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2017年2月13日 (月)

余命1年日記 -56- 肝臓ください             (2月第3週 2017.2.13)

さて、本題の肝硬変である 。

 

7日に神戸大病院の肝胆膵外科、というところ

に行ってきた。

神戸で臓器移植ができる病院、というと

ここが有名だからだ。

実は去年の11月にもここに来ていたのだが、

以下に述べる理由で

なかなか話が進まないんです。

 

ちょっと頭を整理していこう。

 

 

 

最近は、毎日の生活が、実はそんなに

しんどくないので、意外にこいつしぶとく長く

生き残るんじゃないのか?

とか思っているけど、

治らないことは確からしい。

 

ちっ。

 

肝硬変で、肝臓の8割も9割も固まっちゃった

患者の根治治療の手段は、いまのところ

一つしかなくて、それが肝移植。

 

いずれ遠くない将来、iPS細胞とかで、

肝臓のコピーが作られるようになって、

それを自家移植するということが可能になる

時代が来るんだろうけど、私に関しては

残念ながら、命が尽きる時間に

間に合いそうにない。

STAP細胞わぁ、なかったし。

(iPS細胞による肝臓再生医療の一例) 

(iPS細胞について書いています。

iPS細胞技術の新事業提案)

 

 

 

 

 

そうなると、いま可能なのは他人の肝臓を

手に入れることだけ。

手段は二つあって、一つが生きている人から

もらう『生体肝移植』

もう一つが、脳死した人からもらう、

『脳死肝移植』。

 

 

 

 

 

『生体肝移植』というのは、肝臓の右葉

つまり右半分を移植する。

つまり生きている人の肝臓を引っぺがすわけだ

 

うわぁ。ごめん。

 

この手術の場合、神戸大の基準では、

ドナー(肝臓提供者)は、本人から見て

3親等以内。姻族は嫁だけ。ということに

なっているんだそうです。

(移植学会のガイドラインでは、血族6親等、

姻族3親等以内)

したがって、ものすごい金持ちが

まったく他人の貧乏人のほほを、

札びらでぺちぺち引っぱたいて

『同意』させても、移植はできない。

 

そもそもお金ないけどな。

 

 

 

ただ、まあ ここから先の話は、家族のことに

なっていくんで

いまは控えさせてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『脳死肝移植』というのは、

脳死した人の肝臓を切り取って移植する。

 

脳死というのは、心臓は生きているけれども、

脳の機能は失われた、ということ。

しかし、そうであれば血流は生き残っている

わけだから、酸素の供給はあってフレッシュな

臓器が生き残っている。

 

こういう話は言葉を選ばないといけないな。

 

以前は、ドナーカードなどで

本人の意思が明らかでないと移植が

できなかったが、法律が改正されて

家族の同意だけでもできるようになった。

これによって、肝臓の『提供数』は増えたが、

それでも2015年の実績で50例、移植希望患者

の2%しかない。

 

移植希望者は『臓器移植ネットワーク』という

ところに登録して順番を待つ。

しかし、移植される順番は先着順ではなく、

MELDスコア という、それが高ければ死ぬ、

という『病気が悪い順』に配分されることに

なっている。

 

したがって、ものすごい金持ちが

まったく他人で貧乏な脳死患者の家族のほほを

札びらでぺちぺち引っぱたいて『同意』

させても、移植はできない。

 

だから、お金ないけどな。 

 

 

そこで神戸大で、採血スピッツ10本くらい

血を取られていろいろな指標をチェックして

このMELDスコアを出してもらったが

さほど高い数値ではなかった。

以前も書いた、肝性脳症なんかになって

昏睡していたりしたら

一発で満点らしいが。

そういう意味で、このスコアが高くない、

ということは、いまの病状が深刻ではない、

ということになるのだが、

『この点数だったら、登録しても肝臓が回って

くる可能性は限りなく0に近いですね。』

と言われると、結構堪える。

 

 

 

 

『脳死』じゃないといけないのか?

心臓死でも『死にたて』だったら

即座にスパンと切り取った肝臓は

そのまま使えるんじゃないのか?

血流が途絶えると即座に駄目なのか?、と、

いうことを、神戸大の面接の後、

別の日にK病院でF先生に訊いたんですよ。

 

あんまり、こういうことを診察室で医者に訊く

患者もいないわな。

 

F先生は『直後なら使えると思いますが、

たぶん法的な問題が…』

ふむ…

医者が死亡を確認して

役所から『火埋葬許可証』をもらった時点で

生きている人間の身体は、初めて『死体』

になる。

それまで、身体にメスを入れてはいけない。

 

しかし、それならいつから使えるのか、

というのを調べてみたけどよくわからない。

そもそも、『心臓死での肝臓移植』なんていう

実例がないから法律が想定しておらず、

わからないのだ。

 

角膜とかは死体からすぐにバリバリ

引っぺがして、これは68時間以内なら、

移植OKらしいのだが。

 

どっちにしても、睫毛反射がなくなって

心拍、呼吸がなくなって、瞳孔が散大して、

瞳にぴかりと光をあてても反応がなくて

『あ、こいつ死んだな』という段階から

火埋葬許可証をもらって遺体となるためには

時間がかかる。

移植にはとても間に合わないらしい。

 

生レバーは傷みやすいのだ。

 

いいよ。少しくらい時間が経って、傷んだ肝臓

でも頂戴よ。と、思うんだけどな。

少しくらい活きがわるくたって構わないから。

 

でも、いまの仕組みではもらえない。

 

欲しいなあ。

脳死肝の『供給者=移植希望者』の比率が

1:50ということを思うと

登録してもほぼ無意味なんだけどな…

 

 

 

 

 

さらに、『他人の肝臓を手に入れる』という

ミッションで、特に私のような

『アルコール性肝硬変』という疾病の場合、

肝臓の移植希望者になろうとするのには、

神戸大の場合1年半の禁酒期間が必要である。

 

そもそもの話で言うと、

『酒を飲んで肝臓を悪くした奴に他人の肝臓を

移植させていいのか?』という議論がある。

こればかりは、私は沈黙するしかない。

しかし、死にたくない。

 

だから、15年の11月に受診して、

『もうすぐ一年半ですね』ということで、

今月改めて受診したのだ。

これで登録できれば、条件の合う肝臓を

紹介してもらえる。

その窓口がさっき言った『臓器移植

ネットワーク』というところ。

ところが…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところが、この話の過程でうちの親父が

とんでもないことを言い出したおかげで

この話そのものは、ペンディングのような

状態になってしまった。

 

ここで、親父が何をやったか、ということは

この人の強烈なキャラクターの表象であり、

且つ私の性格にも、当然影響を及ぼしている

はずで、それは、今日の話には書けません。

 

しかしそこが私がこの病気に罹った原因でも

あり、ここまで悪化させた理由でもある。

 

もちろん、他人のせいにするつもりはないが。

 

 

 

ここらへんが消化できていないので、

この記事ををあげるのに

一週間かかってしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

残り169 

 

  

STAP細胞わぁ、ありますっ。

 

 

 

 

 

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だからふざけるな、って。

 

 

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