« 余命1年日記 -15- 生存確認3       (9月第4週 2016 09 22) | トップページ | 余命1年日記-17-完成しないメニュ-      (9月第5週 2016 09 25) »

2016年9月23日 (金)

余命1年日記  -16-  どうなって死ぬのか?(9月第4週 09 19)

死期を言われて考えたことのうちのひとつが

「私はどうなって死ぬのだろう」ということ。

この場合の「どうなって」は「どういうふうになって」ということ。

これには、二つの意味がある。

 

 

ひとつは「死因」。

 

そしてもうひとつは、

「死を迎えるに当たっての精神状態」

 

 

 

別に達観するつもりはないが、

死ぬにしても「死に方」というものが

あるだろう。

 

苦しくないのがいいな。

見苦しくないのも大事だ。

 

 

 

まずは死因から。

肝硬変って、一般的にはどういうふうになって死ぬんだ?

そして、私個人はどうなって死ぬんだろう。

 

病気は肝硬変だが、病院から出たときに

車にはねられて死んじゃうかもしれない。

病気とは関係ない死因もありうるわけだ。

自動車には気を付けよう。

 

真面目な話、病気に由来する死因を

考えるとしたら静脈瘤破裂、ということが、まずひとつ考えられる。

典型的な肝硬変の合併症のひとつで、

血流の悪くなった門脈のかわりに、

食道や胃の粘膜の細い血管なんかを短絡路

(シャント)にして通ろうとしやがるから、

あちこちに静脈瘤ができて破裂する。

 

実は、今年の6月に一度、打ち合わせ中に破裂して、

2週間入院した。

あれで仕事にケチがついたな。

 

 

で、

 

 

これも大規模にやれば、十分死の理由になる。

おそろしい。

 

 

 

 

さらに、肝性脳症なんていうのもあって、これも恐ろしい。

肝臓というのは機能のひとつに、血液を濾過するということがある。

ところが肝臓が衰えると、血中にタンパク質、

アンモニアなどがそのまま流れるようになる。

これが高い濃度で脳に達すると、意識傷害を起こす。

 

意識障害はⅠ度からⅤ度まで分けられる。

Ⅰ度は、「和子さん、朝飯はまだかのう」なんて言って

「なにいってるの?もう夜よ」と

時間も昼夜もわからない状態になる。

 

手が震えたり「家に帰る」と言い出して、

「じいちゃんのお布団はここでしょう?」と

場所の把握もできなくなるとⅡ度。

 

さらに怒りっぽくなって、かと思うと怯えてしまい、

すぐ寝てしまって、感情と行動に抑制が効かなくなると、Ⅲ度。

 

Ⅳ度Ⅴ度になるともはやターミナルステージ。

Ⅳ度が「ほとんど昏睡」で、

Ⅴ度が「完全昏睡」。「生ける屍」である。

もうこんな風になったらお願いだから殺してやってください。

 

昏睡状態になると、早くて数日で死に至る。

ここで粘ってもしょうがないだろうけど。

 

 

まだほかに、肝硬変の合併症としては、

肝臓の機能が衰えて顕れてくる、腹水、腎不全などもある。

これらの症状と脳症など肝臓に由来する病気の全部を総合して

肝不全という。

 

めんどくせえ。

 

 

 

 

また、肝臓が衰えると感染症に罹り易くなる。

風邪かな?と思ったら結核だったりして

こんなことでも、弱っているからすぐ死んでしまう。

 

かといって、弱ったまま何年も放っておくと、肝ガンになってしまう。

 

 

ガン、静脈瘤破裂、肝不全は

肝硬変の三大死因になるんだそうだ。

 

 

はー、めんどくせー。

病気の名前を覚えるだけで

病気になりそうだ。

 

 

 

 

 

別に、格好いい病気なんか存在しはしない。

その上、痛かったり辛かったりするのは嫌だ。

昔、静脈瘤が破裂したとき、痛くはなかった。

破裂したとき、一瞬気を失ったが、すぐに立ち上がった。

「タクシーを呼んでくれたら自力で帰れる」といったのだが、

呼ばれたのは救急車だったので、そのまま入院させられた。

医者が、後で破裂箇所を整復する様子のDVDを見せてくれたが、

破孔から鮮血がピューピュー吹き出ているのを見た時は、

さすがにひいた。

 

 

肝不全の症状である腹水には、今現在も苦しんでいる。

最近呆けているから、もう脳症にかかっているのかもしれない。 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、それならば

どんな精神状態で死を迎えたらいいのか?

