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2016年8月の投稿

2016年8月27日 (土)

余命1年日記 -5- 仮釈放 (8月第4週 2016 08 27)

そんなわけで退院した。

 

 

 

 

 

どんなわけか、と言うと7月上旬に入院して1ヵ月半

かげさまで腹水でふにゃふにゃになっていたの体が

自力で起き上がって歩けるくらいにはなった。

 

ごく初期のASIMOくらいにはなったわけだ。

すぐに追い越されるだろうけど。

 

 

 

 

 

だからまあ、退院したらどうですか?と、F先生に言われた。

腹水の管理は薬と食事の管理(減塩食の宅配を頼んだ)で行い、

外来の診察で、必要に応じて穿刺しましょう。ということである。

 

我が家の経済から見ても、これ以上の入院は

耐え難かった。

 

悪意に解釈するわけではないが、

『すぐに死ぬわけでもないが、決して治らない患者』に

いつまでもベッドを占領されているのは不愉快だ、

という病院側の思惑もあっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

そんなわけで退院した。

病気が治っておめでとう、という退院ではないので

満期出所ではない。

 

刑期を残している、という意味で『仮出所』である。

 

死病である、ということを思うと

『死刑に仮釈放ってあるのかなあ?』と思う。(ありません)

だから、比喩ができないね。

 

 

 

 

 

 

 

仮釈放の日は満開に晴れていた。

さぞや暑くなるだろう、という空の下で

うちの病室の窓からは山しか見えないので、

南側の景色がいいところに行くと

うんと青くて、海がきれいだった。

 

 

 

さあ、これから海に行こう。

病院コンビニ以外の場所に買い物に行こう。

好き勝手なものは食べられないし、酒が飲めないのはつらいが

やっぱり好きな店に行こう。

 

 

わーい。

 

 

 

 

 

 

ところで、次の診察日が9月1日。

 

えー、もう9月かよ。

とF先生の前で声をあげてしまいましたよ。

はえー。

 

 

 

 

 

 

 

 

さあっ、いよいよ秋。

最後の僕の夏はベッドの上で過ごした。

これじゃあんまり僕がかわいそうだ。

だけど秋は違うぜっ。

 

あの樹の葉がみんな散りつくしても遊んでやる。

 

 

 

 

 

残り335日。

遊ぼうっ。

 

 

 

 

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2016年8月25日 (木)

余命1年日記 -4- 病院日常1                (8月第4週 16 08 22) 

病院の朝は早い。

 

 

 

 

 

 

 

だいたい6時半くらいに、看護師さんがやってくる。

そうして、検査キットとパソコンを載せた

ワゴンをがらがらと押しながら

「おはようございまーす」と言って部屋の明かりを点ける。

 

この季節、5時すこし前から空が白んでくる。

北東に面した窓から、雲に映る桃色の朝日が

セミの声と一緒に入ってくる。

 

 

今日も暑そうたな。

病室の中は涼しいけど。

 

 

看護師さんは「〇〇さーん」と言いながら、

3人部屋なので、1人ずつカーテンを開けて

「お願いしまーす」と言って体温計を渡す。

 

と、同時に血圧を計るために腕に手早く帯を巻く。

シュコシュコと空気を入れるんだけど、

血圧180くらいまで目一杯空気入れる。

痛い。低血圧なのに。

さらに手首に指を当てて脈を測り、

終わると洗濯ばさみみたいなのを指に挟む。

血中の酸素濃度がわかるらしい。

慣れているせいもあるだろうが、

見事な手際である。

 

ここまでが一般的な「おはよう検査コース」。

私は腹水持ちだから、これに加えて胴回りと体重と

一晩のうちに溜まった尿量の測定がある。

そうそう、身体の水分の管理が必要だということで

最近はおしっこは尿瓶にしている。

 

体温、脈拍、血圧の測定は、このあとも4時間おきにある。

そんなにしょっちゅう測らなくても、

急には変わらないと思うけど。

 

 

 

 

 

8時前に、朝御飯がくる。

朝はパンで食パンの時はマーガリンがつく。

ごく小さく盛られたサラダと、牛乳。

これが標準メニューで、

蛋白質が足らない私には、1/6丁の豆腐とゼリーがつく。

 

