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2016年10月12日 (水)

余命1年日記- 22- 赤だし               (10月第3週 2016 10 12)

今日の昼御飯に赤だしが出た。

驚いた。

 

おいしい。 

 

 

 

 

 

 

外科での入院生活が始まった。

 

歩いている時に腸が腹を出てヘルニアになり

それによる腸閉塞の激痛に耐えられず、

金曜の深夜に救急車でK病院に運び込まれた。

救急搬送中に日付が変わったから8日入院。

今日で入院4日目ということになる。

 

 

 

 

 

この3日間、食事はなかった。

 

ヘルニアで閉塞した腸にダメージが残っている恐れがある。

だから、絶食絶飲は当然なんだろう。

 

しかし24時間点滴で、患者は外せない。

トイレに行くときも、寝るときも点滴を掛ける背の高いハンガーを、

がらがらと一緒に連れて行かないといけない。

 

邪魔。

 

特に寝ている時に、血管に繋いでいる

ルートが体の下に潜り込んでいたりすると、

こんがらがって、いらいらする。

 

診察や処置のために、

入れ替わり先生やナースが来てくれるが、

体を起こそうとしても腹筋に力がないから、

手をついて起き上がろうとすると、

手の甲に刺している針が抜けそうになって、

その度に痛い。

 

みんな、一度にまとめて来て欲しい。

 

 

 

 

そして絶食絶飲。

固形物は禁止。

飲み物は、「絶対禁止」の撤回は勝ち取ったが

「500ml以下」という条件付きである。

 

その条件なら何でもいいのか、と

コーラを飲んでいたら「炭酸はちょっと」と言われてしまった。

それならば、とコーヒーを飲んでいたら、

「お茶か水以外駄目だって言ってるでしょう」

と、これも却下。

 

食い物でも水でもなければいいんだな、と

飴をなめていたら、これも駄目だって。

ちぇー。

 

 

 

文字に起こしてみると駄目な一休さんみたい。

こんな患者いやだ。

 

ナースも嫌だろうが、

こんなことまで細大漏らさず看護日誌に書いて

交代の看護師に引き継ぎをしないで欲しい。

 

みんな知ってんだもんな。

はずかしー

 

 

 

 

 

暇なんですね。

 

救急患者ならそれらしく

悶えるなり、痛がるなり苦しんだらいいのに、

脱腸を元通りに孔の中に戻して貰ったら、

もう治ったような顔で、昼間から寝てやがる。

 

かといって30分歩いただけで、ヘルニアを起こしたことを考えると、

うかつに退院も外出もさせられない。

 

連休だから緊急性のない処置はしない。

点滴をしているから投薬もない。

唯一と言っていい、入院生活のアクセントである食事がない。

 

 

 

 

 

暇だ。

そして味覚に飢えている。

 

 

診察でもなにも言われないから

「食事解禁」までには間があると思っていた。

今週中に腹壁の孔を縫う手術はする、とも聞いていたから、

術後も含めて今週中の飲食は無理かな、と。

 

それが、今日の昼にご飯が来た。

そこに赤だしがついていた。

 

 

 

うれしい。

 

 

そう思う反面、残念に思う気持ちも出てくる。

救急処置室で、ヘルニアを腹に戻して以降、

わたしの患者としての扱いが、微妙に

どんどん軽くなっていくように感じる。

入院して時間が経っても痛みが起こらず、

緊急手術の可能性が消えるとさらにそうだ。

 

わたしという存在は 腹の孔を縫うという、

これも緊急性のない手術をするために、

オペ室の順番を待っているだけの面倒なおっさんでしかない。

 

内緒でアメ食うし。

 

 

 

『大事にされる患者』というのは、すなわち『命が危ない患者』

ということで、病状が悪化したほうがいい訳じゃないだろう?

と言われるたらその通りなのだが、患者というのはわがままだ。

 

ここまでの妄想が、病気で弱りきった私の、

杞憂であってくれればいいのだが、

そうではなさそうな理由があって、

それが「赤だし」だ。

 

なんのこっちゃ?

 

 

 

 

 

内科病棟にいたとき、

わたしの病院食は「減塩食」だった。

「6gの塩分制限」って味気ないよ?

だから赤だしなど、望んでも叶わない「禁断のメニュー」だったのに

簡単にそれが出た。

 

と言ったところで特別なものではない。

だって、 袋のやつですよ?

