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2016年9月の投稿

2016年9月29日 (木)

余命1年日記 -19- 第二の見解、TIPS          (9月第5週 2016 09 29)

セカンドオピニオンに行ってきた。

 

 

 

 

僕らがガキの頃、

町には「怖い先生」という名の医者が

たくさんいた。

 

患者を怒鳴る。

 

「今日は?」

「最近この子の具合が悪いんです」

「最近っていうことは、

昨日か?5日前か?いつからだっ!」

ってな具合で、患者である子供も

若いお母さんも、びくびくしながら

医者に通ったもんである。

 

 

 

だから昔は「別の医者の意見も聞きたい」

なんて事を患者が言い出そうものなら、

たちまちへそを曲げる医者がたくさんいた。

 

今でこそ、セカンドオピニオンの診察に必要な

診察記録を、塩を撒きながら投げ捨てるように

渡してくる医者はいないだろうが

まだ「セカンドオピニオン」という単語だけで

年配の医師の中には明らかに

「この先生怒ってるな」という人がいる。

 

しかし一般的には、

医者の意識も変わってきたのだろう。

もちろん、F先生は気持ちよく私を

セカンドオピニオンに送り出してくれた。

 

患者の意識は医者以上に変わったと思う。

「そういう機会があるなら、受けとくか」と

「ついで」みたいな顔をして受ける。

 

実際には、結構なお値段がするので、

自分のことだけだと躊躇するが

子供や嫁、親のため、ということになると、

頑張って用意してしまうので、

結構ハートも財布も熱く燃える金額になる。

 

 

 

治療している疾患や治療の理解に際しての

主治医とは違う立場の医者の意見が

「セカンドオピニオン」ということで

いいのかな?

 

これを求めに、別の病院にいってきた。

8月26日のことなので、だいぶ

空いてしまったが、自分のなかでも

咀嚼できていない部分があるので、

頭を整理しながら書かせてもらいます。

 

 

 

 

まず、以前(余命日記13-どう死ぬのか-)にも

書いたが私が現在おかれている状況は、

 

1.肝硬変であること。

 難治性腹水でもあること。

2.肝移植ができない以上、肝硬変の根治治療は

 できないこと。

3.そのため、いま出来る治療の眼目となって

 いるのが腹水を溜めない、ということ。

 これによって痛みやだるさを除去して

 QOLをマシにしていく。

4.具体的には利尿剤や食事療法と穿刺など、

 腹水を溜めない、あるいは減らしていく

 方法を現在、組み合わせながら行っている。

5.また、別の発想の処置としてTIPSがある。

 

TIPS については、

6.TIPS とは、門脈から肝臓の外の静脈まで

 肝臓を経由しないルートを建設すること。

 これによって門脈から漏れ出てくる腹水を

 抑制する効果を期待。

7.TIPS によって門脈の血液が鎖骨下の静脈に

 流れるようになれば、むりやり食道の細い

 静脈などをこじ開けるような血流が減って

 静脈瘤破裂の危険が減る効果も期待。

 

 といった状況。

 

 

 

 

セカンドオピニオンを求めるにしても、

まずはこのTIPS について、聞くことに

なるだろう。

なにしろ、何をするのか、効果は?危険は?

なにもわからないのだ。

 

 

 

 

 

そこでTIPSとは、いったいなにかについて、

8月16日、県立兵庫医大のH先生という人に

話を聞いてきた。

なお、TIPS 手術は非常に特殊なため、

実施できる病院は各県各1箇所。

兵庫県では県立兵庫医大付属病院だけである。

たから、以下TIPS に関する記述は、この時

初めて聞いたもの。

「セカンド」オピニオンでもなんでもない。

すべて「ファースト」である。

ちゃんとしたセカンドオピニオンは、ここでの

話のあと、別の病院で聞いた。

 

まず、TIPS 手術の具体的な内容。

 

・術前日入院。

 トラブルがなければ入院期間は1週間。

・通常、開腹手術は考えない。

・全身麻酔か、それに近い状態になる。

・費用は500,000~700,000円。自由診療。

 

・手順。

 1)股間より、大腿静脈にカテーテルを挿入。

 2)肝静脈を造影撮影。以下TIPS 手術。

 3)頸静脈に穿刺。肝内まで達して、肝静脈

  から、門脈までルートを確保する。

 4)ルートを拡張し、金属の筒(ステント)を

  挿入する。

 5)門脈から静脈へのルートが完成し、

  肝臓をバイパスしていることを確認。

 6)門脈圧がさがったことを確認する。 

 

 

なんて痛そうな手術だろう。

 

 

この術式についての評価は、

以下のようなことになっているそうだ。

 

 

期待される効果は、

何よりも腹水の減少とQOLの回復、向上。

穿刺生活を卒業できるかも知れない。

 

しかし全員に有効な訳ではない。

施術を受けた人のうち有効な比率は50%。

もっとも、サンプル数が少なすぎるために

50%という数字にはあまり意味はなくて、

50%から90%までたくさん異説がある。

 

異説おおすぎ。

そもそも、こんな痛そうな手術なのに 

「有効率50%」ってのも低すぎるだろう。

 

 

 

 

対して、懸念される副作用としては、

静脈血が増えて、心臓の負担が増える、

ということがある。

「静脈の血流が増える」ということに

す関しては、TIPS を受ければ全員がそうなる。

そして、ここから先は人によるが

血流が増えると浮腫んで、からだが更に膨れて

息苦しくなる。

肺水腫の危険も増える。これも息苦しい。

痛い目に遭うのに散々な未来予想ばかりだ。 

 