昼は12時で、主菜として魚だったら煮付け、

またはフライたまに焼き魚、肉もある。今日は鶏だった。

それに小鉢が二つ。野菜の煮物と、菜っぱ。なぜか二つ。

デザートにゼリー。

そしてこれも、恐らく私だけ茶碗蒸しと、豆腐1/6丁。

さらにヨーグルト、プリン、果物。

 

夜は、夜8時。肉か魚料理。いちおう力を

いれてくれているらしい。今日は鶏肉のクリームシチューだった。

焼き飯なんて日もあった。

例によって小鉢二つとサラダ、そしてゼリー。

さらに茶碗蒸しと豆腐、ヨーグルト、プリン。

 

 

 

 

あー、めんどくせー。

 

 

 

 

食事ごとに献立のカードがついてくるので

ここ2日ほどのメニューを

ながながと書き出してみた。

味はまぁ、お世辞にもうまいとは言えない。

 

しかしこれは、入院して以来食欲がなく、

味覚がおかしくなっていることと、値段が360円であるのを

割り引いて見てあげないといけないだろう。

そういう目で見れば、随分頑張ってくれてはいる。

 

しかし、どうにも無駄が多い。

蛋白質やカロリーの不足を思いやってプラスアルファのメニューを

付けてくれたのもありがたいが、お陰で豆腐が3皿に

なったりしていたのは閉口した。

 

 

 

 

「食事のことばかり書いている紀行文の旅行は、

間違いなくつまらない。」 という台詞を読んだことがある。

 

 

 

暇なんである。

 

 

 

やることがない。

仕事はない。生産的なことは何も期待もされていない。

これはつまんないよ?

 

 

 

食事以外のルーティンの出来事としては、投薬がある。

毎食後と消灯前に、1回ごとの分量にして

看護師さんが持ってきてくれる。 

朝なんか10錠以上あるから大変だ。

 

昼頃に回診がある。

検査があった日などはすこし話し込むこともあるが、

入院してしばらく経つと

「どうですか?」

「はあ・・・」

といった具合で、緊張感がなくなってきた。

これは、土日にはない。

 

 

あと、3日おきにシャワーがある。

 

 

そして、1週間に1度か2度、血液検査と

穿刺がある。

これも土日にはない。 

 

 

 

 

 

ひまだなー。

 

 

 

 

 

入院当初はそれなりに緊迫していた。

 

なにより気持ちが悪い。腹が痛い。

体を起こすことができない。

 

しばらくは、夜寝られないで一晩中うなっていた。

同室の患者さんには申し訳なかった。ごめん。

 

 

しかしこれが、容態が安定してくるとやることがない。

勝手な話である。

 

そもそも私が入院していたのが『急性期病棟』というもの。

救急車で運ばれて、かわいい奥さんに『あなた、しっかりして』

かなんか言ってもらえる人が入るべき場所である。

間違っても旦那の見舞いに来て、第一声で

金の心配をする渡辺直美などがいてはいけないのである。

そうして体中に点滴やら排尿やら管をつながれて

ダースベーダーのようにシュコーシュコーと言っている人が

お似合いなのだ。

 

全力で直さなければならないのである。

私のように、一日中オリンピックを見て、

寝ていてはいけないのである。

 

 

 

 

今回、私がお世話になったのは3人部屋。

もちろん急性期病棟だ。

 

部屋は、六甲山のほうに向いて北東に面している。

午前中は陽がさして眩しい。

奥行が3.6m、間口が5.4m。天井の化粧石膏ボードを数えた。

3人で12畳だから、まあ合格点である。

 

 

同室の患者さんはどちらもおじいさん。

親しく話をしたことはないが、

どちらも80歳を超えていそうな雰囲気だ。

 

病棟全体で見ても、年寄りばかりである。

 

お婆さんもいるが男女同室にはしないらしい。

艶っぽい話などないだろうが。

診察してくれる先生が、みんな『あなたは若いんだから』と

言うので、馬鹿にされているのかと思ったら

『内科病棟では圧倒的に若いです。』と言われて

ちょっと愕然としたことがあったが納得した。

 

 

なるほど。

 

 

従って耳が遠い、ちょっとボケているなんていうのは当たり前。

入院患者の枕もとには緊急の際に看護師さんを呼ぶ

ナースコールのボタンがある。

ところがこれの仕組みを理解しない爺さんがいて

用事があるたびに天井に向けて声をかける。

 

