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2017年3月26日 (日)

余命1年日記 -65-壊れる直前の話 1           (3月第5週 2017.3.26)

寝てばかりいて暇なのでなので、

『わたしが壊れるまで』の話を空こすしづつしていきます。

(この話は、以前書いた「末期の水」のシリーズです。)

 

もちろん、こんなこっぱずかしい話、

整理して書ける訳がないので、時系列はめちゃくちゃです。

 

『人生五十年』のうちの、ごく一部しか書けないし、書かないし

そもそも毎週は書けません。

 

とても読みにくいと思いますが、たぶん感情を整理して

書くことはできないと思うので、どうか申し訳ない。

どうしてもきれいな文章にしたい人は、

僕が死んだ後に編集してください。

すみません。

 

 

 

 

 

 

ここから本編。

 

まとまった仕事として、最後に請けた仕事は、

一昨年の8月に弊社事務所に架かってきた一本の電話。

余命宣告を受けた、去年の夏の一年位前に、

弊社事務所兼自宅に電話があった。

 

 

『設計の依頼をしたい。』と。

 

 

最初に母が電話をとった。

しかし、なにぶん年寄りなので、仕事の依頼の電話など、

わからない。

おろおろしながら私に電話の子機をもってきた。

しかし電話で話を聞いても要領を得ない。

どうやら、マンションの設計の依頼らしい。

 

建設予定地を見に来ているから、敷地を見ながら説明をしたい。

来てくれ、と。

名刺交換もしないうちにせっかちなことだが、

仕事を選ぶ余裕などないので、指定された店に向かった。

まだ、腹水は溜まっていかったからスーツを着ていった。

 

しばらく待たされて、それらしい人の肩を叩いて、

名刺を出して挨拶した。

彼は『Kです。』と名乗ったが、名刺はくれなかった。

彼とは1年半の付き合いがあったが、ついに最後まで

名刺をくれなかった。

失礼な男だと思った。

背ばかりひょろ長い兄ちゃんだった。

彼との案内で敷地を見に行く。

 

あきれた。

 

狭いのだ。ワンルームとはいえマンションが建つような敷地じゃない。

間口7m50、奥行き15mくらい。敷地面積100㎡ちょっと。

こんなもん戸建ての敷地だ。

 

あきれながら土地を眺めると、更地になっているから

『ここは以前何があったんですか?』と訊くと

『隣のような住宅です。』と右隣の家を指差す。

隣には、木造二階建ての、お世辞にも上等とは言えない家が

敷地ギリギリにピッチリ建っていた。

『しかもこの家、うちの敷地にはみ出てるんですよ。』というから

境界に建っているブロック塀の足元をみてみると、

なるほど、道路に打たれた境界標よりもこちら側に

塀の厚み分くらい10cmほど、はみでている。

 

『どうするんですか?』と訊くと『下げさせますよ。』『着工までに?』

『当たり前ですよ。』と、えらく勢いがいい。

 

 

結論から言うと、彼はこの約束を守れなかった。

敷地の狭さに加えてこの越境問題が、この計画が

不調に終わった理由のひとつとなる。

 

敷地も狭いが隣地もろくなもんじゃない。

今言ったように、北側は越境しているし、西側も、

一軒おいた隣には十階建てのマンションがある。

南側は開けているが駐車場だから、将来は

どうなるかわからない。

東側だけは川を挟んで道路があって幅20mほど

開けている。

狭いなあ。

 

どうもなんだかうらぶれた気分になって、

憮然と辺りを眺めていると、

『どこか座って話をしましょう。』というので 

近所のファミレスにいく。

なんでこんな小さなマンションを作るのか?ということを訊くと

その答えに驚いた。

 

ほとんど自己資金なしで、銀行からの借り入れで

土地を買い、マンションを建てる。

客を募集し満室になったら、収益物件として、

客ごとマンションを売り飛ばしてしまう。

 

不動産会社でそういうことをする所はありそうだが

個人でそんなことをする人がいるとは思わなかった。

しかし、そうであればうまく仕事を繋いでいければ

私も食いつなげる。

やる気の起きる仕事ではないが、ちょっとやって見ようか、

という気になった。

 

しかし?K氏の嗇囑さを甘く見ていたために、

のちのち散々に苦労することになる。

 

 

1DK、30㎡の住宅ということになると、

1フロア2戸しか取れない。

その他の法的条件をカ考えると、5階建てまで建ちそうだ。

道路の奥から2戸の住宅、道路側に直通階段を

設ける、という100人が考えて100人がそうする、

という基本プランを提示した。

 

5階建てなので『EVはどうします?』と訊く。

当然必要だろうが、つけたら1フロア2戸が取れない。

そこまで説明すると、K氏は2秒考えて、

『じゃあいいですよ。要りません。』

と答えた。

 

こりゃ、相当貧乏臭いものになるな、

と思ったが

その日はそのまま帰った。

 

 

 

 

 

あー、長え。

 

ここで一度切ります。

すぐ続きを書きます。

 

あんまり事態の推移を細かく書くつもりはないのだが

この話を理解してもらうためには、彼のキャラクターに

触れないわけにはいかないので、書きました。 

 

彼が反論出来ない、こうした場で一方的に言うのは

卑怯だとも思うが、この事件の責任を一方的に

押し付けられて病気に追い込まされ、

約束を反古にされたことは、許せない。

 

今日は書けなかったけど、彼の奥さんが

さらに強烈なキャラクターなので、乞うご期待。

 

 

 

 

 

 

 

残り134 

 

  

いや、期待しなくていい。

 

 

 

 

 

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