ところがこれよりも危険な問題があって、

TIPS を受けると呆ける、と言われた。

病名としては「肝性脳症」というそうだ。

症状についてH先生は、

しきりに「見当識障害」といっていたが、

時間や空間の認識ができなくなる、

ということなので、老人が呆けて

「裕美子さん、晩ごはんはまだかのう」

「おじいちゃん、もう朝よ」

なんて言うのと同じことらしい。

 

「呆け」に至るメカニズムはどういうことか、

というと、門脈は消化管から集まってきた

栄養分をたっぷりと含んだ血液を運んでくる。

栄養分だけでなく、薬を服めばその成分、

酒を飲めばアルコールが含まれている。

TIPS をやって、肝臓をバイパスするルートを

建設すればこうした血液が、肝臓において

濾過、解毒、余分な養分の分離 蓄積といった

ことをされることなく、

静脈に流れ込んで、全身に循環する。

栄養分たっぷりの血液は、

すぐにアンモニアまみれになってしまう。

 

で、血中アンモニア濃度の高い、

ションベン臭い血液が脳髄を浸していると

ボケてしまうんだと。

 

こまったね。

妙に納得させられるから怖い。

 

 

更に、恐ろしいことにこの「脳症」の

出現確率はTIPS を受けた人の30%から40%

にもなるのだという。

失敗の確率3、40%というのは、一体なんだ?

3%、4%でも躊躇する数字なのに・・・

 

いやいや、少々呆けてもTIPS によって、

バイパスが完成して、腹水の生成が

少なくなれば手術としては成功だ、

などと強弁する医者がいるかもしれない。

しかし、

腹水が減っても呆けてしまうんだとしたら、

そんなものが、成功なんかであるものか。

 

 

 

そうは言っても、これでは確かに、

TIPS をやるかどうかの 判断に迷う。

 

 

 

 

さて、そういったことまでを頭に入れて、

明けて8月26日、私はセカンドオピニオンを

受けるべく大倉山の神戸大付属病院に行った。

耳の遠い父も一緒である。

 

神戸大のセカンドオピニオンの場合

完全予約制で料金は、30分毎に16,200円。

 

高え。

 

「セカンドオピニオン外来」と、診療案内に

書いてあるから来たが、「外科」とか「内科」

のように「セカンドオピニオン科」といった

「診療科」があるわけではない。

従って私のような新患が、外来の申し込みを

すると、対応可能な放射線科医や内科医を、

その都度、見繕って宛がってくれるらしい。

 

従って「セカンドオピニオンの達人」の

ようなひとは存在しない。

「説明が上手な人」というだけなら、

たくさんいそうだが「セカンドオピニオン」を

同じ病院で、何度も受ける患者は

いないからである。

 

「近所のAさんに聞いたんだけど、

ここの○○先生ってのがいいんだって。

だから、うちのエンジェルちゃんの

セカンドなんとかってのは、○○先生に

お願いしたいのよっ。」と、

患者が医者を逆指名することもできない。

セカンドオピニオンにおける医者と患者は、

知識のみが介在する非常に淡白な関係にある。

 

 

実は私も、ここを勘違いしていた。

ちょっと当日を振り返りながら考えて見よう。

 

 

 

予約時間の30分ほど前について、指示された

場所に座る。呼ばれたのは予約時刻を1時間

ほど過ぎた頃だった。

 

事前に「この病院は待たされる」と

聞いていたから、その事には驚かなかったが

待ち合いコーナーが

がらがらなのが気になった。

「予約の患者しかいないのに、

これだけ待たされる。」つまり

 

「みんな30分を越えて相談している」

私のところで1時間遅れだから、わたしの前か

前の前の人が、1時間、あるいは1時間半

話していたことになる。

1時間半ならそれだけて50,000円だ。

 

 

ひえー。

 

 

案内されて診察室の椅子に座ると30代くらい

にしか見えない、若い先生が前に座った。

 

Mと名乗ったその先生は、F先生からの

診察や検査の結果に目を通したことを告げ

それから、恐ろしく汚い字でメモを書きながら

いろいろと説明してくれた。

腹水のこと、食事や利尿剤、穿刺などその

対処法。TIPS やデンバーシャントなど、

別の処置法。さらに肝移植について、その

可能性は非常に低いこと。

そして静脈瘤破裂や感染症、腎機能低下など、

この腹水に付随する様々な疾病について

説明してくれた。

 

一度は聞いたことがある話ばかりだったが

まとめて聞かせてくれたのは、有り難かった。

「若年の近親者が臓器提供者にならない限り

移植は不可で根治治療も不可能です」って

そんな人いないから、できないのは

百も承知なんだけど、あらためて

声に出して欲しくない日本語で

大きく言われてしまうと堪えるね。

 

「TIPS はやった方がいいんでしょうか?」と

声を掛けたのは、うちの親父。

M先生は、

「いままで通り投薬と食事療法を行いながら

様子を見て穿刺する、ということを続けても

いいし、TIPS をしてもいいと思います。

治療法がふたつあったら、それぞれのリスクと

ベネフィットをどう評価するかは患者さんが

決めること。体力的な適応の問題もあるし、

決断の時期が大事ですよ」と。

 

びっくりするくらい、まともな意見である。

そして私がとるべき行動について

びっくりするくらい、なにも言っていない。

記憶を整理しながら書いているので、

この通りの台詞ではなかったと思うが

「患者である私の行動に影響してはいけない。

ここで自分の意見を言うのは控えたい」と

いうことは、繰り返し言っていた。

 

「あなたがいま受けている治療は間違いだ。

私が薦めるサガリスクというキノコを

毎日煎じて飲みなさい。」という詐欺師が

世の中にごろごろしているご時世なのだから

立場を利用して、

自説をひとに薦めてはいけない。

 

先生が言っていることは、

いやになるくらいに正論なのだが、

ここでうちの父親が声をあげた。

「先生のお子さんが同じ病気になったら

どちらをすすめますか?」と

嫌なじいさんだなあ。

 