コールしてもすぐに対応できない看護師が

天井のスピーカーから『○○さん、どうしました?』なんて

聞いてくるのを勘違いして『天井にはナースがいる。』

と幸せなことを思っているらしい。

 

いい加減うるさいのだが、隣のベッドの爺さんは

私より過激で天井ナースの爺さんが声を上げると

『うるさいわっ。』と怒鳴りあげる。

私も、何かお気に召さなかったらしく

怒鳴られたことがある。

 

病室が平和だと思ったら大間違いだ。

 

 

 

 

 

 

平和な病室もある。

一人部屋、というやつで南向きの部屋で、

神戸の海と町が一望にできる。

夜景など最高だ。

 

もちろん『差額ベッド代』というのを支払わなければならない。

私ごとき貧乏人が立ち入ってはいけないのだが

一度、その最高級の部屋で昼寝をさせてもらったことがある。

 

例の『天井ナース』の爺さんの容態が急変したのだ。

そこで、機器やスタッフが部屋に入るからしばらくよそへ行け、と。

 

そうしてナースが連れて行ってくれたのが

その病院の最高級の個室、なのだそうだ。

 

部屋の広さは20畳以上か?

以前見た相談室のように腰壁の部分に重厚な板を張り、

壁や天井は漆喰。

 

扉は腰板と同じ色に塗られた分厚い木製。

これが、床から天井まで不必要に背が高い。

窓枠は太い木製で、サッシは鉄製。

便器やベッドはほかの病室と同じものが入っているが

洗面台なども昭和の香りがする。

 

なんか、私なんかより

北大路欣也が横たわっているほうが似合いそうな部屋だった。

 

ちなみにお値段を聞くと、

1泊あたりの差額ベッド代が1万7千円。

 

大部屋に入院するだけでも

1泊1万円は吹っ飛ぶはずなので

この部屋の料金はいくらかかるんだろう。

いったい、どんな奴が入ってるんだろう、と思って覗くと

ごく普通の爺さんと婆さんなんだけどね。

 

うーん…

 

 

 

 

 

 

まあしかし、今回の入院はちょっと長かった。

およそ1ヵ月半。

そんなわけで、一度退院します。

 

お金のことを考えても、我が家の経済では

入院生活を続けることは無理なので

娑婆の空気を吸ってきましょう。

 

 

 

 

 

 

 

では、いったんおしまい。

どうも中途半端な文章で

まだまだ書きたいことはあるけど、また。

 

 

 

 

さあ、残り340日。

急迫する次号の展開を待て。

 

 

 

 

 

 

 

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2016年8月13日 (土)

余命1年日記 -3- 来年の明日                     (8月第2週 2016 08 12)

先日、電話で友人に

こんなことを言ってしまって

地味に落ち込んでいる。そ

 

 

 

「来年の明日には、俺はいないんだから・・・」

 

 

 

 

 

確かに、余命1年なんだから「来年」はない。

 

「1年」だけなら、まだ生き残っているかも

しれないが、しかし「1年後の日付の次の日」

となれば確実だ。(なにが?)

どうだ、地味に堪える(こたえる)だろう?

 

 

 

もちろん「1年後」であろうと

「1年後の明日」であろうと

「死亡率」が歴然と変わるわけではない。

そうして「1年後」という日付に

特別な意味があるわけでもない。

 

そもそも「1年」って、迎える前には

結構長いと思うけど、過ぎてしまえば、

大抵はろくでもないことしかしていない。

 

世間のニュースでいえば、去年の8月には

大阪寝屋川の中1男女殺人事件で容疑者逮捕。

というのがあった。

ほら、ろくなもんじゃない。

 

 

個人的なことを見ても、

入院することを拒み、命を削ってまで

やらされた物件の設計の始まりが去年の夏。

結局は金にならなかった図面を

夜を徹して量産し始めたころだ。

ろくな「1年」じゃなかったとわかるだう。

 

 

 

 

そもそもなんでこんな科白が

出てきたんだろう。

 

こんなフレーズを思い付いて、得意そうに

使っていた自分が、嫌だ。

 

 

 

しかし、そう思うと毎日ベッドに寝て

繰り返し垂れ流されるオリンピックの映像を

眺めているのが、いかにももったいない。

 

 

 

 

外を歩きたいな。

 

 

 

といって、どこにいく?

