わ、わかりました。

先輩、シチュエーションに酔う人だったんですね…』

 

『じゃあ、僕はここで電車を待ってるから。』

 

『……3番線 海士有木行、下り線ホームに

到着いたします。

お客様は白線の内側で…』

 

『先輩っ。これっ。』

 

どんっ

 

『ああっ,男の子が線路に落ちたぞっ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ただいまあ…』

 

『あーら、遅かったわね。

バレンタインデーなのに…』

 

『ははは、職場の飲み会さあ…』

 

『…ふーん。今年の義理チョコは?』

 

『これだよ。不細工だろう。

だからまだ食ってないんだ。』

 

『あら、あらあらあら。おいしいじゃない、

これ。』

 

『え?そうなの?』

 

『完璧なテンパリングで口当たりも滑らか。

しかも素材が違うわ。

ふうぅーん…こんな女の人がいたのねっ。』

 

『違うんだサマンサ 訊いてくれ』

くれたのは、職場のお局さ。

若いやつに手当たり次第配って

それで、今日の飲み会だったんだよ…』

 

『あ、あら…眠くなってきたわ…』

 

『はっ…』

 

『ろうしたのぉ?…』

 

『そういえば、今日の飲み会でも若いやつが

だいぶ持ち帰られてたな…』

 

『くー…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の「お気に入りCM」。』

九州新幹線の開業キャンペーンのCM。

 

そうか、もう4年経つのか… 

『新幹線は観光だけじゃないよ。』ということ

らしい。

 

「新幹線通勤」なんかには

個人的には、賛成できないところがある。

 

 

でも、こんな風に手触りのある笑顔を見せられたら、

ずるい。

 

 

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トマト・ダイエット・ラプソディ (2012.02.13)

トマトに含まれる物質に

中性脂肪を下げる作用があるものが見つかった。

一日あたり、トマト6個かトマトジュース600ml飲めば痩せるぞ。

というニュース。

(読売の記事へのリンク)

 

 

 

『お、お姉さん。ト、トマトあるよ…』

 

『あら、頂戴。

どこのスーパーでも売り切れなのよ。』

 

『そうだろう。痩せるためなら隣町まで走る、

3時間並ぶ、というのが日本人さ。』

 

『そこまでやれば、痩せそうなものだけどねえ…』

 

『とにかく、昔も、テレビが紹介したら

納豆やレタスが消えたでしょう。』

 

『…だからいま、トマトなんて手に入らないわよ…』

 

『生の果実は高くなったねえ。

でも目端が利く奴は、

もうトマトジュースを買い占めている。』

 

『だから、あなたは何を売ってくれるの?』

 

『の、濃縮トマトさ。

完熟トマトを3日3晩煮詰めたものを

ピュレにしたんだ。』

 

『…でも、あたし。トマト嫌いなのよ。

青臭いじゃない。』

 

『そ、そういうことをおっしゃるお客さんのために、

スパイスと砂糖を加えてさらに煮詰めたものが

この商品さ。』

 

『……』

 

『……』

 

『それって、ケチャップじゃない。』

 

『まあ、そうともいう、かな…』

 

『ケチャップ食べてもやせないわよ…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『しずちゃんっ。体重が増えてるぞっ。』

 

『うすっ。サーセンっ。』

 

『君はもともとヘビー級だ。

そのウェイトをミドル級にまで落としてるんだ』

 

『うすっ。つらいっす。』

 

『でも、ヘビー級はオリンピック種目じゃ

ないんだっ。』

 

『うすっ。カンボジア人になっても

オリンピックに出るために

苦労している、猫先輩のことを思えばっ。』

 

『そうだっ。日本人女子のボクシング選手枠

3人だっ。』

 

『うすっ。』

『とにかく、君は太る体質なんだ。

明日の計量までは水を飲むなっ。』

 

『ええっ?』

 

『何も口にするなよっ。』

 

『…うすっ…』

 

 

 

 

 

 

 

 

『しずちゃん、食べないと体に毒よ?』

『葉子お嬢さん。大丈夫ですよ…』

 

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いいんだ、

料理を下げてくれ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『うォおおおおおお』

 

『や、山崎さんっ。』

 

『おおいっ。どけっ。』

 

『山崎さんっ、』

 

『水…水っ…』

 

『山崎さん。だめですっ。

水を飲んではいけませんっ。』

 

『おおう、トマト…

トマトならいいんだっ。』

 

『山崎さんっ。』

 

『どけいっ。』

 

『……』

 