この馬鹿、何を聞くんだ?と驚いていると、

さすがに先生は苦笑いしながら、

「ご覧のように僕は保守的ですから、

TIPSのように危険の高い方法は

避けると思います」と正直に答えてくれた。

 

親父は不本意だったらしいがそのまま黙った。

 

 

 

その日は、それで帰った。

静脈瘤破裂、肺水腫、腎不全など合併症の話を

もう少し聞けばよかった、と後になって

思ったが、30分などとうに過ぎていたし、

何より毒気を抜かれた。

 

大倉山から下山手通を通って三宮に下りる

辺りは10年くらい前のろくでもない思い出が

粗大ごみのようにあちこちに転がっているので

苦々しくタクシーの窓から眺めて帰った。

 

結局その日のセカンドオピニオンへの対応は

こうなった。

あらためて、F先生に報告して相談した上で、

これまで通り通院しながら投薬と穿刺を

行う。食事は減塩食を手配する。

そうして気が向いたら、

体力があるうちにTIPSを再度考えよう、と

いままで、百万の言葉を尽くしたあげくに

なんて生ぬるい結論なんだ、という

ことになっていまに至っている。

 

「呆ける危険40%」という、TIPS に、

私もやっぱり踏み切れなかったからでもある。

 

ところが、前回の退院からすぐに再入院して

しまって、病気に関しての条件が変わった。

再退院が迫ってきて、これを期に親父がまた

セカンドオピニオンを

考えてくれているらしい。今度はサードか。

 

気持ちはありがたいが

お金がもったいないから、

断ろうかと思っているが、あのじいさんが

自説を簡単に引っ込める筈はないので

頭が痛い。

 

こんなことでも、セカンドオピニオン

というのはめんどくさい。

 

 

 

あーあ、どーしよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

残り302日。

どーするっ。

 

 

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2016年9月28日 (水)

余命1年日記-18-退院したくない          (9月第5週 09 27)

F先生が、私の退院にむけて、

動き始めている。 

まあ、穿刺して水を出しても、

それほど勢いよく出てくることがなくなり、

水を出したあと、以前ならすぐにリバウンドが

あって、体重が戻ってしまっていたが

そういう「揺り返し」が減った。

 

これなら、退院して外来の診察で十分だろう

と、F先生が考えるのも当然。

私でさえそう思う。

だけどなんか、億劫なんだよな。

 

前回の退院の失敗が響いている。

一応、退院生活に耐えるだろう、と言うことで

退院して、海に行ったりしていたのに

3週間で戻ってきちゃった。

金も馬鹿にならないし、体もしんどい。

何より、みっともない。

 

もうひとつ、

退院したら、先送りしていたTIPS について、

高い副作用の危険を、踏まえた上で、

実際にやるのかやらないのか、

そろそろ決定しなくてはならない、

ということがある。

この日記でも、

先月行ったセカンドオピニオン について、

自分の頭を整理するためにも、とっとと

書かなくては、と思っているのだが

完成しない。

なんだか、だらだらと修論を書いていた頃を

情けなく思い出す。

 

勿論退院しなくても、退院の不安もTIPS の

決断も何一つ解決しないんだけどさ。

 

 

そんなわけで来週退院します。

昨日の話では、「今週中にも」と言っていたの

だが、先生の方の都合があって、

来週になった。

ちなみに、私の都合はなにもない。

まったくない。ちっとも全然金輪際、ない。

 

だったら、いつまでも寝てないで、

ちょっとは、いろいろ考えろよ。

 

 

 

 

 

はあ、

 

 

 

 

 

さあ、 

なんかやるか・・・

 

あと304日。

  

 

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2016年9月26日 (月)

余命1年日記-17-完成しないメニュ-      (9月第5週 2016 09 25)

夕べ、窓を叩く雨音が気になったが、

今見たら、中天に月が出ている。

なんか、久しぶりだな。

 

先週は、お陰さまで体調が安定してきた。

調子の悪いときには、

穿刺して水を抜いて体重が減ったのに、

数日で元に戻る。

そればかりか2日目には増えたりしていた。

しかし最近そういったことがなくなってきた。

腹水が制御できれば退院、というのが

大方針なので、

そろそろ「再退院」を視野にいれなければ

いけないのだが、しかしなんかなあ。

 

期待感がない。

こころが浮き立たない。

 

何をわがままなことを、とは

我ながらに、そう思う。

 

しかし、なあ。

 

 

 

 

 

最近、料理する夢を見るんですよ。

私もかつて料理した。

評判だって悪くなかった。と思う。

ところがいま、ちっとも料理をしなくなった。

事情はご想像の通りで、

嫁が出ていってずいぶんになるから、

調味料の類いは全滅したのでなにもない。

 

しかし鍋釜はあるので、やる気次第で

再開はできる。

やるのか?

 

ステーキが食べたい。

少しだけでいいから、とても高い肉を

奮発して、丁寧に焼いて、でもレアに焼いて、

シンプルなグレービーソースで食べたい。

 

あ、でもこの間見たテレビで、

このソースにワインと少しのウスターソースを

入れて、うんと煮詰める。

別に、ピーナッツを砕いてペーストになるまで

挽いたものを、生クリームで伸ばす。

これを塩コショウで味を調えて、

肉のソースに合わせる。

今度はそんなに高くないステーキに掛けて、

ローストしたアーモンドスライスをのせて

完成、ボナペティというのをやっていた。

 

豆豆してうまそうだな、と思った。

 

そうか。

豆だけで献立が作れないか?