 

 

いままでやっていた仕事は、

残務整理があるものの、

先日、正式に中止が決まった。

 

係累といえば、春に母が亡くなっているので、

父と、国許に住む兄一家だけだ。

 

仕事先には、さすがに入院したことは

業務連絡として伝えたが

当たり前だけど「死にます」とは伝えてない。

従って見舞いになどは来ない。

 

わずかな友人のほとんどは、興味もあるまい。

ちなみに、嫁も子もいない。

 

 

 

うわあ、さみしい。

自分のことながら気の毒になってきた。

この人、大丈夫か?

 

 

しかし、なんだ?この投げやりな状況。

死が迫ると人知れず、定められた「墓場」に

向かうという象さんのようではないか。

さみしいぞ。

 

 

 

うん。発想を変えよう。

逆に、残りあと1年。仕事のことは忘れて、

好きなことをしていいのだ、とも考えられる。

気の持ちようによっては夢のようではないか。

うん、そう考えたほうがいい。

そうしよう。

 

金のことなんか気にする奴は野暮。

俺達に明日はないぜっ。

 

 

 

 

 

 

それなら、どこに行く?

 

 

海外か?

田舎者丸出しだがパリにもニューヨークにも

行ったことがない。

冥土の土産に世界の名所を見ておきたい。

 

あるいは「世界街歩き」みたいに知らない街を

歩くのもいい。絶景、温泉にうまい料理と酒。

そういうのもいいな。

 

 

 

そうは言っても、死病を抱えたおっさんが

海外に行くなど自殺行為だ。

それ以前にパスポートが切れている。

 

ごめんなさい。見栄張ってました。

そんな問題以前に、お金がありません。

 

 

 

あーあ、死ぬまでに一度、ファーストクラス

というのに乗ってみたかったなぁ。

 

 

いま、「死ぬまでに一度」と言ってしまって

その科白にリアルな手触りを感じてぞっとた。

 

 

 

「手の届く距離」に、確かにそれはある。

でもなぁ・・・

 

 

 

 

金銭的、距離的に無理なら、国内で、

豪華じゃない飛行機や寝台列車、

高速バスを使うような旅行であれば、

短い日程なら行けるんじゃないだろうか。

近場の温泉、例えば冬の城ノ崎で

カニなんてのも魅力だ。

 

「行きたい旅行先」のボキャブラリーが

びっくりするくらい乏しいことに、

我ながら驚いたけど。

 

 

 

だから、最近は穿刺のあと外出する時に

できるだけ歩くようにした。こうしておいて、

なるべく身体を馴らそうとしていたのだ。

 

なにしろ、入院した時には腹水でぱんぱんに

膨れて、息も絶え絶えだったのだ。

 

外に出て大丈夫か確認しないといけない。

そして適うなら、馴れさせないといけない。

 

 

 

入院1ヶ月の間、穿刺したらしばらく休む、

というのが、入院生活のパターンにも

なっていた。

 

だから、穿刺が終わったあとには

外出許可をもらって自宅に帰り、

打ち合わせに出掛けたり、

図面を描いたりしていた。

 

それが仕事に余裕が出てくると、

わざと1時間くらいかけてゆっくりと

家に帰るようになった。

そうして、

陽の当たらないアーケードの下なんかを選んで

萎びた商店街などをゆっくり歩く。

 

 

 

 

ところが、今日腹水を取ってみると、

いままでの1/5ほどしか出ていない。

打ち止めだろうか?

 

これで腹水はおしまいだというのなら、

それは、おおいに結構だが、

それならもう少し腹がへこんでほしい。

 

「臨月」ではなくなったが、まだ腹だけなら

マタニティーマークに違和感がない。 

 

 

 

 

 

 

そしてそうなると、ふたたび以前も書いた

「門脈-腹腔バイパス術」を行うかどうかの

検討が必要になる。

 

いつまでも、穿刺したら寝るといった怠惰な

入院ライフを満喫していていいわけはない。

 

取り敢えず、16日の診察で方向が決まる。

手術するのかしないのか、自らの決断を含めて

判断しなくてはならない。

 

そのうえで、治療の内容や転院するかどうかを

決めていかなくてはならない。

 

