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2018年2月 4日 (日)

余命1年日記 -107- 1月のこと       2018年 2月第1週( 2018. 2. 3)

最近の記録

 

1月11日    K病院退院

       22日   吐血、下血 

    23日   救急搬送

       神戸労災病院入院

          エコー、血液検査、CT

          内視鏡検査、止血処置、輸血

          腹水、右腹部疼痛、絶食

    24日       内視鏡再検査、血液検査、輸血

             三分粥

       25日      エコー再検査

       胆石、腹水、五分粥

       26日       血液検査

       父、通帳紛失 通帳停止

       27日       父、来院 通帳戻る

                      七分粥

       28日       全粥

       29日       血液検査 胸部レントゲン

       30日       内視鏡検査 普通食

       31日       血液検査 

                      発熱39℃ 隔離

  2月 2日       熱低下   

         3日      (いまここ)

 

 

 

1月11日に退院して、身体を労りながら

寝ていたら22日に吐血した。

私の場合『吐血』というのは食道静脈瘤破裂に

なったことを意味する。

がんや結核ではない。

あーあっと思ったが、まだ血痰のような感じ

だったので「もしかして」と思って寝ていると

みるみる気持ち悪くなって、どっと吐血した。

もー、この男は何回同じことを繰り返すかな、

無駄に時間を掛けても自分が困るだけなのに。

と思うまもなく血便も出た。

朝の5時30分に119をして救急車に乗る。

 

ところがストレッチャーが救急車に

乗せられても、なかなか動きださない。

『すいません。どこの病院も満床だ、と

断られまして』という。

ほら、困った。

救急要請のピーク時間帯が、夜中なのか朝方

なのかわからないが、最近市バスよりも

たくさん救急車に乗っている身の上からしても

こんなに断られるのは初めてだ。

中央市民病院なら空いてます』言われたが

以前も書いたがあそこには嫌な記憶しかない。

『あそこに行くと殺される。』と断った。

 

結局17件目の神戸労災病院に向かった。

救急車は外が見えないので、どこを走っている

のかわからない。到着して、ストレッチャーが

外に出たときに見上げたら、でかい病院だ。

入院してから看護師に『ここはどこだ』と

訊いたら、新神戸駅の東、王子公園の北の

籠池通だった。あの辺は戸建て住宅地の

イメージがあったが、こんな大きな病院が

あったのか。

 

すぐに、エコー、血液、CTの検査。

内視鏡で処置して出血を止めた。

内視鏡を口にいれる時、麻酔を喉に吹き付ける

のはK病院と同じだが、労災病院の麻酔の方が

だいぶ強いらしく、施術中のことはまったく

覚えていない。

翌日の24日にもう一度内視鏡を飲んで

確認したところ血は止まっていた。

これで様子を見ましょう。とH先生という人が

説明してくれた。今回の私の主治医である。

顔も身体もまるんまるんに肥っている。

K病気のF先生よりもおそらくはだいぶ年上。

いつも笑顔を絶やさない人だが、病気の解釈や

治療の方針など、F先生に訊いていたものとは

違うところがあって面白い。

 

個室に移されて、点滴、輸血、カテーテル、

バイタルを測るいくつものケーブルに繋がれて

ベッドから降りちゃいけない絶対安静。

吐血こそ止まったが、いつまでも便は黒く、

果てしなく気持ち悪い。

まる一日唸って過ごした。 

 

あと、腹が苦しくて痛い。

『腹が苦しい』のは、いつもの腹水。

ただし今回は大分ひどいので穿刺でもなんでも

してください。と頼むと『今回は無理です』

『なんで?』『静脈瘤が破裂して大量に出血

したおかげでアルブミンなどのたんぱく質が

失われている。今は輸血や点滴で保たせてるが

穿刺で何リットルも体液を抜くのは危険だ』

と言われた。

『後で利尿剤を始めるので様子を見ましょう』

だそうだ。うー、座るのが辛い。

 

もう一つ右の腹に差し込むような痛みがある。

これの原因がわからない。

エコー検査で胆石が見つかったので

『これが原因ですか?』と訊いたら

『胆石が本気を出した時の痛みは

そんなもんじゃないですよ?』と言う。

『膨れた腹が圧迫してるんじゃ

ないでしょうか』と言われた。

利尿剤を服んで腹の浮腫が大分引いた今(2日)

では、だいぶ治まってきたのでそれが正解

だったのかもしれない。

 

25日、エコー再検査。

機械のことはわからないが、非常に高い解像度

の機械で見るのだと言う。

操作もH先生ではなく専門のオペレーターさん

がつく。彼女が明るい人で、笑いながらひとの

腹の中の映像を見せてくれる。

腹水がたくさんあるという。胆石もあるという

どれどれ、と見ると胆嚢から胆管に出る穴を、

意外な大きさの胆石が出たり入ったりして

顔を覗かせていた。

やだなー。 

 

26日、血液検査 心臓エコー検査 

心臓が原因の腹水もあるから、ということでの

検査だったそうだが、心臓は異常なし。

『めっちゃ元気ですよ。心臓は』だと。

やっぱり肝臓か。

身体は重たいし気持ち悪いし、腹水も胆石も

肝硬変のせい。身体についた脂肪も痒みも

全部肝硬変のせいだ。肝臓が悪い。

肝心の食道静脈瘤破裂もそう。

いや、今回破裂した静脈瘤は食道ではなく、

食道と胃の間の噴門の下、胃の中だと言う。

さらにそれとは別に、胃壁からじくじくと

内出血がある、と。

たしかに便を見ると黒い。

この時期が一番辛かった。

 

気分も悪いが、次々でてくる不具合がみんな

肝硬変と関係している。

なんだか自分の身体が

『肝硬変の合併症の博覧会場』になったようだ

肝臓だけが悪いのではなく、

全身に肝硬変の毒素の飛沫が飛んで来て

身体のあちこちに染みを作っていく。

気持ち悪かった。

 

しかしその後はしぶとく回復。

26日、利尿剤開始。たんぱく質を自前で

補給できるようにとにかく安静にして食え、と

27日、七分粥

28日、全粥

29日、血液検査 胸レントゲン。

浮腫が減った。

30日、内視鏡検査。

破裂した場所からの再出血なし。

31日、血液検査

利尿剤の効果が出ている。腹が柔らかい。

しかしまだヘモグロビン値が低い。

発熱39℃。

インフルエンザが怖いから念のため隔離。

1日、熱下がる。隔離はそのまま。

2日、来週血液検査をして、貧血が改善して

いたら退院。

3日、隔離解除。

 

あとは、貧血の改善。

来週血液検査をして、ヘモグロビンが順調に

回復していれば退院、ということに

なるでしょう。

 

せっかく初めて来た病院に入院したのに、

前半はしんどくて、後半は隔離になって、

まだちっとも歩いていない。

いつもあたらしい病院はうろうろ観光するのが

楽しいのに。

観光?

 

 

 

 

 

残り- 193

  

 

 

歩こう。

 

 

 

 

 

 

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Hello. And Bye.

投稿: XRumerTest | 2018年2月21日 (水) 06時10分

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