 

じつは、今食べている病院食における

豆の含有率が異様に高い。菜っぱと豆もやしの

おひたしとか、ミックスナッツやコーンを

マヨネーズで和えたサラダとか。

タンパク質増量のために、豆腐が二丁

ついていたりする。

なかなかメインティッシュで主役は張れないが

野暮ったいけれども、有能で使いやすい

バイプレイヤーというイメージである。

 

コーヒーだって、あんこだって豆だから、

デザートも豆でできる。

色だって色々ある。大豆の薄黄色、花豆の白、

金時豆の赤、緑豆や枝豆の緑、黒豆の黒、

コーンの黄色。

ペーストも豆腐も、きな粉もスープだって、

色とりどりだ。

 

アーモンドスライスも豆ベーストも豆だ、

豆ペーストも焼いたらパンにならないか?

パンは無理でも丸く伸ばして焼いたら

クッキーにはなる。トウモロコシの

粉だけにでやったらトルティーヤだろう。

豆ご飯なんてのもうまい。主食は大丈夫。

 

「豆絞り」ならぬ「豆縛り」で、

コースメニューが作れないか?

「豆 ○○ レシピ」で検索すると

下痢を起こしそうな勢いでレシピが

出てくるので、すでにやっている人かが

たくさんいるような気がするが、

競争している訳じゃないので。

 

スープ、サラダ、前菜、メイン、デザートを

食べるつもりで、並べながら考えてみる。

締めのコーヒーやバーボンも考える。

 

 

暇はつぶれるよな。

人生のどぶに投げ込む、

時間の捨て方 としては、最高に最低だ。

 

 

でも、退院しても料理なんか、

絶対にやらない。

 

うん。やるもんか。

そういうもんだよな・・・

 

 

 

 

 

もう、月曜日。

なにをして遊ぼうか・・・

あと306日。

  

 

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2016年9月23日 (金)

余命1年日記  -16-  どうなって死ぬのか?(9月第4週 09 19)

死期を言われて考えたことのうちのひとつが

「私はどうなって死ぬのだろう」ということ。

この場合の「どうなって」は「どういうふうになって」ということ。

これには、二つの意味がある。

 

 

ひとつは「死因」。

 

そしてもうひとつは、

「死を迎えるに当たっての精神状態」

 

 

 

別に達観するつもりはないが、

死ぬにしても「死に方」というものが

あるだろう。

 

苦しくないのがいいな。

見苦しくないのも大事だ。

 

 

 

まずは死因から。

肝硬変って、一般的にはどういうふうになって死ぬんだ?

そして、私個人はどうなって死ぬんだろう。

 

病気は肝硬変だが、病院から出たときに

車にはねられて死んじゃうかもしれない。

病気とは関係ない死因もありうるわけだ。

自動車には気を付けよう。

 

真面目な話、病気に由来する死因を

考えるとしたら静脈瘤破裂、ということが、まずひとつ考えられる。

典型的な肝硬変の合併症のひとつで、

血流の悪くなった門脈のかわりに、

食道や胃の粘膜の細い血管なんかを短絡路

(シャント)にして通ろうとしやがるから、

あちこちに静脈瘤ができて破裂する。

 

実は、今年の6月に一度、打ち合わせ中に破裂して、

2週間入院した。

あれで仕事にケチがついたな。

 

 

で、

 

 

これも大規模にやれば、十分死の理由になる。

おそろしい。

 

 

 

 

さらに、肝性脳症なんていうのもあって、これも恐ろしい。

肝臓というのは機能のひとつに、血液を濾過するということがある。

ところが肝臓が衰えると、血中にタンパク質、

アンモニアなどがそのまま流れるようになる。

これが高い濃度で脳に達すると、意識傷害を起こす。

 

意識障害はⅠ度からⅤ度まで分けられる。

Ⅰ度は、「和子さん、朝飯はまだかのう」なんて言って

「なにいってるの?もう夜よ」と

時間も昼夜もわからない状態になる。

 

手が震えたり「家に帰る」と言い出して、

「じいちゃんのお布団はここでしょう?」と

場所の把握もできなくなるとⅡ度。

 

さらに怒りっぽくなって、かと思うと怯えてしまい、

すぐ寝てしまって、感情と行動に抑制が効かなくなると、Ⅲ度。

 

Ⅳ度Ⅴ度になるともはやターミナルステージ。

Ⅳ度が「ほとんど昏睡」で、

Ⅴ度が「完全昏睡」。「生ける屍」である。

もうこんな風になったらお願いだから殺してやってください。

 

昏睡状態になると、早くて数日で死に至る。

ここで粘ってもしょうがないだろうけど。

 

 

まだほかに、肝硬変の合併症としては、

肝臓の機能が衰えて顕れてくる、腹水、腎不全などもある。

これらの症状と脳症など肝臓に由来する病気の全部を総合して

肝不全という。

 

めんどくせえ。

 

 

 

 

また、肝臓が衰えると感染症に罹り易くなる。

風邪かな?と思ったら結核だったりして

こんなことでも、弱っているからすぐ死んでしまう。

 

かといって、弱ったまま何年も放っておくと、肝ガンになってしまう。

 

 

ガン、静脈瘤破裂、肝不全は

肝硬変の三大死因になるんだそうだ。

 

 

はー、めんどくせー。

病気の名前を覚えるだけで

病気になりそうだ。

 

 

 

 

 

別に、格好いい病気なんか存在しはしない。

その上、痛かったり辛かったりするのは嫌だ。

昔、静脈瘤が破裂したとき、痛くはなかった。

破裂したとき、一瞬気を失ったが、すぐに立ち上がった。

「タクシーを呼んでくれたら自力で帰れる」といったのだが、

呼ばれたのは救急車だったので、そのまま入院させられた。

医者が、後で破裂箇所を整復する様子のDVDを見せてくれたが、

破孔から鮮血がピューピュー吹き出ているのを見た時は、

さすがにひいた。

 

 

肝不全の症状である腹水には、今現在も苦しんでいる。

最近呆けているから、もう脳症にかかっているのかもしれない。 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、それならば

どんな精神状態で死を迎えたらいいのか?