 

 

 

めんどくせえ。

 

 

 

 

しかし、そこを我慢して、経過が良好だったら

きっと旅行にも行けるだろう。

そう信じたい。

 

 

 

だから、どこに行こう。

 

「知らない街を歩いてみたい」なんて

「鶴瓶の家族に乾杯」みたいなことを言っても

おそらくは誰もいない田舎の道端で

呆然としている自分の姿が想像できるだけだ。

 

観光地でもない田舎町で、

ああいう番組が成立するのは、出演者との間で

事前の了解と準備があるからだ。

 

昔みた回では、街道筋の商家に鶴瓶が入ると

店の土間一杯に胡蝶蘭の鉢が並び、

招じ入れられた座敷の畳は、真っ青に

張り替えられて、床の間の前に

盛装のじいさんが端前と正座していた。

こんな「偶然」はない。

 

 

といった具合に、何でも斜に構えてしか

物事を見られない奴は、

結局どこにも行かずに身体が衰えて行くんだ。

 

 

 

 

くすん

 

 

 

 

 

でも、こうしてベッドに寝かされたまま

衰えていくのも、

あんまり自分がかわいそうだ。

 

 

 

どこか行きたい。

 

 

 

 

 

うーん、暗い話を書いてしまった。

 

 

 

 

 

俺達の明日はどっちだ?

 

 

 

 

 

 

 

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2016年8月 5日 (金)

余命1年日記 -2- 穿刺とは?                     (8月第1週 16 08 05)

今日は穿刺の話をします。

検査や投薬を別にすると、

今のところわたしが受けている

唯一の処置らしい処置が、この穿刺である。

おそらくこの日記では、

これからもしょっちゅう出てくると思うんで、

あの辛さをお伝えしておかないと、と・・・

 

 

 

「せんし」と訓む。

 

 

 

 

文字通り、

「刺して・穿つ(うがつ)」んであって 

お腹を針で刺して穴を開けて中身を出す。

自分で書いていても痛そう、と思う

 

実際、滅茶苦茶痛い。

 

 

なんでこんな痛い処置を

受けないといけないのか、

というと以前も書いたように

腹水が出るのである。

 

 

 

これが辛い。ということは以前も書いた。

 

 

肝硬変になると、アルブミンなどの

蛋白質を合成する機能が損なわれる。

 

血液中のアルブミンが少なくなると、

血管の中の血漿と外の体液との間での、

浸透圧の差が小さくなる。

そのため、血管の中の液体が、外に出て行きやすくなり、

亢進した門脈圧によって

門脈から体液がだだ漏れになっていく。

 

 

これが腹水。

 

 

というのがWikipediaさんが

言うところの「腹水ができる仕組」

だと思うんだけど、合ってる?

 

 

 

 

腹水だから腹が膨れる(水腫)ばかりか、

脚や手にむくみ(浮腫)ができる。

こうなると、どうなるかというと、

まず、呼吸ができなくなる。

腹水や膨満した肝臓に圧迫されて、

肺が小さくなってくるらしい。

 

すぐに息があがって、

ほんの200mしか離れていないコンビニまで

行くのがしんどい。

行ってもいいけど帰りがもっと辛い。

 

15分の外出から帰ってきたら、30分、酸素を口に当ててベッドに

ひっくり返っていないといけなくなった。

本来、歩いて15分のJRの駅まで、タクシーを使った。(本当)

 

 

 

 

お腹の底の方が差し込むように痛い。

背中や腰も痛い。

 

耐えきれずに鎮痛剤を貰ったが、

すぐに効かなくなる。痛い。

医者に原因を聞いたら、

「肝臓が膨れたり、腹水が溜まったりして、

腹とか、背中を圧迫してるんでしょう。

腹がへこんだら、直りますよ。」と

 

大変適当で楽観的だ。

 

しかし、これが正解で確かに痩せたら直った。

人間の体って、結構わかりやすくて適当だ。

でも、それまではけっこう痛い。

 

 

 

さらに、腹が膨れたために、体が全く動かなくなった。

仰向けに寝てしまうと、起きられない。

体が屈めないから、へそが見えない。

靴が履けない。靴下なんてとんでもない。

そもそも脚が浮腫んで靴に足が入らない。

パンツが穿けない。ズボンが穿けない。

腕も挙がらないからシャツが着られない。

要するに、ひとりで着替えができない。

 

