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2017年4月 5日 (水)

余命1年日記 -67- 桜が咲きました     4月第2週(2017.4.4)

神戸でも、

3日の月曜日に、桜の開花宣言が出された。

 

ところがニュースを見ると、東京ではとうの昔に

満開なのだという。

鹿児島では、まだ開花もしていないらしいぞ。

せっかちだな、東京もん。

 

今日、病棟の間の大きな窓ガラスのある渡り廊下から、

外を見ると、外に植えられている桜に花が咲いている。

 

 

感慨深いなあ。

 

 

腹水がひどくて入院して、初めてF先生に診てもらって、

でも状況に絶望されて『余命宣告』をくらった、

去年の7月は、この窓から見える桜の樹は

深い緑色でみっしりと暑苦しかった。

 

秋には黄色に赤に、桜の紅葉って綺麗だ。

もっとも秋は腹水にヘルニア、と忙しかった。

 

冬には、梢が葉をすべて落として銀色の枝が

金属的な姿で白い空に伸びていた。

正月で誰もいなくなった、病院のロビーから

その風景を眺めた。

 

なんだ。四季をここで過ごしてしまっているではないか。

 

 

 

季節ばかりではない。

 

ヘルニアの時の入院は、前の退院と日付こそ

違え半日違いだったし、今回の静脈瘤破裂は

これも2日違いだ。

 

 

僕は神様に愛されていない。

 

 

果てしなく吐血して病院に来ると、

いつによらず厳しい顔つきのF先生と、

初対面だから厳しいかどうかわからない、

胃カメラの先生が

破裂した静脈を縛って、血を止めてくれた。

 

そればかりか、

破裂しそうに膨らんでいる静脈を6ヶ所、

止めてくれた。

1時間30分以上に及ぶ大手術で終わったときには、

『あー、終わった。』とすっかり治った気が

していた。

 

『そうではない。』ということを知ったのは

施術後にも、厳しい顔つきを解かなかったF先生から

こんな話を聞いたから。

 

お前が助かったのは、以下の理由で偶然だ。

 

1.出血量が多すぎる。

今回の出血した分だけで、

全部の血液の1/4に匹敵する。

  これでもう少し、全部の半分が出ていたら

死ぬのだ。

  「あとがなかった」ことは間違いない。

2.出血箇所が1箇所だからなんとかなったが

  これが複数ならやはり死んでいただろう。

3.出血箇所の位置の問題もある。

  食道の奥から大量の血液が奔流として流れて

  来たとしたら、胃カメラの視野が奪われてやっぱり

  助けられない。

  今回助けられたのは、たまたま問題の静脈瘤

  が胃の入り口に近く見通しが利いたからだ。

4.そもそも、そんなに血が出ていたら意識を

  失うのが普通だ。

破裂直後に躊躇なく救急車で運んでいなければ

  やっぱり死んでいた。

 

確かに親父は、今回救急車を呼ぶに当たって

真剣に『119』という番号を忘れて悩んでいたのだ

 

 

『だから、あなたが助かったのは偶然です。』

 

声を出せずにいると、

とにかく、出血した消化菅を養生しなさい。

静脈瘤破裂は肝硬変による腹水の副産物なんだから、

この病気だけの訓練法なんてない。

絶対安静にして消化器を回復させろ。と

 

だから、今回の絶対安静とは。

『絶飲、絶食、完全点滴、排水量測定』

『脈拍数、血圧、血中酸素濃度、心電図24資間測定』

2日目から、完全絶飲ははずれたが、水だけ

1回100cc。

 

雀も水浴びできない。

 

 

べつに拘禁部屋にいるわけではないので、

病院内であれば歩いても構わないはずだが

あんだけたくさんのケーブルやルートや機器をもって

いけるわけがない。

 

 

この生活を一週間続けて、月曜日に血液と

検尿とレントゲンと、そうして胃カメラを撮るぞ、と。

 

 

 

 

 

いやだなあ。

 

これであたらしく、見落としていた危ない静脈瘤が

見つかったら、同じように処置してあとはまた

一週間、絶対安静だ。

 

今回処置した静脈瘤に事故が見つかったりすると

『処置ににいつまでかかるかわからない。』と

なるだろうって。

 

あーあ。

 

 

 

 

 

そうして、昨日3日が、その検査の日だった。

 

また、胃カメラで腹の中をぐりぐりとされて、

『気になる静脈瘤はいくつかあるけど、

まだいいから切りません。』

『いいんですか?』

『病気としては悪いです。』

 

あ、そっち?

 

F先生も血液検査の結果をみながら、

『先週、入院したときと比べると、

随分よくなりました。』と、言ってくれた。

うれしいような顔をしていたらしいが、

すぐに被せるように、

『あ、悪いですよ。普通からしたら。』と言われた。

 

そうですか。

 

 

 

 

 

しかし、我ながら

すごい回復力じゃないだろうか。

 

最初言われた、『余命一年』は残り3ヶ月を

切って、平然と歳を重ねていきそう気がする。

今回の静脈瘤破裂では一週間で驚異の回復だ。

 

『死ぬ死ぬ』いながら死なない。

 

ぼくは、神様に愛されている。

ありがとう。神様。

 

 

 

なんてことを、F先生に冗談ぽくいったら、

『次に大規模に破裂したら、もう助からないんですよ?』と、

静脈瘤破裂の処置をしてくれたときよりも

厳しい表情で怒られた。

 

 

 

 

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ごめんなさい。

 

 

いまは、『絶食絶飲』の禁制が解けて、三食

重湯を飲んでおります。

あとは、

限界まで薄くしたスープとホットミルク。

 

 

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