 

「どうなって死ぬのか?」を

別の側面から見たものだ。つまり、

おれは「どういうふうな精神状態になって」死にたいんだ?

 

 

これに関しては多少具体的なイメージがある。

「正気を保って死を迎えること」

「最期まで眼が覚めていること」である。

 

具体的な状況を3つ想像してみよう。

 

 

 

 

1.考えられる最悪の状況のひとつとして、

絶えず襲ってくる痛みや苦しみに苛まされながら死を迎える、

というケースがある。

意識を失って死を迎えることだけは、死んでも勘弁してほしいが、

辛さに耐えかねて、途切れなく細い声で

泣き続けていることもあるかも知れない。

そんな風に痛いと「もう気を失った方がいい」と、

言い出してしまうかもしれない。

 

いやだな・・・

 

といったところで、どうせ死ぬんだったら、

その抗議は通らないんだろうか?

 

 

意識がつながっていたとしても、その状況は辛い。

 

 

 

 

 

2.楽観的に考えると、

十分に計算された「死の予定日」に、総絹の羽二重にくるまって、

家族、友人、仕事のスタッフに囲まれて最期の日を迎える。

「この日のために」数日前から用意したメッセージを披露して、

みんなに見守られて、女性たちの嗚咽にみおくられて逝く。

可能性だけなら、そんなこともあり得る。

 

勿論、この状況そのものは冗談で、

伊丹十三の映画「大病人」のラストシーンである。

伊丹十三らしい楷謔をこめた「死のシーン」

こんな「死のかたち」は自分を貶めるだけだ。

 

 

 

 

 

 

3.もうひとつは、「なにも考えずに死ぬ」

と、いうものだ。 

 

特に感動がなく、情熱がない。

可能性としては、これが一番ありうる。

 

死に至って特に感動がない。

身の回りの事についてさえ感情の動きがない。

 

 

 

春に亡くなった母が最期のころ、そんな風になっていた。

最期の入院のために家で車を待っていると、

母の足元だけが濡れている。

驚いて見てみると、腎臓がほとんど機能しなくなって、

溢れ出た腹水が体外にまで染み出て、

椅子に座っていた母の足元に水溜まりを作っていたのだ。

 

ところが彼女は、

そんなことを気にはしていなかった!

 

体もしんどかっただろうが、それよりも、

数月前まで無類の綺麗好きだった事を思うと、

あまりの落差に愕然とした。

 

それでも母は入院してからでも会話ができた。

脳症の傾向もあったのかもしれないし、

話に張りがないなとは思ったが、

とにかく会話はできた。

 

死が近づくに当たって外に無関心になる。

こういったふうに心に「冷たい幕」を無意識に作るというのは、

母に限らず私にも、あると思う。

まだ、死の事なんか考えていなくても、

もちろん皆さんにも傾向としてあるはずだ。 

 

しかし、意識を失わずにいたとしても、

受けとる側が心を閉ざしていたら

どうしようもない。

 

 

 

 

 

しかし、こればっかりは本人の問題だな。

 

心の持ち様、というか。

 

 

死を臨んでハイテンションで

騒ぎ回るヤツがいたら馬鹿だ。

 

しかしせめて

きれいな夜明けに、冷たい朝を深呼吸して

美味しいご飯に、にこにこするくらいの

心の奥行きは持っておきたいものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

入院2週間。

余命1年、残りは308日。

 

お昼ごはんは食べたかのう。

 

 

 

 

 

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余命1年日記 -15- 生存確認3       (9月第4週 2016 09 22)

お久しぶりです。

なんか色々バタバタしてまして、

間が空いてしまいました。

すいません。 

 

 

ちがうな。

毎日書くのは、自分のためだ。

 

 

すいません。

 

 

 

そうそう、同室の「ひとりごとじいさん」が

別の病棟に移ったので、

ぼくも窓際のベッドに移りました。

 

外が見えてうれしい。

以前いたベッドとも違って、午前中は

太陽の照り返しが入ってきて眩しいけど

以前のように、

外の気配もわからなかったよりは、

ずっといい。

 

昨日、寝ていたら雨の音で眼が覚めた。

 

 

 

 

おはようございます。

いってらっしゃい。

 

 

 

 

残り309日

 

 

 

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2016年9月21日 (水)

余命1年日記 -14- 台風が来た       (9月第4週 2016 09 20)

台風が来た。それも

「非常に強い」なんて言われるクラスだ。

 

ところが本来は今日、高校の時の友人が、

見舞いに来てくれる予定になっていた。

関西に用事があるから、最終日に帰る前に、

神戸まで行って顔を見に行ってやろう、と。

しかし、友人はいま長崎に住んでいるのだ

 

ありがたいことではあるが、

台風なんか来たらどうなる?

ちゃんと帰れるのか?