 

「どうなって死ぬのか?」を

別の側面から見たものだ。つまり、

おれは「どういうふうな精神状態になって」死にたいんだ?

 

 

これに関しては多少具体的なイメージがある。

「正気を保って死を迎えること」

「最期まで眼が覚めていること」である。

 

具体的な状況を3つ想像してみよう。

 

 

 

 

1.考えられる最悪の状況のひとつとして、

絶えず襲ってくる痛みや苦しみに苛まされながら死を迎える、

というケースがある。

意識を失って死を迎えることだけは、死んでも勘弁してほしいが、

辛さに耐えかねて、途切れなく細い声で

泣き続けていることもあるかも知れない。

そんな風に痛いと「もう気を失った方がいい」と、

言い出してしまうかもしれない。

 

いやだな・・・

 

といったところで、どうせ死ぬんだったら、

その抗議は通らないんだろうか?

 

 

意識がつながっていたとしても、その状況は辛い。

 

 

 

 

 

2.楽観的に考えると、

十分に計算された「死の予定日」に、総絹の羽二重にくるまって、

家族、友人、仕事のスタッフに囲まれて最期の日を迎える。

「この日のために」数日前から用意したメッセージを披露して、

みんなに見守られて、女性たちの嗚咽にみおくられて逝く。

可能性だけなら、そんなこともあり得る。

 

勿論、この状況そのものは冗談で、

伊丹十三の映画「大病人」のラストシーンである。

伊丹十三らしい楷謔をこめた「死のシーン」

こんな「死のかたち」は自分を貶めるだけだ。

 

 

 

 

 

 

3.もうひとつは、「なにも考えずに死ぬ」

と、いうものだ。 

 

特に感動がなく、情熱がない。

可能性としては、これが一番ありうる。

 

死に至って特に感動がない。

身の回りの事についてさえ感情の動きがない。

 

 

 

春に亡くなった母が最期のころ、そんな風になっていた。

最期の入院のために家で車を待っていると、

母の足元だけが濡れている。

驚いて見てみると、腎臓がほとんど機能しなくなって、

溢れ出た腹水が体外にまで染み出て、

椅子に座っていた母の足元に水溜まりを作っていたのだ。

 

ところが彼女は、

そんなことを気にはしていなかった!

 

体もしんどかっただろうが、それよりも、

数月前まで無類の綺麗好きだった事を思うと、

あまりの落差に愕然とした。

 

それでも母は入院してからでも会話ができた。

脳症の傾向もあったのかもしれないし、

話に張りがないなとは思ったが、

とにかく会話はできた。

 

死が近づくに当たって外に無関心になる。

こういったふうに心に「冷たい幕」を無意識に作るというのは、

母に限らず私にも、あると思う。

まだ、死の事なんか考えていなくても、

もちろん皆さんにも傾向としてあるはずだ。 

 

しかし、意識を失わずにいたとしても、

受けとる側が心を閉ざしていたら

どうしようもない。

 

 

 

 

 

しかし、こればっかりは本人の問題だな。

 

心の持ち様、というか。

 

 

死を臨んでハイテンションで

騒ぎ回るヤツがいたら馬鹿だ。

 

しかしせめて

きれいな夜明けに、冷たい朝を深呼吸して

美味しいご飯に、にこにこするくらいの

心の奥行きは持っておきたいものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

入院2週間。

余命1年、残りは308日。

 

お昼ごはんは食べたかのう。

 

 

 

 

 

>にほんブログ村 その他日記ブログへ   

(クリックしてくださいな)  


|

« 余命1年日記 -15- 生存確認3       (9月第4週 2016 09 22) | トップページ | 余命1年日記-17-完成しないメニュ-      (9月第5週 2016 09 25) »

余命1年日記」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/453502/67410483

この記事へのトラックバック一覧です: 余命1年日記  -16-  どうなって死ぬのか?(9月第4週 09 19):

« 余命1年日記 -15- 生存確認3       (9月第4週 2016 09 22) | トップページ | 余命1年日記-17-完成しないメニュ-      (9月第5週 2016 09 25) »