具だってお麩だけだ。

それが、ばあちゃんが一週間手首に巻いていた

輪ゴムのような色をして、茶色い赤だしに沈んでいる。

塗りを装ったプラスチックのお椀に

乾燥した青葱とお麩、顆粒の赤だしの素を入れてお湯を注ぐ。

安心の味、約束された「いつもの味」だ。

 

でもそれが、美味しかったんだ。

味噌って美味しい。

 

 

 

 

 

塩を多く摂ると水分もたくさん欲しくなる。

しかし飲んでしまうと、血中の水分も増える。

しかしこの水は、体内の蛋白質の

バランス改善には基本的には関係がない。

余分な水分の回収に役に立たないばかりか

むしろ、門脈圧を高くする方向に作用して

腹水を悪化させてしまう。

 

この辺のいろんな本やサイトの説明が

いまひとつよくわかっていないなー。

頭ではなくハートで感じることにします。

 

「腹水を減らしたかったら喉が乾くほど塩を摂るな」と。

 

穿刺して腹に穴を開けて、利尿薬も使って

腹水を減らそうとする一方で塩を多く摂って水を飲んでいたら、

腹水が減らないうえに、摂りすぎた水分を処理するために、

腎臓や肝臓に余計に負担がかかる。

 

これでは、一体何をしているのかわからない。

 

 

 

 

「俺ぁ朝飯にはやっぱり塩鮭だね。あら塩に

真っ白に漬かって、紅色の身が塩の吹雪の

彼方に霞んでるような塩っ辛い切り身をな?

身の大きさなんか、元の1/3くらいになって、

そのぶん旨味がぎゅーっと詰まってて、だけど

皮やハラミなんか脂がいっぱいに乗ってる

分厚い切り身をかんかんに熾こした炭の上で

皮がちりちりいって焦げるくらいに焼いてな?

そしたらこう、香ばしい香りがして脂が滴ってきてな?

切り身に箸を入れると、香りと脂がぶわぁっと

ほくほくの湯気と一緒に、こう、ぶわぁっと。

これを熱々に炊き上げた真っ白いご飯の上で

たっぷりほぐして口一杯に頬張るんだ。

あぁ・・・しあわせだ」

なんてことをやってたら死んじゃうのである。

 

 

 

 

 

 

 

塩分制限については、

内科と外科で「どこを見ているのか?」の違いがあるだろう。

 

肝硬変と腹水で腹が痛くて、救急搬送されてきたから、

内科での私は「治らない肝硬変患者」で、腹水患者である。

内科では、その対策に主眼がおかれる。

だから、食事に塩分制限がつく。

 

対して、

腸閉塞が痛くて救急搬送されてきたから

外科での私は、緊急手術の可能性がなくなると

「なりそこないのヘルニア患者」でしかない。

 

だから、塩分制限を忘れられる。

 

興味の対象が違うのだ。

塩分制限ひとつに関しても、内科と外科の

そうしたスタンスの違いを感じる。

 

 

 

 

 

 

 

そういった事とは別に、

内科と外科の風土というか気質の違い、というものもあるだろう。

 

 

「内科では処置をしたあと、「しばらく様子を見ましょう」という台詞を

よく使いますが、外科では使いませんね」と

F先生から聞いたことかある。

 

「ここのベッドの患者さんどこ行ったっけ」と

思ったら退院してたということがたまにある、

と外科の看護師が笑っていたのを見たことがある。

 

 

 

 

 

「医療費の総額抑制」が叫ばれる時代、

「治ったら出てけ」というのは社会的要請だ。

 

薬や、穿刺などの処置の効き目を

じっくり待たなければならない内科より、

切った張ったで勝負が早い外科のほうが、

その要請を実現しやすい。

 

別に外科の先生が薄情だ、というわけではない。

 

 

 

 

 

 

 

外科と内科の患者の年齢の違い、というものもある。

 

「人間五十年」をいくつか過ぎた私が

ぶっちぎりで一番若い、という

「限界集落の青年団」のようになっている

内科病棟に比べると、外科は若い。

ちょっとうるさいくらいだ。

 

いま入っている病室がナースステーションの

目の前にあるせいもあるだろうが。

なんか活気がある。

 

静かな病棟は嫌だが、にぎやかな病院というのも

どうも落ち着かない。

 

 

 

 

 

しかし風土だ気質だと、難しく考えたり

「軽く扱われている」なんて僻んだふうに考えるよりも、

単純に忘れていた。とも考えられる。

 

そう思える節もある。

 

 

 

禁断の赤だしをいただいたあと、

食事の皿を下げに来てくれたナースに、

内科では減塩食だったことを言うと、

夕食から「6gの塩分制限」がついた。

 

やっぱり忘れてたんだ。

くっそー。

 

 

 

 

 

 

 

 

なんてことを考えていたら、

13日には手術ですよ。

これ、11日に公開するつもりだったけど、

いま「なんてことを・・・」以下の文章を

書いているのは、12日の夜10時です。 

 

推敲を重ねたあげく

「入院して初めての昼御飯に赤だしが出て美味しかった」という、

あまりにオーディナリー (日常的でつまんない)

ヒューマンスケール (ちっちゃい) な24文字を

数千文字に水増ししてお届けしております。

 

 

あー、疲れた。

 

 

 

 

 

 

いよいよ明日は手術。

 

残りは292日。

 

 

 

 

 

ついに始まる

ヒューマンスケール(ちいさな)ドラマ。

 

乞う、ご期待。

 

 

 

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