 

 

 

風が強くなったら、飛行機は飛ばない。

新幹線だってわからない。

結果として台風は、飛行機も新幹線も

止めなかった。

しかし、時間がなくなって、

友人の見舞いもなくなった。

 

これが、昨日の顛末。

 

 

 

くっそー。

まあ、いいか。

いずれ次の機会があるさ。

 

ふむ・・・

 

 

 

 

 

ちなみに今日、穿刺も行った。

4リットル。アルブミン静注。

 

F先生も慣れてきたもので、

きょうはエコー無しで穿刺した。

 

ところが連休のお陰で、今日は既に火曜日。

さらに、22日にはまた秋分の日で休み。

だからまた穿刺をやるとしても今週は後1回。

今回の穿刺が終わったあとの感覚が

悪くなかっただけに、立て続けに

水を抜くことができないのは、残念だ。

 

急いでも逆効果らしいが・・・

 

 

 

 

 

 

でも、今日は疲れた。

 

おやすみなさい。

 

 

 

 

 

残り311日。

ぐーっ。

 

 

 

 

 

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2016年9月17日 (土)

余命1年日記 -11-五月蝿い   (2016 09 17)

私の病室には、入院患者がもう二人いる。

3人部屋なんだから当然だが・・・

私が一度退院したときに入れ替わったらしい。

いずれも80を越えていると思しき

ご老人である。

 

 

この二人が五月蝿いのである。

具体的には、まず

私から見て左側に寝ているじいさんだが、

この人は独り言を言う。

以前もナースコールからのコールバックが

聞こえてくる天井のスピーカーを、

ナースステーションから自分への

専用のマイクだと思い込んで、

一日中語りかけている幸せなじいさんがいた。

今回の人も、虚空に向けて何か話しかける。

 

不機嫌そうに、

なにか文句をいっているように見えるが、

時に甘えたような口調で幼児のように話す。

「○○でちゅねー」という具合だ。

相当に気持ち悪い。

 

何が可笑しいのか、

ひそひそと笑っている時もある。

相当に気持ち悪くて、怖い。

 

何を話しているかは、皆目わからない。

絶望的に滑舌が悪いからだ。

そして、頑張って内容を把握しようとしても、

ろくでもないことだろうというのも確かだし。

 

そして、私から見て右側のじいさんは、

左じじいの独り言が始まると、

「うるさいわっ」と、怒鳴りあげる。

 

前回の入院のときにも、こういう親父がいた。

あんただって結構五月蝿いよ?

 

 

 

 

 

さらに、この二人が許せないのは、

猛烈ないびきをかくのだ。

 

息を吸うときの、

んががかががという喉を震わす巨大な吸引音。

吐くときの、ぶしゅるるるるるという排気音。

 

「呼吸」というものをどす汚い茶色い形の、

立体塑像に象ったものを、耳と喉の回りに

まとわり憑くように捨てていかれる汚らしさ。

しかも夜中に無遠慮に、いつのまにか

枕元にそれを置きに来る不愉快さ。

 

おまけに二人でいびきをかく。

 

さらに、おたがいの「演奏」が

邪魔にならないらしく、

時として一拍置いた隙間にカウンターをあて、

時としてユニゾンで音を重ねてきやがって、

うるさいわっ。

 

しかも、一人が静かになっても、もうひとりの

パフォーマンスは、佳境を迎えていたりする。

 

興が乗ると、このライブは朝まで続くんだ。

昨日は、朝飯が来ても演っていた。

年寄りの朝が早いなんて、誰が言った。

 

 

寝かせてくれよ・・・

 

 

 

昼寝まで、たっぷりするんだぜ?

 

もうやだ。

 

 

 

 

 

まだある。

 

 

 

 

右のじいさんのベッドの脇には、

踏んだ時にわかるように、感圧センサーの

入ったマットが敷いてある。

 

この人勝手にベッドから降りようとするのだ。

実はさっきもこけた。

でかい音がしたから驚いて覗くと、車イスの

前で仰向けになっていた。

たまたま近くにいた別の家族の人が抱えあげ、

私も手伝って車椅子に乗せた。

 

車椅子のブレーキをかけずに座ろうとしたら

車輪が動いてこけるのは当たり前だ。

 

だからナースたちも

この人のことを気にかける。

献身的に面倒を見ることに関しては

嫁にもらいたくなるくらいだが、

ナース達の声が大きいのには

正直、参ってしまう。

 

彼女たちは一生懸命なだけで、声がでかいのは

地声なのだろうが、この間、5分も10分も

何をやっているんだろう、と

カーテンをめくったら、逆にこちらが

にらまれてしまった。

 

目付き悪いからな。

 

くすん。

 

 

 

 

病気なんだから、苦しんで出す呻き声を

責める気はない。

くしゃみだの咳だの、生理現象を責める気は

さらにない。

イビキは、うーん、せめて自覚してほしいが

責める、とは違う気はする。

 

その一方、

せめて独り言などは自制してほしい。

足が利かないのに、無茶をするのも 

やめてほしい。

 

同じ部屋で暮らしている以上、私だって

たくさん迷惑をかけていると思う。

 

互いに選んで同じ部屋で暮らしているわけでは

ないのだから、遠慮と配慮は欠かせない。

 

私が一番苦手なところだが・・・

 

 

しかし、三日間、一週間ではなく、

何ヵ月単位で入院するとなると、

私がやっているのは

入院という「非常」ではなく、

生活という「日常」なのだな、と思う。

 

 

慣れないなー。

馴れたくもないし。

 

 

 

 

 

残り314日。

今夜はうるさくありませんように。

 

 

 

 

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2016年9月16日 (金)

余命1年日記 -10- 今日も穿刺        (9月第3週 2016 09 16)

さて、今日も穿刺。

今日は控えめに3l(3リットル)。

 

今日も、前回同様

ものすごいスピードで終わった。

早いのは、ありがたいと言えばありがたいが、

それよりも、水がでなくなってくれた方が

うれしい。

 

溜まるんだよなー。

腹は、張っている感じは確かに減ったけど

体が重たい。

 

パラピンヒックを見ていると

あの選手、パラリピアンっていうの?

彼等が「障害者」だったら

余命1年で寝ながらテレビでバラリンピックを

見ている俺など一体なんだ?