足元が見えない。ものが拾えない。

急に振り返れない。

後ろに気配がしても、ベルを鳴らされても、

よけられる気がしない。

だから、子供や自転車が怖くて、歩道を歩けない。

ポケモンのあらゆるキャラクターよりも弱いので、

頼むから前を見て歩いてくれ。

 

 

階段が怖い。

特に下りの階段は手摺がないと降りられない。

 

だから、外出ができない。

体力が落ちているので、 長時間の打ち合わせも大変になったが、

こんなふうになっては、

打合せの場所に行くことすら難しい。

 

 

 

 

愚痴ばっかりだが、

体が動かなくなろうと、一人事務所だから

 

仕事の手は止められなかった。

 

 

 

 

 

言い訳になるが、もう少し事態がゆっくりと進んでくれたら

 

応援を頼むなり、丸ごと仕事を投げてしまうなり、

対処のしようがあったのだ。

 

 

 

しかし、同じ会社の後輩ならともかく、

独立した社会人に後輩とはいえ、「俺の仕事を手伝え。」とは、
なかなか言えるもんじゃない。
 

 

 

ヘドを吐くほど大変な仕事なのに、

足許を見られて数百万しか請負金がない。

人なんか雇えるか。という事情もあった。

 

 

どちらかというと、こちらが本音に近い。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうこうして、ぐずぐずしている間に

急速に、そして決定的に病状が悪化した。

 

上体を起こしてパソコンに向かうのも辛い。

これだけ苦しいのに仕事もできない、

QOLって、いったいなんだ?

 

 

 

 

 

 

 

こうなったら、諸悪の根源である

腹水を減らさなくてはならない。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

穏当な方法は、利尿薬を用いる一方

水の摂取を抑制する。

出す水を増やして飲む水を減らす。

腹中にとどまる水の量を減らそう、

というもの。 

 

アルブミンと一緒に利尿薬を用いて

より積極的に水を減らす。

 

この方法だって、

利尿薬の処方量が多すぎて、飲水制限をきつくしすぎた場合、

腎臓が悪くなるという副作用がある。

私も、血液検査の結果が悪くなって中断したことがある・・・

 

 

しかし、一番の問題は効果が出るまでに

時間がかかりすぎる、ということ。

効果が出ない場合さえある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこで採られるのが穿刺という方法。

 

 

 

腹に中空の管を差し込んで液を抜く。

「腹の中に水が溜まってるんなら、直接抜けばいいじゃん。」

ということで、ガキの口げんかみたいである。

最高に頭の悪い方法だなと、思うが、

即効性があることは間違いない。

 

3l抜いたら、3kg体重が減る。

 

しかし穿刺では、たしかに腹水は減るが、

同時にただでさえ減っている

アルブミンをごっそり持っていってしまう。

その対策をしないで水だけ抜いたら、

余計、腹水を悪化させるだけなので、

採取した緑色のヘドロみたいな、

薄汚い腹水を精製して、これを点滴する。

これでアルブミンを補うなど、対策が必要だ。

 

 

 

しかし、欠点はあるにせよ腹水で膨れて

へろへろになっている人には、

一時的とはいえ、腹水が減らせる

というのは福音で、治療としても有効だ。

だから、私も弱りきって病院に来たとき、

真っ先に穿刺をされた。

 

はじめてだったのに・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あと、私のように腹水の原因が肝硬変などの、他の病気の場合、

腹水をある程度なんとかしないと、

本来の疾患に対する治療が手付かずになる。

 

穿刺が行われる、もうひとつの理由である。

 

 

 

 

わたしはこの2週間で、すでに6回、穿刺を行っている。

「いま日本で一番、腹に穴を開けている男」であろう。

日本一が言い過ぎだったら、「東灘区一」でもいい。

そんなことをベッドの上で考える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、先生に穿刺をしてもらった。

 

そう、これを書いている今日がまさに、穿刺の日だったのだ。

 

 

 

それから30分もしないで書かれた、

この文章は世界初、穿刺界に燦然と輝く

「穿刺ライブレポート」の鏑矢である。

 

後続はいないだろうけど。

 

 

 

では、瞠目して御覧いただこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まず、腹を出して仰向けに寝る。