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ああっ、

トマトに針金が

巻かれているっ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、『今日の葉子お嬢さん。』

 

 

 

 

 

 

 

『もういいのよ。このトマトをお食べなさい…』

0000rikiishi4_2

 

 

お嬢さん、

トマト用意しとくなよ

 




『よ、葉子お嬢さん…』


『さあ、もういいのよ…』


『違うんだ、お嬢さん、訊いてくれ。』


『どういうこと?』


『門題は、針金じゃねえってことですよ…』






『…え?』


『お気持ちだけいただきます…』 

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『し、しずちゃんっ。…』

 

 

 

 

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バレンタイン・ラプソディ 2012 (2012.02.14)

『さあっ。いま、東京電力本社前では

カカオ豆をもった、多数の群衆が集まっている

ようです。』


『おいっ。君達っ。解散したまえ。

その豆をどうするつもりだ?』


『当然撒くのだ。』 


『暴力や暴行は許さんぞっ。』 


『馬鹿野郎っ。バレンタインは縁起ものだっ。』 

 

『愛だろ?愛っ。』 

 

『去年の凶運を払ってやろうという愛じゃないか。』 


『むう…』 


「しかも、今回用意したのは

ジャコウネコのふんからとれる、

 

という「コア・ルピック」という高級豆だ。』 




『おお、100g 10,000円という最高級カカオ…』


『俺は、そんな高級豆は持ってこられないから

ジャコウネコのうんこを持ってきたっ。』 

 

「ジャコウネコのふんだって日本じゃ

手に入らないから

うちの猫のうんこそのものを持ってきたっ』 



『待て待て待て。』 

 

 

『あっ。西沢社長がいるぞ。』 

『前社長の清水もいやがる。』 

『うんこ撒け。うんこ。』















『あのですね?』


『…はい。』


『こういう小学生みたいなことを書くな、と

言ってるんです。』


『…でも、止められないのよ…』


『あんたは気持ちいいかも知んないですけどね。

こないだ、同じようなことを書いたでしょう。』


『…はい。』


『そうしたら、「閲覧履歴」に

「○○○tohoku-epco.co.jp」って人が

複数来てたんです。』

『誰?それ。』


『東北電力ですよ。』


『うひゃあ。』


『私に読み取れるようなIPアドレスを使うあたり

たぶん、個人で見に来てくださったんだと

思うんですが。』



『…うーん。』



『あたしゃあ、

インターネットってのは怖いなあ、

と思い知りましたよ。』

 

   












『よう、江崎。帰りかい?』


『ああ。』


『じゃあ、いっしょに帰ろう。』

『さみしいな森永。彼女がいないわけだ。』


『うるさいなー。こうやって下駄箱を開けたら

チョコが入ってるかもしれないだろ?』


『あ…』


『どうした、江崎っ。』


『チョコが入ってる。』


『なんだって?』

『やったなグリコ。』

『見せろ見せろ。』


『あ、おいっ。やめろよう。』


『ちくしょう。きれいな箱じゃねえか…』

『カードがあるぞっ。』

『ちゃんと

「世田谷生まれのグリコさんに」

って書いてある。』


『カードを開けるのはやめてくれっ。

家で一人で見させてくれっ。』


『かまわんっ。』

『そうだっ。開けちまえっ。』

『なんて書いてあるっ?』


『あ…』






『どくいり きけん たべたら しぬで』

 







『だからね?』



『…はい。』


『こういうことを書くな、と

言ってるんです』


『…はい。』

















では、『今日の三枚。』














コピ・ルアック

 

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うんこそのもの。









ジャコウネコ

 

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タヌキみたい。

かわいい。










うちの近所のみいちゃん。

 

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これほど無防備な野良猫を君は見たことがあるか?





かわいー。








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一枚の板チョコ (2014.02.12)




この物語は、今から15年ほど前の、


とある高校での出来事から始まる。 


1年生ながら超かっこいい北海君にとって、 

2月14日は書き入れ時である。



うん、『書き入れ時』とか書いちゃう時点で

だめだろう、とかいう

批判はぐっとこらえて先を読んでください。

しんどいのよ、どこまで長くなるか予想つかないし。



で、まあ、 

彼が、山ほどのチョコを抱えて、家に帰ろう、と 

下足置き場に行くと、

そこに三人の女子が待っていた。 


同じクラスの淳子ちゃん、百恵ちゃん、昌子ちゃんだ。

淳子ちゃんが、おずおずと言った。

『あの、板チョコ…

三人で一枚なんですが…』

 