あーあっ、と

 

前回の入院はオリンピックを見ながら過ごし

今回の入院はパラピンヒックだ。

僕の夏はオリンピックとパラピンヒックで

終わった。あーあ・・・

 

まあ、まだ終わりじゃないな。

 

 

 

 

残り315日。

世間は明日から3連休。

遊ぼうっ。

 

 

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余命1年日記 -9- まだ生きてる!!         (9月第3週 2016 09 15)

きょうはちょっとバタバタしているんで、

生存確認だけ。

 

 

いやー、きょうは雨降りませんでしたね。

昨日の日記で「雨」って言い切ったのに。

うん、

このグルーヴ感に溢れたライブレポート。

 

これ本当に9月15日に書いてます。

きょう

穿刺も、検査も蛋白質の点滴も

なんにもなかった。

体は空いていたが、

昨日穿刺したのに

あんまり効果が感じられなくて

体が重くて、気分が悪くて困った。

そんなわけで、明日も穿刺。

 

明日の天気はたぶん曇り。ちょっと晴れ

ところにより気まぐれに、雨。

 

どれか当たるだろ、っと。

 

 

 

 

残り316日。

悪魔の数字の日に何が起こる?

 

よしっ。

 

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2016年9月14日 (水)

余命1年日記 -8- 今日の穿刺         (9月第1週 2016 09 14)

今日は神戸も大変な雨、だったそうです。

ということを、今看護師さんに聞いた。

だけど病室にいると天気も、気温も

わからないから大雨だ、台風だというのに

まったく共感できない。

 

そんな穿刺日和のきょう、穿刺した。

排水の目処は、4l (4リットル)

いつもは一時間以上かかる。

 

それが、きょうは40分しかかからなかった。

4l(リットル)/ 40(分)= 0.1l (リットル)

これは1dl(デシリットル)で100cc。

 

ふう・・・

つまり、毎分100cc の水が流れ出たわけだ。

すげえ。

毎分100cc が分かりにくかったら、

「18分で1升」である。

 

20分足らずで1升瓶を満たす量の腹水が

ほとばしり出たのだ。

しかも4lだから2升ちょっとが出ていった。

たくさん水が出たことはうれしいが

喜んでいてはいけない。

事実今回の穿刺では、終わったいまとなっても

いままでのようには楽になってはいない。

 

そのうえ急速に出る以上、急速にたまる、と

考えなければならない。

一度に4リットルも抜くという無茶を

やっても、急速に補充しやがるのである。

俺の腹ってば。

 

しかも、これだけのスピードで出たことを

考えれば腹圧の高さは計り知れない。

 

俺の腹には、まだ水がある。

 

どんどん抜いてやる。

ということで、つぎの穿刺はあさって。

 

船腹に巨大な穴が開いた船から

水を掻い出すような無間地獄。

 

まだまだ続くぜっ。

 

 

 

 

 

さあっ、残り317日。

まだ大丈夫。

 

たぶん・・・

 

 

 

 

明日も雨。

たぶん・・・

 

 

 

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2016年9月13日 (火)

余命1年日記 -7- 歯みがき粉  (09 13)

余命宣告から44日目にして今更

「余命1年日記といいなから、

毎日更新しないのは問題があるな」

という、当たり前の事に気がついた。

 

「なに言ってんだ?こいつ」と、

思われるだろう。

私もそう思うけど、

ベッドで寝ているだけの生活で、

毎日書くほどの出来事や変化はない。

つまんないだろうな、と思っていたし

めんどくさいから書かないでいた。

 

ところが今日ざっと見直してみると

穿刺をやった日付けがわからない。

更に大事な入退院の日付などもあやふやだ。

 

これでは死の床で、

「告知後の1年間で何があったのか」が

振り返れないではないか。

「何を考えていたのか」も、

今はまだ思い出せるが、

半年も経ったら無理だろう。

 

誰も見ていないんだから、という

変な自意識なんか持たずに

「自分の備忘録」に徹して

あらためて毎日書いていきます。

 

しんどかったら、それも記憶だから

生存確認だけでも書いておきます。

 

 

 

 

 

 

 

ということで、今日の買い物。

 

歯みがき粉を買いました。

偉く、オーディナリーな所から始めよったな、

と思うだろうが、実はこれは大変なこと

なのである。

 

 

前回入院するときに

「歯磨きセット」を買った。

歯みがき粉と歯ブラシがかわいい透明なケースに入っているもの。

一度、外来で帰るつもりでいたから

身の回りのものを

なにももってきていなかったのだ。

病院には、ひとつだけ小さなコンビニがある。

 

この病院で患者が買い物をしようと思ったら

ここに来るしかない。

この病院の回りには、

薬局以外の店舗が何一つないからだ。

外来の患者さんが来ても構わないはずだが、

病棟のフロアにあるために、

そんな人はいないようだった。

 

他に客としては、

看護師やドクターなどの

病院のスタッフがいたが、

商品の品揃えは、圧倒的に患者向けだった。

店が狭いから点数こそ少ないが、種類は多い。

それが「洗面所向け」

「男性向け」「女性向け」といったぐあいに

要領よくまとめられて小さな棚に並んでいる。

 

だから「歯磨きセット」はすぐに見つかった。

しかし歯みがき粉だけのチューブがない。

セットに入っていた30gの歯みがき粉が

ついに尽きた。

どうしよう。

 

あれこれ考えていても仕方ないので

レジの人に聞くと、

レギュラーの陳列棚とは違うところから、

どでかいチューブを持ってきた。

130g入りだった。

4倍以上・・・

 

昔読んだ漫画で、入院した主人公を

友人が見舞ってくれたという話があった。。

しかし「日用品を持ってきたぞ」という

その中身が

徳用の箱に入ったマッチとつま楊枝と、

そして大きな缶に入った歯みがき粉だった。

何年分だ?という分量だ。

「医者はなにも言わなかったが、

おれは病院を出られないのか・・・」と、

おおいに落ち込む。というような話だった。

 