穿刺するのは、わたしの場合は右の脇腹。

穿刺予定の場所をシートやガーゼで確保し、

ポータブルエコーの機械をセットする。

 

先生が俺の体の右側に回り、エコーを見る。

臓器の隙間に針を刺すので

そんなことをするらしい。

ゼリーが冷たい。

 

 

 

さらに先生は、穿刺する場所の回りを、

赤い消毒液がついた脱脂綿でつまんで

穿刺する場所の回りを丁寧にくるくると拭く。

そうして、脱脂綿を変えてもう一度、

あわせて2度、丁寧にくるくると拭く。

 

なぜか決まって必ず2度だ。

そういうルーティンのようなことは

自信がないのかと思うからやめて欲しい。

 

そのお祈りが終わると、先生は、指ほどの長さがある針を取り出す。

中空になっていて、中に金属の針、

その外側にドレナージするための

シリコンのドレーン管がある。

見るとぞっとする。

 

先生はこの針を中腰に構えて、

慎重に位置を決めると、

2・3秒溜めをつくってから、おもむろに

「じゃ、行きますよ。」と言う。

溜めなくていいってば。

そうして、ぶすりと刺す。

 

 

 

 

 

 

 

 

痛え。

 

 

 

 

 

 

 

握っていた両手の親指が食い込むほど痛い。

痛いまま針は2秒ほど進んで止まる。

果てしなく長い2秒だ。

 

 

 

ここで終わりか、と思うと、針の外側のドレーン管を

腹腔までねじ込むために、

針をお腹の中でうりゃうりゃ動かすから、

それだけはもう、お願いですから、勘弁してください。

 

 

 

 

 

痛ってー。

 

 

 

 

 

しかし、これで針先をテープで固定すれば一段落する。

あと、全部終わって抜くときがまだ少し痛いが

クライマックスは刺すときだ。

本当に握った拳に爪の痕が残るくらい痛い。

 

最近は、一回の穿刺で4l抜くので、1時間以上かかる。

ドレーン管を抜く。痛い。

回りをもう一度消毒して、清潔なガーゼで覆って

テープで外気と遮断したら完成。

傷はあえて塞がない。覆うだけ。だから、

最初のうちはずいぶん浸出液が漏れた。

 

穿刺した直後は、実に気分がいい。

腹はへこんでいる。

ヘルニアみたいになっていた出臍がへこんでいる。

胸の肋骨の一番下のやつが触れる。

腹水でパンパンに張っていたのが、柔らかくなっている。

 

 

ベッドから起きて、足許を気にせずに

空を見て散歩したいくらい気分がいい。

そのくらい久しぶりに感じた「軽さ」なのだ。

もちろん、実際にそんなことをしたら

立ちくらみでぶっ倒れるから、やらない。

 

一回穿刺すると、当日と次の日は、

外出ができないので、寝ているばかりだ。

楽しみは、体重と胴廻りの寸法の測定。

ところが、これが計算通りに減ってくれない。

 

水を4l抜いたら、4kgは体重が減っていないといけないのだが、

当日は機嫌よく減ってもすぐもとに戻ったり、

あろうことか増えていたりする。

胴廻りも同じで、ちょっと減ったか、と思うと、すぐに増える。

 

よほど、俺の体は腹水を溜め込みたいらしい。 

 

 

 

そんなこんなで一進一退。

それでも穿刺が終わったあとのリバウンドが

最初と比べて小さくなったようだ。

呼吸の苦しさも大夫楽になってきたじゃないか。

と、小さなことからこつこつと、心を奮い立たせているのさ。

 

 

ふー・・・

 

 

だけど、いま苦しんでやっている穿刺は、

「肝硬変の治療」という大命題から見たら、

まだ、入口にすら立ってないんだぜ?

 

 

 

 

・・・むー・・・

先は長いぜ・・・

 

 

 

 

 

今日で、もう7日目。

「一進一退」どころか迷走する治療の行くえ。

 

今日も穿刺。 

したがって、今日も安静。

 

オリンピック飽きた。

お酒飲みたい。

あーあっと。

 

 

 

 

 

ちっとも緊迫しない次の展開を刮目して待て。

「約束の1年目」まで、あと358日! 

 

 

 

 

 

長え!

 

 


 

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