『えぇ、どうぞどうぞ。』



受け答えがおかしいだろう、とかいう批判も

ここは、ぐぐっと飲み込んでください。

 

原作を忠実に再現するとこうなるのだ。

再現しなくていいだろう、というセリフを

敢えて言わないのも、そこは大人の度量って

もんじゃないのかなあ。



『あの、できれば今食べてもらえませんか?』 

『それで、おいしいね、って言ってもらえたら。』 


超かっこいいがゆえに人目を気にする北海君は

何の変哲もない板チョコの銀紙をはがし、

『リボンくらいかけろよ。』と思いつつも、

食べながら『おいしいよ』と言って微笑んだ。



で、まあ、

みんな予想してるだろうが彼は2年生なっても

一枚の板チョコを食わされる。


3年になったら、板チョコが二枚になった。

 

 




高校を卒業した北海君は地元の工場に就職した。
 

すると、卒業するのを待っていたかのように 

みるみると太り始め、髪の毛も危うくなった。


すっかり『モテキャラ』ではなくなった北海くんに

卒業して何年目かの、

憂鬱なバレンタインデーがやってきた。


『よう、北海。お前昔はもてたんだってな。』

『下駄箱の前で三人の女の子に

チョコを渡されて、その場で食ったっていう

「一枚の板チョコ」の話は

高校の伝説になってるぜ。』


今年も意地悪な先輩が絡んでくる。 

もう、チョコなんかもらえないことを

知っているのだ。 

そもそも工場にいるのは男ばかりだし

事務には数人の女子社員がいるが、 

彼のことなど見向きもしない。

 

むしろ、陰で指さして笑っている。



『やめてくださいよ。』、と

残り少ない髪の毛を引っ張られながら、

『どうせ、今年もチョコなんかもらえないんだ』

諦めながら工場の外を見ていると、

ここには、というか日本には分不相応な、

ベントレーのリムジンカーが入ってきた。


北海君も意地悪な先輩も、

いや工場中が見守る中でショーファーが

ドアを開けて三人の女性を降ろす。


『ちょっと、

ここに北海って子がいるでしょ』 

 

あわてて飛びだして最敬礼する工場長に

ミンクのコートを着た女が、

わざと尖らせた声をぶつける。

『はっ、たしかにっ。』


そこまで卑屈にならなくてもいいと思うが

工場長は『おいっ。』と、

裏返った声で北海君に声をかけた。




周りから突き飛ばされるように外に出された

北海君は

三人の目の前で思い切り転んだ。

 

そして、帽子の飛んだ頭をあげて

ミンク、シルバーフォックス、ロシアンセーブル

のコートを着た三人の女性を見上げた。



三人は、北海君をねぶるように眺めまわすと

顔を見合わせて低く笑った。

そして、ミンクが

 

『ほら,今年は板チョコ三枚あげるわ』

 

と、北海君が見たこともないような

高級ブランドのチョコを投げてよこした。





『覚えてる?』


『は?』 と北海君。


『あたし淳子よ。』 とミンク。

『百恵よ。』とシルバーフォックス。 

『昌子よ。』とロシアンセーブル。

『あたし卒業してから京都の病院で働いて

そこで開業間際の医者を捕まえたの。』 

『あたしは凄腕のトレーダー。』 

『あたしは実家に帰って土地を継いだわ。』


『はあ…』



『それで久しぶりに札幌に帰って3人で会った時に

「今年のバレンタインは最高の贅沢をしよう」

って決めたの。』 

『この工場を探すのは苦労したわ。』 

『まさかこんなふうになってるとはねえ。』 

 

そうして、三人は再び顔を見合わせて笑った。



『さあ、そのチョコ。いま食べて

「おいしいね。」って言ってごらん』



















待てっ。

 

気持ちはわかる。

なにより書いている僕が

一番むかついてるんだっ。












念のため、『一杯のかけそば』全文。



























では、『今日の一杯。』













『あんた、サービスってことで三人前出してあげなよ。』

『だめだだめだ、そんな事したら、

かえって気をつかうべ。』 

と言いながら、親父は黙って、そばを

大盛りにした。


00000000000000000000000000000000000











どうやって食え、と?













おまけ














SOBAYA





なぜタモリの写真が出てくるかというと、

このひと若い頃この曲を歌ってたんですね。

(この歌は違います)

 

 

 

あーあ、しんど。

 

とりあえずここまでが第1工程。

 

ここまでで2日かかってる、なんて

信じてもらえないんだろうな。


あー、しんど。





じゃ、またね。

 

 

 

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