私の場合、

大きな歯みがき粉を買ってきたのは自分だし、

入院した自分の病気の先行きも

きちんと教えてもらっている。

 

だから、状況はまったく違うのだが、

唯一の患者向けコンビニに

歯みがき粉の替えが置いておらず、

探してもやっと徳用しか出てこない、

というほうに、真底がっかりした。

 

みんな「歯みがきセット」に入っている

ちいさな歯みがき粉のチューブで

足りてしまうような、

短い期間で退院して

社会復帰してしまうつもりなんだな・・・

 

いいな。

おれは今回の入院だけでも、あと半月以上、

そのあとだってまたきっと帰って来るんだ・・・

 

ふう。

 

 

 

 

 

ほら、暗い。

 

 

 

 

 

しかし、こんな気持ちも含めて

「日記」なんだということを肝に銘じて、

これから毎日、書いていきます。

 

あらためてよろしく。

 

 

 

 

 

さあっ、ちょっと暗くなってしまってたけど

残り318&日。

 

遊ぼうっ。


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2016年9月11日 (日)

余命1年日記 -6- 海へ行く       (8月第5週 2016 08 30)

退院して2日後、海に行った。

 

出たらどこに行こうか、と考えた時に

真っ先に出てきたのが海だった。

そして退院の日の朝。

病院の窓から見えた遠くの海が、

とても綺麗だった。

 

 

それならどこだ?と考えて素直に須磨にした。

紀伊半島の潮岬まで行って

太平洋や初日の出を見るなんて思い付けない。

須磨なら神戸市内のうちから一番近い。

電車だけで行ける。

 

 

もちろん一人だ。

 

 

須磨海岸は海を望む長さ2kmの海水浴場。

三宮から快速17分でJR須磨駅に着く。  

改札を出てすぐ右に海が見える。

日本一交通の便がいい海水浴場だ。

 

 

駅の外に出て、凄い陽射しを浴びながら

階段を降りるともう砂浜だ。

舗装の薄い細い道が、遥かに連なっていく。 

南を見ると幅30mほどの広い砂浜が、

真っ白な8月の太陽を浴びている。

真っ青な瀬戸内海が穏やかに広がっている。

 

海に向かって店が並んでいる。

筵の上で胡座をかきながら焼きそばを喰うような、

オールドスタイルな海の家もあるが、

オープンキッチンにバースタイルという、 

小洒落たところもある。

 

2kmの海水浴場を、店を冷やかしながら

歩いてみようかと思っていたのだが、

退院したばかりでやっぱり歩ける自信がない。

あきらめた。

駅から一番近いそういう店のひとつに入った。

 

店に入ろうとすると、

アロハみたいな薄っぺらなシャツを着た

若い兄ちゃんが寄ってきて

「いまフードないっすよ。」と、

あからさまに怪訝そうな顔をする。

平日昼間の時間に、海水浴場に不似合いな

おっさんが来ているせいらしい。

 

 

まあな。

 

 

ジンジャーエールを頼むと、

ちいさなちいさなグラスに

並並と注いでくれる。

口から迎えて飲み干す。

 

 

うまい。

 

 

もう一杯頼んで、

今度はゆっくり飲みながら店内を見ると

カウンターの上に雑然とたくさんの

ウォッカやリキュールの瓶が並んでいる。

上等な店ではないようだが夜も賑わうらしい。

そうして海の方を見る。

穏やかだ。

かつてみた記憶よりも、ずっと綺麗で青い。

 

 

空がきれいだな。

 

 

筆で掃いたような白い雲が

いくつか流れていたけど陽射しが強い。

海も青い。

須磨の海ってこんなに綺麗だったっけ。

 

砂浜はゴミだらけで、

刺青だらけのヤンキーがたむろしていたのに。

今でも頭の悪そうな連中はいるけど、

思っていたよりも少ない。

天気がよくても

平日だとこんなものなんだろうか。

 

 

海に来たのなんて何年ぶりだろう。

気持ちいいなあ。

 

 

 

さらにグラスを重ねて、

ここでもう少し飲みたい気もしたが店を出た。

浜辺に張り出したデッキに出る。

 

 

 

 

 

 

 

波打ち際まで行ってみようか。

 

もちろん泳ぐつもりなどないが

裸足になって足を浸してみよう。

 

そばを見るとちいさな女の子が、

海に興味があって波に触れてみたいらしい。

実際に恐る恐る近ずいてみるけどしかし、

ちいさな波が寄せてくると、

きゃあと言ってかわいく逃げる。

 

なんていう風景は当然にしてなく、

実際に遠くでキャアキャア矯声をあげているのは、

変な風船に抱きついて騒いでいる

バカップルだけである。

 

 

 

 

 

 

浜辺を歩いてみようか。

 

しかし実際に浜辺に並んでいるバカ5人は、

タバコを吸いながらビールを飲んでいる。

更にたった一人で取り憑かれたように

砂浜を猛然と手で掘っている、

やはり若い衆がいた。

しかし、それだけだった。

 

 

なにやってんだろう。

 

 

 

 

なんか、脱力した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうしてデッキの上からもう一度、

青い海と空を眺める。

やっぱり眩しい空を見上あげる。 

 

 

 

 

 

 

 

軽く目眩がした。

 

 

 

 

結局、その日はなにもしなかった。

そのまま電車に乗って帰った。

 

今度はいつ行こう。

 

 

と言いながら実はまだ行っていない。

これには大変な理由があるのだが、

それはいずれ別のお話で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さあっ、

いよいよ残り332日。

悪魔の数字だ。

 

 

 

 

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まだ生きてます。

 

 

 

 

 

大丈夫。

たぶん。

 

 

 

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